この記事は1445文字です。（読破予想時間：約3分26秒）
優しい口調で、どことなく寂しげなどこか悟り切った様な笑顔で、おじいさんは話す。
昔、昔、何十年も前の話だと言っていた。
島の遠くで大きな光と共に、大きな音が鳴ったんだそうだ。
少し遅れて、爆風が吹き荒れた。
たくさんの島の人達が亡くなったそうだ。
たくさんの魚も海に浮かんだり浜に打ち上げられて死んでいた。
おじいさん達は何が起こったかも分からないままに、ただただ、家族の無事を確認し合ったそうだ。
おじいさんもその時、残念な事に、大切な家族を亡くしたそうだ。
それから、何ヶ月かして違う人種の団体が大きな船に乗って島にやってきた。
この島の魚も作物も動物も食べてはいけないと言う。
食べると、数ヶ月・数年のうちに皆、死んでしまうのだそうだ。
もっと安全な所へ移動するので、皆、その大きな船に一緒に乗ってここを離れようと彼らは言っている。
たくさんの者達がその船に乗って島を離れて行った。
それ以来、彼らとは会っていないので、どうなったのかは分からない。
違う人種の船はそれからも幾度となく、残った島の者達を連れて行こうと説得に来たが、おじいさん達はこの島を離れる事はなかった。
その島に暮らす残った者達は、彼らの言う通り食べ物のせいなのかどうなのか分からないが、たくさん病気になって、たくさん死んでいった。
この島に違う人種がやって来て説得する事も、いつの間にかなくなった。
それでもおじいさんは後悔していないと言う。
この豊かな狭い島では昔から、男は海での漁を中心に陸や空の動物を捕まえて食べて来たそうだ。
健康で屈強な若い男達は、漁や猟りに出かけ、女達は洗濯や食事の支度をして男達の帰りを待つ。
女達が洗濯をしたり、いろいろな用事を集団でしている傍らで、一人の少年が歌を歌っている。
女達は時には、静かに聴き入る様に作業をし、時には少年の歌声とリズムに合わせて作業をする。
おじいさんは言う。
屈強な体を神から授かった男達は、より過酷な漁や猟りに出る。
それが天から授かった使命なのだと。
女達は、男以上に繊細な心遣いや包容力を神から授かったので、その繊細さで、男達や年寄りや子供達を支えるのだと。
歌う少年の事をおじいさんに尋ねてみると、おじいさんはこう言った。
彼は、生まれた時から体が弱かった。
でも彼は、奇麗な歌声を神から授かっていた。
屈強な体が必要ない事も歌がうまい事も全て天の意思なのだと。
彼は、働く女達に歌を聴かせるだけでなく、祭りや宴でも歌を皆に披露するのだそうだ。
彼はその為にこの世に生を受けたのだと。
大半の男と女は何をすべきか決まっている。
男は食べるために、漁や猟りに出て、女達は留守を守る。
時折、それ以外の使命を持った者が現れる。
その者が何をすべきかは、育っていくうちにじっくり見てれば分かると言う。
シャーマンの老婆は幼い頃より、天啓を度々授かる事があったそうだ。
彼女は、洗濯も食事作りも手伝わない。
ただひたすら天啓を待つ。
他の女達を手伝う事は、天命を中断し、さぼる事になるのだそうだ。
だから、皆、天命を生涯かけて全うし、誰も、他の事をさせようとしないし、すなわち、それを邪魔しようとしたりしないと言う。
他と違う子が時折生まれても、必ず、産まれて来た子には、何かしら使命・天命があると言う。
おじいさんは、この島に産まれた事も何かしら意味があると言う。
それはおじいさんにはまだ分からないらしい。
でも、この島の魚を食べ、この島の水を口にする。
怖くないのかと尋ねられて、おじいさんは笑った。
そして一言こう言った。
「いいや。」
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