気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ -32ページ目

気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

雑誌「日経ソフトウェア」の今月号の付録は、情報処理試験の対策問題集とDVDでした。




情報処理試験!

思えば今の会社に入る前の仕事では、この「情報処理試験」にずいぶん力を注いでいました。専門学校で、情報処理試験の対策科の担任をしていたこともありました。
また、高校生時代にはこの情報処理試験に合格することが、非常に大きな目標となっていました。

当時はこの「情報処理試験」はプログラマー、ITエンジニアにとって唯一の国家資格であり、我々エンジニアを目指す者にとってはこの試験に合格することが一つの大きな共通の目標となっていました。

1種と2種があり、2種でもかなり難しく、高校生で合格できる人は若干名で、それまでは、40人単位のクラスで3人前後しか合格できない難関でした。
ちなみに1種になると、高校生で合格できたら地方新聞で記事になるほどの快挙でした。

クラスでたった3名・・しかも、情報系の学科のクラスは当時は言ってみれば特進科みたいなクラスであり、かなり学力優秀な人たちが集まっている学科だったはずなのですが、それでも毎年、情報処理試験2種に合格する人はやっぱりクラスで3名前後しかおらず、本当に高嶺の花の試験でした。
受験するだけでも、我々の市には試験会場がなく(かなり大きい市だと思うのですが。。)、新幹線で県庁所在地の市に移動して受験する必要があり、そのこともこの試験の格をあげていたように思います。

ところが。
あれは確か、我々が高校3年の春の試験だったと思います(※当時情報処理試験2種は年に2回、春と秋に行われていました)。
我々のクラスから、自分の記憶が正しければ18名の合格者が出て、前年の3名の合格者と合わせて実にクラスの半数近くが2種の合格者となったのでした。

「その年は例年に比べて甘かった」という噂もありましたが、それでも、高校生にしてクラスの半数が2種に合格というのは快挙だったと思います。

なお、その頃の2種の問題の難関といえば、午後の部のプログラミング言語の問題でした。
FORTRAN、COBOL、PL/I、アセンブラのいずれかから3問選択して、穴埋めをしてプログラムを完成させるのですが、当然かなりのレベルのプログラミング技術力を試されます。

なので当時の情報処理試験対策としては、プログラミングの問題を徹底的にやっていました。
当時は完全に、「情報処理試験2種・1種」=「プログラマー試験」でした。


・・ここでやっと現在の話に戻るのですが(笑)、日経ソフトウェアの付録についていた問題集をみて驚きました。
なんと、いわゆる典型的な「プログラミングの問題」というのは、今では無いのですね。
もちろん、アルゴリズム考察能力を問われるような、フローチャートを駆使した問題などはあるのですが、あるプログラミング言語に精通していなければならないような問題はありませんでした。

これは完全に時代の流れによるものと考えられ、我々が受験していた当時と違ってプログラミング言語は多岐にわたっており、かつ言語仕様が柔軟なものも多く、それを試験問題にするのが困難であるという事情があるかと思われます。
また、今の時代、あるひとつの言語に精通しているだけでプロのプログラマとして仕事になるというのは難しく、どんな言語でも顧客の依頼にあわせて使えなくてはなりません。
もっとも、違う言語を使用することのハードルは低く(もちろん同系統の言語であれば、ですが)、あまり単一言語の文法やライブラリをかっちり覚える必要がない時代でもあります。

そんな時代背景から、すっかり試験の内容が姿を変えてしまったのですね。

うーん、もしも今、その姿を変えた試験を受けたとしたら、果たして合格できるかどうか・・はかなり疑問です(笑)
おそらくどんな人でも、体のどこかに、外見的な意味でのコンプレックス、例えばあるホクロが気になるとか、ある一部分に脂肪が多くついていて気になるとか、何かしらコンプレックスを抱えているのではないかと思います。

仮にそれが他人から見たら全く問題ないようなことであっても、本人は長年ずっと気にしている、ということも少なくないのではないかと思います。

自分の場合は、「前髪のくせ毛」が積年の悩みでした。
眉毛にかからないくらい短くすれば、そのくせ毛も姿を現さないのですが、ある程度の長さになると変なうねりが出てきます。
またジェルなどを使って極力まっすぐにしようとしたとしても、汗がちょっとついたり、周囲のとても湿度が高かったりするとあっさり戻ってしまい、非常に気になるのです。

かといって、縮毛矯正とかストレートパーマなど、とてもお金がかかりそうなことをするほど余裕もないし、また髪の傷みなども気になっていました。

それで長年その前髪のコンプレックスを抱えながら生きてきたわけですが(笑)、冷静に考えてみると、前髪を気にする機会というのは、一日の中でも意外と多くあると思います。
朝の支度や入浴時は言うに及ばず、大きく動いたり風が吹いたりしたときに前髪が動くといったことはかなりの回数あると考えられ、そのたびに自分のコンプレックスが足を引っ張って、わずかでも気分が悪い方にかたむいたりすることもあると思います。

そのように、一日の中で何度も何度も気にして気分が悪くなるくらいならば、もう少し真剣にそのコンプレックスの解消をするべきではないかと思いました。


それで、何度か美容師さんとも相談して、前髪とその周辺だけ、ストレートパーマをかけることにしました。
なお、ストレートパーマと縮毛矯正とは同じものと思われがちですが、方法が違います。縮毛矯正は薬剤と熱でくせを伸ばすもので、ストレートパーマはパーマのストレート版であり2段階の薬液で伸ばす手法です。1段階目の薬液で髪のたんぱく質の結合を断ち切ることでまっすぐにし、2段階目でそのまっすぐを定着させるのだそうです。強いくせ毛を直すには縮毛矯正の方が合っているようです。
ストレートパーマは、人工的にパーマをかけた髪に対してストレートに戻す際にはほぼ完ぺきに戻す効果を期待できるそうですが、強い天然パーマをストレートにするのは難しいようです。

自分の場合は「天然パーマ」と言われるレベルのくせ毛ではなかったため、ストレートパーマで試すことにしました。

コスト的には、当然美容室によって大きな差があるはずで(カットも千円から、トップモデルご用達の数万円のものまでありますからね。。)、一概には言えないと思いますが、自分がお世話になっているところではカット込みで8千円台でした。(カットだけだと3千円くらいです)

また、効果のある期間ですが、前髪のストレートパーマであれば、長さにもよりますが最長で半年くらいはその効果を末端部分には維持できる場合が多いそうで、少なくとも数か月はいけるということでした。

髪の傷みについても、昔はパーマ液による髪の傷みは深刻な問題でしたが、今はずいぶん進化したようで、しっかりしたところでその人の髪に合わせた薬液を使ってやってもらえば、昔のような大きな問題はないようです。
ちなみに自分も新聞配達屋(学生)時代にカットモデルとしてパーマをかけてもらっていました。
パーマをかければあまり髪型に気を使わなくて済むという、先輩たちのアドバイスに従った選択でしたが、本当にぐっちゃぐちゃの状態となり、よくあれで人前に出られたものだと今は思います(笑)
もちろんカットモデルということで無料でしたので、まあよかったのですが。

さて、ウン十年ぶりにパーマ液をつけてもらって、前髪のストレートパーマをやってもらいました。
時間的にはカットも含めて2時間くらいかかります。
ふつうのパーマはリングコームを使って髪を巻くと思いますが、ストレートパーマの場合は紙に髪を載せるような感じで行うようです(サロンによって違うのかも知れません)。
薬液のにおいは、さすがに無臭ではありませんでしたが、昔抱いていたパーマ液の独特の強いにおいに比べれば(技術の進歩化も知れませんが)だいぶ良くなっていたと思います。

そしてその効果は思った以上で、しっかりまっすぐになりました。
非常に気持ちがいいです。
あまり気にしなくても基本的に常にまっすぐなので、前髪を気にする頻度がかなり減りました。

朝やトイレから出て手を洗う時などに鏡を見て、前髪のくせが出ているのを見ていやな気分になることもほとんどなくなり、非常に快適です。

たぶん周囲から見たらそれほど変わった印象はないと思いますが、本人にしてみれば長年にわたる深刻なコンプレックスを少しでも解消できたことは大きな進歩でした。


そのように、周囲からすれば些細なことでも、本人にしてみればそのコンプレックスは小さくない場合が決してく少なくないと思います。
ちょっとしたチャレンジで、それが解消できるかもしれないのならば積極的に試してみるのは悪くないのではないかと思います。
先日、うちの地域の花火大会があり、遠くからではありましたが観覧することができました。

去年までは30分程度の短い時間で、チラシなども特に市民に配布したりしていなかったと思いますが、今年はしっかり一時間行われ、かつ各家庭にチラシが配られたため開始時間も終了時間もよくわかりました。



花火の内容が去年までに比べて豪華だったのかどうかはわかりませんが(去年まではあまりじっくり見たことがありませんでした)、開催時間や広告の打ち方の観点から、明らかに今年は気合が入っていたように思われます。

そうなると、なぜ今年はそのように気合が入っていたのかが気になるところです。

そもそも花火大会を開催するには、言うまでもなくかなりの費用がかかります。
花火の玉の値段というのは日本煙火協会という団体が定めているのだそうで、いわゆる一尺玉(10号玉)で6万円くらい、20号玉ともなると60万円もするそうですが、20号玉の大きさたるや直径400~450mにもなるそうで、スカイツリーの高さ(634m)には及びませんが東京タワーの高さ(333m)よりははるかに大きいという計算になります。凄いですね。

また、打ち上げる玉の数も、大掛かりなものになると1万発以上、隅田川花火大会クラスにもなると2万発以上にもなります。
一発数万円もするような花火を1万発あげたら・・小さい玉で数千円から、最大でひと玉60万円にもなるわけですが、単純計算で1万円×1万発だと1億円ですね。
実際、大掛かりな花火大会の費用は一億円くらいが相場であり、隅田川花火大会で一億5千万くらいであると言われているようです。もちろん、玉の代金だけではなく運営費や人件費もかなりかかりますので、玉だけで一億円はかけていないかも知れませんが。

それでは、その一億円前後の費用はどこから出てくるのか?ということですが、隅田川花火大会のようにTV放送などもされて、広告の効果が非常に高いものの場合にはスポンサーの出資額の占める割合が大きくなるようです。
ただ現実にはその地方の県や市が予算をとることで運営されているようです。つまり税金ですね。

加えて、閲覧席を設けることで収入を得る場合もあります。
うちの地域の花火も、有料席は一万人分以上設け、一番いい席は4人分のテーブル席で2万円(ひとりあたり5千円)で、一番安いイスなしのシートでも2千円くらいするようですので、ほとんど有名アーティストのコンサート並みの規模の集客と考えられます。そして全席完売したようですので、その収入も少なくないと思います。

・・上記のような花火大会の背景から考えて、うちの地域の花火が今年ちょっと気合が入っていたということは、つまりうちの市が年度予算を組む時に花火大会の予算を去年よりも多めに取ったか、もしくは例年以上にスポンサーがついたかのどちらかであると考えられます。

どちらにしても、そのように花火に力を入れられるということは、自分たちの住む市が前向きに行政されている可能性が高いと考えられるかと思いますので、決して悪いことではないのではないかと思います。

来年もまた、素晴らしい花火大会が行われるといいですね。
先日、会社の中で親しくしてもらっている人達に飲み会を開いていただき、かなりの量のワインとビールを飲みました。

自分以外のみなさんはワイン通の方ばかりで、「土壌の違いによる味の違い」などについても詳細に語っていただけたのですが、当然飲酒量もかなりのものでした。

ワインを3本4人で飲み干した後、さらにビールをかなり飲みましたので、当然自分の許容範囲量をはるかに越えた量だったと思います。



しかし、今回もやはり飲酒量の割には酔いませんでした。
実際には、帰宅後夜2時くらいに映画を見ようとしたら気持ち悪くなってきて、寝てしまいましたが、そもそも朝6:30に起きてふつうに一日働いた日にさらに2時から映画を見る方が無理があると思われるため、それができなくてもまあ酔ったせいばかりとは言えないかと思います。

また、翌朝二日酔いになることもありませんでした。
半年くらい前にもやはりたくさん飲んで、夜寝るときに気持ち悪いまま床に就いたときは、翌日起きてからも気持ちが悪かったので、今回はやはり悪い酔い方ではなかったのだろうと思います。


今回酔いにくかった理由は、以前の考察同様、4人以下の人数でしかも話しやすいメンバーだったこと、そして話の内容が楽しかったことだろうと思われます。


ところで自分はかなりの味オンチなので、ワインの製造年による味の違いとか、もっと基本的なワインの種類による味の違いとか、そういうものがあまりわからない(同時に飲み比べればわかる場合もありますが、別の日に飲んだらもうわかりません)のですが、今回は、「これは美味しい!」と思ったワインがありました。
これです。



ただ、これを飲む前にピノ・ノワールと呼ばれる粘度の低いあっさりした感じのワインを飲んだ後だったということと、非常に相性のいいチーズを食べながら一緒に飲んだことがかなり後押しをしていたような気がします。

それでも、ほんの少しだけ、ワインが大好きな人たちがどうしてそうなったのか、0.1%くらい理解できたような気がしました。
今回の注目ポイントは、広島カープの戦力がどのくらいなのかを見極める、というところだと思います。



前回の16巻ではまだ試合が始まったばかりで、双方の戦力がまだわからない状態でした。
しかし今回両チームともとりあえず打者一巡しましたので、これで今後の方向性が少し見えるのではないかと思います。

打者一巡しての見解ですが、思うに結構な打撃戦になっていくのではないでしょうか。
とりあえず広島の一番打者のアルプス選手が二打席目にホームランし、5番の金太郎選手は一打席目は一度もバットを振らなかったもののあれは間違いなく見極めのために捨てた一打席ですので次か3打席目くらいでかならず一発打つと思われます。
試合開始時から岩鬼選手とずっと口喧嘩している3番打者・京極選手も一本は放り込みそうな気配があります。

そして4番に座っている武藤捕手、彼はもともと絶不調の状態でこの試合に臨んでいますが、このまま「やっぱり絶不調でしたー」という形で快音なしで試合が終わるという展開はまず考えられません。

また、小回りのきく埴輪選手や赤青黄の3兄弟が塁を埋めることを考えると、最終的には9回までに4~5点は取る流れになるのではないでしょうか。


一方、不満なのはいまだに剛球を一球もなげない広島の先発・剛球仮面です。
というか、自分の予想では、剛球仮面の正体は速球派の投手ではない、そして明訓高校OBにとって馴染みの深い投手であると思っていますので、最後まで剛球はないのではないかと思っています。

うーん、剛球仮面の正体は誰なのだろう。。
もしも渚投手でないとすれば・・・
中投手(江川学院出身)はどうでしょうか。一応彼はアイアンドッグスに入団していますが、自分が知る限り入団後ただの一度もちらりとも登場していません。実は退団していて、このトーナメントで復活、というのは・・なさそうですね(笑)
本当は、小林真司投手(中学時代からの因縁のライバル)が剛球仮面だったら、話としては素晴らしかったのですが、彼は東京スーパースターズに入って味方になってしまいましたので、それはもちろんありません。

実は明訓高校OBで一学年先輩の、石毛選手か仲根選手が投手としてプロ入りして剛球仮面を名乗ったとか?いやいやさすがに荷が重すぎます。
ちなみに石毛選手は、明訓高校の不動のレギュラーではありましたが、統計情報によりますと、なんと一度もヒットを打っていない(36巻の吉良高校戦を除く)計算になるらしいという、ちょっとかわいそうな選手です。
想像するに、甲子園で2回も優勝を味わい、その間ほぼ不動の6番を打ってきながらノーヒットでは、周囲からは相当言われていたに違いありません。。
なお、仲根選手は石毛選手に比べれば何回か見せ場を作っているのですが、プロの先発投手として復活できるような逸材では、残念ながらなかったと言わざるを得ないでしょう。

そもそも、ドカベンキャラクターの中でまだプロ野球編に登場していない選手って、(ドカベン44巻~48巻までの暗黒時代に初登場した不幸な選手たちを除いて)他に誰がいるでしょうか。

絶対に剛球仮面ではない(体格が違いすぎる)けれども、どうしても再登場してほしい選手は一人います。

武蔵坊数馬選手(弁慶高校出身)です。
彼は今では陶芸家として活躍しており、山田太郎選手たちとは重要な立場の友人として、何度もプロ野球編に登場していますが、もはやバットを握ってはいません。
しかし、水島先生の世界ならば、彼が復活するのは十分にアリではないでしょうか(笑)

武蔵坊選手は言わずと知れた、明訓高校に唯一黒星をつけたチームの要であり、結局彼には勝てないままここまできています。
もしも武蔵坊選手が、この準決勝のクライマックスで広島の代打として登場し、そして彼のホームラン性のバックスクリーンにはいる当たりを、元チームメイトの、今は敵のセンターを守る義経選手が捕る!という展開ならば、感動します。


・・話がそれましたが、今回は2回、3回の攻防で点差は1:1の同点というところで終わっています。
まだまだ先の展開が楽しみな試合です。
自分が学生だった頃、うちの親が当時の流行りものに全くついてこられないことが、信じられませんでした。

特に歌謡界に関してはひどく、「アイドルは全部同じ人に見える」「どの曲も同じ曲に聞こえる」というのです。
もっと具体的に言えば、「田原俊彦と近藤真彦の区別がつかない」とか「松田聖子と中森明菜が同じ人物に見える」というのです。
しかも「田原」を「タバラ」と発音するし。。
ところがもっと古い時代の、例えば石原裕次郎さんの歌などは、完璧に覚えていたりするのです。

そういうことが、当時の自分には全く信じられませんでした。


ところが今、彼らの気持ちがわかるようになってしまいました。

いつからこうなってしまったのかわかりませんが、今のアイドルの子たちの顔の区別がつかないし(笑)、そもそも新しい歌とか、オリコンチャートとか、そういうものに全く興味がわかないのです。

例えば、AKB48グループの現在のメンバーはほとんどわかりません。
例えば松井玲奈さんというのがどの子なのか区別できません。
調子が悪いと、指原莉乃さんと渡辺麻友さんを見間違えることもあります。

さらに乃木坂46くらいになると、もっとわかりません。
白石麻衣さんという子が中でも結構Visibilityの高い子で、モデルとしても活躍しているという記事を電車のつり革広告などで見かけ、写真も掲載されているのでその時は彼女の顔を認識できるのですが、いざ他のメンバーの中に混じっているところを見ると、似たような髪型の子がたくさんいて(笑)、どれが白石さんなのかわからなくなってしまいます。

・・これはまさしく、昔自分の親が「みんな同じに見える」といっていた時の状況と全く同じです。
なるほど、こうなってしまうのですね。。別にいい加減に受け流しているわけではないのに、本当に区別ができないことがあるのです。


さらに、新しい曲を聴く気にならないという現象も、10年くらい前から起こっています。

今の新しい曲をわざわざ受け入れるよりも、昔大好きだった歌を聴くほうが確実に楽しめる、と思ってしまうのです。

さらに、今はいい時代ですので、Youtubeなどを通して自分がCDなどで保有していない古い曲であっても、ある程度有名な曲であればほぼいつでも聞くことができるので、「自分のCDだけではさすがに飽きる」ということも起きにくくなっているかと思います。

なので、今の自分の中の生活リズムの中に、「夜歯を磨くときに90年代以前の古い曲をYoutubeで聴きながら磨く」というものがあります。
もっとも古いところではキャンディーズくらいまでならOKです(笑)

古い曲を今聞いてみると、当時はわからなかったようなその曲の魅力やその歌手の魅力が伝わって、大変興味深いです。

例えば山口百恵さん。
リアルに彼女が歌手をしていた頃は、なんであんなに人気があるのか、なんであんなに特別視されるのかわかりませんでした。

ところが今になって彼女の現役時代の動画をみると、凄いですね。
あれだけのカリスマ性を感じられるタレントは、他にはあまり思い当たりません。
中森明菜さんが、ポスト山口百恵さんということで引き合いに出されることがありますが、もちろん中森明菜さんは人気・実力・そして記録上も日本の歌謡界のトップクラスとして長年活躍されており、セールスだけで言えば山口百恵さんとは比較にならないほど上なのですが、素のカリスマ性で言えば、やっぱり山口百恵さんにはかなわなかったのではないかと、動画を見ていて思います。

そういった、昔のことの中から発見されることが十分に楽しく、あえて新しいアーティストを追わなくてもいいや、という気持ちになってしまうのです。


はっきり言って、これこそまさしくオジサン化・オバサン化の典型的な一面なのだと思いますが(笑)、無理して大して興味もないものに時間を割く必要もないだろうと思っています。
先日、以下のAir Max 95 の復刻版を履いている人を見かけて、にわかに20年前の記憶がよみがえってきました。



まだWindows 95もリリースされていなかったあの頃、当時社会現象にもなっていましたが、自分も類に漏れずNike Air Max 95が欲しくてたまりませんでした。

もっとも、自分が欲しかったのは上記のグレーのモデルではなくて、以下のブルーのモデルでした。



ところがこれがどうしても手に入らなくて、何度も原宿に通い、探しに探しましたが、一度サイズの合わないものにはやっと出会えたものの、結局サイズの合ったブルーのAir Maxには出会うことはありませんでした。

あれから長い年月が経って、もう一足3万も4万もするスニーカーに興味を持つこともなくなっていましたが、やはり自分の中で「欲しかったけれども手に入れられずじまいだった」という記憶が深いところに刻まれていたようで、NIKIさんが20周年記念モデルとして発売しているAir Max 95の復刻版はちょっと気になります。

しかし、現実的に考えて、仮に上記のブルーのモデルを今購入したとして、合わせられるかというと疑問です。
20年前ならもちろん問題なかったと思いますが、今見るとさすがに自分の世代の人間の履ける靴ではないかなという気がするのと、今見ると白の部分がかなり目立っており、落ち着きがない気がします。

また、これが数千円くらいで手に入るならば遊びで買ってみてもいいかも知れませんが、それほど安くはありません。

さらに、先日New Balanceの新しい靴を買ったばかりで、タイミング的にもあまりよくありません。

それでも、もう少し買いやすくてかつブルーが中心になっている(白い部分よりも青い部分が勝っている)Air Maxということであれば、今はAir Max Invigorというモデルがあるようですね。



こちらは先日見に行ったABC Martにもありましたし、形的にも無難な気がするので、その気になれば買えるかもしれません。
先月、冥王星に人工衛星ニューホライズンが10年掛りの長旅の末接近することに成功し、冥王星に関してこれまで想像されていたものとはまた違った事実が発見され、ニュースになっていたと思います。

実は近年、太陽系外の惑星の観測・研究が結構熱くなっています。
※冥王星も実は太陽系外の天体に属します。現在太陽系のもっとも外側を回る惑星は海王星とされていますので、そのさらに外周を回る冥王星は、「太陽系外縁天体」に属します。

以前は、宇宙の観測・研究といえば、特に太陽系外に関しては、もっぱら恒星を中心としたものでした。
それは当然のことで、光を放っていない天体を観測することはむつかしく、現実的には自ら光を放つ恒星しか観測できなかったからです。

思えば、自分たちが学生のころは、太陽系外の惑星に関しては一切情報がありませんでした。
銀河系には約2000億個の恒星がある」「数百から数千の銀河が集まって、銀河団を構成しており、さらにその銀河団が無数に宇宙空間に広がっている」といったことは1980年代の科学で明らかになっていましたが、それらはすべて光っている恒星を観測して得られた情報であり、その恒星の周りをまわる惑星については何の情報もありませんでした


ところが現在では、直接天体望遠鏡に映らない遠くにある惑星を観測する方法が確立されているのだそうです。
具体的には、観測できる恒星に映る小さな影の周期を観測するそうなのですが、その周期から、恒星との距離がわかり、別の方法でわかる恒星の大きさと、その恒星との相対的な大きさの差からその惑星の大きさがわかる、といった計算をするようです。

そして今では2000個弱の太陽系外の惑星が発見されているということですが、その多くは木星や土星のようなガス惑星なのだそうです。


・・しかし、自分の中ではいまだに、ガス惑星を本当に星として扱うべきなのかという、素人的な疑問をぬぐい切れていません。

というのも、例えば木星を構成するガスの多くは水素ガスであるとされていますが、それって、例えば、我々がキンチョールなどの殺虫剤を空中でシュッとかけると一瞬そこが白い霧状になると思いますが、それと同じような感じで、水素ガスがものすごく大量に集まってあのような巨大な塊になったものを「星」と呼んでいることになるのではないか・・?と思ってしまうのです。

小さいころは、木星にもいわゆる地表があり、ロケットで木星に行けば、木星の地表に降り立つことができるのだと思っていました。

いや、もっと大人になってからもそのように思っていました。
古くて申し訳ありませんが、イカ天出身のバンド「たま」の「さよなら人類」というヒット曲に、「きょ~う人類がはじめて~~木星についたよぉ~」という詩がついていると思いますが、あれはたぶん、木星には地表があって、そこに人類がついに降り立った、ということをイメージして書かれたものではないかと思います。
自分もその歌を聴いて、そういうイメージを抱いていました。

しかし現実には、仮に有人ロケットなどで本当に人類が木星まで行けるようになったとして、完璧に守られた宇宙服を着ていたとしても、「木星の地表に降り立つ」ことはできません。地表がないからです。

そんな、地表を持たないガスの塊を「星」と呼んでいることに素人な疑問を感じます。


しかし、実際には、木星の中心部には地球や火星と同じ、岩石惑星のような岩石の塊が存在するようです。
しかも、その岩石部分は地球よりもはるかに大きいと考えられています。
そういう意味では、その岩石部分の存在だけで、もう十分に星といえる状態と考えてもいいのでしょうね。

しかも、木星という星は恐ろしく重く、その重さたるや、太陽系内の、木星以外の惑星すべての質量の合計の倍以上です。
その重さのせいで、この太陽系は今のような配置になったと考えられています。
木星があのように重くなければ、火星はもっと大きな岩石惑星になっていたはずでした。


ということで、ガス惑星の存在は大きく、それがその恒星系に与える影響力は巨大で、それらを発見・観測することは将来の科学に大きな影響を及ぼすことになると思われます。

また、すでに、水が液体で存在できる温度を保てる位置を周回し、大気が存在できる可能性があると考えられている太陽系外の惑星も少なからず見つかっているそうです。

自分が生きている間に、地球以外の天体で、たとえ単細胞生物であっても生命体の存在が証明される日が来たら、素晴らしいですね。
先週、奥歯を2本抜歯しました。

さらにその隣の歯も元々10年くらい前に抜歯しており、そこはブリッジ(3本歯が並んでいるべきところの真ん中の歯を抜歯した場合に、その両隣の歯を活用して橋渡しするようなかぶせものをすることで、真ん中の歯の部分も使えるようにする技術)が入っていた場所だったので、結局3本奥歯がない状態となってしまいました。

なお、さらにその3本の手前の歯も、先日神経を抜きました。

したがって左下の奥歯の部分はまったくに「歯なし」になってしまいました。

こうなると、選択肢は3つです。
1.インプラントを入れる
2.入れ歯を入れる
3.左側をあきらめ、今後は右側だけで食事をする

インプラントは、歯茎に土台を作る手術をして、そこに差し歯をつける技術であり、基本的にはそれをすることで普通に物が噛めるようになる(※入れ歯だと、土台が固定されていないため軟らかいものしか噛めない)そうです。
しかし、奥歯2本をインプラントにすると100万円以上はかかるそうで、治療にもかなり時間がかかり、しかもせっかくインプラントにしたとしても歯茎の状態によっては長持ちしない場合もあるそうです。
また、インプラント治療は普通の歯医者さんが行うのではなく、インプラント専門の先生のいる病院で行うか、日時をあわせてその先生に来てもらう必要があるそうです。

上記の状況から考えると、インプラントをやるのは、苦労の割には確実ではない気がしました。

次に入れ歯ですが、奥歯2本の入れ歯ならば数千円でできるようで、金銭的にはインプラントの比ではありません。
ただ、固定感は非常に悪いということと、自分の場合は一番奥の歯がないため片側からしか固定できず、さらに安定しない形になるようです。
もう少し固定感を出すためには、舌の裏を通して隣側の歯にまで引っ掛けるような構造の入れ歯をつける必要があるそうです。
その場合は当然、口の中の違和感がかなりある状態になるようです。

最後にそのまま放置という選択肢ですが、今の状態はそれと同じ状態ですが、食べるスピードがこれまでの半分くらいに落ちます。片方だけで食べるのですから当然です。
ただ、慣れてくるとそれが普通の感覚となり、それほど不快ではなくなってきます。


したがって自分の選択としては、一応入れ歯を作りつつ、普段は使用しないで、何か特別に必要なことがある場合のみ使用する、ということです。

入れ歯を作るのは正直なところ年寄りっぽくてとても抵抗がありますが、仕方がないと割り切るしかないと思います。


なお、世の中には虫歯になりにく歯の持ち主というのもいるもので、自分の同僚の方の中にも、いままでほとんど虫歯になったことがないという方がいらっしゃいます。
一度だけ虫歯になったことがあるそうですが、それはなんと、小学生くらいのときに、一年くらい一度も歯磨きをしないでいたら、一本だけかるい虫歯になってしまった、ということだったそうです。
・・ツッコミどころ満載のエピソードですが(笑)、もしも自分が一年も歯を磨かなかったら、間違いなく全部の歯は抜歯、さらに歯茎も膿のたまり場となって腐食し、治療したとしても 以降普通の食事ができない状態になるでしょう。
ちなみにその方の祖母は97歳まで生きられたそうですが、97歳にして入れ歯なしで自分の歯で食事できていたそうです。
きっと、歯の強い家系なのだろうと思われます。素晴らしいですね。
本日はWindows 10のリリース日ということで、平日ながら記事を投稿しています。

Windows 10を導入して、ひいき目なしに明らかに作業効率が上がったと思っているのですが、その大きな原因は、仮想マルチデスクトップ機能にあると思います。

仮想マルチデスクトップ機能を使うとまるで、複数のPCを同時に使用しているような感覚になります。

例えば以下のような2つの異なる環境(画面)を瞬時に切り替えられます。


単純な例としては、「仕事用の環境(画面)」と「休憩用の環境(画面)」とを瞬時に切り替えたい、という例があると思います。
(※本来休憩は、仕事をしているデスクから離れて取った方がいいのだと思いますが、ここではそのことは考えずに、休憩も仕事用のデスクで、同じPC上でWebなどを見ながらLINEのアプリを使いたいというパターンを想定しましょう)
もしもこれを一台のPCで行うと、例えば休憩中に、すぐに返事をしたいような仕事のメールが来たときなどでしかも何か添付ファイルをつけて返したい、といった場合に、返事を出してまた休憩の画面(WebとLineアプリなど)に切り替えるのが一瞬ではできなかったりするかと思います。

もっと現実的な例としては、例えば仕事をしているとして、「メールやIM(チャット)を行う環境(画面)」と「何か大掛かりな資料などを作るための環境(パワーポイント、複数のテキストファイル、複数のExcelシート、参照用のWebページなどの画面)」とを一台のPCで行っているとぐちゃぐちゃになる、ということがあるのではないかと思います。

もう一つ加えさせていただくと、開発用の環境と、事務用の環境が混在するとミスを起こす可能性があるということです。
例えば自分は、我々のチームの業務で使用する専用のアプリを日常使いつつ、一方でその専用アプリのバグ修正を自分のマシンで行う、という場合があるのですが、実際に今業務で使用するために起動されたアプリと、開発のデバッグ用に起動されたアプリとが当然同じUIのため、間違えて操作してしまうというミスをたまにやってしまいます。


そういった問題を解決するのに、Windows 10の仮想マルチデスクトップ機能は非常に役に立つと思います。

要するに、あたかも複数の画面(環境)を持っているかのように見せる機能であり、例えばデスクトップ1には仕事用に使っているウインドウを置き、デスクトップ2には休憩用のウインドウを置いて瞬時に切り替えるということになります。

なお、マルチディスプレイ(一台のPCに複数のディスプレイを接続する)とは全く違います。
マルチディスプレイの場合は、もちろん仕事用のウインドウを右のディスプレイ、休憩用のウインドウを左のディスプレイに配置、といったことは可能ですが、ALT+Tabでタスクを切り替える場合、仕事用のアプリも休憩用のアプリも全部切り替え対象になりますし、タスクバー上でも全アプリが起動している状態として表示されるので、完全には切り替えられていません。
また、新たにウインドウを開くたびに、「あっ、これは仕事用だから右のディスプレイに移動しなきゃ!」ということで一個一個移動していたのでは本末転倒です。

Windows10の仮想マルチデスクトップ機能では、本当に別環境のようになります。
つまり、休憩用の画面(環境)でLINEのアプリを起動していても、仕事用の画面(環境)に戻るとLINEのアプリはタスクバーに出てきませんし、ALT+Tabの切り替え対象にもなりません。
きっちり切り離されるので、大変便利です。

さらに、マルチディスプレイを使っているマシンでこの仮想マルチデスクトップ機能を使用すると、その複数のディスプレイ全部が仮想化の対象になってくれます。
つまり、たとえば3台のディスプレイを接続しているPCで、仮想マルチデスクトップ機能を使って仕事用の画面(環境)と休憩用の画面(環境)を作る場合、仕事用にも3つのディスプレイを使用でき、休憩用にも3つのディスプレイを使用できるような形になります。

また、クリップボードは共通なので、データのカット・コピーも楽です。

そして、その仮想環境の切り替えがとても楽で、CTRL+Windowsキー+矢印キーで瞬時に切り替えられるので、マウスに手を伸ばさなくてもすぐ切り替えられます。
(マウスやフリップを使った切り替えももちろん可能です)


今までにも、フリーソフトなどでこういった仮想マルチデスクトップ機能を使えるようにするツールはでていましたが、さすがにALT+Tabによるタスク切り替えまでは切り離すことができず、どうしても中途半端だったと思いますが、OSがこの機能を持ったことで完璧といえる使いやすさになりました。

この仮想マルチデスクトップ機能だけでも、Windows10にする価値があったと感じています。