ゆうきの話 -24ページ目

日課

今日も日課のしょこたんブログを読む


つくしがやってきた!!

やっぱり猫は良いなぁ。

うちも猫が飼いたい。

このマンションはペット可能なので、いくらでも猫は飼える。

やはり、最低でも2匹は同時に飼いたい。

どんな猫でも良いけど、黒猫が一匹は来て欲しいな。

そうしたら、このブログも猫ブログと化して、ずっと猫記事ばかりになるだろう。

私は生まれ変わったら猫になって、天敵の居ない無人島でのんびり暮らしたい。

親戚が八丈島の原生林を持っているので、そこを借りて、猫屋敷を建てて、そこで猫と一緒に暮らしたい。

いつか、海と山に囲まれた人のいない静かな場所で、猫に囲まれながら暮らすのが夢だ。

火星に行ったとしても、宇宙人に宇宙の果てにつれて行ってもらったとしても、猫は一緒に連れていく。

数十年後、火星は猫の惑星になっているかもしれない、私が住み着いたら。

猫の名前は何にしようかな。

黒猫だったらバブルス2世にしようかな。

トラ猫だったらトラにしよう。

これは、初代トラが居るけど、2代目もトラがいい。


あ・・・いま・・・・ヤバイ事が閃いてしまったぞ!!!


名前を「しょこたん」にして、もふもふもふもふしまくって、くんかくんかくんかくんかしまくる!!!!!!!!


もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ
もふもふもふもふもふもふもふもふ

くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか
くんかくんかくんかくんか

もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか
もふもふもくんかくんかもふもふくんかくんか




・・・・変態だな。



いかんいかん、たまに発作が起きる。

まあ、いいか。


それにしても、猫が飼いたい。

いや、仕えたい。



それにしても、しょこたんはものすごいハードワークだな。

ただひたすらに、身体と心が心配だ。


宇宙でも神様でも仏様でもマミタス様でも寝子たちでも、誰でも良いので、お願いします。

どうか、どうか、しょこたんが元気で楽しく過ごせますように。

心の底からお願いいたします。

雑記

霊感

霊感は全く無い。

しかし、昔から少し、考えている事がある。

それは、霊感が強すぎて、生きている人間と全く同じように霊が見えている可能性は無いのか、と。

見えている人間全てを触ったりして確かめるわけにはいかない。

そもそも、触る事で確認できると言う保障も無い。

この疑問を解決する方法は無い。

何故なら、存在しない事を証明する事は、霊であれ何であれ不可能だからだ。

だから、全てが霊で無い事を証明する事は、不可能だ。

まあ、私に霊感は無いけど。

ただ、私は怪談とか、心霊番組が好きだ。

霊感は無いが、霊的現象を取り巻く人々を見るのが好きだ。

霊能力者、心霊スポットに行く人々。

その人たちの行動、リアクション、考え方、表情、それらが楽しい。


霊が存在しているのかどうかはわからない。

でも、もし霊が存在しているのだとすれば、それは、私も霊体である事を意味する。

つまり、肉体を持った霊体だ。

肉体を持った霊体が、肉体を持たない霊体を恐れる理由が私には分からない。

もちろん、馬鹿にしたり、過剰に関わったりすれば、良くない事は想像できる。

でも、普段、私たちが周囲の人間に対してとっている様な態度を霊に対してとっていれば、特に問題は無い筈だ。

そして、万が一霊の仕業で死んでしまったとしても、それは肉体を失っただけで、わたしもただの霊になるだけだ。

これの何処に恐れるべき点があるのだろうか。

ちなみに、私の直感は「霊はいないよ」と訴えている。

まあ、ただの勘なので当てにはならないが。

でも、私は怪談とか心霊番組が好きだ。


まあ、宇宙人はいるけどね。確実に。


人気

私も一応ピクシブに画像を上げている。

どれくらいの人間が見たか、数値で表示される。

そして、星10個で評価する事ができる。

たまーに見てみると、幾つかの評価が付いている。

点数自体は慣習的なものだろうか、大体10点を付けてくれている。

でも、私が「この絵は好きだ」と思ってUPした画像には、はっきり言って全然評価が付いていない。

そして、何となく描いた物や、自分の中ではそこそこの評価の絵に、意外と良い評価が付いている。

この点から、一つわかる事は、「自分の好きな物と、周囲の評価は全く一致しない」と言う事だ。

私が今描いている絵、例えば



ゆうきの話




この絵は、ニコニコ静画という場所にも掲載しているが、閲覧数は今日現在で「2」だ。

私の中では、決して悪くない感じだとは思うが(もちろん完璧ではない)、それでも世間的には全く何の関心も呼ばない。

つまり、自分がどんな気に入ろうとも、どんなに頑張ろうとも、それと周囲との評価iは、必ずしも結び付かないのだ。

だから、信じるしかない。

いつの日か、自分の理想と周囲の理想が合致する日が来ると。

または、完全に自己を捨て、周りの評価を得るもののみを追求するという手もある。


人気と言うものは、実力だけでは得られない。

ある種の運命のようなものによって、本人の力の及ばない所で決まっていく。

だから、人気を得ようと言う努力そのものは、無駄だ。

最善を尽くす事、最も良い物を創る事、これのみに集中し、人気・評価に付いては、自分ではタッチできないものだと理解しなくてはならない。


今日も最善を尽くそう。



食べ物


お土産に貰ったクッキー


ゆうきの話


ゆうきの話


ゆうきの話


ゆうきの話


メンチカツパン


ゆうきの話-1


ゆうきの話-2


ゆうきの話-3


ゆうきの話-4



ゆうきの話-5


ゆうきの話-7


ゆうきの話-8


ゆうきの話-9



ジュエルしょこたん【虫嫌い閲覧注意】


ゆうきの話


ジュエルキャタピラーを髪に付けたしょこたん。

ジュエルキャタピラーとは、透明のゼリーに包まれた蛾の幼虫の事。

( 興味のある方は「ジュエルキャタピラー」で検索してみてください )

幼虫の色は、一部創作も含まれている。

幼虫も可愛いが、実は成虫もなかなか可愛い。(もちろん、しょこたんも!!)


私は蛾が好きだ。

蝶と蛾は、羽の閉じ方とか、幾つかの分類方法があるらしいが、明確な違いは無いらしい。

そして、蝶よりも綺麗で魅力的な蛾も沢山いる。

それにしても、ジュエルキャタピラーって何でこんなんなんだろう。

考え始めたら、100万年くらい掛かりそうだ。


ちなみに、ここでは500*500のサイズの画像として張ってあるが、ニコニコ静画と私のwebサイトには800*800の画像が張ってあるので、興味のある方は是非御覧下さい。


2012年8月の絵

MARVEL HEROES

おお、しょこたんまだ起きてるのか。

アベンジャーズがよほど気に入ったようだ。

確かにマーベルのヒーローはいいよね。

ちなみにわたしはこんなのを持っております。



ゆうきの話


ゆうきの話


洋書なので5.99ドル



ゆうきの話

ちなみに、中身は塗り絵とか、子供が遊べるクイズみたいな物が400ページほど。

やや古い物なので、日焼けしてしまっている。

このフォルム、躍動感が気に入って買っておいたもの。

アメコミは躍動感が素晴らしい。

日本のコミックとは全く違った魅力がある。

アメコミについては、後でまた書こう。


おやすみしょこたん、わたしはまだ、寝ないけどね。



雑記

胃痛

最近気が付いた。

肉を沢山食べると胃が痛くなる。



BGM : ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - チャイコフスキー: スラヴ行進曲


もっと描こう


BGM : ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 - チャイコフスキー: くるみ割り人形 - 行進曲

この曲を聞くと、幼稚園を思い出す。




絵を描こう

どんなにゴミクズみたいな絵でも、描かねばならない。

描けば必ず進歩があり、そして、いずれ理想の物が描きあがる日が来る。

それが1000年後ならば、1000年生きれば良い。

その方法は、生きながら考えれば良い。

今は誰の目にも触れない絵や文章、そして私自身。

しかし、あと1万年かかったとしても、進み続ければ、いずれ到達点に辿り着く事ができる。

諦める事には何の意味も無い。

それは以前のブログでも説明した。

諦めない事でのみ、人は人として存在できる。

諦めた時点で、人は人で無くなり、その様な状態になると、人間は存在が消え失せてしまう。

人間ではない、ただの物体になってしまう。

だから、人が人である事と、諦めない事は、同一なのだ。

人間は、諦めると言う選択肢は取り得ないし、そもそもそんな選択肢は存在し得ないのだ。

だから、今日も明日も描く。

それが例えどんなに無価値であろうも構いはしない。

その行為は、諦めない事の証明、人間の証明なのだから。


さて、今日はどんな絵を描こうか。



最近、音にノイズが無い

レコードはもちろん、CDにもノイズはあった。

しかし、mp3等になると、原理的にノイズが発生しない。

もちろん、再生機器が故障していれば別だが。

ノイズは案外悪くない。

私は特に、テレビのホワイトノイズ、砂嵐の音が好きだ。

あれを数時間眺めていた事もある。

でも最近はテレビも砂嵐が見えなくなってしまっている。

その為だけにアナログテレビを取っておいても良いかもしれない。

あれを動画に取って置けば良いのかもしれないが、あれは、極めてランダムなノイズの塊なので、圧縮が利かない・又は圧縮時の劣化がひどい。

砂嵐本来のノイズを忠実に再現するには、無圧縮で保管するのが理想だが、そうすると、1分で数GBとかの大容量になる。

でも、それをループ再生しても繋ぎ目はわからないだろうから、1分くらい撮って置いて、それをループ再生するのも良いかもしれない。

ドーンコーラスという、日の出前、太陽から飛んで来た粒子が大気に衝突して発生する微弱な音があると言う。

以前それをテレビか何かで聞いたことがあるが、あれを自前でキャッチして、朝とそして夕方に、大音量で聞き続けたい。

今PCでは、擬似的にノイズを発生させるように、風や川の自然音と、鈴虫の音と、5.5hzの音と、そして、音楽を重ねて聴いている。

その上に、動画を再生すれば、よりノイズが自然になる。

今は夏なので、扇風機が常に顔に当っており、それも重要なノイズ発生源として貢献している。

毎年、寒くなっても、扇風機の音目当てにギリギリまで消さない事にしている。

あと、この部屋は大通り沿いなので、外の車の音がちょうど良い感じでノイズに貢献している。

もっとノイズを増やしたい。

そして、最終的には、全ての音の成分が含まれた究極のノイズを聞きたい。

それを聞き続けながら、生きていきたい。


静寂は、私にはうるさ過ぎる。


静か過ぎると、周りの人間の声、動き、思考、感情、それらが頭の中に流れ込んでくる感覚に襲われる。

もちろん、それで頭がおかしくなるような事は無いが、少なくとも安らがない。

だから、リラックスしたい時、集中したい時は、音で外部を遮断しなくてはならない。

好きな音楽でも良いが、やはり最強なのがノイズなのだ。

ノイズが欲しい。

生命の維持にノイズは不可欠だ。


ただし、しょこたんの歌は、ノイズにするには美しすぎる。愛おしすぎる。

周りの音は遮断できても、しょこたんの思考や感情が頭の中に流れ込んでくる。

だから、聞く時は、他の音を止めて、その音に集中する。


ノイズ源に適した音楽は、クラシックや洋楽だ。

いわゆるBGMというものだろうか。

これらのノイズとしての適正はほぼ理想的なものだ。

あとは、種類を重ねていけば良い。


今日もノイズに心を包もう。


ゆうきの話-1


ゆうきの話-2


ゆうきの話-3


ゆうきの話-4



ゆうきの話-5


カップヤキソバ

日課

今日も日課のしょこたんブログを読む。

現在公開中のアベンジャーズに興奮が収まらない様子だ。

やはりしょこたんの描く文章は素晴らしい。

私も、あれ位豊かな感情表現が出来るようになりたい。

私にとっては、もはや心の師と呼ぶにふさわしい。



映画

徒歩10分の所に、東映大泉撮影所がある。

以前は、撮影所の裏に、戦隊モノに出て来る車やらロボットの一部、色々な撮影に使われたであろうセットが山積みになっていた。

今では、そこはマンションになってしまっているので見られなくなってしまったが。

光が丘公園は、戦隊ヒーローモノの撮影では定番の場所だ。

昔の東映系の特撮モノを見ると、うちの近所がちょくちょく出て来る。

今では湾岸とか、もっとお洒落な場所での撮影が増えているようだが。

以前は撮影所内で、今で言うディスカウントショップが頻繁に開かれていた。

新聞広告にチラシが入ると、行くのを楽しみに思ったものだ。

べつに、ヒーローに会える訳では無かったが、撮影所内のあの巨大な建物に入れるのはこんな時ぐらいだ。

ヒーローはいなかったが、ヒーローの乗り物は普通にそこら辺に置かれていた。

売っているものは、いわゆるドンキホーテとかに売っている感じの物だったが、たまに、ゲゲケの鬼太郎とかのセルが1枚数百円で無造作に売られていたりもした。

最近は、ディスカウントストアも増え、撮影所内での販売も大分減ったように思う。

でも、たまに、近接する駐車場などでそういった販売が行われている。

そして、最近では撮影所の前に映画館が出来た。

最後に映画館で見た映画は「スプリガン」だったが、あれを見たのは池袋だった。

映画と言えば、子供の頃は東映まんが祭りはよく見ていた。

さすがに最近では見ることも無くなったが、最近はどんなのがやっているんだろうか。

ちなみに、アベンジャーズも、撮影所前の映画館で上映中だ。

しょこたんブログを読んでいたら、久々に映画館で見たくなってきた。

これって、いつまで公開してるのかな。

テレビ放映までは1年位はかかるだろうから、出来れば映画館で見てみたい。


それにしても、私は何故、フラットなのだろうか。

感情が。

もちろん感情そのものはある。

でも、はしゃいで飛び回ったり、大声で喜びを表現する事は、滅多に無い。

だから、そういう事ができる人を見ると、キラキラと輝いて見える。

そういう文章を書ける人を見ると、感動と尊敬の念を心の底から感じる。

まあ、人間の感情と言うものは、ある程度先天的なものによるだろうから、私がいきなりしょこたんみたいに感情表現豊かになれるとは思えない。

でも、それが私に欠けているモノの一つだと言う事はよく分かる。

少しでも、感情を表に出せるようにしたい。


その為に、少し訓練してみようかな。



感情よ・・・・私の心の奥に潜む、喜怒哀楽よ・・・・。


波風一つ立たない感情。

考えてみれば当然だ。

だって、感情がゆり動くような出来事が無いんだから。


まあ、意味も無く騒いだりは流石に出来ないな。

と言うことで、何かあったら、感情を表現するようにしてみよう。




ゲームの話

ふむふむ、vitaか。

確かにハードとしての性能は現行の携帯ゲームでは最高だ。

でも、いかんせんハードの売り上げ台数が低すぎるので、メーカーも本腰になってゲームを作ろうとはしにくいはずだ。

面白いゲームが出ればハードも売れて、更に面白いゲームが沢山出る、その好循環が起こる事を祈ろう。

vitaでやりたいゲームと言えば、まずはPS2のゲーム全般がやりたい。

ドラクエ8をまだクリアしていないので、vitaで出来るようになれば、真っ先にやりたい。

新作では、FF辺りが出れば、vitaの普及に弾みがつくかもしれない。

個人的にはFPSが好きなので、それらが出て欲しい。

あと、何とかしてdiablo3とかを出してくれれば、即買いなんだけど。(日本語版で)

マインクラフトとかも、vitaの性能ならば十分出せるはずだ。

DSも良いが、vitaは画面が大きくて背面タッチなどの機能もあり、何と言っても絵が綺麗だ。

ゲームは沢山選択肢があるほうが良い。

なんとか盛り上がって、洋ゲーが沢山移植されたらいいのになぁ。

でもやっぱり、日本製のゲームに一番期待したい。

私はFPSは好きなものの、アクションゲームは基本的に苦手なので、まずはRPGが良い。

ダンジョンマスターとか、ウィザードリィとか、あと、キングスフィールドも好きだ。

DQは当分wiiだけかも知れないけど、今はマルチプラットホームと言う言葉もある、vitaで出たっておかしくは無い。

FFも1から全部リメイク&オリジナルのセットで出せば良い。

きっとかなり売れると思う。(というか欲しい)

RPGといえば、ヘラクレスの栄光が好きだ。

特に1、初代が好きだ。

あの独特の雰囲気が、良い。

vitaに移植してしまったら、あの雰囲気は無くなってしまいそうだけど。

女神転生も初代からやりたい。

PS3もまだやって無いので、全部やったらいくら時間があっても足りないな。

halo3とかもやりたいので、xbox360も欲しい。


でもゲームって、なんであんなに面白いんだろう。


ゲームのレビューでも書こうかな。ファミコンから。

・・・一生終わらないな。

ピンクグレープフルーツ

今日のおやつ


ゆうきの話-1


ゆうきの話-2


ゆうきの話-3


ゆうきの話-4


ゆうきの話-5


ゆうきの話-6


ゆうきの話-7

絵が全然上手く描けないぞ、どう言うことだこりゃ

何と言うか、描きたい絵が、何度描いても全く描けない。

一体どうなっているんだろうか。

小学生の頃に描いた絵と今の絵が、全く進歩無いと言うか、むしろ退化しているようにすら見える。

もう少しマシな絵を描けるようにならないと、これではただの落書きだ。

もちろん、ただの落書きで良い時もある。

それは主に、描く事そのものが目的の時だ。

しかし、描く事で何かを伝えたい時は、それが見ている相手に伝わらなくてはならない。

伝えるためには、それなりの能力が必要だ。

絵は難しい。

私は虫一匹、猫一匹まともに描けない。

いくらよく見てみても、描く時にどうしても歪んでしまったり、生命感がなくなってしまう。

ただの線と色の固まりになってしまう。

人間ともなればなおさらだ。

今まで、まともな人間を描けた事が一度も無い。

写実的なものにしても、デフォルメしたものにしても。

考えうる限りの力で描いているが、やはり、描く力そのものが、決定的に不足しているのだ。


何かが違う気がする。

たぶん、根本的な何かが、いわゆる絵の上手い人とは違う気がする。

それが脳の機能によるものなのか、指の筋肉や神経によるものなのか、それはわからない。



ゆうきの話



この絵を描くのに1時間以上かかる。

もっと陰影や模様をつければ少しはマシになるが、それでも「マシになる」程度だ。

私にはこれ以上の絵が描けない。

写実的な絵は、漫画やキャラクター化には向いていない。

そして私は、どちらかと言うと、デフォルメされた漫画的なキャラクターが好きだ。

そればかり描いてきたから。

修業の為に写実的なものも描くが、あれで漫画は描けない。

結局デフォルメしなくてはならないのだ。

しかし、その能力が、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだなのだ。

描くしかないのだ、他に道は無い。


漫画って難しい。

ヘタすると1コマに3年くらい掛かりそうだ。

そして、3年かけたからと言って、3分で書いたコマに負けることも十分にありうる。


そういえば、今まで、自分よりも絵がヘタな人に出会ったことが無い。(これは冗談ではない。)

ネット上でも、色々な絵を見るが、皆どれも素晴らしく、個性豊かで絵から感情が溢れている。

その表現力の1%でも私に分けてくれればと、いつも思う。


「みんなの力を、おらに分けてくれ!!!!!」


色々な画像投稿サイト、pixivなどを見るたびに思う。

こんな上手い連中が山ほどいるんだから、私の絵が好きだなんて人、一人も居やしないだろうな、と。

それと同時に、泣きそうになるほど悲しくなってくる。

己の無能さ、そして素晴らしい絵を描ける能力へ嫉妬する己の心の醜さに・・・。


私の絵の醜さは、心の醜さから生じているのだ。

嫉妬心、妬み嫉み僻み、そして醜い欲望の数々。

それらが私の描く絵に表れ、それが絵をどうしようもないく駄目な物にしている。


世界は美しい、それは、私の心が醜いからだ