LOVES ME LOVES ME NOT -14ページ目

LOVES ME LOVES ME NOT

ストイックになりたい僕が過ぎ行く日々を綴る僕の僕による僕だけの日記

今僕はローカル線に揺られている

何故だかとても気持ちが良い

昨日より暖かいからかもしれない

今日が僕を焦らす何かを含んでないからかもしれない

車窓から見える大きな川はゆっくりと恐らく広島湾に流れ

空は僕の着たサックスブルーのシャツの2倍は美しかった

一本しかない線路を僕は北へ向かう

彼女に逢える事が全ての気持ちの始まりだった

彼女の家へと続く2本の直線が


僕らが歩んでいくこれからを思わせた


終着駅など無く


エンドロールなど流れない


2ヶ月前まで思い描けなかった将来が


今ならぼんやりと蜃気楼のように浮かぶよ


今が過去になったって


未来が現実になる日がくる事を思えば寂しくはないだろ


未来なんて僕には分からない


君にだってだろ


でも大丈夫


僕達はきっと大丈夫


この一歩が僕等の限り無く近い未来を決めているのだから


今を


君の一瞬を生きたい


君に


振り切れる程の全力の愛を


捧ぐ

僕はどうも気分が晴れないときに


〝風の歌を聴け〟を引っ張り出してきて読む


引っ張りだしてきてと言っても昨夜も読んだので机の上にあったのだけれど


ガラス張りのローテーブルの上には


山積みになった吸殻が鎮座する灰皿、ロングピースとジッポ、銀色の携帯と白い携帯、


イヤホンが絡まったウォークマン、内定先から届いた書類、テキスト、そして風の歌を聴け


どれもが僕の手に取られる事を待ち侘びてそこにあった


しかし彼女が渡してくれた銀色の携帯も僕の白い携帯も今日は鳴らない


テキストも書類も読みたくない


BGMだって今はいい


僕が厳選なる審査の上で取り上げられたのはロングピースと風の歌を聴けだった


吸い込んだ煙をゆっくりと鼻を通して出す


少しだけ目がチカチカした


パラパラとページをめくり一番好きなところに辿り着いてそこから読み始めた


「僕は時折嘘をつく。」


ここからが大好きだ


僕だって時折嘘をつく


だけれど、彼女の前では正直に素直に誠実でありたい


素直さが我が儘さを含み僕の感情のリミッターを解除させてしまわぬようにしたいとも思う


そうなってしまう時、僕は自分がどうしようもないぐらい嫌になる


彼女は言う


「貴方は自分の感情を押し込めすぎなのよ。気を遣いすぎるのよ。


過去にあった事がトラウマみたいになってるのは分かるけど私には全部言って欲しいの」


僕はただ我が儘になりたくないだけなんだ


いろんな事に恐れているだけなんだ


自分が嫌な人間になっていくのを見たくないんだ


そう思うと僕は頭に浮かんだ言葉一つだって吐き出す事が出来なくなってしまった


彼女に対する想いが僕を我が儘にさせ、どんどん嫌な人間になっていき


そして自己嫌悪に陥って何一つ喋れなくなる


なんて皮肉なんだ


僕の胸にある純粋な彼女に対する気持ちがストレートに彼女の胸に届けばいいと思う


そうすれば誤解も食い違いも全部全部なくなってしまうのに


言葉だって必要なく僕等は想いを重ねることが出来るのに


全ては僕の問題だった


少しづつでも変われたらいいと思う


彼女の為にも


そして僕自身の為にも



そんな日はバイクにまたがって空港までの長い直線道路を飛ばして走りたくなる


僕は実際に3kmはあるであろう直線道路をフルスロットルで出せるだけ出して飛ばした


羽織ったウインドブレーカーはバチバチと音を立て風圧を直接身体にあびたが


それでもこの爽快感は癖になりそうである


バイクにまたがって操作に集中し風を感じ一体になるときだけ


僕の様々な事を忘れさせてくれた


単気筒で恐ろしい程のスピードは出ないが嫌なことを忘れさせてくれるには十分なスピードは出た


低速域ではドッドッドッドッド…と心地よいマフラーからのサウンドが僕を癒してくれた


これからもっと愛していくであろう250TRを煙草を吸いながら眺めて


僕は冷えた身体を風呂で温めて


今しがたもってきた山崎の12年を飲んで眠りにつこうと思う


明日には何かが変わっていると信じたい


決定的でなくていい


段階的でいい


僅かでも変わっていて欲しい


そう願うしかない夜なんだ

クーラーの送風音と冷蔵庫の唸るような音で目が覚めた

起こさないようにガールフレンドを布団の中に残し、ゆっくりと静かに立ち上がった

腕につけたままの時計は6時9分を指し、2限から講義の僕の朝には早すぎたが

それも悪くはないだろうと思い、台所の換気扇の下でロングピースをふかした

冷蔵庫にはボトル入りのアイスコーヒー、缶チューハイが2本、マーガリンその他の調味料しかなかったので

僕はアイスコーヒーをグラスに注ぎ、少しまだ落ち着かない彼女の家の台所で天井に向けて白煙を吐いた

落ち着かないとは言え、やはり台所はその他の彼女の家の何処より僕を落ち着かせてくれた

僕は台所が好きなのだ

何故だかは知らない


恐らく理由なんてないだろう

一人暮らしの彼女のアパートは下祇園駅からすぐの好立地に位置し

部屋はこざっぱりとしていた

実家とここを行き来する為か余分なものはほとんどなかった


いかにも彼女らしいと言えばそうだと思った


ドアを開けて穏やかな寝息をたてる彼女を少しばかり眺めてみた

親密であたたかな気持ちと

一握りの怖さと悲しさが押し寄せた

何故そんな気持ちが胸に込み上げてきたのか


もしかすると僕は知らず知らず、様々な気持ちが混ざり合った混沌の1年間を思っていたのかもしれない

そして失った何かと今の温もりを比べているのかもしれない


その想像もつかなかった現在を、自分でも驚き、戸惑いを抱きながら


それでも僕は此処にいて、彼女も此処にいた

そうだとすれば悲しみと言う表現ではない気がしてきた

悲しくはない

暗く、孤独だった今までを思い出し振り返り、

あの頃から僕はここまでこれたのだと涙したくなっただけさ


彼女は薄暗く後悔と哀しみが渦巻く世界の果てから僕を救い出してくれたんだ


彼女の優しい笑顔、ふざけて笑い合う時間、僕のつまらない話をじっと静かに真剣に聴いてくれる彼女


僕の過去も受け入れてくれたその心、照れながらも僕に伝えようとする彼女の気持ち


その一つひとつを抱き締めていたいと思う


もう失くすことのないように


その小さく温かい手を離してしまわぬように


強く握り締めていたいんだ


彼女が隣にいるだけで僕がどれだけ安心出来るか彼女は知らないだろう

深い眠りにつく彼女はどんな夢を見ているだろうか

楽しく幸せな夢であって欲しい

そこに僕がいたら嬉しい



夢で逢えたら



現実では言えないような、僕が絶対に言わないような台詞を彼女に言おう


彼女への想いがゆっくりと僕の心に降り積もり


それが夢でなく現実で、確かにこの胸を熱くさせた


僕は彼女にそっとキスをした

ギネスが飲みたくて仕方ないね


カスケード・ショーからの119.5秒後の味はどんなもんなんだろう


そこいらに売ってなかったのでキリンクラシックラガーを買って


カシューナッツとアーモンドと共に飲んだ


欲しいバイクを眺めながら


一人の夜はそれ程悪くはない


それが僕の日常だからね


なかなかガールフレンドが出来たことに順応出来ずにいた僕は


そんな事なかった事にしてしまい、またグラスを傾けた


チョコレートだって悪くはない


冬には少しの甘さも必要さ



薄っすら記憶の片隅の方で鳴るアラームを止めて僕は8時半に目が覚めた


寝起き早々、台所で煙草をふかし


やっと朝が訪れてた事を認識した


僕の家にも社会と同様に喫煙者への風当たりは強くなり


換気扇のある台所でしか煙草を吸えなくなってしまった


肩身が狭くなったヘビースモーカーの僕とキングスモーカーの親父は


仲良くここ台所でモーニング・スモーキングを敢行する


火が無くて直接つまみを回して火を点ける


その瞬間「マリア・ブラウンの結婚」のラストシーンを思い出した


僕は最後マリアは何かを悟り自殺したのだと思う


それは僕の土曜日の朝にはどうでも良いことだが


コーヒーを入れ、いつもの様に飛び切り甘いシュガートーストをかじる


バイトは17時からだったので僕の家がお世話になっているバイクショップにバイクを見に行こうと思った訳だ


そんな趣味をするぐらいでなければ僕は起きたりしない


そして今日はゴルフのオファーは舞い込んでいないからね



カーステレオには良いCDが入ってなかったので


僕はThe Rakesの〝Little Superstitions〟を口ずさみながら運転した


〝If u felt how i felt then we'd stay together〟


そうだね


どうして解散してしまったんだろう 


The cazalsだってOasisだってそうさ


もう彼らの新譜を聴けないなんて僕はとても悲しい



西高屋駅から少し走った所にモトハウスヒロはある


小学校の時から兄貴のチャリも僕のチャリも


兄貴の原付も僕のRZ50も全部此処で買った


昔はチャリも扱っていたが今はバイク一本になってるらしい


「久しぶり」 ホンダのつなぎを着たヒロさんが言った


「お久しぶりです」


「免許は取れたんか?」


「はい、お陰さまで。早速バイクを買おうと思いまして」


「何のバイクが欲しいの?」


「カワサキの250TRがいいかなと思って…」


「おおTRか!それなら外に一台あるよ」


話が早いとはこの事だ


外にあったのは正しく僕が前々から乗りたかった250TRで


タンクのカラーはネイビーだった


僕はタンクカラーはカワサキと言えばライムグリーンなのでそれかホワイトがいいかなと思っていたが


ネイビーもレトロでとてもこのバイクにマッチしていると思った


マフラーが社外のでノーマルでいいと言ったら


ちょっとふかしてみるよと言ってヒロさんがふかした音は悪くなかった


むしろ心地よく響き何処かワクワクさせるようなサウンドだった


「これは自分で乗ろうと思って最近仕入れたんだ」


そう言うだけあってこだわりも感じられ


レトロなバイクを揃えるモトハウスヒロらしいテイストが滲み出ていた


僕はこのバイクに一目惚れした


「これなら込みこみで25万にしてあげるよ」


「本当ですか?!安くないですか?」


「他で仕入れたらもっとするだろうね。マフラー、ライトも社外のだし、おそらく25万じゃ収まらないだろうね。


特別にまけとくよ」


「ありがとうございます。僕は正直25万までしか出せなかったのでとても嬉しいです」


「まぁ一旦、話は持ち帰ってお金の事もあるだろうからお父さんと相談して決めるといいよ。


さっき言った必要な書類を持ってきてくれれば、来週土曜日には納車出来るよ」


「ちょっと親と相談してまた来たいと思います。おそらくその方向で話は進むと思いますので


よろしくお願いします」


僕は近い将来に僕の愛車にあるであろう〝彼女〟をあらゆる角度から写真に収め、礼を言って帰った



時刻はまだ11時で、昼は簡単にサンドイッチとコーヒーで済ませた


楽しみだけでは充実しないだろうと思い


僕は勉強をしに中央図書館へと車を走らせた


この道だってこれからは大好きなバイクで走るのかと思うと気分は良かった


1時間半きっかりで切り上げて煙草を吸って


コンビニでコーヒーを3本買って行きつけの古着屋レッドクラウドへ行った


通称猛虎さん(本名は知らない)とは高3からの付き合いで


ここは古着屋と言うよりかは、服をオーダーでつくってる


イメージを伝え、生地を選び、サイズを測ってもらえばスペシャルな一着が出来上がる


僕もここでよく服をつくってもらい、それをとても気に入って着ている


とても大事に着る


仕上がりに文句なんてつけようがないくらいに素晴らしい服をつくってくれるからである


特にカシミアで作ってもらった3ボタンのジャケットは最高の仕上がりだ


僕が足繁く此処に通う理由は猛虎さんとの会話が楽しいからでもある


「タクヤー!!!!」


猛虎さんが叫び、奥からミシンの音と共にお姉さんがベストスマイルで出てきた


「こんにちは。食後にはコーヒーで一服ですよね」と言い


僕はさっき買ったコーヒーを二人に差し入れだと言って手渡した


みんなでコーヒーを飲みながら今日は4年越しの念願のバイクの免許を取った話


バイクを見に行って250TRがカッコ良かった話をした


猛虎さんはバイクの話になると楽しそうに食い付いてきて


僕等はどこをどうカスタムしたら格好良いか、フェンダーはやっぱり変えようか いやこれでいいだろ?


そんな話を時間を忘れるぐらいずっと話した


ここは本当に笑いが絶えない 


猛虎さん、お姉さんの人柄の良さ


それが僕がレッドクラウドを好きな本当の理由だと思う


「今度はバイクで来ますからまたバイクの話をしましょうね」


僕はそう言って楽しい時間の余韻を感じながらレッドクラウドを後にした


僕のバイトまでの土曜日はこうして過ぎていく


この街での一人での過ごし方を僕は知っている


そこに誰かがいたら嬉しいと思った事もあるが


僕は一人の時間に慣れ過ぎてしまった訳である


帰りの車の中でふとガールフレンドの事を思い出した


彼女は何をしているのだろう?


検討もつかなかった


連絡しようとも思わなかった


僕は馬鹿な考え方だが付き合うことで何かが変わり、少しでも楽しく、幸せだと感じるものだと思っていた


しかし僕は孤独と寄り添って歩む事に何も感じなくなり


それが僕の日々で何一つ不思議なく溶け込んでしまっていたのである


誰かと付き合うという事はそれはそれで考える事もあるのだと思った


僕は人と関わった事もないような事を考えたが


僕は僕を通り過ぎたいつも誰かが隣にいた日々を


すっかりこの1年間で忘れてしまったようである


僕は彼女を好きなのだろうか?


そして彼女は僕を好きなのだろうか?


僕の何処に惹かれたのだろうか?


僕には到底、解りっこない


答えてよガールフレンド


眠りにつく前に


一言だけでもいい


僕の〝存在理由〟を教えてくれよ

1ヶ月のブランクやら


急制動での派手なクラッシュもあった


そしてシュミレーターで仲良くなった同じ大学卒の先輩との楽しく終わりのないバイク談話


そして卒業検定


昼下がりポイントを整理しながら歩いた検定コース


共に合格の喜びを分かち合った


緊張はしたけど同じ目標に向かって挑む人とのラストランは楽しかった


僕はそのようにして長年欲しかった自動二輪の免許を取った


厳密には今日免許センターに行き、僕の免許には普自ニの文字が刻まれる


正直に


とても嬉しいよ


何かが変わる気がするんだ 


卒業検定 


簡単と言う人もいるだろう


でも僕にとってそういう小さな成功体験も自信になるんだ


バイクがある日々


僕の憧れた日々


行きたいところは沢山あって楽しみは尽き果てぬ程だよ


免許センターの帰り際にバイクを見にいこうと思う


もう買いたいバイクは決めてあるんだ


早くそれが〝愛車〟になって僕はそのバイクと幾つもの景色をバックに走りたいと思う


そう


恋人のように




「この距離って電話するより会って話した方が早くないか?」


電話を右手に煙草の灰を左手で器用に灰皿に落としながら僕が言った


「そうよね。じゃあ今から行ってもいい?」


「それはもちろん構わないよ」


24:15


そのようにして僕等は会うことになった


僕はジャージ姿から簡単に着替え


髭を剃ってもう1本煙草を吸い終わる頃に彼女からの電話が鳴った


「たぶん着いたと思うけど…」 カーステレオからヒップホップが流れていた


「今すぐ出るよ」


僕は煙草を消してコンバースを履いてドアを開けた


なんだか少し不思議な気持ちだった


物事が上手く行き過ぎて怖さを感じるような そんな何処と無い違和感が僕を包んでいた


霧のように音も無く降る小雨の中で


日曜に会った時より薄いメイクが


若干の若さを主張していたが それでも彼女はやはり大人びていた


「家の人はこんな時間に出てきて何も言わないの?」


「大丈夫よ。家にいてもああ、居たのって感じだから」


「なるほど」


「あっ、卒検合格おめでとう」


「ありがとう」


「明日、朝から免許センターに行こうと思うんだ。その足でバイクでも見にいこうかと」


「じゃあ大丈夫?明日朝起きれる?」


「大丈夫だよ。君が起こしてくれればね」


「いいよ。何時?」


「6時」


「早くない?」


やっぱり僕等は最近会ったとは思えなかった


もう何年も仲良く友達としてやってきたような感じがするんだ


それが如何してなのか僕にも、おそらく彼女にも解らないんじゃないかと思う


簡単に言えば、これをフィーリングが合うと言うのだろうか


そういう事にしておこう


深く考えてる間に話は止め処なく続いていくのだから


無理もなく焦りもなく良いテンポでね


どういう文脈だったか忘れたが、僕の前の彼女の事を聞かれた 


とても複雑な話だと前置きをして、長くなるので軽く触るか触らないかで喋ろうと思うと


彼女に嘘は付きたくなかったし、正直にしか話せそうになかったのでありのままを話した


「その事は気になっていたけど、誰にでも話したくない事はあるよね。


ごめんなさい。しんどい話をさせて」


「いやいいよ。それも含めて今の僕だから…隠すこともないからね」


僕の時系列順の話に


少しでも彼女は納得したのだろうと思う




「私は自分から言わないと気が済まないの」


真面目な顔でそう切り出して


僕は彼女が話し終わるまで黙って聞いた


そして僕達は付き合う事になった


「ねぇ、1・2・3 じゃない今日?」


「?」


「12月3日だから」


「くだらないね」


「でも覚えやすいでしょ?記念日」


そう言った笑顔が素敵だった

走りなれた道を車でとばす


乗りなれた車のステアリングは程よく固く


心地よい位置のひじ置きはいつもの決まった姿勢を作り出す


新しくなったオーディオシステムからはストロークスがソフィスティケートされたガレージロックを鳴らしていた


僕は鮮やかなサックスブルーのボタンダウンにネイビーのニットタイを締め


よくプレスしたブラックのスラックスをはき、長年の味が出たGジャンを着て出かけることにした


18時までのバイトは残ってくれと上司に言われたが


実家に帰らなくちゃいけないとそれっぽい理由をつけて時間きっちり働き、あっさりと上がった


もちろんそんな用事は何処にもない


外売りで冷え切った身体を温めるために僕は風呂に入り


コーヒーを入れて煙草を吸った


そんなに乗り気ではなかったし、僕は今日タフな仕事の連続で少し疲れていた


でも僕はどうも律儀な人間らしく


誰かに会う時はそれなりの格好、それなりの態度で望む 


そういった人間らしい


約束までにはまだ少し時間があったので


コンビニに行ってホットココアと柑橘系のガムを買った


車の外で煙草を吸い、吸い終わるとガムを規則正しく左右で噛んだ


19:30


駅に待ち合わせ時間ぴったりに着いた


僕が約束時間ジャストに着くなんてちょっとした奇跡に近い


しかし紳士たるものせめて女性に会う時は10分前にくるのが鉄則だろう


僕のフィロソフィーはそうだ


だから僕のフィロソフィーから言わせれば10分の遅刻だ


僕は車を降り


そうだと思われる女の子に声をかけた


「はじめまして」


「はじめまして、待ったかな?寒いのに待たせてごめんね」


「いや今来たから全然待ってないよ」


僕らはそんな初対面らしいぎこちない会話を交わして車に乗り込んだ


「待たせてしまったお礼にこれ」


「えっほんと?ありがとう!優しいね」


コンビニで買ったホットココアはこのためにあった


僕は外ではコーヒーしか買わない


ホットココアは飲まれるべき主人を見つけすこし安心したようだった


パスタが好きだという彼女のリクエストで駅から南に真っ直ぐに伸びる県道を走り


地元では美味しいと評判のパスタ屋に行くことにした


彼女の黒のシンプルなコートと首もとのファーは1歳下と思わせない大人びた印象を僕に与えた


バックはハイブランドのものだったがそれも嫌味な感じではなく、そっと品を保っていた


車内で僕らはすぐに打ち解けた


僕は話を振って彼女が話し出すとそれを運転しながら頷きながら聞いた


評判の店に着き、駐車する場所が無いくらい車はこじんまりとした駐車場に所狭しと並んでいた


店内は予想通り込み合っていたが


幸運にも一席空いた所に僕らが来たらしくすぐに通してくれた


中学校が一緒の話、共通の知人の話、大学の話


僕らはパスタが運ばれてくる間、そんな話で盛り上がった


料理が弾ける笑顔の店員から運ばれてきて


僕らはお行儀良く「いただきます」と言って食べた


彼女はきのことホウレン草のスープパスタ


僕はいくらとサーモンのウニソースのパスタだった


パスタが好きと言っただけあって彼女は実においしそうにパスタを食べた


いつもは少食な僕もそれにつられて完食した


でもやっぱり食べるのは遅く、食べ終わるのは彼女と一緒ぐらいだった


それはルールと言えばルールだったので良しとしとこう


そして一緒にまたお行儀良く「ご馳走様でした」と言った


食後にコーヒーが飲みたいと言う事になったので


落ち着いて話もしたかった事もあり僕らはまだ開いてそうな喫茶店を見つけそこに入った


「煙草吸いたかったら吸っていいよ」 彼女が言った


「いや女の子の前では煙草を遠慮しとこうと思っていたんだ。


煙草はイメージが悪いし、僕は一度煙草が原因で痛い目に合ったことがあってね」


後半は語らなくていい事だったと後で気付いた


「私は煙草は別に気にならないからいいよ。それに吸う人だろうなって思っていたから」


どうして女性にはそういう勘が働くのだろう


そしてものの見事に当たってしまうんだろう


不思議だ


僕は彼女の好意に甘えバイト場で買ったピースをふかした


「お決まりでしょうか」


「キリマンジャロとブレンドコーヒーをひとつ」


オーダーが終わって僕らは話の続きをした


「正直言って私人見知りするから、今日はどうしようって思ってたんです。


でもタクヤさんが私が喋りやすいようにしてくれて、今日初めてじゃないみたいですごく話しやすいです」


「僕だってどうやって喋ろうか緊張したよ。でもよく笑ってくれるし、


話してて面白いからつい喋りすぎてしまったよ」


そう言った後で背後から、お待たせしましたの声と同時にキリマンジャロとブレンドコーヒーが運ばれてきた


「もし退屈だったり、この人ないなって思ったら私、たぶん一切話さないですもん」


「じゃあ君が黙り込んだら帰る事にするよ」


「楽しいから黙り込んだりしませんよ」 そう言いながら笑った


本当に笑顔が素敵だった


そして本当に楽しい時間だった


コーヒーのリラックス効果はあったかもしれない


もしくは暖かな間接照明のおかげかもしれない


照れながら黒髪の前髪を時折整えるようにさわる仕草が唯一21歳の雰囲気を残していた



そろそろ閉店時間も近くなったので店を出て


彼女の実家まで送っていくことにした


そして帰り際に僕は正直に思った事を彼女に話してみた


「僕は嘘がつけない性格だし、正直に思った事を言わないと気が済まない人なんだ。


自分が思ってる事なんて口に出して伝えないと10分の1も伝わらないと思うんだ。


だから言おうと思うけど、僕は今日君とこうして会って、本当に凄く楽しかったし、


君をもっと知りたいと思ったんだ。そしてまた君に会いたいと思ったんだ。」


僕は右手でステアリングを握り締めていた


「すごくストレートなんですね」 


僕はいつだって女性にはストレートにしか伝えれない


一呼吸置いて


「私も今日はすごく楽しかったし、また会ってもう少しタクヤさんの事を知りたいと思いました。


こんな私で良かったらまた会ってやってください」


「そう言ってくれて本当に嬉しいよ。もちろん。また僕から連絡するよ」


「はい、待ってますね」


「じゃあ、おやすみ」


「今日はご馳走様でした。ありがとうございました。おやすみなさい。」


手を振る彼女に手を振り返して僕はギアをドライブに入れアクセルを踏み込んだ



帰る途中


少しだけあたたかい気持ちが僕を包み込んでいた


期待はしないと心に決めてはいたが


数分前までのあの時間は長らく僕が忘れていた思いを


僅かではあるが思い出させてくれた


ストロークスはトラックナンバー5.SOMEDAYを歌っていた


〝someday someday


口に出してしまうと痛いけど 君にはずっといて欲しい


sometimes sometimes〟


僕にそう思えるような人が出来るだろうか


さあね


僕はいつも大切なところで躓くんだ


期待はしちゃいけない


僕はもう一度自分自身に言い聞かせた


強く 

5日間鼻水は止まらなかった

咳をする度に肺が痛く、鼻水をかむ度に耳と鼻の下が痛かった

終いには頭まで痛くなり、両方からこめかみを強く押し潰されたように痛かった


それらのステータス異常と共に僕を悩ませたのは彼女の事だった

「今はすこし忘れた方がいいんじゃないか?」 有吉君が言った

僕らはタリーズでカフェモカを飲みながら互いの1週間を話し合っていた

有吉君はグレーのシャツの上にネイビーのニット、アウターはウールのタブルのライダースそしてデニムだった

「そうした方がいいと思うけど有吉君、」


僕はラークのブラックレーベルをもみ消しながら言った


「俺はアイツと18の時から一緒にやってきて距離はあるけど考えをシェアし合ってきたんだ。


少なくとも当時、誰よりもアイツが俺の事を分かっていたんだよ。そこらの女とは少し訳が違うんだ」

有吉君はストローを唇につけたまま聞いていた

「まぁ、お前も忙しい奴だな」

ストローで残りを飲みながら喋った

ズズッ…

「かつての浮気相手にばったり会い、前の彼女そっくりな女の子と知り合ってさぁ」

ズズズッ…

「そんなに俺の前でエンターテイナーじゃなくたっていいんだぜ」 語尾は笑っていた


僕の楽しみは有吉君と会合を開く度に面白い話を喋ることだ


「今回のは俺だってビックリしたよ。せっかくそういうのはちょっと自粛しとこうと思ってたのに…


これじゃあ…やるべき事も手につかないよ」


「お前は今それが一番だろ?要らん事考えてる場合じゃないぜ」


「確かに」



確かにそうだった


僕にはやるべき事があった。


別にやらなくたって誰も僕を怒ったり責めたりしない 


しかし後に残るのは自責の念と自己嫌悪だ


僕は大学の4年間何一つやり遂げていなかった


いや人生で何か成し遂げた事はあっただろうか


おそらくない。 絶対にない。


どれもが中途半端で投げ出したパズルのようにバラバラで


何一つ終わっちゃいなかった


いつも頭はごちゃごちゃで僕の脳内を占領するどことなく落ち着かない気持ちは僕をイライラさせた


それをぶちまけてきた日々もあれば


吐き出す先もなく飲み込んで胃の奥の方のどっかにしまい込む日もあった


8年間にも、彼女との関係も、やるべき事も


何一つ終わっちゃいなかったんだ


そう思うと僕は自分の情けなさや弱ささや不完全さを受け入れざるを得なかった


そしてそれはその通りだった


もう既に終わらすことの出来なくなってしまった事もある


永遠に終わらないのだ


もういくら願ってもあの朝には戻れないのだ


遡及できない想いを抱きしめながら 


この手から消えていったものの重さを実感していくしかないのだろう


僕達は後悔せずに生きていくことなんて出来るのだろうか?


たぶん無理だろう


すくなくとも僕には無理だ


僕は後悔を通して今立ってると言っても過言じゃない


全てのもう取り戻せなくなった切ない幸せの時間から僕は多くのものを学んだ


しかしそれ以上にそれが簒奪されてから僕はもっと多くの事を得たと思う


実際に僕は皆も認めるように変わった


僕は二つに分かれ


感情というエレメントを握り締めたまま片方の僕は何処かへ行ってしまった


そして残されたもう一人の僕は主を失い、ただ身体が一人歩きしているだけになってしまった


時折、思い出したように戻ってくる片割れはどうしようもない絶望的な悲しみをもたらし


もう片方はただただ主の赴くままに一時的な逃避に走った


一見、僕は壊れてしまったように見えるが(実際には一時期完全に疑いようもなく壊れた)


リカバリー出来たのは去られて当たり前の僕の態度を改めるべきだと気付いたからだ


それに気付かせてくれたことは最後のプレゼントであったと思うし


最大限の優しさだったと思う


「貴方は幸せになれるわ」


そう言った最後の言葉を僕は忘れない


それが上っ面だったとしても本心だったとしてもそれが僕とガールフレンドの最後の言葉だった


2008年11月3日 


8年間の終焉であり


一人の時間の始まりでもあった

ガラステーブルの上で爆発音のように鳴り響くアラームで目が覚めた

僕を心地よい眠りから引きずり出す

言わば敵だ

だけどこいつがないと僕は永遠に起きないだろう

敵であり味方である

何事にも好敵手は必要である

アラームを止めてディスプレイに目をやると2通のメールが着ていた

一つはゴルフメイトから

もう一つは知らないアドレスからだった

ゴルフメイトからのは僕が起きたかを確認する内容だった

このようにして僕の寝坊や遅刻やらは少しばかり軽減される


見えない優しさに馴れてしまわぬように礼は言っておいた

見覚えのないアドレスのメールは彼女からだった

僕はアドレスを変えてなかったので送ってきたのだろうと想像がついた

いくらスクロールしても終わりが見えなかったのでクリアボタンを連打し、いつもの待ち受けに戻した

寝起き1分後、二日酔いが思考を著しく鈍らせていたので

ゴルフから帰って読む事にした

僕とゴルフメイトはいつもより早く出発し

山の斜面に建てられた住宅街をぬいながら山上のショートコースに辿り着いた

僕らはいつも車内で野球や近況の恋愛やらアイアンについて話した

また要らない外人を補強してきたよなとか、合コンはどうだったかとか、120ヤードなら何番を握るか

そんな所さ

2番ホールは打ち上げの130ヤードだった

僕は手前の崖に思いっ切り突き刺した

ズボッと言う音が聞こえてきそうな程ライナーで強く

ミスした理由は分かってる

僕らが130ヤードで握るアイアンについて話し合っていなかったからだ

共に初めてのコースに戸惑いながらパッとしないスコアだったが

集中力をフルに発揮し高め合った時、僕らは素晴らしいスコアを叩き出す

ゴルフにも好敵手は必要なのだ

ただ今日は集中してなかった


それだけさ

ゴルフから帰って僕はもう一度じっくりとメールを読んでみた

メールにはこう書いてあった



『まず電話に出れなくてごめんなさい。

この前偶然にも貴方に出会えた事はすごく驚いたし、私には珍しく動揺もしたのよ。


でも声かけてくれて嬉しかった。

絶対に無視されるだろう思っていたから…


でも会う直前になんか予感がしたのはやっぱり私が何か持ってるからかな


まだ私のこと大事な友達って思ってくれてることも本当に本当に嬉しかった。


もちろん私も貴方に対してずっとそう思っているからさらに嬉しかったな。


授業も頭に入んないしまったく大惨事だよ。


貴方の合コンがうまくいった事を願います。


私事なんだけど、


最近不確定な未来やら色々な事に対して気持ちが不安定な日々を送っていて…


正直今はひとりで考えたいし、ひとりでいたいと思ってる。


私はなれるなら貴方の本当の友達になりたいと思ってるよ。


でもまだそれは無理なの。


何故なら私がまだ過去にこだわっている部分があるから。


過去に対して傷的な感情がまだ残ってるの…。


これは貴方を責めているんじゃなくて、私自身の問題なのよ。


もう少し時間が必要なの。


私の中で過去のわだかまりとかも消えて、気持ちが落ち着いたときに


『絶対』に私から連絡します。


一方的にただ勝手な事を言ってるのは解ってる。


貴方が私の事をそれでも人間として大事な存在と思ってくれるなら


待っててほしいの。


相変わらずわがままで本当にごめんなさい。


何て思ってもこのメールは返信しないでね。


お願い。』


僕は何度もこのメールを読み返した


目がチカチカして溶けてしまうほど眺めた


彼女は『絶対』という言葉を使ったが、それは僕が使う『絶対』とはどこか違うニュアンスを感じさせ


彼女が使うとそれは100%確実に訪れるような気がした


不確定な未来…


彼女は申し合わせた訳でもなく、実にスムーズに文章にこの文句を入れてきた


僕はこの台詞を最近よく使うのだが、どこでそれを聞いたのだろう。


まったく本当に神秘的な女性だ。


また僕はそれを再確認した


僕は彼女を人間的になのか、友達としてなのか、女性として大事なのか解らなかったが


彼女を大切に思う気持ちに偽りも不純物も1㎜もなかったので


彼女を待ってみることにした


というか僕にはそれしか選択肢が与えられてなかった。


他にどんな選択肢があったというのだろう 


考えるだけで無駄だったし、僕だって混乱していたし彼女以上に僕が動揺していたと思う


ガタガタと音を立てて揺れる意志を抱え僕は行きたくもないバイトに行った


そして僕は風邪をこじらせ


鼻水が止まらなくなった

電話が鳴った


僕の新しく機種変更した最新のアルマーニ携帯がLEDの点滅とヴァイブレーションで着信を知らせていた


彼女にちょっといいかなと言い


僕は電話に出た


電話は友達からだった


僕はすっかり今から合コンがある事を忘れていた


時間にルーズな事は僕に関わる人は知ってる承知の事実だが


流石に待たせすぎてしまったようである


僕はもう少し遅れる、理由は後で説明すると短く言い電話を切った


使い方にはまだ慣れていないが電話を切るボタンぐらいは分かった


「いいの?」


「ああ、大丈夫さ。どうせ僕が遅れるのを彼らは見越して計画を練ってるんだ。僕より頭が良いしね」


「何も変わっていないのね」


「変わったさ。僕はこの1年間で色々と変わったんだ。」


僕は変わったのだろうか、考えをめぐらせてみた 


変わった事ももちろんあるだろう。そして変われなかった部分もあるだろう。


そんな全部も彼女の前ではそれ程の意味はなく、彼女の前では僕はいつまでも〝僕〟だった


「酒に明け暮れ、煙草を毎日2ケース吸い、就活をし、夏を向かえ手術をし、また資格の試験に落ちた。


また色んな女の子が僕を通り過ぎた。君と当時の彼女そして通り過ぎて行ったものから僕は思った。


いかにドライに生きていけばいいのか、期待しなければ傷付きはしない事。そんな風にやってきた」


簡単に説明しようとしたが少し長くなった


「そう。」 僕がやったピースの煙を吐き出しながら彼女は言った


もしかすると今言った事は未練がましかったかもしれないと言った後で気付いた


「私は貴方と関係を切られて、何年間か何をしてきたんだろうって思ったわ。全てを投げ出して、神奈川から


広島に帰ってきたのよ。あなたに貢いだものはいっぱいあるわ。あの財布まだ持ってるの?」


寒さと煙草を吸うのに集中してるふりをしてみた


あまりの寒さだったので彼女が巻いたシルクのストールを目の前で燃やしてしまいたかった


さぞメラメラとよく燃えるだろう


売ってしまったなんて言えなかった。ましては僕の生活費に消えたなんて言えたもんじゃない


「まだ持ってるよ。どこかにある」


「嘘」


完全なる嘘だったが聞こえないふりをしておいた


「まぁいいわ。私はこれでも傷付いたのよ。あの頃にも言ったけど貴方とあの子は合わなかったし、


貴方には相応しくなかったのよ。」


正しくそうだった。彼女はいつでも僕を〝理解〟していた


「それはそうだな。今思えばそう思う。自分がどんどんダメになっていくような恋だった。」


僕の心の中に綺麗な箱がある。


外装には綺麗な和紙を使った箱だ その箱は和紙とは合わない鎖と南京錠で何重にもロックがかけられている


僕はそれを胸の樹海の中にそっと沈めた。


もう二度と振り返る事のないように 思い出さないように…


「一つだけ」 と振り絞るように言った


彼女は目の前の噴水から僕の横顔に目をやった 右頬に視線を感じた


「あの子を失っても思わなかった事だけど、君を失ってしまったことは僕にとっては本当に痛かった。


君は僕とそういう関係になる以前に僕の親友であったから。


僕は君に伝えたいと思った事が山ほどあった。


でも君はもうどこにもいなかった。誰かのものになっちゃったんだ。」


彼女は指輪がたくさんついていない方の右手で煙草をはさんでまた同じように噴水を眺めていた


「知らないの?」


「いや知ってるさ。びっくりしたけどね」


「半年前からそうしようと思っていたの。好きなのかと思った事もあったわ。でも違ったわ。


私はやっぱり一人が向いているのよ」


「確かに。そして僕も今は一人がいいと思ってる。誰かと付き合うなんて想像が出来ないんだ。


自分自身に勝てない僕が誰に何が出来るというんだろうってね」


「就活は決まったの?」


話題を変えてくれてほっとした


だけどそれは教えないでおいた


何となくだ ただ何となく言いたくなかった


「そろそろ行かなくちゃ、さすがに怒られちゃうよ」


「いってらっしゃい。合コン上手くいくといいわね」


「ああ」


最後に僕は一応彼女の電話番号を聞いておいた


私を全て抹消したのね、そう言われたが反論しようにも時間がなかったので言わなかった




パルコ前で待っていた友達は怒りもせず僕を迎えてくれた


僕の数少ない友達はなんて心が広いんだろうと思う


人間的に壊れつつあった僕をギリギリで立ち直らせてくれたのも彼らだった


僕は2人の大切な存在を同時に失い、立ってる意味をなくしていたあの頃


本当にお世話になった


今でもその事をネタとして僕をちゃかしてくるがそういうのは嫌いじゃない


僕らはそうやって何でも笑いに変えてきたんだったとそう思う


今では友達が一番大切だなんてくさい台詞でも言い出しそうなぐらいさ


合コンは7時半からだったが僕が着いたのは18時55分だった


彼らが僕に18時30分と言っておいたのが正解だった


僕は開始時刻を知らされてなかったので焦ってきたが、彼らの術中にまんまとはまったという訳だ


みんなジャンル別にきまってた


ある奴はレザーのブルゾンを着て、もう一人はナイロンパーカー、残りはダウンジャケットだった


僕はというとお気に入りの背中に綺麗なダーツが入ったグレーのショートジャケットを着ていった


少しばかりの作戦会議を開き


僕はパサーになり、ナイロンパーカーに鋭い定規で引いたようなピンポイントパスを供給する役になった


タクトを振るい司令塔として機能しろと


容易い役回りだった


僕は試験中に断酒していたので、久々のビールをいつもの2倍は飲み


合コンというフィールドを縦横無人に走り回った


4対4というやや人数が多いが僕にはそんな事問題じゃなかった


ひとつ問題だったのは


彼女と偶然にも会ってしまった事で何かが少しづつ揺れていた事だ


だからいつもの2倍飲んだし、中枢神経を麻痺させることが一番だった



右から2番目の黒髪の子は僕のタイプだった


ナイロンパーカーに十分過ぎる程アシストした後で僕は彼女に仕掛けてみた


席替えは仕切り役の僕の独断で決定され


ナイロンパーカーをしっかりと意中の女の子の隣にしてやってから


僕はその子の隣に腰掛けた


ハウンズ・トゥースのワンピースに深い緑のセーターを羽織っていた


綺麗なセミロングに時折見せる10代の名残を残した笑顔が僕を惹き付けた


誰かに似ていると顔を合わせた時に思ったのだが


こちら側のメンバーにもそれは言わないでおこうと思った


結局、女の子とアドレスを交換したのは僕とナイロンパーカーだけだった


実はナイロンとはほぼ初対面だったのだが終わった後でよっぽど感謝された


ナイロンと意中の子は相思相愛状態で付き合うのなんて時間の問題だと思わせるぐらいだった


幹事のレザージャケットは申し訳なさそうに僕に盛り上げられなくてすまんとうなだれたが


こういう場面で話題を提供するのは僕はなかなか自信があったのだ


そのお陰で軽い奴と見なされる事もあれば、いい人止まりというサイクルに陥る時もある。物好きな女の子は


陰で色々と気を遣っている僕に気付いてくれる時もある


今日は多分軽い奴と思われてたに違いない


「でもお前が歩きながら他の女の子と盛り上がってる時、その子お前の事かなり見てたぜ」


ダウンジャケットが僕にそう言った


手応えは20%ぐらいだとみんなには言っておいた


「あの子お前の前の彼女に似てないか?」


「そうか?」


「でも前の彼女の方がもう少し大人っぽくて細かったよな」


「もう1年前の話だぜ。忘れちまったよ。今では顔も思い出せないよ」


やはり似ていた事は否定しておいた


顔は確かに思い出せなくなりつつあった


しかし


そう簡単に歩んできた8年間は消えなかった


身体にこびりついて僕の足やら手やら肩やらに〝錆〟となりそこにひっそりと存在していた


落とそうと懸命にこすり続けたがやはり少しばかりはまだ残っていた


そして落とそうとする度に僕はまた傷をつけていった


一緒のことだった


彼女を消す事は僕の青春全部を消すことと同じ意味を持っていた


でも消し去ってしまわねば僕は前に進むことが出来なかったんだ


でも結局のところ


大きな風呂釜に醤油をこぼしてそれを混ぜて見えなくなったとしても


醤油の成分はそこに確かに存在するわけで


たとえ0.00001%になってもその中で醤油なのだ


僕はただ自分が思い出せないように記憶を薄めてきただけで


それは確かにまだ僕の心に漂っていた


行き場のない想いを僕は何処に収めればいいのだろう


このやりきれない想いを何処に吐き出せばいいのだろう


答えなんてなかった


合コンの時吸えなかったのでポケットからピースを取り出し


ジッポで火を点けた


みんなは僕の右で歩きながら楽しかったワンシーンを解説つきで笑い合っていた


今日は大成功だ


なあ そうだろ 




帰って彼女に教えてもらった番号を鳴らしてみた


随分コールしたが留守電になってしまった


僕は電話番号は聞いたがアドレスを聞いていなかったのだ


まあそんな事はどうでも良かったので


小説を読んで寝ることにした


そのうちかかってくるだろう


明日は朝一からゴルフだ


いつの間にか僕はアルコールに溺れた身体でずっしりと重い眠りについた

また僕は意味も無く


迫り来る朝に向けて夜を俳諧する


やや寒く


やっと僕等の街にも冬が足音をそっと静かに刻む


遠赤外線のカーボンヒーターを引っ張り出し


どうもとまらない鼻水と闘っている


風邪薬を探すのも少し億劫で


小雨の降る中ショートコースに繰り出したのが原因だ


ショットは僕の意志に反し、右へ飛び

パターは最後の最後に切れ味の鋭いスライダーのように切れた


思えば最近の僕を表しているような気さえした


僕は僕の弱さと甘さといかに努力しない男かという事を


痛い程再認識させられた


愕然とするような現実が僕の前には今立ちはだかっている


そして未来という不確定な要素を言葉という媒体を通して喋る事をやめた


それは間違ってない


誰しもが語れない事を僕は語ってしまったのだ


ある日、当時僕のゼミの教授が遅刻した僕にこんなことを言った


「次のゼミには絶対出席します」


「絶対などはない。だから使うもんじゃない。ただ君は来ますと言っておけばいいのだ」


ペースメイカーを胸に埋め込んだ彼がそう言った


障害者手帳を右手に上げ、うるさい僕等に注意をする時の仕草は


どこか北朝鮮の最高人民会議の1シーンを連想させた



僕は不甲斐ない自分にけりをつけるべく

払われるべき犠牲について考えた


2008年11月


全てが狂い始めた1年前だった


あの時に誓えば良かったのかもしれないが僕はそれを384日間も放置した


放置しなくてもそれは僕を取り巻くことはなく月日は流れた


辛抱強く耐えた1年だった


しかし今僕は少しづつ揺れている


それは僕の歳相応な悩みだ


意志の弱さ 


まるで思い切り右のブッシュに打ち込む今日のアイアンみたいだろ

可愛そうなボール達



心から存在を消した


消さなければならなかった人と街の喧騒と帰宅ラッシュが交錯する駅で出逢ったしまったら


僕等はどうすればいいのだろう?


何事も無かったように見なかったふりをする


うむ 賢明な回避行動だろう


だけど僕は出来なかった


二人にだけ特殊なダークマンスがもたらすマジックが足を止めさせた


一歩たりとも前にも後ろにも動かしてなんてくれなかったんだ


僕はそのまま秒針一周分動けなかった


帰りを急ぐサラリーマンや大声で喋る学生は皆スローモーションで色なんて無かった


このシュチュエーションに対する僕の耐性は限り無くゼロに近かった


「今日貴方に逢うと思っていたの」


「どうして?」


「どうしてか知らないけど今日逢うなって思ったのよ。勘よ」


僕はもう少し着込んでくるのだったと後悔した


そのくらい急激な寒気が僕を襲った


そして喫煙所で一服してから合コンに行こうなどと考えず


真っ直ぐに市電に乗るべきだったのだと激しく後悔した


約束の時間はとうに過ぎていた