雨留乃助、和而不同 -今日を生き、今日又反省- -6ページ目

異文化コミュニケーション

書きたいことは山のようにあるのだけれど。

 

気持ちの整理と、頭の整理が追いつかない。

 

カラダとココロもばらばらだ、

 

いつになったらちゃんと書けるんだろう。

 

 

毎日、日本人の顔をした人と、スワヒリ語で喋るような気分で仕事をしている。

 

向こうも、生半可なスワヒリ語をつかって、という視線をいやがおうにも、感じる。

 

駅前留学したら、できるようになるのだろうか。

 

また、ちゃんと考えがしたら、書きます。

 

今日はこんなところです。

「ひとりでやる」の範囲

新しい職場に入って、一週間。経った。
 
正直、今迄で一番「順応できない」というか、「なじめない」でいる。
 
一週間あったら、どんな職場でも、まぁこういうもんか、と肌が感じたものだが、顔合わせ、ご挨拶、試食会を除いたら、誰とも会わない、会話もしない生活となる。
つまり、入った会社の、主たる構成要素との接触が、断たれた状態で、日々、業務にあたっている。
 
料理を「つくる」「提供する」の現場との、物理的、時間的、精神的「距離感」が、「なじめない」を生んでいるように思う。
 
友人の父君の配慮もあるのだが、現場の人間は、自分のやっている業務に対し、「サービスする」「料理をつくる」にあたって、うまい言い方ができないが、「余計な」業務であるのと、売り上げや皿数のように、「数字」で判断ができないものなので、現場との接触も控えるようにしたようだ。
 
 
現在は、今まで紙ベースでそのままにされていた仕入れの伝票を、電子データに入力し直し、分析データのベースにする準備をしている。
 
正直、酷いものだ。 
 
詳細をここに記載すると、取引関係や、営業上の問題が発生するので割愛するが、同じ業態の店舗各店で、受発注を行っている為か、入荷価格の格差や、取引先の違いでの価格格差がすぐに発見された。
 
 
仕入れ先の統一による、取引にかかる諸経費の削減や、コストの削減は、前職でも課題であったし、それ以前でも、販促企画を提案する際に、つつかれやすい事でもあったので、考えたことのない、やったことのない、仕事ではなかったので、状況を見ただけで、自分としては、進言したいものがたくさんあった。
 
 
しかし、唯一の窓口である友人に伝えると、「そうなのよ」とやってきたことは認めるものの、それは、長くいる人たちがやってきたことだから、なかなか変えられない、まして、自分のように業界としてはソトモノの若輩者がいうと、角が立つ、ということになってしまう。
 
若輩者でも、異業種でも、考えてきたことだし、やったことのないことではない、だから思うことも、言いたいこともある、と思うと、なんとも煮えきれない思いになる。
 
 
それとも、それは、単なる自惚れでしか、ないのだろうか。
 
確かに、入って1週間目。
履歴書と職務経歴書は、ちゃんと目を通して頂いていない。
 
どこの馬の骨とも、といわれれば、確かにそれまでだが・・・。
 
 
友人には、やってきたことは伝えてきたつもりであったけれど「○通で広告をやっていた」とか「 コンピューター関係の仕事をしていた」といわれると、ぜんぜんわかってなかったんだな、と正直、へこむ。
 ※ 確かに、○通関係の方にお世話になりながら、広告代理店に勤務していたこともあるし、システム会社の新規事業立上部署にいたこともあるので、あながち嘘ではないが、的は全く得ていない。
 
 
そんな状況なので、今までやってきた仕事のように、多少勢いでも「こうだと思う」「こう考えないですか?」等の、提案型、先攻型の行動ができずに、どう我が身を処遇しようか、悩んでいる。
 
 
それは「感じる」だけではなく、別の一件でもあった。
 
新店の内装デザイン会社で打ち合わせをした時のこと。
 
 
つくりつけの棚を、観音開きにするか、引き出しにするか、で暫し、押し問答になった。
 
通路に面していて、下から高さ40cm程の高さの収納スペースの扉を、観音開きにするか、引き出しにするか、ということで、お客様がひっきりなし行き来するところで、屈んだ格好で作業をするのは見苦しいのではないか、と自分は提案した。
 
しかし、引き出しだと、そこに入れるサンプルが
 
サンプルを入れるかどうか、自分は知らなかった、というと、知らなくってあたりまえだよ、雨留乃助けは、と友人に言われてしまった。
 
これだけでも可成へこんだが、へこんでこの一回限りになるかもしれない打ち合わせに入っていかないのも何だと思い、想像できることは想像し、想定できることを想定し、話に入っていった。
図面から読めることを読み、自分の身の丈の実寸で考え、起きうる導線から、引き出しを主張した。
 
シェフも、「観音開きにした時、下のほうにつくりつけた扉は、乱暴に扱うから壊れやすい」と発言。
 
その後、どのくらい大きくできるのか、図面の数字をなぞるような話が続き、「どうしたいから、どうだろう?」という発言は少なく、そのことで、最後はデザイナーも「どうしたいといったら、そのようにします」と言う始末だった。
 
少し、悲しくなった。
 
 
ひとりでも「考え」「計画し」「行動し」てゆかなければならないのだが、【どこまで】やればいいのか、【どれくらい】やれば「よい加減」なのか、現状ではなかなか推し量りがたく、寸詰まりのような
毎日を過ごしている。
 
 
考えても、行動できないで、います。
 

変わること、変わんないこと

久方ぶりです。
 
お休みしながら、「お仕事」に近いことと、
その軸から遥かかけ離れたところにいること
よもやまやっておりました。
 
先日、大学の同期で、同じ語学クラスで
同じゼミ研にいた友人と、半年ぶりに会った。
 
彼女も、ネット起業をひとあし先にはじめていたので
自分で仕事をつくること、運営すること、あたりから
彼女の場合は、結婚していることもあり、
パートナーのことや、子供のことなども、話題になった。
 
帰って後、メィルが届いた。
「雨留乃助は、変わったなぁと思ったり
 変わんないなぁ、と思ったり」と。
 
彼女のblogでも「変わってないなぁ」と書かれていた。
 
 
あの、大学生の時期から、相当変わったところはあるのは
自分が自覚できる程度でも、可成、あるとは、思う。
 
ハード・ダイエッターで、拒食みたいな症状だったし。
度胸がいいくせに、対人恐怖症のような症状もあった。
「拒絶」に対して、酷く傷ついて、ぼろ雑巾のようでもあり。
 
そういうのからは、随分「遠く」なったと、思う。
 
 
でも「変わらない」と言われれば、「変わってないなぁ」と
思わざるを得ないところも、あることは、ある。
 
あの頃とかわらないくらい、不器用だし。
「同調」あいかわらず嫌いだし。
強くもないのに、ひとりでいたがる。
 
「変わらないなぁ」というのは、どんなところなんだろう?
 
「人格改造」とか「更生」とか言われる部分なのだろうか。
その人の、「本質的」というか、生きてゆく上で
「どうしても譲れないもの」という、部分として考えると、
「そうそう、変わるものでもない、か」とは思うが。
 
「変わらない」と言われると、単純に「成長がない」「変化がない」
というように感じてしまう。
何分、単純な人間なもので。
 
「どうしても譲れないもの」は、恐らく幼い頃から、そう
変わっていないとは思うが、忘れ物が多いことや
理詰めで物事考えて、もっと「ま、いっか」で考えないところ
後天的「教育」で、もうちょっとどうにかなりそうなことまで
変わっていないのは、事実。
それも「本質的」なもの、と括ってしまっていいものか?
 
結局人って、変われないものなのだろうか。
 
返して、思う。
「変わる」ことで、何処へゆこうというのだろう。
何処へ、ゆくのだろう。
 
明日から、オトナとしてシゴク当然な
生活に戻ります。

今日でおさらば!新宿御苑

今の会社も今日まで。


とはいえ、やることやまもり。

定時までにどう頑張っても無理っ!

どうして最後の最後でこないになってんだか・・・(泣。

 

次にゆくことを思い立ち、このブログをはじめたが

ふと、思うと、考えるきっかけを与えてくれた

(というか、ネタそのものであった)

チームのメンバーがいなくなったら、自分はこのブログを続けられるのかな、等と、今思う。

 

○島もそうだが、彼に触発され、反応して、何かを思ったり、考えたりしてきたし。

 

大丈夫かな、オイラ・・・。

 

 

いろいろあったとはいえ、おおいに考え、おおいに誰かに触発され

おおいに悩み、怒るという、よい経験をさせて頂きました。

 

とりあえず中〆ってことで。

 

 

追記:

仕事スタート(7/11)まで、ノーアルコールで過ごそうかな・・・

さすがに、荒廃にストップかけないと・・・(暴

○島が、いてくれたこと

酷い内臓損傷にあいながら。

 ※ 自業自得という、そういう奴です。

 

よもやま話と、オンナの話と、引継ぎと次の仕事の話少々で、

いつものように○島と、今日はカルボナーラを食いながら、昼ミーティングをしてきた。

 

この状況でよく、カルボナーラ食ったなぁ。と我ながら感心。

それもチーズしこたまかけて。

食前に白ワイン飲んで。(おおばか)

 

 

閑話休題。

 

「仕事」という場ではあるが、厳しいことも、「ぶっちゃけ」なことも、話のできる

貴重な相手を失うのか、と頭の端っこを掠めると、少し寂しい気持ちになる。

 

 

前職でもいるにはいたが、相手の入ってきた時期と、自分の「出てゆこうとした」時期がうまく重ならず、

前職の仕事場を、自分は離れることとなった。

「自分が此処から出て行ったことを、後悔させてください。自分も頑張ります」と、残し。

 

「職場」を離れはしたものの、その人への「寂しさ」は、暫く残った。

半月ばかりだったが、企画担当として必要としてくれ、

出てゆくこんな自分の必要を説き、一緒にやってゆこう、と最後まで言ってくれたから。

 

 

自分は「はなしのできる」パートナーが仕事場にいるかどうか、で

仕事に対する発想や、行動力、モチベーションは、本当に変わる。

 

いろいろな職場にいたことがあるが、誰も話せない状況であると、自分の考えも閉じ気味になる。

上司なり、同僚なり、チームなり、話ができる、伝わる状況であると、自分の脳も、ココロも、動く。

 

ヒライテイル にも通じるが、その会話の「ヒラキカタ」でも、変わってくると思う。

○島とは、仕事のことは勿論のこと、

「彼女、飯つくってくれるの?」

「うん、結構うまいよ」

なんて、フツーに話をする。

 

 

そんな彼女を大事にする、仕事熱心な○島なので、たまに

 

「お前はほんっとに、いいオトコだ」

「○島、惚れ直したっ」

 

冗談半分、本気半分いうのだが、

 

「わけわかんねぇ」

「なにいってんだか」と

気の利いた(?)リアクションを投げるので、性別違えど接しやすい。

 

というか、自分は同性の相手するより、別性が相手のほうが、仕事はしやすい。

 

 

少々シモネタになるが。

○島は最近、局部の皮膚炎にかかり、全身の痛みを伴うので、会社を一週間程休んでいた。

 

で、出てきたその日。

いきなり、もの凄く深刻な表情で

「でもさ、ほんっとうに、痛いんだよ。わからないと思うけれど」

というので。

 

「うん。相当痛いんだろうな、と自分の臓器を想定すると、理解はできる」

と、返事をした。

 

すると、その横にいたチームリーダー。

「○島なぁ。

 それは雨留乃助さんだから、ええけど、他の女性にいうたらセクハラやで」

 

我に帰る、○島。 

 

・・・、どうやらオイラは、そういう役回りらしい・・・(泣

 

 

今年結婚をする○島と、彼女の話から、自分にネタが振られたので、それなりに話をしていたら

「俺は仕事場とプライベート、あんまりかわらないけれどさ。

 雨留乃助さん、そういう話になると、なんかかわいい。あはははは」

 

 

う、うっさい○島っ!

シバくぞゴラッ。

 

 

閑話休題。

 

ひととなりのわかる会話を重ねているためか、

仕事の話でも「ひととなり」でヒライテいるので、シビアな内容も、

一歩間違えば、後味の悪いことにならないか、と思うような話でも、忌憚なく話ができた。

 

お陰で、どれだけプロジェクトの中で諦めそうになったことを、諦めず

落ち込んで帰ってこられそうにないところから、ここまでこられたことか。

奴も「ガスガス」言うタイプなので、その姿勢に励まされ、

積極的に「伝えてゆくこと」を、自信を持ってできるようにもなった。

 

会話の重なりから、うまくできない「チューニング」も、奴の人間性で

保てたのもあるかもしれない、と思う。

よく「雨留乃助さんってさ、○○だよね」や、「言い方はきついけど、それは当然だよ」など

「核は、理解できる」という、理解を持ってくれていた。

 

 

髪を切ってくれる兄貴には

「雨留乃助さんは、よくも悪くも理解されにくい人だから、理解できる人って、本当に貴重ですよ」

と、言われ、自覚もそれなりにある。

 

○島の、おおらかさと、コミュニケーション能力に、本当は助けられていて、

ここまでやってこられたのかも、しれない。

奴がいなければ・・・。

 

 

○島と、

偶然、ほぼ日を同じくして、この会社で会ったこと

同じプロジェクトに参画できたこと、

とても、感謝している。

 

ずっと、感謝してゆくだろう。

 

ありがとう。