2019/01/20 【心理学】歪んだ正義による異常な悪への憎しみ | パムのてきとーブログ

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一つ一つ、コメント書きます。
批判的口調をご容赦ください。


俺は悪に対して異常な怒りや憎しみを持っている。
悪に対しては犯罪を犯さない範囲であればどんな手段を使っても構わないと言う考えを持っている。
なぜなら、相手が悪だからだ。

世の中の秩序を乱す者に世の中でを渡る資格などない。
寧ろ、自殺すら怖くなる何も出来ないようにしてやりたい。
そう言う考えにまで陥ってしまった。

>俺は悪に対して異常な怒りや憎しみを持っている。
  「善悪」の価値観をここでは「絶対的価値観」として書いています。
  しかし、この概念は「主観的」「相対的」なのです。

>世の中の秩序を乱す者に世の中でを渡る資格などない。
  こう言う人物に対して合法的に処罰するのが、「警察」を始めとする「司法警察職員」と「裁判所」です。
  個人的に処罰すると、「犯罪」になりかねません。




なぜそうなったのか。それは、周りの環境による変化だ。

自分は善人として生まれ育った。
だが、ネットなどのメディアや周りの人間などに流され、こうして、純粋だった善の心は汚されていったのだ。

だからといって、俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない。
なぜなら人は、周りに影響される生き物だからだ。

親は純粋な善の心を持って大人へと育つことを望んでいた事だろう。
だが、純粋な善の心を持った大人など、この世には存在しない。
そもそも、存在してはいけないのだ。

>自分は善人として生まれ育った。
  自分で自分を善人だと言い切れる大人の事を「パム」は信用しません。
  何故ならば、人間は誰もが「特徴」があり、それが良い方向に出れば「長所」、悪い方向に出れば「短所」なのです。

>俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない。
  現在の状況を見る時に必要な要素があります。
   ・個人的観点
   ・環境的観点
   ・社会的観点
   ・経済的観点
   ・政治的観点
   ・法的観点
   ・心理学的観点
   ・精神医学的観点
   ・歴史的観点
  などなど総合的に判断する事が必要なのです。

>だが、純粋な善の心を持った大人など、この世には存在しない。
 そもそも、存在してはいけないのだ。
  個人的にこう思う事は自由です。
  しかし、それを行動に移すとそれは犯罪にもなりかねません。




なぜ、純粋な善の心を持った大人が存在しないのか。
環境的、人間的、社会的の三種類のストレスを毒に例えて説明しよう。

まず人間は、初めて毒を食らうと、最初は、人によっては気にしないだろう。
だが、毒を食らい続けると、場合によっては、
 「馬鹿にされている」
 「寒い」
 「疲れた」
と言うような毒に対する負の意識が生じ、毒は害だと認識し、こらえ始める。
その時、毒の質によっては心が部分的に、または薄く広がるように、悪に染まる。
それと同時に、個人差はあるが、毒に対する耐性がつく。

毒の許容量を越えてしまった場合、
暴走して、心が悪に染まりきるのを食い止めようと必死にもがくか、
心が悪に染まりきるまで我慢し、自ら心の「死」に追いやる。
いわゆる自我崩壊だ。
誰もがこの三種類の毒のいずれかを必ず受ける運命にあるのだ。

では、暴走とは何なのか。
幼児の場合、思うようにうまくいかないと、泣き叫んで、駄々をこねるだろう。
それが成長すると、八つ当たり、攻撃、自殺など、手段が増えてくる。

もし、純粋な善の心を持ったまま大人になったとしたら、毒に耐性が全くないまま、毒を摂取することになるのだ。
それに、会社の毒は、学校の毒と違い、毒性が強いのが当たり前だ。
そのため、簡単に暴走し、最悪の場合、犯罪に繋がる。
だから、世の中を行き渡るには、大人になる前に多少の毒は必要なのだ。

だが、毒の溜めすぎも良くない。
しかし、暴走では毒を食い止めることは出来ても、解毒は出来ない。

環境的な毒であれば、暑さ対策や寒さ対策をし、
社会的な毒であれば、帰ったら充分に休み、
人間的な毒であれば、相談できる相手がいれば、相談することが大事だ。
そうすれば、毒の侵入を防いだり、解毒したりすることができる。
但し、完全には心の悪を浄化することは出来ない。
完全なる善人がいないのはこのためでもある。

俺の場合、人間的な毒をおよそ十年間摂取し続けて来た。
高校時代がピークだった。
相談する相手はいた。
だが、蓄毒と解毒を繰り返すうちに、浄化出来なかった心の悪が蓄積し、浄化出来ない心の悪が増えすぎてしまった。
心は荒れきっているが、毒に対する耐性がつききって、よほど強くない毒ではないと、心を殺し、悪に染めきることは出来ない。

いっそのこと、自ら心を殺せば楽になるだろう。
だが、悪事を働くことに激しい憎悪と抵抗がある。
一度悪に堕ちたら心が死んだのと同じだから元に戻ることはほぼ無いのだ。
死んだ人間が生き返らないのと同じだ。
寧ろ、理不尽に俺をここまで追いやった悪が憎い。
俺は無理に完全な善人として生きて来たのに、周りが悪に染まり、楽になって、俺をリンチで汚して来た奴が許せない。
 「さっき、お前
   『俺は世の中を恨んだり憎んだりすることはない』
  とか言ってただろ。
  矛盾してやんのバーカww」
と思うだろう。
俺はあくまで「悪」を憎んでいて「世の中」を憎んではいない。
だが、勘違いした人は悪くはない。
そこは分かって欲しい。

>俺の場合、人間的な毒をおよそ十年間摂取し続けて来た。
>高校時代がピークだった。
  ここで、著者自らが、「悪」「毒」が「絶対的価値観」ではなく「主観的価値観」であると、
  自ら表明しちゃってます。

>寧ろ、理不尽に俺をここまで追いやった悪が憎い。
>俺は無理に完全な善人として生きて来たのに、周りが悪に染まり、楽になって、俺をリンチで汚して来た奴が許せない。
  この著者は「精神的ダメージ」が大きいのですね。
  実は、「パム」は「経済的ダメージ」が大きいのです。

>俺はあくまで「悪」を憎んでいて「世の中」を憎んではいない。
>だが、勘違いした人は悪くはない。
>そこは分かって欲しい。
  「パム」も「パムのトラブル」に対してはこの著者と似た考え方をしています。
  本来の「パム」は「罪を憎んで人を憎まず」でした。
  しかし、この度の「パムのトラブル」では、「パムのトラブル相手」の中心人物の動きが執拗なので、
  敢えて、「民事訴訟」「通報」など、人に対する対応をしています。




このように、
 心が汚れに汚れて、心が死にたくても死ねない、寧ろ悪が憎い、
と言った半不死の心を「歪んだ正義」と言う。

「悪」と「歪んだ正義」とはどう違うのか。
悪は善人悪人関係なく、欲望のためだけに、危害を加える者のことをいう。
これに対し歪んだ正義は、自分または自分の家族や恋人などが危害を加えられ、危害を加えた者に、仕返ししたりあえて悪事を働くことをいう。
つまり、逆恨みを除く「復讐」は、歪んだ正義に当てはまる。

俺は歪んだ正義の心を持ちながらも表では善人の皮を被っている。
周りから避けられたくないからではない。
暗い過去を忘れたいからである。
忘れられる訳もないのに。
気を紛らわしていると言った方がいいだろう。

悪事を働くなとは言わない。
一度悪に染まれば終わりなのだから。
だが、悪事を働くなら堂々と、自分の力で悪事を働け。

学校で暴力を振るったり、悪口を言うなら教師の目の前でやれ。
動画でアンチコメント書くくらいなら投稿者の目の前や生放送で悪口を言え。
力が弱くても、他人を利用したりするな。
真っ向から立ち向かえ。
 教師がいない所でしか弱い者をいじめる事が出来ない奴も、
 pc外からしか悪口を言えない奴も、
 自分の力で悪事を働こうとしない奴も
ただの弱い卑怯者だ。
悪に走っても堂々と自分の力でやれば、度胸は褒めてやる。

会社や学校を毒扱いしたり、上から目線だったり、口が悪かったりで、
読んでいる人にとっては俺が悪に見えたり、間違った事を書いたように思うだろう。
俺もこんな事を書いた罪悪感は残っている。
だが、後悔はしていない。
俺として正しいことを書いたのだ。
憎むなら憎むがいい。
一度人から嫌われたら、二度と好かれることはないと言う事も覚悟している。
好かれてから嫌われるくらいなら、最初から嫌われた方がましだ。

>このように、
> 心が汚れに汚れて、心が死にたくても死ねない、寧ろ悪が憎い、
>と言った半不死の心を「歪んだ正義」と言う。
  実は、「パムのトラブル相手」の数名は「パム」に対してこの「歪んだ正義」に染まって攻撃していると考えています。
  「パムのトラブル相手」の数名にとっては、「パム」は「悪人」なのです。

>学校で暴力を振るったり、悪口を言うなら教師の目の前でやれ。
>動画でアンチコメント書くくらいなら投稿者の目の前や生放送で悪口を言え。
>力が弱くても、他人を利用したりするな。
>真っ向から立ち向かえ。
  実は、「パムのトラブル相手」からは、「パムが納得できるパムへの不満」を言われていません。
  つまり、「パムのトラブル相手」が「パム」に攻撃する理由が、「パム」にはさっぱり解らないのです。