夜更かし王子が日付をまたいでも寝ない、という事態になった。
リビングでは眠いそぶりを見せないし、美沙が寝室へ連れていってもベッドの上を世話しなく動く。

一緒に寝る日にパパがベッドを脱出し、ひとりリビングに行くとぎゃんぎゃん泣く。

なんで、そんなに寝ないのか。

パパが寝ない子だったからだって。

だとすると、文句は言えない。というか、ママごめんm(._.)m

でも、午前様の一歳児って…。発育は大丈夫なのか。今のところ大丈夫だ?

眠くなる呪文って、どこかで習えないかな。

最近できるようになったことを書いておこう。

何しろ成長記録なわけだから。



1、どーも。

  どーも、とか、こんにちはって言われるとお辞儀する。

  笑顔付なので、べらぼうに可愛い。


2、カンパイ!

  自分のボトルでカンパイができるようになった。

  一回、カンパイすると4~5回連続でカンパイを要求する。

  そのたびに一口水を飲んで次のカンパイをする。のんべえの資格十分。


3、バイバイ

  じじばばにも、道行く少年にも、犬にもバイバイができるようになった。

  これも笑顔つきなので、すこぶる評判が良い。

  今朝は初めて休日出勤に向かうパパを、笑顔で見送った。

  パパのやる気、もちろんアップ。


4、もしもし

  携帯電話を耳に当てて喜ぶ。なんだか芸に近い。


5、よーいどん!で小走り

  ゲヘゲヘ言いながら、駆け足で走れるようになった。

  ちょいちょいこけるが楽しそうだ。 



猫のことをにゃんにゃんと呼ぶし、タクのことを「ぬ」(=いぬのことか)とか

「ないない」(=ワンワンの言い間違いか)と呼ぶ。

平日の間に、どんどん言葉も覚えている。あーあ、あっはっはなどの簡単な言葉をもっと使ってあげようかな。



首都高湾岸線葛西が通行止めになり、大渋滞。親父は飛行機を乗り逃した。

航空会社に遅れる旨、連絡してくれと何故か会社にいる息子を頼る。電話を受けたのは常務との会議直前。電話番号を調べただけでも褒めてほしいくらいだ。母は母で、通行止めらしいが高速を降りたほうがいいのか?と新宿にいる息子に聞く。降りるも何も、「通行止め区間直前のインターで降ろされるでしょう」以外に、アドバイスのしようがない。

乗り逃したが、翌日の便がとれたからか、意外にあっけらかんとしていて、夕方はまたしゅんに会いに行くという。

夜、私が実家に顔を出そうかと聞くと、そこまでしてくれなくともよいという癖に。

さて、短期集中で会ったためか、川っぺりの散歩が聞いたか、今夜はずいぶんしゅんが楽しそうだったらしい。

一度、美沙が電話をかけてきたときには、遠くでご機嫌にじじばばと遊んでいるしゅんの声も聞こえた。

ひとり蚊帳の外の私が、事後、実家に電話をかけたら「しゅんちゃんがコアラのぬいぐるみがコアラというものだとはっきり認識できるようになったよ!」といつになく明るく自慢げな親父。

航空会社に連絡してくれなどと泣きついたのは忘れてしまったのかな。

で、電話の最後は「日曜の夜は何時からスカイプできる?」だから、ずっこけるしかない。



親孝行 しすぎるほどに つけあがる
我が家に赤ちゃんが生まれて、まだ一年半も経っていないのにその赤ちゃんがあっという間に大きくなり、赤ちゃんではなくなってしまった。

電車でよその赤ちゃんに会っても、にこにこしてしまうが、今ではしゅんが赤ちゃんだったころが懐かしくすらある。

単に時間経過の早さを感じているのではない。改めて、病気ひとつせずに毎日笑顔のやんちゃボーイがそこにいることが特別なんだと感じる。

毎日、欠かさず毎日、そのことに感謝をして、僕は生きないと。一日一日が特別であり、特別が続いているのは奇跡だ。

まだまだ一歳児だけど、そりゃ体が大きくなって歩けるようにもなれば、以前よりは心配事が減った。(親が慣れたのも大きいけど)

今も可愛いけど、一年前のしゅんも可愛かったなあ。でへへ。
ただ、成長が楽しみでもあり、今も楽しい、とか言い出すとばちがあたるかもしれないから口には出さない。

ま、また赤ちゃんに会いたいと、そろそろ弟か妹をせがんでみよう。

子育て日記が子作り日記になる日は来るか。来ない、と思う。


先週、我が家夫婦の会話の中でどちらかが違う大学に行っていたら、しゅんが生まれてなかったかも、などと話した。冗談で「そしたら、しゅんじゃなくて、ちゅんが生まれてたかも!? ああ、しゅんでよかったね」と美沙に言ったら、それを肩車されながら私の頭上で聞いていたしゅんが、うきゃうきゃ喜んでた。多分分かっていたんだと思う。また可愛かった。
日々どんどん幸せになっていく! しゅんとパパの成長記録-110917_18504111.jpg

同日夕方、祖母の家に移動し、みんなですき焼き。

「みんなで」の内訳は、祖母、父、母、私、美沙しゅん、老犬たく。

家に着くなり、たくの散歩が必要と分かる。本来なら母が散歩役だが、すき焼きの準備があるので、私が代役を買ってでる。

そして当然、一緒に行きたがるしゅんのアテンドに親父をつけた。

たくの引き綱を持ちつつ、しゅんの面倒を見ることはできない。

自然と親父がしゅんの手を引いたり、階段を下りる手助けをすることになる。

以前より若干は、しゅんもじじいを頼る。

で気付いたら成城学園、川沿いの遊歩道を、じじいがしゅんを抱っこしながら歩いていた。1歳児とはいえ大型なので、こけないか、あるいは腰を痛めないか心配したが、「大丈夫、大丈夫」とか言ってた。

遊歩道からの夕焼けがきれいで、また高架の上を小田急線が走り抜ける。最近電車好きになってきたしゅんが反応する。

それはあまりにものどかで、癒されて、親孝行と自画自賛したくなる景色だった。

まもなく父はスカイプじいさんに戻る。しゅんは同一人物と分かったらいいなあと思う。

願わくは感謝であふれる今の暮らしが続きますように。
うっかり日曜は美沙が出勤でしゅんと僕がふたりきりで留守番なので「よかったら一緒に留守番する?」と父に聞いた。

隣にいた母が先に「ぜひ」と言った。

父は生しゅんに会ってるときも、まるで積極性がない。常に見ているだけ。しゅんが近くにいるのに週刊誌を読み出すほどずれている。うれしくないのではない。面倒臭いのでもない。要は、見ているだけで十分であり、自分から何かを仕掛けるほどの引き出しもない。

イクメン中級の私、また世話焼き師範代の母からすれば、それが歯がゆい。

だから母が先に「私がじじいを送り届けるから、ぜひ孫との時間を」と食いついた。当の本人は「どちらでもいい」と。ちょっと蹴っ飛ばしたい。

で、日曜。

私は珍しくしゅんより早く起き、機械的に自分の朝飯と、スーツの整理を済ませる。

ほどなくしゅんが泣きながら起床。迎えに行くと満面の笑顔に変わる。HPとMPが全回復する。今なら洞窟のボスでも倒せるかも。

そして、ぞうさんのさんぽ他、新たなコレクションを読みまくる過酷なノルマを達成しつつ、父の到着を待つ。

11時。来ない、連絡もない。なんだあいつ。
しゅんがわずかに眠そうなそぶりを見せたので、昼寝を試みる。・・失敗。

12時。わんわん騒ぐので、バナナを与える。鎮まらないから、そのまま昼飯へ移行。カレーを解凍する間も、待ちきれないという抗議を一身に受ける。

12時半。たまらず母に電話したら、今から行くと。遅いんだ、コノヤロウ。

しゅんの食事と、おむつ交換が終わったところで両親登場。最初にやったことは前の日に買っておいた父の弁当を温めること。もう一度言う。コノヤロウ。

まもなく大将が、外出をねだりはじめる。そこで父母、老犬とともに近所の公園へ散歩。父はひたすら新品のビデオカメラで録画するだけ。しかもやけに遠くから。被写体の近くで撮影するのは基本中の基本だ、コノヤロウ。

母と犬は実家に戻り、いよいよ三人で留守番。帰宅してもしゅんは眠そうなくせに寝ない。父に絵本を読ませても、不慣れなのが伝わるのか、しゅんはすぐにこちらに来て「おまえが読め」と私に絵本を差し出す。

眠くなる念を込めながら絵本を読む。だが、なかなか効かない。ふと、疲れて父を見遣ると・・・寝ている! 本日4回目のコノヤロウ。何しに来やがった。出て行け、とは言わない。

2時。ようやく、しゅんが寝た。さすがに疲れたぁ。居眠りしていた父が目を覚まし、しゅんが寝たことに気づく。優しい息子がうっかり「疲れてるならしゅんの隣で一緒に寝る?」。本来なら家を追い出されてるはずの父は「じゃ、そうさせてもらおうかな」だとさ。

軽い皮肉のつもりだったのに…泣く泣く寝室へ案内した。何も世話をしなくてもいいけど、しゅんが二人いるのとあまり変わらない。


私は、母に報告の電話を入れた。感謝と謝罪を言う母。

あー、でも今日の父を私に置き換えて、私を美沙に置き換えると、美沙の気持ちがよくわかる。

そうか、親父はあえて使えないじじいを演じて、私に妻の大変さを教えてくれたのかっ!


それは、ないと思う。
最近のしゅんの愛読書だ。筋書としては、ぞうさんが散歩に出かける道中、カバだの、わにだの、かめだのに遭遇。一緒に散歩しようと、オファーすると、背中に乗せてくれるならいいよと言われる。力持ちだね、などと褒められながらダチを乗せていくと、最後は重さに耐えられなくなり、みんなで池の中に落ちる。しかしながらみんなご機嫌で池で遊びましたとさ、というこれといって、深い話しもなければ、学ぶこともない簡単な内容。

この絵本を朝晩5回読んだ。三連休を通じて15回以上読んだ。

発見1
いつも必ず「ぞうくんはちからもちだね」と褒められるところで、喜ぶ。このポイントはずれない。

発見2
10回も読めば、こちらはほぼ暗記できる。夜、ベッドにまだ行きたがらないときでも冒頭をそらんじていると、はたと気づき、絵本のあるベッドに向かう。ちゃんとぞうさんの絵本のことだとわかっているんだなあ。しみじみ。

発見3
読み聞かせは教育にいいらしい。本を読み終わる度に少しずつしゅんの顔つきが賢くなってる気がする。壮絶なばか親。

発見4
ぞうとかばを一人二役で演じると、意外に楽しい。美沙にもうまいとほめられる。紙芝居やさんでもやってみようかしら。
しゅんの前歯の色が変わっている。

妻はしばらく前から気づいていたが、今週火曜にこどもちゃれんじの購読を勧めるDMを見てから、急に不安になった。

歯磨きの重要性と、そのためにはうちの教材が最適だということを訴える内容。その中に、歯の色が変わるのは幼児の虫歯の初期症状である可能性と書いてある。

ネットで調べたら、さらに不安になったという。いわく、夜泣きが多く母乳を一日中飲んでいた子は虫歯になりやすいとか、間食が多い子は危険が高いとか。

冷静に考えると、しゅんの食欲はすさまじいが間食は多くない。妻が一日最大2回とコントロールしている。また離乳したのは一歳の直前だから、別に人より長かったわけでもない。

ところが彼女はつい一月前、産後初めて歯医者に行ったら、自分の歯に虫歯がいくつか存在していたことに大きなショックを受けていた。

しかも遺伝的に歯が弱い。だからしゅんの歯も弱いものと思い込んだらしい。

その日から、しゅんの大切な歯を守れずに母親失格と自らを責め、食欲をなくし、夜も眠れなくなってしまった。

今からでも虫歯の進行を遅らせられればと、いつも以上にしゃかりきにしゅんの歯を磨く母。その気迫に戸惑う息子。

木曜日、憂鬱に歯医者に向かう。すぐに虫歯ではなく、「変色はよくあること」で片付けられた。そしてここ数日のリカバリー歯磨きを「ちゃんと磨けてますね」と褒められるおまけまでついた。

本人は初の歯医者に泣き通し。とくに診察台で母と助手二人がかりで抑えつけられてる間の泣きっぷりはすごかったらしい。かわいそうに。

フッ素処理とやらをしてもらい、虫歯になりづらくなったというから結果的にさらにパワーアップした息子さん。

相変わらず向かうところ敵なしだ。

ちなみにしゅんの歯の色が変わっていることは知らなかったし、仮に虫歯だったとしても、永久歯に生え変わるべ的なのんきな私です。


でも歯は大切に。
自分も、彼のもちゃんと磨きますよ。
土、日と連続して妻子は、外国から帰還したじじいとばばあに付き合ってくれた。しゅんに会いたいだろうから、と妻も、連日一緒に飯を食うことも快諾してくれる。

両親も、しゅんを大義名分にして、遊びにきやすい。

しゅん誕生後は自然と互いの両親とも絆が深くなった。義父母にはもともとよくしてもらっていたが、会う回数も会話の量もぐっと増えた。なんとなくしゅんを可愛がっている姿は、この私をよい印象に見せるのだろう。しめしめ、ではあるが、常に中心にはしゅんがいる。存在が偉大としか言いようがない。

で、あまりにも可愛がり過ぎているので、ちゃんと叱るときは叱るべしと、両親から指摘された。まあ私はともかく妻は割に厳しくしてると思う。

四六時中見ているわけではないくせに、とも思ったが、確かに親の立ち位置が狂っていたら、苦労するのはしゅん。気をつけようと思った。
本当に彼のいる暮らしは素晴らしい。

さて土曜は、結婚式があり、息子とじじいの感動的な対面には立ち会えなかった。
ちなみに、直接会ったときは、周りの目があるからか、じじいは泣かない。

で、私は日頃の疲れを残しながら、昼から酒が飲めることにはしゃいでしまった。ごめんなさい。

その後同級生だけで飲みに行ったのだが、この年齢になると、子持ちの割合のほうが高くなる。7人の集まりで、子供二人…2、子供一人…3、子供なし…1、独身…1だった。

思ったこと。
授かりものなのだから、早く子供を作った方がいい、は大きなお世話。いろんな事情がある。

でもちょっとくらいの自慢なら「うちの子供がいかに最高か」は相手を不快にはさせないのでは、と。

しゅんくんがこれから、僕らだけでなく、多くの他人から愛されるようにするには、本人の努力も大事だけど環境を親が整えないと。がんばりますo(^-^o)(o^-^)o
再三登場しているグルジア在住の父が明日休暇で帰国。

最大の楽しみはただただ俊介とのふれあいだ。

2月の途中でつかまり立ちしたので、生で歩くのを見るのは初めて。一緒に散歩とかしたら卒倒すると思われる。

それくらいデレデレ。帰国中にたまたま鼓童のチケットがとれたと母が誘ったが、自分は俊介との留守番を選ぶという。そして、たとえ1対1でも大丈夫だと豪語したらしい。・・面白い、やってもらおうか。

スカイプで眺めるだけなのと、実際とではどれだけ違うかわかるまいが、それなら教えてやる、やんちゃで大食漢で(以下略)と、小一時間説教したい。

まあ、見通しも激甘になるくらい愛しているのはいいことだと思う。

振り返ると、懐妊のとき、エコーの胎内写真を見せたとき、誕生のとき、そのあとも孫に関わるときの両親の喜びようは常に予想以上だった。


ああ、子育てって人に幸せを運ぶこと、自分にも幸せが運ばれることなんだ。

妻にこうも言われた。「休みのときは、あなたがしゅんと義務的でなく、本当に楽しそうに遊ぶから、平日しゅんの世話をしていて大変だと思わずに、いつも楽しいと思える」

そんなふうに見えるなら、いいことだと思う。


俊介さん、まわりは愛情だらけだよ(笑)