(元記事:2012年頃を更新・加筆)


冒頭のお知らせで、塾は指導方針・理念が大切だと書いたが学校も同じだ。


関西の中高一貫校の中学入試には算数・国語・理科の3教科で社会が無いところが少なからずある。情報収集のため学校説明会には必ず行く。


P中の説明会で、質疑応答の際にある塾の社会の講師が質問した。

    社会が入試科目にないのはいかがなものか、社会科の軽視ではないか?社会科を教えてるものとして納得ができない!


学校側はうまく答えられない。


このこともあり、日本を代表する難関N中高の説明会で社会が入試科目に無い理由を皆の前で質問してみた。N中高ならどのように答えるか対応がみたかったからだ。


社会科担当の先生が登場して、次のように説明された。


社会科は暗記科目ではありません。たとえばペリーが1853年に浦賀にきて、日本の鎖国政策が大きく変わったことは教科書にも載っていることです。


(尚、来日と書けないのは、その前に琉球に寄っているからだある。最短で来ていない。

クリミア戦争の勃発が1853年であることにも注意。ロシア情勢を分析しながら、浦賀に「黒船襲来」のタイミングを狙っていたと考える)









ではペリーが浦賀にきていなかったら日本は今でも鎖国をしているでしょうか?


そんなことはありませんね。社会科を学ぶうえで、もっと大切なことは、どのような世界のダイナミズムのなかで米国は日本に鎖国をやめるよう要求したのか。


鎖国をやめた結果、日本と東アジアにどのような影響がその後、あったのか。このようなことを色々考察することです。


だから、理想を言えば東大のように論文試験をやれば良いのですが、小学生にそのような試験をやることは困難です。


かといって知識を問う試験を本校の入試レベルでおこなえば、聞いたことも無いような地名や人物名を答えさせる枝葉末節な知識を答えさせる入試になってしまいます。


そうすれば受験生は対策として膨大な暗記を余儀なくさせられることになってしまいます。小学生にそんな勉強をして欲しくないのです。だから社会が入試にないのです。


(*実際は10分以上にわたって話されたのだが私の責任において骨子のみまとめてみた。)


感服した。この学校が日本を代表する難関校である理由がわかった。





(ここから加筆:2015.2.7)



もちろんこの記事は灘中学のことである。なぜ、加筆するかといえば2015年2月6日に日経産業新聞に校長の談話として載っているからだ。ただ、「知識偏重を避けるため社会が入試にない」では良く分からない。



もしかしたら、他の入試で社会の試験のある中学は「知識偏重の入試」をしていると、灘中高の校長が述べているように誤解されるかも知れない。


記者も、政治や経済の専門家なのであろうが、中学受験には詳しくなかったのであろう。


餅は餅屋。


私のブログの方がより詳しい。あくまでも灘中学のレベルではとのAPと判断するべきである。社会科を軽視してるのではない。社会は暗記科目ではないからこそ社会を入試にしていない。


・なお、同記事中(取材のため)「神戸に飛んだ」というのは、関西圏からの受験生に、あまりにも失礼。東京目線すぎる。日経産業新聞は東京でしか読んではいけないのかしら。



(2015.4.21加筆)




「貴重資料:↑昭和11年灘中学社会入試」


とはいえ、灘中学の歴史においては、社会を実施していた時もある。後期の試験であるが、記述式である。教育勅語と書いていないのも注目。


このくらいの研究をしないと「プロ講師」とは言えない。


3問は今の(高校英語の)入試にも、つながるが内緒。


因みに関ヶ原らの戦さは、田んぼ・人口密集地を避け。米の収穫が終わってから、やっている。家康に高級な農産品を献上したら「民が、殿の歓心のためにこのようなものを作れば、民は飢える」と言って受け取らなかったと伝え聞いている。


尚:私の二の模範解答(戦前の問題であることを前提に)


1.権威(天皇)と権力(太子・摂政・将軍・関白・上皇・院 等)を分離した日本的文化により、

お互いに根絶やしの殺戮を行わなかった。


2、なあなあに・・・終わったので、その後の勝者・敗者の子孫は、生きているのに、復讐の皆殺しの戦は起きていない。


3、敵でも有能な人間は、部下に責任を取らせて利用した。


4、うっとおしい敵は隠居・蟄居。


いずれも日本文化!

灘中学を志望する保護者が、塾選びのアドバイスを求めてきた。「灘中学日本一」と言って2つの塾が、しのぎを削っていた時のこと。



今年の結果を見て決めればよいでしょう。と言ったら。


「なるほど、勝った方に通わせれば良いのですね。」



「それは違います。僅差で負けた方に、通わせるのです。」


*その後大きく差がついたようですが、保護者には塾の実績を比較される場合に注意されたい、なぜなら、校舎

を展開することによって実績を増やしているからである。


例えば岡山や広島や香川に、小さな教室を展開すれば、当然、灘レベルの生徒は、一人くらいはいるわけで、ためし受験をさせるわけです。


一方負けたほうは、校舎を増やしていない。


だら灘中学の公式hpで空欄になっていうところがあるでしょ。


これを「落ち葉拾い」的合格実績と呼んでいる。


例えば、ubqの実績を3倍にするのはすぐにもできる。


東京・名古屋・京都・大阪の知らない塾に適当に交渉して、hpにUBQ教育グループと一言いれてもらう。そうして実績をシェアする。向こうとしては東大理科3類合格と堂々と、広告できる。こちらとしても各塾が、東大に年間一人でも入れば実績が増えたように思われる。合格実績を…教育グループに変えても気が付く保護者はいないから、、、


岡山でも去年は書いていなかったのに小さく、傘下の…の家庭教師の合格者を含むって書いてありますね。


よくある話ですよ。だって、各塾が公開している合格者を足し合わせると。その大学・高校・中学が公開している合格者を超えるでしょ。







以前、傷害事件を起こした予備校生がいました。


その際,新聞では、容疑者の肩書を「予備校生」として報じていました。


一方、ある学習塾に通っている生徒が、


不適正な行為をしたからといって、・・塾生と報じられることはまずないと思います。


このことについて説明します。




一般に予備校と塾はどう違うのかというと、名称上での違いはありません。


大学受験を教える大手が予備校で、小中学生対象の中小の塾が学習塾と呼ばれるように思われますが、大手でも河合塾と言う名称もありますし、中学受験でも**予備校と言う名称もあります。






しかしながら、学校法人であるか、そうでないかというのは、きわめて大きな違いです。


学校法人というのは、文部科学省によって認可された公的な存在です。

一方で、学習塾と言うのは民間企業なので、監督官庁は強いて言えば経済産業省になります。

全国学習塾協会も経済産業省のもとに作られていますが、ただし学習塾が加盟しなければならないと言う義務もありませんし、指導に従う法的根拠もありません。よく聞かれる個人指導と個別指導の違いについても、経済産業省の関与による1つの目安(統一契約書による)だとしか言えません。


私の塾では保護者に全て説明しています。統一契約書ではこう決まっていますから、一般にはそう言われるかもしれませんけれど、これは法的根拠がありませんので、加盟してない塾もありますのでと細かく説明して


保護者には個人指導は常に教師が専属で1人生徒が1人。一方で監督管理は、塾全体であると説明した上でマンツーマンレッスン、個別指導はグループレッスンと呼んでいます。(こうすれば、最初から保護者は納得します。トラブル対策するよりも、最初からトラブルを回避するのが経営者の責任です。トラブルがあれば1番困るのは子供です。)ぜひとも、個別指導塾の経営者の方はご参考にしていただきたい。




 以下、統一契約書からの引用です。

(学習指導の形態)

第3条 契約書記載の指導形態については、以下の通りとします。

1 一斉指導とは、所定の教室で所定の指導時間内に一人の講師が複数の生徒に対して授業形式で指導するものとします。

2 個別指導とは、所定の指導時間内に講師が生徒の必要に応じて個別に学習指導を行うものとします。

3 個人指導とは、一人の講師が一人の生徒に対し、所定の指導時間を通して、マンツ-マンで指導を行うものとします。

 



少し細かく説明するならば、浪人して1年間ある学校法人の予備校に通う場合、JR等の学割がききます。それは公的な存在で、いわゆる「2条学校法人」です。*短期の講習には、学割が効かないとか、大学生が同じ大学でキャンパスが2つあるときにどっちに所属するかによって変わるとか、複雑な問題がありますので、詳しくはそれぞれの鉄道会社にお問い合わせください。一般には、私の鉄道は、JRに準ずるとしているところが多いようです。



高校の中に駿台模試の案内は掲示できても、東進の案内はできないのです。

学校法人には2種類あって、私立の大学や中高一貫校などは、1条学校法人で、もう一方、専門学校とか、河合塾や駿台予備校のような大手予備校は、2条学校法人と言われます。




この二つの違いは、公職選挙法ではっきり分けられています。立場を利用して選挙活動ができるか?です。



*ただし、これが大変解釈は難しいわけであって、公務員でも個人で勤務時間外にやったと言えば、思想の自由ともいえますので現在に至るまで、学校の先生が日の丸、君が代に反対した場合に、どこまでが教員の立場を利用してるかとか、難しい問題がございます。




ですから、浪人して1年間、学校法人の予備校に在籍する場合、基本的に、JRなどの通学定期が使えます。そのため、月払いの授業料にはできないのです。


また、文部科学省が認可した学校法人ですから、在学証明書も卒業証明書も発行できます。


もっとも、予備校に卒業証明書を取りに来られる方はほとんどいないと聞いておりますが。


このように、学校法人の予備校に通う場合は、入退学にも手続きがいります。


一方、株式会社の英会話学校や学習塾には、入るのもやめるのも自由、どこかに届ける必要もありません。


そうしますと、学校法人としての予備校と、株式会社としての塾や予備校というのは、大きな違いがあるわけです。



学習塾を経営していると、まったく知らない方からは、生徒は何人ぐらいいるのですかと聞かれることが多々あります。

生徒が多いほうがいい塾だ、もうかっていると思われる節もあります。


ところが学習塾には学籍簿がないので、生徒が何名かということを、必ずしも確定できないということがお分かりでしょうか。



そういう質問に、「約30名ぐらいだ」と答えると、「おまえは自分の塾の生徒数もわかってないのか、いい加減な奴だな」と言われます。

しかし、もともと学籍簿がないので、生徒数を確定することは不可能です。



塾に入会するのに住民票がいるとか、塾をやめるのに届けがいるとか、そういうことはまったくないのです。



例えば、何年も通っている生徒から、「学校の授業が忙しいのでしばらくお休みします」というメールがあったとします。



その場合に、もうそれからずっと来ないかもしれないし、実際に数か月後、再開することもある。この際、休学手続きもいらないし、在籍料を払う必要もありません。

そうすると、民間企業である学習塾と学校法人の予備校の実績を比較するのは、極めて危険なことです。


仮に浪人して1年間駿台予備校や河合塾のような学校法人の予備校に通年で通うとすれば、他の予備校と掛け持ちすることは考えられません。


ですから、毎日朝から晩までそこの予備校の授業を1年間聞いて**大学に合格した、それが実績になります。






一方株式会社の予備校においては、週1回通っているだけでも、それを実績にすることができます。

毎日朝から晩まで授業を受けても東大合格者1名、週1回通っただけでも東大合格者1名ということになります。





さらに、代々木ゼミナールが大幅に校舎撤退したことについても、多くのマスコミ報道は間違っています。

学校法人が通年で生徒を預かる場合、これは、各種税金、固定資産税などは一般的に免除になります。



一方で浪人生の数が減っているという事実があります。これはつまり、どこの大学でもいいというのであれば、どこかの大学には入れるのが現在の状況です。

いわゆる三大予備校が急成長しているときは、大学の定員よりも高3生の数が多かったわけですから、必然的にたくさんの浪人生が出たわけです。難関高校ほど現役進学率が低いのです。私立文系・中堅大学をターゲットとしていた代ゼミが1番先に影響きたわけです。




ですから、学校法人である、駿台の合格実績と株式会社である東進衛星予備校の合格実績をみて、それを単純比較するということは、間違っているのです。










以下は2009年の2月に書いた文章です。2019年にも岡山大学で出題ミスがありましたので全員正解というのはかえって不公平ではないかという趣旨です。

 

 

( 岡山大(岡山市)は25日に実施した一般入試(前期日程)の理科の選択科目のうち地学で出題ミスがあったと27日、発表した。受験した5人全員を正解とする。合格発表は3月7日。産経新聞2019・2月より)

 

 

(元の文章)

はじめに:岡山大学を目指し必死に勉強している生徒に常日頃から接しており、さらに、以下のような指摘や提言を他できいたこともありません。そのため、厳しい文言になりましたがあえてブログで公開させていただきます。

 

 

新聞等の報道によると今年もいくつかの私立大学・国立大学で出題ミスがあった。

 

 

岡山大学入試でも生物の試験で解答用紙に印刷ミスがあり、該当問題について受験者506人全員を正解にするとの由。(山陽新聞2月26日17版34面掲載記事より)

 

大学側にしてみれば、単なる誤植であり、出題ミスとまで言われるのは心外かもしれない。しかし、人生のかかった大学受験の場において受験生の側からしてみれば、単なる誤植であったとしても、出題ミスと言いたくもなろう。

 

 

この日のために猛勉強してきた受験生にはたまったものではない。受験生の気持ちを忖度すれば、次の日、新聞で出題ミスだの印刷ミスだのと聞かされればどんな気持ちになるかは明らかである。新聞で知った受験生は幸いである。それとも岡山大学から訂正とお詫びの手紙でもきましたか?

 

 

500人以上いれば、生物には自信がある。懸命にDNA量を計算した。さて自信を持って解答用紙に記入しようとしたところ、解答用紙をみた瞬間に、頭が混乱し、後々の問題解答にまで影響を受けたという生徒もいるかもしれない。

 

 

昨日食べた牛肉の産地が佐賀だろうが熊本だろうが、人生にはそう影響がない。だが、大学入試でこのようなミスは許されない。牛肉の産地偽装では食品メーカーが叩かれ、企業トップの謝罪会見がいくつも報道されているのに、岡山大学の学長がお詫びの記者会見を開いたという話も聞かない。

 

 

全員を正解にするというのなら、何か得でもしたかのような気になるかもしれない。世間的にも、全員を不正解ではなく、正解にしたのだというなら、大学側がミスを真摯に受け止め、然るべき処置を施したという印象さえ受ける。

 

 

これほど不公平な処理はない。

 

 

生物で5点分の出題ミスがあり、全員を正解にすれば、物理や化学で受験している生徒は得点をマイナス5点されたのと同じだ。どの大学でも、5点というのは何人もの受験生の合否を左右するのに十分な点数である。

 


一方事実上100点満点が95点満点になれば、生物受験生には、他の科目に比べて比重が下がることになる。そうなれば出題ミスの被害をもっとも受けるのは生物を得意とする生徒である。そして生物が得意だからこそ生物で受験するわけである。

 

批判や揶揄がこのブログの目的ではない。建設的な提言がある。

 

 

100点満点の試験で5点分の出題ミスがあったとしよう。全員を正解にするのではなく、該当問題を無効にして、残りの点数を95分の100倍したらどうであろうか?このほうが公正なのではないか?さらに建設的提言としては予め200人ぐらいの受験生を集めます。 生物と化学を受けたとします。 生物を受験した生徒を100人ずつ二つのグループに分けます。 あるグループには5点の出題ミスがある試験をします。 もうひとつのグループには出題ミスのないものを試験に出します。 そしてその二つのグループの化学との相関関係をとれば統計的に処理をすることができます。大学の教育統計学や心理統計学の先生なら簡単にできると考えます

 

 

 2021年1月19日追加。


と申し上げているのですが2021年の共通テストでも出題ミスがあり全員を正解にしました。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


以前、プロ講師というのは何の意味もない言葉だと申しました。


最近では「厳選されたプロ講師」という言葉がありますが、これもまったく意味のない言葉です。


そもそも、何人受けて何人採用したら厳選したとか、何時間かけて面接したら厳選したと言った基準はまったくありません。




ところで、応募者数と採用者数の割合で、どこまでの割合までになれば厳選されたという基準があるでしょうか。


もちろん、何人受けて何人採用したから厳選だ、というような基準はありません。

とはいえ一般には、例えば100人の応募者に対して10人採用したら「厳選した」と考えるでしょう。




さて、そのように採用率を下げて「厳選されたプロ講師」をつくる方法は何か?


それは採用応募の基準を下げることです。


たとえば、「未経験者可」、「誰でも出来る簡単な仕事」、「研修があるから大丈夫です」、「楽しい職場です」などといった言葉を求人広告に出しているところを、応募条件「数Ⅲ・数Cが教えられる人」「塾講師経験10年以上」「難関大卒」などと書いて出せば、応募者は激減するに違いありません。


ましてや、「大学への数学に執筆経験のある方」などと言おうものなら、おそらく、日本中で募集しても、まあ、1人も来ないということになるでしょう。




さてここで、ちょっと恐ろしい話をします。


事実かどうかは、インターネットで検索してください。

たとえば、


「個別指導 塾講師募集 未経験者可 学生可」といった文字を入力して検索すると、いくらでも学習塾の求人広告が見られます。

そこに載っている写真に注目してください。





UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ
仲良しでよさそうですね!




こういう場合はモデルを使うのですが、たいてい、セーラー服姿のまじめそうで可愛い女子高生が載っております。


レベルの低い個別指導塾のチラシにきれいな女の子が載っているのもモデル料の問題なのです。


間違っても、体育会系の丸刈りの男子生徒が載っていることはありません。





こうすれば応募者数が増えるというのも、ちょっと怖い話ですね。可愛い女の子で釣ろうということですね。 こういう塾は要注意です。


2022年7月13日の山陽新聞の小さな記事より投稿。

2022年7月 10日 の 参議院選挙の投票が終わりました。

現職の小野田紀美さんが 公明党の 推薦を断った ということで全国的に 注目される 参議院比例選挙区だったと言われております。

小野田紀美さんの圧勝だと言われていますがそうは思いません 。 現職の強みや さまざまな国会での発言が注目されてるにも関わらず 6年前の選挙に比べて 投票の数は減っているわけです。 したがって 自民党と公明党が連立を離脱するという意見もありますが むしろ自民党が 公明党さんの 支持基盤である学会のパワーがかえって浮き彫りに なったと考えています 



ところが7月13日の地元の新聞である山陽新聞 の報道を見て驚きました。

あまり小さな 報道記事なので見過ごすところでしたね。

山陽新聞7月13日朝刊 より


全国的には取り上げられていないしネットでも取り上げられていないように思えます。

報道によりますと投票した人の数と投票用紙の数が合わなかったということであります

間違って1人に2枚投票用紙を渡したとしても渡された本人が気が付くわけですよね。

そのまま黙って知らずに2回投票したということも考えられません。

また衆人監視の投票所において立会人とか選挙管理委員の方がいらっしゃるわけですからこのようなミスが起こりうるのかということが 不思議であります。

憶測で陰謀論を語るつもりはございません 。


投票用紙の数と投票した人の数が合わないということが 不自然であって 単なるミスというのは どう考えても説明がつかないわけです。


投票用紙の数が足りないのであれば持ち帰りということで処理をされることもありますが 問題は投票した人の数よりも集めた投票用紙が多いということになってるわけです。


そのことを考えれば 組織的な不正行為があったのではないか との声が一部から上がっているわけです。


小野田紀美

小野田紀美

岡山選挙区

岡山選挙区

公明党

公明党

多くの私立中学校では、入学願書や当日持参する受験書類に、受験生(小学生)の顔写真を添付させています。

なかには、専願誓約書に小学生の署名と印鑑を押させる学校もあります。


学校の常識、世間の非常識ですね。


印鑑に関しては、小学生に押印させて、一体何の法的根拠が発生するのでしょうか。


そもそも、小学生が自分の印鑑を持っているでしょうか?


印鑑登録などしたりする小学生がどこにいるでしょうか?


ちょっと考えればわかる話です。



願書に写真を貼らせている。


まったくもって理解できない。


今まで、中学受験で「替え玉受験」があったでしょうか?



中学受験で、替え玉受験を企図し、誰かに依頼することが可能でしょうか?


また、これから起こりうる話でしょうか?


まずもって不可能ですね。


「うちの子は**中学にどうしても入りたいけど、ちょっと偏差値が足りないので、非常に優秀なトップクラスの小学生の友人に頼んでかわりに受けてもらおう」。


こんなことがあるわけありません。起きるわけがないでしょう。


仮にそうしたとしても、必ずばれます。




小学生が変装して受験するのでしょうか?


小学校に内緒で受けたところで、周りの保護者はみんな見ていますから、全部わかるに決まっています。


待合室で保護者が、どこの誰君が受けているとか、全部わかってしまうわけですね。


また小学校は義務教育ですから、欠席という記録は公文書として、きちんと学校に残ります。


写真代の無駄です。

TAPを退職した後に中堅予備校である日吉ゼミの現場を任された時の話です。

 
まず調査をしたことがあります。
 
辞めた生徒の担当者にアンケートをとりました。
そうしますとトラブルがあったり嫌で辞めた生徒はほとんどいないということがわかりました。
 
ほとんどの生徒は部活が忙しくなった、曜日の都合が悪い、とか授業時間に間に合わなくなったという理由でした。
 
1度辞めた塾にもう1度戻るということは生徒も保護者も気兼ねしてるのですね。
 
そこで全員に手書きの丁寧なメッセージを郵送しました。
 
口コミは具体的な物で伝わるというのが信念です。入会金無料のクーポンを同封いたしました。
 
もともと学習塾とトラブルがあったり嫌で辞めたわけではないわけですから、半数以上の生徒が戻ってきました。
 
保護者面談をしました。そうしますと一旦辞めた後も心配をし、その後お元気ですかという手紙が来る学習塾は他にない、お手紙を受け取った時にはすごく嬉しかったです。大変素晴らしい塾だと感謝されました。
 
50人ほどの生徒に手紙を書きました。切手代しか経費はかかりませんし1日あればできる仕事です。
 
これで経費をかけずに30名ほどの生徒を一気に増やしました。
 
広告を出して新しい生徒を獲得する、一方で辞める生徒も多いということは学習塾にとっては自転車操業で大変危険です。
 
テレビのCMや新聞の折り込みチラシの広告で常に生徒を募集してるような大手学習塾は辞める生徒も多いからです。学習塾経営は新しく生徒を集めるよりも今いる生徒に喜んで通ってもらうことの方がはるかに重要なのです。
 
辞める生徒がなければほとんど広告を出す必要はありません。生徒数が多い塾が良い塾だと考えられがちです。しかし1年間ずつ6人の生徒が入れ替わり立ち代わりに通っても1人の生徒が6年間通っても同じ生徒数なわけです。学習塾の経営の指標のうち最も大切なのは滞留率なのです。 つまり一人の生徒が 3年間通うのか 3人の生徒が入れ替わり立ち代わり 在籍してるのとは全然違うわけです。 ひどい例になれば 生徒が500人いても 一人一人が短期間に 入塾したり 退塾 するということ の繰り返し では 経営を揺るがしかねません。
 
ですからやたらめったらに広告を出している大手塾は辞める生徒が多いということを自ら証明しているようだということは保護者には理解していただきたい。
 
 
非常勤講師についても同じことが言えます。どんなに優秀な非常勤講師がいても半年や3ヶ月で辞めてしまい新たに人材を募集するようでは自転車操業であります。そこで求人広告の経費を考えれば非常勤講師の時給を上げた方がいいのでは、と提案いたしました。

首都圏の中堅学習塾では私立文系の志望者が多いわけです。英語だけとか国語だけをとっているという受講生が多いわけですね。
 
塾への帰属意識が違うんですね。
 
明らかに1教科だけ取っている受講生の辞めている率が高いわけです。
 
特に注目すべき問題がありました。それは急速に発展している予備校ですので形式的に地学であるとか倫理社会であるとかこういった科目を設定しているのですがどうしてもそういう科目は 学生アルバイトの 非常勤講師が担当しているわけです。したがって辞める生徒が多いのも当たり前なのです。
 
 
正社員である専任講師が全く知らない生徒がいるからです。
 
半年ぐらいかかりましたけれどもシステムを作り直しました。まず英語総合を必修にしてテスト授業を作りました。これにより専任講師が知らない生徒が1人もいなくなりました。保護者や生徒が来ても必ず教えている先生が常駐しているわけです。
 
新たに作ったテストクラスというのも現場主義です。テストを外注しているわけではありません。実際に英語総合という科目を担当している講師が講義で教えた内容のテスト問題を作り採点するわけです。一人一人にアドバイスをすることができます。また担当講師もここはここはきちんと教えたはずだけれども正答率が悪い。もっと丁寧に教えるべきだったと反省することできます。
 
さらに最大の発想は英語総合科目のほかに英語の選択科目を作ったことです。これにより英語総合・英文法・英作文とかで週に3回くる生徒が出てきたわけ。
 
学習塾経営で最も大切なことは帰属意識です。闇雲に生徒数のみを増やすということはかえって危険なわけです。

 



経営者には次のように申し上げました。

学習塾で全体の人数を闇雲に増やしたり規模を追求するとかえって経営が危険である。

1教科だけ取っている生徒が300人いるのと3教科取っている生徒が100人いるのでは全然違う。

後者 の方がはるかに管理する手間暇や経費が多くなります。

全体の人数が減ったとしても 経営の安定ということでは後者のほうが優れている と申し上げました。
 
これにより全体がファミリーのような予備校ができました。授業がない時でも生徒 や卒業生 が気軽に遊びに来たり相談に来るわけです。
 
一見雑談に見えるかもしれませんけれどもこれは重要な指導の一環です。雑談の中に生徒の本音や保護者の本音が出てくるからです。
 
おかげさまでもう随分前の話ですけれども当時の生徒とFACEBOOKで繋がってたり、メッセージをいただくこともあります。 フェイスブックで見つけていただきまして 当時中学生だった 教え子が 30年ぶりにご連絡をいただいたのは大変嬉しいことで今も やり取りをしております。
 
学習塾は講師ではなくて教務なのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今年はまた完全反射の問題が出た。過去に繰り返し出ている問題である。例えば正方形の中の完全反射において正方形がABCDではなくて0 ABCになっている。このことから完全反射は直線の経路で表示せよとの出題意図であると考えられます。
多くの学習塾が作った問題集の解答を見るとグラフを描くように指示されていますがこれはまったくの間違いです。だからグラフがかけないように今回の灘中学の問題でも少し本質を変えないで形式を変えているわけです。
 
 
灘中学の入試問題は単なる暗記では解けない。

しかしながら、アドミッションポリシーは一貫しているからある程度のパターンがある。とはいってもパターンと言うよりは将棋や囲碁で言う定跡のようなものがある。
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さらに2018年の灘高校入試でも完全反射問題が出ています。これも全くの間違い。デカルト座標を作って回答することは不可能です。極座標ならまだわかる。
 
 
 
 

 
 
これはもともと東京大学で出題されたことがあります。灘高校のある先生が書かれた大学受験用の参考書に詳しく説明されています。


中学入試を研究する際には高校入試を研究しなければなりません。そのためには大学入試を研究しなければなりません。なお完全反射とはエネルギー量が完全に保存される反射と言う意味です。詳しくはこのブログで少し説明してみたいと思います。
 
 
 
 

■中学受験で不合格のキミに

 

中学受験でおちてしまったら、ラッキーだと考えましょう。

まだ、12歳なのですから、これからの人生の方がはるかに長いし、大切です。ちょうど良い人生の糧(かて)にしてください。

 

たかが中学受験は、ほんの小さな通過点です。マラソンでいえば折り返し地点にもいっていません。野球で言えば一回の表裏の攻撃が終わったころです。

 

中学受験で落ちてしまって、その後に、難関大学に行った人はいくらでもいます。逆に中学受験で通ってさっぱりだという人もいくらでもいます。

 

今、難関大学といいましたが、難関大学を出ても、まったく成功しない人もいます。

 

なにが成功なのかは学校でも塾でも教えてくれません。キミがこれから考えることです。

 

キミのご両親はキミが幸せな人生をおくることを、キミが生まれた日から、いえいえ、ママのお腹(なか)のなかで新しい命(キミのことです)をいただいた日から、つよくつよく、ねがっています。

 

キミはもちろん覚えていないでしょうが、ご両親は、その日のことを、まるで今朝(けさ)の出来事のように覚えていらしゃるとおもいます。

 

ともあれ、小学生の段階(だんかい)では将来のことは、まだ良くわかりませんから、ご両親はとりあえず、キミの良い教育の環境(かんきょう)を考えました。

 

中学受験をさせて頂いたということは、合格・不合格に関係なく有難いことです。

 

中学受験をさせてもらったことは、一生、忘れないようにしましょう。

 

ですから、合格したら、ささえてくださった周りの人に感謝しましょう。

落ちた場合にも、感謝しましょう。そして、ちょっぴり、反省しましょう。反省するというのは、ボクはダメだと自分を責(せ)めることではありませんよ。

 

でも、そうはいっても中学受験におちたら、ちょっとはつらいですよね。

それは「合格したら威張(いば)れる」とか「おちたら恥ずかしい」

というミエや、かってな思い込みで受験するからです。

 

中学受験に勝ち負けはありません。最初にラッキーだと思ってくださいと。いいましたが、今はそうは思えないかもしれません。

 

何十年も経って、本当にラッキーだとおもえるかどうかは、キミが中学・高校・大学にはいってから、また社会に出て、どれだけ努力するかにかかっていますから、

 

キミが今回の中学受験で成功したのか?それとも、失敗したのか?は、まだまだ、今の段階では、わかりません。それは、これからの人生の中でキミが決めることなのです。

 

 

■中学受験で不合格だった保護者の方へ

 

中学受験の塾は、有名中学の合格者が、いかに多いかを強調する。保護者には、沢山合格している塾が、なんとなく安心だからだ。


 

よく考えれば「有名難関中学合格者数ナンバー・ワン(実は不合格者数もナンバー・ワンの可能性が高い)の塾に通わせれば、自分の子供も有名難関中学に入れるはずだ」というのは,なんの根拠も論理的必然性もない。

 

中学受験を指導している塾で絶対に言えないことが2つある。

 

一つは、中学受験をしないで、公立中学から、高校受験を目指した方が、あなたのお子様には向いていますよ。ということと、背伸びをして難関校を受けるより。ワン・ランク落として、ゆとりを持って大学受験に臨む方が良いかもしれません・・ということだ。

 

他の中学受験の講師と違って、複数の私立中高一貫校で教えてきた経験があるから、「中学受験をさせる立場」からだけではなく「中学受験生を受け入れる立場」も経験している。


 

どうしてこの子が入学してきたのか、ワン・ランク落として、じっくり基礎を鍛えた方が良いのではなかったのかという生徒に出会ったことも、何度もある。多分、塾で、保護者が「あおられた」結果であろう。

 

UBQには岡山白陵中学・高校を不合格になって入塾して、岡山大学医学科に合格した生徒が3人いる。東京大学理科3類に進学した生徒で、第一志望の中学受験に落ちた生徒が1名いる、しかも。中一からの元・教え子なのだが広大福山高校を不合格になったと聞いた時には、気絶しそうになった。尚、岡山県内の私立高校(岡山高校)を唯一。不合格になった一名は金沢大学医学部進学。


もっといえば、ノーベル賞を受賞された、利根川進先生は浪人している。(「教育を考える」 著者: 石井透による)ノーベル賞受賞された田中先生も Wikipedia によれば学部で留年している。

日本が生んだ世界的大数学者の岡潔先生も中学受験で落ちている。

 


UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


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岡潔先生の自伝「春宵十話」より(本人が県立粉河中学の入試に落ちてしまったとかかれている。)


 

慶應の心理学専攻の一期後輩で、慶應の大学院を落ちてしまった某君は、現在、東京大学大学院教授!

(注)個人情報ですが、ご本人が「岩波科学ライブラリー」のご著書で大学院に落ちたと、はっきり書かれているので、問題ないと判断しました。

 

(これは上とは無関係:当時地方の県立高校から慶應に入学している生徒は東大の不合格組が多かった。)

 

東大を2回(現役プラス一浪)落ちているのが東大教授(!)やら南フロリダ大学教授(比較解剖神経学)やら大阪大学医学部教授!現役で入った自分は、塾講師。

 

やはり、受験の後の人生が大切。

ましてや、中学受験では12歳だ。大学受験は6年後であるから、人生の半分だ。逆に、保護者は6年前(6歳)のことを思い出してください。

 

小学生のうちに「合格するために勉強しなければならない」と刷り込むのは危険。勉強するために。(中学や大学に)行くのです。


 

漢字がやっといくつか書けるようになった年齢かもしれない。一人でお留守番ができるようになって、親が安心していた年齢かもしれない。あのころは、娘も一緒にお風呂に「きゃーきゃーきゃー。ぱぱ、だいちゅきー」といって入ってくれたのになぁと懐かしむ父親もいるかもしれない。

(今言おうものなら、キモイ!変態!セクハラ!→ほとんどのパパの共通経験かしら・・・)


 

だから、これから6年後には、どのくらい伸びるかなんて誰も分からない。


 

以前、ブログで紹介した岡山白陵中学落ちで、それから2幾年。東京大学で博士号をとった。わざわざUBQに電話して下さった。(☆現在都内の国立大学で准教授をされています。)


 

今から振り返ると、中学受験に失敗して、補欠で、2番手の中学に入ったことが大きかった。補欠で入ったと思うと、中一からなんとか授業について行こうと思って真面目に授業を聞いて、慢心することがなかった。中学受験に失敗したからこそ、自分は小さな努力をひたすら積み重ねるしかないと考えた。失敗から学ぶ事の方が成功して学ぶことの方が多い。との内容であった。


 

中学受験には勝ち負けはありません!!
 

合格した→勝ち(成功)

不合格→負け(失敗)


 

という単純な図式で、考えられるものではない。

 

中学受験で成功したか、失敗したかは、今後のお子様の人生で、お子様が決めることです、今の時点で保護者が、決めることではありません!

もう一度次の言葉を紹介する。ある全国最難関中高の校長の言葉である。

 

「うちの中学を不合格になった生徒の追跡調査をしてみると、東大に行った生徒は少なからずいるが。うちの高3の最下位の生徒で東大に行ったものは今までに一人もいない」

 

 

*中谷宇吉郎「私の履歴書」より、青空文庫

 

 

 

あの頃の高等学校の入学試験は、七月にあった。それで三月の末に中学を出てから、家で商売の手つだいを少ししながら、受験準備を始めた。といっても今日のように受験参考書なども揃っていなかったので、当時評判のよかった『考へ方』の本だの、つれづれ草の註釈本だのを註文して買って、それをぼつぼつ読んでいた。しかし試験には美事に落第した。
試験に落第することは、決して名誉な話ではないが、そうかといって、人生の上において損をしたことになるとは限らない。落第した当時は大いに悲観もするが、一年間の浪人時代に得たいろいろな経験は、人生勉強という意味で、大いに得るところがあった。これは負け惜しみではなく、この頃になってますますそういう風に考えるようになった。
実は大学を出て寺田寅彦先生の助手になって、理化学研究所で働いていた頃、ある晩お宅へ遊びに行っていて、この落第の話をしたことがある。そうしたら先生が「そうか、それはよい経験をしたものだ。落第をしたことのない人間には、落第の価値は分らない」と褒められてちょっと驚いた。それから先生は「僕も落第したことがある。中学校の入学試験に落第をしたんだが、あれはいい経験だった。夏目(漱石)先生も、たしか小学校で一度落第されたはずだ。人世というものは非常に深いもので、何が本当の勉強になるかなかなか簡単には分らないものだ」という話をされた。これで大いに安心した。
落第は奨励すべきものではない。一体、皆が落第してしまったら、学校の方では、学生がいなくなって困るであろう。それにこの頃のように、経済事情がどこの家庭でも苦しくなっている場合は、落第などせずに早く卒業した方が、両親のためにはよい。だから私は決して落第をすすめはしない。しかし落第して自暴自棄になる学生には、決してそういうものではないということを、自信をもって告げ得る。そういうことを威張っていえるのも、落第をした経験があるからである。


 

 

*夏目漱石が受験に失敗したことは自身で書いている。その名もズバリ落第。http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/2676_6502.html