先月、冥王星に人工衛星ニューホライズンが10年掛りの長旅の末接近することに成功し、冥王星に関してこれまで想像されていたものとはまた違った事実が発見され、ニュースになっていたと思います。
実は近年、太陽系外の惑星の観測・研究が結構熱くなっています。
(※冥王星も実は太陽系外の天体に属します。現在太陽系のもっとも外側を回る惑星は海王星とされていますので、そのさらに外周を回る冥王星は、「太陽系外縁天体」に属します。)
以前は、宇宙の観測・研究といえば、特に太陽系外に関しては、もっぱら恒星を中心としたものでした。
それは当然のことで、光を放っていない天体を観測することはむつかしく、現実的には自ら光を放つ恒星しか観測できなかったからです。
思えば、自分たちが学生のころは、太陽系外の惑星に関しては一切情報がありませんでした。
「銀河系には約2000億個の恒星がある」「数百から数千の銀河が集まって、銀河団を構成しており、さらにその銀河団が無数に宇宙空間に広がっている」といったことは1980年代の科学で明らかになっていましたが、それらはすべて光っている恒星を観測して得られた情報であり、その恒星の周りをまわる惑星については何の情報もありませんでした。
ところが現在では、直接天体望遠鏡に映らない遠くにある惑星を観測する方法が確立されているのだそうです。
具体的には、観測できる恒星に映る小さな影の周期を観測するそうなのですが、その周期から、恒星との距離がわかり、別の方法でわかる恒星の大きさと、その恒星との相対的な大きさの差からその惑星の大きさがわかる、といった計算をするようです。
そして今では2000個弱の太陽系外の惑星が発見されているということですが、その多くは木星や土星のようなガス惑星なのだそうです。
・・しかし、自分の中ではいまだに、ガス惑星を本当に星として扱うべきなのかという、素人的な疑問をぬぐい切れていません。
というのも、例えば木星を構成するガスの多くは水素ガスであるとされていますが、それって、例えば、我々がキンチョールなどの殺虫剤を空中でシュッとかけると一瞬そこが白い霧状になると思いますが、それと同じような感じで、水素ガスがものすごく大量に集まってあのような巨大な塊になったものを「星」と呼んでいることになるのではないか・・?と思ってしまうのです。
小さいころは、木星にもいわゆる地表があり、ロケットで木星に行けば、木星の地表に降り立つことができるのだと思っていました。
いや、もっと大人になってからもそのように思っていました。
古くて申し訳ありませんが、イカ天出身のバンド「たま」の「さよなら人類」というヒット曲に、「きょ~う人類がはじめて~~木星についたよぉ~」という詩がついていると思いますが、あれはたぶん、木星には地表があって、そこに人類がついに降り立った、ということをイメージして書かれたものではないかと思います。
自分もその歌を聴いて、そういうイメージを抱いていました。
しかし現実には、仮に有人ロケットなどで本当に人類が木星まで行けるようになったとして、完璧に守られた宇宙服を着ていたとしても、「木星の地表に降り立つ」ことはできません。地表がないからです。
そんな、地表を持たないガスの塊を「星」と呼んでいることに素人な疑問を感じます。
しかし、実際には、木星の中心部には地球や火星と同じ、岩石惑星のような岩石の塊が存在するようです。
しかも、その岩石部分は地球よりもはるかに大きいと考えられています。
そういう意味では、その岩石部分の存在だけで、もう十分に星といえる状態と考えてもいいのでしょうね。
しかも、木星という星は恐ろしく重く、その重さたるや、太陽系内の、木星以外の惑星すべての質量の合計の倍以上です。
その重さのせいで、この太陽系は今のような配置になったと考えられています。
木星があのように重くなければ、火星はもっと大きな岩石惑星になっていたはずでした。
ということで、ガス惑星の存在は大きく、それがその恒星系に与える影響力は巨大で、それらを発見・観測することは将来の科学に大きな影響を及ぼすことになると思われます。
また、すでに、水が液体で存在できる温度を保てる位置を周回し、大気が存在できる可能性があると考えられている太陽系外の惑星も少なからず見つかっているそうです。
自分が生きている間に、地球以外の天体で、たとえ単細胞生物であっても生命体の存在が証明される日が来たら、素晴らしいですね。