洲崎沖のイサキ釣り~2021
天気予報が悪く1回目の釣行予定日が流れた翌日、釣り友Kさんから右ひざの激痛発症に不参加の
メールが届く。心細さとおっくうな気持ちが増す中で、私は今回が最後と決めて常宿の洲崎早川丸からの
一人釣行を決行した。2回目の釣行予定日である7月12日(月)のことである。
結果は、梅雨時の雨もなく海上穏やかな絶好の釣り日和に恵まれて、イサキは浅場で間断なく釣れ続け
クーラー一杯の53匹の大漁となり、有終の美を飾ることが出来た。
イサキ釣りの釣果 : クーラー一杯の53匹の大漁
潮 : 大潮 満潮 5時17分 干潮 12時06分
仕掛け : FL60号 3本針のビシ釣り
釣り座 : 左舷5人のゆったりの釣り、私は真ん中
釣り場 : 洲崎灯台の東側
タナ : 5~22m (15、18m中心)
釣りタイム : 5時出船 11時15分沖上り
釣果&状況
今回は熱中症を意識して、仕掛け投入時とイサキの船中への取り込み時以外は座る体力温存釣法で、
イサキと対話した。
釣り始め
磯釣りの人々が見える灯台近くのタナ15mで、ダブルで釣れ続く。しかし、小振りなのが不満。
前半(5時~8時)
灯台を離れるにつれ、タナも18m、22mと深くなるも良型が釣れ続きタルはイサキで真っ黒。
8時前に、クーラーに移しながら数えたら27匹。
対岸の船形の堂山から富浦の大房岬の前に停泊する4隻の護衛艦を眺めながら、目標をクーラー一杯の
50匹と決めた。
後半(8時~11時)
船は国民休暇村と富浦ロイヤルホテルのラインから沖ノ島が近くに見える所まで移動して引き返す。
タナは様々であったが、ハイライトは8mで起きた。
指示ダナの8mでチョン、チョンとコマセをまいて少し待つとグッというアタリ。リールを巻くとググッ、ググッと
いう強い引き込みに大型を確信。取り込んだイサキは30cmクラス。
こんな状況が何度も続いた。
10時頃からは、目標までカウントダウンしながら釣り上げる。
結局、26匹追加して合計53匹。目標を達成する。
釣果合計
大型 (28cm中心) 10匹 Max 31cm
中型 (25cm中心) 24匹
小型 (21cm中心) 19匹
計 53匹
イサキ外交
帰宅後はイサキ外交だ。お世話になっている15軒に合計43匹を届ける。
その際、イサキ釣りは高齢につき今回で引退です、と告げる。
無論、Kさん宅へも届けた。思ったより元気で大変喜んでもらえて、良かったと思った。
ガーデニング~2021・アジサイの咲く頃
6月に入り、私は何かにつけて夏仕様に変えた。
そして、夏日が続いた後、14日(月)に例年より1週間遅れて関東地方は梅雨入りした。
27日(日)は、Web予約で苦労して取れたコロナワクチン集団接種の1回目の接種を受ける予定である。
そんな中で、次々と咲いた花々を書き留めておこう。
我家の庭
キンシバイ、ビヨウヤナギ、スカシユリの黄色からサツキ、キャッツテール、グラジオラスのピンク、オレンジ、赤の
暖色系が続き、今はアジサイ、アガパンサス、キキョウ、バーベナの青や紫の花が涼し気に咲いている。
スカシユリ 5月30日撮影 : 今年は高さがない。
キャッツテール 6月12日 : 早朝に逆光で見ると趣がある。
ガクアジサイ 6月16日 : 勢いは復活したが花数が少ない。
隣りの本家の庭
4つの花壇と果樹園があり、私はマイペースで花壇の手入れをしている。
東側花壇
ホタルブクロ 5月30日 : ソテツ回りに群生。
ホタルブクロ 5月30日 : ツバキの根元に咲く。
アジサイ
昨年、主のサチコさん宅から大量の鉢が持ち込まれ、私はそれらを西側花壇と果樹園の際に植え替えた。
かくして、アジサイは一気に増えて数えてみたら31本にもなった。
新規のものは花後の剪定で形を整えて行くつもりである。
変わった花の形のアジサイ2点を撮っておく。
ガクアジサイ 5月30日 : 西側花壇
ガクアジサイ 6月12日 : 果樹園の際
南側花壇
昨年、サチコさんは大量のスカシユリとグラジオラスの球根を持ち込んだ。
私は咲く順番と背丈を考慮して、スカシユリの後ろにグラジオラスを植え付けた。
共に我家のものより勢い良く鮮やかに咲いた。
スカシユリ 5月30日
グラジオラス 6月14日
ノリウツギ 6月15日 : 例年シャッターチャンスを逃していたが、今年は早目に撮って成功。
アガパンサス 6月16日 : 遠くに館山城、どの花よりも背丈高く咲く。
ガーデニング~2021.4~5
畑仕事
収穫
我家の畑は南北に何列もの畝が並ぶ。
今年も同じ畝のエンドウ3兄弟(スナックエンドウ、サヤエンドウ、グリーンピース)と玉ネギが豊作であった。!!
隣りの畝のジャガイモ(キタアカリ)は、昨年の連作障害と思われる大不作を何とかまぬがれそうである。
玉ネギの収穫(3回目)と生育中のジャガイモ 5月1日撮影
不織布で覆った冬越しが功を奏し、立派に育ったパセリだが、我家では栄養価が高いというのでちょくちょく食べる
ようになった。
パセリと同じ畝に汐止めネギの種を播いて育てている。ネキリムシに大分やられたが初夏に根深ネギ用に苗を
植え付ける予定である。
しかし、水はけの悪い我家の畑は不向きのようであるが、ネギ、ネギと騒ぐ妻の要望に駄目もとでの挑戦となる。
パセリと生育中の汐止めネギ 5月1日
夏野菜の植え付け
4月18日にサトイモ、19日にショウガを植え付ける。共に例年通りのMさんからの提供である。
加えて、今年はHさんからの土佐の大ショウガも植え付けた。
連休明けの5月6日、JAグリーン館山店にて夏野菜苗を購入して植え付ける。
そこに、今年はごっさん提供のバジルが加わった。
夏野菜の植え付け 畑東側 5月20日 : 右よりバジル、ナス、トマト・ミニトマト、ショウガ/
キュウリ、インゲン、シシトウ・ピーマン
(インゲンはポリポットに種を播いて育てたもの)
ところが、1週間後トマト(桃太郎、接ぎ木苗)とミニトマトに元気がなく下部の葉っぱに変色を認める。
私は連作障害と判断して、再度JAグリーン館山店に行きトマト(桃太郎)とミニトマトを購入して、
18日にグリーンピース跡地に植え付ける。鎌倉に住む孫に喜んでもらうための行動である。
そして、元気のないトマトとミニトマトは生長点はしっかりしているので、殺菌剤ダコニール1000を散布して
見守ることにした。
夏野菜の植え付け 畑西側 5月20日 : 右よりオクラ、トマト・ミニトマト/ジャガイモ/サトイモ・ショウガ
(オクラは畑に種を直播き)
私は連作障害を考慮して、ブログの写真を見ながら植え付け区画を決めるのだが、狭い畑ゆえ、毎年大きな
変化はない。来年はもっと大胆な変更を心掛けたい。
庭仕事
我家の庭
ヤグルマソウと柿の若葉 4月13日 : 柿の若葉は私のお気に入り。
ドウダンツツジ 4月13日 : 従来風当りが強く葉っぱがなくなるので、フジバカマ跡地に引っ越し。
クリサンセマム(隣の本家) 4月25日 : 我家との境に群生。
アスチルベ 5月7日
ノースポールに始まり、ドウダンツツジ~アマドコロ~クリサンセマムの群生・シャクヤク(白)~ミニアヤメ(白)・
アスチルベと続く白い花々が目だった。
4月の終わりに3度も5人のご婦人の訪問を受け、花一杯の我家と隣りの本家の庭を案内する。
皆さん、クリサンセマムの群生にすご~い!を連発。
ストレリチア(極楽鳥花) 4月28日 : 訪問客が持って来てくれた。実にカラフル!
四葉のクローバー(友人のトミエさん提供) 5月4日 : フェンスにぶら下げて育てていたら花が咲いた。!
隣りの本家の庭
ツツジ 4月25日
ピラカンサス 5月1日 : 剪定の成果!
黄ショウブ 5月7日 : シャガの咲き終わりと共に咲きだす。
館山小学校五年生による田植え
4月28日(水)、Aさん(妻の同級生)の田んぼで、館山小学校五年生による田植えがあるというので、
妻と一緒にウォーキングを兼ねて行ってみた。
先日、Aさんは小学校の申し出を引き受けたものの、「手で植えたことがないので・・・・・」と言っていたので、
どんな風にやらせるのか、興味を持ったのである。
場所は、私の言う沼の里山散策道の入口で、背後は「山笑う」状態の小高い山の連なりである。
到着した時は、既に田植えは始まっていた。
良く整地された田んぼに山が映る。 4月28日 9時49分撮影
遠くに館山城を望む。
私共は散策道で見学した。時折やって来るAさんは、田んぼに入るのを嫌がる子が一人も出ず、ほっとしている、
と言う。私も「こんにちわ」と挨拶する生徒に「田植えはどうですか」と問うと「楽しいです」との返事に良かったと
思う。
田植えはスムーズな段取りに感心する。
Aさんより稲の苗の束を受け取る。
田んぼに入る。 植える位置を示すロープを移動する係(2人)がいる。
苗を植える。
先生は言う。苗の束は水の中でシャバシャバと洗う ~ 3本位抜き取り ~ ロープにある赤い目印の前に
指1本位出る深さに植え付ける。 *3本位は競い合って大きくなる数です。
後ろに下がる時は、かかとから2歩下がるようにと言う。そして、ロープも定規の目盛りに合わせて下げ、再び
同様に植え付ける。
田んぼを出たら放水口で泥を洗い流す。
1時間程で田植えは終了。田んぼの1/4位が生徒の手で植えられたことになった。
私は、千葉市からUターンして13年目にして、ウォーキングコースである沼の里山の田んぼに、元気な子供の
声を聞き嬉しく思った。
田植え終了(田んぼの1/4位)。 4月28日 10時34分
翌日ウォーキングで立ち寄ったところ、機械で残りの3/4は植えられていた。
桜
館山市の桜の名所と言えば、城山公園と安房神社であろうか。
今年は、カメラ持参で山桜に続いてのソメイヨシノの花見に出掛けた。
城山公園
3月26日(金)、我家から山頂に立つ館山城周りの桜が、色付いて見えるようになったので上ってみることにした。
山頂の桜 3月26日 : 6分咲き 緊急事態宣言解除(22日)のせいか、多くの人が訪れていた。
旧孔雀園前の桜 3月26日 : 満開 場所によって咲き具合にばらつきがあった。
安房神社
3月29日(月)、ウォーキングで立ち寄った城山の麓は、どこも満開。
好機到来と、翌30日(火)安房神社へ車を走らせた。
参道の桜 3月30日 : 満開のソメイヨシノは華やかだ!
池のほとりの桜 3月30日 : 池に散った花びらが浮かぶ。
館山運動公園
安房神社の帰路に、館山運動公園に寄ってみた。
調整池周りの桜 3月30日 : 満開 上から見下ろすことが出来る。
山桜
朝、ベランダに立つと、南西の位置に山桜を認め、春到来を思う。
ベランダから見える山桜 3月19日 : 隣りの本家の庭で撮影
ソメイヨシノに先立って咲く山桜だが、今年は私のウォーキングコースである沼の里山散策道で、じっくり
見てみようと思った。すると、思った以上に小高い山の中腹や山頂の随所に見られた。
中腹の山桜 3月20日
山頂の山桜 3月20日
無論、谷津田の周回道路の道端でも、山頂より遅れてだが随所に見られた。
道端の山桜 3月24日 : 遠くに館山城
道端の山桜 3月24日 : 撮る位置を替えて見る。反対側道端にも山桜。
道端の山桜 3月24日 : 撮る位置を替えて見る。反対側に山の斜面。
沼の里山散策道では、1箇所だが、まだ水が張られていない田んぼで、カエルがゲロゲロゲロゲロ鳴いている。
また、日陰の土手でスミレが群れて咲いているのが見られる。
庭に咲く花~2021・3月上旬
我家の庭
3月上旬のことである。2009年3月に大島の旅で購入した椿の苗木が、花だらけ状態となった。
私は、落下したての花をガラスの器に水を張り、そこに浮かべてテーブルでじっくり観察した。
大島の旅で購入した椿 3月6日撮影
椿と言えば、ヤブツバキしか知らない私は、名前を知りたくなって我家にある他の2本と一緒にネットで
調べてみた。結果は以下の名前が推定された。
イワネシボリ(岩根絞) : 大島の旅で購入 3月7日
チュウリップタイム : 隣組のYさんからの西洋椿 3月7日
オトメツバキ(乙女椿) : 隣の本家より移植 3月7日
でも、この時期道行く人が足を止めて見入るのは、イワネシボリ横のボケと柿の根元のラッパスイセンである。
今年もまた見事に咲いてくれた。
ボケ 3月9日
ラッパスイセン : 手前はスノーフレーク 3月9日
隣りの本家の庭
本家の椿は7本あるが、皆大木と言える。同様に4種類の花びらを水に浮かべ観賞しながら名前を調べた。
4種類の椿 3月9日 : 左 ピンク オトメツバキ(乙女椿)、 上 白 未解明、
真ん中 赤 ヤブツバキ、 下 ピンク タロウカジャ(太郎冠者)
ソメイヨシノに先立って、ケイオウザクラ(啓翁桜)が咲き出した。私は三脚に上って剪定を意識して枝を切り、
幸子さん(本家の主)の店に届けた。
啓翁桜 3月9日
啓翁桜 3月9日 : 一昨年の台風被害で、わずかに残った枝にも開花。
郷土の偉人 川名楽山
江戸時代の民家「生稲家」
私が川名楽山の名を知ったのは、富浦ウォッチングで南房総市富浦町宮本の富浦町内で最古の住宅
「生稲家」を訪れた時であった。
ガイドの一人でもある生稲さんは、書斎で屏風は沼(館山市)の絵師川名楽山の作品です、と話す。
2009年9月12日のことで、私がUターンで館山市沼にやって来て間もない頃であった。
今、当時の写真を見ると屏風は草盧三顧図(そうろさんこず)と六歌仙図(ろっかせんず)であることが
図録川名楽山より分かる。
川名家当主川名桂氏宅訪問
川名家は我家から歩いて5分程の所にある。当主川名桂さんとは、私が地区の役員になったことから知り合いと
なり、また里見氏の講座でよく顔を合わせることから「家に来ないか」とお誘いを受け訪問が実現した。
2015年4月14日のことである。
桂さんは、川名家系図や掛け軸などを用意してくれていた。そして、自分なりにまとめた資料を基に川名家の
起こりから楽山の生涯までを話してくれた。
川名家系図
先祖先代は、楠六左衛門正道。里見義康、忠義に仕え百人衆の一人であった。里見没落後は山萩村に
隠れることとなる。
先祖は、初め楠六左衛門忠興のち川名六左衛門正親。里見忠義に仕え、里見没落後は父とともに山萩村に
隠れることとなる。その後、母の所縁により沼村へ移り住み川名姓となり、沼村の名主となる。
先祖(初代) 初め楠六左衛門忠興のち川名六左衛門正親
川名楽山は、沼村の九代川名六左衛門正直の次男として生まれた。幼名常吉、名は敬信(通称録助)で
のちに敬事と改めた。楽山は雅号で明治14年(1881)頃からは楽翁と称するようになる。
天保3年(1832)5月生~明治25年(1892)10月 61歳没。
楽山は雅号で名は敬信
掛け軸と印籠
狩野派画家川名楽山の残した作品は、50歳以降の明治14年(1881)~明治24年(1891)のものが
圧倒的に多いという。
掛け軸 : 松鶴図 制作時期不明
印籠
川名楽山の生涯 ~ 館山市立博物館の企画展川名楽山のパンフレットより
江戸で狩野派画家の北川武八や岡島素岡に絵を学んだ楽山は、嘉永3年(1850)に幕府御用絵師
狩野探龍のもとで、幕府絵画方として日光東照宮の修繕にあたったこともあります。
翌嘉永4年(1851)館山藩主稲場正巳に画学教授として登用され、明治3年(1870)には権大属(勘定方)
という要職にも任じられています。
明治4年の廃藩置県後、官職を辞めた楽山は翌5年安房神社の神官へ転身します。
明治13年には一時館山町戸長を務めます。
川名楽山に関連する話
桂さんは、次の様な興味深い話もされた。
1.平成5年(1993)館山市立博物館による「安房の人物シリーズ第1回企画展」で、19世紀の狩野派の画家
として川名楽山の偉大な足跡が紹介された。
2.平成15年(2003)川名家に残る楽山の資料(400点余り)を館山市立博物館に寄贈した。
3.沼の天満神社境内に川名楽山の記念碑がある。
4.沼のびゃくしんのある十二天神社に川名楽山奉納の初代後藤義光の龍の彫刻がある。
5.館山市上真倉の慈恩院に川名楽山の墓がある。
天満神社・十二天神社・慈恩院
そこで、私は館山市立博物館に行き、企画展川名楽山のパンフレット、図録安房の人物シリーズ①川名楽山や
わたしの町の歴史探訪~岡沼・柏崎と慈恩院のガイドマップを入手。そして、それらを参考にして楽山の足跡を
たどるが如く天満神社~十二天神社~慈恩院へ行ってみた。
天満神社 ~ 館山市沼
天満神社 : 祭神は学問の神様である菅原道真公 2015、5、9
楽山の功績を讃える楽山翁碑 2015、5、9
十二天神社 ~ 館山市沼
沼のびゃくしんと十二天神社社殿 : 沼のびゃくしんは県内最大で樹齢800年 2015、7、12
楽山奉納向拝彫刻「龍」 初代後藤義光作 2015、7、12
慈恩院 ~ 館山市上真倉
慈恩院は里見義康の菩提寺。楽山のお墓は参道入口近くにあった。
館山藩士川名氏墓碑 2015、7、12
おわりに
Uターンで館山市沼に戻った当時の私は、ふるさと再発見の日々などと言っていたので、川名楽山を
知ったのは大きな驚きであった。
そして、終活時期を迎えた現在、ずっと気になっていた楽山をブログにアップ出来たのは、一つけりが付いた
思いである。
ガーデニング~イノシシの捕獲他
イノシシの捕獲
穏やかなお正月が過ぎて、今は寒暖の差が激しい日々である。
1月10日(日)早朝、私はいつものように我家の畑から隣りの本家の花壇を見回っていたところ、Uさんの畑奥の
土手際に設置された箱わなにイノシシが掛かったのを目撃する。
寒いからもう来ないだろう、と油断していた矢先で昨年11月15日(日)の4匹以来の捕獲である。
近づいて見ると、デカイ!デカイ!体当たりされたら大変なことになるな、と思った。
イノシシの捕獲 1月10日 : 120cm 60kg (会長の計測)
私はすぐに館山(沼)地区有害鳥獣対策協議会のごっさんに連絡した。すると午後一番で4名の会員が
やって来て、殺処分後箱わなを元通りに戻してから軽トラにイノシシを積んで帰って行った。
館山市の広報誌「だん暖たてやま」によれば、有害鳥獣対策と館山産ジビエのブランド化による地場産品の
開発に取り組むため「ジビエ加工処理施設」は令和3年11月「有害鳥獣処理施設」は令和5年度の稼働を
目指してまいります。とのこと。
ガーデニング
漬物
冬到来と共に私は漬物ジジイとなり、差し上げた人から美味しいと喜ばれ大いに気を良くしたのであった。
漬物とはタクワン、ダイコンのハリハリ漬け、ハクサイ漬けである。
中でもハクサイ漬けは、少しづつ条件を変えて最後の4回目にして納得の行く味となった。
ハクサイ漬け : 二度漬けで一週間後から食す。
*半日天日干し
下漬け : 粗塩 3%
本漬け(十分な水上がり後) : 粗塩なし。赤唐辛子、ゆずの皮、漬物用昆布、味の素を投与
昨年の暮れに撮った庭の話に移ろう。
果樹
甘夏は豊作なれどレモンが片寄って7個しか実を付けていない。共に前年とは打って変わった状態である。
今は柿の木の剪定に取り組んでいる。
甘夏 12月28日
マイヤーレモン 12月28日
スイセンと火祭り
我家のスイセンの中で一番早く咲き出すのがペーパーホワイト(別名白花水仙)。逆に一番遅いのが
ラッパスイセンで今は次々と芽を出し力強さを感じる。
ペーパーホワイト(別名白花水仙) 12月28日
鉢で育てている火祭りが今年も真っ赤に色付いた。
火祭り 12月28日
隣りの本家
万両 12月28日
椿 12月31日 : 7本ある椿の木の一つ、左後方は伊予柑
冬到来~2020・12
庭の植木や花木・垣根の剪定を終えて迎えた12月は、冬野菜の収穫となる。
その前に、私は来年の参考にするために畑の写真を撮った。
我家の畑(西側) 12月6日 : 左より長ネギ・サニーレタス/ダイコン/エンドウ3兄弟・玉ネギ
我家の畑(東側) 12月6日 : 右よりホウレン草・コマツナ・シュンギク・ナバナ/
ハクサイ・ブロッコリー・玉レタス
台風が来なかった為か、冬野菜は全て生育良好、上出来である。(長ネギは除く) しかし、それは世間様も
同じようで、スーパーで手間ひま掛けた野菜の値段が安いのを見て、驚いてしまう。
第3週になって、館山でも霜が降りるようになった。冬到来に、私はタクワンとハクサイ漬けをスタートさせた。
ダイコンの天日干しスタート 12月14日 : ロープはハリハリ漬け用
タクワン 13日(日) ダイコンの収穫~水洗
14日(月)~20日(日) ダイコンの天日干し
21日(月) タクワンを漬ける 30本 16kg
ハクサイ 20日(日) ハクサイの下漬け 11/2個 3kg 塩分3%
23日(水) ハクサイの本漬け 塩分0,5%
従来と変わったことは、タクワンではダイコンの生育が良かった為、容器を一回り大きくした。
ハクサイでは、大変美味しいハクサイ漬けを作ったご婦人に聞くと、二人とも二度漬けをした、と言う。
そこで、私も二度漬けに挑戦することにした。
さて、コロナ騒動もあって、私の暮らしはガーデニングと沼の里山散策道のウォーキングが中心となった。
来年は、穏やかに東京オリンピックを楽しみたいものである。
沼の里山散策道の紅葉 12月15日 : 手前はAさんのナバナ畑