20080719 日本経済新聞 朝刊
「錯覚を起こして過大な年金をつくってはいけない」。旧厚生省出身の千葉大教授、広井良典はアジア諸国の政府関係者に必ずクギを刺す。中国やマレーシアなどの社会保障制度の整備を手伝う広井の目には、「高い経済成長と若い人口構成」を背景に制度拡充を急ピッチで進める新興国が戦後日本に重なって映る。
長期的な視野を欠き、足元の高成長がいつまでも続く「錯覚」に基づいて社会保障を設計すれば、将来、人口動態や社会構造の急変という「現実」に対応できなくなる。高成長に沸くアジア諸国ではすでに出生率が低下する国も多く、日本の経験は絵空事ではない。
「世界に冠たる国民皆保険」を掲げる日本の社会保障は、農村を軸とする地域社会「ムラ」と、企業や職域「カイシャ」を土台とし、そのすき間をつなぐように国がシステムを整えてきた。
一九三八年に旧厚生省が内務省から分離・発足したのは、国民健康保険制度の創設がきっかけ。福岡県宗像市周辺に伝わっていた農民が助け合い、医療を受ける「定礼(じょうれい)」という仕組みがモデルだ。
戦前は国民の健康増進による徴兵率の改善など戦時体制の強化、戦後は成長の果実の分配と生産基盤を下支えし、社会保障も膨らんだ。しかし「福祉元年」をうたった七三年に第一次石油危機が起き、高度成長の時代は終わりを告げる。
節目を迎えたのは、八〇年代だ。ケンカ太郎と呼ばれ、四半世紀も日本医師会会長を務めた武見太郎が八二年に引退し、八三年に死去。この年、元首相の田中角栄が有罪判決を受け、政治の権力構造が変容する。
軌を一にするように、後に「名次官」とたたえられる保険局長の吉村仁が八三年、「医療費亡国論」を唱え、医療費抑制路線への転換を宣言した。「供給が需要を生む」との発想で、医療に切り込んでいく。年金も八〇年代以降は少子高齢化が現実となり、給付抑制が至上命題となった。
国民に負担を迫る改革を担いながら、組織は弱体化していく。吉村は「名次官」とされたが、同じ広島出身で門下生の次官、元社会保険庁長官がそれぞれ九六年、二〇〇四年に汚職事件で逮捕された。厚生省OBは「かつて『広島閥』ともいえる主流派グループが省内にあった」と認める。
エイズやC型肝炎の薬害、社保庁職員の不祥事、年金記録漏れ……。不始末も後を絶たない。〇一年に旧労働省と統合して担当領域は広がったが、重要法案を一つの国会でいくつも通すことは難しい。結局、今年は年金、次は医療、その次は介護、すき間を縫って労働法制と、制度改革の順番が国会対応の論理で決まる。組織も政策も機動性を失っている。(敬称略)
「錯覚を起こして過大な年金をつくってはいけない」。旧厚生省出身の千葉大教授、広井良典はアジア諸国の政府関係者に必ずクギを刺す。中国やマレーシアなどの社会保障制度の整備を手伝う広井の目には、「高い経済成長と若い人口構成」を背景に制度拡充を急ピッチで進める新興国が戦後日本に重なって映る。
長期的な視野を欠き、足元の高成長がいつまでも続く「錯覚」に基づいて社会保障を設計すれば、将来、人口動態や社会構造の急変という「現実」に対応できなくなる。高成長に沸くアジア諸国ではすでに出生率が低下する国も多く、日本の経験は絵空事ではない。
「世界に冠たる国民皆保険」を掲げる日本の社会保障は、農村を軸とする地域社会「ムラ」と、企業や職域「カイシャ」を土台とし、そのすき間をつなぐように国がシステムを整えてきた。
一九三八年に旧厚生省が内務省から分離・発足したのは、国民健康保険制度の創設がきっかけ。福岡県宗像市周辺に伝わっていた農民が助け合い、医療を受ける「定礼(じょうれい)」という仕組みがモデルだ。
戦前は国民の健康増進による徴兵率の改善など戦時体制の強化、戦後は成長の果実の分配と生産基盤を下支えし、社会保障も膨らんだ。しかし「福祉元年」をうたった七三年に第一次石油危機が起き、高度成長の時代は終わりを告げる。
節目を迎えたのは、八〇年代だ。ケンカ太郎と呼ばれ、四半世紀も日本医師会会長を務めた武見太郎が八二年に引退し、八三年に死去。この年、元首相の田中角栄が有罪判決を受け、政治の権力構造が変容する。
軌を一にするように、後に「名次官」とたたえられる保険局長の吉村仁が八三年、「医療費亡国論」を唱え、医療費抑制路線への転換を宣言した。「供給が需要を生む」との発想で、医療に切り込んでいく。年金も八〇年代以降は少子高齢化が現実となり、給付抑制が至上命題となった。
国民に負担を迫る改革を担いながら、組織は弱体化していく。吉村は「名次官」とされたが、同じ広島出身で門下生の次官、元社会保険庁長官がそれぞれ九六年、二〇〇四年に汚職事件で逮捕された。厚生省OBは「かつて『広島閥』ともいえる主流派グループが省内にあった」と認める。
エイズやC型肝炎の薬害、社保庁職員の不祥事、年金記録漏れ……。不始末も後を絶たない。〇一年に旧労働省と統合して担当領域は広がったが、重要法案を一つの国会でいくつも通すことは難しい。結局、今年は年金、次は医療、その次は介護、すき間を縫って労働法制と、制度改革の順番が国会対応の論理で決まる。組織も政策も機動性を失っている。(敬称略)