家に帰って色々と考えたが、この家はそもそも父方の祖父母の家だ。
ということは、母方の筋にあたる沙織や恵美子が住んで良くて、父方の筋のシゲが住んではいけないというのはおかしな話だ。
それに、わしの考えた通り離れに住んでもらいさえすれば、同じ敷地内ではあっても同じ屋根の下というわけではない。
なんとかそう説得すること三日目。ようやく姪ども(というか沙織)も折れてくれた。
で、実際に住む前にとりあえず外で皆で会おうという事で、広島市内の某レストランでわしと姪ども、シゲとその彼女の五人で食事をすることにした。
そして、そこでわしは、衝撃の再会をする事になるのだった。
シゲの連れてきた彼女は、実にシゲの好みとマッチしていた。
オレンジがかった腰のあたりまで伸びた長い栗色の髪。均整のとれたまゆ毛、豊かなまつげに大きな、深い色の瞳。美しい鼻筋にキュッとすぼまった唇。
ふくよかな胸ときちんとくびれたウェスト。そして、細すぎない、程よく丸みを帯びた白く美しい足。誰もがため息をつくような美しい女性だった。
シゲの好みにマッチするという事は、つまりわしの好みにもマッチするという事なのだが、彼女の顔立ちにわしは見覚えがあった。だが、とっさにはそれを思いだすことができない。
向こうも向こうでわしに見覚えがあるらしく、何か妙な顔をしてわしの方を見ている。
なんとも気まずい気分だった。お互いに相手の事を知っているはずなのに、思い出すことができないのだから。

「こちらが今、俺の世話になっている、園田けいこさん。」

とシゲがわしらに彼女を紹介した時に、わしは唐突に思い出したのだ。
なるほど。既に十年以上前の事なのだから、いささか肉付きが良くなっているが、それはまぎれもない『けいこ』の容姿である。
というのも、実はわしとけいこはその昔付き合っていたのだ。
それは、まだ最初の会社にわしが勤めていた頃の話だ。
あの日、出社前にクライアントの所へ行って資料をもらってこなければならなかったわしは、面倒だと思いつつ市内電車にゆられていた。
通勤時間帯の電車の中は当然込んでいて、始点から乗ったわしですら椅子に座ることができない。
憂うつな思いで吊革につかまっていると、なんと目の前にいる女子高生が、わしの股間に自分の尻を押し付けるようにして身を預けてくるではないか。

(なんだ?女子高生の恥女か?若いのにスキモノじゃの・・・)

とわしが思った途端、彼女はそのまま崩れ落ちるかのように倒れた。
すぐさまその子を抱き起こすと、わしは一瞬とまどってしまった。
かなり苦しそうに呼吸をしている姿は、酸欠などによる呼吸困難のようにも見えるが、車内で酸欠になるようであれば倒れるのは彼女だけではないはずだ。
そう思ったわしは急いで彼女を連れて電車を降りると、たまたまコンビニで買い物をした時についていたビニール袋を使って、彼女が吐きだした呼気をそのまま吸い込ませる行為を、間隔をあけつつ数度行った。
過呼吸における一般的な対処方法である。
すると、徐々に彼女の呼吸は落ち着き、すぐに元気になった。

「ありがとうございました。」

立ち上がってわしに礼を言ったその女子高生こそが園田けいこ本人だったのである。
おかげでわしは、クライアントの所に到着する事が遅れたことで、かなりこっぴどく会社の上の者に怒られた。
これが、わしと会社との間における最初の小さなわだかまりであった。
その後、ベタな展開ではあるがその事がきっかけで交際がスタートし、彼女が短大を卒業するまでの4年間付き合った。
その4年間というのは、わしの人生に於て最良の時間だったと言って良い。
その間にも、徐々に会社との間で小さないざこざやわだかまりが増えていったが、けいこと一緒にいるとその全てを忘れ、許してやることができたのだ。
あの当時ほど穏やかな気持ちになるような事は、きっとこの先ありはしないだろう。そう思えるほどに良い時期だったのだ。
短大卒業後、彼女は就職して上京し、しばらくは遠距離恋愛が続いていたのだが、どういうワケかそのままどちらからという事もなく音信不通となり、そしてお互い三十代になった今、まさに思いがけずも再会したのである。
お互いそれを思い出したものの、言い出すこともできずに、あまり話がはずまないまま食事会は続いていった。
この店は、広島市内でも味が良いことで有名なイタリアンの店で、色々なものを食べ、かつ飲んだのだが、わしはそれらの色も形も味さえも思い出せない。
そんな奇妙な、そして何となく気まずい時間だった。

$安田亜村の過ぎた日の喜びも悲しみも
初心者の始めての一本からプロユースの逸品までっ!
というわけで(?)昨日岡山出張から帰ってきた。たった3日間ではあったが、さすがに良くもない頭は使いっぱなし、歩きっぱなし、立ちっぱなし、そこそこ重い物を運びまくりとくれば、どんな体力バカでも疲れないわけがない。そして、わしはバカではあるかもしれないが、体力に自信があるわけでもなかった。体のあちこちが地味に痛み、知らない間に体のあちこちに怪我をするのは、この手の仕事では日常茶飯事である。
おまけに、わざわざ宿泊して仕事をするわけだから、始業時間は通常と同じにしても終了が早いわけもなく。そんなわけで、今日はダメージを抜く事を優先してのんびり過ごした。それにしても、人間というものは寝ようと思えばいくらでも寝れるものである。
仕事の内容は守秘義務というものが一応あるので、くわしい場所や内容は控えるが、備前にある病院でPCの導入をやった。当初は150台と聞いていたのだが行ってみると90台になっていた。
病院自体が決定を遅らせたのと、そのせいで作業予定日までに細かい要件定義と仕様が決定しなかったため、現場では多少の混乱もあったが概ねみんなよく頑張ったのではないかと思う。
特に、今回出張った三人のうち一人はこうした業務につくのは初めての人間という事を考えれば、今回は首尾良く進んだと言っても良いのではないかと思う。
その人はわしと同じ年(学年は一つ下のようだ)だったのだが、長年美容師をやっていたという。学生時代にこういう業務に就く事を希望していたらしいが、親がやっていた床屋を継ぐ事になり、その後美容師の資格もとってがんばっていたらしいのだが、学生時代からの夢だったPC技術系の仕事に三十代半ばで転身すべくがんばっていたという。
未経験の人が今回と、来週もいっしょに行く事になっているスマホ関連の業務にすんなり入れるのは僥倖で、仕事が見つからないまま工場作業や倉庫での商品のピッキング、事務所移転作業や個人の引越し現場などの体力的にしんどい仕事をしながら雌伏の時を過ごしてきたわしからすればうらやましい話である。
その人の決断が壮挙だったか愚挙だったかは、本人のこれからの努力次第だ。。願わくば今回のようなチャンスを、是非ものにして欲しいと思う。

岡山の印象だが、岡山市は良い街のように思えた。行ったのは二度目で、前回も今回も単に宿泊するためだけに行ったので街をいろいろ見れたわけではないが、大小の店がそこかしこにあり、地下などは地理的要因もあって広島よりは充実している。
面白いものや楽しい場所はきっと広島市の方が多いのではないかと思うが、わしのように元来田舎に起居している人間からすれば、過不足なく生活できそうな、比較的綺麗な街には好感が持てた。そのうち個人でもう一度ぶらついてみるのも良いかもしれない。
仕事で行っているから当然移動時間は通勤・通学の時間にぶちあたる。そうなればたくさんの人を見るともなしに見る事になるのだが、岡山は広島とくらべると色白な女の子が多いように思う。
わしと親しい人などは、わしが色白でぽっちゃり目で、お目めパッチリのくりくりした娘が好みである事はご存知だろうと思う。さらに、背がどちらかといえば低く、おっぱいがそこそこ大きければ申し分ないわけだが、そういった女性を探すのには案外広島よりも岡山の方が良いのかもしれない。
そういえば、朝の列車の中で見知らぬかわいいJKにガン見された。たまたま目があっただけなのだろうが、どうせ二度と会う事などないのだから、ウィンクの一つでもしてやれば良かったと今更ながら思う。
同じところに行っていた若い岡山の女性の人もそういうタイプで、ちょっと広島にはいないようなのんびりした、独特のタイム感で暮らしている人が多いようだ。
そういえば、学生時代に同じ学校に行っていた岡山出身の女子もそういう人が多かったように思う。

もうひとつ印象に残ったのは、いわゆる「動くシケイン」がやたらに多い事だ。
これは言うまでもなく通行の邪魔をする他人の事を指すのだが、例えばわしが親しい友人たちに

「どうしてあの連中は、ああも鮮やかな手並みでわしの進路を妨害するのか」

などと、しばしば通りに居る人たちの事を評する事があるが、岡山で出会った連中はそういうのとはレベルが違った。
前者は、お互いの行動線がたまたま移動の流れの中で不幸な一致を見たに過ぎず、それについては相手から見たわしも同じ事だ。
だから、お互いに「なんだかねぇ」と思う程度なのだが、後者は明らかに違う。
どう違うかといえば、前者は流れの中でたまたまそうなってしまうだけであり、後者の「動くシケイン」は周囲の人々の流れなどおかまいなしに行動するのだ。
わしが今回見かけた具体的な例は、岡山駅で赤穂方面行きの列車のホームへ移動すべく歩いていると、目の前を歩いていた人が突然立ち止まるのだ。
街頭アンケートでもすれば、100人中100人が「邪魔だと感じる」場所で、である。それだけでも不快だというのに、避けようとこちらが横に移動すると、間違いなくぶつかろうとしないとそうは動かないというタイミングでこちらに寄ってくるのである。不穏当な言い方をすれば、蹴飛ばしてやっても文句を言われる筋合いの無いケースであるとわし個人としては思う。
たった3日間の滞在のなかで、そういう人間に出くわした回数は楽に二桁にのぼる。それを考えれば、広島市内でわしの進路を妨害するように横切る連中などかわいいものである。

明日からはいよいよ今年度の最後の一週間が始まる。こんなタイミングで新たな職場に行くのは何年ぶりなのだろう。
正直に言えば、初めて行く場所でこれまでに経験の薄い(あるいは無い)仕事をする直前というのはかなりナーバスになるのだが、行ってしまえば仕事をするだけなのだからどうという事もない。
心配事があるとすれば、評価業務という製品の最終的な性能を判断する仕事には、たとえ末端作業者にとっても責任は大きなものであるという事だ。
責任か。責任とは義務を果たすという事であり、それを果たす事自体は他者からすれば当たり前の事にすぎないのかもしれない。が、今の世の中で責任を果たす事のできている人間が一体どれほど居るというのだろうか。
わしも良い大人なのだから、自分がなすべき最低限度の責任くらいは果たせるよう、微力を尽くす事にしようと思う。

$安田亜村の過ぎた日の喜びも悲しみも
初心者の始めての一本からプロユースの逸品までっ!
 後楽園ホールの控え室で、斎木龍二はじっと座っていた。そろそろセミファイナルの試合の決着がつく頃だった。
 備え付けのモニターから聞こえる実況と会場の歓声以外、部屋に聞こえる音はほとんどない。斎木は傍らにいるジムの会長でトレーナーの中原健二に声をかけるでもなく、ただ黙々と準備を整える。
 バンデージを巻き終えてグローブをはめると、おもむろに立ち上がって入念にシャドーを繰り返す。それがいつもの斎木のスタイルだ。
 順調と言えば順調なボクサー人生だった。東日本では新人王を獲得。全日本新人王は逃したものの、その後の再起戦では鮮やかなK.O.で再起を果たした。
 『最強後楽園』日本タイトル挑戦権獲得トーナメントにおいて優勝を果たし、チャンピオンカーニバルへの挑戦権を獲得した。
 日本王者への初挑戦は残念ながらドロー判定となり涙をのんだが、翌年に再度挑戦し、ついに念願の日本王座を手にしたのだった。
 その後3度の防衛に成功。プロボクサーになる事を決意するのが遅かった斎木にとって、これは自身も思ってもみなかった素晴らしい成績だった。
 父親もプロボクサーだった。斎木は幼い頃に、何度か父の試合を見ている。が、父親は平凡なボクサーだった。14戦して9勝5敗。最高位は日本ランク8位だった。
 打たれて顔を腫らし、時には病院に送られる事すらある父親を、斎木は尊敬こそしていたものの、自らが同じ道に進もうとは考えてはいなかった。
 転機は22歳の頃にやってきた。当時肥満ぎみだった斎木は、中原ジム所属のプロボクサーだった高校時代の後輩に

「ダイエットにとても効果がある」

と勧められてジムに通い始めた。
 中原ジムは練習が厳しいという事で有名だった事もあり、キツいプログラムをこなすうちに斎木の体は見違えるように引き締まり、また、父親譲りのリーチの長さが会長の中原の目に止まり、プロへの転向を勧められたのだ。
 当初は当惑した斎木だったが、父親が果たせなかった王者への夢を引き継ぎたいという思いは、なんとなく日々を過ごしていた斎木の心に、灯火となって燃え上がった。
 ジムに入門して1年後、プロテストに合格した斎木は、デビュー戦を1R1分5秒でK.O.勝利という鮮烈なデビューを飾ったのだった。
その後の戦績は先のとおりだ。ただ、斎木は、デビューから5年。既に28歳になっていた。
 両親は一度も斎木の試合を見にきた事がなかった。ボクサーになった事を父親は喜びはしたが

「お前が試合をしている姿を見るのは、何か怖くてな」

父はそう言って、テレビではともかく会場に足を運ぶ事はなかった。
 母は試合の事よりも、斎木の体の事が心配だった。試合の後に電話をすると必ず

「それで、お前の体は大丈夫なのかい?」

勝っても負けても、そうとしか聞いてこなかった。しかし、斎木はそんな両親の気持ちを良く理解していた。
 ボクシングというスポーツがどういうものなのかを、父はおそらく斎木よりも良く知っているのだろう。いや、それはむしろ思い知らされていると言う方が正しいのかもしれない。
 母については、息子が対戦相手に殴られる姿を見るのも、勝っても負けても顔を腫らしている息子を見るのも辛いのだろう。思えば、父の現役時代も母は試合を見に来た事が無いような気がする。
 まして、プロボクサーとしては遅くからキャリアを積み始めた我が子を、どういう気持ちで見てよいのか判断がつかないのだろう。いずれにしても、両親にとって自分がボクシングを続けるのは複雑なものなのだろうと斎木は思う。

「そろそろ時間だ」

そう声をかけてきた中原の顔を見つめ、斎木は無言で頷いた。ガウンをまといながら斎木は

「とっつぁん・・・」

中原に声をかける。

「どうした斎木?」

会場に向かう準備をしていた中原が聞き返すと

「俺、今日の試合で勝っても負けても引退するよ・・・」

つぶやくようにそう言った。

 挑戦者の北沢英二は、ライト級の若い選手達の中でも一際目立つ存在だった。コンパクトに構える典型的なインファイターだが、アウトボクサーをカモとする珍しいタイプのボクサーだ。
 その豪打はデビュー当時から「破壊力は既に世界クラス」といわしめるほどのもので、豪打と威圧感で相手をコーナーに追い込み、脱出を狙って相手が放つ左フックをカウンターで狙い打ってKOする戦法を得意とした。
 アウトボクサータイプの選手が戦慄する試合展開をするとして注目を集めているが、斎木はその戦法自体よりもカウンターの上手さを高く評価し、同時に警戒していた。
 このタイトルマッチについて、多くの人々は、デビュー以来「華麗」と表される斎木の見事なアウトボクシングと、アウトボクサーを仕留めるのが上手いパワーファイターの北沢の戦いを闘牛に例え、「猛る若牛といかに闘うのか」と囁きあった。が、中には逆に北沢を仕留め役とみなしているファンも勿論少なくなかった。
 試合は、人々の予想に反した展開になった。1R開始直後から、本来スマートなアウトボクシングを身上とする斎木が、むしろ前に出て挑戦者と打ち合ったのだ。予想だにしなかったチャンピオンの戦法に、挑戦者の北沢は一瞬たじろいだ。それがこのラウンドの全てだった。
 斎木の左ジャブは予備動作がほとんどなく最短距離で相手にヒットする。そのため、アウトレンジから放たれた場合でも避けるのは非常に困難だ。そんな斎木のジャブを短距離で避けることなど、並のボクサーにはほとんど不可能に近い。
 並のボクサーではない北沢もその例に漏れず、斎木のジャブをほぼ全て被弾し、全身の体重と力のほとんどを込めて打ち込んでくる右ストレートをまともにくらって二度もダウンを喫したのだった。
 しかし、2Rに入るとその様相は一変した。1R時と同じように果敢に攻め立てるチャンピオンに対し、本来のスタイルであるファイタースタイルで迎え撃つ挑戦者は、まるで別人のように攻撃的に斎木の急所を攻め続ける。やはりインファイトはインファイターの北沢に分がある。たまらず斎木が、突進してくる北沢を右へ左へと躱す戦法に出たが、いつの間にかロープ際へ追い込まれ、脱出を狙って放った左フックをカウンターで狙い打たれてダウンを奪われた。
 カウント9でなんとか立ち上がったところで、ラウンド終了のゴングが鳴った。斎木はゴングに救われた恰好だった。

「最後のは驚いたな。なぜ分かっていてあんな事をやったんだ?」

自コーナーに戻った斎木に中原は問わずにはいられなかった。

「奴のパンチのタイミングを掴むには、どうしても一発もらっておかなきゃならなかったんだ。しかし、まさかあれほどまでとはなぁ・・・」

天をあおぐようにして、疲れたような口調で斎木は答えた。

「そうだったのか・・・」

「それにしてもたいした奴だ。いつの間にロープ際に追い込まれたのか、正直わからなかったよ。それにあのカウンター。分かってて軌道を避けたのにあの威力だ。恐ろしいなぁ。最近の若いやつは」

『セコンドアウト』の声に応じて立ち上がりながら、斎木は中原にこう言った。

「おやっさん。このラウンドだ。結果はどうあれ、このラウンドでケリがつくっ!」

そう言うと、まだダメージの残る体を奮い立たせて、斎木はゆっくりとリングの中央へと歩いていった。

 タイトルマッチが終わって2ヶ月が過ぎたある日、斎木龍二は首都高速湾岸線を羽田空港に向かって車を走らせていた。

(今でも信じられんな・・・)

 あの試合の壮絶な結果を思い出しながら、斎木はそれまで何度も思った事を今更ながら考えた。
 3Rの開始と同時に、斎木は普段の自分のスタイルで北沢と闘った。メキシコ人ボクサーがするような、肩を入れて拳一つ分伸びる独特の左ジャブで相手を牽制しつつ、隙があれば相手の懐に飛び込んで右ストレートを喰らわせる戦法である。むろんそれはブラフだった。
 いつものアウトボクサースタイルで闘えば、北沢は2R終了間際の戦法でやってくるに違いなかった。なにせ、当の斎木でさえ

(ゴングに救われた・・・)

と思うほどに、北沢の攻めは完璧だった。
 予想通り斎木をコーナーに追い込んだ北沢は、斎木の左フックを迎撃するようにカウンターを放ってきた。その瞬間斎木は左腕を止め、最も得意とするジョルトブロー、全体重を右拳に載せた最強の一撃をカウンターで放ったのだ。
 だが、斎木には2Rでもらった北沢のパンチのダメージが抜けきらずに残っていた。右足の踏ん張りがきかないのだ。それでも強引に放ったパンチは、北沢の右フックが斎木の顔面をとらえるのと同時に北沢の顔面にヒットした。クロスカウンターからの相打ちであった。
 気がついた時には控え室のベンチで寝かされていた。それまでのふわふわした気持ちよさはなくなり、その代わり頭も体も凄まじく痛む。そんな中で斎木は、両者ノックダウンによる引き分けにより、王座防衛に成功したのだと聞かされた。感無量だった。
 翌日、病院で精密検査を受けたあとに引退を発表。斎木のプロボクサー生活はここに終焉を迎えたのだ。
 引退後にすぐ自動車の運転免許を取得し、今日は父親の引退以来始めて上京する両親を車で迎えに行くのだ。
 しばらくの休養のあと、斎木は中原ジムでトレーナーを務める事が決まっている。斎木の引退を受けて今は村島とかいう選手が暫定王座を獲得し、斎木の引退試合の相手となった北沢が復帰戦でそのタイトルを再び狙う事が決まっているという。
 そうした諸々の喧騒を全てうしろに置き去りにして、斎木は空港に向かって車を走らせるのだった。

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初心者の始めての一本からプロユースの逸品までっ!
こうして、今の生活になじんでくると、なんだか寂しいような気がしないでもない。
そう考えると、どうやらわしは、この厄介な姪どもの世話を焼くのも案外嫌いではなかったのだろう。
落ち着いてそんな事を考える事ができるようになったのも実に良いことだが、世の中良いことばかりが続くわけではない。
ある人物の登場によって、事態はより複雑になっていくのだ。
その人物とはわしの従兄弟である。
その名を滋野茂(しげのしげる)といい、わしらはシゲと呼んでいる。
この父方の従兄弟は自称作家で、なんでもエロい作品を請負で書いているらしい。
だが、どうやらたいしたギャラを貰っているわけでもなく、今はアルバイトもせずに付き合っている女に食わせてもらっているらしい。
世間的に見れば典型的なダメ男だ。いわゆる『ヒモ』というヤツである。
しかし、この男はわしから見ても外見は悪くない。
やや赤みがかった髪は、ラフではあるがだらしなくは見えない。
鼻筋も綺麗に通ったその顔立ちは、正直に言えばよくテレビで見る男性アイドルなんぞよりもはるかに良い顔をしている。
身長も高く、わしとそれほどの違いはない。いや、むしろわしより少し高いくらいである。
そして、既にメタボなわしと違い(´Д`)奴は線の細い、モデルのような体形をしているのだ。
一つ残念な事を言えば、シゲの奴は足が短かった。
わしらは中学校まで同じ学校に行っていたのだが、身体測定の時に、身長がほとんど変わらないにもかかわらず、奴の方がわしより14cmも座高が高かったのである。
身長に対するわしの座高が、半分をやや越える程度であったことを考えれば、さほど足が長いわけでもないわしよりそれだけ足が短いという事になる。
随分派手に短足だという何よりの証明だ。
関係ないが、今どき座高を測る学校なんてあるのだろうか。

「ほう。そいつぁいいな。」

三年ぶりに会ったシゲと、仕事の休憩時間に職場にほど近いカフェで話をした時に、自然とお互いの近況の話になった。
で、その時にわしが、母方の姪と妙な共同生活をしていると言った時の奴の反応がそれであった。
なんでも、奴が今世話になっている女、つまり同棲中の彼女なのだが、その彼女が仕事の都合でわしの住んでいる島に転勤になったんだそうだ。
そこで、広島市の郊外にあるマンションから通うのは大変なので、島内に引っ越すことを考えていたというのだ。
わしの腹の中に、イヤな予感が蠢いたのは当然のことだろう。

「そこに俺らも住ませてくれよ。あっこの家から職場が近いらしいんだ。」

予想通りの言葉を吐くシゲを見ながら、わしは少し考えた。
今の家の使用状況をみると、離れにシゲとその彼女に住んでもらえばおそらく問題はない。
その離れには母屋とは別にトイレと台所があることだし、台所に関して言えば、彼女はちゃんと家事もできる人らしいので、もし本当にウチに来るのであれば、食費の事を考えればわしらと一緒に食事をする方が良いのではないだろうか。
しかし、問題は姪どもがそれを承知するかどうかだろう。
というのは、シゲの奴は親戚筋ではあまり好かれていないのだ。
まあ、前述の通りの典型的なダメ男なのだから、体面を気にする田舎の親戚達からすればやっこさんの存在は頭の痛い問題の一つとも言えなくもない。
また、人間もわりと軽薄なため、世代の近い親戚もわし以外とはあまり交流が無いのだ。
とりわけ、沙織はシゲの事を嫌っている節がある。わしはその時あまり良い返事ができなかった。

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初心者の始めての一本からプロユースの逸品までっ!
父親がどうやらビデオで何か録画しているようだったので、何を録っているのかと思って新聞を見てみると、NHKの「NHKプレマップ」だった。
妙なものを録るものだ。これは番組というよりは、NHKの番組紹介をするだけのものであり、見たいと思う人は当然いるだろうが、わざわざ録画するほどのものでもない。
たった5分の番組紹介やNHKのお知らせを、なぜ録画しているのだろうかと思ったところ、次の番組が「のんびりゆったり 路線バスの旅」だった。
どうやらこちらを録ろうとして、操作を誤ったらしい。
面白かったが、そのまま放置したのでは気の毒なので、「NHKプレマップ」終了後に録画ボタンを押しておいた。ギャフンっ!

F1の話を久々に少し書いてみようかと思う。
今年のF1は不細工な段差のついたノーズの話題が多い。これは、昨年までOKだったものが今年はダメになったので(大雑把すぎっ!)そうせざるを得なかったのだ。
もう少しだけ突っ込んでみると、去年までディフューザーと呼ばれる、クルマのリアに搭載されている空力パーツに向かって、エンジンの排気を吹きかける事によって、クルマの安定性を増す技術があったのだが、今年はそれを使用する事ができないようにルール(レギュレーションと呼ぶ)改正が行われたのだ。
F1ほどの速度で走り回るクルマになると、早く走っている時と遅く走っている時で、クルマの安定性は大きく変わってくる。
去年までは、遅い速度で走っていても、ディフューザーに排気を吹きかける事で安定させる手法で低速コーナーを回る時の安定性を高め、コーナーを脱出する速度を上げるように各チームが工夫していたのだ。
今年はそれが使用できないため、遅い速度でもクルマを安定させるために各チームが腐心し、わしなんぞでは想像もつかないような秀才達が頭を揃えて導き出した答えがあのダサい段差なのだ。
知っている人も多いと思うが、今のF1のフロントウィングには、ダウンフォースを発生させる効果を期待する事はできない。わしらが目を輝かせながらF1を見ていた少年時代のクルマとは全然違う代物なのだ。
なので、ウィングでかせぐ事のできないダウンフォースをその段差で補うというやり方が、今年のポピュラーな手法のようだ。
そうしなかったのは、わしが知る限りマクラーレンとHRTで、マクラーレンは以前から他とは違うコンセプトでマシンを作っていたため段差ノーズを採用する必要が無かった。HRTに関しては、有効な効果を得られる段差を作り出すための時間と技術とコストが足りなかったのではないだろうかと思う。
それはさておき、プレシーズンテストにおいて、パドックの話題と言えば、レッドブルのマシンのあの穴の事だろう。
彼らのクルマは、段差のある部分に穴が開いているのだ。これは他のチームにはない形だ。
デザイナーのエイドリアン・ニューイはインタビューで

「走行中にドライバーを冷やすためだよ」

などと言っていたが、そんな言葉を信じるものは当然誰もいやしない。
その理屈で言えば、ウェットコンディションでのレースの時はドライバーは水浸しになるばかりか、排水機構をそなえていない場合は最悪コクピットで溺死してしまう。
イギリス人はしばしば、うまく皮肉を込めたジョークを言ってわしを楽しませてくれるが、今回のジョークはさほど面白くなかった。
ジョークはいいとして、だったらあの穴は何だろう?
多くの人が様々な憶測を流していたが、わし会議(わしの頭の中で、複数人のわしが会議を行う)の結果、三つの可能性が上がってきたので、それを勝手に紹介しようと思う。
一つは、ノーズから取り込んだ空気をディフューザーに当てるものではないかという憶測である。
先に述べたとおり、F1マシンは速く走る事ができる半面、遅い速度で走ると著しく安定性に欠ける。近年のF1は最高速度を高めるよりも、低速コーナーをいかに安定して早く脱出するかがレースの勝負を左右するファクターとなっているので、コーナーワークを安定させるために、各チームのスタッフは考えられる全てのアイデアの中から、最も結果の良いと思われるものを使う。
これまた前述のとおり、去年まではその手法としてディフューザーに、エンジンからの排気を吹きかける方法で安定性を得ていたが、今年はそれを使えない。
だから彼らは、クルマの前方から取り込んだ空気を車体の中を通して後方へ流し、ディフューザーへ吹きかけるような仕組みを採用したのではないだろうか。
わしはレギュレーションの中身を全て完全に把握しているわけではないが、もしディフューザーへの排気を吹きかける事を規制する一文の中に「エンジンからの排気」というセンテンスがあった場合は、この手法は違反とはならないだろう。
二つめは、段差で稼ぐダウンフォースを調整するためなのではないかという事だ。
見た目にはノーズに穴が開いているだけのようにしか見えないが、実はその中身は想像以上に複雑な形状をしていて、速度によって穴に入る空気の量や流れ方を調整し、高速走行時にはダウンフォースを低くして速度を増し、低速域になるとダウンフォースを高くして安定性を高める。
それを実現するための方法はわしなんぞには想像もつかないが、当代最高の天才デザイナーと言われるニューイなら、そんな方法はいくらでも思いつくのではないだろうか。
あるいは、一つ目と二つ目のアイデアを組み合わせる方法さえも、彼にとっては上着を着替えるよりも簡単かもしれない。
もっとも、わしのこの二つの憶測も両方とも正しくないかもしれないが。
ちなみに、三つめはコーナー侵入時にあの穴から『ビックリドッキリメカ』が出てきて、コーナリング速度を落とさないようにクルマを支えてくれるというものだ。
・・・我ながらアホな事を考えるものだ。涙が出るぜ(つД‵)
以上、『RB8における、段差ノーズの穴に関する考察」でしたm(__)m


$安田亜村の過ぎた日の喜びも悲しみも
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