先生の言葉通り、会議は長引いている。

邪念を振り払うように、一心不乱にスコアをつけるが序盤6-0と圧倒していたのに、気がつくと点差を詰められている嫌な展開。

消灯時間の21時が近付くのもなんとなく嫌な展開。消灯になったら、先生と話せるのは翌朝になってしまうのだろうか。

それは困るのでナースステーションに様子を聞きにいく。意外に近くで会議は行われていること、消灯が過ぎても話せることがわかってほっと安心した。

やがて巨人がエラーを連発して、DeNAに追い付かれて呆れ果てている頃、先生はやってきた。

退院は基本OK。
1,あす血液検査をして、あさって退院
2,あす退院して、来週外来で検査
どっちがいいかと。

先生、明日検査をして、で結果が出たら明日すぐ退院というのは?

それでいいという!やった。あす、退院だ?血液検査の結果がよければ。では、と先生は去っていく。はやっ。

ただ不思議だったのは、その直後に来てくれた看護婦さんには先生はあす退院と明言していることだ。わからない。

かなり遅い時間になってからの決定なので、事務方はすべて帰宅してしまったあと。なので、あす朝から手続きを行うと、退院時間が午後になってしまうかもしれないという。

構うもんか。
私は、明日のお昼の病院食を丁重に断った。何時になろうが私は明日、外に出るという決意だ。

ただここから、無理しないようにますます気をつけなくては。あんな恐ろしいこと、もう二度と繰り返したくない。

退院まで10日間。
今日、俊がいきなりブランコを一人で漕げるようになったという。10日間というのはやはりそれなりの時間だったということだ。
でも先生から当初聞かされていた期間を思えば。

退院後、破壊王のいる寝室で一緒に寝るのは、患部を踏まれる恐れがある。なので、当面は実家に寝泊まりするという選択肢も。最善手を考えなくてはいけない。で、仕事にいつ復帰するか。これもポイントだ。

でも、まずは退院。

心配と迷惑をかけたすべての人に心からお詫びとお礼を言いたい。とくに妻と母は毎日病院に通わせてしまい、人一倍の心労をかけてしまった。サポートに本当に感謝しています。


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玉川病院に搬送されたことは非常にラッキーだった。ここの整形外科、リハビリは有名らしい。そして自宅から近い。こうして、短期間で歩けるようになり、今日のリハビリでは階段まで登れるようになったのは、この病院の質の高い治療のおかげだ。

おかげさまで、スタスタ歩いて、さらには入院生活に飽きた!と言えるまでにあっという間に回復したのだ。

当初、主治医の先生は妻と母に入院の見通しを1~2か月と告げ、手術終了時には1週間はベットに寝たままで絶対安静と言った。若くて美人なのだが、慎重な性格のようだ。結果的には手術翌日から車椅子に乗っていいと方針はすぐに変わったのだが、その変わりっぷりが極端で解せなかった。リハビリの先生の解説によると先生の個人的な意見は弱含みだったが、その後の医師たちのカンファレンスでは楽観的な意見が多かったからではないかと。

ちなみに若くて美人で医師であるから、当然と言えば当然のようにツンデレである。いや、正確に言うと僕はツンしか見たことがない。そして多忙である。なので、なかなか退院日を明言してくれない。昨日はCTスキャンをしてその結果を見てから、だった。

そして今日は術後一週間なので抜糸がある。先生に今一度見通しを聞く。夕方に週に一回のカンファレンスがあるので、そこで話し合うという。んー、まだ決まらないか…。

焦っても仕方ないのはよく分かっているし、僕の怪我が再発しないようことを第一に考えてくれているのが伝わる。だが一日一日と入院が伸びていくことが想像され、それは気持ちの面でつらい。しかも、追加の検査の数値、画像の状況もいいみたいだ。

駆け回るツンデレ先生をつかまえて、今日の会議は何時ごろ終わるのかを聞く。
「日によって違うがかなり遅くなる」
そりゃそうでしょうが、何時まででも待ってます。宜しくお願いします。
「はあ。…でも大丈夫、今夜話し合って明日いきなり退院しなさいなんて言わないから」
待ってくれ。私は明日退院したい。
「そう言われても」
いや、せめて退院したがってることは伝えてくれ。
「はあ。分かりました」

どっちに転ぶか全然わからないが、退院の意志を理解してくれてないことがわかって良かった。頼むよー。

というやりとりがあったのが17時くらい。会議は18時からだ。

さあ、何をやって待とうか。
読書…と思ったら、退院する気満々の私は昨日すでに、妻に荷物を部分的に持ち帰らせていたのだ。

んー、裏めったか。
そこで、あろうことか巨人対DeNAの試合をスコアブックをつけながら最初から最後まで聴くという究極の暇人作戦に出たのだ。

いつくるともしれない先生を待ちながら。定規もないから手で線を引いて。


後半へ続く。





口内炎! しかも三つ発生。一つは痛みのピーク期で、結構でかいからきつい。軟膏を処方してもらった。
だが食事もあまり楽しめない。

朝、いつものセット。ただし食パンでなく、ロールパンだったのがしんせん。グラム数は変わらないというがなんとなく食べ応えもある。
昼は魚のフライ、蒸し鶏入りサラダ、、味噌汁、ご飯
夜は鶏肉照焼き、豆となめこの大根おろし和え、味噌汁、ご飯にかぼちゃプリン。スイーツ系男子には嬉しいではないか。

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突然戻ってきた日常。ナースステーション、待合室、リハビリに人が溢れている。凍っていたものが溶け出したかのように、いっせいに、世の中が動いている。

この景色はおそらく日本中で起こっている昨日までとの明確な変化だ。

取り残されていることをようやく実感する。焦る。焦っても仕方ない。会社からの電話もなる。出ても何もできない。なので結局は、まだ大型連休なのだと無理やり思い込むことにして、リハビリに励んでみた。

したがって、いろんな人がせっかくの連休が完全に潰れてしまって…と慰めの言葉をかけるが、連休中だったのは幸いだったと心から思う。でなければもっと取り残された感があってつらかったはずだから。

逆に言えばこれからは一日、一日と精神的に気持ち悪くなるのだろう。あれ、こんなに真面目な男だったっけ?
もっともっと働かせてもらってありがとう、一緒に働いてくれてありがとうの気持ちが溢れ出るといいなあ。


食事、朝はいつもと一緒だが牛乳がヨーグルトに。牛乳のほうが好き…。
昼は豚肉と温野菜のポン酢、里芋煮物、味噌汁、ご飯
夜はかに玉、大根のそぼろ煮、味噌汁、ご飯、グレープフルーツ。&母の差し入れ、カッペリーニ。これはうまかった。 相変わらず1700kcalだ!

至福の贅沢は、一杯ずつ挽いてくれるタイプの自販機で飲むコーヒーだわ。

ママの両親が見舞いにきてくれる。お義父さんは、ちょうど僕と同じ年頃にぎっくり腰で二週間入院した経験があり、人生いろいろだからと励ましてくれる。お義母さんはずっと我が家に泊まり込んでくれており、ママと俊が助けてもらっている。ありがたや。しかもお見舞いのお金までいただいてしまい、どうしたらいいものやら。

そんな周りの人に恩返しするのは早期復帰だ。いきなり全力でできるように、そろそろテンポを高めなくてはならないぞ。

なお、術後初めてのレントゲンで所見は良さそう。明日行われるCTスキャンの結果次第で、あさってにも退院となる見込みだ。

ちなみに、両親と来た俊情報。俊は少しずつパパへの警戒感が薄れている模様。ただパパの足は触ってはいけないというママの指示を概ね理解しているみたいで、あんまり近寄ってこない。ばあばが泊まっているという非日常もあって毎晩、寝る前の祭りがすごいことになってるらしい。
退院しても同じ部屋で寝たら、この祭主に幹部を踏まれてしまうのではないかと、真剣に対策が議論されている。

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今日のリハビリで、寝返りの仕方を習った。ずーっと背中をとこにつけていたのが辛かったのでこれはでかい。
右股関節が内側に曲がる状態はいかんので、両膝の間にまくらを挟む。これくらいならひとりでできる。見栄えはかっこよくないが本当に一歩一歩なんだなあと思う。

また歩き方にも、アドバイスをもらった。まだ右足に体重をかけるのに怖さがあるのだが、そのままだとびっこひく歩き方がくせになってしまうらしい。なので松葉杖の使い方と、右足の運びがポイントになるようだ。

無理のない範囲で歩く時間を増やした。捻りはしないように注意してるので、不便は感じても痛みを感じることはない。

新堀夫妻や斎藤夫妻が見舞いに来てくれ、ゆっくり会社も休んでくれと言ってくれたが、それは医師が最初に伝えた最悪入院二ヶ月かという想定が前提にあるからだ。間もなく退院できそうな今となってはそんなにいつまでも休むわけにはいかないと思っている。いよいよ連休が終わろうとする中で、その健全な焦りは募る。

他にも野村一家と、新潟から順平が来てくれた。ありがとう。

食事は、約1500kcal。完全に病院食。朝はいつもの食パン二枚、スープ、牛乳。昼はご飯200g、汁物、鳥肉にパン粉つけて焼いたやつ。夕食はご飯200gと味噌汁、あとは簡単な付け合わせが二品。詳細覚えてないくらい質素だった。

今日はこれ以外のものは口にしていない。むちゃくちゃに腹が減る。

が、減らないのは体重である。まあうんこ我慢以降、便秘傾向なのはあるのだが…。酒も飲まず、油物も取らず、これで痩せないのなら…。

唯一、減るべきものの中で減らないもの、それが体重。入院日記が減量日記になってしまうのか。

明日も腹ペコだ。さぞやレントゲンはよく映るだろう。いや、胃袋は関係ない…。


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ゴールデンウィークも終わろうというころ、随分と見舞客が増えてきた。

今日は井内。戸谷と城田。小野。白井一家。病室ではゆっくり話せないので、待合室に案内することにしている。僕が松葉杖に頼らずに歩くので、けっこう驚かれる。若いし、やっぱかもの回復力がすごいみたいな風潮があるけどそれは多分違う。単に最初の医者の見たてがあまりにも恐ろしかったからだと思う。義姉は、歩けるでしょそりゃ。骨盤と歩行は関係ないじゃない、と言ったという。冷静で理知的な意見だ。

したがって見舞客の反応は、思ったより(はるかに)元気そうだ、というもの。

しかし、このフェーズまで回復してみて思う。予想通り、思う。ああ、日常生活に本当に支障がないレベルまでの回復にどのくらいかかるのか、逆に絶望しそうになる。それくらい全快までは遠そうだ。退院なんて一里塚でしかないが、確かに僕も見舞う立場だと想像するに、退院をゴールの半分くらいには捉えて話してしまうかもしれない。

とんでもない! 半分どころか、一割くらいじゃないだろうか。長い長い戦いがうざいということ、そして病院にいては気づかない巷で足の悪いビジネスマンが生きていくといろんなことに不便を感じ傷つくのだろうというマイナスの想像。

ま、それもじわじわと。昨日よりも今日、少しでも回復していることに感謝することが最大の薬だろうよ。

夕方、ママが俊を連れて来てくれた。松葉杖つきながら、一緒に院内のロビーを歩いた。俊が僕の体にふれないように、ママは怖がっていた。そりゃそうだ。少し取り戻した日常と、まだこんなレベルだということが混ざり合ってるでしょ。

確かに彼が何か落としても拾えない。どこかに勝手にスタスタ行くのを先回りして捕まえられない。うーん、戦力外だな、と思う。こちらが夕飯を食べるとこまで見終えて、二人は帰っていった。

今日は疲れた。来訪客が多かったのもあるし、たくさん?歩いた。だから消灯よりもはるかに早く寝ることにした。

その直前にママからメールをもらい、俊がパパいたね、嬉しかったねと言ってた、と。

泣けてきたそのあとに、この子の方がよっぽど感謝できてるかもしれないな、と羨ましくなった。

今日もリハビリ頑張ります。たくさん歩きます。


食事はシンプル。朝、いつものパンとスープを食べ、マーガリンは残した。牛乳がうまい。
昼、五目焼きそばたぶん200g。
夜、ごはん200g、なすの味噌汁、太刀魚の焼き身に野菜ソースがかかってた、大豆とかこんにゃくの煮物。

体重が全然減っていないことが判明した。困るなあ。

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180cmという身長のもつ意味。天井は低く、行き交う看護師が僕を見上げる。そうだ、おれは背が高いんだった。たった数日ぶりに歩かなかっただけで、自分の景色は新鮮だった。ああ、ふつうに生きるって本当に奇跡。

午後、無事に松葉杖の使用許可がおりたことにより、一気に生活の質が上がった感がある。


一方、77kgの体重(入院前。←強調 笑)のもつ意味。この一件で年をとってからの股関節変形症のリスクが非常に高まったらしい。それは起きてしまったこと。ならば体重を減らすしかない。なにぶんまだ体重計の上に直立できないのだから、測れない。
やせてることを楽しみにしているが、動いてないからなあ。

体重は少しずつ節制することにして、まずは歩行だ。リハビリ前、急激な筋肉痛に右脚付け根が見舞われた。ちょっと立ち上がるのが怖い感じもしたが、リハビリの際にマッサージすれば大丈夫と教えてもらい、安心できた。そして確かに丹念にマッサージすると足が楽になる。うーん、しばらくは対話が大事だな。

怖々松葉杖の練習をしたものの、筋肉痛がおさまってくると、徐々に体重を右脚にかけられるようになる。あれ、痛くない。

結局、骨折箇所は普段の歩行の際にはあまり関係がないと、先生の解説。なんや、それ。 だからもう少し慣れれば松葉杖は早々に離れられる気がする。まあ階段とかはちょっと怖いけど。

歩けるなら、退院してもよいと先生。
見えた! いつ?いつ?
どうやら連休明けに抜糸もあるのでそこでもう一度相談することになりそう。

ということは、できることをしっかりやろう。歩く練習。ストレッチ。品行方正に。

この先の方がまだまだ長いのだがまずは一つの目標としての退院。金のこととか、仕事のペースとか、気にしなくてはいけないことはたくさんあるのだけれど。

photo:01


病院内で一番背の高いやつだそう。文字通り相「棒」です。

なんかけが人の象徴のように思ってた松葉杖だけど、今の僕には回復の証です。心の持ちようを変えてくれたと思う。


見舞客は岡本親子。伯父伯母。いろいろ頭を整理する意味でも来客はありがたい。お見舞いいただきありがとうございます。

食事。朝はいつもと一緒、パンのトッピングは微妙なマーマレード。昼、三たび母差し入れのそば、太巻き少々。
夜、肉のない酢豚と、おひたしと、味噌汁、ご飯200g。


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昨日は眠れなかった。傷口がジンジンするのと、隣のじいさんが夜中に10回くらいトイレに行くのには参った。

そんなやや疲れ気味の中で、7時すぎにシャワーの予約に成功。ついについに、5日ぶりのシャワーだ。シャワー室には椅子もついてるからじっくり洗うことができた。めちゃくちゃすっきり。

こうして、車椅子に乗る時間を増やしたり、わざとトイレで右脚に体重をかけてみたりする。

まだ発熱があるため、長い時間ベッドを離れるとまだめまいがするので、要注意。

それと夜になってから、両足のいろんなところが筋肉痛?になってきた。骨や関節が痛いのではないので多分いいと思うのだが。なまり方は半端じゃないことがわかった。

じっくりやらないと仕方ないが、ややペースはあげていきたいもの。明日は松葉杖のリハビリがあるからそこでも聞いてみよう。

photo:01


まだまだ先は長いよ。


お祖母様、鉢呂くんがお客様。
俊にも2日ぶりに会えました。車椅子押してくれました。苦笑 ベビーカーを押すのも得意だからね。

食事。朝、パン2枚と、スープと牛乳。いつもと一緒。昼は母差し入れのなだ万弁当を半分、柏餅。
夜は鳥肉団子?とサラダと、味噌汁、ご飯200g。食後に小さなまんじゅう一つ。胃袋は少しは小さくなったかな。

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前向きに、前向きに。焦るなと言われても、つい前のめりに、励んだ一日。

朝ご飯、うれしかった。ぺろりと、胃がもたれるほどに瞬殺で食べてしまった。

10時に、尿管をついにとってもらった。わーい。抜くときもなかなかの痛さだったが…。そして初車椅子。しかし俊が歩くペースよりも遅いと思われる。でも腕はパンパン。初トイレの往復だけで結構ふらふらになってしまった。

ただ幸い脱臼した右脚つけ根が痛まなかったのは大きな自信になった。

その後、放射線を撮りに行くときも一人で遠征。移動できることがこんなに素敵なんて。そして、午後からいよいよリハビリ開始。

地下のリハビリ場は高齢の方々が歩行訓練、自転車こぎ、膝の上げ下げなどに取り組んでいる。今の私はどこまでやれるのか。痛いのは嫌だなあと、でもリハビリしてるプロ野球選手のドキュメントだと相当辛そうだったなあ、と。

担当の先生は4歳上の男性。スパルタの香りがしたが、超優しかった。まずは寝たきりだったため、両足を丹念にマッサージしてくれる。男の足をマッサージするとはどの商売も大変だな。

簡単な足の上げ下げ、痛くない。
平行棒につかまっての歩行、できるだけ痛い右脚に体重をかけて良いという。これも意外にイケる。

動きもいいと褒められ、よしならもっと歩こうと、その気になった直後に右脚全体に痺れが!ヤバイ!

が、これは血流が悪くなっていたことが原因らしく、先生のいうとおり座って休んだら二、三分で回復した。

いよいよ松葉杖。杖と痛い足を同時に出して、もう片方の足でそれらを追い越すように。激痛の恐怖感はもうなかったため、すたすたイケるやん。

先生からもお褒めの言葉。生まれて初めて運動神経がいい的なことを言われた。(まあ、お年寄りを多く相手にしてるとこだから、さすがに比べればね)これにより、明後日の次回リハビリで松葉杖テストをパスすると、一気に車椅子生活をパスし、二足?歩行に昇格する道が見えた!

自分で動けるようになり、職場にもようやく直接の電話ができた。しっかり治せとの励ましが有難い。部屋も引っ越し。整形外科のベッドに空きがなく、交渉の結果で大人数部屋と同じ料金で個室を使えるようになった!これで俊も見舞いにきやすい!

と、思ったら、整形外科病棟が頑張って調整してくれたらしく、まんまと四人部屋にご案内f^_^;)
ま、当たり前なんだけどね。

体重も落としつつ、余計な荷物も落としつつ、早期復帰に向けてがんばりたい。

明日は朝からシャワー予約合戦だ!




食事は、朝はいつものパン2枚と、スープ、牛乳。昼は母差し入れの菊の井の豪華弁当。夜はスコッチエッグと、酢の物と、味噌汁とご飯200g。

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なんとか寝た。
はやく朝飯が食いたいので、限りなく朝8時に近い時間に起きたかったのに、4時45分に目が覚めてしまった。無念。もうあちこちが痛くて、とても眠れる気がしない。とくに尿をするための管の違和感はすごい。寝ながら変形が起きると、これはもう防ぎようのない変形だけれど、痛みがもう、もう。ある意味患部より痛い。いや、こちらももはや患部。

で、その残念な早起きによって考えたこと。

医師の診察、看護師の献身、手術の手際、再び看護師の受け入れ。すべては役割でまわっている。どちらかといえば、江口洋介とか、松嶋菜々子にスポットがあたるわけだけど、病院が病院である所以は、実は看護師にあるのではないかと。

あの人たちはえらい。人数もたくさん必要だし、医師と同じかそれ以上に勤務時間も過酷だろう。どう考えても夜勤とかえらい。できんよ、普通。
それを日本中の病院がやっている。仕組みがすごいとしか言いようがない。あんな大怪我して、しかも連休中だったのに、もう手術まで完了してしまった。高度な医療を提供し続ける。いや、すごい。

南方仁先生でなくとも、幕末あたりにタイムスリップする人がいたら、そりゃ歴史は変わるでしょうなぁ。

本当に助けてくれてありがとうございました。この感謝の気持ちをなんらか示していかないといかんなと、思うわけ。でも、どうやって? ドクターヘリの寄贈でもする? 何億?

さあ、機能を取り戻し、元気になる戦いが始まるぞ。



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腹減ったー、腰痛いー、傷口痛いー。

先ほど、午前10時に飲んだスポーツドリンク以来の水がどんなハチミツよりも甘くてうまかった。

8時ころ、今日オペと聞かされる。ただし混み合っていて何時になるか分からないとも。
したがってその時点で、朝食抜き。昼食ももちろんなし。

で、一時ころかなとか言われた割に、二時になっても三時になっても何も起こらない。ドキドキ感だけが募る。ついにはまちくたびれてふて寝した。

起きたら3時50分。一度は、蒲原さんの順番はあと二人先だから、はやくても六時かなとか言われたのに、すぐさま手術室から電話があり、いまから来てくれと。1605手術室入室が決定。決まるときはこんなもの。

心の準備をもう一度し直して、いざ。

生まれてはじめての全身麻酔。そのあときもちわるくなったりしたけど、こりゃ楽だわ。点滴で麻酔が入ってくるのがちょっと痛みがあるなと思ってたら、なんか意識がシャットダウンされた感じ。いや、普段の睡眠がシャットダウンなら、いきなりコンセントを抜かれた感じか。

見てた夢すら覚えてない。次の瞬間には、手術台からベッドに移され、酸素マスクとか、心電図見る電極とか、手術を受けた患者の三種の神器がフル装備されてた。

とにかく麻酔の残った感じが気持ち悪くて、嘔吐。といってもなんも吐くものないの!

で、まだ傷口は痛くなかったんだけど、無理やり眠った。気持ち悪い中で先生が言ってたのは、術後、つまり今日から歩けるようになるまで一週間。それまでベッドから出られないと。

耳を疑った。そんなのないじゃん。だけどいまは気持ち悪いのが先。それ聞いて余計に気持ち悪くなる。

まずは眠る。妻と母にも帰ってもらう。

起きたら先生がいたのか。先生に起こされたのか。その辺はよく分からないけど、なんだかレントゲンをよーく見てくれたらしい。そしたら、手術がうまくいったので、明日から歩いていいですよとのこと! なんでも、ボルトを一本で固定しようと予定していたが、骨盤が大きくて二本つけることができたのが良かったらしい。大きな身体に産んでくれて、お母さんありがとう。これで変な角度に右足の付け根を曲げさえしなければ、うんこもしていいらしい。外で電話もできるだろう。

明日になれば、ベッドから脱出だ。すでに肩、腰、背中のこりは限界に近い。

人間の身体は、胴体が中心でそこに頭部と四肢がついている、生えているってことを実感させられる。この胴体ですべてを支えるというのは無理がある。だから胴体をずーっと横たえているのはおかしい。そのおかしいことをやっとる。

普通に生きていることにもっと感謝しなくてはならない。両手さん、両足さん、明日からもよろしくね。そして、少しでも胴体さんが痛まないようにみんなで今晩は体を支えて寝ようね…。





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