20080720 日本経済新聞 朝刊
人生最大の負債(借金)ともいわれる住宅ローン。家計の負債に占める比重は大きいだけに、金利の上昇は深刻な影響をもたらす。現在の物価高騰は全般的な金利上昇に結び付いていないが、このまま物価高が続けば、将来の金利上昇によって返済負担増に直面する恐れ(金利リスク)がある。住宅ローンの中で金利リスクの大きい商品はどんなタイプなのか、探った。
デフレ下の低金利や地価の割安感を背景に、家計は住宅に絡む負債を膨らませた。金融広報中央委員会のサンプル調査(二人以上世帯対象、二〇〇七年)によると、借金を持つ世帯の平均債務額は千四百八十二万円で、うち九三%が住宅ローン。この比率は〇二年に比べ約二〇ポイントも上昇し、残高自体も四五%増えた。
金利リスクも多めに抱えている。国土交通省の調べによると、〇七年九月末時点の住宅ローン残高のうち、変動金利型が約三六%。二―五年など短めの固定金利期間選択型(当初期間は固定金利で、期間明け後に改めて金利を決定)も合わせると約七七%。金利リスクがない全期間固定金利型は約六%に過ぎない。
今後、金利が上がった場合、金利リスクにさらされそうなのはどんな商品か。代表的な例を二つ取り上げる。
未払い利息の恐れ
まずは変動金利ローン(元利均等返済)。金利は半年ごとに決まるが、返済額の変更は五年おきとズレがあるのが普通。負担の激変緩和措置だが、そこに落とし穴がある。
五年間は返済額が変わらない一方、金利上昇が続けば返済額に占める利息分の割合は上昇する。やがて返済額のすべてを利息が占めるようになる。いくら返しても元本は減らない状態だ。さらに返済額より利息が大きくなると、返済額の範囲内では利息を払いきれなくなる。払いきれない分が「未払い利息」だ。
未払い利息や当初の想定ほどには減らせなかった元本などは、次の五年間の返済額に上乗せされる。返済額は一般的に最大で前の五年間の一・二五倍まで膨らむ。急に五割増などにはならないが、その結果、返済の最終期限まで未払い利息や元本が残る恐れがある。最後に一括返済を求められる心配があるわけだ。
未払い利息はどんな場合に発生するのか。住宅ローンの相談業務を手掛けるホームローンドクターの淡河範明代表取締役の試算では、三千万円を三十五年間の元利均等返済(ボーナス払いなし)で借りた場合、金利(現時点で一般的とされる二・八七五%とする)が半年おきに〇・五%上がると、約二年で未払い利息が発生する。一年おきに〇・五%上がる場合は約四年だ。
次にリスクが大きいのが、短めの固定金利期間選択型のローンを当初期間大幅優遇で借りている場合だ。優遇とはローンを原則的な水準(店頭基準金利)より安い金利で借りることで、給与振込口座を作るなどすれば使えるため普及している。当初期間大幅優遇は初めの何年かに金利を多めに割り引き、その後割引幅が縮小する。すべての期間、一定幅を割り引く全期間一律優遇と並ぶ二大商品だ。
三大銀行(三菱東京UFJ、みずほ、三井住友)で当初期間(十年まで)の優遇幅が最も大きいみずほで、三千万円を三十五年の元利均等返済(ボーナス返済なし)で借り、五年間の当初期間大幅優遇を使うとする。当初五年間(店頭基準金利三・七五%、優遇幅一・七%、優遇金利二・〇五%)の毎月返済額は約十万円。問題は六年目以降だ。優遇幅は〇・八%に縮小され、基準金利もその時点の金利を適用するが、金利水準が全般に上昇していると、文字通りダブルパンチに見舞われる。
グラフAでは当初優遇期間が明けた時点の基準金利が五年前に比べてそれぞれ一%、二%、三%上昇したと仮定し、毎月返済額を試算した。三%上昇の場合は、約十六万円と六割も増える。年間増加額は約七十二万円。「三%上昇」は五年間に日銀が五カ月おきに〇・二五%ずつ利上げすると実現する可能性がある。
長め「固定」も一手
金利リスクの回避や軽減には、全期間固定金利あるいは長めの固定金利期間選択型を全期間一律優遇金利で選択するのが一つの方法だ。人生設計も立てやすくなる。ただ、そうしたタイプの金利は現在高め(グラフB)。資金に余裕がない人は購入物件の価格を抑えるなど、金利以外の部分で返済額を抑える工夫をした方がいいかもしれない。
リスクの大きいローンを既に借りている人はどうすればいいか。三大銀行では変動金利型で借りていても、通常は月ごとに固定型に変更できる。一方、当初期間大幅優遇金利で短めの固定金利期間選択型を借りている人は、全期間一律優遇金利型への変更はできない。当初期間の期限が来れば、より長めの固定金利への変更は可能だ。
将来も金利は大きく上がらないならば、足元では低めの変動金利や期間の短い固定金利期間選択型で借りた方が賢明だ。実際に国際的な金融市場の不安定さなどを背景に、当面、金利上昇圧力は抑えられる可能性もある。ただ、二十―三十年という長い期間でみれば、過去には変動金利が八%を超えた時期もあり、過信は禁物(グラフC)。長期的な視点を持って柔軟に対処するのが大事だ。
(編集委員 清水功哉)
固定のローン金利に「ポスト・デフレ」の状況を反映したような上昇基調がみられる一方、変動金利はほとんど上がっていない(グラフB)。なぜか。変動金利の変更は春と秋の二回という事情もあるが、短期金融市場での金利操作を通じて変動金利に直接影響を与える日銀の金融政策に現時点で動きがない点が大きい。
物価高にもかかわらず日銀が利上げしないのは、今の物価上昇は好景気による需要の強まりではなく、原材料価格の高騰で起きているためだ。利上げは物価高で弱まっている需要をさらに弱め、景気にマイナスと分析している。
早期利上げの可能性は小さそうだが、日銀が静観を続けるとは言い切れない。将来の物価上昇予想が増えると、物価高を受け入れる雰囲気や安いうちに買おうという心理から、需要が強まることもあるからだ。物価高と賃金上昇の悪循環に陥れば、日銀が利上げでインフレ心理を冷やす公算もある。日銀はそうした事態が直ちに起きるとはみていないが、物価予想の動向は注視している。
利上げがあれば、変動金利だけでなく、将来の一段高を織り込んで固定金利もさらに上昇するかもしれない。固定金利に影響を与える長期金利(国債利回り)は、中長期的な金利予想に左右されるためだ。変動型で借りる人は、変動金利が将来上がり始めた際に固定型に切り替えようとしても、固定金利もさらに上がっている事態も想定し、金融政策の方向に注意する必要がある。
20080719 日本経済新聞 夕刊
夏休みがスタートした十九日、関東各地は晴天となり、親子連れらが行楽地に繰り出した。ただ旅行の予約は国内・海外とも低調。原油高騰などが家計に影を落とし、遠出を控える人が目立つ。小学生に自宅の節電の取り組みを点検する宿題を出す自治体もあり、“省エネ型”の夏休みになっている。
●行楽地
東京・練馬の遊園地「としまえん」には朝から、浮輪を持った家族連れや若者らが入場券売り場に列を作った。小学二年の長男ら家族四人で訪れた中野区の男性会社員(43)は「ガソリン高などが家計に響き、毎月の貯金ができなくなった。子供は北海道の旭山動物園に行きたいと言っているが、行っても“ケチケチ旅行”になるので悩んでいる」と打ち明ける。
東京・秋葉原の電気街。世田谷区の男性会社員(54)は「ガソリンが高すぎて今年の家族旅行は中止。夏休みは家にこもって五輪観戦ですよ」と苦笑い。「会社でも帰省を控える同僚が多い」という。神奈川県相模原市の男性会社員(53)も「食料品の値上がりで家計は苦しくなる一方。休み中も遠出は避けて過ごします」と話した。
●旅行
「(窓口で)ぎりぎりまで行き先に迷う方が多かった。航空運賃の値上がりで予算オーバーになってしまった人も多い」。JTBの担当者は今年の旅行予約の動向についてこう話す。
同社によると、夏休み期間(七月十五日―八月三十一日)の海外旅行者数は前年同期比七%減の二百二十五万人。国内旅行も同〇・九%減の七千三百五十万人と四年ぶりに減る見込み。
特に海外旅行は燃料費の上昇分を航空運賃に上乗せする燃油特別付加運賃(燃油サーチャージ)が昨年の二倍に膨らんだことなどが影響しているという。
●観光
東京都内を巡る観光バス「はとバス」には十九日から、国内で初めて燃費の良いハイブリッドバス四台が登場。東京タワーなどを回るツアーに参加した千葉県佐倉市の女性会社員(23)は「車酔いしやすい体質だが、震動が少なく気にならなかった。もっと増えてほしい」と笑顔で話した。
東京都江東区は区内の小学五年生全二千八百人に、節電などの実践結果を記録させる宿題を出した。「冷房の利用時間を減らす」「買い物ではマイバッグを持ち歩く」など十六項目について、できたかどうかを毎日点検表に記入する。「家庭全体で環境問題への意識を高めてもらえれば」(同区)と期待する。
【図・写真】プールで遊ぶ子どもたち(19日午前、東京都練馬区のとしまえん)
20080719 日本経済新聞 朝刊
厚生労働省。人が生きるための制度をつかさどる。老後の安心、働く環境、医療の再生、子どもの未来……。頼るべき組織と人に頼りないことばかり起きている。古びた制度や体質が、この国の行く先をさびつかせる。
信じるべき「プロ」がいるとは思えない。
七月三日、東京・世田谷。厚生労働相、舛添要一(59)の自宅は事務所を兼ねる。「医療改革にもパンチがほしいな」。近く発表する社会保障の「五つの安心プラン」に盛るアイデアを、自らボールペンでつづっては消す作業に深夜まで没頭した。
「非厚労族」を自認する舛添。学者から政界に転じ、参院当選二回で重要ポストに就いた。世論はしがらみのない舛添の改革に期待した。ところが年金記録漏れ、薬害肝炎、後期高齢者医療の不手際……。後始末に終わりが見えない。政治生命にも傷が付きかねない。
舛添は六月二十一日、地元の福岡での里帰り講演でこんなことを言っている。「大臣の言うことは聞きやせんのですよ。役人どもは。どうせすぐ辞めるやろうと思うとうとか」。冗談めかして、九州弁で会場を沸かせた。その舛添は一方で、「まだ省内を把握できていない」とも語る。
厚労行政改革。官僚まかせでは社会保障の揺らぎは収まらない。ならば政治。しかし、与党も野党も危機から目を背け、改革はむしろずるずると後退する。
舛添が準備を進める「安心プラン」は首相の福田康夫(72)が突然言い出したもの。柱は厚労行政の信頼回復や高齢者支援という。新味が出にくい掛け声だ。何を目指して何を変えればいいのか。「こちらから持ち出した話ではないけどな」。そう思いながらも舛添は危機感でペンをとる。ただ、舛添にも、もちろん官僚にも、明確な答えが見つからない。
戦時下の産物
座標さえ見失った老朽船。厚労行政は今も古い時代を生きる「戦時下の落とし子」だ。国家総動員法が公布された一九三八年、前身の厚生省は内務省から分離して生まれた。公的年金の土台も戦時の産物。強制貯蓄による戦費調達、労働力の増強。「戦時体制の強化」を狙ったものだ。
戦後は成長のレールの上で国富が膨らみ、人口も増えた。社会保障という「成長の果実の分配」に大きな苦労はなかった。
そして急成長の時代が過ぎ、少子・高齢・人口減の時代がきた。過去の延長線では日本の社会保障は崩壊する。価値軸が「負担の調整」へと変わっているのに、それを説明するすべを持たず、行き先を示せず、制度の手直しにきゅうきゅうとする。それが十万人を超す大所帯に膨れあがった今の厚労行政だ。
五月連休の最終日。八丈島から戻った保険局長の水田邦雄(58)は次官室に向かった。待っていたのは次官の江利川毅(61)ら幹部。四月に施行した後期高齢者医療制度の混乱を巡る首相の福田の厚労行政不信は根深い。福田はこう漏らしたという。「この件では大臣も信用できない」
慌てて新たな資料を作り、翌週から江利川が「首相詣で」を重ねた。制度を説明し直す江利川の話を一通り聞いた福田。納得したのかしなかったのか。「高齢者に報いる政策を考えてほしいんですよ」とだけ言い置いて席を立った。
高齢者に応分の負担を求める改革は、膨張する医療負担にメスを入れる第一歩だった。しかし、総司令官も安易な分配の発想から抜け出せない。
年金記録問題は安倍晋三前政権を直撃し、昨年の参院選の惨敗を招いた。高齢者医療は春の衆院補選と沖縄県議選の敗北の主因となり、福田も深手を負った。与党は厚労省に「戦犯」のレッテルをはった。
自民党の会合で怒号が吹き荒れる。「いつこんな制度を作った。責任は誰がとる」。後期高齢者医療制度を巡る野党の批判の大合唱に、いつの間にか与党も調子を合わせる。「そもそも与党のセンセイは法案に賛成したはずでしょう」と官僚たち。相互不信が改革の方向を見失わせる。
「白地に絵を描けるなら楽ですが」。厚労行政を担う人々の口癖だ。医療、年金、介護、少子化、雇用……。重みを増す難題を一手に担う巨大官庁。ただ、老朽船は前進と後退を繰り返し、白地に制度を描き直す思いに至らない。「すべてを自分たちが扱っているようで実は何も扱えていない」。昨年まで厚労相だった柳沢伯夫(72)はそう思う。(敬称略)
=関連特集4面に
日経ネットPLUS(http://netplus.nikkei.co.jp)で関連情報を掲載しています。
【図・写真】厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館(東京・霞が関)
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「錯覚を起こして過大な年金をつくってはいけない」。旧厚生省出身の千葉大教授、広井良典はアジア諸国の政府関係者に必ずクギを刺す。中国やマレーシアなどの社会保障制度の整備を手伝う広井の目には、「高い経済成長と若い人口構成」を背景に制度拡充を急ピッチで進める新興国が戦後日本に重なって映る。
長期的な視野を欠き、足元の高成長がいつまでも続く「錯覚」に基づいて社会保障を設計すれば、将来、人口動態や社会構造の急変という「現実」に対応できなくなる。高成長に沸くアジア諸国ではすでに出生率が低下する国も多く、日本の経験は絵空事ではない。
「世界に冠たる国民皆保険」を掲げる日本の社会保障は、農村を軸とする地域社会「ムラ」と、企業や職域「カイシャ」を土台とし、そのすき間をつなぐように国がシステムを整えてきた。
一九三八年に旧厚生省が内務省から分離・発足したのは、国民健康保険制度の創設がきっかけ。福岡県宗像市周辺に伝わっていた農民が助け合い、医療を受ける「定礼(じょうれい)」という仕組みがモデルだ。
戦前は国民の健康増進による徴兵率の改善など戦時体制の強化、戦後は成長の果実の分配と生産基盤を下支えし、社会保障も膨らんだ。しかし「福祉元年」をうたった七三年に第一次石油危機が起き、高度成長の時代は終わりを告げる。
節目を迎えたのは、八〇年代だ。ケンカ太郎と呼ばれ、四半世紀も日本医師会会長を務めた武見太郎が八二年に引退し、八三年に死去。この年、元首相の田中角栄が有罪判決を受け、政治の権力構造が変容する。
軌を一にするように、後に「名次官」とたたえられる保険局長の吉村仁が八三年、「医療費亡国論」を唱え、医療費抑制路線への転換を宣言した。「供給が需要を生む」との発想で、医療に切り込んでいく。年金も八〇年代以降は少子高齢化が現実となり、給付抑制が至上命題となった。
国民に負担を迫る改革を担いながら、組織は弱体化していく。吉村は「名次官」とされたが、同じ広島出身で門下生の次官、元社会保険庁長官がそれぞれ九六年、二〇〇四年に汚職事件で逮捕された。厚生省OBは「かつて『広島閥』ともいえる主流派グループが省内にあった」と認める。
エイズやC型肝炎の薬害、社保庁職員の不祥事、年金記録漏れ……。不始末も後を絶たない。〇一年に旧労働省と統合して担当領域は広がったが、重要法案を一つの国会でいくつも通すことは難しい。結局、今年は年金、次は医療、その次は介護、すき間を縫って労働法制と、制度改革の順番が国会対応の論理で決まる。組織も政策も機動性を失っている。(敬称略)