この記事は2618文字です。(読破予想時間:約6分14秒)
■けだものもヒトも基本は野垂れ死にそれもいいかとまくら眺める
以前、「病院のベッドで死ぬのも悪くないか」と思ったと言う記事を書いた事があるのですが、この歌は、その事をもっと突き詰めて詠んでみた自作の短歌です。
◇自分にとっての入院生活とは一体何だったのだろう?
そしてこの記事は短歌がテーマでありながら、いつも通りのエッセイでもあるので、短歌に興味がないと言う人も是非最後まで読んで欲しい記事です。
冒頭の短歌は、前にも書いたが、いい出来だからとか会心の作だから発表しているのではない。
短歌初心者の僕としては、とにかく数を詠む事と定型(5・7・5・7・7)を守ると言う事を死守しながら、そのうちのいくつかを発表していこうと思ってるだけの事だ。
以前、詩歌について書いた事があるのだが、この歌も詩の欠片と言うものに乏しい作であり、決していい出来だとは言えない一首である。
◇詩の定義、詩の欠片、詩的表現を更に追究してみた
ここ僅か数年で、僕の中での死生観と言うものが急激に変化してきている。
それは「死生観・生死観」と言うより、感覚的には「生死感・死生感」と言う字にした方が僕の中で感じているものに近いのかもしれない。
僕は、ほんの数年前まで長生き願望がけっこう強い方で、死に対しては畏れを強く抱いてた人間だ。
しかし今は違う。
その変化後を短歌で詠んでみた事もあるので紹介しておきたい。
拙い出来ではあるけど、読んで貰えると嬉しい。
◇短歌詠んでみました〜北のミサイル四連作
人類が文明や文化を持った人間になる前、当然、ヒトも単なる動物だった筈である。
動物である限り、ヒトであろうともその頃は、他の動物と大差のない死を迎えたのであろうと勝手に推測しているのだが、この手の事に何の専門知識も持ち合わせていないので、本当の所は僕には分からない。
仮に、ヒトも当時は単なる一動物として死を迎えていたとするならば、基本は野垂れ死にの様なものと言えると僕は思う。
畳の上で家族に見守られて逝く訳でもなく、病院で治療を施された結果病院のベッドで果てる訳でもなく、その後、葬儀が執り行われる訳でも埋葬される訳でもない。
突然、事故死しようが、体調が悪くなって病死しようが、誰が埋葬してくれる訳でもなく、地べたや水の中で朽ち果てて、最期は自然に還るのだ。
こういった自然な姿を「野垂れ死に」とキツい表現をする事に抵抗を覚える方もいらっしゃるかもしれないが、言いたい事の本質はこういう事である。
そこで出た言葉が、記事タイトルにもなっている「ヒトの基本は野垂れ死に」と言う言葉だ。
僕自身の死生観が崩れて変わり始めて最終的に従来全くなかった考え方に変わった時、僕の中でこの考え方は生まれた。
人間だって動物だし、基本的には野垂れ死にであり、自分自身の死は悲しい事でも恐れる事でもなく、死そのものが自然な事なのだと思える様になったのだ。
僕は、先述のリンク記事『自分にとっての入院生活とは一体何だったのだろう?』でも書いた様に、去年の12月に十二指腸潰瘍で内視鏡手術を受けて入院した時、病院のベッドの枕をじっと眺めながら、僕にとって病院のベッドの上で死ぬのは物凄く幸せな最期なのかもしれないと深く思った事がある。
病院のベッドでは死にたくない、畳の上で死にたいだとか、自分の家で家族に見守られて死にたいと言う意見は本当によく聞く。
それはそれで個人の価値観なので勿論尊重するし、否定する気など一切ない。
しかし、自分の中に湧いたこの感覚も個人の価値観の一つとしていいのではないだろうかと僕は思っている。
死ぬ事が怖くなくなったと言うのは確かにあるのだが、やはり、今際の際に苦痛を伴うのは出来れば勘弁願いたいとは思う。
例えば、上から何かが落ちてきて、下敷きになって数日間苦しみながら死んでいくよりも、どうせなら、一瞬で落下物に押しつぶされて苦痛を感じる間もなく逝ければいいなって話だ。
そしてもう一つ、自分の肉体が朽ち果てて自然に還っていくのならそれはそれで構わないのだが、現代の人間社会はそれを許してはくれず、腐乱した自分の肉体を発見してくれて丁重に扱ってくれようとする。
生きている時でも、他人から臭いだとか気持ち悪いだとか思われるのは嫌なものであるのと同じ様に、僕は、死んでいるとは言え、臭い・キモいなどと思われるのはやはり嫌なのだ。
言い換えれば、嫌がられているのが嫌なのであり、迷惑をかけている事も嫌だと言う事である。
そこで、病院のベッドの枕を眺めながら思った訳だ。
「この枕の上で息を引き取るのも悪くないかも」と。
病院ならきっと、死ぬ間際まで苦痛を和らげる工夫と努力をしてくれて、体が腐敗する事もなくある程度清潔な状態で送ってくれるだろう。
そんな訳で、冒頭の歌にある「まくら」と言う言葉はわざと平仮名で柔らかい表記にしてみたのだが、そこを拾ってくれた人ってどれくらいいるのだろう?
僕は今は特に誰かに見送って欲しいとも思っていないし、特に見送って貰いたい人間もいない。
そんな風に考えると、僕にとって病院で最期を迎えると言う事は幸せな事なのかもしれないなと思ったのだが、その時の心境や様子を詠んだのが、冒頭の短歌と言う訳だ。
短歌の解説を兼ねたエッセイ、どうでした?
短歌とエッセイを一つにまとめると言うスタイルもなかなか面白いなと思いながら書きました。
毎回そんな事をするつもりは、今の所はありませんが、ま、たまにはこのパターンでやりたいとも思ってます。
◇今までに発表した自作短歌集です。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
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