パムのてきとーブログ -134ページ目

パムのてきとーブログ

いろいろと書いていきます
当ブログは、民法720条1項/2項(正当防衛/緊急避難)、及び公益通報者保護法2条1項(内部告発)に基づく内容があります。
「パムのトラブル」等への宣言
https://tl.gd/n_1srqui4
同情無用!心配不要!
#拡散希望
https://amba.to/3uhHoy2

https://cucanshozai.com/2011/09/ppd.html


偏執病(へんしゅうびょう)の主な症状には、
自己中心的で、被害妄想や猜疑心(さいぎしん)が異常なほど強いといったものがあります。

別名パラノイアと呼ばれ、英語名ではPPD(Paranoid personality disorder)と略されます。

アメリカでは人口の約4.4%が偏執病(パラノイア)の診断を受けていますが、
隠れた偏執病がまだ存在している可能性が高いといわれています。
というのも、偏執病は、自分で自覚するのがほぼ不可能だからです。

「パム」自身が、現在の「パムのトラブル」に気づいた当初、
 「パム自身がこの偏執病ではないか?」
と、慎重に検討を重ねました。

そして、事実を積み上げた結果、「偏執病ではない」との結論を出してます。




偏執病とは

偏執病は、精神疾患の一種で、周囲が自分に対して敵意を抱いていると強く感じ、絶えず人を疑う傾向があります。
他人から言われたネガティブな意見や周囲の視線がどうしても気になり、侮辱的な言葉や拒絶に固執してしまうのです。

ときには、弱者に対して異常な程に攻撃的になり、自分は特別な人間であると信じて疑わず、誇大妄想を抱きやすい傾向もあります。

また、人に理屈っぽく議論をふっかけたり、興奮しやすく、一度興奮してしまうと自分で気分を落ちつかせるのが難しいため、
それが人と一緒に働く時の障害になり、社会的に孤立しやすく、訴訟ざたになることもあるようです。

恋愛においては、自己イメージが低く、相手を信頼できないがために、異常な独占欲と嫉妬が生じやすく、それがしばしば障壁になります。
そのうえ、相手を支配しているのは自分だと信じ込み、相手に対して攻撃的な態度を示すこともよくあります。

「偏執病」は「妄想性パーソナリティ障害」の一種ですが、この文言を見ると、
 ・自己愛性パーソナリティ障害
と症状が被っているようにも見えます。



この度の「パムのトラブル」を見ると、「パムのトラブル相手」にこの「偏執病」でもあるんじゃないかとか、
そんな事も思ってしまうのです。

http://ayano.me/archives/5599


QUESTIONより
 呪いはあると思いますか?
 日本のみならず世界中に言い伝え等で語られたり、フィクションではよくありますが実際どう思われますか?

呪いはたしかに日本だけではなく世界中であるものです。
いわゆるわら人形に釘を打ち付けるような、誰か特定の人間に対してダメージを与えるような内容のものが多いですね。

え???
「呪い」は存在するんですか???




呪い殺したら殺人になるのか

さてちょっと余談から入りましょう。
例えば、もし呪いで人を殺せる能力のある人がいたとして、実際に呪いで人を殺したら殺人になるのでしょうか。
相手をけがさせたら傷害になるのでしょうか。

結論からいうと、殺人にもなりませんし、傷害にもなりません。

たとえ他人を殺害させる目的で呪術を行ったとしても、それが科学的に、社会通念上呪いで人を殺すことができないからです。
こういったものを不能犯といいます。

ですが、場合によっては罪に問われることがあります。
例えば藁人形を打ち付けているシーンを撮影して相手に送れば脅迫になりますし、
藁人形を打ち付けた場所が他の人の家や公共施設であれば、器物破損や不法侵入などにもなります。

そういえば、前に藁人形で逮捕された人いましたよね。
歩道橋で、小学生に死ねみたいなこと書いてたような。

はい。
「呪殺」は「合法」なんですよ。




呪いはある

いわゆる超能力的なものに関してはわかりません。
いるかもしれないし、いないかもしれません。
ただ少なくとも周りでもニュースでも呪いで死んだという事件は聞かないですし、
呪いで人を殺せる能力がある人はいたとしてもよほど少数派でしょうし、
実際にそういう悪いことには使ってない人なのかもしれません。

ただ呪いはあるかどうかですが、呪いはあります。
この世の中は呪いだらけです。
こうだったらこう生きなければならないとか、まさに人の行動をなんらかの目に見えない「呪い」で動かすわけですからね。

実際にそれで自殺する人もいますし、それで人を殺す人もいます。
人間社会が生み出した呪いは違う言葉で多く存在します。
毎日のように家族から、職場や学校からネガティブなことを言われ続けて暮らしたら、きっとネガティブな人間になります。
これが呪いです。

自分自身も、みなさんも、知らないうちになにかの呪いによって自分をコントロールされ、この現代社会を暮らしているのです。

この「呪い」って「モラハラ」と同じだと思ったのですが???

https://note.mu/chakufuta/n/n6f9626c09143


※本記事は亡くなる人の内容も含まれるため、精神的な衝撃を受ける可能性があります。
 そのような部分が苦手な方は読まないことをオススメします。
 そして、それでも読み進め、何かしら不具合が生じたとしても私は一切責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。

「パム」からもよろしくお願い致します。




2、電車に飛び込むと遺体はどうなる?

結論は
 「状況による」
です。


そのため、もしも、少しでも自殺を考えている人がこの記事を読んでいるなら一言言っておきます。

 「電車への飛び込みは即死ではなく、物凄い苦痛、物凄い痛みが長時間続くと思いますよ。
  止めておきましょう」

はい。
電車に飛び込んでも即死はできません。
つか、自殺すんなよ!




3、人身事故で再開までに行っている事と所要時間

人身事故が発生し、運転再開までには概ね1時間~2時間くらい掛かると言われています。
その間に何をしているのか見ていきます。

 <警察・消防を待つ>
  【所要時間 :  ~20分】
   まずは警察や消防の到着を待ちます。
    鉄道会社だけで勝手に現場を触ることは出来ません。
    事故現場の場所によりますが、警察も交通への影響を考え直ぐ来ますので、
    20分と言うのは最大限に時間が掛かる場合です。

 <遺体回収・写真撮影>
  【所要時間 : 30~60分くらい】
    遺体を回収しますが、その前に警察で現場の状況や遺体の状況等を現状のまま写真撮影します。
    電車の下に巻き込まれている場合は、電車の下だけではなく、
    タイヤの間とか一部千切れた腕や頭部等が弾き飛ばされていることもあります。
    それらを急いで回収しますが、それらも都度写真に収めます。
    ただ単に肉片を回収して、洗えば終わりと言うわけではないので少し時間が掛かります。

 <実況見分>
  【所要時間 : 30分前後】
    計測等をしながら状況を書類に落とし込む作業です。
    遺体回収時にも、この実況見分のためにマーキングしながら回収します。
    この作業は運行が再開後に、電車の往来に注意しながら主な部分を行う場合が多いので、
    遅延にそれほど大きな影響は出さないと思います。

 <列車の点検>
  【所要時間 : 不明】(私が知らないだけです)
    人ほどの大きな物体と衝突し凄い衝撃を受け、タイヤや機器のある電車下に肉が巻き込まれているわけですから、
    キチンと点検しないと電車の安全な走行の保証ができません。
    そのため、点検は重要です。
    ここまで行って、運転再開となります。

早いケースだと、
 ◎ 警察到着 5分 
 ◎ 遺体回収 30分
 ◎ 実況見分 運転再開後
で警察活動は35分くらいですから、それで1時間で運行再開となると点検は20分くらいなんですかね。

つまり、ホームから電車に飛び込んだ場合、多くの乗客に1時間から2時間待たせると言う大迷惑がかかるんですね。




4、遺体回収後はどうなる?

警察が警察署の検視室に遺体を運んで、検視を行います。
破損した部位を胴体に組んで行います。
この辺り、検視については記事を書いているので、

 【警察の検視は時給200~300円】
  https://note.mu/chakufuta/n/nbcd0c32fbb53
こちらを併せてお読みください。

検視って、非常に精神力が必要な事でしょうね・・・。
警察/消防の皆様、お疲れ様です。




5、最後に
電車の人身事故で遅延が発生し、怒りを持つ利用者が多いと思います。
その度に、現場ではこのような事が行われていると言うことを知っていただき、少しだけでも冷静になってもらえればと思います。

記事で、
電車への飛び込みは苦痛や痛みが長時間続き得ると警告しましたが、
私が知る限り、自殺で苦痛が少なかったり、楽な自殺方法はありません。

ネットに出ている
 「この自殺方法は苦痛が少ない。
  楽」
と言う情報は基本的に、今回の電車への飛び込みと同じように、世間の誤ったイメージの類だと思って下さい。

自殺を考えてしまい、自殺することしか頭に存在できない追い込まれた貴方の状態を私も知っています。

しかし、経験上その状態は何か一つ些細でも、キッカケさえあれば脱却できます。
それは精神科で睡眠導入剤をもらい一眠りするくらいのことで抜け出すキッカケになり得ます。

その精神科医が貴方の気持ちを一切汲んでくれないゴミと感じるような医者でも睡眠自体はキッカケになり得ます。

そのゴミ医者への怒りも抜け出すキッカケになり得ます。

もう一度言います。
貴方のその追い込まれた、自殺以外考えられない状況は抜け出せます。

自殺しか考えられない人は、頑張っていますが、その頑張りは耐えることに向かう頑張りです。
その頑張りの向きのせいで、攻撃性や怒り等の感情は自分の人格に向いてしまっています。
今の追い込まれている状況から脱却できると、生きる方への頑張りに気持が向け得るようになります。
怒りや攻撃性はキチンとしたところへ向くようになります。
頑張ると一言で言っても向きや方法は違いますからね。
そのため、今の貴方が向いている追い込まれている方向への頑張りで
 「頑張れ」
とは言いません。
既にその方向で頑張っているからこそ、今の現状になっているわけですから。
だから私からは、
 「是非今の状況から脱却し、頑張る方向性を変えて、頑張って下さい。」
と言っておきます。
頑張っている人に向かって
 「頑張れ」
は追い込むことになるから、言ってはいけない。
なんて見聞きしますよね?
これは
 「頑張っている人を応援するな」
と言う意味ではありません。
 「頑張って追い込まれている人の気持ちを汲みも、理解もせずに、安易に何でもかんでも無責任に言葉を言い放つな!」
と言う意味です。
そのため、キチンと汲んで、理解し、その先にどのような可能性があるのかまで知っていたり、理解している場合は、
そのことを伝えた上で、応援しても良いんです。

そうじゃないと、何でもかんでも誰からも頑張りを評価してもらえず、孤独に陥ってしまい、余計に追い込まれてしまいます。

誰でも【適切な】評価や応援は嬉しいモノですからね。
もし、本記事を読んで自殺願望者や支援の方法等に興味を持ったらこちらをどうぞ。
 【自殺感情をコントロールできない状態の人の状況と支援方法】
  https://note.mu/chakufuta/n/n09b9c3fa91ab


http://urx3.nu/Pra5

一つ一つ、コメント書きます。
批判的口調をご容赦ください。


俺は悪に対して異常な怒りや憎しみを持っている。
悪に対しては犯罪を犯さない範囲であればどんな手段を使っても構わないと言う考えを持っている。
なぜなら、相手が悪だからだ。

世の中の秩序を乱す者に世の中でを渡る資格などない。
寧ろ、自殺すら怖くなる何も出来ないようにしてやりたい。
そう言う考えにまで陥ってしまった。

>俺は悪に対して異常な怒りや憎しみを持っている。
  「善悪」の価値観をここでは「絶対的価値観」として書いています。
  しかし、この概念は「主観的」「相対的」なのです。

>世の中の秩序を乱す者に世の中でを渡る資格などない。
  こう言う人物に対して合法的に処罰するのが、「警察」を始めとする「司法警察職員」と「裁判所」です。
  個人的に処罰すると、「犯罪」になりかねません。




なぜそうなったのか。それは、周りの環境による変化だ。

自分は善人として生まれ育った。
だが、ネットなどのメディアや周りの人間などに流され、こうして、純粋だった善の心は汚されていったのだ。

だからといって、俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない。
なぜなら人は、周りに影響される生き物だからだ。

親は純粋な善の心を持って大人へと育つことを望んでいた事だろう。
だが、純粋な善の心を持った大人など、この世には存在しない。
そもそも、存在してはいけないのだ。

>自分は善人として生まれ育った。
  自分で自分を善人だと言い切れる大人の事を「パム」は信用しません。
  何故ならば、人間は誰もが「特徴」があり、それが良い方向に出れば「長所」、悪い方向に出れば「短所」なのです。

>俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない。
  現在の状況を見る時に必要な要素があります。
   ・個人的観点
   ・環境的観点
   ・社会的観点
   ・経済的観点
   ・政治的観点
   ・法的観点
   ・心理学的観点
   ・精神医学的観点
   ・歴史的観点
  などなど総合的に判断する事が必要なのです。

>だが、純粋な善の心を持った大人など、この世には存在しない。
 そもそも、存在してはいけないのだ。
  個人的にこう思う事は自由です。
  しかし、それを行動に移すとそれは犯罪にもなりかねません。




なぜ、純粋な善の心を持った大人が存在しないのか。
環境的、人間的、社会的の三種類のストレスを毒に例えて説明しよう。

まず人間は、初めて毒を食らうと、最初は、人によっては気にしないだろう。
だが、毒を食らい続けると、場合によっては、
 「馬鹿にされている」
 「寒い」
 「疲れた」
と言うような毒に対する負の意識が生じ、毒は害だと認識し、こらえ始める。
その時、毒の質によっては心が部分的に、または薄く広がるように、悪に染まる。
それと同時に、個人差はあるが、毒に対する耐性がつく。

毒の許容量を越えてしまった場合、
暴走して、心が悪に染まりきるのを食い止めようと必死にもがくか、
心が悪に染まりきるまで我慢し、自ら心の「死」に追いやる。
いわゆる自我崩壊だ。
誰もがこの三種類の毒のいずれかを必ず受ける運命にあるのだ。

では、暴走とは何なのか。
幼児の場合、思うようにうまくいかないと、泣き叫んで、駄々をこねるだろう。
それが成長すると、八つ当たり、攻撃、自殺など、手段が増えてくる。

もし、純粋な善の心を持ったまま大人になったとしたら、毒に耐性が全くないまま、毒を摂取することになるのだ。
それに、会社の毒は、学校の毒と違い、毒性が強いのが当たり前だ。
そのため、簡単に暴走し、最悪の場合、犯罪に繋がる。
だから、世の中を行き渡るには、大人になる前に多少の毒は必要なのだ。

だが、毒の溜めすぎも良くない。
しかし、暴走では毒を食い止めることは出来ても、解毒は出来ない。

環境的な毒であれば、暑さ対策や寒さ対策をし、
社会的な毒であれば、帰ったら充分に休み、
人間的な毒であれば、相談できる相手がいれば、相談することが大事だ。
そうすれば、毒の侵入を防いだり、解毒したりすることができる。
但し、完全には心の悪を浄化することは出来ない。
完全なる善人がいないのはこのためでもある。

俺の場合、人間的な毒をおよそ十年間摂取し続けて来た。
高校時代がピークだった。
相談する相手はいた。
だが、蓄毒と解毒を繰り返すうちに、浄化出来なかった心の悪が蓄積し、浄化出来ない心の悪が増えすぎてしまった。
心は荒れきっているが、毒に対する耐性がつききって、よほど強くない毒ではないと、心を殺し、悪に染めきることは出来ない。

いっそのこと、自ら心を殺せば楽になるだろう。
だが、悪事を働くことに激しい憎悪と抵抗がある。
一度悪に堕ちたら心が死んだのと同じだから元に戻ることはほぼ無いのだ。
死んだ人間が生き返らないのと同じだ。
寧ろ、理不尽に俺をここまで追いやった悪が憎い。
俺は無理に完全な善人として生きて来たのに、周りが悪に染まり、楽になって、俺をリンチで汚して来た奴が許せない。
 「さっき、お前
   『俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない』
  とか言ってただろ。
  矛盾してやんのバーカww」
と思うだろう。
俺はあくまで「悪」を憎んでいて「世の中」を憎んではいない。
だが、勘違いした人は悪くはない。
そこは分かって欲しい。

>俺の場合、人間的な毒をおよそ十年間摂取し続けて来た。
>高校時代がピークだった。
  ここで、著者自らが、「悪」「毒」が「絶対的価値観」ではなく「主観的価値観」であると、
  自ら表明しちゃってます。

>寧ろ、理不尽に俺をここまで追いやった悪が憎い。
>俺は無理に完全な善人として生きて来たのに、周りが悪に染まり、楽になって、俺をリンチで汚して来た奴が許せない。
  この著者は「精神的ダメージ」が大きいのですね。
  実は、「パム」は「経済的ダメージ」が大きいのです。

>俺はあくまで「悪」を憎んでいて「世の中」を憎んではいない。
>だが、勘違いした人は悪くはない。
>そこは分かって欲しい。
  「パム」も「パムのトラブル」に対してはこの著者と似た考え方をしています。
  本来の「パム」は「罪を憎んで人を憎まず」でした。
  しかし、この度の「パムのトラブル」では、「パムのトラブル相手」の中心人物の動きが執拗なので、
  敢えて、「民事訴訟」「通報」など、人に対する対応をしています。




このように、
 心が汚れに汚れて、心が死にたくても死ねない、寧ろ悪が憎い、
と言った半不死の心を「歪んだ正義」と言う。

「悪」と「歪んだ正義」とはどう違うのか。
悪は善人悪人関係なく、欲望のためだけに、危害を加える者のことをいう。
これに対し歪んだ正義は、自分または自分の家族や恋人などが危害を加えられ、危害を加えた者に、仕返ししたりあえて悪事を働くことをいう。
つまり、逆恨みを除く「復讐」は、歪んだ正義に当てはまる。

俺は歪んだ正義の心を持ちながらも表では善人の皮を被っている。
周りから避けられたくないからではない。
暗い過去を忘れたいからである。
忘れられる訳もないのに。
気を紛らわしていると言った方がいいだろう。

悪事を働くなとは言わない。
一度悪に染まれば終わりなのだから。
だが、悪事を働くなら堂々と、自分の力で悪事を働け。

学校で暴力を振るったり、悪口を言うなら教師の目の前でやれ。
動画でアンチコメント書くくらいなら投稿者の目の前や生放送で悪口を言え。
力が弱くても、他人を利用したりするな。
真っ向から立ち向かえ。
 教師がいない所でしか弱い者をいじめる事が出来ない奴も、
 pc外からしか悪口を言えない奴も、
 自分の力で悪事を働こうとしない奴も
ただの弱い卑怯者だ。
悪に走っても堂々と自分の力でやれば、度胸は褒めてやる。

会社や学校を毒扱いしたり、上から目線だったり、口が悪かったりで、
読んでいる人にとっては俺が悪に見えたり、間違った事を書いたように思うだろう。
俺もこんな事を書いた罪悪感は残っている。
だが、後悔はしていない。
俺として正しいことを書いたのだ。
憎むなら憎むがいい。
一度人から嫌われたら、二度と好かれることはないと言う事も覚悟している。
好かれてから嫌われるくらいなら、最初から嫌われた方がましだ。

>このように、
> 心が汚れに汚れて、心が死にたくても死ねない、寧ろ悪が憎い、
>と言った半不死の心を「歪んだ正義」と言う。
  実は、「パムのトラブル相手」の数名は「パム」に対してこの「歪んだ正義」に染まって攻撃していると考えています。
  「パムのトラブル相手」の数名にとっては、「パム」は「悪人」なのです。

>学校で暴力を振るったり、悪口を言うなら教師の目の前でやれ。
>動画でアンチコメント書くくらいなら投稿者の目の前や生放送で悪口を言え。
>力が弱くても、他人を利用したりするな。
>真っ向から立ち向かえ。
  実は、「パムのトラブル相手」からは、「パムが納得できるパムへの不満」を言われていません。
  つまり、「パムのトラブル相手」が「パム」に攻撃する理由が、「パム」にはさっぱり解らないのです。

http://blog.livedoor.jp/visualk731/archives/1028981482.html


自分はリスクと言うのが嫌いで平穏な暮らしを望んでいたけど、
中にはそれ許さない人物が存在する、有名なのはサイコパスと言った良心を一切持たず
他人を利用し蹴落とすことに何の躊躇もしないし、時には人の命すら奪う、というのは有名だけど。
その亜種ともいえる境界性人格障害、通称ボーダーといわれる存在を知らない人は多い。

ここでの説明は大雑把ですね。
正しくは、「劇場型パーソナリティ障害」に分類される障害で、
 ・サイコパス/ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)
 ・ボーダー(境界性パーソナリティ障害/境界例/境界性人格障害)
 ・演技性パーソナリティ障害
 ・自己愛性パーソナリティ障害
と、この中には4つのパーソナリティ障害があります。

○参考
・パーソナリティ障害
http://urx2.nu/PpO2




さて、
このボーダーは基本的にサイコパスと同じで
 人の人生をめちゃくちゃにしたり、痛めつけたりすることに躊躇しない点では同じ
なのだが、
サイコパスと違うのはサイコパスの場合
 「あ、こいつサイコパスだ」
と気付いたらすぐに距離をとれば被害を受けることは少ない、
サイコパスは一人のターゲットに絞ると言うことはしないというのもあるし、
日常生活を眺めてればサイコパスを見分けるのは比較的容易だからである。

しかしボーダーの場合はサイコパスと違い、
基本メインとなるターゲットは1人に絞り、次の候補となる人物とは分けると言う点、
後はサイコパスと違い本性を現すまでは社会的な弱者と言う以外はいたって普通の人に見えると言う点。

そしてこのボーダーというのが恐ろしいのは、
サイコパスみたいに人を傷つけることに躊躇しないのと同時に、0か100かのものさしでしか判断しない。
自分に忠実な奴隷は骨の髄までしゃぶりつくし、1つのわがままも聞かない人間は抹殺にかかる。
たとえば普通の人にとっては、メールの返信が遅い、遊びに誘ったが断られた等をマイナスポイント1と見るとしよう、
親を殺される、大切なものを奪われるをマイナス100としてみる。
ボーダーの場合は電話に出ない、遊びを断られる、相手にされなくなることは親を殺されるのと同じ恨みを持たれることになる。

というより本当の意味で「何もしてないのに」襲い掛かってくる、
何もしていないことがボーダーにとって『何もしてくれない』奴に該当し、敵として認識するためである。

普段からそういう行動をとっていれば判別は楽なのだけど、本性を現すまでは一見普通の人間に見えるというのが性質が悪い。

「パム」はある程度、この「ボーダー」かどうかの見当はつけられるようになったかもなと思ってます。
外面では、ボーダー/自己愛性/サイコパス/ソシオパスとも「(異様に)良い人」に見えるんです。
しかし、ウラではその人物によって人生が破壊された人の屍が累々としているんです。




ただギリギリのラインで見分ける方法はある、それは鬱病のフリをすること、どうでも良い嘘をつくこと。
この2つに当てはまった人物はたとえそれなりに付き合いの長い友人でも即絶交したほうがいい。
サイコパスがプレデターならボーダーは寄生虫といったところだ、
ボーダーはサイコパスと違って本当の意味で異常者なので、
 「そんな人間いるはずない」
と思うほどなので、周りに助けを求めても逆に自分が異常者に見られてしまう、サイコパスと違って本性を現すまでは普通の人間のため・・・

まあサイコパスは被害にあわなくてもその恐ろしさはなんとなく理解できると思うけど、
ボーダーは一度被害に会わないとその恐ろしさがわからないかもしれない・・・
ただ対策とすれば、
事象鬱病や鬱病ぶっているのに加えて何かうそをついていると思う人物は縁を切っていれば彼らのターゲットになることはない・・・。

このボーダーの被害は、想像以上に大きいです。
「普通の人」「良い人」と周囲に思われているから、その被害は予想以上に大きくなります。




これらに該当する人は遭遇したらターゲットにされるので要注意
 ■困っている人がいたらほうっておけない
 ■嘘っぽいことでも誠意を持って
   「本当です、信じてください!」
  と言われたら初見では信じてしまう
 ■信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つく方がいい
 ■自分に厳しく他人に甘い
以上に該当する人は気を付けましょう、
ボーダーについてもっと知りたい人はボーダーとか境界性人格障害、などで検索かけると色々書いてあります、
 こんな人間存在するのか?
と思うかもしれませんが、結構います。

アンパンマンでたとえると
 『僕の顔を食べてごらん』
といおうものなら顔のかけらどころか体全部喰おうとする、そういう人間なのである

「パム」もかなり多くのものを失いました。
「ボーダー」の被害に遭うと、こうやって全てを食い潰されるのですよ。

https://www.kakekomu.com/media/13420/


仕返しが違法・犯罪になる場合は意外に多い

何らかの嫌がらせを受けたとして、その仕返しを行った場合には法律に反する行動になる場合が殆どです。
 
しかも、
やられた嫌がらせが酷く、その感情が激しければ激しいほど違法行為を犯す可能性が高くなるのが現実ですので、
まずは冷静に自分が行おうとしている行為の違法性について検討してください。
 
判断が難しい場合は法の専門家に相談してみることも考えてみてください。

「パム」も日に日にエスカレートしている「トラブル」の渦中におりますが、
この点は非常に注意しておりまして、「グレーゾーン」で動いています。




暴力・脅迫・財産の侵害

仕返しの典型例は、暴力や脅迫、そして財産を侵害するといった直接的な復讐行為です。
 
特に男性は、アドレナリンの分泌量が女性よりも多いため、自らを危険な犯罪者に仕立てあげてしまうことが比較的多くあります。
 
また、暴行では済まず、エスカレートすれば殺人、もしくは殺人未遂という重大犯罪を犯す可能性があります。
 
もし殺意を持って人を死なせてしまえば、量刑の相場として11年以上の懲役は覚悟しなければなりません。

「パムのトラブル」では、「脅迫罪」「強要罪」「業務妨害罪」になりかねない事を「パムのトラブル相手」から何度もされています。
しかし、この罪状だけでは根本的な解決はできないので、これでは動いていません。
しかも「パム」も「反撃」しましたので、「民事」になってしまいました。




誹謗中傷・プライベートな情報を言いふらす・書き込む

女性の仕返し方法として多いのが、あらぬ誹謗中傷を宣伝してまわったり、
インターネットなどの公の場でプライベートな内容の秘密を暴露するというものです。
 
暴力に訴え出ることに比べれば仕返しの方法としては小さいものですが、
復讐心を癒すにはあまりにも小さい行動であるため、長期的、かつ偏執的に嫌がらせを繰り返す人が目立ちます。
 
もし誹謗中傷をした場合には、名誉棄損罪という犯罪が成立します。
 
プライバシーの侵害で著しく生活を害したとすれば民事訴訟となるか、
恋愛関係が問題となるとストーカー規制法違反に問われる可能性があります。
 
いずれにせよ、違法行為を犯したことは周囲に知れ渡り、
貴方の評判が落ちるどころか、職や友人、家族を失うことすら珍しくありません。

「パム」は「パムのトラブル相手」の一部から「誹謗中傷(デマ/虚偽)」「プライベートな情報」を、
日々、Twitterで書かれております。
「パムのトラブル相手」がした事は、「名誉毀損罪」「侮辱罪」「秘密漏示罪」「信用毀損罪」にも当てはまるのです。
しかし、この罪状だけでは根本的な解決はできないので、これでは動いていません。
これも「パム」も「反撃」しましたので、「民事」になってしまいました。



正当防衛にならない反撃

相手が暴力を振るってもいないのに、暴力によって反撃したとなれば正当防衛とならず、
暴行や傷害、傷害致死、殺人などが成立することになります。
 
もし相手が先に暴力を振るってきたり、凶器を所持していたという場合でも、常に正当防衛になるとは限りません。
 
たとえば、言葉で揶揄されたことに反撃するために暴行する場合、正当防衛は成立しません。
 
また、たとえ女性による反撃であっても、体格差がなかったり凶器を使ってしまえば正当防衛は成立せず犯罪が成立します。

「パムのトラブル」で「「パムのトラブル相手」が「パム」を攻撃している理由は、「パムが悪口を言った(無実)」事です。
その結果。「パム」は「生活苦」になってしまいました。

これは「正当防衛」も何もありませんが、「パムが悪口を言った(無実)」と比べるとやりすぎです。




嫌がらせに対する違法にならない対応

嫌がらせを受けたとして、直接相手に反撃するというのは法に触れる場合が多いことはわかっていただけたでしょうか。
 
また、相手と同じ方法で仕返しをするというのは子供じみています。
 
もしやるなら、自らの安全を確保し、決して法を犯すことなく、むしろ法を武器に、世間や社会を味方に付けましょう。

はい。
「パム」もその通りに動きました。




警察などの行政機関への相談

警察や行政機関に訴え出ることで、相手の嫌がらせを止めるだけでなく、
逮捕や捜査、行政指導などを受けさせることで、相手の私生活に多大な影響を与えることができます。
 
相手に執拗な嫌がらせや暴力を受けているなら、まずは真っ先に警察に相談しましょう。
 
また、DVやストーカー行為などの嫌がらせを受けている場合なら、警察の力を借りて避難する必要があるかもしれません。

「パムのトラブル相手」が「パム」について警察署にタレコミをして、「パム」が出頭した後、
「パム」も警察署に行きましたが、「民事不介入」でした。

「連合」「労基署」「労働局」「ハローワーク」「法テラス」「金融庁」「医師会」「保健所」「児童相談所」「税務署」
などなど、様々な行政機関/公的機関に相談しています。




示談による慰謝料請求

いやがらせにより精神的に大きな損害を受けたしたら、慰謝料請求が可能です。
 
例えば会社でイジメにあったり、酷い言葉で傷つけられたとしたら精神的に大きな傷を負うでしょう。
 
また、浮気や結婚破棄によっても人は大きく心が傷つきます。
 
精神的損害を受けた人に対して慰謝料請求ができる権利が与えられています。
 
こうした法律があるのも、嫌がらせや裏切り、暴力によって傷ついた人を救済するためなのです。

「パム」が一番困った事があります。

>精神的損害を受けた人に対して慰謝料請求ができる権利が与えられています。
そもそも、「パム」の「精神的損害」はそれほど大きくありません。
むしろ、経済的損害の方が大きかったのです。

そして、「パムのトラブル相手」の動向を探った結果、「示談」は不適切であると判断して、
「示談」ナシで「民事訴訟」に踏み切りました。




裁判による慰謝料請求

もしも慰謝料請求に対して相手が応じないなら、あとは訴えるという手段も考えることができます。
 
裁判になるとしたら、それは相手が事実を認めず、慰謝料の請求額での示談交渉が捗らなかった場合です。
 
大きな精神的損害を受けており、その証拠もあるなら裁判で勝てる見込みは高いです。

「パム」は「慰謝料」ではなく「損害賠償」です。
「精神的損害」よりも「客観的」なのと、そもそも「パム」の「精神的損害」は大きくないので、このような訴訟にしました。




慰謝料請求の注意点

仕返しをするとしたら、ぜひ慰謝料請求をおすすめしますが、そのための注意点も知っておくべきでしょう。
 
なぜなら、全ての慰謝料請求が上手く行くことは無いからです。
 
ポイントをしっかりと抑えておかなかれば失敗してしまうかもしれません。

「パム」もこの点を注意しました。




まずは協議・示談を試みる

慰謝料請求をするときには、まずは相手との協議や示談を試みてみましょう。
 
相手に誠意がある場合、これだけで慰謝料が決まる場合も考えられます。そうなれば、不必要な費用を支払うことなく慰謝料を決定できます。
 
ただし、相手がそう簡単に慰謝料請求に応えてくれることは少ないでしょう。
 
よほど相手が非を認めていない限りは、専門家に頼るのが良いでしょう。

「パム」は「協議」はしています。
しかし、「パム一人への責任転嫁」ばかり目立っていて、「破談」になり続けていました。




専門家に相談する

慰謝料問題はトラブルが多いので、費用に余裕があれば専門家に相談するのも良いでしょう。
 
相手との示談交渉は精神的にも大きな負担を伴います。
 
また、相手の口が上手ければ口車に乗せられ、慰謝料を減額される可能性もあります。
 
しかし、法律の専門家である弁護士に相談すれば話は別です。
 
弁護士は慰謝料の請求はもちろん、示談交渉から裁判まで依頼者の代わりに行ってくれます。
 
金額面でも依頼者に有利に交渉してくれるので、この手のトラブルでは最も頼れるパートナーとなります。

「パム」は「弁護士」と相談した結果、「本人訴訟」をしています。



「証拠の確保が一番大切

弁護士に依頼するにせよ、自分で慰謝料請求の示談を行うにせよ証拠は絶対に必要です。
 
もし証拠が無いことが相手に知られれば、確実に慰謝料請求そのものを拒否されてしまうでしょう。
 
もしくは金額面の交渉で不利になってしまいます。
 
確実な証拠が無いのなら、探偵に依頼して決定的な証拠を掴むようにしてください。

「探偵」ですか・・・。
無料で動いてくれる「探偵」がいたら良いのですけどね・・・・・・。
 
http://ur0.link/Pldj


自己愛性人格障害は怒る理由が分からない

そもそも一環性なんてない
物凄くこだわりがある訳ではない
気にしている訳でもない 

 こうしたら、目の前にいる人間より特別に見えるかな?
 カッコ良く見えるかな?
  さすが!
 って賞賛してもらえるかな?
と常に考えている
裏を返せば、
 相手をどれだけ馬鹿にできるか?
 かっこ悪く見えるか?
それだけだ

そして怒るときは何か怒る理由がある訳ではない
罵声を浴びせて、ストレスと劣等感を解消したいから、
罵声を浴びせてもオッケーと思える正当な理由を探しているだけなのだ

だから、昨日はここで怒ったからここは押さえておこうと思ってある程度動いたとしても、
まだストレスが溜まっていれば、他を探して怒るのだ

 いつ怒るのか?
 何でキレるのか?
周りはさっぱり分からない

何度も言うが、怒りたいから怒っている
事象は何でもいいのだ

しかも、本人のいい悪いの軸がない
 外から見てどうか?
が基準だ

普通なら昨日嫌いだと言ったものを今日好きと言う事は恥ずかしくて出来ないけど、
自己愛性人格障害は恥ずかしげもなく言える

 さっき言ったじゃん!
なんて事はザラだ

「パムのトラブル」で裁判資料を読み返しているのですが、「パムに攻撃してくる理由」が未だにさっぱり理解できません。
本当に、
 「怒りたいから怒っている」
なのでしょうね。




だから、もしある程度の地位にいる自己愛性人格障害者をおもてなししなければいけなくなると、
色々な事に気をつけなくてはならない
気をつけたにも関わらず、気分が悪ければ何かを探して怒る

次はその事項が加わりどんどんとルールが細かく自然にレベルアップしてくる
それは、自己愛性人格障害者が強要しているわけではないがとにかく怒られると人格を否定するので、
それをされたくないと思う人は、そのガチガチにレベルアップしたルールを守ろうとするわけだ

こうして、自己愛性人格障害者が直接何も言っていないのに、周りが賞賛崇拝するシステムが出来上がる
そもそも、賞賛される事が当たり前だと思っている自己愛性人格障害者がその賞賛がちょっと自分には合わないな〜なんて思うことはない

当たり前たのだ

「パムのトラブル相手」のグループの中心人物とその周囲は、まさにそんな環境ですね・・・。
 「常に賞賛を続けないとならない」
こんな集団がその一部で出来上がっています。




賞賛しない人は自分の凄さが分かってない馬鹿なやつだ
自分の凄さが分からないやつは分かるように教えなければならないと、力を誇示して相手を不当に貶める
自分の影響力の凄さを思い知らせるのだ

そんな事されると周りも困るので、新しい人には周りの人が教えてくれる

機嫌の悪いときは近づかないのが1番だ
それ以外になんの方法もない
怒る理由なんてそもそもないのだから

>賞賛しない人は自分の凄さが分かってない馬鹿なやつだ
>自分の凄さが分からないやつは分かるように教えなければならないと、力を誇示して相手を不当に貶める
>自分の影響力の凄さを思い知らせるのだ
まさか、「生活苦」にまで「パム」が陥るなんて想像できませんでした。
しかし、これって、やりすぎでしょ?

だから、裁判を提訴したんですよ。

https://bzlinkin.hatenablog.jp/entry/2018/12/09/042717


(1)足を引っ張る人は暇である

暇じゃないと、人の足を引っ張る余裕なんて生まれませんよね。

足を引っ張る人はやることがなくて退屈、もしくはやるべきことだけどやりたくないという不満が根源になっていることが多いです。
つまり現実逃避をしているから暇なのです。

退屈しのぎや現実逃避のために、わざわざ人の足を引っ張る。
このような、人の不幸で蜜の味を噛みしめるような人とは、くれぐれも戦わないようにしてください。

相手を怒らせることすらも、その人にとって暇つぶしのお遊びのようなものですから。

 私、店長に現実逃避に付き合わされてなの?
 最悪……。
バイト止めて正解だったね。

「パムをストーキングしている50代男性」は実に暇な人なんだなと思います。
早朝から深夜まで、「パム」の行動を監視しているのですよ・・・。
実に暇ですよねぇ・・・。




(2)足を引っ張る人はその人に強い関心がある

足を引っ張る人は、あなたに強い関心を持っています。
好きだろうが、嫌いだろうが、相手はかなり強い関心をあなたに持っています。

嫌がらせをするのも、本当はあなたに振り向いて欲しいだけだったのかもしれない。
もしかしたら好意を寄せているのかもしれない。

振り向いて欲しいのに、全然振り向いてくれないから、好意だったものはやがて憎しみに変わります。
そこからストーカーなんかに発展しがちですね。

また、あなたのことが嫌いな場合でも、
わざわざ嫌がらせするためにあなたの汚点を探したり、細かいことに言いがかりをつけたりするなら、
その興味・関心はかなり高いと言えるでしょう。

興味ない人のために時間なんか費やしませんからね。

そういう人に「嫌いオーラ」を発したり、怒ったりすると
さらにエスカレートして、逆恨みされる可能性もあるので、質が悪いです。

 バイトなかなか辞めさせてくれなかったのって、店長が私に興味あったからなのか……。
 そうではないと思いたいけど、思い当たる節がありすぎる……。

「パムのトラブル相手」の中には、実に「パム」の事に詳しい人が何人もいます。
嫌な意味で「パム」は愛されているんですね(自虐)




(3)足を引っ張る人は嫉妬深い

また、足を引っ張る人は嫉妬深いです。
自分よりも成果をあげている人や、チヤホヤされている人に劣等感を感じると、相手を蹴落とすために嫌がらせをするでしょう。

そういう人間はどこに行っても必ずいます。
自分が嫌がらせの対象になったときに、最もしてはいけないことは「争うこと」です。

相手を妬んで嫌がらせをするような人なんて、はっきり言ってロクな人間じゃないですよね。
イライラするとは思いますが、戦えばさらに被害は拡大します。

自分の時間を犠牲にしてまで、逆恨みされるリスクも顧みず、感情任せに怒りをぶつけては相手の思うつぼです。

なぜなら、相手はあなたが怒りで我を忘れて自滅をするように仕向けることが目的なのですから。
自滅していく様を見て笑ってるんです。

そんなどうしようもない人間のために、自分の時間もエネルギーも浪費させて後悔はしませんか?
そんな人と同じ土俵に立って争って、あなたが得をすることがあるでしょうか?

あなたが全うな人間なら、怒りをぶつける以外にやるべきことはたくさんあるはずです。

自分の時間を大事にしましょう。
どうか、皆さんか足を引っ張るような人間に振り回されませんように。

 足を引っ張る人とはむやみに戦わないことがベストなんだね。
 うん。
 反応があるから、相手もさらに仕返ししようって思うだろうから。
 無視できるなら、そうしたい。
 無視できないなら、必要以上に関わらない。

「嫉妬深い」はありますね。
「パムのトラブル相手」は「パム『が』嫉妬している。」と考えているでしょうけど、
真相はその正反対で「パム『に』嫉妬している。」でしょう。

とはいえ、「パム」は既に「自滅」してしまいました。
しかし、そう言う時の用意にでもなればと貯めていた証拠を出して、今、「民事訴訟」で闘っています。

http://tsubatachi.com/what-is-a-mature-adult/


大人になるにはどうすれば良いのでしょうか。
私を含めて、世の中には年齢ばかり重ねただけで、大人とは言えない人も見受けられるようです。
日本人は特に外見的な若さを重視する傾向にありますが、
それに伴い「若い」ことと「幼い」ことが混同しているものと思われます。
大人になってもいつまでも幼いままで良いのか、というとそれはまた痛々しいことになってしまいますね。


けれどもやはり、若さ ≠ 幼さ。
内面的に成熟していて、これぞ大人という言動・振る舞いをする人は、
外見や年齢や立場などを超えた存在感と魅力が感じられます。
反対に内面的に深みがなければ、
その自信のなさからいつまでも外見(見た目だけではなく立場や権威も含む)に固執してしまうことになりかねません。
気をつけねばっ!

「パム」は良く喋るタイプですから、どーしても「成熟した大人」には見えないでしょうね(苦笑)
「パム」が知っている人の中には、自分の事を「大人である」と声高に主張する人が何人もいますが、
その人達は本当はどうなんでしょうか?




これまで生きてきて常々思うことは、
 「人は年齢や肩書では測れない」
ということです。
まだ年齢は若いのに、瞳の奥が深く全てを理解しているなと見て取れる人もいます。
一方で、立場があり人を動かす力を持っていても、
好き嫌いが激しかったり我を通したりするなど言動が幼い人も確かにいます。
大人というのは、
 「年齢」
 「知識」
 「学歴」
 「立場」
 「家柄」
など様々な表面的な要素とは全く関係のないものではないでしょうか。
むしろ、普段からそれらを取っ払った視点を持たなければ、
つい分かりやすいものに目が奪われ、判断を誤るものでもありますよね。
大人になるというのは見えない部分がいかに成熟しているか、ということだと思うのです。
では見えない部分とは何か(?_?)
思いつくままに挙げてみました。
 ・ものの見方、考え方
 ・人間としての本質的な優しさ
 ・所作・振る舞い(内面が外見に表れたもの)
 ・人やモノに対する接し方
 ・毎日どのような姿勢で生きているか
 ・時間の使い方
 ・食事
 ・身体との向き合い方
 ・自分自身をどのように捉えているか
人は目に見えない部分を感じ取る能力に長けています。
毎日の過ごし方や人生観などが存在や言動からにじみ出て(しまって)いるのです。
私たちは大人になるまで、「生きる」ために必要なことは周りから管理されてきました。
1人でできないことを手伝ってもらい、次に様々な大人から学んだことを真似て自分でやってみて、次第に独り立ちしていきます。
食べること・身に付けるもの・住まい・友人たちとの付き合い方など、よりプライベートなことから始まり、
社会的な場へ出ても恥ずかしくない振る舞いまで。
一通り学びながら大人に近づいていきます。
ただ、社会的な振る舞いを身に付けただけで、「本物の大人」に果たしてなりきれているのでしょうか?
いかにも大人という振る舞いだけは覚えても、内面的大人になるのは本人次第。
周りから注意されることではありません。
では、本物の大人とはどんな人格をさすのでしょうか?

「パム」もこの意見には同意します。
つーか、「礼儀作法」とかろくに学ばずに40歳過ぎまで良くもまあ、「パム」は生きてこれたなぁっと、
自分で驚いています。




少し話が逸れますが、豊かな経験が本物の大人化を進めてくれることがあります。
人間関係で傷ついたこと、辛く悲しい別れ、挫折感、成功体験、努力の末成し遂げたこと。
それらを乗り越えた時、全てが血となり肉となり確信や自信となります。
 「百聞は一見に如かず」
で人から聞いた話よりも、経験することで身に染み渡るように腹で理解することができるものですよね。
経験は私たちの視野を広げてくれます。
また、許容範囲を広げてくれるものでもあります。
子どもの頃は
 「大人になることは諦めること」
だと思っていました。
大人は経験によって自分の能力の限界を知り「諦め」てしまうものだと。
今は違う言葉で言い換えることができます。
 「形が大切ではないことを知った」
ということではないかと思います。
 「会社員」
 「事務」
 「営業」
 「医者」
 「弁護士」
 「美容師」
など、数えきれないほど様々な職業や肩書がありますが、
大切なのは
 「何をするか」
より
 「どのようにするか」
ではないでしょうか。
たとえば、
 「この人は、『医者』だから信頼できる」
本当にそうでしょうか?
私は先天的な持病を抱えていたことから、多くの病院で多くの医者を見てきました。
一言で「医者」と言っても様々な方がいます。
 ・横柄な態度で自分は決して間違ってはいないと患者の訴えを聞かない人
 ・経験も踏まえた上であらゆる可能性を真摯に検討し寄り添って診断してくれる人
どちらも同じ「医者」と一括りです。
また大病院だからといって素晴らしいかといえばそういうこともありません。
私を本当に救ってくれた医者は街の小さな個人病院にいらっしゃいました。
ずっと
 「大きな病院だから大丈夫だ」
と思っていた私は初めて気づきました。
 「なーんだ、結局は人なんだ」
その人が、
 「その仕事を通じてどのように生きたいか」
を持っているかどうかの方が、
 「何をするか」
よりも大切なのだと今は考えています。
たとえば
 1人でも多くの人を救いたい!
と思って生きていたならば、特別なことをしなくても声掛け1つに気持ちを込めれば何かが変わるかもしれません。
 「どのように生きるか」
です。

 「どのように生きるか?」
ですか・・・・・・。
「パム」はどうなんでしょうかねぇ・・・。
自分でも自覚していますが、かな~りフラフラしていますwww
あ”~あwww




自分が大人になってきたことを表すバロメーターになるのが、周りの人の反応です。
自分が成長し話す言葉が変わってくると、まず周りの人が気が付きます。
そして、必ず言われること。
 「なんか、違う人見たい」
 「変わらないで!」
この言葉が聞こえてきたなら成長し大人になってきた証でもあります。
違う言葉で言い換えるならば、今のコミュニティからの卒業を迎えたということです。
こうして段階が上がると、本当に関わるべき人とのご縁が導かれていきます。
子どもの頃仲良くしていた人でも、大人になると噛み合わなくなるという経験はないでしょうか。
それは内面の成長段階が違うからで仕方のないことです。
たとえ心から信頼でき共に成長し合える仲間同士でも、
 「君子の交わりは淡きこと水のごとし」
ダラダラと一緒に居続けることはありまん。
学生の頃を思い出すと、意味もなく一緒に過ごすことが多くそれはそれで楽しかったのですが今は全くなくなりました(笑)
けれども、その時より今の仲間たちの方がもとても深い信頼は構築できている確信はあります。
人間関係の深さは、共に過ごす時間の長さではないようです。
友人の数を誇らしげに語る人がいますが、それはただただ薄まっているにすぎません。
本当に親密な関係などはそんなに多く作れるものではありませんから、
この人は大切にしたい!と思う人とだけ関わるようになっていきます。

>「変わらないで!」
「パムのトラブル」の根本的な原因ってこれなのではないかと、ふと思う事があるのですよ。
35歳までの頃の「パム」みたく、毎日、呑んだくれている「パム」でいて欲しかったのでしょうかねぇ???www




1、品格
品はその人の外面の奥の内面から醸し出されるものだと思います。
所作や言動から感じられる、
 「この人は何かが違う」
感とでもいうのでしょうか(笑)
即席で作られるものではない、丁寧に生きてきた奥深さがある人は大人としての素敵な魅力を感じさせてくれます。

う”・・・耳が痛いです・・・(汗)




2、自立
 「この人がいなくなったらどうしよう…」
このように考える人は本物の大人とは言えません。
自分のことは自分で何とかする、どうするかは相手の自由です。
そのように思えると、見返りを求めない軽やかさが生まれかえって人が集まってくるようになります。

「パムは感謝が足りない!」って責めてきた人達は、「パム」を助けた時に何かの見返りを要求していたのでしょうね。
今度から、他人から親切を受ける場合には、契約書でも書いた方が良いのでしょうか?(嫌味)




3、軸を持つ
相手の動きによって自分が合わせる方が楽ですし、責任もありません。
軸を持つことは我を通すことではなく、基盤となる考えがあるかどうかということです。
そこに感情は挟まずに冷静に
 「自分はこんな考えだからこうしよう」
という柱があるかどうか。
流されない人は自分の中の優先順位も明確で、賛同することも断ることもきちんと自分で決めることができます。

ここ数年の「パムのトラブル」の発端がこれだったりするんですよ・・・。
「パム」が「拒否」する事は許されないのでしょうか?




4、気を引かない
かまってちゃんは本物の大人とはかけ離れています。
どうにかして人に構ってもらおうと問題を起こしたり、批判したり、時間を奪ってみたり。
 「自分を特別に扱ってほしい」
 「注目してほしい」
という気持ちが強すぎると相手は引いてしまいます。
エネルギーが足りず人から奪おうとしてしまうのです。
自分の行動を振り返り、人から奪わずに生きたいものですね。

あれ???
「パム」も「構ってちゃん」ですが、むしろ「電話魔」です。
・・・・・・ここの一文とニュアンスが違いますね。




5、安定感
 「この人は多少のことでは感情が揺らがないな」
と思わせる構えの人は魅力的です。
少し言葉遣いを間違えただけで、目くじらを立てて起こる人は、
皆から気を遣わせることでエネルギーを奪っていると言えます。
そんな人はもしかしたら、自分の感情にとらわれすぎているのかもしれませんね。
相手の言葉の奥の本質を見ようとし、魂の声を聞くことに集中すると、感情に振り回されずに冷静さを保つことができます。

「パムのトラブル」の発端は、「パムの一言を非常に極端に誤解した」結果でした。
「パム」の言い分も聞かずに一方的に「パム」を責めてきたのです。
こういうのが、「安定感」が無いと言うのでしょう。




6、愛
自分しか見えていない人は、「愛」の存在になれません。
常に見返りを求めてしまうからです。
相手がどうしようと、自分は変わらず愛を注ぎ続けられるかどうか。
覚悟をもって相手と向き合っている人は、神々しい存在にすらみえることがあります。

・・・この「愛」って「パム」には不可能です。
スミマセン。




7、優しさ
表面を撫でるような優しさは、本当の優しさとは言えません。
どういうことが本当に相手にとって良いことであるのか、意識を向け続けることが優しさではないかと思います。
時に厳しい言葉になったり、相手にすぐに理解されなかったりしても。
いつかは分かってくれることを信じながら関わり続ける、真の優しさを持てる人は多くはありません。

そうですね。
これまで、「パム」をおだててくる人が何人もいました。
「パム」はそれを「優しさ」だとは感じません。




8、明るさ
自分の過去の闇にも光を注ぐことができれば、真に人を救うことができます。
皮肉なことに明るさは、闇を知るからこそそのありがたみが身に染みて感じられるものです。
無理に明るくなることはありません。
ただ、いつか明るさを取り戻せる日が来ることを信じ、
闇もじっくりと味わいながらその意味を考えることが、人生を照らしてくれます。
どんな闇を経験しても、それを抱えた上で明るく笑っている人になりたいものです。

>自分の過去の闇にも光を注ぐ
「パム」が重要視している事です。
これを、「後ろ向き」だと良く批判されましたけど、どうなんでしょうかねぇ???




9、常に挑戦する
経験を積むと上手く立ち回れるようになり、そこにこだわりを持つようになってしまいます。
年齢を重ねたことによるプレッシャーからか、
より人の目を気にしてしまい、勝っていなければいけないと思ってしまうこともあるでしょう。
けれども上手くできる場、自分を認めてくれる場にばかり身を置くと、そこで成長が止まってしまいます。
 敢えてアウェイを選ぶ。
 敢えて新しいことに挑戦する。
 恥をかくことを恐れない。
より柔軟にのびのびと可能性を広げることで、人にも心を開け偏りのない視野を養うことができます。

40歳から「生命保険の外交員」を経験したら、新しい視野が広がり、同時にとてつもなく大規模なトラブルを経験できました(苦笑)
 「プログラマしかできない」
と言うのは思い込みだったんですね。




10、文化に触れる
文明は劇的に進化を遂げています。
けれどもそれによって、失ったものも大きいことに皆が気づかされている昨今。
殺伐と、心を無にして生きることからの脱却が求められています。
心の豊かさや瑞々しさを取り戻そうとする揺り戻し現象ですね。
美に触れることで、バランス感覚を取り戻すことができます。
調和によって成り立つ美の世界に触れようとすることは、人として高次な段階へ進んだことの表れです。

「ライブ」を見て感じる心の動きは、この「文化に触れる」であると思います。
オープンマイクって楽しいですよー♪




11、問い
子供時代には、
 「これは何?」
 「何でこうなるの?」
と質問攻めにする時期があります。
世界のことが気になって仕方がなくなる、まさに成長真っ只の行動です。
けれども、いつしか人は問いを持つことをやめてしまいます。
分かったフリが上手くなってしまうためですね。
 「こんなものなのだ」
と疑問を持つことをやめてしまうと、
本質やここぞというターニングポイントを見抜く目を鈍らせてしまいます。
大成している人ほど、
 「運が良かった」
とよく言うもの。
大人になることで、感性をガッチリと理性で押さえ込もうとしてしまいがちですが、
体に正直に生きる素直さも必要なのかもしれません。

「パム」が自力で「民事訴訟」を提訴するまで至ったのもこの「問い」なのでしょうか???




12、新鮮さ
経験を重ねると、何でも分かった気になってしまいます。
 「どうせこれはこういうことでしょう。」
分かってますフィルターを通すと、新しい情報が見えなくなり、世界を歪めてしまうのです。
面白いことですが、
 より深い知識がある人ほど常に自分は何も分かっていないと思っている、
という研究結果があるほどです。
物も人も、視点を変えると全く違った表情を見せてくれます。
 「今日はどんなことを知れるかな?」
という新鮮な気持ちを持って過ごせる人は、本物の智性を備えることができるでしょう。

10年以上前に、「オレは世の中の全てを知っている。」と当時40歳の男性から言われた事がありました。
その人物の行動パターンは未だに変わりません。

こう言うのが「新鮮さ」が無いと言う事なのでしょうか???




13、不安定を恐れない
自分の積み重ねてきた評価。
 財産。
 環境。
 人脈。
守りに入れば入るほど、恐怖心に変わり、
 「失ったらどうしよう…」
とさいなまれ、幸福から遠ざかっていきます。
それらを手放したとしても、生きていけるだけの力は身につけているだろうか。
いざという時に、力を貸してくれる仲間はいるだろうか。
 「全てを失ったとしても大丈夫!」
と思えるだけの丁寧な関わり方をしていれば、多少の不安定にも揺らぐことはありません。

「パムのトラブル」の結果、「パム」も多くのモノを失いました・・・・・・。
う”・・・・・・、かなりの喪失感があります(苦笑)




14、色眼鏡で見ない
心眼で見ているかどうか。
どうしても肉体などの物質やその人の立場ばかりに着目してしまい、全く理解できないこともあるものです。
表面的な条件などを全てを取っ払って、その人の光だけを感じる目を養いたいものです。

「パムは○○を憎んでいる」と言う色眼鏡に、「パム」は非常に悩まされました。
こう言うのって、非常に迷惑ですね。




15、ジャッチしない
 「普通はこうするべき」
どこかで人を批判したくなるのが現代。
皆、人と比べて間違うことが不安なのです。
大切なのは、正しさを競うことではなく、
 相手も自分も生かされるような場作りをすること。
 傷つけずに調和させること。
 負けること。
上手に負けることのできる人は心から尊敬します。

あ”~~~、「パム」は遂に「本人訴訟による民事裁判」の提訴までしちゃったので、何も言えませ~んwww




16、自分が正しいと思わない
勉強している人ほど陥ってしまう闇です。
自分が全て正しいと思ってしまうことで、人の意見を聞けなくなってしまいます。
相手の話を聞いていても、
 「自分の方がいかに正しいか論破しよう」
 という姿勢でいると、人は離れていきます。
どんなことにも100%はなかなか存在しないものです。
何かしらのヒントが隠されているかもしれません。
我を出さずにまずは相手の考えを受け取ろうとすることが、相手の心を開きます。

「パム」も原則的にはこう言う姿勢です。
しかし、相手の意見が、「パムを中傷する内容」「パムが一方的に損する内容」だったらこう言うワケにもいきませんね。




17、相手を操作しない
自分の思い通りに動かそうという思いが、言動の起点になっている人がいます。
確かに、明らかに
 「もっとこうすれば良いのになぁ」
と思われる場面はありますよね。
けれどもやはり全ては自己責任です。
失敗する経験をもって、深く理解できることもあります。
誠意をもって関わったなら、あとは信じて委ねる懐の広さを見たとき、人は信頼感を抱くのではないでしょうか。

「パム」が他人にアドバイスなどをする場合もこんな姿勢です。




18、循環を起こす
 「この人は絶対逃げないな」
と信頼が置ける人は大人としての自覚がある人と言えます。
言葉は嘘をつきますので、注意深く行動を見なければいけません。
人はいかにもらうかということに注意を払いがちです。
けれども、時には
 敢えて面倒なことに入っていって深く関わり、見返りなく提供することで循環を起こす
ことも大切なのではないかと思います。
それが見えない糸として紡がれ、提供する側にまわる人が増えていき、連鎖していくのです。

>敢えて面倒なことに入っていって深く関わり、見返りなく提供することで循環を起こす
これは、「パム」が「敢えて悪役になる」を選択した真意です。




19、誇り
誰かに勝ったり蹴落としたりするためのプライドはいりません。
けれども苦しい局面に追い込まれたとき、自分を救ってくれるのは何よりも自分に対する誇りです。
培ってきたもの、経験の中で鍛えられたこと、そして乗り越えてきたストーリーが自分を支えてくれます。
闇を闇で終わらせない、覚悟と決意があればこそどんと構えていられるのかもしれません。

「パムのトラブル」で驚いたのは、
「虚構のプライド」だけの人物を敵にまわした場合、「パム」の人生まで台無しにするまで、
「パム」を追い詰めてきた事です。
「パム」は今、「民事訴訟」を提訴していますが、これも結局は「潰し合い」なんですよねぇ・・・(遠い目)




20、捉われない
常識や職場の人間関係、近しい人たちの思い。
何かを行動する時に、つい踏みとどまってしまう要素でもあります。
またそれらを言い訳にすることで、挑戦をしない免罪符としているところもあるかもしれません。
自分の頭で考えていることは、その奥で何かが影響していることもあります。
捕らわれを自覚し、取り払い、素の自分に行動をしている人は、悔いのない人生を送れることでしょう。

「パム」はバカ正直過ぎて、ついつい暴言を吐いてトラブルになってしまいますwww

http://urx.blue/Pft7



ワイドショーの取り上げ方は“善悪二元論”


政治が身近になったことや、一般市民が悪いものには悪い、許せないという感覚を持てることは、
もちろん市民社会では望ましいことだろう。
ただ、私が気になったのは、
この手のワイドショー型の政治の取り上げ方が、どうしても善悪二元論に偏ってしまうことだ。

例えば、舛添氏は完全な悪人のように取り上げられ、目下のところ小池氏は正義の味方になっている。
朴槿恵氏にしても、極悪人のイメージとなっている。
トランプ氏については、多少の賛否両論があるようだが、
やはりいい人(あるいは改革者)なのか、悪い人(とんでもない人)なのかという論じられ方が目立つ気がする。

そもそも「政治」って「善悪二元論」で語ったらいけないんですよね。
 ・自分の社会的立場
 ・自分の信念
などなどで語るべき事であって、「善悪」ではありません。




偏った考え方による「うつ」を予防する認知療法が主流


この20年くらい、最もトレンディになった心の治療法に「認知療法」がある
(日本でも2010年から医療保険の対象になった)。
人の認知パターンを思考の偏りが生じないように変えていくことで、うつ病や不安障害の治療や予防を行う。
そのなかで、最も矯正すべきとされているのが、
前述した善悪二元論のような「二分割思考」など、“認知のゆがみ”と言われるものだ。


このように人間の認知パターンを変えていくという治療法は、
数多くある心の治療法のなかでも、
大規模な統計調査で有効と検証された(エビデンスのある)数少ない治療法と認められている。
ついでに言うと、メンタルヘルスだけでなく、人間の判断力をより妥当なものにするためにも役立つはずだ。

「パム」もこの「認知行動療法(文中:認知療法)」を受けました。
その結果、本来ならば「良い」と言うべき事柄について、自分で多面的に見た結果としての「悪い」を発言するようにもなり、
今度は、そこからトラブルが起きるようになってしまいました^^;




最も悪いのは“敵か味方か”などの「二分割思考」

この認知療法において、最も良くないとされるのは「二分割思考」という考え方だ。
 “正義か悪か”、
 “敵か味方か”
という二分割でものを見る思考パターンのことである。
この手の思考パターンの持ち主は、
友達と思っていた人が自分の批判をしたときに、
 「友達だからこそ警告してくれた」
とは考えず、
 「味方から敵に変わった」
と思ってしまう。

当然気分の落ち込みを招きやすい。
とくにまずいとされているのは、それに完全主義が加わった時だ。
完全主義者というのは、合格点であっても満点でないと満足できない。
さらに二分割思考が加わると、満点でなければ零点と同じということになってしまう。
十分合格点をとっても、本人にとっては零点と同じわけだから、落ち込みの原因になってしまうのだ。

また、そんな考え方では、合格点レベルになっても
 “もっともっと”
を求めてしまうから、慢性的に過労に陥りがちになってしまう。
相手にも満点を求めてしまうので、
長所がある人に一つでもダメな点があると、ダメな奴というレッテルを貼ることにつながりかねない。
それが人間関係を狭くしてしまうのだ。

いい人か悪い人、いい仕事か悪い仕事という二択式で考えると、
いい人の欠点や悪い人の長所に目が行きにくくなる。
このビジネスは素晴らしいと思うと問題点が見えにくくなるし、
ダメだと思われる仕事については将来性を切り捨てることにもつながる。

認知療法のカウンセリングでは、
患者の話を聞いて、この手の認知のゆがみや不適応思考を見つけると、
 「つい、いい悪いで判断してしまうのですね」
と指摘したりする。
少しずつでもそれが矯正されると、思考が柔軟になり、
気分が落ち込んだり、不安でパニックになったりしにくくなるのだ。

では、「パムのトラブル」で「民事裁判」など「パム」が強硬に出ているのは何故でしょうか?www
それは、「パム」はウソをつきたくないからです。

そもそも、「パムのトラブル」のきっかけは、
 >この手の思考パターンの持ち主は、
 >友達と思っていた人が自分の批判をしたときに、
 > 「友達だからこそ警告してくれた」
 >とは考えず、
 > 「味方から敵に変わった」
 >と思ってしまう。
このパターンそのものを、「パムのトラブル」の発端になった人物が下した事からなのです。




テレビ番組の二分割思考に注意しよう

さて、もとの話題に戻るが、
どうしてもテレビというメディアは、
キャッチーであろうとしたり、分かりやすさを求めたり、時間的な制約があるために二分割思考に陥りやすい。
それが視聴者の判断に大きな影響を与える。

テレビの説得力の大きさってデカいですからね・・・。




白黒をつけず、グレーの程度でものを見る

同じものや人の中に良い点と悪い点を認められるようになると、認知的に成熟したと考えられる。
二分割思考からの脱却法は、グレーを認めるということである。
要するに、
 「完全な善人、完全な味方はいない」
 「90%はいいところがあるが10%は悪い」
とか、
 「8割くらいは意見が合うが、2割は違う」
というふうに、白黒をつけず、グレーの程度でものを見るのだ。

そうすると同じ悪いことでも程度があるということになる。
裁判の量刑をみても分かるように、同じ悪いことにもレベルがあるというのが通常の考え方だ。
確かに万引きだって許してはいけないことだが、やはり殺人とはレベルが違う。


白か黒かではなく、
白の人にも黒い部分があり、黒い人にも白い部分があるというものの見方や、
白と黒の間に無数のグレーを考えられるものの見方は、
少なくともメンタルヘルスにはいいし、認知的にも成熟度が高いと考えられている。

白とみなしたり、黒とみなすのには都合のいい人間が政治の世界をにぎわせているが、
それによって、自分が二分割思考に陥ったり、自分のその傾向をより強めたりしないのは、
この世の中でサバイバルするために重要な思考法と言えるだろう。

「パム」も「グレー」で考える努力はしています。
しかし、「白黒思考の集団」と対峙するとどうしても「パム」も「白黒思考」で考える必要が出てくるのですよ(涙)