急な変動や突然に受けた衝撃を、青空に突如として轟く雷鳴になぞらえて「青天の霹靂」と言うが、この度、私のこの鬱々たる日常に前触れなく到来したある種のサプライズは、「青天の霹靂」というよりは「曇天の虹」とでも言うべき類のそれであろうと思う。
なぜならば、私の最近の毎日は「青天」と言うには甚だパッとしないものであったし、その日常に突然にもたらされた驚きというのは、「霹靂」というほどの衝撃を受けるようなことではなく、なんか道で拾った宝くじが10000円くらいポッと当たった感じの、結構うれしめのサプライズであったからである。
それはさながら、曇り空に突然虹が架かるのを見るような、理由のよくわからない、されどなんかうれしい、という感じの、少し鈍い驚きであったろうと思うのだ。
それというのも先日、学生特別臨時審査を受けてきたウチの部の連中が、私に会うなり
「君、慶応の女子の中で人気者らしいよ!」
とまさかの人気者発言を口々に発しまくってきたのである。
元来、男には好かれるほうだが女にはさっぱり人気の出ない私にとって、「慶応の『女子』の中で人気者」というその話は、かなりの違和感を持っていたと同時に、モテない男にありがちな「人気者=好かれている=モテている→恋愛」という短絡的かつ気持ち悪い幻想を見事に抱かせしめたのである。
これはまさしく私にとって、鬱々たる曇天に虹の架かるような、なんでそうなったのか理由はわからないが結構うれしい驚きであったわけなのである。
さて、そんな中、昨日明治の百周年記念射会なるものがあり、慶応女子主将の某Y女史と話す機会があったのだが、そこで矢庭に彼女が言い出したのは、私の写真をmixiにアップしてもよいか、という話であった。
なんだか意味はよくわからなかったが、「いやあ仕方がないなあ、これも人気者の務めですなあ→写真がアップされる→ファンが増える→恋愛」という謎の気持ち悪い論理展開を瞬時に脳内で処理した私は、即座に「いいよ!」と元気よく答えたわけである。
生来のお調子者である私は、ノッている時は結構どこまでもノッていくタイプなので、もはやここに至って、「なぜ理由もなく俺が他大の女子に人気が出ているのか?」という当然あるべき疑念もどこかへ消え去って、曇天は次第に晴れ渡り、美しい紺碧の空が我が心理の地平に姿を現してきていたのであった。
ああ、晴れ渡る空。この空はどこまでも澄み渡って、僕の輝けるモテモテの将来まで続いているのだ。ふは、ふは、ふははははははは!!
だが、そんな雲ひとつない青空は、長くは続かないものだ。
というのも、後で当部女子責某O女史とかから詳しい話を聞いてみて、慶応女子諸君はいささか私の認識とは異なった状況を呈していることに気付いたのである。
例えば、O女史が横流しした私の残念な感じのプリクラ画像をY女史が慶応女子同期にメーリスで回したという話とか、慶応女子の中の一部のフリークの方は、私のmixi上の名である「ジーゲスゾイレ」という言葉を時に連呼したりする、とかいう話などである。
そういえば、Y女史は私の画像を集めているとか言っていたような気もする。考えてみると、これも妙だ…。
そして突如として、私はある恐ろしい結論に達してしまったのだ。
そしてその結論は、美しく晴れ上がった心の青空を愉しく飛び回っていた私を一気に谷底にたたき落とすような、まさしく青天の霹靂であったのである。
そう、それはすなわち、
「あ、やべ。これ俺、珍獣だ。」
これである。
そう。私は決して彼女らにモテているのではなく、いわば愛玩されとるのだということに気付いたのである。
つまりはあれである。ウーパールーパーをみんなでこぞって飼育したり、人面魚の写真を撮るために池の周りが人だかりになったりするような、あれである。
こういう類の愛玩は、犬とかハムスターとかを愛玩するのとは少し趣が異なることには注意せねばならない。
人々が珍獣を愛するのは、かわいいとかいとおしいからではなく、珍奇にしてなんかおもしれーからなのだ。
……。
あーー、そっちね。つまりはそっちね。なるほどね。
ここに至って、私は平静を取り戻し、心の青空はすっかり元の曇天に戻り、曇天に架かっていたはずの虹もどこかへ消え去ったのである。
いやいや、全然萎えてないですよ?ぜぇんぜん想定の範囲内。もう全然。んもうぜぇんぜん。
そもそも虹なんてすぐ消え去るものよの。あんなもんたいしたもんじゃないよ。なんかただの光の加減だもん。ぜーんぜんすごくなんかないよ。もううんこだよ。むしろうんこだよ。
まあそんなわけですが、慶応女子の皆さんには、とりあえず珍獣カテゴリーでも構わないので末永い御愛顧をお願いしたいと思う今日この頃なのであります。
どうぞよろしく!