情報誌の発行作業を障害者の方にも解りやすく説明する資料をどう作成すべきであろうか。
 フローチャートは解りやすいのでが左脳的な要素が強いの左脳関係に障害があると認識しにくいのかも知れない。
 そこでオブジェクト指向的、右脳的に作成するとどのようになるのであろうか。実はオブジェクト指向についてほんとのよころよくわからないのですが。

 まずは、対象物である情報誌の属性を把握すべきことになる。

     発行物の象徴的イメージとして     表紙 まえがき
     情報誌の内容を把握するものとして   目次
     情報誌の具体的な内容として      各記事や手記等
     発行を終わえて            あとがき

 次に情報誌の振る舞い(機能とでもいうべきか)を把握すべきでしょうが
 ここでは割愛。

 次に属性ごとの内容について把握する。とりあえず表紙について

     雑誌の名前
     表紙のデザイン(写真)
     発行者などの情報

 次に、各項目の作業内容
   
     団体などで決めてあればそれを使用する
     名称の文字などのデザインの決定
     表紙のデザインにあたり自分たちで決定するか外注するか
     その他掲載する情報の決定
     ・・・・・

 これに何の意味があるかは明確に答えられないが、われわれが認識するさいに、階層的分類により体系化して理解するということが正しいならば理解しやすのではないかと思われ意味があると思うのだが。
     
 ・・・・・
 
 今日の日系の経済教室に 

 ・・・参加型社会の構築は社会の支え方に関する発想の転換を可能にする。・・・従来型のモデルが「強いものが弱いものを助ける」のに対して、いま目指しうるのは、「弱い者は弱い力で、強い者は強い力で社会を支える」モデルであり、さらには「弱いものに力を与え(エンパワー)、みんなで強い力で社会を支える」モデルだ。このモデルでなければ日本は二十一世紀前半を乗り切ることができないだろう。・・・

 ・・・周囲が沈滞する中で突出して活性化している地域を見ると、「インセンティブ=協働参加への誘因」と「トラスト=信頼関係」を、「コネクタ=関係性をつなぐ人」が構築して、ネットワークによって可能となる情報共有の「仕掛け」に命を吹き込んでいる、という共通の成功要因が見てとれる。・・・

 という記事があった。
 
 脳卒中障害者の生きがい作りのNPOをこの視点からみると、、「弱い者は弱い力で、強い者は強い力で社会を支える」モデルであり、さらには「弱いものに力を与え(エンパワー)、みんなで強い力で社会を支える」ことを実践しているといえる思えるのだが、 「コネクタ=関係性をつなぐ人」が構築して、ネットワークによって可能となる情報共有の「仕掛け」に命を吹き込んでいる  ことがまだこれからというところなのだろう。
 ここが一番難しく、一朝一夕にはいかないので地道にい育成し構築しなければならないのだろうが、自分はこの短期派遣研修を通じてそれを身に着けようとしているのだろうか?
 新年早々老後を心配させるような記事があった。脊髄損傷者が日本では満足な介護が受けられないということで、インターネットで情報収集しフィリピンの介護施設に入ったというものである。

 ヨーロッパでも介護者不足で南アフリカなどから人材を集めているということをTVでみたことがあるが、介護者に関しては先進国では不足しているというか、あるいはなり手がいないということらしい。そこで開発途上国の優秀な介護者を集めているのだが、開発途上国の介護者不足のもんぢあも生じさせているらしい。

 経済同様に福祉もグローバルな問題にならざるを得ないが難しい問題である。
 
 スマトラ沖の津波のような災害がおきた場合は海外は心配である。

 食料の自給自足、地産地消同様に介護もする必要があるがお金の問題はこれまた難しい。

 自己防衛に走るか逆システム学的なセーフティーネットを構築すべきかIT技術の発展によりこれまた難しいのだが、自己責任で判断しなければならない。厳しい時代である。
 障害者のかたを呼ぶときに何と呼べばいいのか迷うことがよくあります。

 脳卒中障害者という呼び方がいいのか悪いのかよくわかりませんが

 以前目の見えないかたの差別用語について、かなり聞き取りをした調査の本を読んだことがありますが、いろいろな立場の人が様々な感想意見を持たれていて、こうすべきという方向性はなかなか見出せない状況にあった記憶があります。

 そこで言語そのものはどういうものかと少し気になるのですが、言語は思いを百パーセント言いあらわせるものでもないし、言語も記号の一種である以上、差別も相対的な問題となってしうのだろうと思います。
 
 複雑なこみいった問題であるから、簡単に解きほぐせないのだろうと思いますが、こういうものはそもそも既存の思考形態では解決不可能なのだろうと思います。

 複雑系が一時はやりつつありますがいまいち何をいわんとすのかまだよくわかりません。

 言語が気になったら一度読んでみると面白本があります。
 
著者: 町田 健
タイトル: 町田教授の英語のしくみがわかる言語学講義
 http://www.designsforstrongminds.com/index.htm
 これが強い心をデザインする のホームページですが このような日本語のホームページを作って欲しいものなのだが

 和訳は気に入らない たふな心 というほうがふさわしい気がする

 というのもこのパズルを解いているうちにベース部分での心のたふさが養われる気がするからです。 自分の担当する仕事で何でもないことですが、たびたび同じミスを繰り返すことがあるのですが、そのことになぜそのようになるかを問い直し、改善しようという気になれるからです。

 これは健常者、障害者の区別ないことだと思います。

 その団体では高齢者向けの脳トレーニングの開発を行っているということなので、脳の障害者にも同様のトレーニングが可能だと思うのですが・・・
 自分が職場で陥っている落とし穴?

 優秀なものと そうでない者とに色分けして その人の可能性を限定している
 
 パズル効果?で
 「一度に修繕全体を把握しようとしないで、故障箇所について把握して、それから 全体を把握してみては」
 といえるようになりました

 たいしたことではないのだが、「脳を鍛える大人のパズル2」でのパズルの訓練により
余裕ができてきてそういうことも言えるようになったのであろうか

 ただ障害者の情報誌の販売にはちょっとやそっとでは効果を期待できないのだが

 これは目標とする効果が
 障害者の生きがい作りとその成果物である情報誌の販売とが 必ずしも同一の方向へのものでないからであろうか
 縁あってあるジェンダー研究所の賛助会員になる予定なのですが、ジェンダーとは、

 生物学的な性に対して ズボンとかスカートのような文化的な性

をさすらしく、ジェンダーという語は、もともと言語の性をさす言葉であったということのようです。

 近代の社会は言語を中心とする文化によって、人びとを固定した役割に縛り付けてきたので、その一部の開放をある部分で行おうとするのがジェンダーの運動なのでしょう。

 しかしながら、文化により社会は安定する作用があるので、逆にみれば人という生物の性質は元来無秩序ということです。古来から文化あるいは宗教はその無秩序が露呈するのをおそれ、秩序で人間を縛る保守性こそが文化の本質?とされてきた。

 そうならば、これらの秩序からの開放をするさいにはポスト構造主義ということもわかっていないと 社会不安を加速する危険があるのでは若干心配がある。
 図解雑学 構造主義 を読んでみましたが、久々に思想史、哲学を思い起こしました。

 以下のテクストが参考になりました。

 ・・・子供や精神病者というと、大人や健康人に比べて劣ったもののように感じられます。しかしそのような見方が、私たちを牢獄に閉じ込めるのです。ドゥルーズは、こうした偏見から脱出して、生命の本質である自由な変化を目指すことを勧めていたのです。・・・

 ・・・しかしリオタールは、すべてを解決する万能の薬などはないのだから、問題の解決にはそれぞれの場面で個々に取り組む以外にないと言います。そのような個々の取り組みこそが、構造主義時以降の時代を生きる、私たちの思考の条件ということなのです。

 いまNHKで シリコンバレーではインドや中国に仕事が流出し 失業者が増大していると言う内容の番組をやっているが 過度の効率の追求のなれのはての現象なのであろうか?

 いずれにしても、失業率がたかまると弱者へのしわ寄せが高まるので、逆システム学的な社会の安全弁として、効率を一定程度免除した領域の確保が必要だと思うが、障害者の生きがいとなるような雑誌の販売にその萌芽が見えると思うのだが。
 健常者の会議でもなかなかスムーズに行かないものであるが、そうならないようにするには・・・

 かなり哲学的な本ですが、非常にわかりやすく書かれています。
 脳を鍛える大人のパズルで洞察力は磨けますが、やはりそれだけでは不足しているものを補うのに役立つ本でしょうか。



著者: 小野 功生
タイトル: 構造主義

 毛色は異なりますが、この本も役立つでしょう。
著者: 池田 晶子
タイトル: 41歳からの哲学