ゆうきの話 -27ページ目

ぺたを停止すべきか、考えてみる。

一応、ペタと言うものを設置している。

これは、記事を見た人が、見たことをブログを書いた人間に知らせる事ができる機能だ、本来ならば

そして、私も一応気になるので、どんな人なのかを確かめる。

そして、ここを狙った、アフィリエイト目的のブログが多すぎる。

それをいちいち確かめるのがだんだん面倒になってきた。

でも、設置している以上、まともにペタしてくださる方も居るはずで、そのような人のブログは見てみたい。

だが、宣伝・誘導目的のペタが多すぎて、はっきり言ってペタの95%はスパムだ。

僅かにおられるかもしれない、「まともな」読者の方へのアクセスは残しておきたい。

でも、最近はそんな人いないかじゃないかという疑いが生まれている。

ぺたを停止すべきか、考えている。

とりあえず書こう


この記事は、読む為に書くんじゃ無いので、読む必要は無い。


いや、読んではならない。


書き出す必要があるので書く。



とりあえず書く。

一言で書けば、近年稀に見る絶望感を感じている。

いや、昨日買ったCDについての話じゃない。

そうじゃなくて、私と言う存在全般についてだ。

あらゆる点から見て、どう冷静に分析しても、未来は無いとしか結論できない。

もはや努力によって解消できるレベルの問題ではない気がしてならない。

私の直感は、常に私に対して「続ける意味など無い」と言っている。

だから、色々と理屈を考えて「続ける事に意味がある」と言い返してきた。

しかし、私の理屈も、所詮は、私程度の人間が考える浅知恵なので、次第に本能的な直感が勝りつつある。

この状態を解消する必要があるのかどうかも、判断基準が無いので分からない。

はたして、私はこのまま存在する事に、何か意味が生まれるのだろうか。

人生全体が無意味だと言うのは分かっている。

でも、個々の事象において、一つ一つに意味を見出す事で、人間は生きる意味を感じる事が出来る。

しかし、すべての事に、次第に意味が見出せなくなりつつある自分がいるのだ。

これは多分、長く生きすぎて、心が漂白されて来ているんだと思う。

でも、それだけならば、ただ日常を淡々と生きれば良いのかもしれない。

でも、心の中にある、僅かな意味、僅かな夢、僅かな欲望が、私を悩ませる。

例えば、しょこたんはとても可愛いし、歌も上手いし、その内面から大好きだが、だが、それが私を悩ませる。

これって、単に苦しいだけで、本当は好きでいてはならないのではないか、と。

何かを好きになるには、エネルギーが必要だ。

それに耐えられる心が無いと、そのエネルギーに心が潰されてしまう。

そんな事が、しょこたん以外にも、色々な事柄について、感じられるようになっている。

このままでと、遠く無い将来、完全に心が壊れてしまう気がしてならない。

私の曽祖父は自殺している。

体力の衰えに絶望したためだと聞いているが、本当の事は分からない。

私にも同じ血が入っていて、精神構造も似ているのかも知れない。

もっとも、曽祖父は70過ぎまでは生きたらしいので、私もそれくらいまでは生きれれば良いと思っている。

その数値に何の根拠も意味も無いが。

この世界は、何の意味もなく生きるには辛すぎる。

人を好きにしかなれず、好かれる事が全く無い人生は、果たして生きる意味があるのだろうか。

私には、この世の全てがまぶしすぎる。

全ての物が光り輝いて見える。

そして、その分だけ、自分の暗さ、薄汚さ、無能さ、無力さが、際立って見えてしまう。

常に頭の中で、自分自身を罵り続ける人生に、これからどれくらい耐えていけば良いのか、考えただけでも気が遠くなる。

今回のこの文章では、無理にポジティブな結論は出さない。

これは自分で今の心の有り様を調べる為に書いているものだ、ただそれだけだ。

このブログにしても、私の心の中には、ほんの少しだけ、誰か読む人間がいるのでは、と言う事を期待して書いている。

そんな心が今は辛い。

数値的な解析では、アクセスはほぼ皆無である事が示されているし、直感的にも、それは正しいと感じている。

無駄な期待をして、不可能を追い求める事を、そろそろやめなくてはならないのかもしれない。

不可能とは、一言で言えば「幸せ」だ。

今の私の心には、幸せは無い。

しょこたんの事についても、大好きであるが、その心の僅かな情熱を、今の私は支えきれないかもしれない。

そして、およそ普通の人が得られるであろう幸せは、私にはことごとく得られそうも無いし、実際ほとんど無い。

「周りの声に惑わされるな、自分の心の声に従って生きろ」と言うようなことをある人が言っていた。

それは、自分の心の声が聞くに値する声を発している場合に限られる。

もしかしたら、そう言った偉人たちの言葉を、信じる事自体が間違えなのかもしれない。

自分を信じる事もできず、偉人を信じる事も出来ない。

では私は何を信じて生きていけば良いのか。

たぶん、何も無い。

何も信じる事もできず、誰からも必要とされず、自分を毎日罵りながら、そしてあらゆる事柄に何の意味も見出せない人生。

それを、これからどれくらい続けなくてはならないのだろうか。



大丈夫、これはただの心のメモだ。

前からずっと感じ続けてきている事を記しているだけだから、次の記事では、何事も無かったかのように、楽しげな記事を書いているはずだ。

ただ、その奥にどうしようもない闇がある事だけは、確かだ。


ほら、読んではならない記事だったでしょ。

我が生涯黒歴史なり!!

さて、今日も雑記を書くか。


原宿

今日は、生まれて初めて原宿と言う場所に行った。

本当に色々な人がいた。

老若男女、世界中から色々な人も来ていたように見えた。

英語じゃない言葉を道端に座りながら延々と話している、目鼻立ちのくっきりとした、欧米系の人。

英語(ふだん)で話しながら大きな荷物を引っ張って歩いている家族。

そして、ひと目で分かるアフリカ系の人たち。

東洋系の人は、言葉を聴かないとほとんど区別は付かないけど、相当色々な国から、色々な人が来ているはずだ。

世界は広い、私が知っている世界なんて、ほんのちっぽけなものに過ぎない。

様々な人間を観察する事は、自分の小ささを知る良い機会だ。

本当に世界は広い。




世界でも一人


今日は色々な人とすれ違った。

でも、一人として私はいなかった。

私は多分この世界に一人しかいないのだろう。

それが何を意味しているのかは分からない。

何故人間は一人しかいないのだろうか。

私がもっと沢山いないのは何故だろう。

何処を探しても私はいない。

そして、何処を探しても、私を理解する事の出来る人もいない。

もちろん、これは、私だけでは無く、全ての人間に言える。

分かり合える努力は必要だと思う。でも、いくら世界が広くても、私はひとりしかいない。

だれも、私にはなれないし、私を理解する事は出来ない。

だから、だからこそ、ただ好きになれば良い、ただ愛すればいい。

分かり合おうなどと言うのは所詮無駄な努力だ。

あの人は私ではないのだから。


ただひたすらに、愛すればいい。それだけでいい。


とは言うものの、そんな事、人間にできるのか、と言う問題はある。

そこが問題だ。

だから私は愛されないのだ。




というか、この記事は何の為に書いているのかな。

たぶん、自分を説得するためだろうな。

文章を、誰か特定の人間にむけて書く場合は多い。

そしてこの雑記は、自分自身の為に書いているんだろう。

今日も悪い癖が出て、アクセス解析なるものを見てしまった。

・・・・

やっぱり誰も見ちゃいないんだよ。

だから、自分に書くしかないんだよ。

もちろん、例えばしょこたんに向けて書くときは、本気で書いている。

届く事をイメージして書く。

だから、読まれても、全然不思議じゃないとは思っている。

でも、見ちゃいないんだよなぁ。まあ、いいけどね。

たぶん、100億年後くらいに、進化した何者かが、見るに決まっているんだから。

これはほぼ確実で、その人達の為と、後はしょこたんの為に書こうっと。

もちろん、偶然、たまたま御覧頂いている貴方のためにも書いております。もちろん。


奇跡起これ、奇跡起これ、奇跡起これ


言葉には、それ自体に力があると言うが、本当はそれを見る人間の心に変化を与える事で、力を出す事が出来る。

だから、言葉を書く事は、そうありたいと自分の心を誘導する効果がある。

あと、書き続けると、言い続けると、必ず変化が、周りにも起こる。

これは、前のブログに書いたので割愛するが、好きなものを好きと言う事で、奇跡を起こすことが出来る、その実例こそがしょこたんなのだ。

だから好きなものを好きと書き続けると私は決めた。

「しょこたんしょこたん言いすぎww」、と言う人もいるかもしれないが、そういう理由なので、どうかご容赦いただきたい。

好きなものを好きと書き続けると私は決めたのだ。


まあ、マイペースでいこう。


ちなみに、私のマイペースは決して遅くは無い。


早速だが、いま、しょこたんの歌のPVを聞きながらこれを書いている。

書きながらだと、しょこたんの可愛らしい姿を見れないのは残念だが、例えしょこたんがスカシカシパンのような容姿でも、よぼよぼのおばあちゃんでも、私はちっとも構わない。

この歌声と、そして、その内面的な魅力は、外見によって左右される物では無いからだ。

人間だから、いずれは年をとってしまう。

美貌は衰え、アイドルと呼ばれる事も無くなる。

でも、そんな事は、ほんの表面的な問題だ。

例えば、水木一郎が歳を取ったからといってなんだと言うのだろうか。

美空ひばりが、歳を取ったからと言って、それがどうしたと言うのか。

本物の力は、その容姿ではない、その内面に秘められている。

それさえあれば、年齢的な容姿の変化など、取るに足らない些細な事だ。

だから私は、しょこたんを、一生、聞き続けるだろう。

そして、一生大好きだ。

だって、内面こそが、一番の魅力なのだから。



あ、一つ決めた事がある。

私が漫画などを書いて、それがアニメ化されたら、もちろん、主題歌をしょこたんに頼む。

これは決定事項であり、変更の余地は無い。

ぜひ私の書く歌を唄って欲しい。

これは決定事項であり、必ず実行される事は確かだ。

決まっている未来もある、それがこれだ。

一つの道

絵を描き始めるには、もう少し文章を書いて精神を落ち着ける必要がある。


今日も日課のしょこたんブログを読む。

これから24時間ニコ生を始めるに当っての意気込みと不安が書かれている。

そして最後に

「ほんとうにわたしはぶれずに、アニソンシンガーになりたい。絶対ずっと一生アニソンがすき、アニソンをうたいたい。そうなりたい。(゚´ω`゚)」

と締めくくっている。

私が昨日「色々な歌が聞きたい」と書いた事への返答かのような一行だ。

もちろん、私のブログが読まれているはずも無いし、単なる偶然だとは思うが、それでも、音楽に対する考え方が聴けただけでもとても嬉しい。

たしかに、あれもこれもと言うのは、たまに企画としてやる分には構わないだろうが、やはり一本通った芯が必要だ。

あれもこれもと手を出して、けっきょく何もかも中途半端に終わる、これは決して良い事とは言えない。

またひとつ、しょこたんに教えられた気がする。

もちろん私は、アニソン一本と言う道を全力で応援したい。

やっぱり、しょこたんは凄いなぁ。


あと、握手会に是非来て欲しいと書かれていた。

私も券は持っているので、行く事は出来る。

でも、正直言って複雑な思いだ。

もちろん握手はしたい。

でも、人間は、特に男は、肉体的な接触に弱い。

それだけで、一生忘れられない存在になってしまうのではないかと、少し心配している。

別にそれでも全然構わないんだけどね。

ただ、着ていく服が無い・・・

まあ、昨日既にCDを買いに行ったんだけどね。


やばい、PVの放送が始まったせいで、nsumを聞く間が無い。

どっちを聞けば良いんだ!!

何とも贅沢な悩みである。

握手会は最終の21:15からの券を確保しているので、それまでゆっくり悩むとしよう。


いぇーい、しょこたんみてるー?


いや、何でもない・・・


そうだ、一つ試してみよう。


私は不思議と色々な物とシンクロする能力がある、気がする。


だから、ここで一つ試してみよう。

もし、しょこたんに私の想いが届くのであれば、ブログで


今日食べた夕飯、を書いて欲しい。


よし、送った。


まあ、書くなんて事、ほとんどあり得ないけどね。

nsum入手までの道のり

今日は、しょこたんの新作CDである「nsum」を入手するに至る過程を、記したいと思う。

速報は 前記事「nsumゲットだぜーっ!! !」を御覧いただきたい。

今記事は、その記事の補足である。


私は普段、発売日前にCDを買う事は無いが、今回は是非早く買いたいと思い、知っているCDショップを何軒かはしごしてみた。

光が丘、石神井公園、大泉学園、成増、考えられる限りのショップを巡ったが、置いていない。

そして、いつも利用するCDショップが2件、よりによってこのタイミングで改装中だった・・・。


しかしふと疑問がよぎった。「もしかして、必ずしも発売日前に買える訳では無いのかな?」

そう、恐らく、私の巡った店は、発売日前日に店頭にCDを置かない、お堅い店だったのかもしれない。

ならば見つかるはずも無い。

「こうなったら確実に買えるニコニコ本社に行くしかない」そう決意し、早速地下鉄で本社に向かう。

私の家からは、副都心線一本で行けるので所要時間30分程度だ(+徒歩10分)。ただ、成増までは自転車かバスだけど。

そして、本社に行くと、普通のCDショップには無い特典が得られる。握手会参加券だ。

これは行くしか無いだろう。

早速副都心線に乗り、「明治神宮前」を目指す。

所要時間は地下鉄成増からだと約30分。

時刻は18時を過ぎていたが、あちらに着けば看板か何かがデカデカと貼り付けてあったりして、簡単に見つかるだろうと高をくくっていた。

しかし、実際に駅から地上に出た時は途方にくれた。

「まったくわたからない・・・」

家をでる前に、3秒くらい本社までの地図を確認したが、はっきり行って、大雑把な方角以外、何一つ見ていなかった。


そして、渋谷、原宿界隈を30分以上、うろうろする事になる。



完全に全く土地勘の無い場所では、勘と運に頼るしかない。

私は何の変哲も無い路地に突然入りたくなったので入ってみる。

そこはどうやら原宿通りと言う道につながっていた。

その名は聞いた事があるが、全く縁が無く、完全に場違いで、一人浮いていた事だろう。

でも、そんな事に構っている時間は無い。

とにかく進まなくてはならない、そう直感し、原宿通りを先に進む。

ずっと進むと、大きな通りに出た。

そして、その先に「takeshitadouri」という看板が掲げられていた。

それを見ているうちにふと記憶が蘇った。

「ニコニコ本社は竹下通りにある」

うろ覚えではあったが、今はその記憶の断片に頼るしかない。


「確か、本社が閉店するのは20時、今は・・・多分19時くらいだろうか・・」

普段時計も携帯も持ち歩かないので、こう言う時は、店を覗き込んで、そこにある時計を見て確かめる。

時刻は19時10分。あまり時間が無い。

早くしないと、せっかく原宿まで来たのに手ぶらで帰ることになる。

それだけは何としても避けたい。

竹下通りの店と言う店を、きょろきょろとくまなく見て歩く。

生涯縁が無いであろう、様々な店が立ち並ぶ中、ひたすらに「ニコニコ」の断片を探す。

でも、無かった。

いくら見回しても、キラキラとしたいかにも今風な店が立ち並ぶだけで、ニコニコのニの字も見当たらない。

ついには竹下通りの端に来た。

少し離れた所なのかもしれない、そう思い、その周辺も探索してみるが、全くピンと来ない。

「やはり、竹下通りに戻ろう」

そして、再度、竹下通りを探索する事にした。

そして、先ほどは気にも留めなかった路地の奥に、なにやら人だかりがあるのを発見した。

其の時「もしや」と感じ、その薄暗い路地へ入っていく。

すると、若い女性らが列を作っていた。

そして、その列の横の建物をみると

「ニコニコ本社」

ここか、ここがそうなのか。

私は本社建物のアップの写真を一度見たきりで、周辺の様子は全く知らなかった。

私が想像していた場所よりも、少し静かな場所にあった。

きっと、生放送の時に観覧者が列を成すことを考えての事だろう。

ここならば、多少列が出来てもそれほど交通の妨げにはなるまい。


早速3階のショップに入る。

ショップ内には、まさに「ニコニコ」と言った感じのアイテムが所狭しと並べられていた。

大部分はよく分からないグッズだったが、テレビちゃんという、白いテレビのようなキャラクターは知っていた。

今回は買わなかったが、次に行く事があれば、是非欲しい。


そして、店内のレジの目の前、一番目立つ場所にしょこたんの最新アルバム「nsum」がしっかりと飾られていた。


余談だが、この「nsum」が、どうしても覚えられない。

書くたびに文字があべこべになってしまう、良い覚え方は無いものか・・・。


そんな訳で、閉店時間前に何とか、CD&DVDを入手する事に成功したのであった。


この色々な出来事のおかげで、今日は絵を殆ど描いていない。

これから音楽を聴きながら描き始める予定だが・・・・


CDドライブがぶっ壊れた!!!


先日からどうもCDドライブの調子が悪く、恐らくは分解して清掃すれば直るかもしれないが、それをやらないと、苦労して買ったCDが聞けないと言う悲しい事になってしまう。

それに、早くしょこたんの歌声が聞きたい!!!!

こうなったら徹夜でドライブを直すぞ!!


と言うわけで、音楽については、CDドライブを徹夜で直してから、という事にしたいと思う。

今日は絵は描けないかもしれないな・・・

nsumゲットだぜーっ!!!

今日は、ニコニコ本社に行って、nsumのCDを買って来た。


やって来ました、明治神宮前。さすがに夏休みと言う事もあっても人が多い。


しまった!!全然ニコニコ本社の場所覚えて無いや。

まあ、勘で行こう、勘で。


うろうろ


うろうろ




うろうろ





あれ、確か記憶の彼方に「ニコニコ本社は竹下通りにあるっ」て言っていたような覚えが・・・・

看板に「takeshitadouri」」とかいてある。あそこかな?

・・・

それからしばらく、竹下通りと、その周辺をうろうろする。

そして、竹下通り2ループ目の時、路地の奥に人の列を発見する。

女の子ばかりの列だ。

「もしや・・・」そう閃き、その路地の方へ進んでみると・・・




キターーー(゜∀゜)ーーーー!!!!!


本社発見!!

想像以上に奥まった所にあった。

たぶん、女子の列が無ければ気が付かなかった。

ありがとう、見知らぬ女子たちよ。


早速、ショップの中に入ってみる。

撮影は、特に止められなかったので、まあ、ここに写真を貼っても良いだろう。

ダメだったら、消しますが、宣伝と言う事で大目に見て欲しい。

ちなみに、私のカメラには手振れ防止機能が無いので、どれもブレブレである事をご了承いただきたい。

興奮で手が震えた、と言う事にでもしておこう。

にこにこ

CDいっぱい

ビデオ

テレビちゃんいっぱい!!

ほしい!!

ガムと、納豆っぽいグミ?

シャツ沢山

中の見た感じ

あやしいつぼ


そして・・・

レジ前に堂々と置かれたるこれはまさしく nsum!!

キターーー(゜∀゜)ーーーー!!!!!

もうちょいアップ!

キターーー(゜∀゜)ーーーー!!!!!


早速購入、もちろんニコニコ本社での握手券もゲット!!

いけるかどうかは分からないけど、行きたいなぁ。


ちなみにこれが入手したnsumのCD&DVDと握手会参加券

裏にちゃんとハンコが押してあるから、これを見て偽造しようとしても無駄なのだ。

あと確か、レシートも必要だった気が・・・詳しい事はオフィシャルサイトを参照下さい。


とりあえず、この記事を早くアップしたいので、ここら辺にしておくが、音楽の内容、それから今日の色々な事の、詳しい事は次のブログでアップ予定。

しかし今日は疲れた・・・

でも、とっても楽しかった!!

これもしょこたんのおかげだね、感謝感謝


アニソン

今日も日課のしょこたんブログを読む。

今日は、アニソンライブがあって、永井豪と、水木一郎との3ショットが掲載されていた。

すごい3ショットだ。

(それにしても、しょこたんは可愛いっ!!)

私の世代的にはまさにど真ん中である。

絵の上手い友人が、グレートマジンガーの単行本をプレゼントしてくれたのを思い出した。

私も、永井豪の絵を真似ようとした事はあるが、あの絵は、とにかく筆圧が高く、Gペンをボキボキと折りまくりながら書いていたそうで、到底まねできるものでは無かった。

Gペンももちろん使った事はあるが、私も比較的筆圧が高く、そのせいか、紙にガリガリと引っかかって描きにくいと言う印象が強い。

安モノのペン先だったと言うせいもあるかもしれないが。

Gペンは線の強弱は非常に付けやすいのだが、私は不器用なので全部の線が太くなってしまい、上手く線の強弱を付けることが出来なかった。

そのうち、ミリペンでばかり書くようになって、そして今では殆どデジタルだ。

でも、あのGペンの迫力は今の所、デジタルでは出せない。

もっとタブレットの性能が上がって、Gペンのようなタッチで描ける日はその内来るかもしれないが、当分は紙にはかなわないと思う。

グレートマジンガーの単行本は何度も読んだが、最後はウサギがぼろぼろに齧ってしまっていた記憶がある。

永井豪といえば、他にも凄ノ王伝説が印象深い。

これは、漫画では無く、PCエンジンゲームとして、遊んでいた。


アニソンと言えば、水木一郎と言うくらいで、どの曲も好きだが、強いてあげるならば、グレートマジンガーと、ハカイダーの歌(三郎のテーマ)が好きだ。

特に三郎のテーマは、今まで聞いた歌の中でトップクラスのかっこいい歌だ。

「頭に父を住まわせて、殺しの標的兄を追う 木枯らしに似た口笛は 死神の唄う子守唄」

いつ聞いても、良い歌だ。

ゲームセンターあらしとかも、好きだ。

そういえば、グレートマジンガーも涙を流さないんだったな。

マジンガーゼットのテーマももちろん、よく聞くアニソンリストに入っている。

この時代のアニソンはとにかく迫力があったと言うか、力強さに溢れている。

もちろん、水木一郎と言う歌手の力によるところも大きいが、時代に力強さがあったのかもしれない。

とにかくテンションを上げたい時はこの時代のアニソンに勝る物はあるまい。

今後も、どんどんとテンションの上がる歌を聞かせていただきたいと願って止まない。


しょこたんのあのアニソンに対する愛や情熱は、はっきり言って尊敬に値する。

あそこまで一つのものを好きになれるその情熱、私も見習わなくてはならない。

最近特に感じるのだが、私はしょこたんを大好きであると同時に、尊敬すべき人物として見ているようだ。

その情熱、のたうちながらも、必死になって、生きる姿、それはまさに私が欲している能力であり、それを持つしょこたんに、私は敬意と尊敬の念を禁じ得ない。

そして、しょこたんの書く文章を読むと、こちらまで元気になってくる。

あの、内から溢れる生命力に、いつも癒されっぱなしである。


わたしもああなりたい、これはひょっとして「憧れ」と言う感情ではないか。

もちろん、大好きであり、女性としても大変魅力的だ。

それと同時に、尊敬すべき対象である事はもはや疑いようが無い。


・・・これをしょこたんが読んだらきっと「そんな事は無い」と言うかもしれないな。

そうしたら私はこう言うしか無い。

「尊敬してしまってごめんなさい、でも、そう感じてしまったんです、どうか許してください!!」


まあ、見てるはず無いけどね。


しょこたんには、もっと色々なアニソンのカバーを唄って欲しいと思う。

(もちろん新曲も!!)

個人的には、ルパン3世の歌を是非歌ってほしいと思う。

あと、ゆったりとした歌、ジャズもシャンソンもいい。

まあ、しょこたんは一生唄い続けるだろうから、是非そんな歌もいずれは歌ってほしい。

あの声は低音もいけると思う。

あと、英語とフランス語の歌。

とにかく歌ってほしい歌は沢山あるが、この願いが届く事を信じて、これからも書き続けていこう。


いつも元気をありがとう!!

外出時には・・・

ポケットに入る物しか持ち歩かない。

カバンは、どうしても必要な場合にしか使わない。

モノを持ち歩いていると、例えそれが今買ったものでも、投げ捨てたい衝動に駆られる。

実際には、紙くず一つ捨てる事は無いのでご安心を。ポイ捨ては大嫌いだ。

腕時計はつけない。

付けて見た事はあるが、やはり邪魔で仕方が無いので、時計は懐中時計しか持たない。

それも、この前壊れて、それ以来、懐中時計も持ち歩いていないけど。

そういえば、直木賞とか芥川賞の賞品は懐中時計らしい、・・・欲しいな。

最近では時計は携帯電話で済むが、携帯電話すら邪魔なので、どうしても電話する必要がある時以外は、携帯電話も持たない。

そう言う時は、周りを見れば大抵時間は分かる。後は勘だ。

音楽プレーヤーは必需品だったが、最近は外の音も悪く無いと思っている。

カメラは必ず持ち歩く。

10年前くらいの古いデジカメだが、一応問題無く撮れる。メモ代わりだ。あと、絵の背景に使うため等に。

最後に誰かと一緒に外を歩いたのは、確か14年くらい前だ。

それ以来、外出時に誰かと一緒に何処かに行った事は無い。

デート? あなたがしてくれるなら、それか初めてのデートだ。(男性お断り)


それにしても、四次元ポケットが欲しい


BGM : Beethoven - ピアノソナタ第08番 悲愴

ミンミンゼミ


ゆうきの話-ミンミンゼミ

マンション下、階段の所でじっとしていた。

そろそろ秋かな

秋よ、もう少しだけ待っておくれ。

まだ、スイカを食べていないんだ。

今日描いた絵「横顔」

ゆうきの話-よこがお

私は、横顔が好きだ。