軍曹!時間だ!… -41ページ目

メルカバ戦車の機動力(その1)暫定

「機動力」として一回で済ますはずだったが、ちょっと無理だったので三項目のうち「ロングストローク・コイル・スプリングによる独立懸架を採用」を「機動力(その1)」とする。

「暫定」なのは図等を入れる時間がないので今回はテキストのみである。

いずれ、画像等を入れる予定だ。

 

機動力について述べる。

 

その前に、メルカバ戦車は過酷な実戦の経験により、自らの兵器がどうあるべきかを判断し開発された。そして、ドイツのレオパルト2、アメリカのM1エイブラムス、イギリスのチャレンジャー、フランスのルクレール、更には日本の90式戦車、これらの第3世代戦車はイスラエルからの戦闘経験情報により自らの国の要求に合わせて開発されたものである事を忘れてはならない。

 

■ロングストローク・コイル・スプリングによる独立懸架を採用

 

トーションバーを使用しない理由はタル将軍が以下の2点について述べている。

 

1. 戦場修理性

実戦では地雷による履帯及び懸架装置の損傷が多い。その場で速やかに復帰させる際に戦車乗員自ら簡単な工具で交換作業が可能である。

2. 全周多重装甲構想

トーションバー懸架とした場合、転輪間ががら空きとなるため、何らかの防護処置が必要となるが、コイルスプリングを使用した外装式懸架装置はスプリング及びボギーブラケット(取付架)が防護材として機能する。

 

上記のように整備性及び防護性の要求から採用しているのであって、良好なトーションバーが作れないから仕方なく採用しているわけではない。

 

イスラエルは外装式懸架装置(一般的に「ボギー」とも呼ばれる)のM4中戦車(シャーマン)やセンチュリオン戦車、トーションバーを使うM48中戦車やM113装甲兵員輸送車(APC)との比較から「外装式懸架装置」に利点があるとして採用している。

 

実戦により、センチュリオン戦車の「外装式懸架装置」の堅牢性、整備性、防護性は高評価であったが、不整地走破性(戦場機動能力)に不満があり、センチュリオン戦車とは別形式の「外装式懸架装置」とした。

センチュリオンの「連成懸架」ではなく、「独立懸架」としたのである。

具体的には、ボギーブラケットにリーディングアームとトレーリングアームによる転輪を各々大小からなる二重コイルスプリングで支えたユニットを片側3組装着する。

前後の懸架ユニットはショックアブソーバーを備える。また、各アームのバンプストッパとしてタケノコばね(ボリュートスプリング)がある。

 

この方式により、不整地走破性の目安の一つとなる転輪トラベル長(転輪が上下する距離)がセンチュリオンの200mmから400mmと2倍になっており、レオパルト1の410mmに匹敵する。ちなみに、チーフテン戦車の転輪トラベル長は240mmである。

 

なぜか、メルカバ戦車(Mk.1、Mk.2)のサスペンションはセンチュリオン戦車に使用された「ホルストマン式サスペンションの改良版」と紹介されることが多いが、全くの別物で、その構造はむしろ「クリスティー式」に近い。

 

では、なぜ、一般的に「ホルストマン式」というのだろう?

一つは、センチュリオン戦車が採用していた「外装式懸架装置」を採用した。という事にある。

センチュリオン戦車がホルストマン社製の外装式懸架装置を使用していたから、単順に「外装式懸架装置」=「ホルストマン式」となる単純な理由だ。

もう一つは推測でしかないが、チーフテン戦車用に開発された油気圧懸架装置はメルカバ戦車のコイルスプリングを油気圧装置(油気圧スプリング)に変えただけの形状といえる。使用されていた油気圧スプリングは「ハイドロストラット」である。16式機動戦闘車にも採用されている「ハイドロストラット」はホルストマン社の登録商標である。

つまり、メルカバの懸架装置もホルストマン社製なのだろうか?

 

戦車マガジン1979年2月号に掲載の「“人命確保”の強力戦車 イスラエルのメルカバ」

に以下の記述がある。

 

走行装置は,メルカバ用として特に外国で製作されたもので,両側面6個の車輪が2個づつ懸架装置にセットされている。

 

「外国製」と書いてある。事実であれば、ホルストマン社製であろう。

 

当ブログ参照:戦車のサスペンション(その12)ホルストマン式サスペンション

 

生存性(メルカバ基本理念)

コンセプト(concept)は本来「概念」であるが、「基本理念」としての使い方があるので「メルカバのコンセプト」は「メルカバの基本理念」と考えるのが妥当であろう。

中東の小国イスラエルにとって人的損害こそが著しい戦力低下をもたらす。

仮に戦車を無制限に作れるほどの能力があっても、それを使う戦車乗員がいなければただの鉄の箱に過ぎない。

 

つまり、戦車設計において「人命確保」を最優先とした高い「生存性」が求められるのだ。

 

そんなのは全世界共通だという意見もあろう。

実際、人命を軽視した戦車設計は無いといえる。

相対的に見た場合に「軽視してる」ととられる場合もあろうが、基本的には戦車設計の基本理念自体が「人命確保」なのである。

問題は何をもって「人命確保」が行えるかの手段の差異と言えよう。

メルカバ戦車開発時の西側主力戦車は第二世代主力戦車がであり、重装甲戦車(重戦車ではない)と軽装甲戦車(軽戦車ではない)に大別できる。前者はイギリスのチーフテン戦車であり、アメリカのM60パットン戦車である。後者は西ドイツのレオパルト1戦車、フランスのAMX30戦車が該当する。

世代間戦車とか2.5世代戦車と呼ばれる我が国の74式戦車も「軽装甲戦車」に該当する。

イスラエルは第3次中東戦争までの戦訓から「機動力は装甲防御力を補いえるものではない」との結論に達し、当時の西側戦車設計思想の戦車(軽装甲高機動)ではイスラエル国防上十分ではないと判断した。

結果的には第3世代戦車が全て重装甲になっていることを考えるとイスラエルの戦車設計理念は間違っていなかったといえる。

 

戦訓により明確化されたイスラエルが求める戦車像は「撃たれ強い」戦車である。

当時の西側戦車との大きな差異は「歩兵携行対戦車火器からの全周防御」といえよう。

レオパルト2やM1エイブラムスは真横からのRPG-7(40mm対戦車擲弾弾発射筒)の標準弾頭(弾頭直径85mm、貫徹量約300mm)に貫徹される恐れがあり、事実M1エイブラムスは射撃を受け貫徹されている。

 

さて、「人命確保」がメルカバの設計理念である。

概ね次の要素で「人命確保=生き残り性」を達成している。

 

【生存性】

・乗員防護を最優先にする

乗員を戦車中心に置き、戦車に使用される全ての機材、機器等で囲み乗員防御の疑似装甲材とする。

・動力装置(エンジン・ミッション)を前方に置き装甲として使用するとともに車体後方に扉を設け速やかな出入りを可能とする。

・車体弾薬架を外すことにより、乗員以外の人員(武装兵、負傷兵)の輸送・回収が可能

・しなやかな足回りと広い居住空間(戦闘室)がもたらす快適性による高い戦闘維持能力

 

【機動力】

ロングストローク・コイル・スプリングによる独立懸架を採用

戦場機動力を追及し路上最高速度と、路外最高速度はほぼ同じ

しなやかな足回りにより路外機動における乗員の疲労を軽減

 

【火力】

・105mm砲にすることによる生産・整備・補給性及び教育などの利便性の追求

・新砲弾(APFSDS)の開発により120mm滑腔砲に匹敵する威力の付与

・交戦距離において十分な精度を有する射撃統制装置の搭載

・砲身歪みを積極補正することによる命中率の向上

 

【防御力】

・全周に多重空間装甲を採用

・空間にあらゆる素材を組み込む「スペースド・アーマー構造」による防御力の向上

・砲塔は前方投影面積を少なくすることにより、被発見率を減らすとともに被弾率を減少

簡単ではあるが以上の要素により生存性を達成している。

次回は【機動力】について細部を述べたい。

イスラエル・タルの戦車哲学

実戦場において任務達成のために最も重要なことは「生き残ること」である。

 

「タリク」ことイスラエル・タル将軍の言葉だった。

実際にはヘブライ語で述べたものを日本語に翻訳しているので言い回しは色々あるようだ。

 

たとえば月刊戦車マガジン1987年7月号に掲載されている記事「メルカバ戦車を見る①」には、

(38頁)

「実戦において最も重要なことは生き残ることであり、生き残り性の向上によって火力、機動力を発揮できるが、その逆はあり得ない。」

(41頁)

実戦場裡において最も重要なことは生き残ることであり、生き残り能力の向上により火力や機動性の向上発揮も期待できるが、その逆はあり得ない。」

 

微妙に違う。

「実戦場裡」ってなんだ?誤謬かな?と思ったら「場裡(じょうり)」って意味のある言葉だった。「実戦-場裡」で「実戦闘の場においては」というような意味であろう。

 

この記事の著者は「大和武」氏である。

多分、「やまとたける」と読むのだろう。

 

同記事は大和氏が前年(1986年)5月にタル将軍からのお招きにより、イスラエルを訪問した際、見学させてもらった時のものであり、2号にわたって掲載されている。メルカバ工場見学の前日にはタル将軍との懇談をしており、その時の内容は戦車マガジン1986年9月号に「タル将軍に戦訓による戦車哲学を聞く」として掲載されている。

同氏は1985年秋、東京において来日中のタル将軍と懇談している。

 

“ともにいわば戦車に半生を捧げた男どうしとしての友情、かつほぼ同年輩ととしての心安さもあって大いに意気投合、別れ際には「この次は是非イスラエルでお会いしましょう。メルカバのことなら何でもお見せしますよ」”

 

と、「タル将軍に戦訓による戦車哲学を聞く」に記述されており、それが実現したようだ。

なお、大和氏と同様に戦車関係の記事を書いていた「二木巌」氏が同行している。

 

大和氏、二木氏共にペンネームであり、大和氏は他の記事でチーフテンやレオパルトの操縦体験をしているところから、元日本帝国陸軍少佐、陸上自衛隊での最終階級は陸将補だったK氏と推測、二木氏は二つの木「木木」だから某重工の戦車開発者であろう。

 

というわけで、メルカバ戦車に関しての信頼性のある資料は、戦車マガジン取材班が外国報道陣としては初めてメルカバ戦車生産ラインの視察許可がおりたという取材記事「世界で初めて メルカバ生産工場を見る(戦マガ1980-10)」及び上記「メルカバ戦車を見る①(戦マガ1987-7)」及び「メルカバ戦車を見る②(戦マガ1987-8)」を主軸に下記の四項目で検証してみたい。

 

【1】 生存性(メルカバ基本理念)

【2】 機動力

【3】 火力

【4】 防御力