リハビリのために2年半近く休んでいたとき能の機能障害の専門のリハビリセンターに通われていたそうですが、本人の話によるとあまり行きたくなかったようです。

 というのは、障害の程度にかなり差があり、かなり重度の人といっしょではやる気をそがれるとか、自分はもっとできるのに簡単なことしかやらしてもらえないとか、つまるところ将来への展望が持ちにくいということだと思われます。

 予算のこともあるのだと思いますが、障害の程度に応じてきめ細かく対応するのが事実上困難なのだったと思います。ただ、同じ環境でも本人の気持ちのもちかたというか取り組み方によりかなり感じ方は異なるものと思われますので、そういうところをフォローする仕組みは必要なのでしょう。

 機能回復として何の作業をするのかだいぶ前のことで忘れてしまいましたが、確か文書入力とかの軽作業をするよなことであって、絵をかくとか楽器を演奏するとかの直接的ではないけれども能の回復に役立つこともしてはと思った記憶があります。

 このあたりは医療そのものの問題も絡んでくるのでなかなか仕組み化するのは難しいようなので、個人で対応するしか現状ではしょうがないのでしょう。 

 
 かかわろうとすると蜃気楼のよなものでどんどん追いかけて行かなくてはならなくなりそうで不安もありますが、次のレポートが非常に参考になります。

 http://www.arsvi.com/0b/940517.htm

 障害者という場所 ─自立生活から社会を見る(1993年度社会調査実習報告書)─』千葉大学文学部社会学研究室,1994年5月
 
 全てを網羅しているわけではありませんが、障害者をとりまく状況や自立に関してはよく分析されているうえに、障害者との共生を模索するうえで参考になります。
 
 昨今はハウツー本が多く事前調査がしやすいのですが、こういうものにたよりすぎると未知なできごとへの対応能力が減退する危険性はあるのでしょうが、やはりこの程度のガイド的情報は必要だと思います。
 一定の後遺症が残ったとき、職場に復帰すべきどうかは一概にはいえないようです。

 本人の性格が生真面目ですと、復帰の意志が強くても、従来と同様に事務処理ができないときに家族に当たったりすることもあるのでドクターストップがかかることもあります。
 職場で後遺症にあわせて担当を変えることも考えられるのですが、過員として配置されないと、受け入れる側の拒否反応が一般的に強くなるようです。
 このような状況に本人が苦しみ、退職しようと思っても、家族が復帰を望みますと、ますます心労がつのりかねません。
 
 こういう状況下においては、復帰せずに障害者の認定を受けて保障により生活できたとしても、お金以外の問題も関係しますので単純に決断できないようです。

 こじれてしまうと家族の崩壊という状況にも陥りかねませんが、これは日頃の信頼関係にもよるので他人からは何とも判断しかねるところはあります。

 こういう状況では、なかなか支えになることは難しく、ランチをたまに誘うぐらしかできなかったのですが、復帰につき相談されたので退職はいつでもできるのでとりあえず復帰して無理ならやめればいいのでは、同僚に多少負担をかけるとしても、病気で長期の休暇をとるのと差はないし、既に相当勤めていたのだから迷惑をかけてもいいのではと答えました。

 正直、受け入れ側の担当変えの押し付け合いのような状況に陥るのを目の当たりにすると、自分も避けたくなり気になりますが、何とか最後まで同様のアドバイスを維持しましたが、精神的負担はかなりありました。

 でもこういう体験が多少今回の参加にあたり役にはたっていると思います。

 
 交通事故後の手術後の様子では職場復帰もすぐかと思っていましたが、顔をあわしたのは2年半後でした。その間間接的に移動の経路の認識がうまくできないとか聞いていましたので、なかなか復帰は難しいのかなとも思いましたが、年賀状では早く職場に復帰するよう努力していますと書かれていたのでそんなに心配してはいなかったのですが。

 復帰前に職場に慣れる期間を設けるということで試し復帰したとき挨拶したのですが、どちらのかたですか?と言われ、脳挫傷とはこういうものかと思い知らされました。でもしばらくしてから思いだされたような感じでしたのでそれほどでもないのかなよくわからないなどと思っていました。

 ランチを何度か誘って話しをしたのですが、後遺症は食べ物の味がわからなくなったので何を食べても味気ないということのようでした。

 脳卒中と脳挫傷は異なるものですが、職場の復帰にあたってはどの程度のことができるのか否かがはっきりしないと組織として仕事していく上では事実上困ることになります。こういう状況での本人への症状を聞く事は、管理者的要素を含む会話になるため、その手の後遺症としてはどのような状況になるかがわかるものがあればいいのではと思いますが、脳の後遺症はいろいろあるようなので決め付けてしまうようなランク付け的なものも問題があるのでしょう。

 仮復帰時には私はすでに異なる部署でしたので客観的に見れたのですが、気をつけないといけないと思ったのは、大なり小なり普段から抱えていた問題を、そういう障害者がいたのでは仕事がまわらないと何となく障害者のせいにするような言いかたです。障害者がいなくても、以前から解決できていない自らの問題を棚上げにして障害者がいるからできないような問題にすりかえることでしょうか。

 こういうことに対応できるカウンセラーが必要なのだと思うのでですが。
 ユビキタス社会を迎えるにあたり、こういうことへの応用も考える必要があると思うのですが。
世の中さまざまなバリアが存在しますが、障害者のおかれる状況を反映するものとしてある程度の分類はできるものと思われます。

   障害があるものとないもの
     思い障害があるものと軽い障害があるもの
     先天的に障害を負うものと中途で障害を思うもの
     障害を負う者で自立している人としていない人
     家族がいる者といない者     ・・・・・

 アリーマイラブやERでよく出てきたシーンで、急な環境の変化や身体の変化に対するカウンセラーによるカンセリングがありましたが、脳卒中直後の治療とともに行われるカウンセリングによってその後のバリアに対して適応しやすくなると思われます。
 このあたりの対応がスムーズでないと、マーケティングもうまくできなくなるので、必要不可欠な知識になるのであろうと思われます。


 交通事故で脳挫傷となり職場復帰した同僚がいましたが、彼の場合を具体例として少し考えてみようと思います。

 事故後の手術後しばらくしてからお見舞いに行ったのですが、そのときは見た目も健康そうで、外傷といえば頭に縫合のあとがあるぐらいで、会話も普通でしたので、日にち薬で復帰できると思っていましたが、現実に復帰したのは3年後でした。
 情報誌の販売を漠とどうしようと考えても進まないので、頭を整理するために経営手法を元に考えてみようと思います。一般的なリレーション・マーケティングの手法は以下のようです。

 1:マーケティング:非顧客を見込み客として創造する:
 2:セールス:見込み客を購入客に創造する:
 3:エクスペリエンス:購入客を満足客に創造する:
 4:カスタマー・サービス:満足客を優良顧客に創造する:
 5:分析:顧客をグルーピングする:

 情報誌の発行業務の現状を当てはめると、現在は1を通じて、2の見込み客を獲得する作業にありますが、障害者のかたは事実として存在するので、このあたりは人海戦術で何とかなると思われます。
 
 ただこの段階から、3、4を充実させないと二度と購入しない非顧客に戻ってしまう危険があるので、3、4をいかに充実するかが継続発行の鍵になると思われます。

 具体的にどうするかですが、顧客との双方向コミュニケーション、つまり対話を通じて顧客の個別のニーズをきちんと把握するということに尽きると思われます。
 これは他のところで発行されている情報誌で既に実施されている、はがきで情報誌に対する意見を集めるとかいう程度でいいかと思います。

 そして、この把握した情報をデータ化し、関係者がそのデータを分析、加工できるようにしておくことがITの有効活用できるところだと思います。

 すでに、必要となる要素の業務は全て開始されているのでこの点は問題ないと思われます。

 あとは、集めた情報をいかに分析、加工し必要とする人にタイムリーに提供できるようにするかでしょうか。

 まあ、学問的手法といっても、実際にやることはたいしたことではないのですが、共通の認識を持つという面では役立つのではと思われます・・・
 
 参加先のNPOの方が、自分の所属の建物の催物にこられたとき、1階からのエレベータで行き先まで上がる導線が最近まで知らなかったということを聞かされました。

 この建物はもともとデザインを重視し案内表示が少ない上にデザインにこって目立たないようにされていること、大きく三つの部門が入っている建物であるため三次元的空間の位置把握が難しいこともあり、自分の目的とする場所への移動経路が慣れないと非常にわかりづらく成っています。
 この状況を改善しようと各部門がそれぞれ手直していますが、見栄えが悪くなりひいてはかえって導線をわかりづらくしている恐れもあるようです。

 巨大な建築物は最初にその当たりを設計に反映させておかないと、事後のリニューアルでは莫大な費用がかかってしまいます。

 こういうことが不可避的におきてしまうのは何故かを解明するのは学者の仕事ですが、その前提として現状を把握ししかるべきところにその情報を伝え、以後の同様の事例に反映していく体制を確立する必要がありそれを実施していれば、こういうことはくりかえされないはずなのですがなかなかそうはいかにのが現実でしょうか。

 これは、建物の設計だけでなく、情報誌の発行やNPOの存立でも同じことだと思います。
 このあたりは次の本が参考になりますが、自分の仕事も多様な観点からとらえなおせば、異なる仕事でもそれなりにやれるのだと思い知らされた一言だったような気がします。 


著者: 金子 勝, 児玉 龍彦
タイトル: 逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす
 広告依頼のさいに、診てもらう医者の評価はないの? という質問を受けたとき、広告依頼もするのでその場では難しいのではと答えたのだが
http://www.pref.osaka.jp/jinken/syougai/jirei/jirei02_1.html
 このホームページ等を見ると、当面は具体的な名前を出さずないとか、プラス面だけ取り上げるとか書き方などには注意したほうがいいが、一方的な情報の提供だけではなく、情報を共有し共生していいくという意味合いからするととりあげたほうがよいのではと思えてきた。

情報の共有という点や地域に貢献する図書館の果たすべき役割という点ではニューヨーク公共図書館が参考になりますがわが国ではこういう図書館は難しいのでしょうね。アマゾンなどの機能を利用してそのような機能を持たせることは可能かもしれないと思うのだが。 


著者: 菅谷 明子
タイトル: 未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告―
 今日は、NPOの方と知り合いのところへ広告依頼に行ってきました。 1件は自分の身内でしたが妙に緊張してしまいました。 もう1件は高校時代の同級生でしたが、お店での依頼でありお客さんも来たりして概要の説明ぐらいしかできませんでした。 このような状況ですと、全く知らないところへ広告の依頼をするのはなかなか骨が折れることになるのだろうと思われます。

 依頼先の感想としては、おそらく一般の情報誌と比較されての感想だと思いますが、どういう内容の情報誌かよくわからないのと、どういうコンセプトで作成されているか解らないということだったかと思われます。

 情報誌の作成のプロに依頼すればそれなりにインパクトのある雑誌はできるかと思われますが、昨日のフェアトレードのTVでも紹介されていた「持続的に活動していかなければ失望感が後にのこるだけ」ということからすると、自ら経験しノウハウを身に着けるとともに、既存の情報誌とはことなる固有の価値があるものを作成する必要があるように思います。
 
 スローフードと言う言葉がとり立たされるようなってきた社会状況の変化の中で、そういう意味合いを加味させて情報誌の発行がなされればと期待したいです。
 http://www.peopletree.co.jp/
 14日のガイアの夜明けで取り上げられていましたが、フェアトレードをビジネスとして確立させているところがすばらしいです。

 ユニセフでも以前から同様の活動をしていて、以前は自分もネクタイとか購入していました。今年はクリスマスキャンドルと飾りを購入しました。 ただほんとに欲しいと思えるものは数が少ないのが残念でしたが、まあいたし方ないと思っていました。 ところが、PEOPLETTREEはビジネスとして成り立たせているのには正直おどろかされました。 ここまでくるのに13年かかっているということですが、伊勢崎賢治氏のいうプロとしてことを実践している人が現実に存在しているのですね。

 今回NPOの短期派遣にあたり起業関係のNPOを希望していましたが、お話をさせていただいたときそのNPOはに自分が求めているものと少々異なっていましたので、交通事故にあい脳挫傷にあった同僚のこともありましたので、脳卒中障害者のNPOへも希望を出し、参加させていただけることになりいい経験をさせてもらえると思っています。

 ただいままでの仕事でかなり脳がさびついているのでリフレッシュしないと役立てないのでこの本で右脳を刺激しています。何となく頭の中にイメジーを思い浮かべやすくなったような気がします。


著者: 七田 眞
タイトル: 超右脳活用ノート