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伝動装置《動力伝達装置》(戦車工学~理論と設計の基礎~)

 

 

1・1・5 伝動装置

 伝動装置の型式及び機構は極めて多種多用で、機械式、水力式、空気式、電気式、混合式等がある。

※水力式は水を使うわけではなく、英語の「Hidro(水力)」の訳語なのだが、作動油を使用するところから液圧式もしくは油圧式と訳すのが正しい。

例) hydro-pneumatic:ハイドロニューマチック=油気圧


 今日のまでのところ、最も普及を見たのは機械式伝動装置である。以下、装軌車両用機械式伝動装置の構造、ならびに各部の意義を簡単に検討してみる。

 内燃機関においてはその荷重に応じて適応していく性質がないから、伝動装置には主クラッチを備えている。

 クラッチの機構としては摩擦式、電磁式、水力式、慣性式等があり、摩擦式が最も普及している(摩擦クラッチの章参照)。

 各種の地形を走行する際に戦車は種々の抵抗を受ける。この抵抗は種々の条件、すなわち土質、道路の横断面、走行速度等の条件に頼る広範囲にわたり変化する。

 戦車が抵抗の異なる各種の地形を走破するためには、発動機の出力を一定に保ったままで走行速度を変化する様にしなければならない。しかしてこの事は普通我々の知っている様に発動機を標準回転数に近い回転数に保つ事によってのみ可能である。この事からいって伝動装置の回転数は一定では困る事になり、変速装置が必要になる。この変速装置を変速機というのである。

 今日の戦車用発動機の軸は大抵車体の縦方向に沿って配置されるから、発動機の回転力を戦車の両側の走行装置へ伝えるためには横軸傘歯車装置が必要である。

 横軸の両端には操向装置すなわち操向連動機、遊星歯車装置その他等を装備する(操向装置の章参照)。さらに車両の両側端部に一定の伝動比をもった終減速装置があり、被動冠歯車は履帯の起動輪に固定されている。主クラッチ、変速機、傘歯車装置、操向装置及び終減速装置を結合したものが戦車の伝動装置である。

 戦車の伝動装置を作動させる(連結と遮断)ためには、クラッチ・ペダルとブレーキ・ペダル、制動用及び操向用槓桿、変速用槓桿ならびに曵桿があり、また時には種々な構造のサーボモーターがある事がある。

 戦車の伝動装置及び操縦機構は次のような一般的要求を満たすものでなくてはならない。

 a) ひっかかりや衝撃なしに円滑に作動する事

 b) 伝動比の範囲が広い事(速度段数の多い事)、ならびに、出来れば自動的漸進式変速機であること。

 c) 機械効率が高い事

 d) 全速度段に対して十分の強度を有する事

 e) 重量が軽い事

 f) 長時間の運転に対し加熱する事がなく、また衰損少なく、確実に作動すること。

 g) 取扱いが簡単である事

 h) あらゆる走行条件、すなわち激しい動揺と衝撃と傾斜の下で、一年中いつでも故障なく作動する事。

 i) 運転中静粛である事

 

 ここにはただこれらの一般要求を列挙するだけにとめる。伝動装置の各国々の機構に対する要求においては後述のそれぞれの機構の章で構造理論の研究と、その計算をする際に研究する事にする。

 

【解説】

伝動装置とは「動力伝達装置」のことである。

英語でいうところの「POWER TRAINS:パワートレイン」である。

 

■ 動力伝達の流れ

①発動機(エンジン)

↓※場合により推進軸(ドライブシャフト/プロペラシャフト)

②連動機(クラッチ)

↓※場合により推進軸(ドライブシャフト/プロペラシャフト)

③変速機(トランスミッションorギアボックス)

④操向装置/操向機(ステアリング)

⑤終減速装置/終減速機(ファイナルドライブ)

 

61式戦車は記述内容に沿った構成と言えたが、74式戦車からはエンジンと一体化されたパワーパックとなり、②~④も一体化したために「操向変速機(ステアリングトランスミッション)」と呼ぶ。米国では単に「トランスミッション」英国では「ギアボックス」と記載されている。

 

なお、⑤の「終減速機」は車体に付いている最終減速装置であり、自動車用語の「終減速機(Final Drive)」とは少し異なる。

「Final Drive」の名称から雑誌等では「最終減速機」と訳され、しかもトランスミッションに付いているように誤解していることも散見される。

戦車用発動機(戦車工学~理論と設計の基礎~)

 

 

1・1・4 戦車用発動機

 

 戦車を設計するに当たっては発動機の形式の選択、ないしはその設計に対しては技術的にもまた戦術的、戦闘的にも特別の注意を払う必要がある。

 事実、現代の戦車製造の実地においては、戦車用発動機は戦車用として特別のものでなければならない様にいわれている。自動車及び牽引車用の普通の発動機は。若干の条件付きで豆戦車及び超軽戦車にしか利用できないのである。

 軽戦車に対し現代の自動牽引車用発動機は出力の点でまず失格する。出力の点で及第したとしても規格に合致しない。戦車用発動機としては出力の点でも規格の点でも航空機用発動機が最適当である様である。この事は初めはちょっと不思議であったが、事実が証明しているのである。しかしながら航空機用発動機は最小限度の重量をもって構成されているので、その各部分の応力は極めて高いから、したがって寿命も短いものである。

 戦車に装備した航空機用発動機の摩耗がはなはだしいのは、戦車用発動機はしばしば各種の地形または各種の障害物通過をなすとき過負荷に遭遇し、かつ激しい動揺をうけ、酷使されがちであるからである。

 軽自動車用発動機《乗用車用エンジン》は平均40%負荷、また貨物自動車は60%負荷の状態であるのに対し、戦車用発動機はほとんど連続的にその最高出力の80~90%の負荷で使われるものである。

 純然たる技術的見地よりする上記の考慮と、戦術的要求とから戦車には特殊の戦車用発動機をつくる必要が生ずるのである。

 その発動機の型式として、現代の技術の程度において戦車用として最も適した発動機は、重い燃料(軽油、重油その他)によって運転され、最も経済的であり、したがってまた火災の危険も少ない圧気噴射式高速ヂーゼル機関であるといわなければならない。冷却方式として望ましいのは空冷式である。これは戦車が水がなくても差し支えないからである。

 型式のいかんにかかわらず、戦車用発動機としては次に掲げる一般的性質を持っておらねばならない。

 a) 戦車用発動機の出力は戦車に十分な戦術的及び作戦的行動力を保証するものでなくてはならない。現代の戦車用発動機の出力の割合は戦車の総重量1tあたり20~30㏋に達し、快速用のものでは40㏋にも達する。

 b) 戦車用発動機の回転数は大きいから伝動装置が複雑であり、したがってそれに対する発動機の機構も頑丈なものでなければならない。発動機の毎分回転数は1800~2000に達し、時には2500に及ぶものもある。

 c) 運転は静かである事。騒音は最小限度に抑えるべきである。

 d) 構造簡単で、取扱い容易である事である。

 

 最近、安全な高圧蒸気罐(100atm以下)を有する蒸気機関が現われ、操縦と調節との自動化の問題が解決された。この場合、排気のための凝縮器も用いられる様になり、戦車に対し蒸気機関を利用してはとの問題が持ち上がっている。蒸気機関は回転力が一定であるから、変速機の必要がなく、急速に加速が出来、また取扱いが極めて簡単になり、したがって極めて軽快に走る事ができる。

訳者注※「回転力が一定であるから変速機が不要である」というのは少し不合理である。回転数の減少と共に回転力が増大する性質があれば変速機は不要となるのである。

 静粛な運転、迅速な逆転、過負荷でしかも長時間の使用可能、ガソリン機関より寿命が長い事等すべてこれらの事は戦車に課せられた戦術的技術的要求に対して蒸気機関が最適当なものである事を裏書きするものである。

 ルノー工場では400kmの行動能力がある蒸気機関付きの8t戦車をつくっていると報ぜられている。

 また蒸気機関はイギリスおよびチェッコスロバキヤの戦車にも用いられている事もまた知られている。

 発生〇ガスで運転する発動機を軍事車両に用いる案は未だ普及されていない。

 

※発生〇ガスの〇は読み取り不能

戦車の各装置に対する技術的要求(戦車工学~理論と設計の基礎~)

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戦車の各装置に対する技術的要求: 戦闘車としての戦車の特性を左右する基本的な技術的要素は次のごときものである。

 

a) 車体;この要素はその中に配置される乗員、武装、伝動装置、発動機その他の特殊装置等の観点からする戦車の容積を特性づけると同時に乗員に対する装甲防御力、ならびに戦車自体の堅牢度を特性づけるものである。

b) 発動機;この要素は戦車の運動性を制約する装置に極めて密接な関係がある。

c) 伝動装置;これは戦車の内部構造と戦車の運動性を制約するものである。

d)  走行装置(懸架装置);これは戦車の外部構造と戦車の牽引性とを左右する。

e) 武装;戦車の戦闘力と戦術上の使命とを左右する。

f) 特殊設備;戦車を専門化し、その技術的に完全なものとする事に関係する。

 

1・1・3 戦車の車体

戦車の車体の戦闘上必要な容積すなわちその大きさは、車体内に配置しなければならない装置、武装ならびに乗員等によって決定される。これらの配置は車体内に無駄な容積のない様に合理的にしなければならない。何となれば、無駄な容積があるとただ余計な重量を増し、自身の目標が大きくなるからである。

車体内における車両の生命組織である各部の機構と乗員とをいかに配置し、その又いかに防御すべきかは、戦車の設計者ならびに製作者にとって真に重要な問題の1つであり、下記の各項に基づいて決定されるものである。

 

1) 装甲板の材質

2) 装甲板の厚さ

3) 接合部の性質(車体装甲板の結合用当板の性質)

4) 装甲板の配置(車体装甲部の形状)

 

装甲板の材質: 現代の戦車の装甲板はほとんど全て良質の合金鋼である。この鋼板の成分は各国各種の会社において種々なものが秘密裏に作られており、しかもそれは秘密にされているが、その主要な成分はCr, Ni, Mo, Vであることは知られている。

※Cr;クロム、Ni;ニッケル、Mo;モリブテン、V;バナジウム 

 

戦車用装甲板の近似的成分は次のとおりである。すなわち

 C  0.35%  Ni 3.5~3.75%  Cr 1.5%

※C;炭素

 今日の装甲板の機械的特性は抗張力140~200kg/m㎡ブリネル硬度500~550である。この場合の熱処理法は多種多様であり、装甲板の成分によってそれぞれ異なる。炭素の含有量の少ない場合には浸炭法を施すとか、あるいは板の厚さにより表面だけを焼入硬化するか、または全部を焼入硬化する。熱処理法の大体の過程は次のようなものである。すなわち、装甲板の機械的特性に本質的に影響を及ぼす圧延加工の温度は850℃で、次に組成改善のために焼鈍(やきなまし)し、油、水あるいは空気により焼入れ後、焼戻しを行う。

 装甲板は板全体にわたって一様な機械的特質を持っていなければならない。そのためには全ての熱処理過程において1組の板が全部同一の温度に保持されるばかりでなく、1枚の板の各部分がまた同一の温度に保たれねばならない。

 時には2,3の箇所の装甲板は、その形状からいって鋳物を使用する事が必要となって来る事があり、この場合は鋳鋼が用いられる。旋回鏡《※ストロボスコープ》、展望塔、また時には操縦者の防護用湾曲版等は鋳鋼で造られる。鋳鋼の機械的性質は合金鋼に比して劣るが、この短所を厚さを以って充分補い得る様な場合には、上に列挙した様な場所に結構十分使い得るものである。一般的にいって、同一の防弾性を得るためには鋳鋼の厚さは、合金鋼の厚さの2.5%増しにしなければならない。

※この時代の装甲板は小口径徹甲弾に対処するためブリネル硬度500以上の超硬鋼を使用したが、砲弾口径が上がり、硬さではなく粘りによって防護するようになった。

ティーガー戦車やM4シャーマンはブリネル硬度300前後、T-34は400前後であった。

 

装甲板の厚さと配列: 戦車に要する装甲板の厚さもまたその用途と構造上の可能性とから選ばれるものである。一般に戦車の装甲板の厚さは12から55mmないし60mmの範囲内にあるものである。

 イギリスの軽戦車は12mmの装甲板を持ち、徹甲弾及びその破片を十分に防御しえるものである。16t中戦車は22mmの装甲板を持ち、またフランスの重戦車は55mm装甲板を持っている。

 戦車の車体における装甲板の厚さは次の様に配置するのである。すなわち、最も損傷を被りやすい箇所(垂直前面板、側面板)は極めて厚い装甲板で防護し、また最も損傷を受け難い箇所(傾斜したる板、屋根板、底板等)は薄い板にする。

 装甲の厚さを増加した事と同時に、その性質(材質及び熱処理)の改善をした事が現代の装甲板の進歩発達の点となっている。

 板の材料の特性を一層合理的に利用し、また材質も向上し、その上戦車内のあらゆる装置が新しい構造様式のものとなり、また発動機の出力が高まった結果、装甲板の重量の割合(すなわち、戦車の全重量に対する装甲板の重量比%)は増大してきている。これは表1・1によって明らかである。

  

 装甲板の接合法: 接合部は戦車の損傷防止上重要な価値を持っている。接合部に対して与えられる要求は普通の弾丸が命中した時、鉛の飛散物が通過してはならないという事と、残留応力のために亀裂を起こさぬだけの十分の強度をもつものでなければならない。

 現代の戦車には溶接車体とまた鋲絞めの車体とがある。鋲絞車体に比べ溶接車体は次のような欠点がある。

 1) 溶接個所の金質が一様でなく、また面白くない組織が生まれる。

 2) 溶接する時の局部熱応力の結果装甲板に亀裂を生ずる可能性がある。

 溶接車体の特徴と鋲絞車体の欠点は次の諸項の比較から自ら明白となる。

 1) 溶接車体は重量が軽くなる。

 2) 溶接車体は穿孔を要しないから熱処理前の板の硬度を拘束しない。

 3) 鋲絞車体はその壁に弾丸が当たった場合、内部の鋲頭が飛び散り、乗員を損傷させる怖れがある。

 4) 鋲絞車体は生産上高価で、かつ面倒である

※鋲絞車体:鋲接車体(リベット車体)のことである。