異文化コミュニケーション
書きたいことは山のようにあるのだけれど。
気持ちの整理と、頭の整理が追いつかない。
カラダとココロもばらばらだ、
いつになったらちゃんと書けるんだろう。
毎日、日本人の顔をした人と、スワヒリ語で喋るような気分で仕事をしている。
向こうも、生半可なスワヒリ語をつかって、という視線をいやがおうにも、感じる。
駅前留学したら、できるようになるのだろうか。
また、ちゃんと考えがしたら、書きます。
今日はこんなところです。
「ひとりでやる」の範囲
正直、今迄で一番「順応できない」というか、「なじめない」でいる。
一週間あったら、どんな職場でも、まぁこういうもんか、と肌が感じたものだが、顔合わせ、ご挨拶、試食会を除いたら、誰とも会わない、会話もしない生活となる。
つまり、入った会社の、主たる構成要素との接触が、断たれた状態で、日々、業務にあたっている。
料理を「つくる」「提供する」の現場との、物理的、時間的、精神的「距離感」が、「なじめない」を生んでいるように思う。
友人の父君の配慮もあるのだが、現場の人間は、自分のやっている業務に対し、「サービスする」「料理をつくる」にあたって、うまい言い方ができないが、「余計な」業務であるのと、売り上げや皿数のように、「数字」で判断ができないものなので、現場との接触も控えるようにしたようだ。
現在は、今まで紙ベースでそのままにされていた仕入れの伝票を、電子データに入力し直し、分析データのベースにする準備をしている。
正直、酷いものだ。
詳細をここに記載すると、取引関係や、営業上の問題が発生するので割愛するが、同じ業態の店舗各店で、受発注を行っている為か、入荷価格の格差や、取引先の違いでの価格格差がすぐに発見された。
仕入れ先の統一による、取引にかかる諸経費の削減や、コストの削減は、前職でも課題であったし、それ以前でも、販促企画を提案する際に、つつかれやすい事でもあったので、考えたことのない、やったことのない、仕事ではなかったので、状況を見ただけで、自分としては、進言したいものがたくさんあった。
しかし、唯一の窓口である友人に伝えると、「そうなのよ」とやってきたことは認めるものの、それは、長くいる人たちがやってきたことだから、なかなか変えられない、まして、自分のように業界としてはソトモノの若輩者がいうと、角が立つ、ということになってしまう。
若輩者でも、異業種でも、考えてきたことだし、やったことのないことではない、だから思うことも、言いたいこともある、と思うと、なんとも煮えきれない思いになる。
それとも、それは、単なる自惚れでしか、ないのだろうか。
確かに、入って1週間目。
履歴書と職務経歴書は、ちゃんと目を通して頂いていない。
どこの馬の骨とも、といわれれば、確かにそれまでだが・・・。
友人には、やってきたことは伝えてきたつもりであったけれど「○通で広告をやっていた」とか「 コンピューター関係の仕事をしていた」といわれると、ぜんぜんわかってなかったんだな、と正直、へこむ。
※ 確かに、○通関係の方にお世話になりながら、広告代理店に勤務していたこともあるし、システム会社の新規事業立上部署にいたこともあるので、あながち嘘ではないが、的は全く得ていない。
そんな状況なので、今までやってきた仕事のように、多少勢いでも「こうだと思う」「こう考えないですか?」等の、提案型、先攻型の行動ができずに、どう我が身を処遇しようか、悩んでいる。
それは「感じる」だけではなく、別の一件でもあった。
新店の内装デザイン会社で打ち合わせをした時のこと。
つくりつけの棚を、観音開きにするか、引き出しにするか、で暫し、押し問答になった。
通路に面していて、下から高さ40cm程の高さの収納スペースの扉を、観音開きにするか、引き出しにするか、ということで、お客様がひっきりなし行き来するところで、屈んだ格好で作業をするのは見苦しいのではないか、と自分は提案した。
しかし、引き出しだと、そこに入れるサンプルが
サンプルを入れるかどうか、自分は知らなかった、というと、知らなくってあたりまえだよ、雨留乃助けは、と友人に言われてしまった。
これだけでも可成へこんだが、へこんでこの一回限りになるかもしれない打ち合わせに入っていかないのも何だと思い、想像できることは想像し、想定できることを想定し、話に入っていった。
図面から読めることを読み、自分の身の丈の実寸で考え、起きうる導線から、引き出しを主張した。
シェフも、「観音開きにした時、下のほうにつくりつけた扉は、乱暴に扱うから壊れやすい」と発言。
その後、どのくらい大きくできるのか、図面の数字をなぞるような話が続き、「どうしたいから、どうだろう?」という発言は少なく、そのことで、最後はデザイナーも「どうしたいといったら、そのようにします」と言う始末だった。
少し、悲しくなった。
ひとりでも「考え」「計画し」「行動し」てゆかなければならないのだが、【どこまで】やればいいのか、【どれくらい】やれば「よい加減」なのか、現状ではなかなか推し量りがたく、寸詰まりのような
毎日を過ごしている。
考えても、行動できないで、います。
変わること、変わんないこと
久方ぶりです。
お休みしながら、「お仕事」に近いことと、
その軸から遥かかけ離れたところにいること
よもやまやっておりました。
先日、大学の同期で、同じ語学クラスで
同じゼミ研にいた友人と、半年ぶりに会った。
彼女も、ネット起業をひとあし先にはじめていたので
自分で仕事をつくること、運営すること、あたりから
彼女の場合は、結婚していることもあり、
パートナーのことや、子供のことなども、話題になった。
帰って後、メィルが届いた。
「雨留乃助は、変わったなぁと思ったり
変わんないなぁ、と思ったり」と。
彼女のblogでも「変わってないなぁ」と書かれていた。
あの、大学生の時期から、相当変わったところはあるのは
自分が自覚できる程度でも、可成、あるとは、思う。
ハード・ダイエッターで、拒食みたいな症状だったし。
度胸がいいくせに、対人恐怖症のような症状もあった。
「拒絶」に対して、酷く傷ついて、ぼろ雑巾のようでもあり。
そういうのからは、随分「遠く」なったと、思う。
でも「変わらない」と言われれば、「変わってないなぁ」と
思わざるを得ないところも、あることは、ある。
あの頃とかわらないくらい、不器用だし。
「同調」あいかわらず嫌いだし。
強くもないのに、ひとりでいたがる。
「変わらないなぁ」というのは、どんなところなんだろう?
「人格改造」とか「更生」とか言われる部分なのだろうか。
その人の、「本質的」というか、生きてゆく上で
「どうしても譲れないもの」という、部分として考えると、
「そうそう、変わるものでもない、か」とは思うが。
「変わらない」と言われると、単純に「成長がない」「変化がない」
というように感じてしまう。
何分、単純な人間なもので。
「どうしても譲れないもの」は、恐らく幼い頃から、そう
変わっていないとは思うが、忘れ物が多いことや
理詰めで物事考えて、もっと「ま、いっか」で考えないところ
後天的「教育」で、もうちょっとどうにかなりそうなことまで
変わっていないのは、事実。
それも「本質的」なもの、と括ってしまっていいものか?
結局人って、変われないものなのだろうか。
返して、思う。
「変わる」ことで、何処へゆこうというのだろう。
何処へ、ゆくのだろう。
明日から、オトナとしてシゴク当然な
生活に戻ります。
今日でおさらば!新宿御苑
今の会社も今日まで。
とはいえ、やることやまもり。
定時までにどう頑張っても無理っ!
どうして最後の最後でこないになってんだか・・・(泣。
次にゆくことを思い立ち、このブログをはじめたが
ふと、思うと、考えるきっかけを与えてくれた
(というか、ネタそのものであった)
チームのメンバーがいなくなったら、自分はこのブログを続けられるのかな、等と、今思う。
○島もそうだが、彼に触発され、反応して、何かを思ったり、考えたりしてきたし。
大丈夫かな、オイラ・・・。
いろいろあったとはいえ、おおいに考え、おおいに誰かに触発され
おおいに悩み、怒るという、よい経験をさせて頂きました。
とりあえず中〆ってことで。
追記:
仕事スタート(7/11)まで、ノーアルコールで過ごそうかな・・・
さすがに、荒廃にストップかけないと・・・(暴