今の情報処理試験がどのように変わったのか見てみよう | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

雑誌「日経ソフトウェア」の今月号の付録は、情報処理試験の対策問題集とDVDでした。




情報処理試験!

思えば今の会社に入る前の仕事では、この「情報処理試験」にずいぶん力を注いでいました。専門学校で、情報処理試験の対策科の担任をしていたこともありました。
また、高校生時代にはこの情報処理試験に合格することが、非常に大きな目標となっていました。

当時はこの「情報処理試験」はプログラマー、ITエンジニアにとって唯一の国家資格であり、我々エンジニアを目指す者にとってはこの試験に合格することが一つの大きな共通の目標となっていました。

1種と2種があり、2種でもかなり難しく、高校生で合格できる人は若干名で、それまでは、40人単位のクラスで3人前後しか合格できない難関でした。
ちなみに1種になると、高校生で合格できたら地方新聞で記事になるほどの快挙でした。

クラスでたった3名・・しかも、情報系の学科のクラスは当時は言ってみれば特進科みたいなクラスであり、かなり学力優秀な人たちが集まっている学科だったはずなのですが、それでも毎年、情報処理試験2種に合格する人はやっぱりクラスで3名前後しかおらず、本当に高嶺の花の試験でした。
受験するだけでも、我々の市には試験会場がなく(かなり大きい市だと思うのですが。。)、新幹線で県庁所在地の市に移動して受験する必要があり、そのこともこの試験の格をあげていたように思います。

ところが。
あれは確か、我々が高校3年の春の試験だったと思います(※当時情報処理試験2種は年に2回、春と秋に行われていました)。
我々のクラスから、自分の記憶が正しければ18名の合格者が出て、前年の3名の合格者と合わせて実にクラスの半数近くが2種の合格者となったのでした。

「その年は例年に比べて甘かった」という噂もありましたが、それでも、高校生にしてクラスの半数が2種に合格というのは快挙だったと思います。

なお、その頃の2種の問題の難関といえば、午後の部のプログラミング言語の問題でした。
FORTRAN、COBOL、PL/I、アセンブラのいずれかから3問選択して、穴埋めをしてプログラムを完成させるのですが、当然かなりのレベルのプログラミング技術力を試されます。

なので当時の情報処理試験対策としては、プログラミングの問題を徹底的にやっていました。
当時は完全に、「情報処理試験2種・1種」=「プログラマー試験」でした。


・・ここでやっと現在の話に戻るのですが(笑)、日経ソフトウェアの付録についていた問題集をみて驚きました。
なんと、いわゆる典型的な「プログラミングの問題」というのは、今では無いのですね。
もちろん、アルゴリズム考察能力を問われるような、フローチャートを駆使した問題などはあるのですが、あるプログラミング言語に精通していなければならないような問題はありませんでした。

これは完全に時代の流れによるものと考えられ、我々が受験していた当時と違ってプログラミング言語は多岐にわたっており、かつ言語仕様が柔軟なものも多く、それを試験問題にするのが困難であるという事情があるかと思われます。
また、今の時代、あるひとつの言語に精通しているだけでプロのプログラマとして仕事になるというのは難しく、どんな言語でも顧客の依頼にあわせて使えなくてはなりません。
もっとも、違う言語を使用することのハードルは低く(もちろん同系統の言語であれば、ですが)、あまり単一言語の文法やライブラリをかっちり覚える必要がない時代でもあります。

そんな時代背景から、すっかり試験の内容が姿を変えてしまったのですね。

うーん、もしも今、その姿を変えた試験を受けたとしたら、果たして合格できるかどうか・・はかなり疑問です(笑)