昨日、帰りの市営地下鉄で前に座ったおねえさんが、ものすごい綺麗なひとだった。

艶やかな黒い髪を可憐に結い上げた清楚な姿、美しい眉、すっと通った鼻筋、すずしげな眼、それでいて吸い込まれそうなほど深く大きな瞳。んもう完璧。ほんと完璧。もう筆舌に尽くしがたい。ど真ん中ストライク。いや、てかストライクとかそういうレベルじゃないわ。ゲームセットだわあれ。

市営地下鉄や田園都市線にはかわいい娘が多いと日頃から感じていたが、まさかあれほどのヴィーナスが同じ電車に乗っているとは思わなかった。


美女を見つけたときは、さも興味ないかのようなそぶりを見せつつ気付かれないようにさりげなく、それでいてなめ回すようにしっかりと見るのが、自尊心の保持と目の保養という二大要件を両方満たすことのできる正しい作法である。

いくら美女がいたからといってあからさまにじろじろと見たのでは彼女に「あら、さっきからあの人わたしのこと見てる。わたしが美人だからだわ。きっとこんな美人となんか話もしたことがないのね。嗚呼、憐れなショボ男、不憫なショボ夫、かわいそうなショボ雄。」とか思われてしまうし、あまりに見すぎるとついには変な人だと思われて気味悪がられ、その上屈強な取り巻きの男を呼ばれてボコボコにされる可能性すらある。これでは自尊心のほうが立たない。

しかし、かといって全然見ないのでは、目の保養ができないし、あまりに植物野郎すぎるだろう。男は獣であらねばならん。狼であらねばならん。心には常に牙を持っていなくてはならん。目の前に美人がいるなら、そいつを利用してあわよくばこのすさんだ心を潤してやろうというくらいの気概は持っていたいものである。


さて、そんなわけで昨日も僕は、「あなたになんかまっったく興味ないですよ。僕はいま貴女なんかよりこの小説の虜ですから。池波正太郎先生の『黒白』に夢中ですからあああー!!」 というそぶりをして美しいおねいさんの美人プライドを巧みにくすぐりつつ、それでいて途中なんか向かいの窓の外に気になるものでもあって外を窺っているかのように見せかけておねいさんを目でなめ回すという高等テクニックを披露したわけなのである。

そして、そうやって一通りなめ回した後で再び「僕はいま『黒白』に夢中ですからあなたがたとえ美人だったとしても全然興味ないですよ、むしろ僕、美人の彼女いますから、あなたより美人の彼女いますからあああああー!!」というそぶりを見せて小説を読み始める。


このようにすれば、美人のおねいさんから見ると僕は「小説を読んでいて途中窓の外に気を取られたが再び小説に集中しはじめた美人のわたしに興味を示さないクールなダンディズム」という風に見えていることになるのである。

ほぅら、これでしっかり自尊心の保持と目の保養をやり切っているだろう。ふふふ。



まあそんなこんなでお腹いっぱいおねいさんをなめ回したころ、地元の駅についてしまったので、最後の立ち上がり際にもう一発さりげなく見て帰ろうと思い、僕はイスから立ち上がるのに合わせて自然に視線をおねえさんの方へ流したのである。

だが、その食後のデザートを頂こうとしたまさにその瞬間、ふいにおねえさんとびしっっと目が合ったのだった。





僕は内心、



ひゃっっっほーーーーーーーう!!!



と叫んだ。





というのも、おねえさんのあまりの美しさに、目が合った瞬間に僕はおねえさんの瞳の中に吸い込まれてしまいそうな快感を感じたからである。



だが、内心はひゃっほひゃっほ言ってても何事もないかのように「何見てるんですか?何か僕の顔に付いてますか?」という顔をして、自分がずーっと見てたくせに「なんかこのおねえさん、僕のこと見てるんですけど…(笑)」みたいな雰囲気を醸し出しつつ僕は電車を降りたのだった。





いやあ、にしてもパーフェクト・ヴィーナスだったなあ。
僕と目が合ったときにハッとして目を逸らしたときのしぐさの美しさといったらなかったなあ。
というか目が合ったということは僕を見ていたということなわけで、僕を見ていたということは僕のことが気になっていたということで、僕のことが気になるということは好きになるかもしれないわけで、ぶつぶつぶつぶつ………………























………え?
そうですよ?僕、変態ですよ?

え?それが何か?