雨留乃助、和而不同 -今日を生き、今日又反省- -13ページ目

「チームワーク」っていうけど、さ。

件の店の手伝いの 、後日談。

 ※ 本当は「感じた」「思った」時間を大切にしたいのだが、延び延びになってしまった・・・。
 

 
自分は仕込みを含めた先発隊になるのだが、
サービスだけの、後発隊もいる。
 
料理が好きで、サービスも好きだと昼から入るのだが
今回は何人かいる先発隊も、歳と都合で自分ひとりだった。
 

 
お客様がひとり、ふたりと揃いだすとぼちぼちスタート。
 

 
最初は、自分が飲み物のオーダーをとり、作り
スターターとして、すぐ出せそうな蚕豆などを出し
その足で冷蔵庫に、柵取りした鰹とツマ、薬味を取りに行き
造りの支度をする。そして、醤油皿とともに「おまちどうさま、鰹の造りです」

 

ひとり、ふたり、ひとりがふたり。

これ位までなら、ひとりで話もしながら酒の追加もしながら、

お客様の相手はできる。

 

しかし、立て込んでくる、飲み物ピッチもそれぞれ違う。

刺身を引いているところで、「すみません、おかわり!」なんてのはザラ。

 

 

しまった!と思った瞬間、右手のビアサーバーの方から声がする。

自分よりここに来たのが長い、一緒に飲むこともあるサイトーサンだ。

 

彼の玉子焼きはおいしい。

そして、自分でも勿論できるけれど、彼の麦酒の注ぎ方はとても綺麗だ。

卒なく、おいしそうな(いや、おいしい)麦酒を注いでくれる。

 

 

彼がいることで、私は料理と、料理の提供、サービスに専念ができる。

 

 

お客様が増えてきて、場所内がごったがえしてくる。

 

料理がちゃんと行き届いているか、足りているか、目が行き届かなくなってくる。

大将も「雨留乃助、今テーブルに入れたお客様に盛り込み4人分」等

指示をしてくれるけれど、私の【春鹿】の師匠にして、元N響のオーボエ吹きの

息子さん、にして大物釣の名手・ナオトサンが、何くれとサポートに入ってくれる。

 

魚を捌かせたら、私よりも丁寧な皮引きや小骨取りができる

 ※ のわりに、ものっ凄く大きい。縦にも横にも・・・。

親父からの常連なので、長老衆の扱いは手馴れたものだ。

 

 

揚げ物に入っている時に、新しい客が来た。

「あ、刺身・・・」と思った時には、後ろで「やっとく。大丈夫」とナオトサン。

ささっと動いて刺身を引く。出したついでに、近くの皿まで引き上げてくる。

 

 

彼がいることで、私は料理に専念ができるようになる。

 

下準備した在庫量。

席毎の料理の出具合。

お客様ごとの嗜好。

 

それを配分しながら

 

「あ、あそこのお客様はよく食べるから、ハモ唐揚追加」

 

「ここは女性3人でいるから、コールスローをささっと」

 

「お年を召した方だから、差し入れの大根の糠漬を」

 

計画をたてつつ、それを実行に落としてゆく。

 

 

そして、サイトーサンから

「芋(焼酎)の在庫、あと一本だけど、ある?」と聞かれて

酒の残量の算出をしつつ

「1本はあるけれど、女性で白ワインとかすすめてみて」と打診する。

 

 

また、ナオトサンに

「これからラスト2時間までに2グループ来るって大将。

 でも、こっち(板場)の材料が少ないから、焼場にいっている材料確認して

 こっちで火を通してざざっとつくれそうな在庫、確保してもらえる?」

というと

「よっしゃ」

ひとことで、新じゃがいもやら、ソーセージやら調達してきてくださる。

 

 

他にもこの面子には、

今はニューヨークにミュージカル留学にいったユカ

酔っ払うとやたら色っぽくなってしまうヒロコサン

酒屋の前掛けが、酒屋以上ににあうオオゴシサンが

フロアで目を配ってくれて、カウンター内にいる自分に情報を送ってくれ、

客席と同じくらいごったがえした洗い場を、捌いてくれた。

 

 

しかしこの面子。

一緒にこの店で飲むことはあっても、この「チーム」となるのは

年に一度か、二度。

そして、お互い全く違う職種職業をしているし、生活も違う。

 

 

しかし絶妙のコンビネーション。

みんな「この会を楽しんでほしい」と思って、自分のやっていることを全うする。

 ※ 勝手な思い込みかもしれないですが、自分はそう思っている

 

 

おかげさまで、お客様はこの「シロウト集団」に心配されることもなく

心ゆくまで飲んで、食べて、語らって、楽しんまれている。

 

時々お客様の方が、惚れ惚れした眼差しで

「いつもよく働いてくれるよね、お疲れ様」なんていってくれると

「何かおつくりしましょうか?」なんていいたくなっちまう。

 

 

 

「チームワークが大切」ってよくいうけど、さ。

その言を先にしている時程、その言葉がシックリこないと感じるのは、自分だけなのだろうか。

 

完璧な人間はいないと思います。

誰でも、誰かに補われて生きている、と思います。

 

この人には私にはない、こんなところがある。だから活かしてほしい。

 

この人には、私にはない、こんなところがある。だから信頼できる。

 

自分ではない誰かが、自分の足りない部分を補って、繋がってゆく。

それも、明確な役割分担と、その人のキャラクターが活かされつつ。

 

そして、そう思うみんなが、「こうしたい」「こうありたい」という

明確な目的や、目標がそれを結び付けてゆく。

 

 

 

それが繋がって「チームワーク」になるんじゃないかな。

と、件の店のカウンターで、刺身を引きながら感じていた。

 

 

 

「みんななかよく」じゃないでしょ?と思うが。

 

 

 

また、これとは違った観点になるのだが、

「自分でないひとに、仕事をしてもらう」ということも少し

別の機会に、考えてみたい。

 

 

 

ボクの大好きな、スズキ姐さん

いとこが来月結婚式をあげるのもあり、
この数年、通販以外で買う唯一の服屋 へ。
 
以前は、飯田橋の店を使い、また自らも店長から
「雨留乃助はうちのブランドのイメージにぴったりだから、お願い!」
と請われ半年程、仕事をしつつ、土日のいずれか店頭に立ち、

顧客を目の前にして、モノを売る、というよい経験をさせて頂いた。
 
今は仕事場の近くでもあり、また飯田橋の頃一緒に店に立ったこともある、

スズキ姐さんが店長をやっている新宿の店に。
 
 
久方ぶりの邂逅ではあるけれど、先週も来たような
「このスカート!私でもはけたよ!」なんて会話からはじまり
 ※ スズキ姐さんは、どこの星にすんでるのか、って位、細い

   そして、凄みのあるオリエンタル・ビューティだ。

 
今の仕事の話しから、カスタマーサービスの内容に及んだとき
「そうそうそうそうっ」とスズキ姐さん堰を切ったように話をし出した。
 
 
はじまりは、他店から来たヘルプと呼ばれる女の子が、接客をし、
一点の服を売ったところから。
 
 
それから、一週間以上経って、同店に「買ったのにきつい、交換をしてください」
という電話が入り、それを受けた、ヘルプの女の子が、それを受け付けた。
 
この店では基本的に、試着をしてもらい、納得してもらってから購入して頂くようにしている。
レジにも、基本的に返品・交換は受け付けない事を明記していた。
このような状況なので、お客様から返品・交換の連絡を受けた場合、その状況を伺ってから
店長若しくは、本社問い合わせにするオペレーションになっていた。私もそれは知っている。
 
また、交換もしくは返品の場合は、製造元の問題でのみ受け付けるのが本来。
着衣時のビスの破損や、染料の選択ミスによる色落ち等にあたる。
「きつい」「ゆるい」等は試着をすすめているので、その段階でお客様に確認して頂くようになっている。

無理無茶試着なし、では売りつけない。

 ※ 少なくとも、自分がやっていた時や、一緒にやっていた人間たちは試着はすすめていた。

   決定にあたっても、いろいろな情報も与えるが、決断は本人の自由だ。
 
 
彼女は確認作業をせず、自己了承でこの交換を受け付けてしまった。
 
 
後日、関東の遠隔から来た、というそのお客様は、電話で交換を受け付けた事を伝えた。
しかし、ここの服。もともと点数が少ない。
その上、一部を除き、サイズはひとつのみ。
もし「きついです」等の場合は、試着の段階であきらめて頂くはずだがこのお客様。
「だって、家で着て、腕をあげたらきつかったんだもん」と、試着し確認したことを認めない。
 
更に、「わたしはわざわざ○○(関東遠隔)から来たというのに」やら

「欲しいものがないっ」と店内を叫びながら、のしあるいた、という。

 
もちろんこれは営業時間内のこと。他にもお客様はいらっしゃる。

売った本人はもう、すっかり萎縮してしまっている、
 
 
そこで、スズキ姐さんの登場となる。
 
 
叫ぶお客様をなだめながら、本社に連絡をとり、指示を仰いだ。

購入価格に上乗せした金額の商品を提供し、怒りを納めて頂くよう、という指示を拝受。
 
で、代替の希望を、件のお客様にお伺いすると
 
「綿100%、黒」
 
因に、ここの服は約9割が化繊。
それを希望だったら、最初からここは対象外だ。

 

それを説得しようとするとまた、

「欲しい商品がないんじゃ意味がないっ」

「これじゃないっ!これじゃないっ!」と店内をまた、のし歩きだし

ディスプレイをがさがさとさせ、「あんたじゃない、責任者を出せ」と言い出した。

 

営業上、たまったものではない。お客様はすっかり引いてしまった。

再度本社に連絡を取り、お客様の状況を報告。

自分でも想像できるが、この状況では店舗では対応しきれない。

 

最終的には、本社側から、消費者センターに言って頂いてもいい、とお伝えし、

今日はお気持ちのすむ商品を選んで頂くところで、説得した。
 

 
「で、ここからなんだよ」と、スズキ姐さん。

 

 

ともかく希望を聞いて、それに該当しそうな商品を選び、ともかく試着して頂く。
 
「お客様、何かご不満な点はございませんか?」
 
もう一度、同じクレームで来店されないよう、心中は必死です。
 

 
それへの返答が
  「どう?似合う」
 

 
ハラはたてていられない。
 
「お似合いですけれど」
 
  「でもねぇ、これから暑くなると、この襟・・・」
 
 「はいっ、別のものにしましょうっ」
 
暫く、この会話が続いたそうです。
 

 
念を押しておきますが、上記に書いた通り、返品・交換は受け付けておりません。

お支払いの際の、レジのところにもわかるように貼ってありました。
また、この連絡を頂くまで、商法等で定義されているクーリングオフ期間をはるかに超えた日数での「交換希望」です。
今回の返品・交換は、オペレーションエラーによる、ある種善意の顧客サービスです。
 
 

わたしでも以前のblog の中で書きましたが、こういったお客様は、対応している間は、「何を求めているのか」よくわかりません。

正直、やけっぱちになってきたり、ヘコんできたり、泣きそうになったり、キレそうになったり、が事実です。

一応、こちらも人間なものですから。

 

しかし。

 
そんな中で、スズキ姐さんは、会話の中から、一つの法則を見いだします。
 

 
またやってきました。
  「どう?」
 
「ええ、お似合いですよ。」
 
  「胸のところ、開き過ぎじゃない?」
 
「いえいえ、お客様。胸が豊満でいらっしゃいますから」
 
  「・・・そうなのよぉ。じゃこれをいただくわ」
 
 
自信がかなりおありになるお客様と看破し、そこをついていったわけです。

 ※ 少なくとも、言ったことに嘘はなかったそうです。

 

 

 

解決を導くためには、常にどこかで冷静でなくてはならない。

ましてや店長。最後まで責任をとらねばならぬ、言い訳のきかぬ立場だ。

 

スズキ姐さんは、以前のblog で書いたように、「怒っている」を洞察しつつ

最善の対処を、状況の中で見出し、実行していった。

 

コールセンターは状況によってはタイムラグを置く事も出来るが

こういう状況は「ちょっと待ってください」がイノチトリにもなりかねない。

会話の当意即妙は、ここや、他の店でのやりとり で大分慣れはしましたが、

「この、目の前にある危機」と対峙したら、きっと自分では、手足がガクガクしてしまっただろう。

 

「だって私、悪いことしてないもん」

 

キゼンと、そしてキッパリと言い放つ、スズキ姐さん。

なかなかこう、言い切れるほど、自分のやっていることに胸を張れる事があるだろうか。

スゲーよ、スズキ姐さん。

 

 

 

 

 

「でね、同じ金額のものより、安いの選んでったよ。赤字にならなくてラッキィ」

 

 

・・・やっぱりスゲーよ、姐さん。

 

 

 ※ 因みに、失礼のないように。スズキ姐さんは、自分とおない歳です。 

  

 

 

【オンナノコ】 ハラスメント

「ウチの女の子がですね」


 

なぁんて社内のどっかでいわれると、「ってぇぃっ」とココロで叫ぶ


 ※ きっとハナの脇か、眉間にバイカル湖より深いシワでもできてるのだろうな・・・。

  

自分は一応、72年型だ。

 ※ 深く追求はせんといてください

 

ついでに、見栄を張るわけでもなんでもないが、モノゴコロついた時から、

「かわいい」やら「若い」やら、そういうコトバが大っ嫌いだった。

 

今思うところであれば、その「若い」は、賞味期限(アシ)の早い

生鮮食料品のようなもんだ、としか思えなかった。


ついでに、あくまで個人的だが、「若い」といって頂ける方々が、

それなりに善い歳月を過ごされてきている事もあり、

それだけ「歳を重ねられていない」イコール「若輩者」と、

自負としてだが、考えてしまう。

 

嗚呼、まだ未だだ。と。

きっと、この方々の○年代にも、至っていないのだろう、等と。

 

 

だから、あくまで個人的だが、「若い」といわれて余りいい気分はしない。

 ※ 汎用利用は、お控えください。

 

 

今の職場はアルバイトを入れて12人の小所帯。

ついでに、その中で女性はバイトの人を含め4人。

ついでについでに、バイトの人以外、同級生だ。

 

社長は67年型。

「オンナノコにお茶をいれてもらうほうが、お客さんもうれしい」

「電話はまず、オンナノコが率先して出てください」

というお年頃、若しくは業界出身。

 

まわりもそれに「右ならえ」してくださっている。

 

 

因みに、私は事務職採用ではない。

此処の職場は、バイトの人は別にして、業務の重軽はあるだろうけれど

誰もが事業運営や、サービス企画、システム運営に携わっている。

 

同じ仕事をしていても、「オンナノコ」なので、お茶を入れたり、下げたりする。

お客様への返信メールを打ちながら、これでも一応「オンナノコ」なので

誰よりも先に、電話に率先して出る。

 

 

しかし、若し自分がいない、若しくは「オンナノコ」総じて皆、手が離せない、という

状況があったとしても、自分の客に出した碗どころか、自分で造成した吸殻まで片付けない。

果てには、3コールも4コールも鳴らしてまだ、電話に出ない輩までいる。

 

それを進言したところ社長。

「ボクは世界一のナマケモノだから」と飄々としている。

 

まわりもそれに「右ならえ」してくださっている。(苦

  

 

「オンナノコ」ってタカくくってませんか?アナタたち。

「オンナノコ」って言ったら「やってくれるもん」って思っていませんこと?

 

私のお茶碗洗浄 一客につき10秒×3個 & 移動時間往復30秒

アナタのオペレーションコスト、私に降りてきているんですからね。

「そんなに大変だっていうなら、自分のオペレーションコストを出せ」っている、

ソコのアナタ。

アナタの造成した吸殻、片付けているんですから。

 

ついでにアナタがフォローしそこねたシステムで怒っている

お客様フォローしてるの、ワタシですからね。

 

 

ついでについでに、

 ※ 加熱してきたついでに・・・

 

若いにしたって、「オンナノコ」って言い方はねぇだろがっ!!

 

いちばんよく言う奴は80年型。

「うちのオンナノコで、商品のコメント書いている・・・」って

上司部下も、同じシマでもなくいけしゃぁしゃぁと仰せられる。

 

それも72年型のイイ歳したオンナ捕まえて、まぁ。

「いやだぁ、きゃは♪」って喜んでいられるトシじゃないんだ!

 ※ 勿論、そんなので売れるトシでもないが・・・(撃沈

 

「若い」にも限度、分別ってものがあるだろ!と。

 

 

 

・・・、ってやっぱり。「若い」なぁ・・・、自分。

「常識」という、病

「常識」というコトバを意識して、使わなくなったのは

アタマデッカチ進行形の、恐らく中学生位の事だと、思う。

 

千差万別、十人十色という、人と人との間になんか

「常識」で十把ひとからげにできることなんてない、と思っている。

 

あって「良識」だ。

 

 

先日の会議でのこと。

 

年上の方のことを取り上げるのは聊か気が引けるが、

 

「そもそも当たり前のことじゃないですか」

 

「・・・なんていうことは、商売として常識でしょう」

 

と、発言の接頭設備に、「常識」を連呼される方がいる。

 

最近うちのプロジェクトに入ってきた方だ。

 

 

公論私論別にして、少々カチンときた。

うちのプロジェクトは、ホワイトカラー同士で集まって仕事しているわけではない。

「汗かかん奴の話は聞かない」というクライアントがメインのプロジェクトだ。

 

商品提供だって、大手の流通や売り掛け買い掛けがちゃんとしたところと

「企業間」的取引ができているわけではない。

 

ましてや、私は顧客(利用者)サポート担当だ。

コッチの理由が通らないのなんか、日常チャメシ事だ。

もう、わけもわからぬイカリを、ぶん投げてくるお客様だって、「想定の範囲内」。

 

相手の状況や、立場を尊重しつつ、どうにかこうにか手作りしてきたような、サービスだ。

 

異業種どうし、異業界どうし、「うちのアタリマエ」が通らないのは、

其れこそ「アタリマエ」のはなし。

 

それを「当たり前」「常識」ということで、理解に壁を、つくる。

 

理解に壁をつくれば、本質への理解が鈍ってくる。

 

捉えられる本質が鈍ってくれば、「何が大切なのか」曖昧になる。

 

「何が大切なのか」が曖昧になれば、此れこそ、「根本」がわからなくなる。

 

対処を誤る、進行方向を誤る。そしてむしろ、自分自身の成長や進展も危ぶまれる。

 

 

第一、人間自体それぞれが小宇宙みたいなもんだ。

違う言語感覚や、思考回路、意識がある。

それを考えながら対話をしていれば、自ずと日々「異文化コミュニケーション」だ。

 

「常識」ということば。

使い出すと、これはこれで、とても便利なコトバのように思う。

免罪符のようだ(と、アタマデッカチの時にも、いったように思う)

「常識」をふりかざすことで、自分もラクになる部分はあるだろう。

 

しかし、自分の視野や視座、理解を深めてゆこうとする時、

此れ程恐ろしい「病」はない、と思う。

 

理解している「気」になったり

知っている「気」になったりする、病。

 

何処でも通用する「常識」という免罪符なんかない。

自分は、そう思う。

趣味と、訓練を兼ねて

今日は。
いきつけの店の常連会。
 
自分は、定期的にそこの店での貸し切り会の時
会のヘルプとして、カウンターの内側、
キッチン兼、サービスに入る。
 
最初は「お手伝い」の感覚で入ったのがはじめ。

しかし、根が「ちゃんと、やる」タチ。

飲食業で仕事をする友達も多く、「ヘルプ」とはいえ、
「カウンターの内側に入ったからには、店の人間」と意識し、
毎度参加していたことで、今は大将から
「雨留乃助に任せておけば、俺飲めるし」と信頼を頂いている。
 
一方で、回を重ねる度に、細かい指摘や、要求も高くなってきている。
 
自分がやらなければだめなことと、人に任せてしまえる事を見極めること。
動ける人と、動けない人を見極めて、仕事をうまく分配すること。
それも、現場で、瞬時に。等。
料理の技術も然り。
 

カウンターだけの店だけど、カウンターで料理をし、
提供する方法を、この現場で考え、動くチカラを
つけさせて頂いたと思う。
 
例え、一年のうちの、何日かとはいえ。
 
12時頃店に入り、仕込み。
30人分のポテトサラダをつくったり
大袋二つ分の揚げシュウマイをつくったり
10本分の葱を、白髪葱にしたり、
30本の秋刀魚をソテーしたり。
 
17時頃からぼちぼち人が集まりだすと、料理をしながら接客。
よく顔をあわせる馴染みから、長年の常連。
最近顔を見せるようになった、若い方々まで
ご挨拶をし、会話をし、酒の進み方を見、
大将からの指示を頂きながら、お客様の嗜好を把握しつつ
料理や、酒を提供してゆく。
 
カウンターでの提供なので、キッチンまわりも
雑然としないよう、カウンターのお客様に配慮しつつ
皿やグラスをきれいにしたり、ゴミを捨てる。
 
これがだいたい21時位まで続く。
 
それからぼちぼち引き出して、少しづつ規模を小さくしながら
終い支度をしながら、長っ尻のお客様の相手をする。
 
気がつくと0時。
 
 
お客様によっては、そこから
「雨留乃助、がんばってくれたから、おつかれさましよう」と
声をかけてくださる(というか、きっとまだ飲みたい)方からの
お誘いがあることもある。
 
 
これが、劇団の講演打ち上げになると、仕込み15時、0時スタート、
7時終了なんてのもあった。
勿論、そのまま出社だ。
 
 
でも、どれもとても楽しかった。
 
幸いなことに、お客様にも喜んで頂いているので、
「うちの会にも出てほしい」
「今度も(カウンター)に入るんでしょ?」と
お声かけ頂く。
 
 
喜んでくださるお客様がいる。
それがとてもうれしい。
 
 
もしかしたら、今の選択をする下地はもう、
こういうところで、出来ていたのかもしれない。
 
 
さてさて、戦闘準備を致しましょう。