気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ -27ページ目

気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

今から軽く20年以上前、都内某所で初めて自分で賃貸アパートを借りて、本格的に一人暮らしを始めました。
※それまでは新聞屋に住み込んで、新聞配達をしながら学生をやっていたため、自分で賃貸アパートを借りる必要はなく、また、部屋が与えられていたとはいえまともな鍵もついていないような部屋だったため、他の住み込みで働いているメンバーがノックもせず入ってこられるような環境でした。

初めて借りたアパートの家賃は月2万5千円
駅から徒歩15分くらいで風呂なしトイレ共同とはいえ、一応23区内にありましたので、信じられないくらい安い物件でした。

安かったのにはもちろん理由がありました。
何といっても(大家さんには申し訳ありませんが)、物件がもう本当に古くて、かつ日当たりが究極的に悪くて、置いてあったものが次々とカビてしまうのです。

間取りは4畳半一部屋のみでした。
ドアを開けて入ると、半畳くらいの玄関スペースというか下がコンクリートになっている部分があり、そこで靴を脱いで部屋に上がるわけですが、実はキッチンがその玄関スペースについていて(当然ものすごく小さくて汚いです)、もしもキッチンを使うならば、靴を履いて使う必要があるのです。
もっとも、そこで料理をしたりすることはまず考えられず、何しろ食器をそこに置いておくとあっという間にカビてしまうので、お茶を入れるのさえ嫌になる環境でした。

そのキッチンと玄関スペースを照らすのは、薄暗い裸電球が一個ぶら下がっているだけで、非常に気味が悪い空間でした。

とにかく、その当時でさえおそらく築40年以上の、いつ取り壊してもおかしくない古い物件でした。
なお、自分がそこを退去するときに大家さんは「多分もう当分は次の入居者は決まらないと思うんだよね。。」とこぼしていました。

当然、今もその物件が残っているとは到底考えられず、きっと自分が退去して間もなく取り壊されたものと思っていました。


その後あの物件はどうなったのだろう、今ではどんなに綺麗なマンションに建て替えられたのだろう、いやもしかしたら駐車場にでもしてしまっただろうか? などと思っていました。

しかし実際にその周辺に立ち寄る機会は、退去以来一度もありませんでした。

それもそのはず、その最寄り駅(といっても上記の通り駅から徒歩15分くらいのところにありましたが)は、23区内ではおそらく3本の指に入るのではないかと思えるような、小さくてマイナーな駅であり、商店街みたいなものもなくて、その駅にそのあたりの住民以外の人が行くことは非常に限定的と思われる状況だったのです。


ところが、最近、突然その駅に行く用事ができました。
理由は通院でしたが、その治療院がその駅にあったことがまず奇跡でした。

せっかくの機会なので、帰りにそのアパートがあったたりまで行ってみました。

すると。。。

なんと、まだありました!



暗かったのでどのくらい建物が傷んでいるか、あまり確認できませんでしたが、当時の状態からあまり変わっていないような印象でした。

ちなみにその周辺の物件は、ほとんど新しいマンションや戸建てに建て替えられていました。
なぜかそこだけが、数十年前のまま、修繕した様子もあまりうかがえず、そのまま残っていたのでした。

また、部屋のあかりがついている部屋があったので、どうやら空き家ではなく、住んでいる人もいるようです。

・・そのアパートを見て、その頃の記憶が蘇ってきました。
機会があったら、その頃の様子も書きたいと思います。
先日、社内でラズベリーパイ(超小型ワンボードPC:セットアップした時の記事はこちら)に興味があるという方々数人とちょっと集まって、ラズパイに関する話をしました。

※この記事はラズパイそのものに関する記事ではありません。

彼らと楽しく話しをしているなかで、ひとつ気が付いたこと・反省しなければならないことがありました。

それは何かというと、何かを作り上げたい、何かを達成したい、と思ったときに、どういうアプローチをするかによって、本人が体得するものは全く違ってくる、ということです。

具体的には、以下のようなことです。


自分の場合は、ラズパイを使って小さな実験回路などを作り始めたとき、いわゆる「最終的なゴール」を持っていませんでした。
例えば、「よし、最終的にはラズパイを心臓部に持った小型ロボットをつくろう!」とか、「ラズパイを使って家庭内の監視カメラシステムを作ろう!」といったような具体的な対象を、実は持っていなかったのです。

明確なゴールを持つ代わりに、自分の場合は、使い道を考えずに小さな実験回路を次々と作る、というアプローチをとりました。
例えば、光センサを使って光の量を計測し、デジタルデータとしてラズパイ上のプログラムの中で読めるところまでやってみよう、とか、とりあえずカメラをプログラム側から制御してみようとか、実に機械側からのアプローチに偏っており、それを使って次に何をするかといった絵図は全く持っていませんでした

そして、そのようにして実現できた小さな成果物たちを組み合わせて何かできないかを考えて、具現化することを第二ステップとしていたのです。

このアプローチのいいところは、とにかく「動いた」という実感をすぐに得られるということだと思います。

一方、このアプローチの悪いところは、最終的に出来上がったものは、大したものにならないということだと思います。
使える部品を限定してから大きなものを作るようなものですから、当然、できるものも限定的になってくるわけです。

さらに、部品ができた段階で大抵満足して、それ以上大きいものを作るのが億劫になるという問題もあります。
結局一言でいえば、「可能性を小さく制限するアプローチ」とも言えるかと思います。


ところが、先日話をした中の一人の同僚の方のアプローチは全く逆でした。

彼は、電子回路に詳しいわけではなく、どういう制御がどのくらい難しいのかといったことはそれほど詳しくはありませんでした。

しかし彼は、最終的にラズパイを使って何をしたいかという具体的なイメージを持っていました

そしてそれを実現するために必要なテクニックやリソースに関しては、良くわかっている人から聞いたり、Webや書籍で情報を調べたりしながら、最初のイメージに可能な限り近いものを目指して作っていく、というアプローチをしようとしていたのです。

そのようなアプローチのいいところは、何といっても「最も学習することが多い」アプローチである、ということだと思います。
できるかどうか、難しいかどうかわからないがとにかくやってみる、という形で取り組むと、だいたい大きな壁にぶつかると思います。
時には挫折したくなることもあると思われますが、なにしろゴールが明確ですので、何とかしてその壁を越えようとする力が最も出やすいものです。

そうして出来たときの感動は大きく、その過程で学んだことは自らの技術力・または深い知識として失うことのない財産になっていくのではないでしょうか。


そういえば、昔のゲームになりますが、「ゼビウス」を開発した開発者たちのインタビュー記事の中で、「最初にゲームを考えるとき、これはいまのゲーム機の性能で実現可能かどうか、ということは考えなかった」という記事が載っていました。
つまり、まずは本当に実現したいものを制限なしに考えて、そうしてできた明確なゴールに向かって、今までの技術ではできなかったようなことでさえ乗り越えながら、あのような名作ゲームを作ったということだと思います。


自分も、その同僚の方やゼビウスの開発者のように、まずは明確なゴール・最終形をイメージして、それを目指したアプローチをするようにしていきたいものです。
この20巻は、個人的にはおそらくもっとも待っていた巻だったと思います。
満を持して、水原勇気選手がリリーフに登板した巻だったからです。

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ホップして、揺れながら落ちる特異の変化球・ドリームボールを投げる水原投手ですが、実は現役当時はあまり好きなキャラクターではありませんでした。

むしろ、「野球狂の詩」の中では、いわゆる「水原勇気編」が始まってからがらりと漫画の展開のパターンが変わってしまい、当時は不満でした。
当初はタイトル通り、「野球狂」と呼ぶにふさわしい、野球にすべてをかけた男たちの野球人生のドラマを描いた短編集だったのですが、水原勇気選手が出てからは第一に話は長編ものになり、水原勇気選手はちょっと軟弱なところが常に見え隠れするキャラクターでした。

自分が水原勇気選手を認めたのは(もちろんこれはすべてフィクションの世界なのですが。。)、「野球狂の詩・平成編」以降の話です。
彼女は最終的にはプロ野球の監督まで経験しており、野球の本質を非常によく理解した上での戦略を考え、そして選手を見る目が非常にある、優秀な指導者として登場していました。
ちなみに顔は現役当時とほとんど変わっていませんでした(笑)


さて、そんな水原勇気投手がこの巻で登板してドリームボールを含めた見事な投球を見せるわけですが、個人的に気になるのは、現実にドリームボールはどのように変化するのか、ということです。
昔の野球漫画に出てくる、無茶苦茶な「魔球」と違って、ドリームボールは具体的な投げ方とその根拠が明確に示されています。
フォークの握りで縫い目に指をかけて(通常のフォークは無回転にするために縫い目を避けてボールを挟みます)、下手投げで、最後に軸足が跳ね上がるほどの下からの回転をつけて投げるということになっていますが、もしも本当にそのように投げたらどうなるのか、興味深いところです。

物理的に考えると、その投げ方だとホップして落ちる球にはなりうるかもしれませんが、ナックルのように揺れて落ちるかはちょっと疑問ですね。。


そして、物語としては同点で9回を迎えており、まさに大詰めとなっています。
ただ、おそらくは延長戦になるものと思われます。
そして広島カープの方は、先発の剛球仮面(渚投手)から京極選手、そして水原勇気選手と繋いできた投手陣ですが、話の流れからはもう一人、びっくり仰天のリリーフがあっても良さそうな気がしてきました。

ただ、水原勇気選手を越える抑えの投手は、水島先生のキャラクターの中にはちょっといそうにないので、このまま水原選手が打たれて終わるのかもしれませんが。。
Surface bookの良い点と悪い点を明確にしよう

先の記事の続きです。
まだ使用開始して数日しかたっていないSurface bookですが、明確に良い点と悪い点が見えてきました。
ここで整理してみたいと思います。

なお、自分が理想としてきたノートPCは、毎日電車通勤片道一時間の間ずっと持っていてもなんとか耐えられる重さで、仕事と個人での使用の両方に高いパフォーマンスで利用できるPCです。

したがって、重さは1kg以下がよかったのですが、このSurface bookはキーボード部分と合わせると1.5kgになります。
しかし、本体部分を切り離すことができて、本体部分だけならば1kgを切りますので、本体部分だけを毎日持ち歩くシナリオを想定していました。

そのような前提で、良い点と悪い点を列挙してみました。

1.キーボードが絶品。
これまでに使ってきたキーボードの中で、最も打ちやすかったのは初期型VAIO Zの初アイソレーションキーボードでした。
Real Forceも使っていますが、個人的にはVAIO Zのキーボードの方がよかったです。
あれから6~7年の歳月を経て、久しぶりに絶品キーボードに出会ったと思っています。
Surface Pro 4用のキーボードも良くできていましたが、剛性感の高さは比較になりませんし、同じような打ち方でもミスタイプが少ないです。


2.液晶画面がとても見やすい
実は自分は目が悪く、Surface Pro 3の12インチの画面の2160×1440ピクセルだと厳しいのです(笑)
なのであえて解像度を落として、文字などを大きくしてみていました。(注:文字サイズだけ変えればいいと思われるかもしれませんが、スクリーンショットの中の文字などはそれでは見えません。)
なので、このSurface bookも、13.5インチの3,000×2,000という高解像度を犠牲にせざるを得ないと思っていました。
ところが、液晶が非常にクリアなせいか、今のところそのままの解像度で問題ありません。


3.パフォーマンスが非常に高い
今どきのPCのCPUやメモリのパフォーマンスは十分に高く、複雑な3Dのゲームをやったり動画編集をしたりといったことをしない限りあまりパフォーマンスの違いを感じることは少なくなっているかと思います。
ところが、このマシンは明らかにこれまでのマシン(Surface Pro 3 第4世代のCore i5 1.9GHz/最大2.9GHz)と体感速度が違います。
さすがに第6世代のCore i7 2.6GHz/最大3.4GHzと、外付けGPU のパフォーマンスは素晴らしいです。


一方、自分の観点から見ての悪い点は以下の通りです。

1.本体側にUSBポートがない
自分が想定していた使い方は、「本体だけを毎日持ち歩き、キーボード部分は会社に置きっぱなしにする」というものでした。
なぜなら、本体だけなら1kgを切るので毎日電車通勤時に持ち歩いてもそれほど苦痛ではありませんが、キーボード部分をつけてしまうと1.5kgになってしまい、いきなり重くなるからです。
それで、家ではUSBのキーボードとマウスを別途つけて使おうと思っていたのですが、それができません。
もっとも、Bluetoothはあるので、Bluetoothのキーボードとマウスでまあできますが、もう一つ、家で仕事をするにはヘッドセットが必須なのですが、それがつけられないのです。それも、Bluetoothタイプのヘッドセットは実在するので、まあなんとかなるかもしれませんが。。
できれば、USBハブに全部つなげておいて、家ではそれを一か所でつなげばすぐ仕事が再開できるようにしておきたかったです。

2.SDカードリーダーがあるのはいいが、カードが完全に本体内に入らない
SDメモリは、現在増設記憶装置として使っています。
幸い、Surface bookではフルサイズのSDカードリーダーついているということだったので、256GBの大容量SDメモリをつければ、倍の記憶容量とすることができます。
ところが、このSDカードを刺してみたら、なんと、本体から半分もカードがはみ出している状態になるため、常時つけっぱなしでカバンに入れて持ち歩くのは無理でした。
(おそらく、増設記憶装置として使うことを想定しているのではなく、デジカメなどから即データを引っ張ってくるのに使うことだけを想定しているのでしょう)



3.上記1.と2.に関連しますが、SDカードリーダーは、キーボード側ではなく本体側に欲しかった
SDカードリーダーは、キーボード側についています。
ということは、本体部分だけを持ち歩いてしまうと、SDメモリ側に入れておいたデータは当然見られないということになってしまうため、さらに「本体だけ持ち歩く」という活用方法が制限されてきます。


要するに、Surface bookは、本体側だけで使用するシナリオについてはかなり限定的なのだと思います。
もちろんもともとこのマシンは「キーボード付きタブレット」ではなく、「タブレットにもなるノートPC」として設計されていますから、それでいいのかも知れません。

ただやはり、タブレットとして使うとしても、せめてMicro USBひとつだけでも、本体側につけて欲しかったと思います。
まさに「鳴り物入り」で入手したこのSurface bookですが、実を言うと注文時から何となく違和感を感じていました。



性能的には間違いなく最強の、基本的に非の打ち所がない素晴らしいマシンですし、購入タイミングとしても自分的には適切であり、また新しいPCの必要性ももちろんありした。

さらに、自分が全く新しいPCの購入に踏み切るときは、それまで使っていたPCがスペック的に古くなってきたというだけでなく、その新しいマシンが「想像以上」のスペックを持っていること、もしくは今まで使ったことのない新しい装置が入っていることを条件にしています。

そういう意味では、このSurface bookは十分です。
同時期に発表されたSurface Pro 4 はだいたい想像の範疇のスペックでしたが、Surface bookはまさに想像をはるかに越えた、まさかマイクロソフトさんがこういう挑戦的なPCを作ってくるとは思わなかったという感じの「すごい」PCでした。
昨年Surface bookの発表があった時点で、「これは買いだ!」と思い、その時から日本で発売開始される日を一日千秋の思いで待ち焦がれていました。。

・・ところが注文後、なぜか「待ち遠しい!」というワクワク感よりも、理由のわからない違和感のようなものを感じていました。

この違和感の正体はなんだったのでしょうか?

それは、このモデルがいわゆる「初期バージョン」であることでした。
どんな製品でもそうだと思いますが、最初のバージョンというのはどうしても荒削りな部分があり、また少なからず予期できなかったような問題を抱えながら使っていき、バージョン2くらいから実使用に耐えうるマシンになったりする場合があるかと思います。

きっと一年後かそれ以降くらいに発表されると予想されるSurface book 2 (?)に相当するモデルは、格段に良くなったものになるに違いありません。

・・そう考えると、この初期バージョンは冒険的すぎると思ったのです。


もう一つ、これは個人的な事情ですが、ちょうどSurface bookを予約してから配送されるまでの間に、うちのワンコが病気になり、一時は命にかかわるような状況に陥り、とても新しいPCの到着をワクワクしながら待つような状況ではなくなっていました。
その時は、ああ、今回は購入するタイミングではなかったのかもしれない。。と思っていました。

ただ幸い、ワンコは回復に向かっており、ほとんど以前と変わらない状態になりつつあるため、そのように思う必要はなかったようです。


さて、違和感も持ちつつも、商品は到着し、さっそく実際に使用開始してみると・・

実にスムーズにセットアップができて、いきなりコンテンツ作成や実業務に使用開始することができました。
もちろんこのブログ記事も、Surface bookで書いています。とても書きやすいです。

これまで何十台ものPCを手にして、数え切れないほどPCのセットアップをしてきましたが、これほどすんなりと実使用開始に入ることができたのはおそらく初めてです。
もっとも、それはWindows 10 が過去のWindowsと比較して柔軟性が高くなったことも大きく貢献しているのではないかと思われます。

次の記事で細かい部分を指摘していきたいと思いますが、とりあえず、使い始めて、上記の違和感は払しょくされ、これはやはり買ってよかったと今は思っています。
「プライド」という言葉には、ポジティブな意味とネガティブな意味があると思います。

あの人はプライドばかり高くて、実際にはダメなんだよねー」というような時のプライドはネガティブな意味合いだと思いますが、「この道30年のプライドにかけて、絶対成功させてみせる!」というような状況でのプライドはポジティブな意味合いだと思います。

では結局、プライドというものは持つ方がいいのか無いほうがいいのか、もしくはプライドにも種類があるのか、これまであまり真剣に掘り下げて考えていませんでしたが、今月号の日経アソシエイツの、藤田社長(サイバーエージェントの社長)の記事を読んで、なるほどと思いました。)

藤田社長のポイントは、プライドには「その対象」が存在し、対象次第でよくも悪くもなる、ということでした。

例えば、プライドの対象が「わが社の製品の品質」というところにあり、社員全員がそのプライドを持っているとすると、みんなが何が何でもその品質を守り抜くために、時には夜を徹してでも全身全霊で取り組むため、いい結果を生む可能性が高いと思われます。

個人の例で言えば、自分のなす仕事や、自分の出す成果などにプライドを持っている場合には、プライドがうまく働くのではないかと思います。
例えば、あるタクシーの運転手さんが、「自分はこのエリア内であれば、誰よりも安全かつ素早くお客様を目的地に送ることができる」というプライドを持っていたとすると、その運転手さんは、少なくともそのエリア内であれば、全身全霊で、最高の結果を出すべく最高のドライブをするためにがんばってくれることを期待できます。

一方、プライドの対象が「自分」にある場合はうまく機能しないと思います。
例えば、自分のプライドを傷つけられるようなことを言われると、そのことから逃げるために、言われた相手を非難したり、自分を正当化するために保身に走ったりしてしまうかと思います。

上記のタクシーの運転手さんの例で言うと、プライドの対象を「自分の仕事・自分の出す結果」に対して持つのではなく、「自分自身」に持っていたとすると、状況は一変してしまうと思います。

例えば、もしもその運転手さんが、全く予期できない事故渋滞などに巻き込まれて遅くなってしまったとして、お客様に「なんだよ、アンタ、遅いじゃないか!それでもプロの運転手か!!」などと言われてしまったとします。
もしも、その運転手さんが「自分の仕事・自分の出す結果」にプライドを持っているのであれば、その悔しさを反省材料にして、もっと別の抜け道を業務時間外に自らの意志で探すといった努力を惜しまず、さらにいいドライバーになっていくことでしょう。

しかももしも、運転手さんが「自分」にプライドを持っていた場合、お客様に叱咤されてしまうと、「なんだこの野郎、俺を誰だと思っていやがる!今回はしょうがなかったんだよ、俺のせいじゃねえ!」と自分に言い聞かせ、その結果から逃げるために深酒をして忘れようとしたり、他人に愚痴を言いまくったりするという行動をとってしまうかもしれません。
つまり、逆強に弱くなるのだと思います。




・・では果たして自分の場合はどうなのだろうか?自分は「自分の仕事や結果」に対してプライドを持っているのか、それとも「自分自身」に対してプライドを持っているのか?を考えてみたいと思います。

一つ思い当たるのは、中学時代、卓球部に所属していた時のことです。
あの頃の自分はまさに、「自分にプライド」を持っていたのだと思います。
どういう状態だったかというと、一年生の秋ぐらいまでは、地道に一生懸命練習していた甲斐あって、最初はAチーム(野球で言えば一軍といったところです)に入れてもらえていました。
しかし、ある程度打てるようになってくると、それ以上の努力をしなくなってしまいました。
それ以上上手くならなかったので、次第に勝てなくなり、下級生にもどんどん抜かれて、それでも「自分は元Aチームなのだ」というプライドをいつまでも持って、ずるい勝ち方をすることしか考えなくなっていました。
その頃は、チーム内で試合をするのがとにかく嫌でした。なぜなら、自分の実力のなさを目の当たりにされるのが怖かったからです。
結局、何のいい思い出も残っておらず、ましてや達成感とか、何か技術を身に付けたといった感触を得ることはありませんでした。


では今はどうかというと、今の立場に対する責任感は強く感じますが、自分へのプライドというのはないと思います。
では、「仕事に対するプライド」があるかと言えば・・第一にプライドを持てるほどのスキルに到達できておらず、また、プライドが持てるほど仕事ができていないという現実があるので、結局自分はまだまだ、ですね。プライドがどうこうという前に、まずはもっとスキルをあげないことには土俵にさえも立てないと思います。
今週の「週刊 ダイアモンド」の特集記事は「使える!数学」というものでした。

骨子としては、今の時代「数学力」が仕事に役に立つという論点で展開されています。

これは実はこれまでの一般論からすると、意外な見解です。
日本では特にそうなのですが、数学屋、とくに純粋数学を専攻していた人は、あまり企業から優遇されないことが多かったと思います。
自分も最終的には理学部数学科を卒業していますが、求人情報を見ると、求人している企業の数自体はあるものの、「数学科出身の能力を期待して」きている求人は極めて少なかったのです。

当時の求人に関していえば、圧倒的に工学部出身が有利で、理学部であっても物理科などは比較的専攻したものを仕事に生かせそうな仕事があったと思いますが、数学科(=純粋数学科であって応用数学科ではない)はなかなか難しかったのです。

なお、自分が数学科で学びたいと思ったのは、コンピューターのプログラミング技術とは究極的には純粋数学に帰依すると思ったからです。
しかし当時の企業の人事の方々は、そのようには思っていなかったようでした。


しかし、今、多くの企業で「数学力」が見直されているようです。

昔は、直接ビジネスに役に立つ数学といえば第一に統計学、そして確率論だったと思いますが、今見直されているのはいわゆる論理力だと言われています。

物事を解決したり、プロジェクトをゴールへと導くためのプランニングをしたりといったことの根底には、深い論理的思考が必要になってくると思いますが、その思考力が、数学に通じるものがあるということから、今数学が見直されているということのようです。

そういう意味では、自分が数学科を選択した理由、「コンピューターのプログラミング能力は、数学力に通じている」も、あながち間違っていなかったのかも知れません。
プログラミングの能力とは、結局のところ論理的思考能力だからです。

もちろん現実には、今すぐ実際に動くプログラムを完成させるためには、やれそのプログラミング言語の文法がどうだ、やれライブラリの仕様はどうだ、やれ開発ツールはどうだ・・という知識を集めたり積んだりする部分がどうしても先行してしまうため、本来の論理的思考能力の重要性が隠れてしまうこともあると思います。
しかし、息の長い、本当のプログラム開発者に最も必要なのは、強固な論理的思考能力、アルゴリズムの考察能力だと思います。


なお、週刊ダイアモンドのインタビュー記事の中でも語られていますが、数学が好きという人の中には、ちょっと変わった感じの人が少なくない、というのも事実なのではないかと思います。

大学時代のことを思い返すと、食堂や通路などで「あ、この人たぶん数学科だな」と思う人の特徴というのはありました。
まあたぶん、自分もちょっと変な人オーラを出している人として、他の学生から見られていたに違いありませんが(笑)

しかし、なぜ数学科の人たちが、「ちょっと変わった感じの人」に見える確率が高いかを考えると、それは、日ごろからあらゆる物事を考える際に必ず論理的にアプローチするからではないでしょうか。

数学が特に好きな人で、国語や地理・歴史といった文系の学科が嫌い、という人は、だいたい暗記が嫌いで、自分でロジカルに考え抜いていけば解にたどり着くことができるような問題が面白いと思うような人が多いかと思いますが、そういう感覚とは違った感覚の人たちからは、「ちょっと変わった人」に映るのだと思います。


以前はそんな、数学に偏った感じのちょっと変わった人(自分もやっぱりそういう類の人種であることを否定できないと思います)は企業社会に受け入れられにくい傾向があったと思われますが、上記のような傾向から、状況が変わりつつあるようです。

それはとても素晴らしいことだと、個人的には思っています。
個人的には日本での発売を一日千秋の思いで待ちわびていたSurface Bookが、先週ついに予約開始となり、予約受付開始日の0時にすぐに予約しました。


しかし周囲を見ていると、Surface Bookの購入を心の中では決めていた人は少なからずいたのですが、4つあるうちのどのモデルを選択するか、決めかねている人も結構いらっしゃいました。

そこで今日は、その4つのモデルの違いと、選択のポイントを整理してみたいと思います。

















モデル1 モデル2 モデル3 モデル4
CPU Core i5 Core i5 Core i7 Core i7
メモリ 8GB 8GB 16GB
SSD 128GB 256B 256GB 512GB
独立GPU なし あり あり あり
値段 221,184円 269,784円 291,384円 372,384円

もっとも、上記中のモデル1(一番安価なモデル)とモデル4(一番高価なモデル)は、スペック的にも値段的にも、真ん中のモデル2・3に比べてかなり差がありますので、その存在意義は明らかかと思います。

つまり、モデル1はいわゆるエントリーモデルになると思います。
Surface Bookの最大の特徴ともいえる、GPUが独立してキーボード側に配置されているという機能が省略されていることと、SSDが128GBであることがポイントだと思います。
(ゲーマーや、グラフィック機能を酷使した使い方をする人は別として)通常の使い方であれば、GPU独立でないのはさほどマイナスにはならないかも知れませんが、SSDが128GBというのは、実使用上結構苦しくなってくるのではないかと思います。

一方のモデル4は、いわゆるハイエンドモデルです。
SSDが512GBメモリが16GBというところが他のモデルにはない特徴ですが、自分も実はそのSSDの容量とメモリの容量にあこがれていますが、値段の方も突出して高く、37万円台というのは現在のPC市場に一般向けに出回っているモデルの中でも最高クラスの価格だと思います。
それでもこの容量がどうしても必要だという人向けの、豪華な一品だと思います。


さて、問題はモデル2とモデル3の差別化です。
違いは唯一、CPUがCore i5なのかCore i7なのか、というところです。
それによる値段の差は2万円ちょっとです。
そのCPUの違いについて、もう少し掘り下げてみましょう。

モデル2で採用しているCore i5は、正確にはCore i5-6300U、モデル3で採用しているCore i7は正確にはCore i7-6600Uだと言われています。
この2つのCPUは、どちらもコア数は2、スレッド数は4です。また、TDPも15wで同様です。

違いは、やはりクロック数とキャッシュの容量です。
モデル2の方はクロックが2.4GHz (最大3GHz)なのに対して、モデル3の方は2.6GHz (最大3.4GHz)となっています。
また、キャッシュの方は、モデル2が3MBなのに対して、モデル3が4MBとなります。

・・それでどのくらい体感速度が違うのかと聞かれると、使い方によっても状況によってもかなり違うのでなんとも言えませんが、一般的に、CPUのクロック0.2GHzとキャッシュ1MBの差は小さくないと思います。
おそらく2台を比較すれば、パフォーマンスの差が実際に見えるはずだと思います。

ただそれで2万円強のコストをかけるかどうかは、やはり個人の感覚の問題になってくると思います。
自分などは、27万円以上もする高価なマシンを買うのであれば、妥協なく良い方を選択しておきたいと考えます。しかも後で交換はできませんし。。

ということで、自分は上記中のモデル3を選択しました。
はたして2万円強の違いを感じることができるかどうかわかりませんが、2月4日の発送日を、また一日千秋の思いで待っています。
ちょうど5年くらい前、「ポメラ」という文章入力に特化したポータブルガジェットの購入を検討していました。(当時の記事

しかし、あれから一気に時代は変わり、タブレットやスマートフォンの普及によりポメラのようなポータブルガジェットの存在意義が以前に比べて薄くなりました。

それでもポメラ自体は販売され続けていたと思いますが、5年前に比べたら圧倒的に話題性がなくなってしまったのも事実だと思います。

このままポメラ系の文章入力に特化したポータブルガジェットは消えてゆくのか。。と思いきや、ここへきて完全に別物と言える後継機種がキングジムさんから発表されました。

http://www.kingjim.co.jp/sp/portabook/xmc10/

2月12日発売開始予定というこのモデル、ある意味待ちに待ったこのモデル、果たして購入を検討するべきマシンなのか、レビューしてみたいと思います。


まず、このマシンの「良い」特徴をまとめると、次のような点になると思います。
・本体はA5サイズと小型ながら、キーボードはしっかりキーピッチ18mmを確保しており(Surface Pro 3/4のキーピットとほぼ同じです)、キーボードでの文章入力に向いている
・AC電源が、小型USBのモバイルを採用しているため、スマホなどの充電用電源を流用できる場合が多い
・そしてこれが大きな特徴だと思いますが、外部画像出力端子として、フルサイズのVGA端子とHDMI端子がついている。
・Windows10 Home 64bitを搭載し、Office Mobileがプレインストールされている



一方、以下はネガティブな印象を受ける部分です。
・このクラスのWindows PCとしては値段が高い。実勢価格はおそらく9万円くらい。
・バッテリーの持ちが中途半端。仕様上は5時間程度となっているが、こういうモバイル専用機はやはり実質ベースで8時間以上持ってほしい。
・純粋にPCとしての基本スペックが弱い。CPUがAtom x7-Z8700で4コアの1.6GHzなのはいいとして、メモリ2GB、外部記憶装置のeMMCが32GBなのは9万台のPCとしてはちょっと小さい印象である。
・(これは本体サイズをA5程度にしたことによる制限ですが)画面が8インチの解像度1280×768はやっぱり狭い。



といった印象です。
したがって、実際にはWindows10 PCではあるものの、PCとして汎用的に使うよりも、やはり出先でキーボードを使って文章をバシバシ書きたいというニーズに向くマシンだと思います。
Windows 10 PCになったことで、その入力した文章を簡単にクラウドなどを活用して自分のメインPCと共有できるようになったと解釈すべき(汎用Windows PCとは解釈すべきではない)かと思います。
また、VGAとHDMIの出力が標準でついているので、会社でのプレゼンに非常に向いていると思います。PowerPointのファイルを入れておいて、顧客の会社でプレゼンをしたりする際には非常に有益だと思います。


ただ、ひとつどうしてもぬぐいきれない疑問があります。それは、
もっと安く売られている8インチクラスのWindows タブレットに、コンパクトなモバイル系のキーボードを接続するので事足りるのではないか?」ということです。

もともと8インチクラスのWindowsタブレットは安いです。
OSが無料なので、その分コストが抑えられており、2~3万クラスでも非常に優秀なマシンが結構あります。

それに伴って、タブレットPCに接続することを前提に設計されたコンパクトなキーボードもたくさん出ています。
当然、18mmくらいのキーピッチを持つ、折り畳み式のキーボードというのもそれほど珍しくないかと思います。

だったら、上記のような、安価な8インチクラスのWindowsタブレットと、折り畳み式のモバイルキーボードでいいのではないか、もちろんVGA端子がついているモデルはありませんが、変換コネクタを持ち歩けば代替できるモデルが多いと思います。

・・しかし、本気で上記のようなタブレット+モバイルキーボード+VGA変換コネクタ で使い込もうとすると、結構問題がでてきます。

まず、最大の問題は、新幹線の中などで、膝の上にそれらをのせてバチバチと文章入力をする、という動作が非常にやりにくい、という問題です。
どういうことかと言いますと、ふつうのクラムシェルタイプのノートPCならば膝の上にのせると、画面の部分がキーボード部分としっかりつながっているため、安定して使えるのですが、上記のような組み合わせでタブレット部分とキーボード部分が独立していると、とても膝の上で使うのは厳しいです。

キーボード側にタブレットスタンドがついているモデルもありますが、そういうものはモバイルに向かないほど大きいか、キーピッチを犠牲にした小さいもののいずれかになってしまい、しかも、セットアップするのが面倒なのです。

外付けキーボードの場合、現在の主流はBluetoothでワイヤレス接続するものが多いと思いますが、それだと結構反応がワンテンポずれる印象を受けます。
しかも、Bluetooth接続のためにはどうしてもペアリングの確立まで数秒待ちますので、電源ボタンを押してすぐにさっきの続きの文章を入力、というわけにはいきません。
USB接続の有線のモデルならば、そういうことはあまりないのですが、有線で結線するのが面倒です。

したがって、「新幹線で膝の上ですぐにマシンを起動して文章入力をしたい」というシナリオに耐えられる、手帳サイズのモバイルガジェットとしては、今のところ最も適しているマシンのような気がしています。

上記のシナリオでの優位性と、VGA端子とHDMI端子付きという部分で、存在価値は十分にあるマシンではないかと思います。
先月、ひざが痛くて歩くのもかなり困難という記事を投稿しました。

以来、何日かは家から業務することにさせてもらい、また、カミさんの多大なる協力により犬ちゃんの散歩なども代わってもらって、安静にし続けました。

すると、一日数度ずつ、曲げても痛くない角度が広がり、先週くらいにようやくまっすぐに伸ばしても痛みがほとんどでない状態になりました。

ただ、一か月近くも膝をまっすぐに伸ばした状態にせずずっと曲げていたため、今度は周囲の筋肉がまっすぐに伸びた状態になるとびっくりしてしまうような感じになってしまっていました。
したがって、伸ばすことに慣らす運動、リハビリが必要でした。

また、悪い右ひざをかばって左足にばかり体重をかけて歩いていたため、骨盤が歪んで左側に偏ってしまいました。
そこは整体による矯正が必要です。


そして、これは人間の体とはある意味よくできていると思った部分ですが、右ひざがほぼ痛くなくなったところで、左ひざの痛みが再発しました。

実は左ひざはもともとあまり良くなく、軟骨がすり減っており、先月の右ひざの問題が発生する前から、日常生活には差し支えないものの激しく足を使う運動をしたり、下りの長い登山(下山)をしたりするとかなり痛くなるという問題が慢性的にありました。

しかし、右ひざが痛い間はその左ひざの痛みは皆無となり、かなりの負担を左足にかけたにも関わらず全く痛みを感じませんでした。

ところが右ひざが直ってきたところで、「もういいでしょ?」と左ひざが言わんばかりに、痛みを感じるようになったのです。

鍼灸の先生によると、これは命を守るための人間の機能のひとつなのだそうで、もしも右ひざが痛くて使えないときに左ひざまで痛かったらまったく動くことができず、危機的な状況の時に逃げたりすることができなくなってしまうため、あえて左側の痛みは感じないようにしているのだそうです。

しかしさすがに現在左ひざを歩行困難になるほど痛めて先月と同じ生活をすることはできないため、左ひざが激痛に襲われないように、できる限りメインテナンスしておくよう心掛けたいところです。