毎週日曜日10時きっかりに彼女はやって来た。所謂、聖書研究を始めるにあたって本屋で文語体の旧約聖書を購入するよう言われた。文語体とは昔使われていた古めかしい文体の事で〜たり、〜けりと語尾に特徴がある。難解な文字の中にエホバと言う文字が散見できた。それが旧約聖書の神の名前だと知った。エホバは天地創造の神でありイエスは神の子なのだと言う。

イエスよりも上の存在?はじめて知った神の名前。彼女が言うには、エホバのあかしびとは本来の神の民イスラエルの代わりに選ばれた新たな神の民なんだそうだ。今、世界中でそんな神の民を集めるわざが行われている。エホバは集めるわざをまもなく終了して新しい世を創られる。新しい世に住むのはエホバのあかしびとだけなのだそうだ。それを聞いた時に、そこに私はいないように思えた。数ヶ月の研究の終わりに彼女はとんでもないことを言った。聖書の年代計算によるとアダムが創造されてから六千年を経た翌年の1975年の秋に大患難が起きると言う。大患難、ハルマゲドンを経て新しい世になるんだそうだ。なんで来年?学び始めたばかりの私にそれを言うか?心の準備もできてないじゃないか!それにエネミーだらけの忌み地で伝道するなんて死んでも嫌だ!彼女の話についていけなくて研究をお断りする事にした。意外にも彼女はあっさりと引き下がってくれた。残念そうではあったけれど。

これで良かったんだと思う気持ちと大患難の言葉が不吉な思いで心に残った。神の助けと思ったのに違った…再び、漠然と自死するしか術はないのかと思いつめるようになった。するとその気持ちに楔を打つかのような夢を見た。奇妙でリアルな夢だった。

私の前に両親の家系図が広げられており、その二つが螺旋を描くように絡み合い凄い速さで遡ってゆく。そして1組の男女(おそらくアダムとエバ)に行き着いたと思ったら、ぽんっ!と広漠とした宇宙に胎児になった私がぷかぷか浮いていると言う不思議な夢だった。白い髭のお爺さんは現れなかったが、宇宙を統べ収める存在を感じた。ハッと目を覚ました時に何故か体がぶるぶる震えていた。いきなり、「神さまはいる!」と思った。盲信が始まった。

私は両親に予定していたカトリック系の女子大に行くのをやめて働きながら伝道すると伝えて二人を仰天させた。姉にも大患難の話をして泣かせてしまった。父は嫌なものを見るように私を扱い、母は鬼の形相になって猛反対した。司会者の家にも怒鳴り込んでいった。母の説得で受験はしたものの面接には行かなかった事がバレて更に母を激怒させた。困った母は担任の所に相談に行き、担任はあらかた受験は終わったけれど東京の短大の地方試験が仙台であるのでそれを受けたらどうかと提案してくれた。今回は母の言葉に従い、考えもしなかった東京行きが決まった。

この頃、母の七番目の妹が泊まりに来ていた。

母があまりに私にキツくあたるので、叔母は事情がよく飲み込めないまでも私を慰めようと声をかけてくれたのに対し私はこう言った。

「あのね、来年世界中で大患難が起きるんだって!」

叔母はぽつりと言った。

「駄目だ、こりゃ…」

だって、大切な人達に来年えらい事が起きるんだから教えてあげなくちゃ!なんとかして助けてあげなくちゃ!

そんな盲信状態のまま、私は上京することになるのだった。