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「パム」と言う
・恋人いない歴=年齢
・40代独居独身
・白髪のオッサン
・ワーキングプア
が「愛」について語りますよーwww
我ながらイタいテーマです(笑)
「
本当の愛とは何か?を考えてみる
いきなりですが、愛とはなんでしょうか?
真っ先に思い浮かぶのが、
男女間の愛
ですね♡
そして、
「親が子を思う愛」
も、解りやすい愛ですね☆
更には、
「愛国心」という言葉に見るような、国を愛する心も「愛」と言えますし、
「博愛」なんて言葉のように、すべての人に対する愛もあります。
平和を愛する心も愛ですし、自然を愛するのも、愛です。
しかし、わたしはこうした色んな愛の中には、
「間違った解釈の愛」
もいくつか含まれているような気がするのです。
たとえば・・・
恋人同士の会話によくあるような、
「わたしはこんなに愛してるのに!」
「本当にわたしの事を愛してるの?」
なんて言葉は、既に愛ではないと思うのですね。
その理由は、
「私を愛してよ!」
と言ってる時点で、相手に対価を求めているからです。
同時に、相手に対して、
「自分にとって都合の良い人に変わってほしい」
という、自分の要求を押し付けているに過ぎません。
これは、愛ではなく、実は「依存」と言うのですね。
なぜなら、自分が気持ち良い状態になるために、相手を変えようとしている時点で、
それは自分の幸福感を相手に求めている事なので、つまり、相手に依存している事になるのです。
一部のスピリチュアリストは、
「恋愛とは、ただの娯楽である」
と言っていますし、わたしもその通りだと思います。
実際、人の恋愛話を聞いていて感じるのは、
相手に対する依存心と、要求が叶わなかったときに発生する自己憐憫の感情ばかりで、
ほとんどの人がそれを「愛」だと勘違いしています。
そのため、多くの人にとって、
恋愛とは、思い通りにならないドラマティックな物語を、お互いに楽しむだけの娯楽にすぎないのです。
実は、こんな感じで、わたしの中では「恋愛」の本質が見えています。
しかし、スピリチュアルな情報を発信している人の9割は、
恋愛の話題が中心で、恋愛について色々唱えていますが、
わたしは正直、
「どうでもいい事で長々と喋ってるなぁ~」
と、覚めた目で見ております(*´ω`*)
だって、思い通りにならないのが「恋愛の楽しみ」なのに、
それを
「思い通りにならない!」
って悩んでるのなんて、滑稽だと思いませんか?
言い換えれば、恋愛で悩んでいる人とは、
「そんなことで悩めるほど、めちゃくちゃ幸せな状態なんだ」
という事に、自分で気づいてほしいと思います。
本当に相手を愛していると公言するのなら、相手に何も望まないのが「愛」なのです。
相手が浮気しようが、暴力を振るおうが、そんなダメ男を自分で選んでおきながら相手を変えようとするなんて、
それはもう愛などではなく、自分の幸福の基準を相手に求めている「依存心」なのです。
恋愛とは、ほとんどの人にとっては、「恋+愛」の「恋」の部分のウェイトが大きいのですね。
恋とは、
下心であり、
簡単に言うと
「性欲」や
「金銭欲」などの
「物質欲」なのです。
」
>「わたしはこんなに愛してるのに!」
>「本当にわたしの事を愛してるの?」
これって、「見返りを期待した『gove and take』」ですよね。
こんな事を言う人から愛された場合、なんか「契約書」とか書いてもらった方がよろしいのでしょうか?(嫌味)
「
親が子を想う「本当の愛」とは?
それでは、親が子を想うような愛はどうでしょうか?
大抵の親は、子供に愛を感じていますし、
母親なら
「無償の愛で子供を守りたい!」
と思うのは当然でしょう。
しかし、親子間の愛においても、たまに
「えっ?」
と思うような話を聞くことがあります。
たとえば、子供が生まれたばかりの頃は、どんな親でも大喜びしますが、
子供が大きくなってくると、次第に子供に対する「要望」がどんどん出てくるんですよね。
よく聞く話としては、
「お母さんはアンタの為を思って~」
という言葉ですが、これ、親は「愛」だと勘違いしていますが、
実は
「親の希望を子供に押し付けているだけ」
なんですよね。
「アンタの為を思って」
という言葉の裏には、
「子供の事を考えているフリをした親のわがまま」
が隠れているのです。
「勉強しろと言うのは、あなたの為を思ってるからなのよ!」
「塾に言ってほしいのは、あなたの為なのよ!」
こういう話も、友人夫婦の話を聞いていると多いのですが、
それって子供に対する「自分の要望」というだけで、愛じゃないのでは?
と、わたしは思うのですがね。
皆さんはどう思いますか(*´ω`)?
本当に子供を愛しているのなら、
たとえ、
子供が学校の成績が悪かろうが、
引きこりニートだろうが、
全部ひっくるめて、子供に
「愛してる」
と言えるのが、本当の愛だと思うのです。
」
>たとえ、
> 子供が学校の成績が悪かろうが、
> 引きこりニートだろうが、
>全部ひっくるめて、子供に
> 「愛してる」
>と言える
これって、「子供の主体性を尊重する」と言う事ですよね。
自分で動いてみないと成長できません。
そして、自分の判断で動く訓練をしないと、成人した後に苦労します。
育児の時に子供にあれこれ口を出しすぎるのは、「愛」では無いと「パム」も思います。
「
博愛は、本物の愛!?
こうして「愛」を考えてみると、意外と
「それ違うだろ!」
って事がチラホラと見えてくるものです。
そして、多くの方が「愛」と勘違いしやすいのが、依存心だと思うのですね。
では、本物の愛とは何なのか?
この答えは、やっぱり
「相手に何も見返りを求めない想い」
なのではないでしょうか?
たとえば、博愛と言う言葉は、広く言えば
「すべての人類に対する愛」
であり、そこには何の見返りも求めません。
そして、
「自然を愛する」
という感情も、相手に何も求めないと言えます。
だって、自然を愛している人は、自然に対して、
「わたしはこんなに自然を愛しているのに、もっと頂戴よ!」
なんて思いませんもんね(・∀・)
という事は、わたしたちは、
「特定の人間同士の愛」
を語る時に、愛を間違って解釈してしまいがちなのではないでしょうか?
まぁ、今ではわたしも偉そうに「愛」について喋ってますが、
若い頃は、そりゃもう、相手に依存しっぱなしな自分を、
「愛を与えている」
と勘違いしていたんですけどね♪
愛とは、自分が相手に与えても、決して同じ量が返ってくるものではないのですね。
たとえ、相手が何も返してくれなかったとしても、
自分が与えることで幸福感を感じていれば、それはあなたにとっては「本当の愛」なのです。
」
「博愛」は現実的では無い気がしますが・・・ね。
人間は誰しもエゴがありますから、「博愛」は無理だと思います。
「無私の愛」と言うのも綺麗事に見えます。
じゃ。何が「愛」なのでしょうか???