同僚の方とのちょっとした話から気付かされた、成功へのアプローチの違い | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

先日、社内でラズベリーパイ(超小型ワンボードPC:セットアップした時の記事はこちら)に興味があるという方々数人とちょっと集まって、ラズパイに関する話をしました。

※この記事はラズパイそのものに関する記事ではありません。

彼らと楽しく話しをしているなかで、ひとつ気が付いたこと・反省しなければならないことがありました。

それは何かというと、何かを作り上げたい、何かを達成したい、と思ったときに、どういうアプローチをするかによって、本人が体得するものは全く違ってくる、ということです。

具体的には、以下のようなことです。


自分の場合は、ラズパイを使って小さな実験回路などを作り始めたとき、いわゆる「最終的なゴール」を持っていませんでした。
例えば、「よし、最終的にはラズパイを心臓部に持った小型ロボットをつくろう!」とか、「ラズパイを使って家庭内の監視カメラシステムを作ろう!」といったような具体的な対象を、実は持っていなかったのです。

明確なゴールを持つ代わりに、自分の場合は、使い道を考えずに小さな実験回路を次々と作る、というアプローチをとりました。
例えば、光センサを使って光の量を計測し、デジタルデータとしてラズパイ上のプログラムの中で読めるところまでやってみよう、とか、とりあえずカメラをプログラム側から制御してみようとか、実に機械側からのアプローチに偏っており、それを使って次に何をするかといった絵図は全く持っていませんでした

そして、そのようにして実現できた小さな成果物たちを組み合わせて何かできないかを考えて、具現化することを第二ステップとしていたのです。

このアプローチのいいところは、とにかく「動いた」という実感をすぐに得られるということだと思います。

一方、このアプローチの悪いところは、最終的に出来上がったものは、大したものにならないということだと思います。
使える部品を限定してから大きなものを作るようなものですから、当然、できるものも限定的になってくるわけです。

さらに、部品ができた段階で大抵満足して、それ以上大きいものを作るのが億劫になるという問題もあります。
結局一言でいえば、「可能性を小さく制限するアプローチ」とも言えるかと思います。


ところが、先日話をした中の一人の同僚の方のアプローチは全く逆でした。

彼は、電子回路に詳しいわけではなく、どういう制御がどのくらい難しいのかといったことはそれほど詳しくはありませんでした。

しかし彼は、最終的にラズパイを使って何をしたいかという具体的なイメージを持っていました

そしてそれを実現するために必要なテクニックやリソースに関しては、良くわかっている人から聞いたり、Webや書籍で情報を調べたりしながら、最初のイメージに可能な限り近いものを目指して作っていく、というアプローチをしようとしていたのです。

そのようなアプローチのいいところは、何といっても「最も学習することが多い」アプローチである、ということだと思います。
できるかどうか、難しいかどうかわからないがとにかくやってみる、という形で取り組むと、だいたい大きな壁にぶつかると思います。
時には挫折したくなることもあると思われますが、なにしろゴールが明確ですので、何とかしてその壁を越えようとする力が最も出やすいものです。

そうして出来たときの感動は大きく、その過程で学んだことは自らの技術力・または深い知識として失うことのない財産になっていくのではないでしょうか。


そういえば、昔のゲームになりますが、「ゼビウス」を開発した開発者たちのインタビュー記事の中で、「最初にゲームを考えるとき、これはいまのゲーム機の性能で実現可能かどうか、ということは考えなかった」という記事が載っていました。
つまり、まずは本当に実現したいものを制限なしに考えて、そうしてできた明確なゴールに向かって、今までの技術ではできなかったようなことでさえ乗り越えながら、あのような名作ゲームを作ったということだと思います。


自分も、その同僚の方やゼビウスの開発者のように、まずは明確なゴール・最終形をイメージして、それを目指したアプローチをするようにしていきたいものです。