電話が鳴った
僕の新しく機種変更した最新のアルマーニ携帯がLEDの点滅とヴァイブレーションで着信を知らせていた
彼女にちょっといいかなと言い
僕は電話に出た
電話は友達からだった
僕はすっかり今から合コンがある事を忘れていた
時間にルーズな事は僕に関わる人は知ってる承知の事実だが
流石に待たせすぎてしまったようである
僕はもう少し遅れる、理由は後で説明すると短く言い電話を切った
使い方にはまだ慣れていないが電話を切るボタンぐらいは分かった
「いいの?」
「ああ、大丈夫さ。どうせ僕が遅れるのを彼らは見越して計画を練ってるんだ。僕より頭が良いしね」
「何も変わっていないのね」
「変わったさ。僕はこの1年間で色々と変わったんだ。」
僕は変わったのだろうか、考えをめぐらせてみた
変わった事ももちろんあるだろう。そして変われなかった部分もあるだろう。
そんな全部も彼女の前ではそれ程の意味はなく、彼女の前では僕はいつまでも〝僕〟だった
「酒に明け暮れ、煙草を毎日2ケース吸い、就活をし、夏を向かえ手術をし、また資格の試験に落ちた。
また色んな女の子が僕を通り過ぎた。君と当時の彼女そして通り過ぎて行ったものから僕は思った。
いかにドライに生きていけばいいのか、期待しなければ傷付きはしない事。そんな風にやってきた」
簡単に説明しようとしたが少し長くなった
「そう。」 僕がやったピースの煙を吐き出しながら彼女は言った
もしかすると今言った事は未練がましかったかもしれないと言った後で気付いた
「私は貴方と関係を切られて、何年間か何をしてきたんだろうって思ったわ。全てを投げ出して、神奈川から
広島に帰ってきたのよ。あなたに貢いだものはいっぱいあるわ。あの財布まだ持ってるの?」
寒さと煙草を吸うのに集中してるふりをしてみた
あまりの寒さだったので彼女が巻いたシルクのストールを目の前で燃やしてしまいたかった
さぞメラメラとよく燃えるだろう
売ってしまったなんて言えなかった。ましては僕の生活費に消えたなんて言えたもんじゃない
「まだ持ってるよ。どこかにある」
「嘘」
完全なる嘘だったが聞こえないふりをしておいた
「まぁいいわ。私はこれでも傷付いたのよ。あの頃にも言ったけど貴方とあの子は合わなかったし、
貴方には相応しくなかったのよ。」
正しくそうだった。彼女はいつでも僕を〝理解〟していた
「それはそうだな。今思えばそう思う。自分がどんどんダメになっていくような恋だった。」
僕の心の中に綺麗な箱がある。
外装には綺麗な和紙を使った箱だ その箱は和紙とは合わない鎖と南京錠で何重にもロックがかけられている
僕はそれを胸の樹海の中にそっと沈めた。
もう二度と振り返る事のないように 思い出さないように…
「一つだけ」 と振り絞るように言った
彼女は目の前の噴水から僕の横顔に目をやった 右頬に視線を感じた
「あの子を失っても思わなかった事だけど、君を失ってしまったことは僕にとっては本当に痛かった。
君は僕とそういう関係になる以前に僕の親友であったから。
僕は君に伝えたいと思った事が山ほどあった。
でも君はもうどこにもいなかった。誰かのものになっちゃったんだ。」
彼女は指輪がたくさんついていない方の右手で煙草をはさんでまた同じように噴水を眺めていた
「知らないの?」
「いや知ってるさ。びっくりしたけどね」
「半年前からそうしようと思っていたの。好きなのかと思った事もあったわ。でも違ったわ。
私はやっぱり一人が向いているのよ」
「確かに。そして僕も今は一人がいいと思ってる。誰かと付き合うなんて想像が出来ないんだ。
自分自身に勝てない僕が誰に何が出来るというんだろうってね」
「就活は決まったの?」
話題を変えてくれてほっとした
だけどそれは教えないでおいた
何となくだ ただ何となく言いたくなかった
「そろそろ行かなくちゃ、さすがに怒られちゃうよ」
「いってらっしゃい。合コン上手くいくといいわね」
「ああ」
最後に僕は一応彼女の電話番号を聞いておいた
私を全て抹消したのね、そう言われたが反論しようにも時間がなかったので言わなかった
パルコ前で待っていた友達は怒りもせず僕を迎えてくれた
僕の数少ない友達はなんて心が広いんだろうと思う
人間的に壊れつつあった僕をギリギリで立ち直らせてくれたのも彼らだった
僕は2人の大切な存在を同時に失い、立ってる意味をなくしていたあの頃
本当にお世話になった
今でもその事をネタとして僕をちゃかしてくるがそういうのは嫌いじゃない
僕らはそうやって何でも笑いに変えてきたんだったとそう思う
今では友達が一番大切だなんてくさい台詞でも言い出しそうなぐらいさ
合コンは7時半からだったが僕が着いたのは18時55分だった
彼らが僕に18時30分と言っておいたのが正解だった
僕は開始時刻を知らされてなかったので焦ってきたが、彼らの術中にまんまとはまったという訳だ
みんなジャンル別にきまってた
ある奴はレザーのブルゾンを着て、もう一人はナイロンパーカー、残りはダウンジャケットだった
僕はというとお気に入りの背中に綺麗なダーツが入ったグレーのショートジャケットを着ていった
少しばかりの作戦会議を開き
僕はパサーになり、ナイロンパーカーに鋭い定規で引いたようなピンポイントパスを供給する役になった
タクトを振るい司令塔として機能しろと
容易い役回りだった
僕は試験中に断酒していたので、久々のビールをいつもの2倍は飲み
合コンというフィールドを縦横無人に走り回った
4対4というやや人数が多いが僕にはそんな事問題じゃなかった
ひとつ問題だったのは
彼女と偶然にも会ってしまった事で何かが少しづつ揺れていた事だ
だからいつもの2倍飲んだし、中枢神経を麻痺させることが一番だった
右から2番目の黒髪の子は僕のタイプだった
ナイロンパーカーに十分過ぎる程アシストした後で僕は彼女に仕掛けてみた
席替えは仕切り役の僕の独断で決定され
ナイロンパーカーをしっかりと意中の女の子の隣にしてやってから
僕はその子の隣に腰掛けた
ハウンズ・トゥースのワンピースに深い緑のセーターを羽織っていた
綺麗なセミロングに時折見せる10代の名残を残した笑顔が僕を惹き付けた
誰かに似ていると顔を合わせた時に思ったのだが
こちら側のメンバーにもそれは言わないでおこうと思った
結局、女の子とアドレスを交換したのは僕とナイロンパーカーだけだった
実はナイロンとはほぼ初対面だったのだが終わった後でよっぽど感謝された
ナイロンと意中の子は相思相愛状態で付き合うのなんて時間の問題だと思わせるぐらいだった
幹事のレザージャケットは申し訳なさそうに僕に盛り上げられなくてすまんとうなだれたが
こういう場面で話題を提供するのは僕はなかなか自信があったのだ
そのお陰で軽い奴と見なされる事もあれば、いい人止まりというサイクルに陥る時もある。物好きな女の子は
陰で色々と気を遣っている僕に気付いてくれる時もある
今日は多分軽い奴と思われてたに違いない
「でもお前が歩きながら他の女の子と盛り上がってる時、その子お前の事かなり見てたぜ」
ダウンジャケットが僕にそう言った
手応えは20%ぐらいだとみんなには言っておいた
「あの子お前の前の彼女に似てないか?」
「そうか?」
「でも前の彼女の方がもう少し大人っぽくて細かったよな」
「もう1年前の話だぜ。忘れちまったよ。今では顔も思い出せないよ」
やはり似ていた事は否定しておいた
顔は確かに思い出せなくなりつつあった
しかし
そう簡単に歩んできた8年間は消えなかった
身体にこびりついて僕の足やら手やら肩やらに〝錆〟となりそこにひっそりと存在していた
落とそうと懸命にこすり続けたがやはり少しばかりはまだ残っていた
そして落とそうとする度に僕はまた傷をつけていった
一緒のことだった
彼女を消す事は僕の青春全部を消すことと同じ意味を持っていた
でも消し去ってしまわねば僕は前に進むことが出来なかったんだ
でも結局のところ
大きな風呂釜に醤油をこぼしてそれを混ぜて見えなくなったとしても
醤油の成分はそこに確かに存在するわけで
たとえ0.00001%になってもその中で醤油なのだ
僕はただ自分が思い出せないように記憶を薄めてきただけで
それは確かにまだ僕の心に漂っていた
行き場のない想いを僕は何処に収めればいいのだろう
このやりきれない想いを何処に吐き出せばいいのだろう
答えなんてなかった
合コンの時吸えなかったのでポケットからピースを取り出し
ジッポで火を点けた
みんなは僕の右で歩きながら楽しかったワンシーンを解説つきで笑い合っていた
今日は大成功だ
なあ そうだろ
帰って彼女に教えてもらった番号を鳴らしてみた
随分コールしたが留守電になってしまった
僕は電話番号は聞いたがアドレスを聞いていなかったのだ
まあそんな事はどうでも良かったので
小説を読んで寝ることにした
そのうちかかってくるだろう
明日は朝一からゴルフだ
いつの間にか僕はアルコールに溺れた身体でずっしりと重い眠りについた