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パムのてきとーブログ

いろいろと書いていきます
当ブログは、民法720条1項/2項(正当防衛/緊急避難)、及び公益通報者保護法2条1項(内部告発)に基づく内容があります。
「パムのトラブル」等への宣言
https://tl.gd/n_1srqui4
同情無用!心配不要!
#拡散希望
https://amba.to/3uhHoy2

https://diamond.jp/articles/-/170193


「Me too」はアメリカだけの話じゃない セクハラ、パワハラ上司は日本の職場にもいる

「MeToo」はセクハラがきっかけでしたが、世の中にはほかにもたくさんのハラスメントが存在しています。
パワーハラスメントやアルコールハラスメント、マタニティハラスメント……。
どれも、被害に遭われた方は心に深い傷を負うことになり、トラウマになって、
その後のキャリアに悪影響を及ぼす恐れがあります。


このような話は、きっと珍しくないでしょう。
こういった事例は世界中で起きており、それだけ人類にとって根深い問題であるともいえます。
近年、被害に遭った人たちがようやく声を上げることができるようになり、一部が顕在化してきただけの話で、
おそらくこの問題は長年ずっと隠されてきたものであると容易に想像できます。

企業内で起きる「ハラスメント」の種類によっては、その社員のキャリアに大きな影響が出ます。
「ハラスメント」は害しかありません。




「グローバル仕事人」から見たセクハラ、パワハラが起こる原因とは?

なぜ、セクハラやパワハラは起きるのでしょうか。
この原因については多くの社会学者の方々が研究して論文なども発表していると思いますが、
ここでは「グローバル仕事人」である私なりの考えを述べたいと思います。

私自身、実は何度かセクハラやパワハラの相談を受け、結果的に告発する手伝いをしたことがあります。

ハラスメントの被害に遭われた方々から話を聞いて強く思ったことが、
ハラスメントの背景には
 「人間同士の精神的な距離感の認識の違い」が根底にあるな、
というものでした。
被害者から見た加害者との精神的な距離感は、加害者側からの認識よりもはるかに遠いのものです。
多くの場合、加害者は被害者が思う
 「ここから先には入ってほしくない」
という精神的な領域を平気で越えてきて、精神的なダメージを与えています。

 「この人に対して、これくらいは言ってもいいだろう」
 「自分だったら、この行動は許されるだろう」
 「立場を考えれば、相手はこれを受け入れるのが筋だろう」

加害者はこのような自分の目線だけで相手との距離感を判断して、結果としてハラスメントに至ってしまうわけです。
特に、いまだに多くの日本の組織では年功序列の構造があり、
年次によるヒエラルキーを異常なまでに重視する傾向があります。
そうすると「先輩」「上司」という立場を錦の御旗にして、やりたい放題の行動に出てしまう人間が現れてしまうのです。

また、きわめて偏った「お客様は神様論」を振りかざして、
 「カネを払うんだから言うことをきけ」
という態度で営業担当者などに対して、やたらと権利意識をぶつけてくる人も数多く存在します。

これも、相手との距離感の見誤りにほかなりません。
顧客として支払う金額の中には、ハラスメントを行う権利は含まれていないのです。
このような意識のズレを明確に認識すれば、本来、ハラスメントは避けられそうなものなのですが、
残念ながら加害者側が
 「相手との距離感にズレがある」
と認識することはほとんどありません。
結果として、事態がかなり悪化してからその事実が明らかになってくるのです。

「パムのトラブル」も事態が悪化し続けていって、ついに訴訟沙汰になりました・・・。




セクハラ、パワハラの相談相手の選択には要注意!加害者側に回られて二次被害を受ける恐れも

もし、セクハラやパワハラなどの被害に遭っているな、という自覚が芽生えたら、なるべく早めに信頼できる相手に相談しましょう。
ただし、その相談相手を選ぶ際にも注意が必要です。
もし相談した相手が状況を客観的に見ることのできる立場の人でなければ、共感してもらえない場合があるからです。

年上の人たちの場合、過去の経験からいいアドバイスをもらえる可能性がある反面、
 「自分たちが若かったころは……」
という視点から的外れな意見しか返ってこない恐れもあります。

また、加害者側と利害関係がある人物だと、その人が加害者側に回ってしまい、二次被害に発展する場合もあります。
実際にハラスメントに遭うかどうかはともかく、
普段からいろんなことを相談できる相手は、様々なコミュニティや人間関係の中で作っておくことが大事です。

もちろん、公的なサービスを使うのもいい方法です。
プロの人たちが公平な視点でアドバイスをしてくれるはずです。
大事なことは、一人で抱え込んだり、自分に非があるのではないかと思ったりしてしまうことです。
自分が不快に感じるような体験をしたら、自分の置かれている状況や自分の心理状態を整理するためにも、
第三者にアウトプットする機会を作ってください。
あなたの心が完全に壊れてしまってからでは遅いのです。

「パムのトラブル」は「公私」が複雑に入り組んでいるので、相談相手を選ぶにも苦労しました。
最終的には、自力でインターネットで調査して動いております。




あなたが「セクハラ加害者」になる恐れも!「自分にはわからない自分の姿」がリスクに

さて、ここまで被害者側の視点からハラスメントを考えてきましたが、加害者側の視点でもハラスメントを考えてみたいと思います。

加害者がハラスメントについての指摘を受けた時に見せる反応で一番多いのが、
 「自分はそんなつもりはなかった」
というものです。
それもそのはず。先ほどもお話ししたように、
加害者本人は自分から見れば正しい距離感で相手と接しているのですから、それが問題だと意識するわけがありません。
ひどいときには、指摘をすると
 「なんで自分がそんなこと言われなくちゃいけないんだ」
くらいの反応が返ってくる場合もあります。

とはいえ、読者の皆さんも突然ハラスメントの告発を受けないとも限りません。
というのも、人は意外にも自分のことを理解できていない生き物だからです。

「ジョハリの窓」をご存じでしょうか。
自己の公開をし、他者とうまくコミュニケーションをとるための自己分析の手法の1つです。

 http://urx3.nu/PSD5

ハラスメントを考えるとき、上記の4つのうちの「盲点の窓」がキーになると私は考えています。
自分が持っている自分のイメージと、他人が自分に抱いているイメージにギャップがあると、
それがそのままハラスメントのリスクになる可能性があります。

 自分が他人からどのように見られているのか。
これをしっかりと言語化しておくことが、思わぬところでハラスメントの加害者にならないためにも大事です

>自分が他人からどのように見られているのか。
これを自覚するのって困難だと思うのですが、できるのでしょうか???




「肩書」を持ったときが最も危険!自分を常に客観視する習慣を持とう

特に、職場で先輩になったり役職者になったり、なにかしらの決裁権限を持ったりしたタイミングは要注意です。
 「自分の価値が高まった」
という自惚れや油断は、大きなリスクになるからです。

人間は、組織から与えられた肩書などでそう簡単に本当の価値が上がるものではありません。
組織の中で重要性は上がるかもしれませんが、それはあくまでも「役割」の話であって、「個人としての価値」が上がったわけではありません。
しかし、役職や肩書に自分のプライドを合わせて態度を変えてしまう人はたくさんいます。

その役職や肩書に対して与えられた責任の範囲内での振る舞いであれば、相手も受け入れやすいでしょう。
しかし、仕事の範疇をはみ出した要求をしたり、何かの行動を強要したりするのは、許されるものではありません。
常に自分の行動を客観視して、
 「この行動は自分の役割の範囲内か否か」
を意識することを習慣づけなくてはなりません。

特に、ピープルマネジメントやメンタリングなどの場面では要注意です。

 「自分は上司だ、だから教えてやるんだ」
 「自分はメンターだ、だから自分の言うことは正しい」

上記のような意識が強すぎると、相手の
 「入ってきてほしくない領域」
に土足で踏み込む行為に至ってしまいかねません。

だからといって、リスクを恐れるあまり、全くアウトプットしなくなるのは、
グローバル仕事人としての自己否定になるので意味がありません。
そこで、必要になるのが、常に相手と適切な距離感を保つために「自分を客観視する」習慣を持つことです。
また、外部に相談相手を作っておくことも大事です。
直属の上司や先輩だけではなく、「外の物差し」を持っている人のアドバイスは、
時に耳は痛いかもしれませんが、重要な示唆を与えてくれる場合が大いにあります。
そのようなアドバイザーやメンターを作っておくのも、グローバル仕事人の心構えとして大事なことでしょう。

ハラスメントの被害者にも加害者にもならないように、常に自分を客観視する意識と準備をしておきましょう。

「パムのトラブル」はどうなのでしょうか?
「パム」も自分自身の「入ってきてほしくない領域」を土足で荒らされました。
それどころか、生活も大変な事態になっています。

さて?

https://mstkr.jp/iigakari-shinri-3529


訳も分からず、人から言いがかりをつけられた経験はありませんか?
気分を害したり迷惑になることも多く、
 言いがかりなんてやめてほしい
と願う人ばかりでしょう。
 どうして言いがかりをつけてくるのか、
その人の心理的特徴を知ると、意味や思惑が理解できるかもしれません。
どんな隠された心理があるのでしょうか。

「パムのトラブル」も「パムのトラブル相手」からの「言いがかり」を「パム」は数え切れない程されています。
警察署に通報したり、職場に電話したりなどを始め、
「パムの言動/行動」に対しても「言いがかり」を何度もされています。




1.どんな方法であっても目立ちたい

 人よりも目立ちたい、
 注目を浴びたい
という心理から、単に言いがかりをつけているケースが考えられます。
 人とずれた価値観を持っている人、
 皆から理解されにくいことを平気で言い、困惑させていることの多い人
は、目立ちたいがために、言いがかりをつけていることが考えられます。
 周囲に埋もれてしまうことを嫌がったり、
 自分が中心でないことに不満を持ったり
と、自分のことが好きな傾向にあるでしょう。
このような言いがかりをするタイプの人は、友達がいなかったり、
常識外れた価値観を持っていたりと、理解しにくいことが多く見受けられるでしょう。

「パムのトラブル相手」の一人はこのような「言いがかり」を続けていますね。
 ・パムが三色ボールペンを愛用している事
など、ホントにどうでも良い事さえ「言いがかり」をつけて来ます。




2.相手よりも上の立場でいたい

言いがかりをつけてくる人の中には、
 「自分の方が上だ」
 「あなたの言うことは聞かない」
という立場的なことを気にして言いがかりをつけてくる人もいます。
言いがかりは相手に理解されがたいものの、
 相手に
  恐怖心を抱いたり、
  距離を取らせる
ためには持ってこいの方法。
訳も分からず
 怒られている気分になったり、
 あたかも自分が間違っているかのように思ったり
と、相手のこと必要以上に気にするようになります。
 「あの人が怒るかもしれないから」
 「あの人がまた言いがかりをつけてくるかもしれないから」
と気にさせる為に言いがかりをつけているとしたら、それはあなたのことを見下している証拠です。
 自分の方が上、
 自分の方が偉い
と思ってもらうよう仕向けていることも考えられるのです。
腑に落ちないことや納得できないことは、立場的なことを気にせず、
言いがかりについての理由や言い分を聞き出してみると良いでしょう。

「パムのトラブル相手」の多くの人の言動がこれを裏付けています。
 「パムは素直じゃない。」
つまり、
 「自分の方がパムより上」
だと思っているのでしょう。




3.ストレス発散にしている

たまに見ず知らずの人に対して言いがかりをつける人も見られます。
 公共の場で言いがかりをつける人、
あるいは
 通りすがりの人に言いがかりをつける人
など、相手からしたら気分を悪くする言動をとる人です。
知らない人に対して言いがかりをつける人に多いのは、ストレス発散という目的です。
 毒を吐くこと、
 難癖をつけること
で、相手を困らせたり泣かせることで、自分のストレスを発散しています。
多くの人は知らない人であろうと言いがかりをつけられると、
 黙ってしまったり
 謝ってしまったり
と、相手に服従した姿勢を見せてしまいますが、
単なるストレス発散目的のために言いがかりをつけられているだけならば、
服従する姿勢は必要ありません。
かえって調子にのらせてしまったり、言いがかりをさらに続けてしまう原因にもなりかねないのです。

ああ、こう言う人、たまに見かけますね~。




4.かまってもらいたい

言いがかりをつけられた方にはたまったものじゃありませんが、
かまって欲しいという寂しさの表れであることもあります。
 孤独を感じて寂しく感じていたり、
 誰にも認められない自分に嫌気がさしている
ことで、人に言いがかりをつけてしまう人もいることを覚えておきたいものです。
 それまで言いたいことも言わずに我慢していた、
あるいは
 言っても誰も聞いてくれなかった
という環境に長いことを身を置いていると、
自分の存在が無視されているかのように感じ、孤独感を強く抱くようになります。
その反動から、人に言いがかりをつけるような人になったとしたら、まだこれから改善の余地があると言えます。

「パムのトラブル相手」の「言いがかり」の数々はこれなのでしょうか?
可能性は無きにしもあらずですが、どうなのでしょう???




 コミュニケーションをもっととるようにしてみる、
 相手の気持ちに寄り添うなどして、
その人の寂しさや孤独を消してあげることで解消できるかもしれません。
言いがかりをつけられて良い気分になる人はまずいませんよね。
 「この人は何がしたいの?」
 「頭おかしいんじゃないの?」
と感じてしまうことも多々あることでしょう。
言いがかりをつけてくる人にはこのような心理的特徴が見られ、
中には周りの力や理解によって改善できることもあります。
放っておけない人、いなくてはならない人が言いがかりをつけてくる場合は、
避けるだけではなく、向き合ってみることも大事な選択の一つです。

>避けるだけではなく、向き合ってみることも大事な選択の一つです。
「パム」も「パムのトラブル相手」と、こういう事も試みましたが余計にこじれました。

一体、なんだったのでしょうか?
https://diamond.jp/articles/-/162606


 「うわ~~。すっごいピンチだ」
 「人生最大のピンチ来てしまった」
なんて、思うことありますよね。
 『20代に伝えたい50のこと』(ダイヤモンド社)の著者秋元祥治さんは、
 「人生最大のピンチ」が何度もやってくることの意味について、こう考えてみては、と語ります。
 本連載では、『20代に伝えたい50のこと』から抜粋しながら、メッセージをお伝えしていきます。

はい。
「パム」も「ピンチ」が何度もやってきました。




ピンチに出会うからこそ、自身のキャパを知ることができる

仕事だって、プライベートだってよい時もあれば、悪い時もありますよね。
ピンチがやってくるのは、突然のこと。
調子のよい時こそ慢心せずに着実に取り組みを重ねていきたいものです。
中には
 「何もかもうまくいっている、問題は特にない」
なんて言っている人もいますよね。
僕もその気持ちはよくわかりますが、しかしそれは黄信号ではないでしょうか。

イチロー選手はじめトッププレイヤーに共通するのは、高い記録を残し、そして表彰されるような実績を残しても、
あまりに謙虚なコメントや反省の弁を残していることです。
今よりもよくありたい、という姿勢そのものがよい結果を生む源泉だからです。

よいこともあれば、もちろん悪いこともあります。
僕自身も、多くの失敗や困難に直面してきました。
16年前に創業して以来、ヒト・モノ・カネ、様々な出来事がありました。

たとえば中心的なスタッフに批判され、そして離れていく経験もしました。
その時には、
 複数のメンバーが離れていく中で自身の人間性そのものが否定されている
ような感覚だったことを思い出します。
正直に言えば、オフィスに出社することも気が重く、つらい日々でした。

収益的に大きな課題を抱え資金繰りに窮した時には、
 「人生最大のピンチだ」
と思いました。
父親に頭を下げて資金をなんとか確保してつないでいたこともありました。
あるいは、大口の取引先と契約上の大きなトラブルになり、
 入金されるかどうかわからない、
という深刻な事態もありました。
仮に契約が解除されればひとたまりもなく、バンザイ(経営破綻)することを考えたりもしていました。
 「人生最大のピンチだ」
と思いましたし、実際に文字通り食事も喉を通らない日々を過ごし、痩せたこともありました。
このように、
 「人生最大のピンチだ」
と思うような困難にも何度もぶつかってきました。

「ピンチ」を前にすると、自身の力の限り=キャパの限界を思い知らされます。
ただ、それも自身の力を自覚するということで、とても大事なことですよね。
ピンチに出会うからこそ、自身のキャパを知ることができるのです。

「パム」の大きな「ピンチ」は3回あります。
そのうち、現在、「民事訴訟(本人訴訟)」で対応しているのもその「ピンチ」に対する「対策」です。




ピンチとは、自身で「なんとかできる」と「なんともできない」のそのギリギリのところのことを呼ぶのだ

そして、振り返ってみると、何度も何度も自身の中でこう思ってきたのです。
 「ああ、これは人生最大のピンチだ!
  やばい」

しかしこれはとても不思議なことだと思いませんか?
 人生最大のピンチというけれども何度も我が身に起きているな、
と。

しかし、なぜ何度も何度も「最大のピンチ」は訪れるのでしょうか。

それは、自身の成長の証だと思うのです。

自身のキャパを超えて,自分ではどうしようもない困難であれば、おそらくピンチとは認識しないでしょう。
だって、あきらめるからです。

ピンチとは、自身で「なんとかできる」と「なんともできない」のそのギリギリのところのことを呼ぶのだと思います。
ということはつまり、最大のピンチが何度も訪れるということは、それだけ「ピンチ」と感じられる幅が広がっているということ。
まだ可能性があると自分が思っているから「ピンチ」だと思うのです。
つまりできることが広がっているという、成長の証明なのです。

たとえばカフェでアルバイトを始めて早々であれば、小さなことにもピンチを感じるかもしれません。
レジに3、4組お客さんが並んだだけでもどうしてよいかわからず、あたふたするもの。
つまり、本人にとってはピンチを感じるわけですよね。
一方で、半年、1年と職場で経験を重ねれば決してそんなことはないはずです。
お待たせしたことを丁寧に詫びながら、手際よく接客を重ねていくことでしょう。

慣れてきた頃、今度はクレーマーに問いただされれば、やはりピンチを感じるのでしょう。
しかし、それとて2年、3年と経験を重ねる中で同様の出来事に対応していれば、
以前はできなかった対応も、ちゃんとできるようになっていくのでしょう。
そうやってピンチと感じるハードルは上がり、そうやって成長を重ねていくのです。

人生最大のピンチが何度もやってくる、というのは成長の証。

そうとらえてみては、いかがでしょう。
ピンチに出会った時に、ポジティブにとらえられるかもしれません。
そして、そのピンチを乗り越えた時にまた一つできることが増えていく……そんな成長のチャンスだからです。

・・・・・・う~ん^^;
「パムのトラブル」は非常にシャレにならないトラブルなのですが、
これも、
>人生最大のピンチが何度もやってくる、というのは成長の証。
なのでしょうか???

http://ur0.link/PKP4


誰にでも
 「まったく議論がかみ合わない」
という経験があるものですが、それはひとえに相手が論理的でないからかもしれません。
議論で「負け」が運命付けられている思考方法が30パターンまとめられています。

「パムのトラブル」で「パム」はこう言う経験を数え切れない程しました。




◆01:Ad Hominem(人身攻撃)

理論的な主張をすることなく、もっぱら相手の人格を攻撃するタイプ。
往々にして名前を連呼したり、レッテル貼りをしたりと攻撃的なのがこのタイプ。

「パムのトラブル」で「パム」が喰らった攻撃の一つはこれです。
 ・「パム」はシャブ中である。
 ・「パム」は感謝が足りない。
 ・「パム」は知的障害者である。
 ・「パム」は短気である。
 ・「パム」は皆から嫌われている。
などなど、数多くあります。

こう言う攻撃をされた側は、相手の発言の内容が主観的かつ一方的過ぎて反応に困ります。




◆02:Anecdote(アネクドート)

自分しか体験していない経験や個人的な事情を、さも価値あるもののように取り立てて訴えること。

「パムのトラブル相手」の言動にはこのタイプもありました。
 ・自分は「○○育ち」である。
 ・自分のバンドは「某音楽コンテスト」で入賞した。
などがこの類です。

なお、
 ・「パム」は「早稲田大学」卒業である。
は、どちらかと言うと「自虐」ですので、お間違いなく!




◆03:Appeal to Ignorance(無知という武器)

誰も分からないことや不可能なことを武器に主張を無理に通そうとすること。
 「宇宙人を見た人はいない。
  だから宇宙人は存在しない」
という主張は典型的な例。

「パム」はこのタイプの攻撃は受けませんでしたね。




◆04:Appeal to Tradition(伝統に訴える論証)

 「昔からそうなのだから正しいはず」
という考え方。

これも同じく、「パム」が受けなかった攻撃です。




◆05:Appeal to Consequences(前提の決め付け)

議論の条件を勝手に解釈して、それを前提に話を進めること。

「パムのトラブル」で「パム」が苦戦したのがこれです。
 ・「パム」は感情的で短気だからまともな話が通じない。
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
これが前提となって話を進められて押し付けられると、「パム」はどうしようもなくなりました。




◆06:Argumentum ad Baculum(脅し)

脅し文句を議論に持ち込むこと。
 「校則を守らない生徒は将来、就職できませんよ」
など、先生がよく使うあれです。

「パム」は何度も脅されました。
 ・「○○」が怒ると徹底的に潰しに行く。
 ・ヤクザとコネがある。
 ・「パム」を訴える。
 ・「パム」を潰す。
などなど、いくつもありました。





◆07:Argumentum ad Ignorantiam(無知のアピール)

特定のトピックについての知識不足を理由にすること。
 「だって、そんなの知らないじゃない!」
というやつです。

これは、「パム」が受けなかった攻撃です。




◆08:Argumentum ad Populum(感情での揺さぶり)

理屈ではなくもっぱら「感情」に訴えかけて、相手の心を揺さぶろうとすること。

「パム」に対する「悪評」の正体はこれかなと考えています。
 ・「パム」が自分のプライドを傷つけた。
 ・「パム」に恥をかかされた。
 ・「パム」は生意気である。
 ・「パム」に嫌がらせされた。
などの「パム」を「一方的な加害者」に仕立て上げる言動です。




◆09:Bandwagon(便乗)

 みんなが正しいと信じているのだから正しいはず、
という考え方。
04番の「伝統の固執」と同じ理論です。

「パム」が受けた攻撃の典型例です。
 ・みんな「パム」を嫌っている。
と言う言動はまさにこれです。




◆10:Begging the Question(論点先取)

真偽不明の事柄の証明に、その事柄の存在を前提にすること。

これも、「パム」が受けた攻撃ですね。
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
これを前提にした言動を、「パム」は何度もされました。




◆11:Black or White(極端な二択)

いずれも極端でとうてい受け入れられない2つの選択肢から結論をせまること。
たいてい、選択肢以外の適切な答えがあるものです。

「パムのトラブル」で「パム」はこの「極端な二択」を迫られていました。
 ・「パム」が「○○」の言いなりになる。
 ・「パム」が「○○」に潰される。
・・・・・・他の選択肢は無かったんですか?




◆12:Cherry-pick(都合のいい解釈)

自分の主張にとって都合のよいデータや事実だけを集めて、それ以外の不都合なものを無視すること。

「パムのトラブル」では、「パム」の言動が全て、「パムのトラブル相手」への「悪口」であると解釈され続けました。
「パム」が「パムのトラブル相手」を褒めても「悪口」になりました。




◆13:Circular Reasoning(循環論法)

ある特定の事実の証明に、証明すべき事実自体を利用すること。

「パムのトラブル」でもこう言う攻撃を受けました。
 ・「パム」は感情的で短気だからまともな話が通じない。
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
これって、実は「証明すべき事実」だったんですけどねぇ・・・。

これ前提で話が次々と進んで行って、「パム」がホントに「激怒」して「民事訴訟」にまで至ってしまいました。




◆14:Composition(合成の誤謬)

一つ一つは正しくても、積み上げた結果が間違いであること。

「パムのトラブル」で「パム」が受けた攻撃でもこれはありました。
 ・「パム」が通院している病院の医師は男性の老人である。
 ・「パム」はコーラが好きである。
 ・「パム」は三色ボールペンを使用している。
 ・「パム」はそば屋でカレーライスを注文した。
 ・「パム」は「www」「(笑)」「...」を多用する。
 ・「パム」は「コンサータ」を服用している。
ここから、
 ・「パム」の人格は劣っている。
と、結論が出る・・・のでしょうか???




◆15:Confirmation Bias(強い思い込み)

自身の思い込みに強く依存して議論を挑むこと。
12番の「都合のいい解釈」に似ています。

「パム」が苦しんだあの思い込みですね。
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
これ、「パムのトラブル」が起きた当初は「誤解」だったんですよ?




◆16:Confusion of Correlation and Causation(因果関係の混同)

2つの出来事に関係があることをもって理由としてしまうこと。
そもそも原因と結果が逆の場合は多いものです。
例えば、
 「暴力的な映画を見た子どもは攻撃的になりやすい」
という主張。
攻撃的な子どもが暴力的な映画をよく見る可能性はなきにしもあらず。

「パムのトラブル」で「パム」が受けた攻撃でもありました。
 ・「パム」は「コンサータ」を服用している。
と言う前提から、
 ・「パム」はシャブ中である。
と言う結論を出す議論を何度もされました。

「コンサータ」の中身は「リタリン」ですから、「覚醒剤」として服用できる事を「パム」も知っています。
しかし、「コンサータ」を服用している人が全てそう言う服用方法をしているとは限りません。




◆17:Excluded Middle(極端な立場)

あらゆる可能性に気を配ることを放棄して、いつも極端な立場をとること。

「パムのトラブル相手」がまさにそれです。
 ・「パム」は「○○」の敵である。
こう言う立場で「パム」に対しての攻撃を続けております。




◆18:Half Truth(不誠実な真実)

発言が正しいことには間違いないものの、重要な情報には触れないことであえて誤解を誘うこと。

「パムのトラブル」の発端がまさにこれでした。
確かに「パム」は、
 「『○○』さんにも欠点はある。」
とは言いました。
ここから、
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
と誤解されたのです。

真実は、
 「(『○○』さんのバンドをずっと見ていて楽しかったし、『○○』さんと一緒に活動しても楽しい。)
   (しかし、)『○○』さんにも欠点はある。
   (だけど、『○○』さんの欠点なんか気にしていない。)」
と言う趣旨だったのです。




◆19:Loaded Question(誘導尋問)

特定の答えを暗示してそれを要求するような論法。

「パムのトラブル相手」の一人との会話でこれと似た論法を「パム」は受けました。

(1)
 パム:「パム」は最初は「○○」さんの事を憎んでもいなかったけど、今は「○○」さんとは関わりたくないと思っている。
 相手:じゃあ、「パム」は「○○」さんを憎んでいるんだ。
(2)
 パム:「パム」が今後、活動する上で、「○○」を理性的に見た上でその欠点を改良して続けたい。
 相手:「パム」が「○○」さんを嫌っているからって、そんなのを持ち込むな。

「結論」が飛躍しすぎているんですが・・・・・・。




◆20:Misunderstanding Statistics(誤解させる統計情報)

もっともらしく見せかけるために統計を用いること。
例えば、
 「84%の人が病院で死ぬそうです。
  長生きしたければ退院するべきです」
というロジックがおかしいことは明らか。

「パムのトラブル」でもこれはあったと思います。
 ・みんな「パム」を嫌っている。
この根拠は正しいのでしょうか?

「パムのトラブル相手」が「第三者」に対して「パムの悪口」を言った場合、
「第三者」が適当に相槌をうって逃げていた可能性もあったと思います。




◆21:Non Sequitur(間違った推論)

過去の事実から誤った推論を導くこと。
例えば、
 「前回の新月のときにサンフランシスコで地震があった。
  だから金曜の新月の日にはまた地震がおこるはずだ」
というような解答を導き出すことがよい例です。

「パムのトラブル」でもこれはありました。
 ・「パム」は「○○」を憎んでいる。
と言う前提から、
 ・「パム」は狂っている。
と、結論が出せますか?




◆22:Omniscience(全知)

 「絶対」とか
 「いつだって」とか
 「誰しもが」
などの絶対的条件を声高に主張すること。
例外は必ずあるものです。

「パムのトラブル相手」の一部は。このタイプの言動をしていました。
 ・「○○」は絶対に間違っていない。
 ・「○○」は世間を全て知っている。
 ・「パム」は皆から嫌われている。
・・・良くもまあ、恥ずかしげもなくこんな事を言えますね(笑)




◆23:Post Hoc, Ergo Propter Hoc(因果の誤謬)

 「Aという事実が起こった後にBが起こった。
  AがBの原因に違いない」
と考えること。
21番の「間違った推論」に似ていますが、これは時系列の前後関係を原因・結果に見立てる点が特徴的です。

「パムのトラブル」でもありました。
 ・現在の「パム」は「○○」と関わりたくないと考えている。
と言う事から、
 ・「パムのトラブル」発生時から「パム」は「○○」を憎んでいる。
との結論を出す議論がこれです。




◆24:Proving Non-existence(悪魔の証明)

「存在しない」ということの証明を求めること。
STAP細胞が存在しないことを証明するのは不可能です。

「パムのトラブル」でもこの「悪魔の証明」はあります。
 ・「パムのトラブル相手」から「パム」への嫌がらせが存在したか?
これが「存在していない」と証明するのは、難しいのではないでしょうか?




◆25:Red Herring(燻製ニシンの虚偽)

注意をそらすために議論のテーマを変えること。

「パムのトラブル」の議論がメインのはずなのに、
「パム」の「行動/言動」の一つ一つを挙げて、
 ・「パム」は感謝が足りない。
を議論の焦点に変えていくのはこの例でしょう。




◆26:Reification(具現化)

抽象的な事柄を、さも具体的なものとして扱うこと。

「パムのトラブル」でも「パム」はこのタイプの攻撃を受けました。
 ・「パム」がインターネットで発言した「一般論」としての言動
から、
 ・「パム」が「パムのトラブル相手」を攻撃した証拠
にされたのです。




◆27:Slippery Slope(風が吹けば桶屋が儲かる)

ある事実から次の事実を連続的に導くことで、結果としてまったく正しくない事実を導き出すこと。

「パムのトラブル」であった攻撃の一つです。
 ・「パム」が「某所」にお世話になっている。
と言う事実から、
 ・「パム」は「某所」が好きだからそこに通っている。
と言う結論を出して、
 ・「パム」は「好き/嫌い」で判断する。
と結論を出されたのです。




◆28:Small Numbers Statistics(少なすぎるサンプル)

ごく少ないサンプルから一般論を導くこと。

「パムのトラブル」でもこのタイプの主張を強くされました。
 ・「某新興宗教」が「信仰内容」として「心理学/精神医学」を批判している。
  ↓
 ・「某新興宗教」が「宗教活動」の一環として「コンサータ」を批判している。
  ↓
 ・「某新興宗教」の信者の医師も「信仰」としてインターネット上で「コンサータ」を批判している。
と言う前提があります。
ここまでは、「正当な宗教活動」であると思います。

しかし、このサンプルから、
 ・「パム」は「コンサータ」を服用している。
  ↓
 ・「パム」はシャブ中である。
と言う「一般論」を展開されたのですが、これは「信仰内容」であって「一般論」ではありません。




◆29:Straw Man(ストローマン)

相手の意見を歪めたり一部のみを取り出して解釈して、それに反論する論法。
例えば、
 「雨が嫌いだ」
という相手の意見に対して
 「雨がなくなった方がいいと言うのですか?」
という反論は、相手の意見を正しく受けてはいないので議論はかみ合いません。

「パムのトラブル」で「パム」が何度も喰らった攻撃の一つです。
 相手:「パム」は感謝が足りない。
    何故ならば、お世話になったアーティストのライブを見に行ったりせずに、自分が主催/出演するライブの告知ばかりだからだ。
 パム:「パム」が今はお世話になったアーティストのライブを見に行っていないけど、
     [ここで打ち切られる]
    (今の「パム」には他のアーティストのライブを見に行くお金や時間の余裕が無く、自分のライブで精一杯だからだ。)
 相手:「パム」はやっぱり感謝が足りないな。




◆30:Tu Quoque(そういうお前は論法)

自分に対する批判に対して、議論とは関係のない別の批判で返すこと。

「パム」は「ADHD」です。
そして、「パムのトラブル相手」にも「ADHD」が複数おります。
そして、こんなやり取りもありました。
 パム:「○○」は「ADHD」だから、「××」と言う事をしがちだと考えている。
 相手:同じ「ADHD」の「パム」が言うな。
同類同士の対立って、「ブーメランの投げあい」なので困りますね・・・。




ああ、だから、「パム」との直接議論を避けて、
 ・インターネット上での誹謗中傷
 ・他人への「パム」の悪評を吹聴
に終始するんですね(爆笑)
https://www.rirekisyodo.com/study/pass-the-buck.html


責任転嫁する人にはいくつか特徴があります。
また責任転嫁する時、彼らは内心どんなことを思っているのでしょうか?
ここでは心理面に注目して特徴を4つ紹介します。
また責任転嫁する人がなりやすい「新型うつ病」という心の病気についても掲載していますので参考にしてください。

この「新型鬱病」ですが、どうやら従来の「鬱病」とは違うようですね。




責任転嫁してしまう人の心の中を徹底解明

あなたの周りに何でも責任転嫁する無責任な人はいませんか?
反省せず自分の失敗を認めず、他の人にその責任をなすりつける。
責任転嫁するほうは簡単で楽ですが、されたほうはたまったものじゃありませんよね。
会社の上司が責任転嫁するタイプだと最悪です。

本来上司の役割というのは責任を取ることが最も重要な役割です。
 「何かあった時の責任は俺が取るから安心していい」
なんて言われたら頼もしいですよね。
ここではその真逆の人々、自分の犯したミスもすべて責任転嫁する人たちの心理と特徴について説明します。

あるロックバンドのバンマスは、誰かを粛清して責任転嫁してますね(苦笑)

しかし、メンバーの中に「責任転嫁する人」が混ざっている場合は、
>「何かあった時の責任は俺が取るから安心していい」
こんな事なんか怖くて言えませんwww

そういうメンバーがいる場合は、
 ・リーダーの責任範囲
 ・メンバーの責任範囲
を、リーダーが吟味しながら進めないとならないのかなと、考えています。




「責任転嫁」の意味は自分の罪や責任を他の人になすりつけること

「責任転嫁」の意味を調べると、
 自分の罪や責任を他の人になすりつけること、
とあります。
語源は
 「再度の嫁入り(再嫁)」
という意味で、そこから転じて「転嫁」は人に移すという意味を表わすようになりました。
「転嫁」のみでも自分の罪や責任を他の人になすりつけるという意味があります。

今回、「パム」が提訴した「民事訴訟」もこの「責任転嫁」ではないかと、一見、見えるでしょうね(含笑)




1.責任転嫁する人は自己愛が強い

責任転嫁する人は自己愛が強い傾向にあります。
自己愛が強いと己のかわいさから
 自分を甘やかし、
 自分の問題点から目を背け、
 他人のせいにしたり
して、
自己の責任から逃れるため無意識に自己防衛が強く働きます。
彼らは自分のことしか考えていません。
そして
 「自分はデキる人間だ」
と周囲にアピールして認めてもらいたい承認欲求がとても強く、
完璧を求めるが故に、己の失敗を認めることが出来ないのです。
自分のミスを認めてしまうと「完璧な人間」というイメージが壊れてしまうため、
精一杯の見栄を張り、責任を他の人に押し付けてしまうのです。

「パムのトラブル相手」の中にはこのタイプがいますね。
 「私は欠点が無い。」
 「オレは世間を全て知っている。」
こんな言動をしていました。
まさに、「自己愛が強い」と言う事でしょう。




2.責任転嫁する人は人から怒られるのが怖い

責任転嫁する人は往々にして子供っぽいです。
幼い頃から親に甘やかされて育った人が多いため、怒られたり、指摘された経験はあまりありません。
そのせいで大人になってもミスを指摘されたり、怒られるのを極端に嫌います。
彼らは怒られることが怖いのです。
そのため、他の人に責任を押し付けて自分は平然と非難する側に回ります。

ここ、一点だけ訂正させて下さい。
>幼い頃から親に甘やかされて育った人が多いため、怒られたり、指摘された経験はあまりありません。
これだけではありません。
 ・幼い頃から毒親の精神的虐待を受け続けながら育った人が多いため、怒られたり、指摘されたりする事に過剰に敏感になっています。
こういうケースもありえます。

「パムのトラブル」でも、「パム」が「怒られるのを怖がっている」と勘違いした言動を何度も受けました。
 「○○君が本気でキレると怖いよ。」
 「○○○○を敵に回すと本気で潰しに行くんですよ。」
 「オレはヤクザとコネがある。」
なんて感じの事を言われました(苦笑)

・・・「脅迫」ですか?




3.責任転嫁する人は楽をして世の中を渡りたい

責任転嫁する人は面倒事を嫌います。
できることなら楽をして世の中を渡っていきたいと思っています。
そのため、自分がミスを犯して失敗しても、
 その責任を取るなどという面倒なことをするくらいなら他の人になすりつけてしまったほうが楽だ
と考えるのです。
怒られるのが怖いタイプの人もそうですが、この楽をしたいタイプの人たちも本当は自分がミスをしたという自覚はきちんとあります。
ある上で確信犯的に責任を押し付けているのでタチが悪いです。

「パムのトラブル相手」の中に1名ほど、このタイプがいますね。
しかし、その人は、「パム」がどういう人物であるかの判断を大きく誤りました。
残念!




4.責任転嫁する人は「自分は悪くない」と無理やり思い込んで虚勢を張っている

責任転嫁する人は
 「自分は決して悪くないはずだ」
と必死に思い込もうとします。
彼らは自分と自分のプライドを守るのに必死なのです。
自分の非を認めてしまえば
 高くそびえ立った自身のプライドが音を立てて崩れていく
のが分かるから、彼らはそれが怖いのです。
プライドが高いということは裏を返せば何らかのコンプレックスがあり、自分に自信がない証拠。
そういう自分を見透かされないように虚勢を張って責任転嫁してしまいます。

さてさて、「パム」はこれに当てはまるでしょうか?
まず、
 「全部、自分が悪い。」
と言う言動も「無責任」だと言う事実を先に書いておきます。
だから、「パム」は「パムのトラブル相手」との「妥協」を何度も試みたのですが、全て無駄に終わっています。
それどころか、よけいに「パムのトラブル」が余計にこじれてエスカレートしました。
だからこその今回の「民事訴訟」なのです。




責任転嫁する人は心の病かもしれない

自己愛の強いタイプで責任転換する人は、実は心の病にかかってしまう可能性もあります。
それが最近ニュースでも話題になっている「新型うつ」です。
心の病から責任転嫁してしまうなら社会の常識や規律に自分を慣れさせる必要がある

従来のうつ病は、真面目で正義感があり、自責感の強い人が自分を追い詰めすぎてなる病気と言われてきました。
しかし、文明が進んだ昨今、まったく真逆のタイプのうつ病患者が若者を中心に多くなってきました。
それが「新型うつ病」です。(非定型うつとも呼ばれる)
この新型うつ病の特徴は、
 仕事はやりたくないのに趣味に関することは元気に出来たり、
 「こんな風になったのは会社のせいだ、親のせいだ」
と他責感を持ちながら抑うつ状態になります。
強すぎる自己愛と自己中心性のせいで周囲を責めてしまい、憂鬱感や焦燥感が強くなり、うつ病になってしまうのです。

従来のうつ病の場合、薬物治療と休養が何よりも必要でしたが、この新型うつ病の場合、休養では完治しません。
規則正しい生活をし、普段通り仕事にも通うなかで、社会の常識や規律に心身を慣れさせていき、
自己中心的な歪んだ認知を変容させるというアプローチが必要になります。

従来のうつ病
 ・集中力がなくぼーっとする。
 ・常時落ち込んでいる。
 ・好きなものにも興味がなくなり、意欲が沸かなくなる。趣味もできない。
 ・自責の念が強い。
 ・身だしなみもどうでも良くなる。

新型うつ病
 ・注意力が散漫になる。
 ・好きなこと、楽しいことがあると気分が明るくなる。
 ・心配事や悩み事があると落ち込む。
 ・イライラして怒りっぽくなる
 ・他責感が強く、責任転嫁する。
 ・急に不安が強くなったり、キレやすくなる。

これって、「パーソナリティ障害」の治療法に似ていませんか?



<参考>
○Q4.新型うつ病が増えていると聞きます。新型うつ病とはどのようなものでしょうか?|日本うつ病学会
http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/qa/pdf/qa4.pdf

○境界例と自己愛の障害からの回復
http://eggs.g.dgdg.jp/

https://hatebu.me/entry/discussion

日本ではパブリックな議論サービスが根付かない

衆議院選挙関連などで
 「日本でもパブリックに議論を展開できるWebサービスがあった方が良いのではないか」
という意見をよく見掛けました。

そういうサービスがあれば良いなと思うのですが、
今まであまたの人々が日本でそのようなサービスを考えて立ち上げて失敗したのを見てきました。
そういうサービスの屍を見ていて思うのは、日本人はあまり議論が好きではないし得意でもないのかなと思っています。
議論が実りある結果に終わることがとても少ないんですよね。
完全なモデルケースとは言えないですが、Redditのようなサービスはなかなか日本では根付かない。

私もあまり議論が得意ではないので人のことは言えないし、
普段は喧喧諤諤の議論をするわけではなく「すみません」と自説を引っ込めることも多いのですが、
ネット上で議論が成立していない残念なアンチパターンは結構見てきたように思います。
今回はそんな議論が成立しない日本人のタイプを18種類に分類してみました。
そもそも、「建設的な議論」ってなんなのでしょうか?



罵倒や汚い言葉で攻撃するバーサーカータイプ

 「ふざけんな」
 「バカじゃないの?」
 「じゃねえよ」
 「ボケが」
 「クソが」
など威勢がいい言葉を浴びせる人達がいます。
何かを強く否定したい気持ちをご自身の言葉で表明されたのかもしれませんが、
自説を論理で補強する材料には1ミリもなっていません。
議論をするときに理性より感情を重視する人には物怖じさせて沈黙させる効果はあるかもしれませんね。
「パムのトラブル」で「パム」が「パムのトラブル相手」から言われた言葉がまさにこのタイプの言葉です。
「罵倒」じゃ解決にはなりませんよ。



常識を持ち出して批判する異端審問タイプ

 「そんなの常識だろ」
 「常識で考えろ」
など常識を振りかざす人もいます。
常識とは、ある場所、ある期間、ある時代に、
多くの人々が
 「真実として検証されている」
と信じている知識のことです。
したがって、常識は必ずしもウソではありません。
しかし、その検証方法が間違っていたかもしれないし、前提条件が変わってしまったかもしれません。
常識は日常生活において思考のショートカットでもありますが、議論をする上では常識の前提条件を検証する態度が重要でしょう。
「パムのトラブル」で「パム」もこう言う言葉を言われました。
 「パムが劣っているのは常識だ。」
とか、そんな妙な常識論を振りかざして来たのです。

それって、どこの常識なのでしょうか?(爆笑)



根拠を出さずに批判して達観する安西先生タイプ

 「この人、何もわかってない…」。
これだけしか指摘されないと、どのようにわかってないのか検証する術がありません。
わかってないのは自分自身かもしれません。
反論する以上は根拠を出した方が建設的です。
「パムのトラブル」で「パムのトラブル相手」から一度も言われていないのは、
 「パムのどこに落ち度があったのか?」
と言う事に関する「パムが納得できる説明」なのです。

こう言う行動に出られると、「パム」は困り果てます。



個人的な内面の表明で批判する臨床心理学タイプ

 「気持ち悪い」
 「うわぁ…」
 「俺は嫌いだ」
など個人的な心情を表明されることは尊いことであり繊細で豊かな感情をお持ちなのだと思いますが、
そのような感情を抱いている人は自分自身だけかもしれません。
感情のぶつけ合いでは口喧嘩と変わらないので、議論をする以上は論理立てて主張を構築しましょう。
「パムのトラブル」で「パムのトラブル相手」から。
 「みんなパムを嫌っているんだよ!」
と、何度も言われました。

これって、個人的な内面の表明でしょ?www



異論をブロックで粛清するスターリンタイプ

ネット上で意外に多いのがこのタイプ。
論争的な話題を提起して色々な人が議論に参入してきたのに、
自分と異なる意見や批判が向けられるとブロックして視界から粛清する人達です。
反対意見も含めて議論していけばより発展的な議論ができるのに、それを自ら排除して自分の計画議論だけを進めようとします。
誹謗中傷などでブロックするならわかりますが、異論だけでブロックするのは肝っ玉が小さいですね。
自由に議論を戦わせる人々が最終的には優れた結果を生むでしょう。
歴史がそれを証明しています。
「パムのトラブル」の発端の一つがまさにこの「粛清」なのですよ。
何もここまでしなくても良いのに・・・って、「パム」は思いますです。



コンテクストこそ至高と考えるモダニズムタイプ

 「私の言いたかったことが伝わってない」
 「言いたかったことと違う」
 「誰も本質を理解してない」
 「的外れ」
などのような弁明をネットでもよく見掛けます。
いと高きところにおわしまして、地上の無知蒙昧な大衆の愚かさと無理解を嘆くタイプです。
確かにコンテクストが曲解されて伝わったのかもしれませんが、
テクスト論では「作者の死」などのようにテクストは作者の意図の支配を離れて多義的に解釈されるべきだとする立場もあります。
そこから新たな気づきが生まれることもあるでしょう。
テクストはあなただけが統治するものではないのです。
「表現活動」もその通りですね。
「表現者の意図の通りに受取る義務」なんて存在しないのです。



批判だけしかしない野党タイプ

 「野党かよ」
と思うくらい何事も批判だけしかしかい人もいます。
健全な批判精神のもとで批判に次ぐ批判を続けていれば何らかの魅力的な解決策や視点が生まれる可能性はありますが、
その見込みが無いまま批判し続けるのは現状追認を何ら覆す結果にはなりません。
国会を見ていればわかりますよね。
「パムのトラブル相手」の一人、「パムを10年以上もストーキングしている50代既婚男性」もこのタイプです。
「パム」の言動/行動を一つ一つ取り上げては、批判してくるのです。
ホント、ご苦労様です。



可能性は残されていると主張するカルト信仰タイ

 「○○の可能性は否定できない」
 「定説は間違っているかもしれない」
などのような可能性の議論も見掛けます。
森羅万象すべてについてコペルニクス的転回やパラダイムシフトの可能性はあるでしょう。
それは同時にこの指摘は何も言っていないし証明していないことと同義です。
可能性のロジック構築や定量化ができない議論は水素水やEM菌の議論でもよく見掛けますし、
カルトの論拠も多くがこのような構造になっています。
「パムのトラブル」で焦点になった項目に、
 「パムがコンサータを服用するのは是か非か?」
と言うのがあります。

「コンサータ」の中身は「リタリン」です。
この「リタリン」は「覚醒剤(ヒロポン/ゼドリン)」などと同様の効果がある薬物です。
そこから、
 「パムがコンサータを服用するのは、覚醒剤中毒者と同様の行為である。」
よの指摘がありました。

しかしながら、「コンサータ」の服用は厚生労働省より認可されておりますし、そこに部外者が口を挟むのは余計なお世話です。



重箱の隅をつつくような校正家タイプ

誤字脱字・Typo・揚げ足取り・本論の主旨を変更するものではないデータや知識の不備を突いて、
鬼の首を取ったかのように勝利宣言する人がネット上には結構います。
その指摘が攻撃力が低く、相手の議論の本旨を覆すものではない可能性を留意する必要があるでしょう。
「パムのトラブル相手」には、
 ・パムが3色ボールペンを使う事
 ・パムがマーカーを買う必要に迫られた事
 ・パムがそば屋でカレーライスを食べた事
 ・パムがコカコーラを飲む事
などなどを、「大悪事」であるかのように攻撃してくる人がいます。

・・・・・・、これ、何の意味があんの?(苦笑)



絢爛たる比喩を生み出すシェイクスピアタイプ

例え話が好きな人は多いですよね。
比喩を出すことで議論したい事象がより明確に相手に伝わることもあります。
絢爛たる比喩は修辞学の観点からも素晴らしいものです。
しかし比喩は慎重に出さなければ、ともすれば本題と全然関係ない議論に陥ってしまいかねない陥穽もあります。
比喩のラビリンスに突入したらなかなか抜け出ることはできません。
比喩と本題でどの部分が似ていて、どの部分が異なるのかを明確にする必要があるでしょう。
日本の財政赤字を一家の家計に例える議論などもそうですね。
「パム」が説明をする際に「例え話」をする事もあります。
その場合、話題の焦点が本題からずれていって、「例え話」の成否に話題の中心が向かってしまいます。
こうなると、もう、どうすりゃ良いのでしょうか?(困)



長文で議論の焦点をぼかすフィリバスタータイプ

何千文字もの長い主張が書かれていても、放談調で何が争点であるのかが明確になっていないと、
議論は漠然としたものになってしまいます。
争点の緻密さや正確さを担保するために長い立証が必要となる場合も勿論ありますが、
そうでなければ主張の論点や争点を端的かつ明確にした方が相手に伝わりますし、より実りある議論ができるでしょう。
そして個別の論点について、どのような論争になっていったのか定点観測する必要もあるでしょう。
そうでなければ長引くだけの単なる話し合いに終わることになります。
・・・・・・これ、「パム」かもですm(_ _)m



理想論や綺麗事を振りかざすトマス・モアタイプ

日本には建前と本音という美しい伝統的価値観がありますが、議論で建前を持ち出しても何ら益するものがありません。
実態を見ずに綺麗事や美麗字句だけを並べて人々の共感を得ようとする態度は単なるデマゴーグです。
シビアに現実を見ていく視点が議論では必要とされています。
綺麗事や理想論で世の中が動くならば、
今ごろ世界各国は武器を全て溶鉱炉で溶かして恒久平和が実現し、私達は音楽や文学などを愉しむ牧歌的な生活を送っているでしょう。
 「お互いの長所を認め合って・・・」
と、「パム」は何度も説得されました。

・・・えっとね。
「パム」は何度も「パムのトラブル相手」を認める言動をしていたんですよ。

しかし、「パムのトラブル相手」は自分の主張を押し付けるばかりでどうにもなりませんでした。



毒にも薬にもならない話しかできない教科書タイプ

議論をする以上は自分の旗幟を明らかにして独自の持論を展開しましょう。
論点を網羅していく必要はありますが、
あらゆる視点を羅列していくだけだったら、毒にも薬にもならない世間話になります。
 自分の視点や守りたい価値・考えとは何であるのか、
 自分は何を間違っていると思うのか、
 他者の意見と比較して独自性が何であるのか
を明確にしていかないと、
ただの教科書的な主張で終わるでしょう。
「細部より要点を重視する」と言う事ですね。
これは、非常に大切な事だと思います。



価値比較ができない南雲忠一タイプ

 「でもこれも大事だよね」
 「それだけじゃないよ」
 「他にも色々あるでしょ」
など世の中のあらゆる論点は基本的に重要です。
しかし、その中でも
 私達が優先順位をつけて取り組んでいかなければいけない問題や、
 いま手を付けるべきではない問題も
沢山あります。
どの論点も等価で議論することになったら、おそらく議論の目的は達成できないでしょう。
価値比較は大事です。
これって、議論の焦点をずらす言動ですね。
この種類の発言をされたら、本題に戻す努力をしましょう。



証拠を明確にせずに持論を展開するSTAP細胞タイプ

議論をするからには論理一貫性が通っていることは最低限必要ですが、それ以上に重要なのはデータや証拠文献を集めることです。
論理の筋道が通っていてもデータが無いならば、誰も追検証することができず真偽が分からないままになります。
反証可能性が要求されているのは科学だけではなく、議論においても同じです。
個人の体験や思索から導き出した結論であっても、それを一般化できるかどうかはデータや文献を可能な限り集めていくことが重要でしょう。
 「パムはいつもそうだ。」
 「パムを皆、嫌っている。」
などなど、ありそうでない根拠で「パム」を論破してくる人との対決が「パムのトラブル」では何度もありました。

こんな事を言われると、「パム」は黙るしかありません。



因果関係と相関関係の混同するNHK AIタイプ

はい。
相関関係は因果関係を示すものではありません。
朝ご飯を食べる子どもが成績が高い傾向にあるのは、
朝ご飯の摂取に脳のはたらきを優れたものにしていく直接効果があることを示すものではなく、
規則正しい生活を送っている家庭環境などそれ以外の因子が関係しているかもしれません。
疑似相関になっていないか解析していく必要があるでしょう。
 ・因果関係:Aと言う原因でBと言う結果が生じた
 ・相関関係:Aの事象とBの事象には関係性があるAであるならばBでもある(可能性が高い)。※括弧内を加えるのが正確である。
「パムのトラブル」で「パム」が発言する際に、この種類の言動には気を配っています。
「相関関係」だけでなく、「目撃証言」「裏づけ」などもしっかりととっております。



アカデミックに煙に巻く衒学家タイプ

 「マルクスを読め」
などで議論を煙に巻いたり、
必要でもないのに専門用語を駆使して難解な議論を展開しようとするのはペダンティックです。
学者や著書の権威を借りて論証不十分な自説をカモフラージュするのも良くないでしょう。
専門用語は議論を難解であるかのように見せて権威づけをするためにあるのではなく、精緻な議論を重ねていくためにあります。
その基本を忘れたら、議論はただ難解なだけの中身が無いものになるでしょう。
う”っ!・・・・・(汗)
昨今の「パム」のブログはどうなのでしょうか???



レッテルやステレオタイプで人を貶めるタイプ

 「嘘つき」
 「性格が悪い」
 「売国奴」
 「極悪人」
 「ヒトラー」
など誰かにレッテルを貼って人格攻撃したり、ステレオタイプで判断した議論を展開するのは最低な行為です。
それが結局はその人が持っている意見の有用性を無下に殺してしまうことにもなり、
議論を通じた相互理解や発展を困難なものにしてしまいます。
 「日本人は議論が弱い」
 「議論に弱い人はこんなタイプ」
のようにステレオタイプな認識を列挙するのも同じです。
故に私は議論が弱いのです。
「パムのトラブル」でもこの
 ・レッテル
 ・ステレオタイプ
による攻撃を喰らいました。

こうなると、もう、法廷に持ち込むしかありませんね。

https://xn--ccke5d6a8fj3i7afn.com/2018/03/26/love/


「パム」と言う
 ・恋人いない歴=年齢
 ・40代独居独身
 ・白髪のオッサン
 ・ワーキングプア
が「愛」について語りますよーwww

我ながらイタいテーマです(笑)


本当の愛とは何か?を考えてみる

いきなりですが、愛とはなんでしょうか?
真っ先に思い浮かぶのが、
 男女間の愛
ですね♡
そして、
 「親が子を思う愛」
も、解りやすい愛ですね☆
更には、
 「愛国心」という言葉に見るような、国を愛する心も「愛」と言えますし、
 「博愛」なんて言葉のように、すべての人に対する愛もあります。
平和を愛する心も愛ですし、自然を愛するのも、愛です。
しかし、わたしはこうした色んな愛の中には、
 「間違った解釈の愛」
もいくつか含まれているような気がするのです。
たとえば・・・
恋人同士の会話によくあるような、
 「わたしはこんなに愛してるのに!」
 「本当にわたしの事を愛してるの?」
なんて言葉は、既に愛ではないと思うのですね。
その理由は、
 「私を愛してよ!」
と言ってる時点で、相手に対価を求めているからです。
同時に、相手に対して、
 「自分にとって都合の良い人に変わってほしい」
という、自分の要求を押し付けているに過ぎません。
これは、愛ではなく、実は「依存」と言うのですね。
なぜなら、自分が気持ち良い状態になるために、相手を変えようとしている時点で、
それは自分の幸福感を相手に求めている事なので、つまり、相手に依存している事になるのです。
一部のスピリチュアリストは、
 「恋愛とは、ただの娯楽である」
と言っていますし、わたしもその通りだと思います。
実際、人の恋愛話を聞いていて感じるのは、
相手に対する依存心と、要求が叶わなかったときに発生する自己憐憫の感情ばかりで、
ほとんどの人がそれを「愛」だと勘違いしています。
そのため、多くの人にとって、
恋愛とは、思い通りにならないドラマティックな物語を、お互いに楽しむだけの娯楽にすぎないのです。
実は、こんな感じで、わたしの中では「恋愛」の本質が見えています。
しかし、スピリチュアルな情報を発信している人の9割は、
恋愛の話題が中心で、恋愛について色々唱えていますが、
わたしは正直、
 「どうでもいい事で長々と喋ってるなぁ~」
と、覚めた目で見ております(*´ω`*)
だって、思い通りにならないのが「恋愛の楽しみ」なのに、
それを
 「思い通りにならない!」
って悩んでるのなんて、滑稽だと思いませんか?
言い換えれば、恋愛で悩んでいる人とは、
 「そんなことで悩めるほど、めちゃくちゃ幸せな状態なんだ」
という事に、自分で気づいてほしいと思います。
本当に相手を愛していると公言するのなら、相手に何も望まないのが「愛」なのです。
相手が浮気しようが、暴力を振るおうが、そんなダメ男を自分で選んでおきながら相手を変えようとするなんて、
それはもう愛などではなく、自分の幸福の基準を相手に求めている「依存心」なのです。
恋愛とは、ほとんどの人にとっては、「恋+愛」の「恋」の部分のウェイトが大きいのですね。
恋とは、
 下心であり、
  簡単に言うと
   「性欲」や
   「金銭欲」などの
  「物質欲」なのです。

>「わたしはこんなに愛してるのに!」
>「本当にわたしの事を愛してるの?」
これって、「見返りを期待した『gove and take』」ですよね。
こんな事を言う人から愛された場合、なんか「契約書」とか書いてもらった方がよろしいのでしょうか?(嫌味)




親が子を想う「本当の愛」とは?

それでは、親が子を想うような愛はどうでしょうか?
大抵の親は、子供に愛を感じていますし、
母親なら
 「無償の愛で子供を守りたい!」
と思うのは当然でしょう。
しかし、親子間の愛においても、たまに
 「えっ?」
と思うような話を聞くことがあります。
たとえば、子供が生まれたばかりの頃は、どんな親でも大喜びしますが、
子供が大きくなってくると、次第に子供に対する「要望」がどんどん出てくるんですよね。
よく聞く話としては、
 「お母さんはアンタの為を思って~」
という言葉ですが、これ、親は「愛」だと勘違いしていますが、
実は
 「親の希望を子供に押し付けているだけ」
なんですよね。
 「アンタの為を思って」
という言葉の裏には、
 「子供の事を考えているフリをした親のわがまま」
が隠れているのです。
 「勉強しろと言うのは、あなたの為を思ってるからなのよ!」
 「塾に言ってほしいのは、あなたの為なのよ!」
こういう話も、友人夫婦の話を聞いていると多いのですが、
 それって子供に対する「自分の要望」というだけで、愛じゃないのでは?
と、わたしは思うのですがね。
皆さんはどう思いますか(*´ω`)?
本当に子供を愛しているのなら、
 たとえ、
  子供が学校の成績が悪かろうが、
  引きこりニートだろうが、
 全部ひっくるめて、子供に
  「愛してる」
 と言えるのが、本当の愛だと思うのです。

>たとえ、
> 子供が学校の成績が悪かろうが、
> 引きこりニートだろうが、
>全部ひっくるめて、子供に
> 「愛してる」
>と言える
これって、「子供の主体性を尊重する」と言う事ですよね。
自分で動いてみないと成長できません。
そして、自分の判断で動く訓練をしないと、成人した後に苦労します。

育児の時に子供にあれこれ口を出しすぎるのは、「愛」では無いと「パム」も思います。




博愛は、本物の愛!?

こうして「愛」を考えてみると、意外と
 「それ違うだろ!」
って事がチラホラと見えてくるものです。
そして、多くの方が「愛」と勘違いしやすいのが、依存心だと思うのですね。
では、本物の愛とは何なのか?
この答えは、やっぱり
 「相手に何も見返りを求めない想い」
なのではないでしょうか?
たとえば、博愛と言う言葉は、広く言えば
 「すべての人類に対する愛」
であり、そこには何の見返りも求めません。
そして、
 「自然を愛する」
という感情も、相手に何も求めないと言えます。
だって、自然を愛している人は、自然に対して、
 「わたしはこんなに自然を愛しているのに、もっと頂戴よ!」
なんて思いませんもんね(・∀・)
という事は、わたしたちは、
 「特定の人間同士の愛」
を語る時に、愛を間違って解釈してしまいがちなのではないでしょうか?
まぁ、今ではわたしも偉そうに「愛」について喋ってますが、
若い頃は、そりゃもう、相手に依存しっぱなしな自分を、
 「愛を与えている」
と勘違いしていたんですけどね♪
愛とは、自分が相手に与えても、決して同じ量が返ってくるものではないのですね。
たとえ、相手が何も返してくれなかったとしても、
自分が与えることで幸福感を感じていれば、それはあなたにとっては「本当の愛」なのです。

「博愛」は現実的では無い気がしますが・・・ね。
人間は誰しもエゴがありますから、「博愛」は無理だと思います。
「無私の愛」と言うのも綺麗事に見えます。

じゃ。何が「愛」なのでしょうか???

https://www.bengo4.com/c_1018/b_226899/


私はある裁判の被告側の証人として、裁判所へ「陳述書」を提出しました。
その「陳述書」を巡って、ある問題が起きています。
非公開での法廷で、私の陳述書が公開され、原告側は私の陳述書に事実誤認があるとし、
裁判所へ「反論書」を提出することになったようです。
このことは後日、被告本人から知らされましたが、どこに事実誤認があるかは、原告側が法廷で明らかにしなかったので、
すべては「反論書」で、ということになっているようです。

口頭だけの陳述だと「言った/言わない」となりますので、「書面」が最適だと思います。




しかし昨日の1月15日、仕事で人通りのある駅前を歩いていると、
原告団の一人が私を見つけて呼び止め、路上で
 「あなたの陳述書には事実誤認がある!」
と言い始めました。

このことは路上ではなく法廷で証言しなければならないことなので、
私は答えることもなくその場を立ち去ろうとしましたが、さらにしつこく話していました。
周囲は人通りがあり、このままではいけないと思い、
仕事で使用するビデオカメラを手にし、
 「これは証拠として残します」
と宣言して、撮影しました。

その途端、その人物は黙り込み、その場から立ち去っていきました。

私は、これは係争中の裁判における原告側からの被告側証人に対する「圧力」「妨害行為」ではないかと考えます。
今回のことは、今後の裁判の中で証言したほうが良いでしょうか?

「パムのトラブル」についても、訴状受理後からも継続して「パムのトラブル相手」からの「攻撃」が続いています。




裁判が継続中に法廷外にて当事者が接触することは極力避けるべき事柄といえます。
当該行為が「圧力」や「妨害行為」にまで該当するかどうかは即断できませんが、
相手方に代理人がついているようであれば相手方の代理人に対して、
そうでなければ期日の際に裁判所を通してそのような行為を慎むように要望するのがよろしいかと考えます。


被告の代理人弁護士と相談して決めるべきでしょう。
ただ、その事実を証言しても、しなくても、裁判の帰趨に影響を与えることはないと思います。

え?
裁判には影響しないんですか???




ご回答をありがとうございます。
本日、被告と弁護士が話し合いを行った中で、私のことも取り上げていただきました。

今後、このようなことが繰り返されることがあれば問題だが、現時点では「妨害」を立証することは難しいとのことでした。

これですよね。
「パムのトラブル」でも「継続」しています。

さて、どうしたものか???

https://toyokeizai.net/articles/-/233921


私は、海外の10カ国以上の「産」「学」「官」の立場の人々と交流する機会があるのですが、
そうしたなかで認識したのが、
 「インターネットの登場後、日本だけが負けている」
ということでした。
それを端的に表しているのがGDPです。
日本だけが先進諸国のなかでGDPが増えていないどころか、減っているのです。

 http://urx.red/PBf7

・・・ホントですね。
1994年と2014年で比較すると、日本だけがGDPが減っています。
1995年にはWindows95が発売され、それ以降、インターネットが普及しました。
1999年以降、携帯電話でもインターネットができるようになり、
2010年以降にはスマートフォンが普及し始めてインターネットが身近になりました。




では、なぜ日本が一人負けしているのでしょうか。
拙著『全産業「デジタル化」時代の日本創生戦略』でも詳しく解説していますが、
それは生産者と消費者が直結する「インターネット型産業」に構造変化できず、
多くの産業分野において、旧態依然とした「ピラミッド型多重下請構造」をさまざまな規制によって保護してきたからです。
その結果、多くの産業が衰退してしまい、グローバルな競争で負けています。
 http://urx.red/PBgD

これに危機感を持った日本政府は、岩盤規制の改革を打ち出しましたが、
その岩盤は非常に分厚く、残念ながらいまだに規制改革がスピード感を持って進んでいるという状況にはありません。

ちなみに、岩盤規制とは、所管官庁・族議員・業界団体が三位一体となり、改革に強く反対し、緩和や撤廃が容易にできない規制のことです。
1980年代以降、経済成長の観点から多様な分野で規制緩和が行われてきましたが、
既得権益を持つ関係者の強い反対にあって問題の解決が後回しにされた規制として、医療、農業、教育、雇用などの分野に見受けられます。

>旧態依然とした「ピラミッド型多重下請構造」
皮肉な事に「IT業界」もこのような産業構造になっています(苦笑)。




岩盤規制によって規制改革が進まないなかで何が起きるかといえば、外来種による日本市場の席巻です。

アマゾンは、日本の流通市場をすでに席巻しています。
それは、日本の消費者が、古い体質の日本企業よりもアマゾンを支持しているからです。
日本企業が、業界保護のために、ネットかリアルかの問題を議論しているうちに、
アマゾンは、何でも買える、しかも安く買える時代を創ってしまいました。

先述したように、アマゾンのようなインターネットを駆使した新興企業を、
「デジタル・ディスラプター(デジタルによる破壊者)」と揶揄する人がいますが、
アマゾンはまさに、日本のいくつかの産業を破壊している最中といえるかもしれません。
もう15年以上前の言葉になりましたが、
「ロングテール」という言葉が、アマゾンのビジネスモデルを象徴した言葉として登場したことを覚えているでしょうか。
実は、この「ロングテール」は、インターネットの本質を表している言葉でもあります。

インターネットの本質は、「自律」「分散」「協調」であり、従属関係はどこにもありません。
自律した個々の「ノード」が分散し、協調することで世界に唯一のインターネットを形成しています。
だから、「an internet」ではなく「the internet」なのです。

通信工学ではなく、経済学に置き換えると、「ノード」は、「消費者」と「生産者」に置き換わります。
すべての経済活動の原点は、消費者による「消費」にあります。

アマゾンを消費者が支持しているのは、
大量には売れないものであっても、自分が欲しいものを扱ってくれているロングテールにその原点があるのです。

ここでは「アマゾン」だけを例に出していますが、他の外資系では、
 ・マイクロソフト
 ・アップル
 ・グーグル
 ・Line
 ・Twitter
 ・Facebook
 ・レノボ
 ・Youtube
 ・Skype
 ・Dell
 ・エイサー
などなども日本に定着しました。

しかし、日本企業でも、
 ・ソフトバンク
 ・KDDI
 ・NTT
 ・楽天
 ・ミクシィ
 ・DeNA
 ・グリー
 ・カカクコム
 ・はてな
 ・サイバーエージェント
など、健闘している企業が存在するのも事実ではあります。
※「Yahoo! Japan」は「ソフトバンク」系です。




インターネットの本質

インターネットは、世界を一新しました。
インターネットは、分散型です。
ネットワークに接続された各ノードは完全分散型で、どこにも集中局がありません。
インターネットが登場する前の電話交換網や大型コンピュータのオンラインネットワークなどは、
必ず集中局があり、集中局が全体や部分を管理統括する役割を担っていました。
 http://urx.red/PBhO

それでは、集中局がないインターネットの基本原理はどのようなものでしょうか。

通信ネットワークや放送ネットワークをも呑み込んでしまうインターネットアーキテクチャの基本原理は次のようなものです
(RFC1958 [Architectural Principles of the Internet] Brian Carpenter)。

 ●一カ所に障害が発生しても全体に障害が及ばない
 ●コネクションレス(電話のように加入回線間の接続手順はなく、いきなり送れる)
 ●ネットワーク内では必要最低限の状態情報しか維持しない
 ●End to End制御(中間のノードは制御に関与しない)
 ●ユーザーがアプリケーション、サービスの選択を制御できる(何に使うかは限定しない)

このようなインターネットの基本原理は、
情報ネットワークの構成だけでなく、組織のあり方や外部組織との関係のあり方にも大きく関係します。

インターネットの本質は、「自律」「分散」「協調」の3つだと私は考えていますが、
これらを情報システムの方法論にすぎないと限定的に考えてきたのが日本の組織であり企業なのです。
この点に「日本が負けている理由」があります。

下記のインターネットサービスはまさに「分散型」です。
 ・Eメール
 ・個人ホームページ
 ・チャット
 ・掲示板
 ・SNS
 ・メッセンジャー
 ・ブログ
 ・キュレーションサイト
 ・携帯電話

>インターネットの本質は、「自律」「分散」「協調」の3つだと私は考えていますが、
>これらを情報システムの方法論にすぎないと限定的に考えてきたのが日本の組織であり企業なのです。
>この点に「日本が負けている理由」があります。
そして気になるのが上記の一節です。




日本の「失われた20年」の原因の本質とは

情報通信産業は、1985年に日本電信電話公社を民営化したことで競争原理が導入されました。
さらに、1994年のインターネットの商用化により、さらなる大きな変革が求められました。
インターネットの本質は、「自律」「分散」「協調」であり、
それらは情報通信産業だけではなく、あらゆる企業に大きな変化をもたらすものだったのです。

日本社会は、この本質をとらえきれずに省庁や業界の縦割り構造と相まって、インターネットに適合した制度改革を怠ってしまいました。
その結果、インターネットという技術革新の恩恵にあずかることができず、
前述した通り、これまでの20年間、主要国のなかで日本のGDPだけが減少し、他国の後塵を拝したわけです。
日本だけが、インターネットによる変化に十分に対応できなかったことこそが、「失われた20年」の原因の本質なのです。

組織や取引形態そのものをインターネット時代に合致したものに変えていく、
つまり、組織そのものを従来の「ピラミッド型組織」から「自律・分散・協調型組織」につくり変えることが、日本企業にとっては急務となります。

その目的は、急激な変化への対応スピードのアップとスケーラブル(大規模化も小規模化も容易)であり、
自律することで、各参加者(企業)が独立して活躍できるとともに、創造的かつ新しい挑戦ができることが大切です。

自律・分散・協調型組織の運営においては、全体の基本的な共通戦略がまず重要で、
その共通戦略を組織全体で共有するためのコミュニケーションを活性化させることも同時に必要になるでしょう。

 http://urx.red/PBiC

こういう改革をする場合、政治に「一貫性」「革新性」「現実性」が求められます。
1994年以降、従来の「先進国」以外にも経済成長した国が多数あります。
そして、日本だけが取り残された・・・・・・???

 <アジア>
  ・韓国
  ・シンガポール
  ・香港
  ・台湾
  ・中国
  ・インド
  ・ベトナム
  ・インドネシア
  ・イラン
  ・パキスタン
  ・バングラデシュ
  ・フィリピン
  ・ミャンマー
  ・サウジアラビア
  ・マレーシア
  ・タイ
  ・スリランカ

 <ヨーロッパ>
  ・ロシア
  ・トルコ

 <アメリカ>
  ・ブラジル
  ・アルゼンチン
  ・メキシコ
  ・コロンビア
  ・チリ

 <アフリカ>
  ・南アフリカ
  ・エジプト
  ・ナイジェリア