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不幸のブログ 

三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。


【理解と経験】


ご存知の様に生命の科学は太陽系の他の惑星の天使達が
私達の社会に対して与えてくれた新たなる道徳指針とも言えるものです。


聖書の多くの記述は、天使達のこの社会に対する働きかけを
描写したものでありましたが、


それは彼らがそれぞれの時代の人間の資質に合わせて
この社会に対して与えてくれた道徳指針でもあります。


アブラハムとその神、モーセとその神、
更には悪魔や天使を演じていたのも
全ては太陽系の他の惑星の人間達であり、


私達はその事を理解できていないだけでした。


もしも私達の理解が進めば、生命の科学=宇宙の法則も
おそらくは新たな天使達からの道徳指針として
受け止められる事になると想像しています。


モーセの時代には野蛮人であった私達人間に対して
人としての最低限の指針を与えてくれた上で、
厳しい戒律を課して無法者に近かった私達の祖先を正したように、


その後には、私達がある程度人間としての心のあり方を
踏まえる事が出来るような時代になると


次にはイエスキリストが現れて
目に見える行為だけに捉われるのではなく
胸に秘める想いも大切なのだと説いてくれたように、


今度は知性的発達をある程度遂げるに至った
私達地球社会の今現在の人間に対して、


彼らの生活の根底に存在している宇宙の法則を問いて
私達を導こうとしたのがアダムスキーと共に編纂してくれた
宇宙の法則だと言えます。


つまり私達は天使達の教えの原点を学ぼうとしているのだと
理解してください。


そしてそのために必要な最低限の指針は
すでに私がブログで書き綴ってきたとおりです。


この中でもブログで書き綴ってきた内容を
ふんだんにちりばめて行く事になるかと思います。


アダムスキーがこの社会の中で二通りの役目を果たしていた事を
記事で綴った事があります。


あの人物は、一方では天使達の存在とUFOの存在を広報する事で
この社会に真理を伝えようとしたのですが
それでは全ての人間には行き届かないことを悟り、


もう一方では天使達の作り上げたシナリオをこの社会の中で実践し
自らはその中の役者の一人として演技を続けてきたと言う話でした。


実は、私も同様の立場の人間であると理解して頂ければ
皆の謎も解けるかと思います。


私は自分が課されていた役目を少しばかり過激に演出する事になり
更には一部誤解をしていた事もあって、多くの方にも迷惑をかけましたし


多少は誤った価値観を持っていたために
ずれた解釈をもする事になってしまいました。


時には持ってはいけない不安や恐怖を
皆に感じさせる事になるような発言をも繰り返してしまいました。


今後は多くの方々の活動の推移を見ながら
誰の迷惑にもならないような形で
地道な活動をしていく事を選択する事にします。


そしてそれを具体的に表現したのがこの講義だと言うことです。


古くは天使達がこの社会において演出して見せた精神改革活動を
今度は私達が自ら実行する事で精神進化を果たすことを求められている。


せめて私達だけでもその事を理解すべきかもしれません。


ただ、私達が目指すべきは出来るだけ誰の事も批判しないで
尚且つ誰の毒にもならずに、その上で自ら進化を果たし
更に多くの人間の精神活動の指針となるように勤めること。


その事を意識に深く刻んで頂きたいと思います。


私達は自分達が知っているカタストロフィーを
一般市民には語らないようにする必要があると言うことです。


しかしこの社会の現実を見ればこの生存のための精神改革活動も
未だ十分に行き届いてはいないのかもしれません。


未だ理解不足の人間が少数は存在しているでしょうし
本来の目的に気がついていないような人間も
少なく無いようだからです。


ただ、これが正しく実行されるようになって
この社会の8割の人間がその流れ中に収まるようになれば


少なくとも戦争や争いに関しては
消えてなくなっていくのだと確信してもいます。


一方で夢のある話をすれば、
私達の社会の中から一気に多くの魂が
新しい世界へと転生していく機会にも見えます。


私達が目指すべきはまさにそれです。


そして出来るものなら私の兄弟姉妹には
残りの8割の人達に真理を伝えるための模範となるような


そんな存在になる事を意識して
これを学んで行って欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

夜間には生命の講座の続きを出します。



これは過去記事の再更新になります。



生命の講座を続けるにあたって、
私達が学ぶべき事を少し解りやすく簡単にまとめてあります。


生命の講座を理解するための参考として下さい。


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私に封書でレポートを送ってくれた方々ありがとうございました。



少ない人数ですが私はそんな人達にも励まされました。


実は私が貴方方に関わる事で今度は間違いなく

貴方方に迷惑をかける事になるという指摘を受けました。


レポート提出は私が言い出したことですし、

本当は皆と間接的にでも交流をしたかったのですが

それがままならない状況に置かれる事になりそうです。


本当は直接封書で届け、若しくは連絡したいのですが

敢えて断念させていただきます。


その意味を理解して頂ければ

今の私の置かれている状況も想像付くかと思います。


ただ、私はそんな貴方達のような人達のためにこそ

このような記事を書いているんだと言う事だけを理解して欲しい。


ちんけな言葉ではありますが

例え今辛い想いをしていたとしても其れをバネにして頑張って欲しい。


そして私のような人間の言葉を

生きる糧としてくれたそんな人達がいることを

私も自分の生きる糧として残りの人生を送りたいと思っています。


私が理解者と関われない事情は

影の活動を知っている人間たちであれば知っているかと思います。


これも私のこの生に於ける役割であり

課題なのだと理解して頂きたいです。


お手数かけて本当に申し訳ありませんでした。


手紙は私の宝物とさせていただきます。

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この社会ではかなり以前から地道に続けられてきた
真の精神改革運動の事をもう一度思い出してください。


本来、生存のための精神改革活動と名づけられた其の運動は
一般人の見えないところで地道に活動が続けられ今に至ります。


ただ、これは残念ながらこの社会を完全なる平和へと
導くには及ばなかったようで、


未だに心無い人間達や特定の価値観を持った人間達が
其の運動の真の意味を理解できずにいるようです。


大元の意味を理解できずに続けられれば、
時には特定の人間達のエゴを満たす事に利用されかねません。


そんな実態がこの社会にも反映されているわけです。


私はこの活動の中の広告塔の一人だったようです。


私のような立場の人間はこの社会の中に結構多いかと思います。


それぞれが本来は独自の役目を持って広告塔となり
多くの人間達の精神向上を図るきっかけとなる事を求められていたようです。


ただ、それが必ずしも正しく機能してはいないのが
今のこの社会の実態のようです。


それが少しでも改善される事を願いつつ
記事を書いています。


本当の「生存のための精神改革活動」

天使達がこの社会を見放さない限り、

そしてこの社会が存在する限り延々と続けられる事になるはずです。


そしてこの社会に真の平和が齎された時こそが

其のゴールとなるはずです。


今は未だ其のゴールが見えていませんか

この活動が世界的に広がり浸透してこそ

この社会には真の平和が訪れる事になる。


私はそう確信しています。

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本題です。



生命の科学を学ぶと言う事は
究極的には宇宙の法則を学び理解する事ですが、


最初に断っておけば、少なからずこの生命の科学は
今のこの社会の中で幸せになるためのものではありません。


勿論、置かれている環境やその人の担わされている課題によっては
この生において心地良い状況を手に入れる事もあるのでしょうが、
私達の主たる目的はエゴの改善であり魂の進化です。


エゴの改善をするためには私達は随分と不快な想いをする事になりますし
其の過程は決して心地良いものではないのです。


自分の心を自らの理性と魂の導きを持って矯正する事が
私達の中心課題となります。


つまり、私が示している宇宙の法則とは
単に”引き寄せの法則”や”波動の法則”と言った、
宇宙の法則の現象面を捉えるものとは異なると言う事です。


確かに私達には、何事も前向きに生きること、
更には負の想いを持つのではなくて正しい想い、
創造主の意識を持つ事が求められています。


しかしその正しい想い、前向きな想いと言うのは
単に楽観的に物事を眺める意識ではありません。


私達、地球社会の人間の価値観では
ネガティブな想いを排除し、ポジティブな想いを持つことこそが
重要だと言う事になります。


ただ、ここでも気をつけるべきは、
そのポシティブとネガティブの判断基準を作り上げているのも
私達の心の価値観であり、


それは決して普遍的な判断基準では
有り得ないと言う事です。


私達の持つべき意識は、良くないものを想定せずに
何事も楽観的に思考する事ではなくて、


最悪の状況から最高の状況までを想定し
其の中で最高の状況を実現しようと意識して行動をする事です。


更には良くない現象を見つめてそれにネガティブな意識を持つのではなく
そして良い状況を見つめてそれを能天気に見つめるのではなくて
冷静な意識を持ってそれを眺める事の出来る思考を培う事だと言えます。


その意味では、引き寄せの法則、波動の法則と呼ばれているものよりも
もう一段高い意識を持って自分の魂の改善を図る事が
私達には求められていると言う事になります。


そしてこれは、私達が精神を進化させて
本来あるべき自分の姿を取り戻すための指針なのです。


もっと言えば私達が普遍的真理を求めるための手段でもあります。


更に、私達がこの生で目的とすべきは
自らの精神を進化させて、それと並行して脳を進化させる事でもあります。


脳が進化すれば未知能力も目覚めますし、
そうすれば意識(魂=精神)を余計感じやすくなります。


そしてそれを更に進化させては再び脳の進化へと繋げていく。


その結果、進化した魂=精神は、次の生では
その進化にふさわしい肉体を表現する事になります。


私達は其の事に無自覚なだけで、
実際はそんな過程を延々と繰り返しては


究極的には脳が100%機能できる創造主のような存在へと
変貌して行く事を求められているのです。


しかしこの社会では私達が無知ゆえに、それが実践出来ていないために
私達は魂の進化を自覚する事なく、
同じ程度のレベルの精神状態での転生を繰り返しています。


そしてその生ごとに、心ばかりを使用して生きているために
肉体の死と共にその記憶を失っているのです。


その不毛のローテーションから抜け出すためにも
私達は生き方を変えなければならない。。


そのためにも私達は、自分自身の事をもっと深く理解しなければなりません。


そしてこれが生命の科学を学ぶ
表立っての動機でもあります。


そしてこれは新約聖書の中でイエスキリストが自ら実践し
12使徒へと与えた”イエスの神の国の奥義”でもあるのです。


私達は2000年の沈黙を破り
その事を今学んでいます。


イエスキリストの語った”永遠の命”とは


【記憶を持った状態で転生を繰り返すこと】


つまり生命の科学を学ぶ事で私達が与えられる褒美は、
永遠の命を手に入れることです。

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まず、私達が生命の科学を学ぶに当たっての一番の目的は
地球社会の人間は自分の事を半分しか理解していないという実態を
理解する事です。


私達はこの三次元と呼んでいる世界で肉体を持ちながら
目に写っている空間だけが自分達のすべての世界だと信じて
生きています。


しかし現実には私達は肉体を持って三次元を生き
霊魂=精神を持って四次元を生きている存在です。


私達は肉体に霊魂を重ねて生きているのですから
私達は三次元と四次元を同時に生きている存在だという事になります。


ただ、私達は四次元を生きているという自覚がなく
同時に四次元的な出来事を体験しても
それを四次元的な事象であると理解する事が出来ません。


その結果、四次元的な事象を体験したとしても
それを心を持って三次元的に理解しようとするために
正しく認識することが出来ず、


全てをオカルトとか神秘現象といわれるものと
一まとめにして心の奥底に投げ込んでしまい、
その実態を理解する事が出来ずにいるのです。


例えば四つの感覚器官を持って受け止めた三次元の現象も
魂を持って受け止めた四次元的現象も、
共に私達の脳機能を持って再現されることになります。


三次元から受け止めるのは今現在知覚できる
私達が現象と呼んでいるものです。


そして四次元から受け止めるのは
過去から今における”想い”=”想念”=”思念波”であり
記憶でありエネルギーでもあります。


それが創造主の意識であっても、私達三次元に生きる生命体の意識であってもです。


四次元における想いや記憶も
三次元の視覚や聴覚同様に、私たちの脳において再現されるために、


その再現されたものを三次元のものと混同するからこそ
私達はオカルトと言われる現象をも作り上げる事になります。


つまり四次元的な想いやエネルギーを受け止めて
脳で再現した音や味覚や嗅覚や視覚と類似した不可思議な現象を
もう一度確認しようとする時に


私達は魂を持ってではなくて心の感覚器官である
視覚・聴覚・味覚・嗅覚を持って再確認しようとするからこそ
二度目の確認を果たす事が出来ず、


それを幻や幻聴として捉えては、
オカルトを作り上げてしまう事にもなるのです。


その結果いつまでたっても私達は四次元なるものを理解できず
それを自らの存在と切り離して考えてしまっています。


四次元は魂=精神と思考の空間。


そして神の意識の空間でもあり
ありとあらゆる記憶と法則の蔓延する世界でもあります。


私達が魂を意識出来たときに、
そこを通じてメッセージを受け止める事になりますし、


そこは私達の魂である意識(精神)へと
見えないエネルギーを送り続ける場所でもあるようです。


四次元的な体験と呼ばれている物は
例えばテレパシー、そして予知能力、神からの啓示、
幽霊との遭遇(想念)、閃きや直感像などです。


これらは精神が想念を感じたり創造主の意識を感じることで
引き起こされる現象なのですが
私達はその事を理解できてはいません。


これらこそが魂で受け止めた想念を
脳で再現した物に他なりません。


そしてそれらは再認識できずに
まとめてオカルトとか神秘として片付けられることにもなります。


先述のように、これらの事象を感じるのは私達の精神=魂であり
私達の肉体と心をつかさどる感覚器官ではありません。


目、耳、鼻、口では
これらの感覚を受け止める事が出来ないわけです。


そしてそれを受け止めているのは
私達の精神であり、その感覚は主として”印象”や”閃き”です。


それが脳で情報として再現されるわけです。


目で匂いは嗅げませんし、耳で物は見えません。


同様に閃きや想念を感じるのは、私達の実態でもあり
四次元的感覚器官でもある私達の意識=魂(精神)であると言うことです。


印象や閃きの中には”思考”として脳で再現されるものもあります。


そのような情報は自分の思考と区別が付きにくいはずです。


それが魂=意識の受け止めている感覚だと理解できない私達は
それを自らの心の思考であると考えてしまうため
ここでも精神の存在に気がつく事が出来ないのです。


そして私達はここでも三次元に執着しては
四次元の存在を意識する事が出来ないのでいるわけです。


私達の三次元での肉体を司っているのは
私達の”心”と言われる存在です。


これは脳に刻まれる、視覚、聴覚、嗅覚、味覚からの
刺激や記憶などを情報として


心が本来持っているエゴに基づいて独自の価値観を形成している
私達の三次元的な思考器官です。


一方、魂=精神と言うのは
私達が通常霊魂と呼んでいる存在で


これは創造主の分身でもあり、
心とは異なる本来の私達の意識です。


三次元での私達の姿を判りやすく表現すれば


霊魂が三次元の肉体に覆いかぶさっている事で
生命体として存在していて、


尚且つその霊魂から、へその尾のような物が伸びて
四次元の神の意識でもあるエネルギー空間へと繋がっていると
表現すれば判りやすいかと思います。


そして私達は心と心を司る感覚器官をもって三次元を生き、
精神をもって四次元を生きている存在であり
ただその事を自分では理解していないと言う事です。


この知識を与えてくれた人達は
太陽系の各惑星からの有志でもあり


ボランティア団体でもある
スペースブラザーズと呼ばれている人間達です。


彼らが私達に与えてくれたこの知識は、
単なる生き方というよりは人間本来あるべき姿を実践するための
お手本となる真理への道です。


そしてそれを実践することで
私達は真の天国で暮らす事が出来るようになる。。。。


この今の地球社会のような
苦悩と不安の生活から開放されるのです。


【地球人の苦悩を光の前の暗闇のように消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべにしよう】


これはイエスの転生と言われるブラザーズが語った
ブラザーズの地球への想いです。


私達はこの人間達の意志を受け継いで
地球に光をもたらす存在になりませんか?


そして多くの人間を明るく照らし真理へと導くのです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように。】




私達を創造主=神から分離させてしまった原因は
何よりも私達が見えるものばかりに拘って
生きている事にあると思います。


私達は通常は目に見えるものや音に聞こえるものに拘り
その結果、感じるという事が出来なくなっているからです。


そして私達が心と呼んでいる
脳が司る四つの感覚器官ばかりに頼っている事が
その原因だという事も私達には理解できます。


聖書の中でイエスキリストは


「目に見えないものを信じる事が出来る者は幸いだ」


と表現していました。


それは直接視覚で捉える事が出来なくても
真理を真理だと認識できる人間は賢明であるという趣旨だと思います。


それぐらい私達は日々、視覚や聴覚といった感覚器官にばかり
依存して暮らしているのです。


しかし創造主=神の意識は別な器官を用いてこそ認識できるというのが
私達の理解でもあったはずです。


そして私達が魂や霊魂と呼んでいる意識こそが
その感覚器官だというのが私達の理解でもありました。


魂=意識は聞いたり見たりするのではなくて”感じる”のです。


その事を私達は理解出来なくなっているから、
其れを使用して感じる事が出来なくなっている事が、


私達を創造主から分離させてしまった一番大きな原因だと
言えると思います。


その事を意識すれば私達は
自分の心の価値観にばかり囚われるのではなくて、


私達の魂から湧き上がってくる創造主の想いにこそ
耳を傾けなくてはいけないのだという事になります。


私達は先ずは自分自身を理解して
心以外の別の器官である魂の存在を意識する、
その事がとても重要だと言う事です。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



【知るために知識を生かす】


生命の科学の中では、医師が人体を正しく理解しているからこそ
病や怪我に対処できるのだという趣旨の事が書かれていました。


物事の理解を深めるためにも
私達には正しい知識が重要だという例えだと思います。


同様にもしも私達が創造主やその法則、
いわゆる万物の摂理に関して正しい知識を持つ事が出来れば
私達はその波に容易に乗る事も出来ることになります。


自らの精神的な病を改善する術を手に入れることも
出来るようになるわけです。


そのためにも私達は創造主の法、
宇宙の法則を少しでも深く理解しなければなりません。


私達が自覚していようが無自覚であろうが
私達の周囲には見えない法則が取り巻いています。


それを如何に感じて如何にそれに従って生きる事が出来るかが
私達の進化を決める事にもなるのだと思います。


そして私達は先ずは知識としてそれを学び
実践してみる事でそれが本当に正しいのかどうかを確認する事も
大切なのです。


知っているからこそ実践しやすい、
波に乗りやすいという話にも繋がるのでしょう。


更に一旦知識として身に着けた知識は
その後応用も利くことにもなります。


聖書のイエスキリストは種撒きの例え話の中で
一つの教訓で身に着けた知識が
知恵となって数十倍になるという話を取り上げていました。


私達が聖書のイエスの言葉をそのまま受け止めたのならば
私達は額面どおりの知識しか手に入れる事も出来ません。


しかしそれを知恵として、そして価値観として
更には心のあり方、もっと言えば道徳として受け止めれば、
それはあらゆる場面で応用の利く物となるはずです。


そのためにも先ずは最初に宇宙の法則・創造主の法を理解するために
必要な最低限の知識を得る事が大切だということです。


そして私や兄弟姉妹の多くはそれを実践してきたはずです。


更に今でもそれを実践の最中だと思います。


出来るものならそれを心の価値観としてしっかりと持ち続けることで
無意識のうちにそれを実践できるような状態を
作り上げて行きたい。


そして私達は万物の一部である事を実践するのです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



【創造主を感じる】


創造物を通じて創造主を感じることに関連して
元の”生命の科学”と比較して少し例えが異なりますが、
私の個人的な例を挙げておきます。


私は以前にピカソの展示会に行った事があります。


私はそこで自分自身が、
ピカソの人物像を偏見を持って見ていた事に気がつきました。


私はピカソの芸術を理解できてはいなかったのです。


以前の私の理解は、ピカソは「泣く女」に象徴されるように
抽象画の画家であって、
写実画に関しては実力がないのだと言うものでした。


そして私にとってのピカソは奇妙な絵を描く変人でもありました。


つまり当時の私の目には
ピカソは誰にでも書けるような奇妙な絵を描いている
画家に映ったわけです。


しかし実際にピカソのデッサンやクロッキーをみたところ
いかにも絵の上手な芸術家だった事に気がついて
自分の理解力の不足に気がついたのです。


この場合は「より注意深く一つの絵を見つめた」わけではありませんが


多くの絵を見つめた結果、よりピカソの事を深く理解できた。。


そう認識することができるのではないでしょうか。


そしておそらくはピカソの抽象画は
何かに対する苦悩や批判を表現したものであったのではないかと
今では理解してもいます。


私達は神=創造主を直接見ることができなくても
その創造物を同様に注意深く眺めることで
その存在をなんとなく感じることが出来る。


その事をまずは理解することが大切なのかもしれません。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



私達が四次元と呼んでいるその世界には
創造主のあらゆる想いが詰まっている事は記事でも書きました。


聖書のパウロの手紙の中でも、
「創造主は私達が見た事のないもの、そして聞いた事がないものを
この世の初めには用意していた」

という趣旨の内容がありました。


つまり、この宇宙空間は
創造主が当初から予定していた通りの進化の道を進んでいて


私達の住んでいるこの地球社会も
その法則の中でこそ存在していると言うことです。


更には誰もが、そして万物が
それとは無縁ではあり得ないという話にも繋がっていきます。


私達が神と呼んでいる存在は
この世の初めに私達の知っているもの
そして未だ見た事のないありとあらゆる物を創り上げた。


それらは神の創造物である私達のために
準備してくれたものでもあります。


そして私達は、今まさにその社会を体験していると言っても
過言ではありません。


しかし私達は誰もが直接、その大元となる神の意識を認識したり、
神の姿を見る事ができるわけではありません。


そんな私達が直接神を意識する事は
結局はその被造物を認識する事によってこそ可能となると言う事です。


私達は直接神を認識できなくても
その創造物からそれを作り上げた存在としての神を
感じることができます。


そして元々が神の分身とも言える自分自身を追求する事で
その実態を理解する糸口を得る事にもなるのです。


私達、生命の科学を学んでいる人間が理解しているように
人間という存在は神=創造主にとっての最高の創造物でもあります。


そんな私達は自ら課されている使命を正しく認識する事が大切ですし、
一方では、人間は一体どんな可能性を持っている存在なのかを
理解しようと勤める事が求められているのだと思います。


その使命は言うまでもなく
神の全ての創造物の中の一番進化した存在として
他の創造物との調和を実現していくことにつきます。


神は私達、創造物の
調和と進化を見つめ続けたいと願っているはずです。


自らの予定していた世界が一体どのように
作り上がっていくのかという事を見守っているはずです。


勿論、それを実現するためにも
神の分身としての私達が進化し続けていく事も重要ですし


私達にしてみれば、先ずは記憶を持っての転生を果たすことで
命の永遠性を感じれるようになる事が重要だと言えます。


そしてイエスキリストが言っていたように


「父の想いは永遠の命」


だという話にも繋がって来るのだと思います。


私達の社会においては、何よりも一番最初に
私達が記憶を持った転生を果たせるレベルまで
精神性を高めることが望まれているのだと言うことです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


夜には第一講座の続きを出します

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社会を見て感じた事を、久しぶりに取り上げてみます。

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国際化の時代と言われています。


其の国際化は日本において一体どのように具現化されているのでしょうか。


街には多国籍の人間達が溢れ、TV画面には多くの日系タレントがひしめいています。


そんな環境を私達は一体どのように見つめるべきなのでしょうか?


これは二面から見つめて行く必要があると思います。


一つには世界が一つにまとまりつつあると言う側面です。


これは人間が民族や国家の壁を取り払い
其の中で調和へと進んでいる兆候であると認識できます。


ただ、これはその全てがこの日本社会にとっても世界的に見つめても
良いものとは限りません。


日本には日本の中で培われてきた道徳と言われるものがあり
その中には人間が生きていくために必要な真理に繋がる意識もあるからです。


時には国際化の波はそんな道徳をも壊してしまう事になります。


しかし一方では流れない水が腐ってしまうように、歴史が動いているのにかかわらず
古き知識や価値観に捉われて淀んだ状態でいることは
日本の意識を腐らせる事にもなります。


私は保守と言う意識の中にも、そして

国際化意識の中にも道徳とエゴが存在していると判断しています。


この両者は決してどちらも善とも悪とも言えない物です。


そしてどちらも完全なものではありえません。


しかしこの両者が良い意味で調和を果たす事が出来れば
私達の社会は間違いなく大きく改善される事になります。


私が気がついている日本の古き意識の欠点は
過度な保守であり、自らの価値観を置き換える事を嫌う意識です。


これは私達が慣れしたしんだ価値観から脱却できない事を意味しています。


同様に世界意識の中に含まれる欠点はエリート意識や権力思考です。


これは人間同士が調和を果たすときにも、結局はそこに
権力やエリート階層と言った価値観を植え付けたものとしてしまいます。


更に人間同士の間には平等意識は成り立たない事になります。


今の状態でこの両者が交われば、それぞれの価値観に偏っている人間達は
今度は其の点で争う事になりかねないわけです。


このように考えれば私達日本で暮らす人間にとって一番良い状態が
どんな状態であるかが見えてくるはずです。


私達は国籍や民族意識を脱却して一人一人の人間が
それぞれ神の分身として、神の創造物としてお互いを尊敬する関係に
ならねばなりません。


そのためにも、私達の理解で言えば、
個人的エゴとしての価値観に執着するのではなくて


白紙の状態で新しい価値観を受け入れてみて
其れを正しく理解し、其の中で受け入れるべきものと受け入れてはいけないものを
選択するべきだと言う事です。


私達日本の人間であれば世界的意識の中で私達が学ぶべき意識を学び取る。


国際化を目指す人間達も世界一道徳的な国である日本から
人としてあるべき姿を学ぶ。


相互がそんな交わり方をする事が出来れば
きっとこの社会は今以上に改善されて行く事でしょう。


私のこの主張は理想ではなくて真理です。


ただ、真理を現実のものとして受け入れる事が出来ないほど
私達の心の価値観が真理からかけ離れてしまっているのだと言う事を
私達は理解しなければならなりません。


そして私達はいまこそ個々としての存在ではない
全体の中の一部である自分を意識するべきなのだと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】







http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11048756419.html

生命の科学VOL2



第一講座VOL2

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まず、生命の科学を学ぶ時の姿勢です。


私達は誰もが創造主の意識をはっきりと認識する事が出来ずにいます。


そのために時には誤った価値観を自ら作りあげ
それを真理と看做してしまう事になりがちです。


それ以外にも他人から見聞きしただけの価値観を
真理として受け止めて、それを信じ込む事で
誤った真理を自らの価値観としてしまう事もあるでしょう。


だからこそ、私達は真理を見失わないためにも
独断や偏見を持つ事を避けねばなりません。


そして他人から聞いた事や自分が読んだ文章などを
そっくりそのまま鵜呑みにする事も避ける必要があります。


それを避けるためにも私達にはまずは経験ありきと言う事です。


自分で体験の中から感じ取った、印象や閃きや価値観こそを強く信じ、
それを変更する時も、例え情報によるものであったとしても
自らの意思でそれを実行するのです。


それは例え、私の記事やこの文面であったとしても同じ事です。


他人を過信しない事、そして信じるべきは自分の中の内なる神、
つまりは自分の魂から伝わってくる創造主の意識としての閃きや
印象であるという事を常に意識して頂たいのです。


そして自らを創造主=神の分身と理解して
その想いを実践する事こそが私達に課されている
最大の使命だと認識して下さい。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11048755339.html


生命の科学VOL1



私はアダムスキーにゆかりある人間の
生まれ変わりの可能性が高そうです。


かと言って特別何が出来るわけでもありませんし
私は私で今までと何も変わりはありません。


ただ、この社会の今の状況を見てそれが決して正しい状態であるとか
安心して其の趨勢を眺め続けてよい状態であると思えず
結局は黙って見つめ続けている事が出来なくなりました。


と言う事で、もう少し頻繁に記事を書いて
この社会の中に何らかの真理を齎すきっかけになりたいと
考えるようになりました。


この社会は今こそ変わらねばならない。


そしてそのためには、せめて私達のような思考の出来る人間が
正しい事を正しいと認識し、
真理を見つめて生きていく事が重要だと思います。


ところで体調不良で暫くブログ公開も出来ませんでした。


久しぶりの記事となりますが、今日は今後の記事の前振りとします。


”生命の講座”をネット公開する事にしました。


一月には書き終えていた内容なのですが、社会の趨勢を意識して
今の日本社会および世界の状況を分析する事も意識して公開も郵送も見送っていました。


そのためにも随分と遅れてしまいましたが、手紙をくれた方々には
しっかりと郵送させていただきますのでもう少しお待ちください。


お待たせして申し訳ありませんでした。


そしてネットではその内容を細切れに、
生命の講座と言う事で書き連ねて行こうと思います。


以前に私が書いていた生命の科学の延長としてです。


内容的には”生命の科学”の要約であり、
続・生命の科学、もしくは生命の科学の虎の巻と
いった感じの内容になります。


本当は郵送だけで非公開の予定でしたが、
もうこれ以上この社会の状況を放置する事は出来ないと判断しました。


例え少数の人間であっても、今のこの社会の中で、より良く生きたい、
そして人としてあるべき姿で生きたいと勤めている方々に
私の今の理解を伝える事で進化の切欠にして頂きたいと思います。


(本音を言えば世界中の思想や宗教が正しい真理へと
誘導されて行く事を一番願っていますが、未だ其の域までは到達してはいません)


アダムスキーさんの生命の科学同様に、
この社会の一部の人間、


おそらくはこの生において記憶を持った転生へと進む資質を
持っているであろう人達に、
そのきっかけを与える物にしようと意識して公開します。


私の理解はそれほど大きなものではないにしても、
まるで知識のない方にして十分な知識を与えるきっかけになると思います。


過去の”生命の科学”と”宇宙の法則”、”イエスの教え”を題材にして
その中で私が重要だと認識した物を中心に、
過去の記事の内容を踏襲して推し進めたような内容です。


それを何かの理解のきっかけとして頂いて
私と互いに良い意味での精神的な切磋琢磨をしては、


共に進化を果たしてくれるような方には、
是非とも私の講座の内容を知識を得て進化を果たすきっかけとして頂きたいです。


時には私に対して、皆から情報や閃きを与えてもらって
お互いが共に並んでより正しいものを見つめる事が出来るような
そんな良い関係を築いていければ幸いです。


今後の記事は以前に私が引用していた
中央アート出版社 アダムスキー著の”生命の科学”が教科書
もしくは前提の資料となります。


それを片手に、その内容の理解を深めるために、

更には私独自の解釈を理解して貰うために
記事を利用して頂ければと思います。


私の理解は決して完全なものではあり得ないので、
皆さんが独自の理解や閃きがある場合はそれを信頼してください。


其の上で私にも皆の理解を伝えて頂ければ
相互の理解はより進んだものとなるはずです。


そして限りなく真理に近いものを
共に追求していければと考えています。


この地球社会の中で生まれた私達にとっての
精一杯の進化を目指していきましょう。



短く細切れにして毎日更新することにします。
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第一講座 VOL1

【私達は何を学ぶべきなのか】


最初に、私達が何故に生命を探求しようとしているかを
念頭に置く事が重要かと思います。


私達は誰もが不完全な人間である上に、
本来あるべき生き方を実践していない存在であるという
謙虚な気持ちをまずは認識として深めて下さい。


私達の社会の人間の中には、
この社会の中に真理を広報するような特定の使命を担って
生まれてきた様な人間も少なくないと思いますが


おそらくは私の兄弟姉妹であっても多くの方々は以前の私同様に、
自らの課題が何であるかを確信を持てずに暮らしているはずです。


そして今の生の目標として、
”次の生における記憶を持っての転生”を
意識しているのではないでしょうか。


そのためにも私達は生命について
最低限必要とされる知識を学ばねばなりません。


それは、人間の目的が進化であり、地球社会の人間においては
生命についての一定の理解を示した時に始めて
記憶を持っての転生が許されると言う


スペースブラザーズの言葉からも明らかです。


私達が生命に対して一定の理解を示した状態でこの生を終えた時にこそ
記憶を持っての転生へと進む事が出来るという事実を踏まえれば


この社会の中での私達の課題は
生命に対する理解を今以上に深める事だと言う事になります。


そして記憶を持っての転生を果たした時にこそ
私達は初めて自らの魂の永遠を意識する事になるはずです。


前世と今世の記憶との間に一切の断絶がなくなるからこそ
私達は自分の意識に永遠を感じる事になる。。。


そして、その事が私達にとっては何よりも重要なはずなのです。


今の記憶を全て失ってしまえば私達は次の生でも
算数は九九から、知識も小学校程度からはじめる事になります。


しかしそこに断絶がなければ私達は今現在の知識の上に
更なる知識と記憶を積み重ねる事も可能なのです。


私達、地球社会の人間には前世の記憶が殆ど残らないという事は
私が以前にブログ記事で書いていた内容の通りです。


それはこの社会の中では私達を取り巻く環境の波動や周波数と
言われる物が低いために、私達の肉体も其の程度の機能に留まり、


記憶を持って転生するため肉体を得る事が出来ない
更にはアカシックレコードからの記憶を呼び戻せない
という事実とも無関係ではないようです。


現実的には私達地球社会の人間の多くは、
この社会の中での継続的な転生を繰り返していているようなので
私達は記憶を持っての転生を未だ果たしてはいないという事。


それは私達個々の人間の、生命に対する
理解の足りなさを意味しているのだと思います。


もしも私達が自ら課されている精神的な課題を
しっかりとこなしていさえすれば、
誰もが永遠の命、記憶を持った転生へと進めるはずなのに


その殆どはそれを実践出来ていないからこそ
今こうやってこの社会の中で暮らし続けているのだと言えます。


自分の命だけではなくて
ありとあらゆる生命、そして自然に対して、


更にはあらゆる現象に対して意識を向けてそれを理解する、
私達はそんな状態を是非実践すべきです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】



昨日は早々と三人の個人と、ある団体から
生命の講座に関する問い合わせがありました。


正直、殆ど反応がないと思っていただけに嬉しい限りです。


自分でも不思議なのは、私が記事の更新を止めていても
しっかりと私のブログを見てくれている方々が
日々1000人近くいるらしいということです。


私には大きな夢があります。


先ずは500人の兄弟姉妹と何らかの形で
交流したいと願っています。


いずれは其の方々も多くの人達に精神的な進化を齎すきっかけに
なって頂ければと思いますし


その次の段階では私の兄弟姉妹がそれぞれ100人を導いて
総計この日本の中で5万人の覚醒者を出す事。


更にはこの日本を中心に世界平和が実現する事です。


講座の発送にはもう少し時間がかかりますが
私に電話をしてレポート・感想文を送ってくれた方々は
念のために、ブログ宛にその旨コメントを入れてください。


ブログには反映されませんが私は認識する事ができます。


郵便物の盗難が起きないようにするためです。


今は第三講座が漸く下書きを終えて、
今度は第四講座を書き始めているところです。


今私が下書きしている生命の講座は決して完璧なものではありませんが
アダムスキーと天使達の想いを一番理解できると自称する私が書いた
兄弟姉妹への無償の奉仕です。


私と関わる事を恐れている方も多いかも知れませんが
もうその必要もありません。


私は世界的な組織の一員であることをカミングアウトしましたし
私との交流を妨害するような心無い人間こそ
それなりの報いを受ける事になると思います。


そして私達にとって、今こそこれを学び理解する事が、
記憶を持っての転生のためにも役立つのだと言う
そんな意識を持ってお届けします。


単なるコピー用紙に印刷したものを
綴じただけの冊子になりますが、私の想いですし、


私らしい価値観と真理の欠片を
過去のブログの内容含めて綴ってあります。


予定としては全12講座


それぞれがコピー用紙30枚程度のものと
なると想像しています。


私に宇宙の法則に関するレポート、
感想文のような物でも良いので送って頂ければ
折り返し送付させて頂きます。


そしてそれに関するレポートを再び送って頂く事で
次の講座を発送する。


そんな事を考えています。


以前触れたように、皆の意見や理解が
今度は私の閃きや理解に繋がる事を密かに期待してもいますし、
お互いの理解が真理をより深く認識する事に
繋がると考えてもいます。


希望する方は、遠隔の方であれば、自分の今現在の
”生命”や”生命の科学””宇宙の法則””イエスの教え”に関する理解を
レポート用紙一枚程度で良いので書いて私宛に送ってください。


近隣の方で希望するかたは
私に直接会って今の理解を私に伝えて貰い、


その都合のつかない方は遠隔地の方同様に
レポートを書いて送って頂ければと思います。


電話をして頂ければ、あて先をお知らせいたします。


準備が出来次第郵送します。


私の住所は電話をくれた方にだけ伝えています。


携帯電話 090-2557-6937 です。


(来年1月10日以降、時間は平日10時~16時、
土日は12時から14時程度の間でお願いいたします)


生命の講座に関する疑問や質問も
私の理解の範囲であれば応対します。


その時には私と直接会って話していただく事になります。


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最近は時々はゲームをして遊ぶ事もありますし
TVも見るようにもなりました。


ストレス解消とリラックスになります。


私達地球社会の人間はどうしても両極端に陥りがちです。


ある時は躍起になって頑張るけれども
結果が出なかったり疲れすぎると今度は一気に自堕落になってしまうとか
やる気を失ってしまうと言うようにです。


そんな中で私達は
常に物事に捉われずリラックスしている事が
大切だとアダムスキーも触れていました。


正月に一気に気が抜けてしまった方は
恐らくは普段は頑張りすぎているのでしょうし
中には今でもエンジンがかかりにくい方もいるかと思います。


でもこれがこの社会の人間の平均的な姿でもあると思います。


そしていつも語るように張り詰めた糸は切れやすいですし
その後は自分を制御するのも大変な状態になるかもしれません。


私は正月もそして普段も同じような暮らしをしていると思います。


勿論、正月には世界の人々が誰もが喜んでいる事を感じながら
自らも其の時間を楽しむようにはしていました。


ただ、出来る物なら私達はいつも正月を感じるような気分で
暮らせるようなそんな精神状態を保ちたい物です。


今年はそれを目標に生きて行きませんか?


特定の時だけ良い感情をもつのではなくて
出来る物ならいつも正月のような明るい意識を持って


心に余裕を持って前向きに暮らすよう勤める事を
私と兄弟姉妹の今年の目標としましょう。


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ところでしつこいようですが
私達の生の目的は”体験”と”学習”でもあります。


肉体を持っているがゆえに体験できる
様々な現象を心から楽しんで体験して頂きたいです。


時には精神の進化を阻害する体験をする事もあれば
喜怒哀楽を激しく感じるような体験もあるかもしれません。


其の中で自分にとって良いと感じたものは
程度を考えて自分にとってのリラックスの道具にしていただければ良いですし


一方では精神向上にとって良くないと感じた事は
自らの戒律として頂ければと思います。


この地球という社会の中で其の空間を体験する事は
私達にとって学習でもあり、課題でもあります。


この社会を卒業すれば中々同様の体験をする機会は
無くなるはずです。


その時には私達は別の空間で別の体験をする事になります。


私も今ではその事を強く意識していますし
一方では既に多くの体験を果たしてきたと思います。


其の事が私を今の状態にまで導いたのだと認識してもいます。


先人の言葉や教えも大切ですが
100%の真理は私達の内にこそあります。


いつも言うように「百聞は一見に如かず」です。


そして、ある人にとっての真理が他の人間の真理とは限らない事を
私は繰り返し説明してきました。


お酒にしても適量は人によってはストレス解消や
血行の促進になります。


それが個人的な精神向上に有効であれば
この地球社会においての私達にとっては
間違いではない事になります。


一方では血圧が高いとか、酒癖が悪くて理性が働かない人にとっては
酒が良くない事もあります。


それらは自らが判断し其の良し悪しを決めるのです。


私は最近は晩酌はやめましたが少しばかり
脳機能を意識しているためです。


ただ、ほろ酔い気分になりたい時や
妻の沢山の手料理を楽しむ時などはビールを一本飲みます。


自分にとって適度であり、
ストレス解消やリラックスに繋がっていると考えています。


以前にも語ったように
私達は創造主の法という名の卒業試験で100点中10点も取れれば
記憶を持っての転生へと進む事ができる存在だからです。


(良い想いと行いで20点取れても
悪い想いと行いで15点減点されれば総計5点で不合格と言う試験です)


勿論、生命への最低限の理解を含めての事です。


天使たちの生まれ変わりであった聖人達のように
高得点を狙う必要も無いのです。


それに天使達でも30点が現状だと言う話でもありました。


自らに高い目標を課して厳しく生きるのも自由ですが
それが他人を批判したり、自らに負担をかけるのであれば
却って進化の妨げになる事も理解すべきだと思います。


恐らくは未来においては喫煙や飲酒は
私達は経験することもできなくなると思います。


恐らくは天使達にはそのような習慣は無いと思います。


しかし私達の先輩としてのアダムスキーも
喫煙をして飲酒をしていたという事実もあります。


そして何よりもリラックスを重視していました。


私達には精神向上のためには
喫煙や禁酒よりももっと大切な事があるのだと思います。


それは個人によって異なりますが
私達にとって大切な事は自分の精神性の向上を妨げている
目だった要因を見つけてそれを改善する事を念頭において、
その事を自らの戒律とすることです。


だからこそ、この社会においては
私達、生命の科学を学ぶ人間が持つ戒律は
個人によって異なる事にもなります。


ただ、意識して欲しい物の一つは
不安と恐怖に関してです。


これは勇気や強い意志にも関わってきますが
私達の精神進化の障害となりうると言う事です。


そしてもう一つが喜怒哀楽の感情を
余り激しく持たない事です。


以前、私が一番の戒律としていたのは
喜怒哀楽の感情を激しく持たない事です。


私はどうも喜怒哀楽が激しい人間であった事もあり
それを如何に抑えるかが課題でもあります。


これは私だけではなくて
心を持って直線的に反応してしまいがちな私達が
気をつけるべき事だと思います。


私達は外部からの刺激に対して
どうしても直線的に反応してしまいがちです。


それが心の価値観に根ざしている事に気がついて
それをも適度に抑制する習慣を身につけたいものです。


今年の目標は戒律を一つか二つ増やして
更なる精神向上のきっかけとすること。


そして少しでも多くのことを体験する事としては如何でしょうか。


魂だけではなくて
肉体と心をも持ってあらゆる体験をするのです。


どちらかと言えば心を持って
個々が心地良いと願うことばかりを実行しがちな私達ですが


何事も適度が大切と言う事をも意識して
体験とリラックスを実行して頂きたいです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

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P.S.

アダムスキーが天使達は鶏肉は食べないと言う話をしてましたが
それは天使達の社会をそっくり踏襲する場合であって
それは私達の生においては小さな問題だと思います。


私は却って鶏肉を率先して食べています。


本当に美味しいと思って食べていますし、
其の上に地球社会の中でしか体験できない事だとも
認識しているからです。


鳥のから揚げやチキンカツが好物で
頻繁に食べる事があります。


余り食べするぎると精がつきすぎるのは
たんぱく質や脂質であっても炭水化物であっても同じだと思いますし
何事も程度が必要なのは同じ事のようです。


いずれにしてもこの地球社会独自の体験ほど
私達にとっては貴重かも知れないということです。


その事を意識してこの生を暮らして頂きたいと思います。