雨留乃助、和而不同 -今日を生き、今日又反省- -12ページ目

生存

「火のない処に 煙は立たぬ。」とはよくいったもので

納得。


だが、

万事事無きは、矢張りつまらん
折角、生きているのだから。

また、今日から生きればいい

新しく。

「それは、アナタが (抽象的基準表現) だから」ではじまる会話の、傷

「それは、雨留乃助さんの言い方に問題があるんだよ」と、まず社長に言われた。


朝っぱらから、「雨留乃助、ちょっとこいっ」と
発注支払担当に、ツルされるカタチで呼びつけられた.

一応、説明しておきますがココ、会社です。
※ ついで事ですが、以前 「常識」という病 での 「常識」さんで、
   アナタの「ワカラナイ」は、ワタシにはわからない。 「ワカラナイ」さんです。

此方の状況説明を提示する間もなく、一方的に怒鳴りつけられ
「信じられねぇ、こいつ」とあしらわれ。

若し、自分が屈強な男で、盛り場で売られた喧嘩だったら、
襟首引っ掴んで、がっつり殴っていた、思いました。

そのあしらい方から、女で、年下で、職務上ぺーぺーのくせに、
というのが、ぷんぷんとしていました。

ポケットに手を突っ込み、唾を吐き出すような発言の仕方に、
反吐がでそうになりましたが、息を呑みつつ我慢できるところまで反論を止め、
それでも続けるので、かぶせて状況説明をしました。
 ※ 今日は主観が入ってしまいそうです・・・冷静に書かないと。


その話が、会議の終わり頃に出ました。

社長が口を切りました。のっけが
「さっきの、あんなのだめだよ」

あんな、怒鳴りあいはよくないとは、思います。

此方側からの説明を一切拒絶して、一方的に私は言われているだけでした。
だめだよ、も何もない。言われているだけなのだから。


そして言われたのが上記。

「それは、雨留乃助さんの言い方に問題があるんだよ」

言い方も何も、こっちは何も言えていません。
状況の説明をして、一方的にだーだー言われて「信じられねぇ」まで言われて、困っているのはこっちのほう。
そこであった事実を、上記の通り伝えました。


「だからさ、その言い方が感情的なんだよ」


は?


努めて冷静に、状況の説明をしているところで、内容を聞くも何も
「言い方が、感情的だ」という、対応は如何なものだろう、と思った。
 
ともかく、起きた事に関する説明責任を果たそう、と

今回に始まったことじゃなく、以前にも似た様なことがあったこと。
その際も、説明責任を果たした後、いきなり怒鳴りつけにきたこと。その時の内容。
業務にあたって説明差し上げるも、「はいはい、はいはい」と最後まで聞かないこと。
その前提がありながら、ある日突然「紙っきれ一枚で引継ぎになるか」と、怒鳴りつけられたこと。
自分は「こう思った」抜きに、話したつもりです。


「大概さ、あっちがどういった、こういったとかいって、そこからもつれるんだよね」

起きたことはどうでもいいのか、「あんなのはだめだよ」で終わりかよ、
それは業務で起きているのに・・・と少々落胆しはじめた。

「だって、今のだって感情的だもん。それで絶対自分は悪くないっていえる?」

挑発とも取れた。
悔しくて身体が震えた。
責任は果たしている。
業務を善く遂行しようと努力してきた。
全く他意はない、と言い切れる。

しかし、全く自分は悪くないと、言い切れるか・・・。
私はそんなに強くない。



若し、自分なら。

両方に言い分はあるのだから、
まず両者からどうだったのか、耳を傾けます。
 
それから、客観的な判断をします。
業務の状況、何をし、どうなったか、そして、どうしてそうなったか
そして、解決策を導きます。
 
業務の上で大事なのは、言い合いがあったことではなく
その業務がどうして「そのような」トラブルになったか、が優先ではないだろうか。
 
個々人の、相手に対しての「こうしたほうがいい」「このほうがよかったね」
それは最後の話です。
 
ましてや、「あなたは○○的だ」と、評価レベルの違う内容の、個人評を伝える是非は、
もっと考えて、慎重に行います。
 
 
 
以前にも、上のものはいましたが、対外に対して守ってもらった覚えもなく
むしろ、感情に任せてキレられ、フォローなしが常の一年でした。
 
業務改善の為の提案を、「だって、その大変なのってわかんないもん」と
跳ねられて、それでも何とか自分でやって成果を出そうとしてきた、一年でした。
 
「もし、自分なら」と歯を食い縛り、いつかあの位置に立つ時になったら
絶対そんなことはしない、と誓ってきた、一年でした
 
カッチリした物言いですので、「きつい」といわれる事は、甘んじて受けようと、してきました。
 
 
しかし、言いたいことの真意ではなく、形骸に拘られて、原因追求もなく
「あなたが (抽象的基準表現) だから」のみ、ともかくみんなに謝れ、で
今、風化してゆこうとしているこの事は、後生忘れません。
 
なんか、凄く痛いですが、絶対、負けません。
 
 

ボクの大好きなスズキ姐さん ・ 続 「放任主義っていわれる」ことの真意

前に長々と書いてしまった【ボクの大好きなスズキ姐さん】 には


その後がある。

これも頷きもし、また考えさせられもする話だった。
 
 
 
「わたしはさ、放任主義っていわれるけれど」
 
スズキ姐さんは言う。
 
「あれはあぁしてください、これはこうしてくださいって、一から百まで
くだくだクダクダ、こっちの理論でものいうの、いやなんだよね」
 
うん。
  
「だってさ、どんな仕事もそうだけど、みんなそれぞれ、いろいろな経歴があって
 今、偶然ここに来ているわけじゃん」
 
納得。
自分も、大企業から中小企業、事務職から制作、販売、営業等等
経歴にそれなりのバリエーションがある。
 
「みんな、それなりに、いろいろなところで、いろいろな経験を積んでいて 
 私が説明する、とっくの前に分かりきっていることもたくさんあるわけでしょう?
 
 そういう人たちにさぁ、うちはああです、こうです、って一方的に言うのって
 その中でひとつでも知っている事があったら、聞く相手だって嫌なもんじゃない?
 知っている人にとってみれば、「うぜぇなぁ」って思ってしまうでしょ」
 
合点。
 
「だから、うちの仕事として一番大切な、お金が絡む部分はバックヤードに
 いつも張り出してあって、「これをちゃんと読んでください」と。
  
 で、「わからないことがあったら、何でも聞いてください」って
 そう伝えておいて、わからないこと聞かないのは、その人の責任じゃない?」
 
うん。
私の基本姿勢も同じく。
 
  
で、スズキ姐さんの凄いところはここからだった。
 
 
「で、聞かないということは、わかっていることとして対応致しますから」
 
  
今回他店からのヘルプで来たという子にも
同様の話をしておいて、オペレーションエラーをしたわけです。
 
更に、そのオペレーションは「読んでおいてください」といった
バックヤードの注意書きにあったオペレーションでした。
 
  
姐さん、くどくどいいません。
 
「読んでください、っていった注意書き、読みましたか?」
 
  「・・・少し、読みました」
 
「少し読んだ、というのであれば、何処を読みましたか?」
 
  「・・・・・、余り読んでいませんでした」
 
  
「では、ここで仕事をして頂くからには、ちゃんと読んでおいてください。
 それから。
 私は同じ事を二度言うのがいやです。二度といいませんから」
 
 
なかなか、ここまで言い切れないものです。
 
 
「聞かないことには、その人のワカラナイは分からない」
自分にも思い当たるところがあるので、後日自分も思うところを書こうと思う。
 
 
スズキ姐さんは、人それぞれの歴史や履歴、個々人の持っている
「人間力」を活かすべく「自主性」を尊重したわけです。
 
また、この業界は、毎日違う思考で、嗜好の人たちと接する仕事。
「来たらどうにして、こういうときはこうして・・・」というのは「実践的」ではない。
 
端から見れば、「無法地帯って言われるよ(笑」かもしれない。
 
ここのような、「日々実践」「絶対的正しさのない」ところで
尚且つ、「人」を相手にしている仕事であれば、
人それぞれの持っているチカラを最大限発揮させてゆくのが最適ではないだろうか。
 
接してゆく「履歴」がまた、新しい「蓄積」をつくり
その「蓄積」がまた、新しい「履歴」を生む。
「学習」も「統合」も進む。
「自主性」が「自主的」に、働けば、の話ではあるが。
 

しかし、それは時として、「自主性」に依存するがゆえに
個々人の蓄積や、必須事項の確認を怠りがちだ。
 
それを補いつつ、更に、個々人の「自主性」意識を高める働きが
「で、聞かないということは、わかっていることとして対応致しますから」
なのだと、自分は思う。
 
「しでかして」しまうこともあるだろう。
過ちなど、誰だって起こす。ほんとうに大切なことが気づかないこともある。
それを徹底させるのが「二度といいませんから」
 
 
嫌がおうにも「自主性」を発揮しなければ「生き残れない」現場。
スズキ姐さんは用意するだけでなく、時にきゅっと〆め、時にふわふわっと広げる。

 
 
それにしても凄いよ、姐さん。
 
仕事の現場で、その人となりやキャラクターを活かして
その人の自主性に委ねて、仕事を進めてゆく、のは言っている程に出来るものではない。
 
自分でも「真似っこと」くらいはやったことはあるけれど
清濁合わせ飲んで、感情に任せて怒らず、良くない点だけを「指摘」し
あとは見守る、なんて、そうそう・・・。
 
  
「私は何も悪い事してないよ。
 伝える事は伝えているし、自分と違うんだから、それだって尊重する。
 で、出来ていないんだから」
 
 
スズキ姐さんは、一緒に飯田橋にたっていた頃は
線が細いだけではなく、「大丈夫かなぁ」という儚さがあった。
 
けれど、池袋の店長に抜擢されてから、俄然。
でも、あれが多分スズキ姐さんの本領だったんだろうな。
 
 
池袋店が期間限定店舗だったので、クローズにあたり、今の店の店長への打診があった時の話。
「わたしは池袋店を育ててきたから、また一から新宿店をってやる気はない。
 むしろ、育てた池袋店の中から、新宿店の店長がでてほしい」といってのけた。
 
 
視座が「自分」視点ではなく、「店舗」視点、「ブランド」視点で
「さらり、」といってのけていた。
顔も、まなざしも、飯田橋の時から「すげぇ」変わったと思った瞬間だった。
 
 
今の店も店員からスタートしていた。
「ああ呑気ぃ~」とやっていたスズキ姐さんを、自分は知っている。
 
でも「適した」「それができる」人に、降りてくるものなのですね。
 
 
 
いつまでも、スズキ姐さんって呼ばせてください。
 
そでないと、雨留乃助もスジを通してやってゆく張り合いなくなっちまいますから。
この世知辛い世の中で、ひとりでさ。
 

アナタの「ワカラナイ」は、ワタシにはわからない。

前後してしまいましたが、「火薬庫爆発」 の前フリで、斯様なことがありました。
 
最近、異業種の新しいポイントサービスを開始するにあたり、自分のシマとの
共有部分を「切り出し」てゆくこととあいなりました。
 
 ※ ココの仕事のフリ方でいくと、済し崩し的に
 
  「今やっている雨留乃助さんが、とりあえず協力してあげて」
     ↓
  「雨留乃助さんの仕事じゃん」
 
   になるので、先手を打っておいたので「切り出し」になりました。
 

まずは会議で、ヒトリでやってきた業務全ての流れを説明。
そこで、業務に関する質問も受け付けました。
 
で、まず「がっつり」切り出せる業務は、システム構築の影響を受けない
受け付けた商品の購入や発送依頼だろう、という合意に至り、
カネの管理もあるので、先日の 「常識」 さんが、その「切り出し」口となった。

その常識、存分に発揮して頂きましょう。 
 
手作り状態の受発注業務でしたが、購入リストには購入して欲しい商品名と
その名前そのものが記載されているHPへのURLも添付してあります。
 
購入個数も記載されていますし、複数購入の場合は
○○円×2、○○円×1等と記載してあります。
 
資料だけわたしてもわからないでしょうから
「ここはこういう意味です、で、これはここを見るとわかります」等
説明責任も果たしました。
 
そして、 スズキ姐さんではありませんが
「わからないことがあったら、いつでも何でも聞いてくださいね」とお伝えしておきました。
 
 
「ぶっちゃけ」言いますけれど
これだけをやっていられたら、机の隣に座って教えます。
 
しかし一緒に抱えている仕事は他にも沢山あります。
お客様からの問い合わせもその間に入っています。
その対応も、同時進行しています。
来週のメールマガジンの制作も迫っています。
来月以降のサービス企画の打ち合わせも待ってもらっています。
 
「わからなければ、聞いてください」
これが現状の自分に出来る、betterなフォローと判断しておりました。
 
それに、相手は自分より年上です。
ああだ、こうだ言う前に、自分より職歴も人生時間も長いでしょう。
コムスメにきぃきぃ言われるのも、プライドにさわるでしょう。
会議の中でも、自尊心の高い方と御見受け致しましたので
一から百まで「コチラの寸法」でお伝えするのは御控え致しましょう。
 
と、思っての配慮です。
 
ですが、ね。
 
 
まず、ネットでもの買えなかったんです。
 
「ここのURLをインターネットのアドレスバーに貼って見てください」
っていっても、その行動さえ起こさないで「はいはいはいはい」って
返事されるわけです。

「はいはいはいはい」っていうのなら、わかっているんだろうなぁ、と思うと
「で、どこで買えばいいの?」と言う訳です。
 
「楽天とかで、商品買った事ないですか?」
 
 って聞いて
 
「はい」
 
というのです。
 
その場で登録の方法、購入の方法をつきっきりで教えました。
 
 
少々ショックでした。
 
「わからなかったらいってください」と伝えておいて
「はいはいはいはい」の人でしたので
もしや、とは思ったのですが。
 
 
日本で教育を受けているものの範囲でなら私もわかりますが
「はい」は、了承・了解の意味だったと思います。
 
それも仕事の場ですから、内容をお分かり頂けているのか、と。
厄介なことにならなければ、と思いましたが、何しろ
この人の「ワカラナイ」は、ワタシにはわかりませんから。
 
ヘタにこの方の自尊心のエジキになるのは、業務上御遠慮致します。
 
 
この件の直後だったと思います。
 
 
いきなりツカツカツカッと、自分の席の前にやってきて
「ちゃんと説明してくれなきゃわかんねぇんだよっ」
 
こうきたわけです。
 
 
は?
 
 
「こんな紙っ切れイチマイ渡されたところで、わからねぇだろっ」
 
 
 ※ それ以前に、ママと初等教育施設で、ヒトサマに対するオクチのキキカタを学習されるのが火急速やかに必要と思われます。
 
 
「だいたいな、貴様・・・」とポケットに手を突っ込んでオクチをキかれているわけでございます。

雨留乃助、説明責任を果たすが信条。
 
 
「ですから・・・」とはじめたところでスピーカーはボリウムを下げない。
更にうなりを高くする。
 
金融系ですね、自分の発言を邪魔されるのがおイヤなプライドの高さ。
人の言に被せて、大声で自分の主張を通す。特に、女子供となれば。
うちで集めたサンプルデータの多くは、そう。
 
 
言いたい事を言わせて、息を付いた瞬間を、突いた。
 
「わからなかったら「ワカラナイ」と言ってください、と言いましたよね」
 
またスピーカーがボリウムを上げる前に、続けた。
 
「貴方に対しては先程のように、説明責任を果たしております」
 
スピーカーがうなるがかまっちゃいられん。
 
 
「で、わからなかったら言ってくださいといって
 
 あなたは「はいはいはいはい」
 
 いつでも「はいはいはいはい」
 
 わたしはすっかり御解り頂けているものと思いますよ」
 
 
 ※ 別に、こんなことせんで伝わるのだったら、しぃひんです。
 因に、此れ~「火薬庫爆発」までの無駄な労力のおかげで
 未だに体力回復ならず、病院いこうか、と思っています・・・。
 
 
ぐぅ、と息を呑んだ。
とどめだ。
 
「みんなで共有した会議の席の中でも、行程の中にわからないことがあったら
 聞いてくださいということは繰り返しましたよね。
 
 アナタの「ワカラナイ」は、ワタシにはわからないんですよ
 
 わからないなら、「ワカラナイ」と言って頂かなくちゃ、わからないんです」
 
 
顔を引きつらせ、更に何か言おうとしたようですが、再度念押しに
 
「アナタの「ワカラナイ」は、ワタシにはわからないんですよ」
 
 
唾を吐き出すように「解りました」と言って、彼は去ってゆきました。
 
 
 
雨留乃助の昔話を少々。
 
小学生の頃から中学生の頃、数学と英語を見てくださっていた先生が、毎週家に来ていました。
 
その方に最初に言われるのは「雨留乃助さん。何か質問はありますか」でした。
 
「ありません」と、殆ど答えます。
すると「では、この問題を解いてください」と数式なり、文章題なりが出てきます。
 
 
・・・解けません。
何時間かかっても、解けません。
 
 
で、こういわれるのです。
 
「質問が何もなければ、解けるはずです。
 もし、これが解けない、ということは、ちゃんと考えていないのです」
 
 
其の、目の前の課題や物事を「ちゃんと」理解しようとしたら
どんなに些細な事でも、小さな事でも、疑問が生じる、と
今は亡き先生からの教えでした。
 
 
でも、「解らない」観点は人それぞれ。
自分なりの考え方で考えるから、自分なりの「疑問」が生じるのです。

 

善くない、慣習。 或いは感染。

今、自分の席の隣は、同僚の○島がいる。

同じプロジェクトで、向かいたい方向性が同じのなので
例え、意見が食い違おうとも、膝をあわせて納得するまで話し合える距離。

その2ヶ月前まで、隣には仕事場で限りなく少ない、女性がいました。
うちの職場の最古参から二人目の古さです。

彼女は自分と同学年。
まぁ、適当に話をあわそうとすれば、できなくはない。

でも、どうしても我慢ならないことが3点あった。

ひとつは、これは女性特有なのだろうが、

香水がキツい。



 
香水のキツさは個々人の嗅覚の問題になってくるのだろうが
この「キツさ」をわかりやすい指標レベルにすると、
約163cmの人間が、少々大股で15歩、歩いたとして
 ※ その距離が、ウチのシマと、会社の入り口の距離
その位置に彼女がいて、その匂いがわかるくらい、なのだ。
 
 
まぁ、通ったら匂いが濃厚に残る、くらいは想像して頂けるだろうか。
 
 
ふたつめは、自分の好きなJ-POPのCDをスピーカーでかけていること。
 
これは、シマに人がいない時に主にやるのだが
自分が着任当初は、年柄年中やられたものだから、ひとこと
「すまないのだが、そういう嗜好性の強いものを、その音量でかけているのは如何だろう」
と、進言してから、暫くは病んでいたが、「いないときに帰ってくると」になった。
 
 
香水も、音楽も嗜好性の強いものだ。
好きな人にはたまらないものかもしれない。
でも、
嫌いな人には、「殺してやりたくなる」位、嫌なものだろう。
 ※ ピアノひとつで、殺されている人もいるわけで。
 
 
私も香水はつけますし、お香も少々嗜みます。
アロマテラピーにもお世話になっております。
 
 
しかし、メシをくう、酒を飲むには、どうも「香水」ってやつはあわないので
基本的に、上記の行為が行われない場合は、身に付けることはあります。
 ※ といって何か、想像をふくらませないっ!
 
 
音楽も、「あくまで個人的な嗜好ですが」
稚拙な声帯からもれるきぃきぃ声やら
詩情を表現していないようなコトバのラレツは
頭脳労働をする現場では、ストレスにしかなりません。
 
 
もちろん、自分が林檎が好きだろうが、幸宏が好きだろうが
三輪さん、越路さんが好きだろうが、そんなのはヘッドフォンの世界です。
 
自分の好きなものは、他人も好きだ、とは思えませんので。
 
 
会社は他人同士集まって、共同の利益を産出する場所。
そんなちぃさなことできぃきぃと、と言われる方もあるかもしれません。
 
しかし、他人と他人との集まりで、他人を意識できない人間に
他人であるが故の、他人を思う気持ちや、他人を意識する配慮ができましょうか。
帰結、人を尊重できない人間が、人と手をとって、「共同の利益の産出」なんて出来るのでしょうか。
 ※ といって、わたしも彼女を尊重していないケツの穴の小ささなのか、と自省もありますが。
 
 

さて。 
 
そして、これ以上に堪えたのが、ひとりごとの声がデカい。
 
 
声がデカいことは、悪いこととは思いません。
自分も、電話に出るときはかなりはっきりした声ででます。
 
 
この「デカさ」をわかりやすい指標レベルにすると、
約163cmの人間が、少々大股で15歩、歩いたとして
 ※ その距離が、ウチのシマと、会社の入り口の距離
その位置に彼女がいて、言っている内容がわかるくらい、なのだ。
 
ヘタすりゃ、社内情報、玄関に来た営業にツツヌケってわけです。
 
 
しかし、彼女の場合は、人目も他のシマの人間もはばからず
私事までその声で、別のシマの人間と平気で話をします。
 
以前、そういった会話の笑い声が、クレームで電話をかけてきたお客様に
「俺を笑ったな!」と、とんでもないことになりました。
そうでなくとも、「核弾頭」でやってきたお客様だったので、どれ位押し問答したか。
 
それ以前にも、お客様からの問い合わせ内容が聞こえません、
若しくは、カスタマーサポートセンターのセンシティビティについて
お伝えしてきましたが、「わたし、声の大きさで得したことないのよね」と
ケロッとしたままでした。
 
社長に同様の内容を進言したところ
「確かに、彼女の声は大きいけどさぁ・・・、元気でいいじゃん」
 
・・・はなしにならん。割愛。
 
 
その声で、ひとりごとをいうわけです。
 
「あちゃー」
 
 
「ったくもう、○○さんは」
 
 
「ああっと、○○にでんわをしてぇ・・・、あー○○さん来ちゃう」
 
 
にはじまり、彼女独特の言い回しの
 
 
「もう○○さんやってください、っていきおいで」
 
「えへっ♪」
 
が、延々と就業時間内、続くわけです。
 
 ※ 改めてご説明しておきますが、自分と同学年です。
  で、同じ企画や、運営をやっている人間ではあります。

 
 
ひとりごと、なのでしょうから、多分に癖なんでしょうね。
本人、自覚していないんでしょうし。
 
 
でも、これがまた「感染」するんですよ。
 
同じシマの人間が会議の時に、いきなり
「もう納期踏み倒し、っていきおいで」(男)なんて言い出す。
 
「もうまにあわないかぁ。えへっ♪」(男)なんて出てくる。
 
そして、緻密なデータ集計をしていようが、
チラシの最終校正をしていようが、
「核弾頭」をうけていようが、
自分の席から、他のシマへ、誰彼私事を「わんわん」と話し出すようになりだす。
 
 
 
 
もう、ここまでくるとウイルスだ。
 
聞きたくない、稚拙な日本語を、一日中聞かされる苦痛。
暫く鬱になりました・・・。
 
 
 
そう考える自分がおかしいのかな・・・えへっ♪っていきおいで。・・・・・・(泣