2019/01/15 【心理学】本物の大人になることとは?年を重ねるだけでは大人になれないという | パムのてきとーブログ

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大人になるにはどうすれば良いのでしょうか。
私を含めて、世の中には年齢ばかり重ねただけで、大人とは言えない人も見受けられるようです。
日本人は特に外見的な若さを重視する傾向にありますが、
それに伴い「若い」ことと「幼い」ことが混同しているものと思われます。
大人になってもいつまでも幼いままで良いのか、というとそれはまた痛々しいことになってしまいますね。


けれどもやはり、若さ ≠ 幼さ。
内面的に成熟していて、これぞ大人という言動・振る舞いをする人は、
外見や年齢や立場などを超えた存在感と魅力が感じられます。
反対に内面的に深みがなければ、
その自信のなさからいつまでも外見(見た目だけではなく立場や権威も含む)に固執してしまうことになりかねません。
気をつけねばっ!

「パム」は良く喋るタイプですから、どーしても「成熟した大人」には見えないでしょうね(苦笑)
「パム」が知っている人の中には、自分の事を「大人である」と声高に主張する人が何人もいますが、
その人達は本当はどうなんでしょうか?




これまで生きてきて常々思うことは、
 「人は年齢や肩書では測れない」
ということです。
まだ年齢は若いのに、瞳の奥が深く全てを理解しているなと見て取れる人もいます。
一方で、立場があり人を動かす力を持っていても、
好き嫌いが激しかったり我を通したりするなど言動が幼い人も確かにいます。
大人というのは、
 「年齢」
 「知識」
 「学歴」
 「立場」
 「家柄」
など様々な表面的な要素とは全く関係のないものではないでしょうか。
むしろ、普段からそれらを取っ払った視点を持たなければ、
つい分かりやすいものに目が奪われ、判断を誤るものでもありますよね。
大人になるというのは見えない部分がいかに成熟しているか、ということだと思うのです。
では見えない部分とは何か(?_?)
思いつくままに挙げてみました。
 ・ものの見方、考え方
 ・人間としての本質的な優しさ
 ・所作・振る舞い(内面が外見に表れたもの)
 ・人やモノに対する接し方
 ・毎日どのような姿勢で生きているか
 ・時間の使い方
 ・食事
 ・身体との向き合い方
 ・自分自身をどのように捉えているか
人は目に見えない部分を感じ取る能力に長けています。
毎日の過ごし方や人生観などが存在や言動からにじみ出て(しまって)いるのです。
私たちは大人になるまで、「生きる」ために必要なことは周りから管理されてきました。
1人でできないことを手伝ってもらい、次に様々な大人から学んだことを真似て自分でやってみて、次第に独り立ちしていきます。
食べること・身に付けるもの・住まい・友人たちとの付き合い方など、よりプライベートなことから始まり、
社会的な場へ出ても恥ずかしくない振る舞いまで。
一通り学びながら大人に近づいていきます。
ただ、社会的な振る舞いを身に付けただけで、「本物の大人」に果たしてなりきれているのでしょうか?
いかにも大人という振る舞いだけは覚えても、内面的大人になるのは本人次第。
周りから注意されることではありません。
では、本物の大人とはどんな人格をさすのでしょうか?

「パム」もこの意見には同意します。
つーか、「礼儀作法」とかろくに学ばずに40歳過ぎまで良くもまあ、「パム」は生きてこれたなぁっと、
自分で驚いています。




少し話が逸れますが、豊かな経験が本物の大人化を進めてくれることがあります。
人間関係で傷ついたこと、辛く悲しい別れ、挫折感、成功体験、努力の末成し遂げたこと。
それらを乗り越えた時、全てが血となり肉となり確信や自信となります。
 「百聞は一見に如かず」
で人から聞いた話よりも、経験することで身に染み渡るように腹で理解することができるものですよね。
経験は私たちの視野を広げてくれます。
また、許容範囲を広げてくれるものでもあります。
子どもの頃は
 「大人になることは諦めること」
だと思っていました。
大人は経験によって自分の能力の限界を知り「諦め」てしまうものだと。
今は違う言葉で言い換えることができます。
 「形が大切ではないことを知った」
ということではないかと思います。
 「会社員」
 「事務」
 「営業」
 「医者」
 「弁護士」
 「美容師」
など、数えきれないほど様々な職業や肩書がありますが、
大切なのは
 「何をするか」
より
 「どのようにするか」
ではないでしょうか。
たとえば、
 「この人は、『医者』だから信頼できる」
本当にそうでしょうか?
私は先天的な持病を抱えていたことから、多くの病院で多くの医者を見てきました。
一言で「医者」と言っても様々な方がいます。
 ・横柄な態度で自分は決して間違ってはいないと患者の訴えを聞かない人
 ・経験も踏まえた上であらゆる可能性を真摯に検討し寄り添って診断してくれる人
どちらも同じ「医者」と一括りです。
また大病院だからといって素晴らしいかといえばそういうこともありません。
私を本当に救ってくれた医者は街の小さな個人病院にいらっしゃいました。
ずっと
 「大きな病院だから大丈夫だ」
と思っていた私は初めて気づきました。
 「なーんだ、結局は人なんだ」
その人が、
 「その仕事を通じてどのように生きたいか」
を持っているかどうかの方が、
 「何をするか」
よりも大切なのだと今は考えています。
たとえば
 1人でも多くの人を救いたい!
と思って生きていたならば、特別なことをしなくても声掛け1つに気持ちを込めれば何かが変わるかもしれません。
 「どのように生きるか」
です。

 「どのように生きるか?」
ですか・・・・・・。
「パム」はどうなんでしょうかねぇ・・・。
自分でも自覚していますが、かな~りフラフラしていますwww
あ”~あwww




自分が大人になってきたことを表すバロメーターになるのが、周りの人の反応です。
自分が成長し話す言葉が変わってくると、まず周りの人が気が付きます。
そして、必ず言われること。
 「なんか、違う人見たい」
 「変わらないで!」
この言葉が聞こえてきたなら成長し大人になってきた証でもあります。
違う言葉で言い換えるならば、今のコミュニティからの卒業を迎えたということです。
こうして段階が上がると、本当に関わるべき人とのご縁が導かれていきます。
子どもの頃仲良くしていた人でも、大人になると噛み合わなくなるという経験はないでしょうか。
それは内面の成長段階が違うからで仕方のないことです。
たとえ心から信頼でき共に成長し合える仲間同士でも、
 「君子の交わりは淡きこと水のごとし」
ダラダラと一緒に居続けることはありまん。
学生の頃を思い出すと、意味もなく一緒に過ごすことが多くそれはそれで楽しかったのですが今は全くなくなりました(笑)
けれども、その時より今の仲間たちの方がもとても深い信頼は構築できている確信はあります。
人間関係の深さは、共に過ごす時間の長さではないようです。
友人の数を誇らしげに語る人がいますが、それはただただ薄まっているにすぎません。
本当に親密な関係などはそんなに多く作れるものではありませんから、
この人は大切にしたい!と思う人とだけ関わるようになっていきます。

>「変わらないで!」
「パムのトラブル」の根本的な原因ってこれなのではないかと、ふと思う事があるのですよ。
35歳までの頃の「パム」みたく、毎日、呑んだくれている「パム」でいて欲しかったのでしょうかねぇ???www




1、品格
品はその人の外面の奥の内面から醸し出されるものだと思います。
所作や言動から感じられる、
 「この人は何かが違う」
感とでもいうのでしょうか(笑)
即席で作られるものではない、丁寧に生きてきた奥深さがある人は大人としての素敵な魅力を感じさせてくれます。

う”・・・耳が痛いです・・・(汗)




2、自立
 「この人がいなくなったらどうしよう…」
このように考える人は本物の大人とは言えません。
自分のことは自分で何とかする、どうするかは相手の自由です。
そのように思えると、見返りを求めない軽やかさが生まれかえって人が集まってくるようになります。

「パムは感謝が足りない!」って責めてきた人達は、「パム」を助けた時に何かの見返りを要求していたのでしょうね。
今度から、他人から親切を受ける場合には、契約書でも書いた方が良いのでしょうか?(嫌味)




3、軸を持つ
相手の動きによって自分が合わせる方が楽ですし、責任もありません。
軸を持つことは我を通すことではなく、基盤となる考えがあるかどうかということです。
そこに感情は挟まずに冷静に
 「自分はこんな考えだからこうしよう」
という柱があるかどうか。
流されない人は自分の中の優先順位も明確で、賛同することも断ることもきちんと自分で決めることができます。

ここ数年の「パムのトラブル」の発端がこれだったりするんですよ・・・。
「パム」が「拒否」する事は許されないのでしょうか?




4、気を引かない
かまってちゃんは本物の大人とはかけ離れています。
どうにかして人に構ってもらおうと問題を起こしたり、批判したり、時間を奪ってみたり。
 「自分を特別に扱ってほしい」
 「注目してほしい」
という気持ちが強すぎると相手は引いてしまいます。
エネルギーが足りず人から奪おうとしてしまうのです。
自分の行動を振り返り、人から奪わずに生きたいものですね。

あれ???
「パム」も「構ってちゃん」ですが、むしろ「電話魔」です。
・・・・・・ここの一文とニュアンスが違いますね。




5、安定感
 「この人は多少のことでは感情が揺らがないな」
と思わせる構えの人は魅力的です。
少し言葉遣いを間違えただけで、目くじらを立てて起こる人は、
皆から気を遣わせることでエネルギーを奪っていると言えます。
そんな人はもしかしたら、自分の感情にとらわれすぎているのかもしれませんね。
相手の言葉の奥の本質を見ようとし、魂の声を聞くことに集中すると、感情に振り回されずに冷静さを保つことができます。

「パムのトラブル」の発端は、「パムの一言を非常に極端に誤解した」結果でした。
「パム」の言い分も聞かずに一方的に「パム」を責めてきたのです。
こういうのが、「安定感」が無いと言うのでしょう。




6、愛
自分しか見えていない人は、「愛」の存在になれません。
常に見返りを求めてしまうからです。
相手がどうしようと、自分は変わらず愛を注ぎ続けられるかどうか。
覚悟をもって相手と向き合っている人は、神々しい存在にすらみえることがあります。

・・・この「愛」って「パム」には不可能です。
スミマセン。




7、優しさ
表面を撫でるような優しさは、本当の優しさとは言えません。
どういうことが本当に相手にとって良いことであるのか、意識を向け続けることが優しさではないかと思います。
時に厳しい言葉になったり、相手にすぐに理解されなかったりしても。
いつかは分かってくれることを信じながら関わり続ける、真の優しさを持てる人は多くはありません。

そうですね。
これまで、「パム」をおだててくる人が何人もいました。
「パム」はそれを「優しさ」だとは感じません。




8、明るさ
自分の過去の闇にも光を注ぐことができれば、真に人を救うことができます。
皮肉なことに明るさは、闇を知るからこそそのありがたみが身に染みて感じられるものです。
無理に明るくなることはありません。
ただ、いつか明るさを取り戻せる日が来ることを信じ、
闇もじっくりと味わいながらその意味を考えることが、人生を照らしてくれます。
どんな闇を経験しても、それを抱えた上で明るく笑っている人になりたいものです。

>自分の過去の闇にも光を注ぐ
「パム」が重要視している事です。
これを、「後ろ向き」だと良く批判されましたけど、どうなんでしょうかねぇ???




9、常に挑戦する
経験を積むと上手く立ち回れるようになり、そこにこだわりを持つようになってしまいます。
年齢を重ねたことによるプレッシャーからか、
より人の目を気にしてしまい、勝っていなければいけないと思ってしまうこともあるでしょう。
けれども上手くできる場、自分を認めてくれる場にばかり身を置くと、そこで成長が止まってしまいます。
 敢えてアウェイを選ぶ。
 敢えて新しいことに挑戦する。
 恥をかくことを恐れない。
より柔軟にのびのびと可能性を広げることで、人にも心を開け偏りのない視野を養うことができます。

40歳から「生命保険の外交員」を経験したら、新しい視野が広がり、同時にとてつもなく大規模なトラブルを経験できました(苦笑)
 「プログラマしかできない」
と言うのは思い込みだったんですね。




10、文化に触れる
文明は劇的に進化を遂げています。
けれどもそれによって、失ったものも大きいことに皆が気づかされている昨今。
殺伐と、心を無にして生きることからの脱却が求められています。
心の豊かさや瑞々しさを取り戻そうとする揺り戻し現象ですね。
美に触れることで、バランス感覚を取り戻すことができます。
調和によって成り立つ美の世界に触れようとすることは、人として高次な段階へ進んだことの表れです。

「ライブ」を見て感じる心の動きは、この「文化に触れる」であると思います。
オープンマイクって楽しいですよー♪




11、問い
子供時代には、
 「これは何?」
 「何でこうなるの?」
と質問攻めにする時期があります。
世界のことが気になって仕方がなくなる、まさに成長真っ只の行動です。
けれども、いつしか人は問いを持つことをやめてしまいます。
分かったフリが上手くなってしまうためですね。
 「こんなものなのだ」
と疑問を持つことをやめてしまうと、
本質やここぞというターニングポイントを見抜く目を鈍らせてしまいます。
大成している人ほど、
 「運が良かった」
とよく言うもの。
大人になることで、感性をガッチリと理性で押さえ込もうとしてしまいがちですが、
体に正直に生きる素直さも必要なのかもしれません。

「パム」が自力で「民事訴訟」を提訴するまで至ったのもこの「問い」なのでしょうか???




12、新鮮さ
経験を重ねると、何でも分かった気になってしまいます。
 「どうせこれはこういうことでしょう。」
分かってますフィルターを通すと、新しい情報が見えなくなり、世界を歪めてしまうのです。
面白いことですが、
 より深い知識がある人ほど常に自分は何も分かっていないと思っている、
という研究結果があるほどです。
物も人も、視点を変えると全く違った表情を見せてくれます。
 「今日はどんなことを知れるかな?」
という新鮮な気持ちを持って過ごせる人は、本物の智性を備えることができるでしょう。

10年以上前に、「オレは世の中の全てを知っている。」と当時40歳の男性から言われた事がありました。
その人物の行動パターンは未だに変わりません。

こう言うのが「新鮮さ」が無いと言う事なのでしょうか???




13、不安定を恐れない
自分の積み重ねてきた評価。
 財産。
 環境。
 人脈。
守りに入れば入るほど、恐怖心に変わり、
 「失ったらどうしよう…」
とさいなまれ、幸福から遠ざかっていきます。
それらを手放したとしても、生きていけるだけの力は身につけているだろうか。
いざという時に、力を貸してくれる仲間はいるだろうか。
 「全てを失ったとしても大丈夫!」
と思えるだけの丁寧な関わり方をしていれば、多少の不安定にも揺らぐことはありません。

「パムのトラブル」の結果、「パム」も多くのモノを失いました・・・・・・。
う”・・・・・・、かなりの喪失感があります(苦笑)




14、色眼鏡で見ない
心眼で見ているかどうか。
どうしても肉体などの物質やその人の立場ばかりに着目してしまい、全く理解できないこともあるものです。
表面的な条件などを全てを取っ払って、その人の光だけを感じる目を養いたいものです。

「パムは○○を憎んでいる」と言う色眼鏡に、「パム」は非常に悩まされました。
こう言うのって、非常に迷惑ですね。




15、ジャッチしない
 「普通はこうするべき」
どこかで人を批判したくなるのが現代。
皆、人と比べて間違うことが不安なのです。
大切なのは、正しさを競うことではなく、
 相手も自分も生かされるような場作りをすること。
 傷つけずに調和させること。
 負けること。
上手に負けることのできる人は心から尊敬します。

あ”~~~、「パム」は遂に「本人訴訟による民事裁判」の提訴までしちゃったので、何も言えませ~んwww




16、自分が正しいと思わない
勉強している人ほど陥ってしまう闇です。
自分が全て正しいと思ってしまうことで、人の意見を聞けなくなってしまいます。
相手の話を聞いていても、
 「自分の方がいかに正しいか論破しよう」
 という姿勢でいると、人は離れていきます。
どんなことにも100%はなかなか存在しないものです。
何かしらのヒントが隠されているかもしれません。
我を出さずにまずは相手の考えを受け取ろうとすることが、相手の心を開きます。

「パム」も原則的にはこう言う姿勢です。
しかし、相手の意見が、「パムを中傷する内容」「パムが一方的に損する内容」だったらこう言うワケにもいきませんね。




17、相手を操作しない
自分の思い通りに動かそうという思いが、言動の起点になっている人がいます。
確かに、明らかに
 「もっとこうすれば良いのになぁ」
と思われる場面はありますよね。
けれどもやはり全ては自己責任です。
失敗する経験をもって、深く理解できることもあります。
誠意をもって関わったなら、あとは信じて委ねる懐の広さを見たとき、人は信頼感を抱くのではないでしょうか。

「パム」が他人にアドバイスなどをする場合もこんな姿勢です。




18、循環を起こす
 「この人は絶対逃げないな」
と信頼が置ける人は大人としての自覚がある人と言えます。
言葉は嘘をつきますので、注意深く行動を見なければいけません。
人はいかにもらうかということに注意を払いがちです。
けれども、時には
 敢えて面倒なことに入っていって深く関わり、見返りなく提供することで循環を起こす
ことも大切なのではないかと思います。
それが見えない糸として紡がれ、提供する側にまわる人が増えていき、連鎖していくのです。

>敢えて面倒なことに入っていって深く関わり、見返りなく提供することで循環を起こす
これは、「パム」が「敢えて悪役になる」を選択した真意です。




19、誇り
誰かに勝ったり蹴落としたりするためのプライドはいりません。
けれども苦しい局面に追い込まれたとき、自分を救ってくれるのは何よりも自分に対する誇りです。
培ってきたもの、経験の中で鍛えられたこと、そして乗り越えてきたストーリーが自分を支えてくれます。
闇を闇で終わらせない、覚悟と決意があればこそどんと構えていられるのかもしれません。

「パムのトラブル」で驚いたのは、
「虚構のプライド」だけの人物を敵にまわした場合、「パム」の人生まで台無しにするまで、
「パム」を追い詰めてきた事です。
「パム」は今、「民事訴訟」を提訴していますが、これも結局は「潰し合い」なんですよねぇ・・・(遠い目)




20、捉われない
常識や職場の人間関係、近しい人たちの思い。
何かを行動する時に、つい踏みとどまってしまう要素でもあります。
またそれらを言い訳にすることで、挑戦をしない免罪符としているところもあるかもしれません。
自分の頭で考えていることは、その奥で何かが影響していることもあります。
捕らわれを自覚し、取り払い、素の自分に行動をしている人は、悔いのない人生を送れることでしょう。

「パム」はバカ正直過ぎて、ついつい暴言を吐いてトラブルになってしまいますwww