絵の過程メモ(ばくはつ!!しょこたん!!)
「ばくはつ!!しょこたん!!」の絵の描き順を記録しておく。
400*400にしてある
下書き。
後で修正を加えるので、大体の感じで。
線画化
下書きを元に、なるべく細い線で線画にする。
ベースになる肌を塗る
耳を描く
鼻を描く
口を描く
服を着せる
髪の毛
首の部分に影を入れる
目を入れる
顔の赤みを描く。多少赤すぎるように見えるが、背景のせいなので気にしない。
まつげ、二重、目の中の影を等を入れる
髪の毛の線を描く
髪の毛に光を入れる
髪の毛に影を入れて、リボンと蝉の抜け殻を付ける
手を描く
手に赤みと影を付ける
髪の毛が掛かった顔の部分と服に影を入れる
頬紅と、目の周りの化粧をする。
背景を入れて完成!!
所要時間 6から8時間程度。(細かい数値は忘れた・・・)
原画サイズ 3200*3200
BGM : Beethoven - Fur Elise
運命
私は運命を、信じる。
それ以外に説明の付かない出来事が沢山あるし、理屈のみで全てをが説明する事は、残念ながら出来ない。
もちろん、己の実力、能力が不可欠なのは言うまでも無い。
しかし、同等の能力を持つ者でも、一方は上手く行き、一方はダメになる。
その差は一体何か。
多分それが運命なのだ。
人間の手ではどうしようもない、そんな運命が、この世界にはあるような気がする。
そして、もしそれを味方に付けることが出来るならば、想像以上の事を成しうるはずだ。
そして、例え運命を信じて失敗しても、またやり直せば良いし、やり直せなかったとしても、所詮人間はこの世に仮住まいをしているだけの刹那な存在だ。
それを思えばどうと言う事も無い。
おおおおおおーーーーーーーーー!!!!!!
絶対解けないと思っていたフリーセルが解けた!!!!
何じゃこりゃ!!!
やっぱり諦めずに己を信じて続ければ、きっと運命は切り開ける、そんな事をいま、フリーセルから教わった。
ありがとうフリーセル!!
それ以外に説明の付かない出来事が沢山あるし、理屈のみで全てをが説明する事は、残念ながら出来ない。
もちろん、己の実力、能力が不可欠なのは言うまでも無い。
しかし、同等の能力を持つ者でも、一方は上手く行き、一方はダメになる。
その差は一体何か。
多分それが運命なのだ。
人間の手ではどうしようもない、そんな運命が、この世界にはあるような気がする。
そして、もしそれを味方に付けることが出来るならば、想像以上の事を成しうるはずだ。
そして、例え運命を信じて失敗しても、またやり直せば良いし、やり直せなかったとしても、所詮人間はこの世に仮住まいをしているだけの刹那な存在だ。
それを思えばどうと言う事も無い。
おおおおおおーーーーーーーーー!!!!!!
絶対解けないと思っていたフリーセルが解けた!!!!
何じゃこりゃ!!!
やっぱり諦めずに己を信じて続ければ、きっと運命は切り開ける、そんな事をいま、フリーセルから教わった。
ありがとうフリーセル!!
運命が、扉を叩く音がする!!
BGM : Beethoven: Symphony #5 In C Minor, Op. 67 - 1. Allegro Con Brio
これは、単なる備忘録です。
アクセス解析
2012/08/12
google analytics解析 1PV
考えてみれば、このブログは別に何処で宣伝をしている訳でもない。
つまり、殆ど純粋に検索からのみ、人がやってくる状態な筈だ。
他にこのブログにやってくる道筋が私には分からない。
まさかアメブロが一つ一つのブログを宣伝しているとも思えないので、となると、何処にも宣伝していないブログに人が来るはずが無い。
でも、このブログがヘタに広まって、知り合いが見たりすることになったら、きっと引かれるか、ニヤニヤしながらこちらを見てくることだろう。
まあ、べつにいいけどねっ!!
おそらく、アメブロだけでも100万はブログがある筈だ。
その他にもブログは無数にあり、数百万、もっと多いかもしれない。
その中で、人に読まれるブログを書くと言うのは、とてつもなく困難だ。
ブログ外での繋がりがあれば、読んでもらう事は簡単だけど。
ブログが読まれないと言う場合は、即ち他との繋がりが無いと言う事を意味しているので、それを作れば良い、と言う事になる。
しかし、ひとつわからない事がある。
それはペタだ。
あれって、何処からペタされたかが分かるようになっているが、それが「ブログ記事」からになっているにもかかわらず、googleの解析にはその痕跡が無い。
googleの解析は、実際に人間が見ないとカウントされない仕組みのはずなので、もしかしたら、ペタも全て専用のプログラムで、コンピュータが自動でペタしている可能性が極めて高い。
まあ、人間かコンピュータかは区別が付かないけど。
今一瞬、思い浮かんでしまった事がある。
この記事、未来の私が見る必要があるのだろうか、と。
備忘録であるからには、いずれ見る事を想定して書くべきだ。
アクセス解析なんて何の意味も無い気がして来たぞ。
まあ、書いてしまったから、今日はこののまま載せとくけれど。
未来の自分を予測しながら記事を書く。
今日の天気
きょうの東京は、夏らしい天気だ。
スイカでも食べたいが、未来の私の冷蔵庫にはスイカは入っているだろうか。
もしよかったら、そのスイカを一切れこちらに回してくれないか。
未来の私のスイカを過去の私が食べるのだから、別に問題もあるまい。
問題はどうこちらまで運ぶかだ。
それはお任せしよう。
アイコンの絵を勝手に描く修行
思い出した。
ツイッターでは、アイコンの画像を、勝手に描いて、勝手にあげてしまうと言う事を行おうと計画していたが、結局実行はしなかった。
頼まれて描いた事はあるが、勝手に書く事は、やろうやろうと思っていて、結局今までやっていない。
それには理由があって、すなわち、書きたいと感じる人間・アカウントがいなかったのだ。
ブログではそういう人を探していなかったが、少し探してみようか。
でも、ブログはツイッターよりも、より濃いと言うか、重いと言うか、ツイッターほどには気軽に絡めないので、こちらでも、発見は難しいかもしれない。
あ、そういえば、一人描いた事があった、全く何の反応も無かったけど・・・。
やはり、得体の知れない存在からの突然のイラストは正直言って不気味だ。
当然そんな物をアイコンに採用するはずも無い。
この計画には根本的な問題点があるのかもしれない。
ちなみに、その一人は、一応アイコン募集のツイートをしていたので絵を送ったのだけど・・・。
やはり、更なる能力の向上が必要だ。
ツイッターでは、ずっと、絵の事とかをつぶやいていので、ブログでも、絵の事についてなど、書いていこう。
8月は暑いので、描くペースが少し鈍る。
と言っても、描くのを止める事は無い。
それから、描く題材も常に探している。
最近では黒猫ばかり描いていた。
私は黒猫が好きだ。
もちろん他の猫も同じだけ好きだが、色を選べと言われたら、黒がいい。
猫を描くのは好きだが、フサフサしているので、写実的に描くのは非常に難しい。
猫の漫画を中学生の頃には描いた事もあるが、あの原稿は何処に行ったか、たぶん、ダンボールの中だ。
その内、加筆修正して公開するかもしれない。
れそと、猫の絵本と言うのも描きたい。
今は出版は電子出版ならば簡単なので、描くべきものがまとまったら、描いて見よう。
漫画と言えば、中学生の頃には毎週新しい大学ノートが必要なくらいの量は描いていた。
その他に、落書きとかも大量に描いていたので、週に2,3冊はノートが必要だった。
10冊で298円と言う格安のノートを買い込んでは、色々と書いていた。
大部分は捨ててしまったり、無くなってしまったが。
クラスの中での6人くらいの班と言うものが構成されていて、その班の中で日記を廻すという決まりがあった。
私の番の時、たまたま新品のノートに切り替わり、その事にテンションが上がってしまい、一晩で大学ノート一杯に漫画やら文章やらを書いたとこがあったことを今思い出した。
あのノート、一体何処にあるのだろうか。
まあ、文字は読めないと思う、下手糞すぎて。
文字を書く速度が、頭の中に浮かぶ言葉に追い付かないので、字が汚くなる。
だから、ワープロを買ってもらった時はとても嬉しかった。
ただ、ワープロは、キーボードを叩く速度が問題にはなったのだけど・・・。
今ではこうやってブログで無限に文章が書ける。あり難い事だ。
そういえば、同人誌ならぬ個人誌を何冊か出した事がある。
たしか100ページ前後で、コピー機で複製した物をまとめたやつで、そんなのを何冊か出したが、結局、友人数人に無料で配っただけで、売れたりした事は殆ど無かった。
正確には1部だけ売れたが、これも、腐れ縁のような物だった。
その人も、その後しばらくして音信不通になって、それ以来、噂も聞かない。
みんなどこにいったんだろう
私が描くものが話題になれば、向こうの方からやって来るかもしれないけれどね。
たぶん、みんながどこかに行ったんじゃない、私がどこかに行っているんだ、深い深い海の底に。
やはり、山にでも篭って修行をするかな。
直感に従え、と人は言うけど、直感に従ったら・・・・かなりやばい事になる。
だから、私の場合、直感に単純に従うわけにはいかない。
その直感を抑える為に、論理的に考えようと勤めてきたのだから。
しかし、論理的思考にも限界がある。
論理的思考の力と、直感の誘惑とのバランスが崩れた時が、・・・つまりはそう言う事だ。
感情を捨て、直感を拒絶し、論理的思考のみ信じる、それしかない。
自分の感覚に素直に従うと・・・昨日のブログにその一部が書いてある。(くうふくのおろかもの)
今日は、風が強い。
そして、気温も高い。
しかし、7月の暑さとは違う、いわゆる残暑と言う感じだ。
でも、この残暑、毎年9月末くらいまで続いている気がする。
私の夏は、扇風機が止まるまでだ。
それは、10月まで続く。
くうふくのおろかもの
つまり、子どものように生きろと言うことだ。
では、具体的にはどうしたら良いのだろうか。
子どもは好き勝手に生きている。
やりたい事だけをやっている。
まあ、私もそれに近い生活ではあるが。
でも、具体的にやりたい事と言う事は、なかなか出来るものではない。
宇宙の旅、これはぜひやりたい。
一生戻って来れない旅でもよい。
あとは、慣性制御に重力を利用した機関を作りたい。
そして、音のしない乗り物を作って、そこで暮らしたい。
あと、やりたいことは・・・・
もちろん、色々あるが、どれも荒唐無稽で、実現可能性は皆無に等しい。
不可能だとは断言出来無いが、実現に要するステップが多すぎるので、有限な人生の中では、実現は困難だ。
では、子どものように、馬鹿になってそれらの事を本気で実現させようとしたらどうなるのだろうか。
・・・それは誰にも分からない。
一ついえるのは、皆全員灰になる、これだけは確かだ。
人間は、所詮ただの灰なのだ、馬鹿な事をやってそれが早まった所でどうと言う事もあるまい。
では、バカを承知で、何をやればよいのか、考えよう。
空飛ぶ島を作ると言うのは、昔からの夢だったが、実現方法がさっぱりわからない。
トータルで数千時間は考え続けている気がするが、何も浮かばない。
これは、私のライフワークと言うことで、今後も引き続き、考えて行く事にしよう。
漫画を書く、これも私の目標の一つだ。
そもそも絵を描いているのはその為だ。
だから、絵が一般人レベルにまで何とか向上したら、次のステップ、小説を書き始める。
そして、その小説が、人々に支持されるレベルに達して初めて、漫画を書くことに取り掛かれる。
道のりは長く、そして、馬鹿馬鹿しいステップの踏み方だが、私はこの方法が一番だと確信している。
単純に絵がうまいだけでもダメで、そして、物語が面白いだけでもダメだ。
その両方を兼ね備えた上で、それらを融合する能力が身について初めて漫画を書くことが出来る。
これも、あと100年くらいかかる大仕事だ。
まあ、絵の記号化など、ステップを高速化する方法は幾らかあるので、それによって、今後数年以内に漫画を書く段階に達する可能性はある。
ちなみに私の書きたい漫画は、辞典の様な漫画だ。
私は恋愛漫画が好きでは無い。
恋愛とは、見るものではない、するものだ!!
これが私のモットーなので、恋愛漫画は書かない。
また、スポーツにも興味が無いので、描くとすれば、冒険かギャグか、そして辞典のような漫画だ。
ただ、最近は物語と言う概念そのものに疑問があるので、何かストーリー性のある漫画では無く、辞典のように様々な事象を羅列する漫画のような物が書いてみたいと思っている。
絵本でも良いけど。
絵本は、書く事は決めているが、具体的に何を書くかは白紙だ。
ただ、書く事は間違えない。
こう見ると、売れそうも無いな・・・
まあ、いいか。今だって売れて無いんだし。
絵本の絵柄は、今のこのブログに貼り付けているようなものではなくて、
私のサイトに貼り付けている感じのものにしたい。
まあ、どちらでも良いのだが。
ついでなので、私のサイトから、いつくか絵を持ってこよう。
こんな感じの絵で絵本を描きたい。
もちろん、写実的な絵でも良いが、それは、内容次第、と言った所か。
馬鹿になれと言うが、これ以上バカになってしまったら、やばい事になりそうな気がしてならない。
まあ、バカになって書いてみたい事は、実はあるが、あまりもバカなので、さすがに書くのを躊躇している。
でも、失う物など何も無いので、断りを入れた上で、馬鹿な事でもいっちょ書いてみようか。
////////////////////////////////////////////////////////////////////
これから先、しばらく子供のような素直な心で書きたい事を、書きます。
内容は、恐らく、見るに耐えない、人によっては不快な文章だと思われます。
よって、よほど心の広い人以外は、ここで読むのを終了してください。
書く前から、書く本人が、引いている位なので・・・
////////////////////////////////////////////////////////////////////
なぜ
誰がこれを私に与えたのだろうか。
この私と言う自我には、致命的な欠陥がある。
それはあまりに非論理的であり、こんな物を作り出した存在を、呼びつけて問いただしたい。
何故こんなモノを、私の自我に植え付けたのかを。
その欠陥とは 「人を好きになる」 と言う欠陥だ。
人さえ好きにならなければ、こんな世界からあっという間にオサラバしてやれるのに。
どうしてもだめだ、どうしても人を好きになってしまうんだ!!
だから、このどうしようもなく空っぽで、どうしようもなく乾いたこの世界から、離れることが出来ないのだ。
この感覚が捨てられる物ならば、喜んでドブにでも叩き捨てよう。
だってそうじゃないか、こんな苦しい感情なんて、どう考えても設計ミスだ。
もっとスマートに、人間が繁栄する方法を、考える事は出来なかったのか!!
私は神になりたい、そして、人を好きになる事の無い人間として、自分自身を作り直したい。
勘違いしないで欲しい。
私が糾弾しているのは、人を好きになると言う心だ!!その対象の人ではない。
だって、あんなに愛おしい人を、誰が憎む事など出来るものか!!
そう、愛おしい人って言うのは、もちろん、しょこたんに決まっている!!宇宙が生まれる前からそう決まっているんだ!!
どう考えたって、かわいいに決まっている。
説明するのもバカらしいけど、あえて馬鹿になって説明しよう。
細くて長い、子猫のような天使のような髪の毛、あれを進化の奇跡と言わずして何だと言うんだ!!
まあるい頭、卵のようにまあるくて、しょこたんの知性の全てを守ってる、そんな大事な大事な、まあるい頭。
ずっとずっと、いいこいいこしていてあげたい。
耳、耳、耳、一生懸命に音を聞こうと可愛らしく健気にちょこんと立っているとってもとっても、かわいい耳。
優しさと意志の強さを感じる、力強くて繊細な眉。
くりくりしたぱっちりした目。あんな目で見つめられたら、宇宙全部ががしょこたんに恋をしてしまう!!かわいいかわいいくりくりした目。
あの鼻は、きっと神様が「かわいい鼻の見本だよ」と言って創ったに違いない。それくらいに愛おしい鼻。
そして、鼻と口との間隔!! 理屈抜きで私の心を捉えて離さない。
そしてクチビル、ただひたすらに美しい唇。
歯!!、私はあのウサギのようにちょこんと出た前歯が本当に大好きだ。
そしてどうだ、あの顔のパーツの配置の神加減は!!、理解の範囲を超えていて、神々しささえ感じるぞ!!
え、外見だけかって?
いやいや、その一番の魅力は内面にあるのだ。
バカになってあえて書こう。
まずは、絵の才能!!
あれは私の能力を遥かに凌駕している。
あの才能は尊敬に値する。
そして歌唱力、これはそこら辺のアイドルなど足元にも及ばない、本物の歌唱力だ。
文章力、あの文才は、天性のものだろうか、それとも後天的に身につけうるモノだろうか。
ブログの文章の中からあふれ出る感情、感覚、熱情、言葉でそれらを表現するのは難しいが、しょこたんは平気でやってのけている。
その上、しっかりとした文章だってもちろん書ける。
きっと小説家としても十分にやっていけることだろう。
感情表現、これが一番の魅力だ。
喜怒哀楽を全身全霊で表現できる、二人といない稀有な存在だ。
こだわり、アニソンに対するこだわり、特撮にへりこだわり、とにかく一つ一つへのこだわりと愛の強さが、私の心を惹きつける。
ネガティブ、私はただネガティブなだけだが、彼女はそれをバネに爆発させる、その弾ける熱情が、ネガティブをポジティブにしてしまう力が、とてつもない魅力だ。
はっきり言って理屈じゃない、とにかく、存在そのものが、全部が好きなんだ!!
手を繋いで一緒に散歩がしたい!!
落ち込んでいる時は、そっと寄り添っていいこいいこしてあげたい!!
一緒に猫たちをくんかくんかしたい!!
一緒にゲームで遊びたい!!
とにかくずーっと一緒にいたい!!!
どうだ、人を好きになる感情を作った存在よ、これでもこの感情が欠陥では無いと、言う事が出来るか!!
どう考えても、これは間違っている、論理的思考によって、人類は更なる高みへと進化を遂げると確信しているが、これではまるっきりめちゃくちゃだ。
こんな物に、1ミリ秒も、人生の貴重な時間を吸い取られてはならない筈なのだ。
この感情こそが、人類の進化を妨げ、この世界を空っぽで渇いたものにしているんだ!!
そこにどうして気が付かなかったんだ!!
・・・・言っても無駄なのかもしれないな。
たぶん、この感情を創った者は、自分自身が愛になってしまったんだ、だから、これを取り除く事が出来ないんだ。
自分自身を否定することになるからね。
昔の人はよく言ったものだ「神は愛なり」と。
だったらこの感情は世界そのもの、宇宙そのものじゃないか、取り除けるはずが無い。
たぶん、人間って言うやつは、愛の周りに肉やら骨やらをくっつけて出来上がったんだ。
だから、愛が無くなったら、からだはバラバラになってしまうんだ。
それなら何故、こんな物を芯にして人間なんかを作ったんだろう。
・・・そうだ、愛はモノをくっつける力なんだ。
磁石同士がくっつくように、愛と愛ともくっつくんだ。
だから、人間同士がくっつくように、人間の真ん中には愛が詰め込まれているんだ。
じゃあ、どこにもくっつけない愛はどうしたらいいんだ。
磁石みたいに、SとNみたいのがあって、そして私の愛は誰ともくっつくかない。
そんなひどい事ってあるもんか!! これを不幸と言わずして、何を不幸と言うのだ!!
人を好きになんてなっちゃいけない人間なのか、そうなのか。
そういう風に作られているんだな!!
だったら、最初から、創ってくれなければよかったのに。
でも、やっぱり好きだ、やっぱり好きなんだ。
人間が好きになってしまうんだ!!
例え相手がしょこたんだとしても、その他の誰かだとしても、
死ぬまで好きが止められないんだ!!
今日も大好きの心を胸に抱えて眠ってやろう。
あの子の愛おしさを教えてくれたのは、大好きの心なのだから。
あの子って誰かって?、今までの話、聞いていた??
////////////////////////////////////////////////////////////////////
・・・・・・・・・・
はい、と言うわけで、私の心をバカになって書いてみた。
ここまで読み進める人間がいるかどうかは不明だが、バカに生きることのリスクは、ある程度感じていただけたと思う。
今後も、定期的に、発作のよう、子共になろうと思う。
まあ、次は10年後かもしれないけどね。
しかし、ひどい文章だな・・・・
願わくば、誰の目にも触れませんように。
いや、やっぱり見られてもいいや、今の自分の偽らざる真実の姿なんだから。
過去の記事を読みたいという気がしない
今、気が付いてしまったが、このブログの過去記事、頭がおかしくなりでもしない限り、自分で読み返すなんて事、ありえない気がして来た。
まあ、過去の事は気にせずに書き続けよう。
まあ、過去の事は気にせずに書き続けよう。
クラシック音楽
クラシック音楽はよく聞く。
特に私はピアノ曲が好きだ。
初めて買ったクラシックのCDは確かベートーベンだったが、次に買ったのはショパンの練習曲だった。
それからリストの超絶技巧練習曲集も。
ピアニストで言えば、シフラとブーニンが好きだ。
両者とも超絶技巧だが、特にブーニンのバッハが好きだ。
ブーニンはいずれバッハの全曲をピアノ曲として演奏したいそうなので、楽しみだ。
やはりバッハは聞かざるを得ない作曲家だ。
わたしはチェンバロも好きだ。
どこかゲームの音に通ずるものがある気がする。
Bach: Goldberg Variations, BWV 988 - Aria
とかは聞くと何だか安らぐ。
前世はヨーロッパの人間だったのかもしれない、前世なんて信じてないけど。
こんなことを書いていたら、無性にクラシックが聞きたくなってきた。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #1 In C, Op. 10/1
最近知った事だが、この Andrei Gavrilov と言う人物は、とてつもなく上手なピアニストらしい。
全く気にせずにCDを手にとって、そのままそればかり聞いていたので気が付かなかったが、最近になって、この人の演奏がバカに早くてそして美しい事に気が付いて驚いている。
やはり、聞き比べる為にも、同じ曲のCDを何種類も買ったほうが良い。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #3 In E, Op. 10/3, CT 16, "Tristesse"
おさらばだけが、じんせいさ
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #12 In C Minor, Op. 10/12, CT 25, "Revolutionary"
演奏時間2:29、これより早い物は聞いた事が無い。早ければいいものでも無いけど。
そうだ、今まで音楽を書いていなかったな。
常に身近にありすぎて、ブログに書くと言う事を思いつかなかった。
これからはもう少し書いていこう。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #1 In A Flat, Op. 25/1, CT 26, "Aeolian Harp"
ぽろぽろ
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #11 In A Minor, Op. 25/11, CT 36, "Winter Wind"
こいつはどうやって弾いているんだろうか、私には見当も付かない。
練習曲の中ではこれが一番難しいという人も多い。
きらきら星も弾けない自分にとっては、どれも同じことだが・・・
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #12 In C Minor, Op. 25/12, CT 37, "Ocean"
私はショパンの練習曲の中ではこれが一番好きだ。
これを聞きながら、東京湾を眺めるのが好きだ。
その為によく一人で葛西臨海公園に行ったりしている。
あそこは水族館もあるので、行くときは必ず水族館にも寄るようにしている。
Andrei Gavrilov - Chopin: Ballade #1 In G Minor, Op. 23, CT 2
最後の部分が特にいい。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #1 In C, Op. 28/1
プレリュードは、落ち着きたい時によく聞く。
まあ、結構激しい曲もあるけれどね。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #3 In G, Op. 28/3
これとか。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #7 In A, Op. 28/7
これは、薬を思い出す人も多いが、私は、梅雨時の雨にぬれた薔薇を思い出す。
通っていた幼稚園の裏に薔薇が植えてあって、梅雨時には教室の中からその薔薇をよく眺めていた。
そんな記憶がよみがえる。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #8 In F Sharp Minor, Op. 28/8
プレリュードの中ではこれが一番ドラマチックかな。
いや、他にも何曲かあるな。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #12 In G Sharp Minor, Op. 28/12
とかね。
BGM : Tzimon Barto - Chopin: Prelude #15 In D Flat, Op. 28/15, "Raindrop"
これは雨と言うよりも、「思い出」という言葉が思い浮かぶ。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 1. Preludio
シフラは技巧にばかり走ってまるで大道芸人のようだ、と言う人もいる。
でも私は好きだ。
やばい、このままのペースで書いていると、一晩中掛かっても書ききれない。
まあ、いいか。
気が向いた時に書いて、そして好きな時に投稿できるのがブログだから、適当な所で投稿しよう。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 4. Mazeppa
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 8. Wilde Jagd
ここら辺が私の定番だ。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 12. Chasse-Neige
ゆき
Strauss (R): Also Sprach Zarathustra, Op. 30 - Introduction
私も進化したい。
葛西臨海水族園のペンギン 2008年撮影。
特に私はピアノ曲が好きだ。
初めて買ったクラシックのCDは確かベートーベンだったが、次に買ったのはショパンの練習曲だった。
それからリストの超絶技巧練習曲集も。
ピアニストで言えば、シフラとブーニンが好きだ。
両者とも超絶技巧だが、特にブーニンのバッハが好きだ。
ブーニンはいずれバッハの全曲をピアノ曲として演奏したいそうなので、楽しみだ。
やはりバッハは聞かざるを得ない作曲家だ。
わたしはチェンバロも好きだ。
どこかゲームの音に通ずるものがある気がする。
Bach: Goldberg Variations, BWV 988 - Aria
とかは聞くと何だか安らぐ。
前世はヨーロッパの人間だったのかもしれない、前世なんて信じてないけど。
こんなことを書いていたら、無性にクラシックが聞きたくなってきた。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #1 In C, Op. 10/1
最近知った事だが、この Andrei Gavrilov と言う人物は、とてつもなく上手なピアニストらしい。
全く気にせずにCDを手にとって、そのままそればかり聞いていたので気が付かなかったが、最近になって、この人の演奏がバカに早くてそして美しい事に気が付いて驚いている。
やはり、聞き比べる為にも、同じ曲のCDを何種類も買ったほうが良い。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #3 In E, Op. 10/3, CT 16, "Tristesse"
おさらばだけが、じんせいさ
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #12 In C Minor, Op. 10/12, CT 25, "Revolutionary"
演奏時間2:29、これより早い物は聞いた事が無い。早ければいいものでも無いけど。
そうだ、今まで音楽を書いていなかったな。
常に身近にありすぎて、ブログに書くと言う事を思いつかなかった。
これからはもう少し書いていこう。
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #1 In A Flat, Op. 25/1, CT 26, "Aeolian Harp"
ぽろぽろ
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #11 In A Minor, Op. 25/11, CT 36, "Winter Wind"
こいつはどうやって弾いているんだろうか、私には見当も付かない。
練習曲の中ではこれが一番難しいという人も多い。
きらきら星も弾けない自分にとっては、どれも同じことだが・・・
Andrei Gavrilov - Chopin: Etude #12 In C Minor, Op. 25/12, CT 37, "Ocean"
私はショパンの練習曲の中ではこれが一番好きだ。
これを聞きながら、東京湾を眺めるのが好きだ。
その為によく一人で葛西臨海公園に行ったりしている。
あそこは水族館もあるので、行くときは必ず水族館にも寄るようにしている。
Andrei Gavrilov - Chopin: Ballade #1 In G Minor, Op. 23, CT 2
最後の部分が特にいい。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #1 In C, Op. 28/1
プレリュードは、落ち着きたい時によく聞く。
まあ、結構激しい曲もあるけれどね。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #3 In G, Op. 28/3
これとか。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #7 In A, Op. 28/7
これは、薬を思い出す人も多いが、私は、梅雨時の雨にぬれた薔薇を思い出す。
通っていた幼稚園の裏に薔薇が植えてあって、梅雨時には教室の中からその薔薇をよく眺めていた。
そんな記憶がよみがえる。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #8 In F Sharp Minor, Op. 28/8
プレリュードの中ではこれが一番ドラマチックかな。
いや、他にも何曲かあるな。
Tzimon Barto - Chopin: Prelude #12 In G Sharp Minor, Op. 28/12
とかね。
BGM : Tzimon Barto - Chopin: Prelude #15 In D Flat, Op. 28/15, "Raindrop"
これは雨と言うよりも、「思い出」という言葉が思い浮かぶ。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 1. Preludio
シフラは技巧にばかり走ってまるで大道芸人のようだ、と言う人もいる。
でも私は好きだ。
やばい、このままのペースで書いていると、一晩中掛かっても書ききれない。
まあ、いいか。
気が向いた時に書いて、そして好きな時に投稿できるのがブログだから、適当な所で投稿しよう。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 4. Mazeppa
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 8. Wilde Jagd
ここら辺が私の定番だ。
Georges Cziffra - Liszt: Etudes D'Execution Transcendante, S 139 - 12. Chasse-Neige
ゆき
Strauss (R): Also Sprach Zarathustra, Op. 30 - Introduction
私も進化したい。
葛西臨海水族園のペンギン 2008年撮影。
お盆の季節の雑記です
ただの雑記です。御用とお急ぎの方は、スルーなさる事をお勧めいたします。
お盆
世間的には、お盆の季節だ。
しかし、私は10年くらい、墓参りはしていない。
今住んでいる所から、100km以上離れた所に母方の墓があり、父方の墓は恐らく500km以上離れていて、何処にあるのかも知らない。
いずれにしろ、自転車で行く事は出来ない。
10年前、一時的に墓の近くの家に居候していた事があって、其の時は1年で何回も墓参りをした。
田舎の人は墓参りをありふれた行事としている。
一方、東京では墓が近所にある事は珍しく、墓参りと言っても、年に1度、行くかどうかだ。
墓参りというものは、先祖に会いに行くと言うよりも、先祖との繋がりを確認しに行く、生きた人間の為に行われる物だと思う。
もしかしたら、現代人の孤独と言うのは、こう言った、過去との繋がりを忘れた為に感じてしまっているものなのかもしれない。
自転車で往復200km・・・死ぬな・・・
いやまてよ、自転車で走って途中で死んでしまったら、墓に行くまでも無く、ご先祖様に直に会えるではないか!!
いやいや、それはハードワークするぎる。
まあ、こうやって文章を書いたりして、思い出すこと自体が良い事だと聞いたことがあるので、この記事も、お盆の墓参りほどではないにしろ、0.5ポイントくらいは、くれるのではないだろうか。
何のポイントかは知らないけど。
何もしない事
何もしていない時間に耐えられない。
そして、暇な時に出来る事が殆ど無い。
手持ちのゲームは殆どややりつくしたし、散歩に行くには遅すぎる。
録画したテレビ番組も、結局見たくない事が、録画後しばらく放置することで分かって来るので、あまり見ていない。
となると、出来る事といえば、こうやって文章を書くことぐらいだ。そして絵を描く事。
友人と言うものがいれば、暇つぶしに遊びに行くと言う事もするのだろうが、残念ながらそれも叶わない。
よし次の一枚を描くか。
未来の自分への質問
これは、未来の自分への質問だ。
今は一体何年だ。
そして何故これを見ているのか。
過去の自分と、これを読んでいる未来の自分、より良い自分になっているだろうか。
餓死はしていないか。
まあ、していたら、これを読むことも無いのだろうけど。
相変わらず一人か。
絵は上手くなったか。
今何処で見ているのか。
しょこたんの事は今でも好きか、いや、これは答えなくていい。
一方的に質問ばかりしてしまったので、今度は私が答える。
多分、未来の自分は、今の自分2012年現在の自分の事など、すっかり忘れているだろうから。
今日は2012年8月12日、日曜日だ。
室温は32.5度、湿度は62%、扇風機を「強」で回している。それほど暑くは無い。
今日の夕飯はカップヤキソバと菓子パンだ。
こんな夕飯が、かれこれ1年くらいつづいている。
いわゆる家庭の事情と言うやつだ、未来の私になら分かるはずだ。
今は19:09、ファミコンの音を録音した物をBGMとして聞いている。
その日によって歌詞付き、歌詞無し、洋楽、邦楽、クラシック、聴きたい音楽が変わる。
今日はファミコンの音を聞きたい気分だ。
机の上には、水出し緑茶と氷が入ったコップ、それに黒いストローが注してある。
今の私はストローが好きだが、未来の私もやはりストローを使っているのか。
机の上にはあと、キーボードとマウス、そしてペンタブレットがある。
明かりは、電球色の蛍光灯。
そこで今これを書いている。
肉体的には、特に不調な所は無い。
精神的には・・・よくわからない。
子供の頃から、生きることの空しさを常に感じ続けてきているので、今のこの感覚も、その延長線上に過ぎないので、これをどう捉えるかで、精神面の捉え方が変わってくると思う。
たぶん、客観的な事実を書くよりも、精神的なものを書いた方がより有益だ。
客観的なものは、後日調べることも可能だろうから、ここでは精神面について、少し書こう。
今の私は、落ち着いている。
未来の自分が、全く心配で無いとは言わないが、かと言って、今の自分に出来る事は何も無い、未来の自分にがんばってもらうしかない。
最近は、子供の頃からの疑問、何故生きるのか、と言うことが少しずつ重たい問題になってきている。
子供の頃は、何となく生きている、でも良かったが、何と無く生きていける状況でもなくなってきている。
まあ、それでもあと1000年は生きる予定だけどね。
精神面はこんな感じだ。
そろそろ夕飯にするかな。
今の私はカップヤキソバが好きだが、未来の自分はどうだろうか。
もう、飽き飽きしているかもしれない。今後数十年これを食べ続けて行く事になるかもしれないから。
友人はいるか。
今の私には、「昔の友」は何人もいるし、会う事があれば親しく話し、昔のように接することが出来るだろうが、残念ながら、全員コンタクトが取れない。
そして、ここ20年ほど、新しい友は出来ていない。
これから先はどうか、友などいらぬと言う人もいるし、私も多分いらないと思うが、一応聞いておこう。
結婚はしているのか。
今の私には全く想像がつかない。
別に拒否しているわけでも無いので、機会があればする事になるはずだが、今の私から見れば、未来の私もしていないと断言できる。
もししていたら、おめでとうを言いたい、そしてお幸せに。
多分一人だと思うけど・・・。
結婚していなくても子どもだけいると言う事は考えられるが・・・・それも似たような質問かな。
とりあえず、何年か後に野垂れ死にせずに、このブログを見てくれているとしたら、こう言いたい。
生き延びてくれて、ありがとう。
何か質問があったら、いつでも過去の自分にテレパシーでも何でも、送って欲しい。何でも答えるので。
--質問ここまで--
何か見ながら食べるのがすっかり習慣になっている。
何も見ないでカップヤキソバを一人黙々と食べるのはしんどい。
でも、あまり見るものも無いんだよな。
ロンドンオリンピックがやっているが、まあ、見てみるかな。
結局、見ようと思っていた陸上競技は全く見なかった。
空き時間はほぼ全て絵を描くか文字を書くかしていたので。
カップヤキソバが出来た。
これを扇風機の風で冷ましてから食べる。
私は猫舌だ。
見るものが無いので、こうやって書きながら食べる事にした。
麺をつめたい緑茶で流し込むように食べている。
そういえば、最後に誰かと一緒に食事をしたのは、15年くらい前か、いや、13年くらい前だったかな。
子供の頃、両親と行ったのを除くと、誰かと外食をした事は生涯に2・3回しかない。
今後、その様な機会はあるのだろうか。
まあ、未来の事は分からない。
これを読んでる人と行く事になるかもしれないし、あんな人やこんな人と行く事になる日が来るかもしれない。
たとえ来なくても、それは、ただ今まで通りなだけなのだから、別に問題はあるまい。
よし、ヤキソバを食べ終えた。
あとは菓子パンだが、これは後で気が向いたら食べよう。
しょこたん妹説?
私には血のつながった妹が3人(以上?)いる。
2人は私の母親と父親の間の子、もう一人は父親と私の母親ではない女性との間の子だ。
その女性との間に何人の子がいるのか知らないので、(以上?)と付けた。
弟も一人いる。
そんな私がふと気が付いたのが、「しょこたん妹説」だ。
もしかしたら、私の中で妹のような感覚になっている可能性もある。
でも、決定的に違う事がある。
それは、しょこたんの場合は、明らかに「女性」としてみている点だ。
妹たちにそれを見る事は無い。
それぞれ可愛い子だと思うが、それは家族としての感情であり、女性として感じているわけではない。
やっぱり、しょこたんは妹じゃないのかな。
だって、妹相手には、こんなにときめく事は無いのだから。
まあ、新説なんて、大体いい加減な物だ。
ブログの出し時
雑記としていろいろ書く場合、いつ、ブログとしてまとめて出すかが問題だ。
あとで追記すればいいのかも知れないが、なるべく一度出した文章は、誤字脱字の修正程度にしたい。
だから、色々思い浮かんでいる間は投稿しにくい。
まあ、追記した所で、誰も気が付くはずも無いのだけどね。
とりあえず、ここら辺で出すかな
書きたい事があったら、また書けばいいんだし












