「弓手師」の読み方は、「ゆんでし」や「ユンディスト」が一般的ですが、「くず」とも読むらしいです。


どうも、こんばんは。
僕は弓手師です。
この世の弓手師です。
僕の愛する全ての人よ、僕は唾棄すべき人間の弓手師です。どうか笑ってやって下さい。


今日、自然誌の授業で命について考えさせられるビデオを見ました。


今、自分が生きていること、五体満足に不自由なく暮らしていることがどれだけ恵まれているかということも真剣に考えず、それが当たり前で、ましてや自分の健康は自分のおかげであるといったような傲慢で下劣な考えを心のどこかに持っていた僕は、まごうかたなき弓手師野郎です。


カントの「幸運の賜物」の考えを、僕は全く自分に引き付けて理解していませんでした。
僕は弓手師です。


プリズンホテルの武藤嶽男は言いました。
「人間は死ぬことがふしぎじゃないんだ。生きていることがふしぎなんだ。」と。

そのとおりですね。
僕は、たまたま健康に生まれてきて、いま、たまたま事故もなく病気もなく健康に生きているだけです。
それは、僕の行いがいいからとかそんなんじゃないのです。
運です。たまたまです。

それが、どんなにありがたいことか、ほんとはわかっているはずなのに、知らない顔をして生きていた僕は、弓手師です。





弓手師龍閃は、九度の斬撃を同時に繰り出す飛天御剣流の大技です。



絶対に弓手師されない防壁なんて、存在しません。



シロナガス弓手師ィラは、地球最大の動物です。













………。













皆さん、ゴミは弓手師かごにきちんと捨てましょう。
その事実に気付いた時、弓手師は「勝った!」と思った。
ある企業での面接からの帰りのことである。




その日、他に一社の面接をすませ、その会社での面接に臨んだ弓手師は、少々疲れていた。

ここのところ毎日のように面接が日に二三社入り、おまけにその後がっつり部活の練習であるから、身体を休める暇がない。
連日、朝6時に起きスーツを着て授業と就活に出掛け、部活の稽古をすませて夜11時に帰宅する。その後夕飯を食べ、風呂に入り、床に就くのは大抵深夜1時頃になる。

このような生活を二週間も続けていると、いかにガリマッチョで知られる弓手師と言えどもさすがにバテ始めている気がする。

ちょっと油断するとすぐ眠くなる。
今では教室やハンバーガーショップは、彼の仮眠所となってしまっている。


しかし如何に疲れていようとも、人生を左右するであろう面接においては、いい加減なことをすることはできない。

眠い頭に鞭打って、丁寧に、スマートに、失礼のないよう平身低頭、ぴしっとした態度を心掛けねばならない。

人事は我々の生殺与奪の権限を掌握しており、万一無礼でもあれば即刻斬り捨て御免の憂き目に遭うことは間違いないからだ。

しかし、そんな健気な学生の姿を嘲笑うかのように、面接官は面接室に踏ん反り返り、「あいつはなんかうざいから不合格、あの娘はかわいかったから合格。」と人の価値を平気で上から値踏みしているわけである。

そこにおいては、面接官と学生は対等ではない。如何に表向きは対等なコミュニケーションを装ったとしても、その本質には完全なる支配被支配のヒエラルキーが存在しているのである。





その日も私は、いつものように礼儀正しく、恭しく、理路整然と面接官の質問に答え、「どうもありがとうございました、失礼致します。」と挨拶をして面接室を後にしたのであった。

いつも通りの就職活動、いつも通りの面接である。

上手くいっているのかいっていないのかわからないながら、私は全ての面接で、私が為しうる精一杯の誠意で面接官に頭を下げ、完全な謙譲語と寸分の隙もない尊敬語を駆使して礼を尽くしている。

それは、面接官と学生というヒエラルキーへの絶対的服従を示す行為であり、そのことはこの時も変わらなかった。



だが、ただ一点だけ、いつもと違うことがあった。
それに気付いたのは、帰りの電車に乗りこんだときのことだ。
そしてその瞬間、私はその一点の違いがあまりに偉大な違いであり、全てを転覆させ得るものだと知ったのである。









…そう。
チャックが開いていたのだ。










「ずっと、見ていたのか。」
私は思った。

そう、私が面接官の目に見えぬ絶対的支配に屈していた間、彼はその大きく開け放たれた社会の窓から、全てを見ていたのだ。

その窓から社会をあまねく睥睨し、この社会が作り上げた下らぬヒエラルキーに従って一遍の寸劇に興じる二人の男を、彼は嘲笑っていたのだ。



あの時、あの場を支配していたのは、私でもなければ、面接官でもない。
彼だったのだ。




それは、この世の全ての不正義と不公正に対する雄叫びであった。

社会をも、世界をも超越した本当の正義と公正からの強烈な糾弾であった。

彼は、その窓から全てを見通していた。
この社会に服従して、気付かぬうちに平然と不正義を行う私達全てを嘲笑いながら。



すなわち私はこの時、理性でいつも通り社会への服従を示しながら、一方で、肉体では、本能では、世の中のあらゆる不条理に対して挑戦の雄叫びを上げていたのだ。



私は確信した。

この面接では、たとえ合否に敗れたとしても、勝負には勝った、と。








そしてその事に気付いた時、私は悟った。

















トイレに行ったら、その都度ちゃんとチャックをチェックせねばならない、と。
田園都市線、遅れすぎ。


一体なんのためにダイヤ改正したんだよ。
毎日10分以上遅れてんじゃんか。改正前より明らかに遅れてんだろ。
おまえこれ今日も選考間に合わねぇかもしれねぇじゃねぇか。
おまえ一体どれだけ俺の将来を踏みにじったら気がすむんだよ。
30分も余裕もって出てるのに間に合わなかったらさすがに立ち直れねぇよ。何を信じていいかわかんなくなるよ。
いや、謝ってないで早くして。
いや、ほんと急いで、まじで。
いや、だから振替輸送じゃつかねぇとこなんだよ。
いや、だから違うんだって。とりあえず二子玉川まで急げよ。
いや、だーかーらー、おまえも話のわかんねぇやつだな。
南武線じゃ遠回りすぎて間に合わねぇって言ってんだろうが!
早くとりあえず二子玉川まであと一分で行って!そうすれば間に合うから!お願い!!お願いします!!!いや、ほんとに!


だからなんでこんなのろのろ走るんだよ!怒るぞまじで。おまえ準急だろ?てかなんのための準急なの?歩いたほうが早いだろ!いや、ほんとお願いします!あと一息頑張って早く走ってよ!
いや、だから謝ってないで急げって言ってんの!いや、言い訳すんなよ!!言い訳なんか聞きたくねぇよ!ほんとに申し訳ないと思ってんなら行動で見せてみろ!!

ほら、頑張れ!もっと速く!ガンバ!ガンバ!おまえならできる!頑張るんだ!行け!そこだ!頑張れ!!














…あ、一分過ぎた。














てめぇ、ほんとにいい加減にしろよ!!もうほんとふざけんなよ!!若者の未来をくちゃくちゃにしてそんなに楽しいか!?もうくっちゃくちゃだよ!!

あ~、もうこのうんこ!!てめぇは電車というよりむしろうんこだ!!!このばか!ばかばかばか、ばーか!!!


あぁぁまた間に合わねぇぇぇあああああー









というわけで、今日も選考に間に合いません。

幸福とは、幸運の賜物であるとカントは言いましたが、ほんとにそのとおりだなあと思う今日この頃です。



そろそろ、だれか僕を慰めてくれてもいいんじゃないですか?



…あ、そうですか。誰も慰めちゃくれませんか。





……。






けっ!夢なんて、くそくらえ!!希望なんてうんこ食べろ!!!

どうでもいいが、面接まで辿り着けないことが多い。


あ、いやエントリーシート落ちとかじゃなくて、道的に。


道に迷ってもう何個も面接をきっている。
ていうかアバウトな地図しか載せない会社が悪いよ。辿り着けねぇよ。せめて駅の出口の名前くらい書いとけよ。出口いっぱいあってわかんねぇよ。そして電車遅れんのやめろよ。「混雑のため10分ほど遅れての到着です。」って遅れすぎだろ。

あーこんなことなら早起きして履歴書書くんじゃなかった。もっと寝てればよかった。まじ無意味。あー睡眠時間もったいねー履歴書もったいねー。


もうちんこ。いわばちんこ。


何かといつも欠席をすすめてくるうちの母は、今朝も「三越なんて、やめちゃえば?」と失礼きわまりない発言をしていたが、今日はその忠告に従って家で寝てりゃあよかったと心から思う次第である。


そして今私は、面接会場を探し求めての途方もない旅の末に辿り着いた小さな公園のベンチに腰掛けて、徒労に終わったこの数時間を思い起こしつつ、何とも言い得ぬサンチマンタリスムを噛み締めているのである。


先程、「今日はブランチを食べるために銀座まできたのだ。」と自分に言い聞かせてこの圧倒的虚無感を紛らわすために昼食をとった。

しかし、そこで入った牛丼屋で投げやりな態度の店員が差し出したサラミ丼みたいな牛丼と「銀座」という響きのギャップは、私にいかなる逃避をも許さぬ圧倒的な威力があった。



ああ、虚ろなる人生。

昨日の冷たい雨が嘘のように青く澄んだ今日の空は、私の虚無を糾弾するかのようである。


先週の雨の日、傘を持たずに濡れながら歩く小さなじいさんを見かけ、「傘、お貸ししましょうか。」と柄にもない親切を試みた。
しかしそれは、私が私の虚無を埋めんがためにあのじいさんを利用しようとしたのだろうか。

だからこそ、あのじいさんは「いいです!」と頑なに私の申し出を拒んだのやもしれぬ。

我が心中の不純なる自己満足を、あの老人は看破したのやもしれぬ。

あの時、私はどうして傘を貸そうとしたのだろう。

一度、雨に打たれる彼の横を、自分は傘をさして通り過ぎ、なんとも冷酷なことをしている気がして、引き返した。

そのこと自体は、本当の親切心から出たものと見ることもできるかもしれない。

しかし、私は無意識のうちに、あの小さな老人を自分より卑小なるものと決めつけて、彼を助けてあげようなどというような、可哀相だなどというような、愚劣なる優越感を抱いていたのではないか。

自分より弱いこの老人ならば、私を必要としてくれるのではないか、私の親切を喜んでくれるのではないかと、そんな卑怯な打算をしなかったと言い切れるか。


そう考えて、そうしたわけではない。
しかしそういう考えが、心のどこかにはあったかもしれない。

老人の拒絶に、少しくショックを覚えたのは、その証拠ではないのか。


人は、弱いが故に人を求め、弱いが故に人を拒む。

独りじゃ生きていけない。
だから、居場所をもとめるのだ。



えー、というわけで、病んでます。

疲れているときの弓手師の特徴


・無口になる。
・イライラする。
・めんどくさくなる。
・テンションが低い。
・ぼーっとする。
・なんか平衡感覚が悪い。
・「疲れた」と連呼する。
・すごく泣ける小説とかを読みたくなる。
・悪いことが重なっているような気がする。いや、というか実際重なっている。
・北の方に一人旅に出たくなる。
・よくブログを更新する。
・時計を忘れる。
・他人を避ける。選考で一緒になった奴とかとは基本的に仲良くならない。
・満員電車で前に立っている気持ち悪いロン毛野郎の汚ねぇ髪が顔にチクチクあたる。
・電車がよく止まる。
・ババアに邪魔をされる。
・でかいやつが押してくる。
・座りたい。
・けど座れない。
・なんか遅刻しそう。
・走るべきかどうか迷う。
・結局、微妙な早歩きをする。
・ギリギリ間に合う。
・でもなんか余計疲れる。
・「どうして人は苦しむのか」という問題について考える。
・だが考えてみるに、苦しむからこそ人間なのかもしれないと思う。
・人はしばしば、何に縛られることもなく、悠々と青空をゆく雲に憧れる。あの雲のように、自分も生きることができたら、どんなに楽だろうかと考える。
だが、何物をも求めず、自我に縛られぬ行雲の境地は、もはや人間の「人間であるところのもの」を失っているのではないか。
求めて、手に入らなくて、それでもがいているのが人間ではないのか。
手に入っても、失うのを恐れて、それで苦しんでいるのが人間ではないのか。

何も求めず、何も欲しがらず、苦しむこともなく、心が縛られることもなく、ただ風に吹かれる雲のように人生を生きることができたら、それはきっと楽だろう。

しかし、それは人間か。

否、それは人間ではない。

人間以上の何かか、はたまた人間以下の何かかはわからない。
しかし、人間離れした何かであることは確かである。

なぜなら、人間は満たされぬ苦しみによって、自我を確認するからだ。つまり、自分が他の何者でもなく自分であるということは、すなわちアイデンティティとは、あるべき理想の自分と実際の自分との乖離を通して自覚されるのである。

とすると、何かを求めて手に入らぬ苦しみは、例えば動物が食物を得られずに感じるストレスと同じであろうか。

もちろん、それは違うだろう。
求めて手に入らぬ時、それを自分自身に引き付けて、あるべき自分の姿と今の自分との狭間で揺れ動き苦しむのが、人間の真骨頂である。
それは、欲しいものが手に入らぬ現状への単なる不満やストレスとは全く次元の違うものだ。
その苦しみを通して、人間は自分が自分であるということを悟るのである。

そうかんがえると、行雲の境地、すなわち何も求めず、苦しまず、縛られぬ存在というものは、自我を消失した存在であり、そこに世界と自分との区別は存在しない。
つまり自我に縛られぬ存在というものは、徹底的に世界に縛られているということと同義である。世界と一体となる境地。世界の単一原理によってのみ規定されている存在。そこに独立した自我の介在はなく、自分と世界が直結している存在。そこに苦しみは、ない。
これは、弓道でいうところのいわゆる無念無想の境地、金体白色西半月の位であろうか。

然るに、自我が消失し、自然の原理にのみ規定され、自分と世界の区別がなくなった存在というものは、動物と同じではないのか。

本能という自然の単一原理にのみ自らを規定され、自我の葛藤に苦しむこともなく、ただ自らを規定する世界に徹底的に縛られることで自我からの自由を得る。

それは自分が自分であることを放棄するということではないのか。

あらゆる希望も、あらゆる自己実現の欲求をも捨て去って、ただ流されるままに生きることで苦しみから解放されるのなら、そこにあるのは諦念にほかならない。

悟りと諦めが紙一重だというのはよく聞く話だが、私はそれならば、徹底的に苦しむことこそが、人間のあるべき姿なのではないかと思う。

苦しむことは、自我の強化である。
求めて、手に入らなくて、辛くて、自分の小ささに気付く。理想の自分とはこんなにも違うのだと知る。自分の立っている場所を知る。
そうやって、我々は自己を確固たるものにしてゆくのだ。
その強い自我というものは、決して自分の我を他人に押し付けるようなもののことを指すのではない。我が強いというのは、自我の弱い人間の、弱さ故の自己肯定作業である。
本当に強い自己を持っている人間というものは、人にそれを押し付けたりはしない。それは、自分と他者の違いを理解しているからだ。自己の立ち位置を確たるものとすることで、他者在り方を受け入れることができるからだ。
自分の芯は崩さない。しかし、他の価値観を認めることができる。
ぶれない自己とは、そういうものである。


苦しめ、もっと苦しめ。徹底的に苦しむのだ。
苦しみは己を強くし、挫折は己を大きくする。

苦しみこそが人間の真骨頂であるのなら、苦しみのなかにこそ活路は見出だされよう。

桜の花は、花である前に桜である。
桜は、桜としての命を徹底的に生きることで、立派な花を咲かすのである。

我々も、人間である前に己である。
ならば、苦しんで苦しんで苦しみぬいて、自己を徹底的に強めた先にこそ、人間としてのあるべき姿があるのではないだろうか。



えー、というわけで、病んでます。
桜が満開を迎えるのにあわせて、花散らしの雨は降る。

一年のあいだ待ちに待って、ようやく暖かくなってきて、ついに輝ける時がきたと思った矢先、憐れにも桜は、花散らしの雨の冷徹なる仕打ちにあい、為す術もなくその可憐なる花を散らすのである。

昨日もその例にもれず、がっつり冷たい雨と北風が満開を迎えた桜を襲ったのであった。

それはさながら、矢数をかけてようやく的中が増してきた矢先に舞い込むヘヴィーな仕事のようであり、あるいは売り出し中のアイドルがようやくメジャーにデビューできたと思った矢先に商売上の戦略でキャンペーンを打ち切ってしまうプロダクションのようである。



そういえば、このあいだ独りで馬場の定食屋に入った時、近くのボックス席に座っていたサッカーサークルの一団が、吐き気を催すような下卑た話をしていた。

要は、新歓活動で汚い手練手管を使って新入生の女の子を慰みものにする方法を、奴らは議論していたのである。

お腹すいてたのに、その下劣きわまる話のおかげで、もう酷く飯がまずくなった。んもう折角のおいしい味噌カツが、すっかりうんこカツになってしまった。



こいつらも、まごうかたなき花散らしである。

だってそうだろう。
奴らは、長い受験勉強をようやく終えて期待に胸を膨らませ入学してきたぴかぴかの一年生たちの可憐な花びらを…











…おっと危ない危ない。いま物凄く卑猥なことを言いそうになってしまった。

まあとにかく、奴らは唾棄すべきこの世の屑である。

こういう話を耳にするにつけ、私は着々とサークル野郎共への憎悪を募らせていっているわけだが、今日はそんな奴らがわんさかわんさかいる本キャンで新歓活動であった。


いや~、疲れた。
ふくらはぎと踵が異様に痛い。あと人間多い。CHARA多い。んもうそこら中でちゃらちゃらチャラチャラちゃらチャラCHARACHARA CHARA HEAD‐CHARA。頭からっぽの方が、夢、詰め込める。


違う!!夢は詰め込むものじゃない!自分で生み出すもんだ!!!てめぇらそんなふうに受け身な姿勢で夢を掴もうと思ってるうちは、いつまでたってもかめはめ波なんて撃てねぇぞ!!
ちなみに俺の夢は、瞬間移動を習得することだ!!これ自己分析の結果ね!とある本の言葉を借りれば「我究」の結果ね!!エントリーシートに書くぞ!!だって就活本に「建前じゃない本気の夢をみつけよう」って書いてあったもんね!その結果がこれだ、ばーかばーか!





人事「弊社を志望した理由を教えて下さい。」

弓手師「はい、私が御社を志望した理由は、会社説明会などで社員の皆さんとお会いした際に、社員の皆さんの態度が自信に満ち溢れていて、こんなにレベルの高い人達の中で働くことができれば、きっと自分自身の大きな成長に繋がるだろうと思い、御社でなら私の夢を実現することができると考えた為です。」

人事「その夢とは、なんですか?」

弓手師「はい、瞬間移動ができるようになることです。」

人事「なるほど、瞬間移動ですか。これは大きく出ましたねぇ」

弓手師「はい、私のモットーは、夢は大きく、ですので!」

人事「はい、わかりました。では、今回の結果は、今日から一週間以内に、合格者の方のみにメールでお知らせします。本日はどうもありがとうございました。」

弓手師「ありがとうございました!」








…てか脚いたい脚いたい。
早稲田大学弓道部が新年度を迎え、新体制で活動を始めてから一ヶ月余りが過ぎた。

私もとうとう四年生である。月日が流れるのは早いものだ。いや、ほんと早い。すごい。ほんと早い。


ところで、新年度に入ってついに二年生になった私の2コ下の後輩達は、現在総勢12名である。

みんなとても気さくでいい後輩たちである。彼らはユーモアセンスも高く、とても明るい。一方で、仕事においては非常に真面目で、きちんとしている。それでいて、射技も卓抜であり、弓への情熱も殊更素晴らしい。それから、とても個性的なメンバーがそろっていて、飽きがこない。素晴らしい。そう、素晴らしいのだ。

そういうことなのだ。
まあ、別に気にしてるわけではないんだが…

















なんで他のお客さんにはお茶出してるのに、俺だけ水なんだろう…















いや~なんでだろうなあ…。


















いや、気にしてるわけじゃないよ?いやいや、ほんとだよ?ぜんっぜん気にはなってないんだけどね。
前から思っていたのだが、俺は駅の改札で目の前の奴が引っ掛かるケースがすごい多い気がする。この一週間ぐらいある特定の改札で集計してみたら、約30%の確率で俺の前の奴が引っ掛かっている。

前にも言ったことだが、俺は韋駄天せっかち男なので、俺の前で改札止められたりすると、んもう信じられないくらいイライラする。

しかも無理矢理俺の前に割り込んでおいて引っ掛かったりされると、ほんともう筆舌に尽しがたいぐらいイライラする。天誅を下してやりたくなる。ものっすごい汚い言葉とか実際汚いものとかを浴びせかけてやりたくなる。それがデブだったりすると「でーーーーぶっ!!!」とそのまんまの悪口を吐きかけてやりたくなるし、それがサッカープレーヤーだったら「ボールは友達じゃないよ、ただの道具だよ。現実見ろよ。」と言ってやりたくなる。あるいはそれがきゃわいい女の子だったりしたら、なんかもういろいろしてやりたくなる。



だが、中でも一番厄介なのは、ウ゛ァウ゛ァア共である。

奴らの改札ひっかか率ときたら、もう八割ぐらいに達するんじゃないかと思うくらいである。てか改札でウ゛ァウ゛ァアを見掛けると大抵引っ掛かっている気がする。改札の手前でババァーを見掛け、「あー引っ掛かるんじゃないかなーやだなー」と思って見ていると、だいたい奴らは案の定引っ掛かるので、不意打ちの場合よりも一層うんざりする。
てかどうしてそんなに引っ掛かるの?切符どんだけてきとーに買ってんの?そしててきとーに買ったくせになんで精算しないの?なに?てきとーに買ったけどイチかバチか入れてみてるわけ?ばばあどんだけギャンブラーなの?なに?博徒なの?博徒なわけ?一天地六の賽の目しでえに引っ掛かるのもまた乙なもんなわけ?ねぇ。なんなの?なんなわけ?





はい、そしてたった今また目の前のばばあが引っ掛かりました。この記事は携帯で書いてるんですけどね、書いてるそばから目の前のウ゛ァバー引っ掛かったね。これで3日連続で俺の前でばばー引っ掛かったね。すごいね。しかも、今回のバウ゛ァーは圧巻、切符もなにも入れないで改札に突っ込んでいったね。引っ掛かるに決まってんじゃん。何?何がしたいの?テロの一種ですか?なんなの?ねぇ。なんでそんなに迷いがないの?なんで切符も入れずに改札に突撃できるの?何を訴えかけてるの?まじあまりに潔すぎてなんか逆に心を打たれたよ。すげぇよ。なんかすげぇよ。もうむしろかっこいいよ。ばばあすげぇよ。覚悟がちげぇよ。












娘「母さん、行っちゃ嫌だ…」


ババア「何を言ってるんだい。お前はもう一人前だよ。あたしがいなくなったって、きっと大丈夫さ。」


娘「わたしなんか、かあさんがいなくちゃまだなんにもできないよ…かあさん…」


ババア「甘ったれたことを言っちゃあいけない。あたしは、行かなくちゃいけないのさ。お前は昔から、強くて、優しい子だ。きっとお前なら、立派にあたしの後を継げるよ。だからシャンとおし。わかったね?」


娘「うっ…うっ……ひっく………うん。」


ババア「よし、いい子だ。それでこそ、あたしの娘だね。もう泣くのはおよし。全然悲しいことなんかじゃないんだよ。渋谷の、こんな大きな改札を最期の晴れ舞台に選ぶことができるんだからさ。ね?あたしの言うこと、わかるだろ?」


娘「ひっく、うっ……うぅぅ…うっ…うん、うん。」


ババア「…それじゃ、あたしゃもう行くよ。ほんとは…ほんとはもっと、お前に母親らしいことの一つもしてやりたかったけど、ごめんね…。お前は本当に、あたしなんかにゃ過ぎた娘だったよ…ありがとうね。それじゃあね…。」
















……。



















ピンポーーン!!がしゃぁぁぁん……





















娘「!!…かあさん……いやああぁぁぁぁぁーーー」














という感じの気迫を感じたよね。うんうん。











まあそんなわけで、今日の三限も遅刻ですな、これは。
みか。

お前、すげぇよ。

俺をこんなに驚かせた奴は、お前が初めてだぜ。

すげぇよ、とてつもねぇよ。みか、お前ほんとすげぇよ。




















というわけで、僕の誕生日を祝ってくれたみんな、ありがとう!!

まじでうれしいです!!天にも昇る思いたぁこのことです!!

てかすげぇです!!まじみかすげぇです!!!まじ瞬殺です!瞬天殺です!!!ついに神速を超えた超神速「縮地」に至ることができました!!ほんとにありがとう!!!!





それにしても、とうとう21歳ですか…



21歳。21歳かあ。21歳って言ったらさあ、もっとさあ、なんつうかさあ…






どうも。弓手師です。21歳です。
夏休みはバイトばっかしてました。ここ3日連続コンパでまじ疲れてます。もうすぐ今の彼女と二年目の記念日になるんでー、なにプレゼントしようかまじ悩んでます。授業始まったしー、もうすぐ就活も始まるし、バイトも週三入ってるし、サークルも幹事やってるし、なんかまじで忙しいっす。タハハ。









みてぇな浮かれた年頃なんじゃねぇのかよ!!浮かれた要素微塵もねぇよ!!!てか浮かれた奴らまじうんこまみれになれ!!ふざけんな、ばーかばーか!!




















はあー…。




















助けてよーーーみかーーーーーーぁぁぁぁぁぁああぁ!!!!