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形態:line通常個人レッスンlineのミーティング機能で世界中どこからでも亀谷彰一のレッスンを受講できます❤️レッスン代は破格の5,500円😊奮ってご参加下さい㊗️時間:1月20日(土)13:00〜14:00〜15:00〜1月21日(日)13:00〜14:00〜15:00〜初心者🔰からプロ🅿️まで受け付けます‼️時間は50分奮ってお申し込み下さい。メールにてご連絡下さい。trb@media-stage.net
ハイトーンアプローチは半音階で❤️前回のシラブルで出すハイトーンは手っ取り早い方法ですが、ピアノピアニシモそして強い表現では物足りない事があります。その方法は少しだけ🤏ヒントは半音階です😅ヒントはフェルマータです❤️本当のヒントは😅noteで発信しますが😊もう少々お待ちください。順番にね❤️ヒント:スペースを薄く作って演奏する❤️❤️❤️練習用楽譜を公開します。亀谷彰一 | 管楽器を100倍楽しく吹く方法|noteトロンボーン奏者。1954年生まれ。東京藝術大学卒業。長年の演奏経験と理論研究により管楽器に必要な呼吸法を体得する独自の方法を開発。1982年プラハの春国際音楽コンクールで日本人初の本選進出。尚美学園、名古屋音楽大学講師を務めた他、各地で今も後進を指導。日本トロンボーン協会理事。note.com
前回は違う話で失礼🙏続き😅別科に入って東京へ😅一人暮らしのはじまりはじまり❤️❤️ハイトーンの話❤️ハイトーンは東京に行って急に出る様になりました😅藝大に行ってビックリしたのは周りの才能の凄さ🤪でも、とんでもない所に来てしまったと思ったのは少ししてから😅真弓先生の元でガッツリ鍛えられた亀谷少年は結構良い音で間違わないで吹くのでとても評価されました❤️❤️❤️でも試験で出た課題位以外はなーんにも吹けない😅💦💦💦高い音も低い音も試験曲の範囲以外は出ない😅💦💦初見は全く効かない🤪周りの同級生も先輩方も音楽的能力は群を抜いて凄かった😵その話をするとキリがないのでハイトーン😅アンサンブルとかやってもファーストパート担当すると高音が全く出ない‼️どうしても出ない‼️そんな時、伊藤先生がハイトーン開発用の「マジオ教本」ていうのがパイパーズって言う出版社から出る事を教えてくれて、しかも出版前のゲラ刷りというテスト版を借りる事ができました㊗️㊗️㊗️必死で読み、込み書いてある通りに何回も何回も練習しました😊❤️❤️❤️そして…出る様になりました㊗️㊗️㊗️蚊の鳴くような声細い音ながらダブルハイB❤️❤️❤️息の圧力とシラブル(口の中の容量)❤️今では誰でも知ってる事ですが画期的な理論でした🎯続く❤️
これが四次元奏法❤️付点の演奏も❤️アウフタクトの演奏も😅全く世界が変わる㊗️音色も自在😍これが❤️音楽の秘密㊙️
僕が藝大の別科に入学したのが二浪の昭和50年☺️真弓先生について3年😊奇跡だった㊗️学部も三次の副課まで行っていたので実技の入学資格はあったのに惜しかった😅あとでピアノだけで落ちた事が判明😵伊藤先生が怒ってた😅💦💦💦その時3次試験まで残ったトロンボーンは5人❤️僕だけ落ちた😅悔しかった😤ハイトーンの話は次回に続く❤️❤️❤️
凄すぎる㊙️トロンボーンの場合💢虎ひしぎは🐯手で分かった時に🉑気付く☣️安定するには🈵鳩尾も🐦虎ひしぎ🐯そして♐️できる時は🩷重さと❇️時間が❇️釣り合った所🆗時間で感じる㊙️未来に飛ぶ㊙️全てを見る㊙️一体となる㊙️自由に行ったり来たり㊙️
年明けの体調不良で体重が84kgを切りました😅💦💦💦嬉しいんだ☺️今朝83.7kg㊗️💮
知ってますか?意外とこんがらがって迷路に入っている人多いです😵これマスターするとギューんとうまくなります😀音が硬い人😵雑音が入る人👦大きな音が出ない人😅小さい音が出ない人👦高い音が出ない人👦低い音が出ない人❤️是非学んで下さい。亀谷彰一 | 管楽器を100倍楽しく吹く方法|noteトロンボーン奏者。1954年生まれ。東京藝術大学卒業。長年の演奏経験と理論研究により管楽器に必要な呼吸法を体得する独自の方法を開発。1982年プラハの春国際音楽コンクールで日本人初の本選進出。尚美学園、名古屋音楽大学講師を務めた他、各地で今も後進を指導。日本トロンボーン協会理事。note.com
雑誌への寄稿などは昔から良くしていた仕事ですが「本」となると本当に言葉の難しさを噛み締めています。ましてや初めてのネットブックでイメージも最初はできなかった😅編集をお願いしている先輩の船田さんは的確な指示でとてもわかりやすい文章にしてくれます。プロは凄いですね❤️❤️❤️逐一アップグレードされています。乞うご期待❤️❤️❤️亀谷彰一 | 管楽器を100倍楽しく吹く方法|noteトロンボーン奏者。1954年生まれ。東京藝術大学卒業。長年の演奏経験と理論研究により管楽器に必要な呼吸法を体得する独自の方法を開発。1982年プラハの春国際音楽コンクールで日本人初の本選進出。尚美学園、名古屋音楽大学講師を務めた他、各地で今も後進を指導。日本トロンボーン協会理事。note.com