ゆうきの話 -26ページ目

雨女

私の祖父は、ものすごい雨男だった。

何かするたびに必ず雨が降ると評判だった。

そして、そんな祖父の葬式も、もちろん、雨が降った。

世の中には、雨男・雨女と呼ばれる人が確かに存在するのかもしれない。

しょこたんは、有名な雨女だ。

今回も、名古屋での握手会が中止になった。

これも、単なる偶然では片付けられない、何かがあるのかもしれない。


歴史を紐解くと、古来、雨は命の源だった。もちろん、今でもそうだが。

邪馬台国の卑弥呼も、きっと雨乞いをしていた事だろう。

大地に生命を与えるもの、それが雨だ。

それを呼ぶ事の出来る人間は、神の使いと言ってもいい。

常人には無い、特別な力を身につけた、奇跡の人と呼んでもいい。

だから、私は雨男・雨女が大好きだ。

祖父は私を可愛がってくれた。

そして、祖父の死後、私は、雨を降らして欲しい時、止んで欲しい時には、祖父にお願いしている。

すると不思議に雨が、思い通りになる。


私は、明日のラクーアでのしょこたん握手会に行くつもりだ。

だから、明日は雨は降らない。

私が降らないようにするから。


あと、しょこたんへ言っておきたいことがある。

雨は生命の源だ。

それがどんな土砂降りでも、大地に生きる者は、それ無しでは存在できない。

しょこたんのその溢れる生命力が、雨を呼び大地を潤し、生命をはぐくんでいるのだ。

だから、けっして、雨女だと言って、自分を責めたり、落ち込んではならない。

雨は生命の源なのだから。

あなたは、大地に生命を与えている。

私にもね。

守護天使

Guardian angel

今日も日課のしょこたんブログを読む。


いいぞしょこたん!!マミトシさまにたっぷりと愛の力を貰うんだ!!!

マミタス様、そして寝子たち、しょこたんを癒してくれて、本当にありがとう。

私には何も出来ないけれど、貴方たちがしょこたんに無限の癒しと愛を与えてくださるおかげで、しょこたんは明日に向かって進めるのです。

まさに守護天使、ガーディアンです。本当にありがとう。

もしも、どこかで出会ったら、ニャアと鳴いて知らせてください、カリカリでもネコジャラシでも何でもご用意いたします。


やっぱり、猫は素晴らしい。

私の猫にまつわる話は


ねこねこねこねこねこだらけ



ここら辺に書いてあるので、もしよければどうぞ。


じつは・・・

やはり偶然だとは思うが、しょこたんが参っているよ様子だったので、一昨日、マミタスにエネルギーを貰って!、と言う絵を描いて、そしてこのブログにも文章を書いたりしてみたのだ。

どう考えても、このブログを読んでいる筈は無いので、となると、やはり、単なる偶然の一致か、若しくは、私が昔から感じている、不思議な感覚のせいかもしれない。

実は、昔から、私が考える事が、少しだけ周囲に伝播するような気がしてならなかった。

まあ、聞き流して欲しい。

そんな非論理的な事は・・・・いや、分からないなぁ、宇宙の事なんて、ほとんど何にも分かっちゃいないんだから、何があってもおかしくは無い。

まあ、聞き流して欲しい。


とにかく、マミタスの、寝子たちの、その無限の愛の力で、大好きなしょこたんに少しでも笑顔が戻れば、私にはこれ以上無い喜びだ。

しょこたんが、私の絵を、私のブログを見ている可能性はほぼ皆無だが、それでもいい、それはただの結果だ。

結果にとらわれず、ただひたすらに、自分の想いを描きまくればいいんだ。

それが、結果として見られなくても、いいじゃないか、生きるってのは、結果じゃない、その過程だ!!


まあ、見ててくれたとしたら、鼻血を出してひっくり返っちゃうな、確実に。


わざと冷静に言うと、理論的には可能性がゼロでは無いのならば、それは起きる可能性はある。


だよねー。ま、無いか。



そうだ、今日もちょっと何か送ろう。


えーと・・・



そうだ、音楽について、ブログに書いて欲しい。

簡単で良いので。



はい、送りました。



・・・私は一体何をやっているんだ?

まあいいや、このブログは好き勝手に書くと決めたんだ、書きたいことを書くんだ。それでいいんだ。



雑記

今日の雑記。

夕飯はカップそばと菓子パン。

ヤキソバからそばに変っただけだ。

昼間見つけた蝉の抜け殻を、何か面白い事に使えないか、考え中。


ぺた

スパム的なペタでも、消さない事にした。

スパムかどうかの判断が難しい場合が多い事と、消しても消してもキリが無いので。

そして、今後ペタ確認頻度も大幅に下がるので、ご了承頂きたい。



ネガティブな出来事が、頭の中を無限ループする


どんなに他の事が良くても、たった一つ、何か心に引っかかる出来事、ネガティブな出来事が起きると、それが頭の中をループし始める。

それは、大抵の場合、時間が解決してくれる。

でも、それまでは頭の中をぐるぐると巡り、全ての思考を巻き込んで暴れまわる。

こう言う時は、そいつの事は放っておいて、別の事をする。

絵を描いたり、ブログを書いたり。ゲームをしたっていい。

頭の中にある問題の数々は、実は自分では解決出来ない事がほとんどだ。

出来るならとっくにしている。

人間は結果を操る事は出来ない、人間が関われるのは過程だけだ。

その結果なんて、誰にも分かりはしない。

そして、悩みの種は、いつも、いやな「結果」が連れて来る。

このブログ、はっきり言って誰も読んでいない。

客観的な数値データが表している。

ペタがいくつ付いても、それがブログが見られた結果では無く、自動ペタツールによる物だと言う事は大体分かる。

アメブロアクセス解析は、根本的に私とPVに対する考え方が違うので、まったく参考にならない。

つまり、ここに人は来ない。

しかし、それは「結果」に過ぎない。

書きたいことを書いて、それで結果、誰にも見られないのであれば、それは結果を嘆くのではなく過程を楽しんだ事こそ、大事にすべきであり、そしてまた次のブログを書けば良い。

このブログは私に金銭的な利益をもたらさず、そして誰も読んでいないが、書くことそのものの喜びは与えてくれる。

自己満足、と言う言葉が聞こえて来そうだが、では聞きたい、自己が満足出来ないような事を、自分の人生を使ってする事に、何の意味があると言うのか。

すべての事は自己満足から始まる。

それが周りの人に伝わっていって、様々な人に、喜びを与えられるようになるのだ。

自己満足も出来ないような記事を書くのは、時間の無駄だ。

自己満足できる記事を書く事が、全ての始まりだ。


例えば、ゲームか好きな人間が、好きすぎてゲーム製作者になる。

そして、とても面白いゲームを創る。

初めは単純に自分が好きと言う理由から始まった事が、次第に周りにもその喜びを伝える力を得るようになる。


例えば清掃作業員をするとする。

綺麗好きで、いつも床がピカピカになることに満足を覚える。

初めはただの自己満足だが、そのうちそれが評判となり、会社も仕事も上手く行くようになる。

例え、何の評判にもならなくても、自分自身が満足しているのだから、何の問題も無い。


自分が満足できないような記事を無理やり書くくらいなら、ブログなんてやめてしまえば良い。

他にやる事はいくらでもある。

ブログを書くならば、書きたい事を、好き勝手に書きまくれば良い、ただそれだけだ。


結果なんて鼻息で吹き飛ばしてしまえばいい。

そうすれば、結果の事など気にせずに、過程に集中できる。

そして、集中して出来たモノは、必ず何かパワーを持っている。

それが、一生自分だけのものでしかないかもしれないし、周りに伝わるかもしれない。

でも、どちらにしろ、自己が満足できているのだから、それで良いじゃないか。

まず、自己満足できることを始めよう。


・・・・と、自分に言い聞かせる。読めワシ。


ブログは好き勝手書けば良い。めちゃくちゃに書けば良い。

それで書いた本人が満足ならば、他に何が必要なのか、いや、何も必要無い、何も。

やりたい事があったら、とことんまでやればいい。それで自己が満足できるのならば、それ以外の事は二の次だ。


わかったか、わし






蝉・蝉・蝉【閲覧注意??】

今日は、蝉の抜け殻を見つけてきた。

発見!!

発見!!

蝉も発見!!

カミキリムシも発見!!

抜け殻密集!!


みーんみーん


みーんみーん

トンボもいる

抜け殻抜け殻


その結果・・・

【虫嫌いの方は注意!!】







大量収穫!!

蝉!蝉!!蝉!!!


近所の光が丘公園で、大量に捕獲する事に成功!!

ただ、取っても取っても次から次へと見つかるので、後半はフラフラしながら黙々と取り続けた。

これ、しょこたんに持っていったら、喜ぶかなぁ。

でも、蝉なんてもう山ほど貰っているだろうから、かえって迷惑かもしれないな。

まあ、いらなければ燃えるゴミにでも出してくれれだ良いんだろうから、持って行ってみるかな。

となると、これ、色を染めたりしたら面白いかもしれない。

どうするか、少し研究してみよう。

殻なら山ほどあるし。


あと、こんな光景に遭遇した。



脱皮途中の蝉。


これって、今のしょこたんに似ている。

しょこたんは今、色々な事が起こり過ぎて頭が混乱している状態だと言う。

でも、それは、この蝉みたいに、必死になって殻から抜け出そうとしている最中なのだ。

思いっきり混乱して悩んで、そして、脱皮して、更なる成長を遂げると、私は信じている。


悩め、そして、生きろ!!


この蝉の殻を手土産に、ラクーアシティの握手会に行って、元気をあげて来るかな、いつも貰ってばかりなので。






そうだ、音楽について書こう

音楽は、空気と同じで無くてはならない。

そして、およそほとんどのジャンルを聞く。

しかし、最新の曲を追い求めると言うよりは、気に入った曲を何度も聞くタイプだ。

そういう意味では、私が最新アルバムを発売日に買うと言う事は珍しい。

大抵の場合、ベスト版アルバムなどを特に流行っているわけでも無いのに買ったりする。

ゴダイゴは、世代的には私よりも少し前の世代の音楽だが、西遊記の再放送を見て、その音楽に興味を持った。

2枚組みのベスト版を買って、それを一日中聞いていた。

今でも気が向けば、何曲かローテーションの中にいれて聞いている。


BGM : Godiego - ザ・バース・オブ・ジ・オデッセイ~モンキー・マジック


これは、言わずと知れた、西遊記のオープニングだ。

私はこれと


BGM : Godiego - ガンダーラ


が特に好きだ。

一時はこればかりを1日リピートしていた。

きっと、どこかへ行きたかったのかもしれない。


BGM : Godiego - ビューティフル・ネーム

BGM : Godiego - 銀河鉄道999


ここら辺も私の中での定番だ。

999は近所に松本零士氏が住んでいて、大泉学園では「ゆめーてる」というキャラクターがマスコット?になっている。

私も銀河鉄道で旅がしたい。

999じゃなくても、銀河鉄道の夜のほうでもいい。

銀河鉄道の夜は、猫のアニメが私は特に好きだ。


BGM : Godiego - はるかな旅へ

BGM : Godiego - マジック・カプセル

BGM : Godiego - ミラージュのテーマ

BGM : Godiego - 君は恋のチェリー

BGM : Godiego - 平和組曲

BGM : Godiego - セレブレイション

BGM : Godiego - レナ


よく聞くのはざっとこんな物だろうか。

他の曲についても、もちろん聞く。

ちなみに、西遊記と999の曲以外は、このアルバムで始めて聞いて、聞いているうちに気に入った曲ばかりだ。

初めは何とも思わなくても、聞いているうちに、その曲に対する想いが育つ、それが音楽だと思う。


私は音楽に対する知識は皆無だが、音楽を感じる事は出来る。

だから、面倒な理屈抜きに、好きな物は好きと判断できる。

無知もたまには役に立つ。



ファイナルファンタジーII メインテーマ


いきなりだが、これが流れた来たので、これについて書こう。

私は、FFとドラクエの音楽が好きだ。

特に、ファミコンとスーパーファミコンの音楽が好きだ。

正直言って、PS以降はDQもFFもあまりやっていない。

もちろんやりたいとは思っているが、色々とアレコレしているうちにいつのまにやら何年も経ってしまった。

FFとDQの音楽は、オリジナル版とオーケストラ版が、セットでCDになっているケースが大半なので、それらをよく聞いている。

そして、動画投稿サイトに上がっている、プレイ動画をBGM代わりに聞いたりもする。

何故か、ファミコンとスーパーファミコンの音を聞くと安らぐ。

おそらく、アレコレ考える事無く、ただひたすらに聞くことが出来るからだと思う。

脳に大量の情報が流入してしまって、頭がパンクしそうになった時は、こう言う何も考える必要が無い音楽が良い。


音楽について、などと言うタイトルをつけてしまったが、それをここで全部書く事は、もちろん不可能だ。

物心付いた頃には既に音楽は身近であった。

そして今日に至るまで、音楽を聴かなかった日は一日も無い。

それを全て説明するには、それこそ数十年もかかる。

たぶん、音楽とは、実際に、空気や水と同じくらい重要で、そしてありふれた物なのだ。

これからも、少しずつ、音楽について、記していこう。

クラシックから洋楽からアニソンから民謡まで、空気を振動させる現象なら、大抵は聞く事にしている。

唯一聞かないのが、女性向けの男性アイドルが唄う歌くらいか。

あと、恋愛の歌。

これは内容によりけりだけど、聞く頻度としては、高くは無い。

恋愛の歌は、その歌手自体を、私がどれだけ好きかで聞くかどうかが変わって来る。

しょこたんの恋愛系の歌は、聞きたいような聞きたくないような、複雑な感じだ。

多分、単なる歌手として以上に好いてしまったせいだろう。

自分が好きな人が、だれか他の人を好きだと歌っている、これは、やはり、複雑な気持ちになる。

だから、好きな人の歌ほど、恋愛の歌は、内容を選ぶ。


まあ、色々あるが、今回はここら辺にしておこう。

「nsum 中川翔子が歌ってみた」 の感想を書いてみた


感想と言っても、元々わたしは理屈っぽくて、褒めちぎる事が苦手な性格なので、とりあえず一言で、表す。

その後、全体の感想などを。



「Dream Driver」

低音から高音まで、しょこたんの声が存分に堪能できる。

少しでも前向きになって生きようと言う、意思を込めた歌詞。



「GAME」

人生はゲームのような物だ。



「Discovery」

道。



「トキメキ☆ドリーマー」

高音がとても良い。

恋の歌。



「ワークス×ワークス」

しょこたんの唄い方が可愛くて好きだ。



「宇宙でプロポーズ」

しょこたん好きには必聞の一曲。



個々の曲は、まだ聞き始めたばかりなので、正直それほど沢山語れない。

私は、一つの曲、一つのアルバムを、何回も聞くうちに、「これは!」と気が付くタイプだ。

未だに「ゴダイゴ」のCDを通しで聞いたりしている。

そして、聞くたびに違った感覚を得る。

このアルバムも、何年も聞き続けるうちに、様々な発見や感情が生まれるはずだ。

音楽だけで、完全に独立して存在しうる曲は珍しい。

どの曲も、それに付随した「想い」が、積み重なる事で、自分の中での名曲となってゆく。

今は、ほぼ完全に「しょこたんが唄っている!!」と言う事が、私の心の中にある感覚の全てだ。

この音楽を聴きながら、例えば何かをしたり、何か思い出に残るような出来事に出くわしたりする事で、今は単なる「大好きなしょこたんの歌」であるこれらの歌が、様々な意味を持ち、そして、心の中で育ってゆく。

だから、CDを買ったら、聞き続けなくてはならない。

今はまだ、真っ白なノートなのだ。


この、真っ白な音楽ノートに、これから、どんな想いが書き綴られるのか、楽しみである。


今日の雑記

今日のしょこたんブログ

今日も日課のしょこたんブログを読む

ここ2日は24時間放送にライブなど、怒涛のスケジュールで、食事も昨日の昼以来食べていなかったそうだ。

そして、ライブの打ち上げにようやく食事にありつけたと書いている。


・・・・・

一つの道


この記事の最後の部分・・・

・・・まさかね。


いや、でも、人間には集合的無意識があって繋がっていると言う説もあるし、あり得ないと断言する事は出来ない。

私は、もともと運と勘だけで生きてきたので、何かあるのかもしれない。

いや、単なる偶然だと思うけどね。

偶然偶然。

まあ、わからないや。


とにかくしょこたん、本当にお疲れ様でした。

マミタスに、寝子たちに、たっぷり癒されて、ゆっくり休んでください。

私のエネルギーでよければいくらでも持って行って下さい。

私なら大丈夫です、永久機関を体内に埋め込んでありますから。(本気か!?)


そうそう、「nsum 中川翔子が歌ってみた」をPCに無事取り込み完了しました。

この次のツイートで、感想などを書いてみようと思います。



今気が付いたけど、文体が変っている。

しょこたんに語りかけるように書く時は、自然と口調が優しくなる。

御覧の方は、気になさらずに。

まあ、気にしない気にしない。





閃輝暗点


そういえば、最近「閃輝暗点」が起きないな。

私の場合、10年以上前からたまに発生して、30分ほどで収まる。

その後、側頭葉部分が、何となく重い感じになる。

そして、その原因は、私の場合は、食生活にあるのではないかと、考えている。

まともな食事を食べていると、あまり発生しない気がする。

でも、偏った食生活、栄養不足な生活を続けると、なるような気がする。

これはただの勘だけど。

脳腫瘍があってもなるらしいが、10年以上、頭痛すら滅多になく、他に症状も無いので、まあ、問題ないだろう。

でも、これって、眼球に虹色に輝く三日月を貼り付けたような状態になるので、非常に視界が悪くなる。

それ以外には、特に実害は無いけど。

あ、こんな言葉を書くと、医療関係のアフィリエイトブログからのペタが大量発生するな・・・まあ、いいか。


今日の夕飯

今日は、カップヤキソバと、菓子パンだ。

・・・ん、前にも全く同じ言葉を書いた気がする。

どうやら円環しているようだ。



今日は夜になっても蒸し暑い。

この暑さを冬まで取っておければ、どれだけ快適な事か。

その逆、つまり、冬の寒さを夏に持って来る事は実際に行われている。

氷として地下にでも埋めておいて、夏になったら、そこに暖かい空気を通せば、冷たくなって戻ってくるという仕組みだ。

でも、高温の熱を簡単に蓄積するのは難しそうだ。

私はとても汗っかきなので、夏場はハンドタオルが欠かせない。

その代わり、汗のおかげで簡単に体が冷えるので、意外と夏でも大丈夫だ。

最近、夏が暑い理由のひとつが判明した。

私が年中黒のジャケットを着続けているせいでは無いかと、最近、気が付いた。

それが暑さの原因の一つである事はほぼ間違えない。

でも、他に服も無いので、もうしばらく、夏の暑さを倍化して堪能しよう。

いただきマミタス



ゆうきの話


しょこたん、落ち込んだ時、疲れたときは、宇宙の奇跡、マミタス様の無限のエナジーをほんの少し分けてもらってみてください。

きっと元気になれます。


と言うわけで、しょこたんが落ち込んでいると感じられたので、マミタスにご登場願った。

マミタスの毛を描くのが結構大変だった。

あと、首輪を普段付けているが、今回は割愛した。



大好きなしょこたんが元気で活躍できますように




しょこたんニコ生

昨日は、しょこたんの音楽、PV・ライブ映像漬けの一日だった。

ニコニコ生放送で、24時間放送をしょこたんが一人ですると言う配信をずっと見ていたからだ。

だから、買ったばかりのCD「nsum」も生放送で流れるPVや放送に気をとられて、聴けずにいた。

これを書いている時点では放送は終了しているので、CDを思う存分聞こう・・・・と思ったが


そうだ、CDドライブがまだ直って無いんだった・・・・。


先日CDドライブが故障して以来、CDが聞けない状態が続いているのだ。

もちろん、手持ちのCDは全てPCに入れてあるので、問題なく聞けるが、買ったばかりのCDは一度はCDドライブからPCに入れなくてはならない。

そのためのドライブが、現在故障中だ。

弟のPCで取り込んでもらうと言う手はあるけど、何とかドライブを掃除したりすれば直る気もするので、それでダメなら、弟のPCで取り込んでもらおう。

それに、生放送で音楽自体は何度も聴いている。

私は特に「宇宙でプロポーズ」が好きだ。

他のは放送内で1回くらいしか聞けていないと言う事もあるけれど。

「宇宙でプロポーズ」はしょこたんが宇宙人と結婚?という内容で、とにかく可愛らしい。

初回限定版を買ってあるので、PVもしっかりと収録されており、早くドライブを直してフルスクリーンで見たいものだ。

(CDドライブと書いているが、DVDも再生可能だ。故障していなければ)

はっきり言って、今のしょこたんは無敵だ。

あの可愛らしさと歌唱力、そのどちらもが最高潮に達していると感じざるを得ない。

もちろん、今後もどんどんと貪欲に進化を続けるだろうが、現時点が過去最高である事は確かだ。

わたしは、本気で木星に勝負を挑みたいと考えたほどだ。

なぜ、私が木星に勝負を挑みたくなったのか、詳しくは、実際に音楽をお聞きいただきたい。


生放送では、前半はPVとライブ映像が一挙放映されていた。

ライブ映像を通しで見るのは初めてで、それらを連続で見ると、しょこたんが日に日に歌が上手くなり、ファンが増え、光り輝いていく様子が手にとるように分かって、非常に面白かった。

そして、同じ曲でも、やはり歌う年や場所によって、かなり違って聞こえる。

それこそがライブの醍醐味だとおもう。

残念ながら、私はライブには行った事は無いが、ライブ映像を見ると、無性に行きたくなって来た。

そして、必ず行く事を、決定した。


そして、握手会の様子が放送された。

しょこたんは一人ひとりに丁寧に声を掛け、優しくしっかりと握手をしていた。

あまりに丁寧な対応に、時間が押しまくり、後半ではスタッフが半ば強引にしょこたんとファンを引き離す事をしなければならないほどだった。

そして、ほとんどの場合は、しょこたんの方がファンの人と話を続けたがる所を、スタッフが何とか引き離す、と言う感じだった。

このファンに対する心の篭った対応に、ニコ生のコメント欄は大好評の嵐だったと言う事は言うまでも無い。

あと、スタッフが強引過ぎやしないかという非難も一部、あがっていた。

ただ、計算すると、どう考えても予定人数の半分も握手できない計算になるので、スタッフを責めるのも違うとは思ったが。

そして、ファンも色々な人がいた。

アイドル・歌手のファンと言うと、一般的には、いわゆる「オタク」っぽい人を想像するが、決してそんな事は無かった。

もちろん、いかにもオタクっぽい人もいたが、皆しょこたんが大好きであり、その点では私と同じである。

イケメンもいたし、女性は50%、若しくはもう少し多いくらい居た。

同姓に好かれると言う事は、本物の証だと私は思っている。

普段着の人からガッツリコスプレをした人まで、色々な人がいて、皆しょこたんが大好きなのだ。

何だか、その人たちを見ているうちに、そのファンの人一人ひとりが愛おしく思えてきた。

私の大好きなしょこたんを、同じくらい大好きでいてくれる人が、こんなにも沢山居るとは、何だか知らないが嬉しかった。


この放送では、CD3000枚を売る、という目標を立てていた。

(ちなみにその内の一枚は私が買っているのだ。)

しかし、残念ながら、その目標が達成できそうも無いと分かり始めると、しょこたんが泣き始めた。

握手会の途中だったので、皆が励ましながら、何とか握手会を続けた。

そして、販売時間を延長するなどの対応を店側が取ってくれたり、ファンのみんなが、一人で何枚も買ったりしたが、結局2600枚程度の売り上げに留まった。

そして、エンディング、表面上は必死に明るく振舞っていたが、やはり、ショックは大きかったようで、途中で泣き出す場面もあった。

そして、最後にはアニソンを何曲か歌って、番組は終了した。


番組終了後、しばらくしてブログ

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だめでした
すみません


すべてのみなさんありがとうございました

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(しょこたんブログより)


と、写真もなく、非常に簡素な記事があげられた。

番組エンディングでは明るく振舞っていたが、やはり相当ショックだったのだ。

それに対する私の気持ちを


中川翔子さんへ


に書いてあるので、興味のある方は御覧頂きたい。

結果はともかく、非常に楽しい放送だった事は間違いなかった。

ありがとうしょこたん、そしておつかれさまでした。

中川翔子さんへ

しょこたん、お疲れ様でした。

CDのニコニコ本社での手売り枚数が3000枚に届かなかった事で、だいぶ落ち込んでおられるようで、心配です。

しょこたんはとても責任感が強く、3000枚行くと言ったからには何が何でも3000枚行かなくてはならないとお考えの事と思います。

様々な人々が、しょこたんの為に努力をされている姿を見られて、ますます3000と言う数値を達成しなくてはならないと考えたのだと思います。

確かに、3000枚には届きませんでした。これは事実です。

でも、それに向けて一丸になって取り組んだ事こそが、3000と言う数値以上に大切な事だと思います。

それに、全体では3000枚と言う数でも、一人一人のファンにとっては、1枚であり、しょこたんと1対1の関係なのです。

それが、たまたま3000というまとまった数にならなかっただけで、ファン一人一人の想いは変りません。

確かに目標を達成できないと落ち込みます、私だっていつもそうです。

でも、しょこたんには、しょこたんをかけがえの無い存在だと感じているファンが大勢います。

ファンにとっては、ありのままのしょこたんが大好きなのです。

決してCD3000枚を手売りできるから好きな訳ではありません。

しょこたんの笑顔、そして歌声、ファンを大事にするその姿勢、しょこたんの全てが大好きなのです。

だから、もう少しだけ、自信を持ってください。

「私なんて」と言って泣かないで下さい。

大好きな人が泣いているのは、自分が泣くよりもずっと悲しい事なのです。

だから、ほんのちょっと泣いたら、ファン一人一人の笑顔を思い浮かべて、そして、明日に向かって、少しでも前向きになってくれたら、

ファンにとっては、これ以上無い喜びです。


しょこたん、あなたは一人ではありません。

いつも皆がついています。


さあ、涙を拭いて、元気を出して!!

みんながしょこたんの、その笑顔を待っています。




届け!! 大好きなしょこたんへ!!