今朝、なぜか突然ケータイの電池が切れてしまって、道場でビーン君から充電用アダプターを借りたのだが、そのアダプターを逆向きにねじ込んだため、ケータイが壊れて使えなくなった。

なんか充電用の端子のとこがいかれちゃったみたいなのだ。



世の中の女の子には、「ちょっと強引な人が好き」という傾向が少なからずあるようだが、どうも携帯的には強引な男はNGらしい。






家に帰って正規の充電用アダプターを差し込んでみても、充電してるそぶりは見せるのだが、電源をいれてみると「Welcome!」という歓迎の言葉を発して五秒くらいで「Good bye!」と突然の別れをきりだされる。



なんという心変わりのはやさであろうか。

女心と秋の空と言うが、信じていた携帯にまでこんな態度を取られてしまっては、もう僕は誰の気持ちも信じることができなくなってしまいそうだ。



でもまあしかし、別れを心に決めていながら、直前まで充電しているフリを、愛しているフリをするあたりは、なんとも「いじらしい奴・・・。」という感じがして、僕はこいつを恨みに思えない。





まあそんなことはともかくとして、そのような理由で、今朝7時くらい以降、僕は全く携帯を見ることができていないのです。

そのため、本日いただいたメールやら電話やらは確認できておりませんので、緊急を要する連絡があった方は、お手数ですがこの日記のコメント欄にご用件を書いてもらえませんでしょうか?

あ、もちろん個人情報やらネット上に晒すべきでない情報を含む場合は、書かなくて結構ですので!





追伸

ビーン君のアダプター、あの時は差し込む前から端子はあんな感じになってたような気がしたんだけど、僕の携帯のほうの端子が壊れてるところを見ると、ビーン君のやつのアダプターも僕の強引なねじ込みで壊れちゃったかもしれません。ほんとにごめんね。

朝、シャワーを浴びようと思って風呂場に入ると、シャンプーとかと一緒にりんごが二つ、整然と並べられていた。

僕は動揺した。

ウチは比較的へんなところにへんなものが置いてあるケースの多い家だが、それでもこれはレアケースである。

なにしろ、ものっすごい新鮮なりんごなのだ。





なんなんだ、これは…。どういう意味なんだ。
どうやって使うことを期待してこんなとこにりんごが置いてあるんだ…。




仮説その1:食用。

お風呂に入りながらりんごをかじる。なんとも優雅なひととき。


仮説その2:観賞用。

真っ赤なりんごがあったかい浴室のイメージにぴったりマッチ。


仮説その3:芳香剤として。

新鮮なりんごのフレッシュな香りで心も身体もリフレッシュ。


仮説その4:入浴剤として。

お好みに合わせて素手で搾ってお湯に入れれば、リンゴジュース風呂の出来上がり。リンゴ酸の効果で、お肌にもなんか変化をきたしそう。お湯を飲めば、うっすいリンゴジュースも楽しめますね。


仮説その5:風呂に浮かべるおもちゃ的な要素。

ぷかぷか浮かぶりんごと戯れながらの至福の時間。

ウチはなんかときどき柚子とか腐りかけのみかんとかを風呂に浮かべて柚子湯やらみかん風呂やらと銘打っていることがあるので、そのノリかもしれない。
でもこのりんごは新鮮すぎる気がする。


仮説その6:お風呂用具として。

身体をりんごで洗ったり、頭皮をりんごでマッサージしたり。
ヘチマのたわしで身体を洗う的なあれ。


仮説その7:ボディーソープとして。

その場で擦りおろして身体に塗りたくれば、なによりも新鮮で贅沢なボディーソープが楽しめます。リンゴ酸の効果で、お肌にも何らかの変化をきたすでしょう。


仮説その8:シャンプーとして。

その場で擦りおろして毛髪に塗りたくれば、なによりも新鮮で贅沢なシャンプーが楽しめます。リンゴ酸の効果で、頭皮にも何らかの変化をきたすでしょう。


仮説その9:性的なモニュメントとして。

なんか真ん丸なりんごが二つなあたり、相当な手練れであれば卑猥な妄想に使えそうです。
瞑想を繰り返してたゆまぬ努力をすれば、おっぱい的ななんかとして見ることもできるでしょう。

しかしそういう目的でこのりんごがここに置かれたとすると、犯人は父か弟になるわけで、家族がそんな手練れだとは信じたくありません。
てかりんごで妄想するくらいなら動ナビにいったほうがいいでしょう。


仮説その10:話し相手として。

「へぇー、りんごちゃんたちは兄弟なんだー。どっちのほうが甘いの?あー、やっぱりまだお兄ちゃんのほうが甘いんだー。弟くんも頑張ってね(笑)」


仮説その11:置き忘れ。

しかしまず風呂場にりんごを持ち込む用事が思い浮かばない。


仮説その12:握力を鍛えるため。

握力が50キロくらいあると、りんごを握りつぶせるらしい。


仮説その13:そもそもこうやって家族を悩ませることが真の目的。

現に僕は頭とか身体とか洗った気がしないほどこのりんごが気になっているわけで、それが目的だとしたら犯人はなんとも悪い奴である。


仮説その14:というかりんごが自分でここまで辿り着いた。

それは怖い。


仮説その15:意味はない。

そもそも全てのことに意味はないのかもしれない。色とはすなわちこれ空である。全てのことに意味はなく、全てのことには意味があるのであって、あらゆる意味のないことに意味を見出だすのは人間であって、うんぬんかんぬん…
















そんなこんなでだらだらと風呂に入っていたら、今日も遅刻ですな。
本当に、おめでとう!!




俺もその栄光を、味わいたかったぞ!!
「どうしてダメ男ばかり好きになるの?」































えぇい、黙れ!!
こっちが聞きたいわ!!!

なぜダメ男を好きになって俺を好きにならないのかこっちが聞きたいわ!!

ダメ男ばかり好きになってるヒマがあるなら、この俺を好きになれ!!

いや、ダメ男のついででもいいから、この俺も好きになれ!!!
昨日、帰りの市営地下鉄で前に座ったおねえさんが、ものすごい綺麗なひとだった。

艶やかな黒い髪を可憐に結い上げた清楚な姿、美しい眉、すっと通った鼻筋、すずしげな眼、それでいて吸い込まれそうなほど深く大きな瞳。んもう完璧。ほんと完璧。もう筆舌に尽くしがたい。ど真ん中ストライク。いや、てかストライクとかそういうレベルじゃないわ。ゲームセットだわあれ。

市営地下鉄や田園都市線にはかわいい娘が多いと日頃から感じていたが、まさかあれほどのヴィーナスが同じ電車に乗っているとは思わなかった。


美女を見つけたときは、さも興味ないかのようなそぶりを見せつつ気付かれないようにさりげなく、それでいてなめ回すようにしっかりと見るのが、自尊心の保持と目の保養という二大要件を両方満たすことのできる正しい作法である。

いくら美女がいたからといってあからさまにじろじろと見たのでは彼女に「あら、さっきからあの人わたしのこと見てる。わたしが美人だからだわ。きっとこんな美人となんか話もしたことがないのね。嗚呼、憐れなショボ男、不憫なショボ夫、かわいそうなショボ雄。」とか思われてしまうし、あまりに見すぎるとついには変な人だと思われて気味悪がられ、その上屈強な取り巻きの男を呼ばれてボコボコにされる可能性すらある。これでは自尊心のほうが立たない。

しかし、かといって全然見ないのでは、目の保養ができないし、あまりに植物野郎すぎるだろう。男は獣であらねばならん。狼であらねばならん。心には常に牙を持っていなくてはならん。目の前に美人がいるなら、そいつを利用してあわよくばこのすさんだ心を潤してやろうというくらいの気概は持っていたいものである。


さて、そんなわけで昨日も僕は、「あなたになんかまっったく興味ないですよ。僕はいま貴女なんかよりこの小説の虜ですから。池波正太郎先生の『黒白』に夢中ですからあああー!!」 というそぶりをして美しいおねいさんの美人プライドを巧みにくすぐりつつ、それでいて途中なんか向かいの窓の外に気になるものでもあって外を窺っているかのように見せかけておねいさんを目でなめ回すという高等テクニックを披露したわけなのである。

そして、そうやって一通りなめ回した後で再び「僕はいま『黒白』に夢中ですからあなたがたとえ美人だったとしても全然興味ないですよ、むしろ僕、美人の彼女いますから、あなたより美人の彼女いますからあああああー!!」というそぶりを見せて小説を読み始める。


このようにすれば、美人のおねいさんから見ると僕は「小説を読んでいて途中窓の外に気を取られたが再び小説に集中しはじめた美人のわたしに興味を示さないクールなダンディズム」という風に見えていることになるのである。

ほぅら、これでしっかり自尊心の保持と目の保養をやり切っているだろう。ふふふ。



まあそんなこんなでお腹いっぱいおねいさんをなめ回したころ、地元の駅についてしまったので、最後の立ち上がり際にもう一発さりげなく見て帰ろうと思い、僕はイスから立ち上がるのに合わせて自然に視線をおねえさんの方へ流したのである。

だが、その食後のデザートを頂こうとしたまさにその瞬間、ふいにおねえさんとびしっっと目が合ったのだった。





僕は内心、



ひゃっっっほーーーーーーーう!!!



と叫んだ。





というのも、おねえさんのあまりの美しさに、目が合った瞬間に僕はおねえさんの瞳の中に吸い込まれてしまいそうな快感を感じたからである。



だが、内心はひゃっほひゃっほ言ってても何事もないかのように「何見てるんですか?何か僕の顔に付いてますか?」という顔をして、自分がずーっと見てたくせに「なんかこのおねえさん、僕のこと見てるんですけど…(笑)」みたいな雰囲気を醸し出しつつ僕は電車を降りたのだった。





いやあ、にしてもパーフェクト・ヴィーナスだったなあ。
僕と目が合ったときにハッとして目を逸らしたときのしぐさの美しさといったらなかったなあ。
というか目が合ったということは僕を見ていたということなわけで、僕を見ていたということは僕のことが気になっていたということで、僕のことが気になるということは好きになるかもしれないわけで、ぶつぶつぶつぶつ………………























………え?
そうですよ?僕、変態ですよ?

え?それが何か?

急な変動や突然に受けた衝撃を、青空に突如として轟く雷鳴になぞらえて「青天の霹靂」と言うが、この度、私のこの鬱々たる日常に前触れなく到来したある種のサプライズは、「青天の霹靂」というよりは「曇天の虹」とでも言うべき類のそれであろうと思う。

なぜならば、私の最近の毎日は「青天」と言うには甚だパッとしないものであったし、その日常に突然にもたらされた驚きというのは、「霹靂」というほどの衝撃を受けるようなことではなく、なんか道で拾った宝くじが10000円くらいポッと当たった感じの、結構うれしめのサプライズであったからである。
それはさながら、曇り空に突然虹が架かるのを見るような、理由のよくわからない、されどなんかうれしい、という感じの、少し鈍い驚きであったろうと思うのだ。



それというのも先日、学生特別臨時審査を受けてきたウチの部の連中が、私に会うなり
「君、慶応の女子の中で人気者らしいよ!」
とまさかの人気者発言を口々に発しまくってきたのである。

元来、男には好かれるほうだが女にはさっぱり人気の出ない私にとって、「慶応の『女子』の中で人気者」というその話は、かなりの違和感を持っていたと同時に、モテない男にありがちな「人気者=好かれている=モテている→恋愛」という短絡的かつ気持ち悪い幻想を見事に抱かせしめたのである。

これはまさしく私にとって、鬱々たる曇天に虹の架かるような、なんでそうなったのか理由はわからないが結構うれしい驚きであったわけなのである。



さて、そんな中、昨日明治の百周年記念射会なるものがあり、慶応女子主将の某Y女史と話す機会があったのだが、そこで矢庭に彼女が言い出したのは、私の写真をmixiにアップしてもよいか、という話であった。

なんだか意味はよくわからなかったが、「いやあ仕方がないなあ、これも人気者の務めですなあ→写真がアップされる→ファンが増える→恋愛」という謎の気持ち悪い論理展開を瞬時に脳内で処理した私は、即座に「いいよ!」と元気よく答えたわけである。

生来のお調子者である私は、ノッている時は結構どこまでもノッていくタイプなので、もはやここに至って、「なぜ理由もなく俺が他大の女子に人気が出ているのか?」という当然あるべき疑念もどこかへ消え去って、曇天は次第に晴れ渡り、美しい紺碧の空が我が心理の地平に姿を現してきていたのであった。

ああ、晴れ渡る空。この空はどこまでも澄み渡って、僕の輝けるモテモテの将来まで続いているのだ。ふは、ふは、ふははははははは!!



だが、そんな雲ひとつない青空は、長くは続かないものだ。



というのも、後で当部女子責某O女史とかから詳しい話を聞いてみて、慶応女子諸君はいささか私の認識とは異なった状況を呈していることに気付いたのである。

例えば、O女史が横流しした私の残念な感じのプリクラ画像をY女史が慶応女子同期にメーリスで回したという話とか、慶応女子の中の一部のフリークの方は、私のmixi上の名である「ジーゲスゾイレ」という言葉を時に連呼したりする、とかいう話などである。
そういえば、Y女史は私の画像を集めているとか言っていたような気もする。考えてみると、これも妙だ…。




そして突如として、私はある恐ろしい結論に達してしまったのだ。

そしてその結論は、美しく晴れ上がった心の青空を愉しく飛び回っていた私を一気に谷底にたたき落とすような、まさしく青天の霹靂であったのである。


そう、それはすなわち、






「あ、やべ。これ俺、珍獣だ。」






これである。


そう。私は決して彼女らにモテているのではなく、いわば愛玩されとるのだということに気付いたのである。

つまりはあれである。ウーパールーパーをみんなでこぞって飼育したり、人面魚の写真を撮るために池の周りが人だかりになったりするような、あれである。

こういう類の愛玩は、犬とかハムスターとかを愛玩するのとは少し趣が異なることには注意せねばならない。
人々が珍獣を愛するのは、かわいいとかいとおしいからではなく、珍奇にしてなんかおもしれーからなのだ。







……。







あーー、そっちね。つまりはそっちね。なるほどね。


ここに至って、私は平静を取り戻し、心の青空はすっかり元の曇天に戻り、曇天に架かっていたはずの虹もどこかへ消え去ったのである。

いやいや、全然萎えてないですよ?ぜぇんぜん想定の範囲内。もう全然。んもうぜぇんぜん。

そもそも虹なんてすぐ消え去るものよの。あんなもんたいしたもんじゃないよ。なんかただの光の加減だもん。ぜーんぜんすごくなんかないよ。もううんこだよ。むしろうんこだよ。


まあそんなわけですが、慶応女子の皆さんには、とりあえず珍獣カテゴリーでも構わないので末永い御愛顧をお願いしたいと思う今日この頃なのであります。

どうぞよろしく!

僕らの心は、さながら大海に浮かぶ小舟のようであり、あるいは風のままに流されてゆく雲のようであります。

昨日はここに居たと思えば、今日にはもうどこか途方もない遠くへと流れて、明日にはどこの空に居るのやら見当もつかず、それでいて、一週間前に自分がどこにいたのかさえ、判然としないのです。

僕らの心は、この永遠とも思われる流転の中に、いつも今の己を本当の己と信じ、ゆらゆらとして、それでいて点であり、流れきたったその軌跡を思い返そうと試みても、それはさながら秋の飛行機雲のように、あっという間に青空に溶けて、今流れているこの場所から、なんとなくその面影を想像するのみであります。



そんな心の、その瞬間の在り様を、言葉によって留めようとするのが、このユンディズムの彼岸の眼目であります。
言わば、大海にブイを浮かべ、夜空に星を光らせるのが、このブログの意味なのであります。


決して、うんことかちんことか色々汚いことを書いて憂さを晴らしたいとか、そういうことのために存在しているわけではないのです。


前回の更新からの三ヶ月、僕は記事の更新を控えて参りました。

それは、自分の胸の内を人に明らかにすることによって得られる心の安らぎが、我が闘争の決意を揺るがすのを恐れたからであります。

しかし、全てが終わり、その闘争の決意さえも空に消えゆく飛行機雲の如く思われるようになった今、こいつらを携帯の未送信フォルダのとこにクスブらせとくのも何かもったいないし何より邪魔なので、この三ヶ月の間に僕がシコシコ書き溜めた日記を以下に一挙大公開致します。

胸に鬱積したものを必要に応じて吐き出したにすぎぬ日記なので、ほとんど全てが鬱々とした内容であり、当然ほぼ全く面白くないわけですが、まあ僕に興味のある人は読んで下さい。というか彼女になって下さい。




三ヶ月の日記

それでは皆さん、ちんこ!

西武新宿線で前に座っていた三歳に満たないくらいの女の子が、急に僕のことを指差して、









「へんなパンダ!へんなパンダー!!」









と叫び出しました。







百歩譲って僕がパンダに似ていたとしても、僕は変わったパンダではありません。
パンダ寄りの人間であって、言わば変わった人間です。変な人間です。

ご両親はそのあたりのところをちゃんと教育してほしいと思います。







あと僕はパンダか狼かと言われれば、どちらかというと狼です。

その男が退屈な牛やウサギのような草食動物なのか、それともギラギラとした刃を魂に持った誇り高い獣なのかということくらい、一目で見分けられる女性にならないといけないですね。

ご両親には、彼女をそういうしっかりした女性に育て上げてほしいと思います。



以上です。
一昨日は、見事な満月の夜であった。
藍色の夜空の一角にぽっかりと丸い月がかかり、その周りに月光が照らし出す雲がぼうっと白く浮かぶ様は、なんとも言い得ぬ郷愁を胸の内に呼び覚ますものである。



満月の夜には、人は眠れなくなるらしい。


この噂は、部活帰りの電車内で僕の前に立ってたサラリーマンとOLの、

O「え?何て言った?」

サ「いや、だから亀岡さんが満月の夜は眠れなくなるらしいって言ってたって言ったの。」

O「ふうん。え?誰が眠れなくなるの?」

サ「いや、誰がっていうか亀岡さんが満月の夜は眠れなくなるらしいって言ってたの。」

O「亀岡さんが眠れなくなるの?」

サ「いや、亀岡さんがっていうか、亀岡さんが満月の夜は眠れなくなるらしいって言ってたってだけ。」

というなんかアホっぽい会話から知ったものである。


すでに読者の皆さんに届くころには、この情報は少なくとも伝聞の伝聞の伝聞の伝聞くらいになっていることになるが、そんなことは関係ない。これは事実だ。


というのも、僕にはこの噂が事実であると断言するに足る実体験があるからである。

そう、僕はここ数カ月の間、満月の夜やその前後にはことごとく眠れなくなっているのだ。

しかも、単に眠れないのではない。

そういう夜には、決まって過去の失敗や挫折を思い出して辛くなったり、前途に待ち受ける数々の喪失への不安と悲しみで胸が締め付けられるような思いになったりするのだ。

満月の夜のそういう感情は、平常の何倍にも増幅されて僕を苦しめるのである。

そして、それはいつしか孤独感に変わり、ああ、そのうちに僕は誰からも必要とされなくなるのだ、いや、むしろ今だって、本当に僕を必要としている人など誰もいないのかもしれない、僕が僕であらねばならぬ理由などどこにもないのかもしれない、などという、んもう信じられないほど鬱でネガティブな考えに支配されるのである。



想像してみてほしい。

満月の夜、正体のわからぬ感傷に打ちのめされて独り枕を涙で濡らす21歳の男の姿を。

これが魔力の仕業でなくてなんであろう。

たしかに最近すっかり涙腺が緩くなった僕ではあるが、それにしたってこれは異常事態である。

絶対満月のせいに違いない。満月には何らかのパワーがあるのだ。
だって波とか潮の満ち引きとかに月のパワーが関係してるんだから、人間にもなんらかの影響があったっておかしくないではないか。いや、むしろ人間に影響がないほうが不自然ではないか。
絶対にそうだもんね。サラリーマンのおっさんもそう言ってたもんね。

というわけで、「僕も満月の夜は眠れません!」「あたしも満月の夜はなんだか寝付けないんです!」という好青年やかわゆい女の子諸君は、ご連絡下さい。



さて、ところで僕の好きな歌手の歌に、こんな歌詞がある。

「つまらぬことばかりを いつまでも抱きしめてる僕は こうして彼女の寝顔を 見つめることが日常で 眠れる街も空もお姫様も 僕ひとりだけを残して夢飛行 仲良くしてくれるのは 僕と同じ孤独な月だけ いつもひとりでただ黙ってる じっと僕を見守ってくれる月よ こんな僕は そんな憐れに見えるのだろうか またコーヒーに月を浮かべ 込み上げてくる涙と飲み込んで 側にいて 眠るまで 眠れる日まで」






な、なんということだ…

まるで僕を描いた詩のようではないか…!!!

やはり、僕の生き方というのは歌詞になっちゃってもおかしくないくらいロマンチックなものだったのか!!

だってもうこの主人公大体僕だもの…!!
すごいほとんど僕だもの!!!






彼女の寝顔を見つめることが日常だということ以外は!



彼女の寝顔を見つめることが日常だということ以外は!!!



彼女の寝顔を見つめることが日常だということ以外わぁぁあああ!!!!
5月1日の前夜を、ワルプルギスの夜という。
それは、ドイツのブロッケン山に魔女達が集まり、酒池肉林の宴を繰り広げるとされる夜である。

まあ、僕はゆくゆくは魔法使いになることが約束された将来有望な男だから、そのうちにワルプルギスの夜の宴にゲストとしてお呼ばれして、小悪魔的な美魔女のねーちゃんたちからキャーキャー言われることになると思うので、取り立ててワルプルギスの夜なんて意識してないけど、そんな宴になんか一生参加させてもらえないであろうマグルの諸君にも一応教えてあげようと思ったので、今日はワルプルギスの夜のことを書くことにしたわけなのだ。

僕はハリーポッターとかと違って色んな人からちやほやされて色んな女の子とクチャクチャするなどという魔法使いにあるまじき蛮行には目もくれずに、この二十一年間ひたすら辛い禁欲の苦行を続けてきたので、あと十年もすればハリーなんかよりすんごい強い魔力の魔法使いになれる。

高校生とかの分際でクッチャクッチャしまくって魔力のかけらもないマグルたちとはんもうそれはもううんこと富士山ほどの違いがあると言わねばならないのだ。

だから、そしたら、ハリーとかダンブルドアとかより先にウ゛ォルデモート卿をさっさと倒して、僕は魔法界のスーパースターになるのだ。

そしたら、ワルプルギスの夜には、僕は魔法界を救った英雄として宴に呼ばれて、ハーマイオニーとかキキとかサリーちゃんとかから、「ユンディスト様がいらっしゃったわ!キャーキャー」「見て見て!名前を言ってはいけないあの弓手師様よ!キャーキャー」「狼様!私と踊って下さらない?キャーキャー」「何言ってるの!弓手師様と踊るのは私よ!キャーキャー」「あなたそのローブ素敵ね、キャーキャー」「でしょ?高かったのよ、キャーキャー」「ウチの亭主ったら、最近すっかりメタボでもうやんなっちゃうわ、キャーキャー」「あらやだ、キャーキャー」「キャーキャー」「キャー」「キャーキャーキャー」「キャー」といった具合の歓迎を受けるのだ。


だがその時、僕は群がってくる魔女たちの向こうの窓辺で、独り哀しそうに月を眺める美しい魔女を見つける。
そして、その哀しい瞳に惹かれて、彼女に歩み寄る。



弓手師「月を見ていらっしゃるのですか?」

美魔女「…あ、弓手師様。はい、今夜はとても綺麗な満月なので。」

弓手師「他の魔女の皆さんとは、お話をされないんですか?」

美魔女「…ええ。私なんて、皆様とお話する資格もありませんから。弓手師様も、私などに関わらないほうがよろしいですわ。私は、人を不幸にする魔女なの。どうぞ、私には構わず、パーティーを楽しんでいらっしゃって下さい。」

そう言って彼女は、寂しげに微笑む。
僕はそのとき、彼女のその透き通るような美しさとは裏腹の、哀しみに深く沈んだ瞳の色に、言い知れぬ魅力を感じたのであった。



他の魔女達からそれとなく事情を聞くと、彼女は名をまさよといい、まだ25歳の若い魔女で、元々はとても明るく、人懐こい女性であったという。





容姿端麗にして聡明、そして明るく、優しい魔女だった彼女は、いつもみんなの人気者で、憧れの的であった。

そんな彼女が独り家に閉じこもり、人を寄せ付けないようになったのは、彼女が二十歳になった頃から立て続けに起こった不幸の所為だ。

彼女の両親やボーイフレンド、親友など、彼女にきわめて親しい間柄の人々が、次々と謎の死を遂げていったのである。
そしてそれは、彼女がついに独りぼっちになるまで、一年余りも続いたのであった。

「あの魔女と関わると死が訪れる」という噂が魔法界に囁かれ始めるのに、それほど時間はかからなかった。

すると、それまで彼女の周りにいた人達は皆、それまでが嘘のように彼女を避けるようになった。

そうして、いつしか彼女自身もまた、誰かと一緒にいたいとは考えなくなっていった。
一年余りにわたって自分の親しい人達の事故死や病死、自殺が立て続けに起こったことで、彼女は、本当に自分は不幸を招く魔女なのだと信じるようになった。そしてまた、これ以上自分の愛する人達の死に出会うのには堪えられないし、そうなるくらいなら、これから自分は誰を愛することも、愛されることもなくていいと、そう思ったのだ。



その話を聞いた僕は、彼女のこれまでの五年間をおもい、暗然となった。

きっとそれは、途方もない絶望の日々であったにちがいない。
愛する人達が次々にいなくなってゆく中で、彼女はどれだけの悲嘆を味わったのだろうか。
苦しくて、悲しくて、つらいのに、誰も自分を助けてくれない、優しい言葉の一つもかけてはくれない。それどころか、彼女に向けられたのは、恐怖と好奇の眼差しのみなのだ。
それは、真っ暗な海の底に独りぼっちでいるような、どうしようもなく孤独な日々であったろう。

彼女は、誰も拭ってはくれない涙を、この五年間に一体どれだけ流したのだろうか。
街の魔女たちのひそひそばなしに、不良中学生たちの心ない中傷に、幼子が彼女を指差して発する悪気のない一言に、彼女の美しい口元は、一体何度鳴咽に歪んだことだろうか。



そう思ったとき、僕はいてもたってもいられなくなった。







弓手師「まさよさん!!僕と一緒に、この街を出ましょう!今すぐに。」

まさよ「…え?何をおっしゃっているんですか?」

弓手師「プロポーズをしているのです。僕と一緒にこの街を出て、しばらくの間、旅をしましょう。あなたはもっと、楽しいことを知らなくちゃいけない。あなたはもっと、幸せになるべき人だ。」

まさよ「……できません。私と一緒にいたりしたら、貴方まで不幸になってしまう。私のせいで、貴方が死んでしまったら、私…私…。」

弓手師「そんなことは、どうでもいいんです!」


僕は、まさよの細い手を引いて、広間を出口に向かって駆け出した。


他の魔女達のざわめきも、僕を引き止めようとする声も、何も、耳に入らなかった。



僕とまさよは、夜のブロッケン山を飛び出した。













このあと、まさよが次第に心を開いていったり、まさよの事件は実はハリーとハーマイオニーの二人が仕組んだことだったということがわかったり、それで僕がハリーとかをこてんぱんに懲らしめたり、まさよとくちゃくちゃしたりと、いろんなことがあるわけですが、ここには書ききれないので割愛させて頂くことにします。


まあいずれにせよ、結果的に僕とまさよは幸せに暮らします。
















……。



















えー、はい、というわけで、病んでます。
すたどんに六人とかの団体で来ちゃう奴らとか、うんこまみれになればいいと思います。


あ~、早く魔法使いになりたいな~。