すっぴんマスター -4ページ目

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

2022年末までは、観た映画や読んだ本を数え、振り返るのと同じく、筋トレについてもまとめ記事を書いていた。前回書かなかった、くらいの気持ちでいたが、3年前である…

どうしてやらなくなったかというと、別に記録をやめたわけではなく、「書く時間がなかった」がいちばんなのだが、いつかも書いたように、別に年末にこだわらなければいつでも書けたはずだし、もっといえばそもそも読書や映画の記事だって「書く時間がなかった」状況でなんとかひねり出しているのである。

どうしてそうならないのか? それはたぶん、成長が感じられないからである。もちろん、トレーニングそのものには長けていっている。からだが大きくなっている感覚もある。しかし、まとめ記事を書くにあたって体重を測ったり身体の各部を調べたりすると、ほとんど変化がない、なんなら小さくなっているのである。たぶん、無意識にだが、それに直面したくないのだ。


なぜ大きくならないのか…。ひとつにはもちろん、自重だからだろう。ぼくの現在のトレーニングは『プリズナートレーニング』のポール・ウェイドにしたがうものだ。




プリズナートレーニング、正確にはコンヴィクト・コンディショニング(CC)は、筋肉どうしの連携とそれがもたらす出力を重視するが、ウェイドによれば筋肥大も可能である。ぼくも実感としてはそれを理解している。だが、分離エクササイズであるウェイトトレーニングと比較したら、筋肥大という面に限れば、おそらく効率は悪いのだろう。筋トレ者はみんなそうだが、キツいのはまったくかまわない。からだも、たぶん長い時間をかけて彫琢され、雪がつもるようにゆっくり大きくなっている。しかし、目に見えてはわからない。それがモチベーションをそぐ可能性を、ぼくはどこかで気がついているのである。がんばったのに成績があがらない、売上がついてこない、そういうのと同じ、一般的な感覚である。ふつう、それが勉強や仕事なら、やりかたが間違っているのでは、というはなしになるが、自重トレは時間がかかるものだし、個人差もある。ぼくは太ってはいないが、自覚できないレベルの脂肪が同時に落ちているだけなのかもしれない。またその「やりかた」にしても、完全に、完璧に、ポール・ウェイドに見せてサムズアップとともに「いいね❤️」がもらえるくらい禁欲的かつ正確にトレーニングができているのかという自問に、ぐっと黙ってしまうぶぶんはあるのである。


しかし、2025年は、計測以外の面で目に見えてわかる成果を得た年だった。アンイーブン・プルアップ、また片手エクササイズへの移行である。そういうわけなので、計測とともにまたいちからやっていこうと考えたしだいである。ただ、計測は、首とかふくらはぎまで測っていたのをやめて、簡略化しようとはおもう。



直近の記事は以下↓




ともあれ、からだの各部位を測っておく。左側が左。



・体重 67(身長 171.9)

・胸囲 105

・前腕   30 29

・上腕   35 35

・大腿 51 51



忘年会でお腹壊して、この3,4日あまりものを食べれていなかったのだが、それで67キロあるならじゅうぶんかも。

まあ小さなからだだが、ここまで左右差が狭まることもいままでなかったようにおもう。アンイーブン・プルアップの左右差が気になっていたが、うまくできているようだ。思ったよりよい結果でよかった。毎月やろうかな…



上の記事にくわしく書いたとおり、2025年はアンイーブン・プルアップができるようになった年だ。9月くらいだったかな…。片手でぶらさがり、もういっぽうの手で手首をつかんで補助とし、プルアップをする。バーをつかんでいる手のグリップには片手プルアップと同じだけ、つまり全体重の負荷がかかるが、背中や腕に関しては手首を掴んでいる手にある程度分散される。ただ、前も書いたが、このちからの分散をコントロールすることが難しく、特に後半のセットでは手首をつかむちからが強く、あるいは弱くなりすぎてしまい、消耗が不均衡になるから、あまりこの種目に長居すべきではないとも感じている。あくまでブリッジ、片手でからだを上げるためのグリップや肩帯を育むための準備だと考えたほうが良さそうだ。


しかし、とはいえ、達成感は相当なものだった。前にくわしく書いたように一筋縄ではいかないものだが、なかなか成長が見られないなかでようやくここまでこれたと実感できたのである。


現状では、1セット目にぎりぎり10回できるかな…という感じである。昨日は、左から始めて、左が80点くらいのフォームで10回、右が8回くらいで限界がきて残り2回をチートでやった感じ。2セット目は各5回くらいだったかな。この手の片手片足エクササイズは、弱いほう、不得意なほうから始めて、そちらに回数を合わせないとからだが不均衡になる。だがアンイーブン・プルアップは完全には片手ではないため、「弱いほう」をはっきり確定できないのが悩ましい。左から始めても、手首をつかむ右手を使っていないわけではないし、心拍数的な意味での消耗もある。いまのところまでの観察では、結局どちらから始めても、最初にやった側がいい数字になっているようである。今年の目標は、どちらからはじめても各10回、2セットできるようになることだ。この感じならおそらく最初のセットで13回できる筋力がつけば、1セット目で左右10回は達成できる。そこからさらに2セット目で同じことをするためには、いま5回だとしたら倍だから、最初のセットで20回できなければいけなくなるが、それはまず1セット目各10が達成できてから考えよう。インターバルのとりかたも研究していかなければならない。いまは、寒いし、時間節約のためもあり、かなり積極的にスーパーセットでディップスやバーを使った易しいタイガーベントをやってインターバルを短縮しているが(ボーっとしてるとすぐ冷えてしまう)、これらも分離エクササイズではなく、二頭筋や背中をいっさい使わないというものではないので、死角なしというわけにはいかず、スーパーセットとはアイソレーションとセットの思考法だよなあ、などと息を切らしながらいつも考えている。長い道のりになるな…


こういうわけで、公園でプルアップをやる日は必ず同セットのディップスやタイガーベントをやっているので、いまはもう胸や腕単独の日というものがない。公園トレは通常のプルプルアップやホリゾンタル・プル、そしてディップスで背中と胸を鍛える日と、アンイーブン・プルアップとクローズ・プルアップ、それに擬似タイガーベントで腕を鍛える日、それにハンギングでグリップと肩帯、それから逆さまになってシュラッグをやる日の3通りになる。そのあいまに、ハンドスタンドの日と首の日が入る感じだ。プッシュアップはいまはほとんどやっていない。公園トレは雨などに左右されることもあるし、忙しくてできないときもある。そういうとき、ダンベルを使ったあっさりめの背中や腕トレに混ぜ込んでやるくらいだ。


そして今年からは、本格的なウォーミングアップも考えた。アンイーブン・プルアップでは、ジムで重量を使わない人間には未知の負荷がかかっている。要するに、いままでにないくらい力んでいる。そのせいで激しい頭痛に襲われることが何度かあったのだ。なんというか、わずかに生命の危機を感じる痛みだった。ウォーミングアップは、しないわけではなかったが、そこであまり消耗したくないという気持ちもあって、なかなか本腰を入れられなかった。しかし、いろいろ試してみて、やりかたしだいではほぼ影響がないことがわかったので、いまはもう抵抗がない。メニューとしては


①プル系10回
②プッシュ系10回
③スクワット系10回
④カーフレイズ10


これを延々と繰り返す。だいたい8セットくらいやるかな。最初は足をついたプルアップにバーを使ったプッシュアップ、フルスクワット、というようにはじめて、少しずつ難しくしたり、変化をつけたりする。手を近づけたり、浅いホリゾンタルプルをやったり、スクワットなら負担にならない程度に、バーをつかんでシシースクワットやピストルスクワットを5回にしたりとか、飽きないように気をつけつつ、全身くまなく動かす。特に、いまは寒さが問題なので、スクワットはかなり効果的だ。


またあわせてネックウォーマーも購入した。


↓これだな



筋肉もだが、とにかく首、そしてあたまを冷やさないことである。これだけでだいぶ楽になった。昨日のトレーニング中は雪がふるくらい冷えて、最後の追い込み(かんたんなプル動作で限界まで)までできなかったが、とりあえず頭痛はなかった。

寒さに関しては、ニット帽と、グリップに影響しない手袋的なものも必要かもしれない。とにかく頭が冷える。知らず髪の毛のなかに汗をためてるからだ。手袋は、軍手がいくつかあるのだが、滑り止めがついているためにグリップを補助してしまい、トレーニングにならないのでやめたのだが、昨日のようにあまりに寒いときは最後まで指があたたまらない。かと言って滑り止めなしの手袋ではフルパワーが出せないし、悩みどころだ。



で、公園トレは3回あるわけで、つまりこの全身動かすウォーミングアップも3回やることになる。だからいまはスクワットの日もぜんぜんない。こんなやりかたでは筋肥大はしないが、全ルーティンのなかで3回も、スクワットを計80回くらいやる日があるのだし、とりあえずはこれでいいかなと。現状維持、また関節の健康保持のためにはこれでじゅうぶんだ。


だから、ぼくのいまのトレーニングプログラムは以下のようになっている。



・月曜 背中・胸の日

プルアップ、アーチャープルアップ、ボリゾンタルプル、タオルプル、ディップス、インクライン・プッシュアップ

・火曜 首の日

ネックブリッジ

・水曜 休み

・木曜 ハンギングの日

片手ハングなど複数種目、片手フレックスハング+ネガティブ動作の練習、ボディウェイト・シュラッグ

・金曜 ハンドスタンドの日

ハンドスタンドプレス

・土曜 腕の日

アンイーブン・プルアップ、クローズ・プルアップ、クローズ・ホリゾンタルプル、タイガーベント

・日曜 休み

・月曜 休み

・火曜 背中・胸の日



こういうふうに、計画的にやると8日かかる。だが、最後不自然に2日休みがあるのをみるとわかるが、公園トレ間に2日はとるようにしているものの、仕事の都合などでできないことがわかったら縮めてしまったり、いろいろだ。そこはからだと相談である。またいまレッグレイズやブリッジもあまりできていないので、首の、ネックブリッジのときにやったり、休みの日に物足りなければそれこそあまりやっていないプッシュアップと合わせて全身やったり、とにかく中心は公園トレで、それを起点に柔軟にやっている。


ちょっと書いたが、片手フレックスハング…片手プルアップのトップポジションで停止する…と、そこからなるべくゆっくり降りるネガティブ動作は、いまはまだまだだし時間も割いていないが、今後重要になってくると思われる。いまはとにかく、はやめにアンイーブン・プルアップから卒業することだ。



↓筋トレ記事カテゴリ








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今年もよろしくお願いします。



朝イチで本が届いていた。Amazonでぼこぼこ本を買う人間なので、この何日かは注文してない気がするけど、たぶん出版社注文とかになって遅れてたやつかな?という感覚で開封するとギフトである。ほしい物リストからのお年玉であった。くださったかた、ほんとうにありがとう…!年始からしっかり読書欲高まっていい感じです。そしてこれは…、もちろんじぶんでリストに入れたやつなのだが、ぼくが読まなきゃいけないやつだ。今年もがんばるぞ!







年越しは相方の家で2355。ぼくは年越しの感じがとても好きだ。来年もがんばろうというあたたかな言葉や気分もいいし、そんなかんたんに去年のことを置いていけるわけはないのに置いてくる気持ちになる人類の現金さみたいのも最高である。そして、本編には興味はないのだが、紅白が蛍の光で終わり、喧騒が去り、ゆく年くる年のあの厳かな空気に切り替わるのとかもう、ちょっと鳥肌が立つくらい好きなのである。

ぼくはテレビがないので、相方の家にいるときは(年越しにいないことはまずないが)たいがい23時40分くらいから紅白をかけて、その感じを味わうためだけにテレビをみる。だから、興味はなくとも、少しでも大トリの盛り上がりや採点なんかをみているのが望ましい。そいで、ゆく年くる年をしばらくみたあと、2355をかけ(2355はふつうによくみる番組である)、新年を迎えるのである。


その、23時30分過ぎくらいまでは何をしているかというと、映画みたりWWEみたりいろいろだが、今回は狩野英孝のバイオハザード実況をみていた…。じぶんでも大晦日に何やってるんだかよくわかんなくなっていたが、2時間くらい見てしまった。そういえば4ってリメイクされたんだよな、プレイ動画ないかなと、ちょっと探してみて気づいたら2時間経っていた。






で、ゲーム実況で思い出したんだけど、去年の振り返りで書き漏れがあることに気がついた。ポピープレイタイムを筆頭に、インディー系のマスコットホラーのゲーム実況にハマっていたのである。厳密には、ハマっていたのは相方で、影響を受けて好きになった感じだ。

とりわけポピープレイタイムである。もし聞いたことがないとしても、ハギーワギーなどのキャラクターはきっと見たことがあるとおもう。謎要素や重厚なストーリーにやられ、ポピーちゃんやヤーナビー、ナイトメア・クリッターズのたまらないかわいさにからめとられ、ドーイ・ザ・ドーマンの高い文学性にとどめをさされてしまった。





こう書くとたくさんのゲーム実況をみているようだが、そういうはなしではない。いろいろ考察を探すのに参考にするかたはいるが、基本的にはコロンボさんという実況者のものばかりである。

YouTubeは児童もアクセスできるから、基本的にはそういうつくりになっており、コロンボさんじしん、おはスタに出演するくらいの圧倒的人当たりと好感度だが、もちろん大人にもおもしろい。あとたぶん、キュートなひとなので、ママからの人気もかなりありそう。いつも動画の最後で、主に児童から寄せられたイラストを見せてくれるのだが、どれもかわいくてたまらない。たいがいのイラストでは、ハギーやバンバンとコロンボさんが並列に、同じくらいの大きさで描かれているのが印象深い。子どもたちにはコロンボさんも「ハギー側のひと」なのだなということがよくわかるのである。

さらに、お友達がやってるのかなんなのか、「コロチー」というキャラクターとコロンボさんランドのチャンネルも運営しており、こちらもよくみている。








おふたりのおかげで、ポピプレやバンバン、ロブロックスなど、プレイしてるつもりになれるくらい親しんでいる。それからアメイジング・デジタル・サーカスね…。また新しい世界を開いてしまった…という感じである。アメデジはYouTubeでアニメ見れるよ。ポムニ大好き。






リンクが多くなってしまった。

今年の読書目標は、おととしの9冊から、12、20と順調に戻っているから、30を目標にしようかな。お年玉ももらったことだし…


筋トレについては別で記事を書きたいが、書けないかもしれないので、自分宛に目標だけ立てとくと、ともかくアンイーブン・プルアップを10回ずつ2セットの達成かなとおもう。この種目は、左右均等に消耗させることが難しく、あまり長居しないほうがいいと感じている。この種目ではやくグリップと肩帯、上腕二頭筋をまともなものにして、いまも少しやっているが、純粋な片手プルアップのネガティブ動作を中心に持っていきたい。


とりあえずここまで。今年もがんばりましょう。








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仕事後にランド行ったとき。ネクタイにマイメン・ギデオンにくっついてもらった。




大晦日、ブログ納め。

今年はなにをした1年だったのか…。35を過ぎたくらいから2,3年くらいがそれまでの1年くらいの密度になっているようで、記録をつけていないとはっきりしたことがなにもいえなくなっている。好きなものですらそうだ。最後にディズニーに行ったのはいつか?映画館は?と聞かれても、正確に答えられないのである。この2年くらいのあいだのいつかに何度か、たぶん、みたいな認識なのだ。で、調べると5年前だったりする…

ブログも最近は雑で、定期の更新しかしていないので、日記の役目は果たしていない。もう、ひたすらスマホの写真をたどる以外ないのだった。


ディズニーは、たぶん3回。たぶんね。まず1月23日に行ってるな。今年はシーは行かなかったみたいだ。1月は、シュガーラッシュのパルパルーザがやっていたときだな。

このとき、いつも必ず乗っているイッツ・ア・スモールワールドの前でアベンジャーズのテーマが流れてたまげたのをよく覚えている。withグルートということで、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2のベビーグルートが世界をまわるというコンセプトになっていたのである。各地にそれぞれヒーローもいてグルートの相手をしていて、ほんとかわいいから、みんな行ってね。一回中断してからまた始まったはず。




ちなみにグルートの声は日本語



5月15日に行ったときにはドナルドの2度目のパルパルーザ。パルパルーザとは、ディズニーに行かないひとにはどう説明したらいいかわからないが、「イベントをやっている」くらいでいいのかな。パーク全体が、シュガーラッシュやドナルドの世界観に満たされる感じだ。日中にはパレードもあるが、これが参加型のやつで、ぼくはどちらかというと黙って口開けて見ていたいから、とにかく参加して、帰宅してから他人が上手に撮った動画見て再体験したりしてる。

9月26日夜にもパークに行った。ハロウィンイベントが始まっており、初めてスケリントン・ジャックされたホーンテッド・マンションに行くことができたのだった。







3月27日には闇金ウシジマくん原画展、7月1日には刃牙博。ウシジマ展がはるか昔な感じがして何回も調べてしまった。ぼくを形成する二大漫画が年内どちらも展示会をしたというのは、考えてみればすごいことだ…が、たんにぼく世代がターゲットというはなしなのだろう。



九条タッチの丑嶋社長







七海ひろきみたいな刃牙



あとは、ごく最近になるが、12月18日にちいかわパークに行ってきた。



あのこラブ






ちいかわは、もちろんひとなみに知っていたし、当たり前にぬいぐるみを持っていたし、かわいく感じていた。コミックもぜんぶ買ってる。しかし、相方が友達とパークに出かけ、写真やらなんやら見せてもらううち着火してしまった。コミックもぜんぶ持っていたし、アマプラでアニメも見てきたはずだが、“ちゃんと”ではなかった。なんでも偏執的に探究してしまうぼくでは珍しく、きわめてカスタマー的無責任スタイルで、浅くкаваийを享受していたのである。それだけちいかわがコンテンツとして強力ということなのだろうが、なぜかそのときに考察サイトを見ていて、モモンガの正体やあのこの出自など、はなしには聞いていたが直視はしてこなかったちいかわ世界のどぎつさにとらわれてしまったのだ。幸い、くりかえすが、原作はぜんぶあるし、なんならナガノ先生の他の本もあった。アマプラは毎日つけている。そういうわけで、12月あたまくらいから正気を失ったちいかわ漬けになっているのであった。


ちいかわはディズニー以上に身近にファンが多く、またディズニー以上にライトなファンもヘビーなファンもいる印象がある。そうすると、いまこういう時代なので、誰推しかというはなしになる。それがぼくはほんとうに困る。最初は、いつものやつで、じぶんで誰が好きかわかっていないパターンかとおもわれた。ぼくは宝塚や映画でも、誰が好きか自分でよくわからない。わからない、というと、相方に、「いやどう考えても早霧せいなでしょ」「ニコール・キッドマンでしょ」といわれ、そうかも…となるのである。いつもそうなのだ。しかしちいかわはみんな好きなのだ。強いて言えば、毒を含むモモンガやあのこが気になる存在ではあるが、推しとはちがうような…という感じだ。じゃあ持っているグッズの量は?となると、ハチワレやうさぎが多いようだし、事実めちゃくちゃ好きだが、この時点ですでにひとり絞れてないし、たんにあのこのグッズが少ないだけではという反論も可能である。というわけで、推しを聞かれてもいつもモゴモゴいうだけなのだった。


このくらいにしとこうかな。筋トレのはなしはできたらまた年明けにしようかな。今年は新しいトレーニング(アンイーブン・プルアップ)に入れたし、久しぶりに年末に書こうかと思っていたが、間に合わなかった。なるべく書きたい。みなさま、1年間お疲れさまでした。良いお年をお迎えください。




またね






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今回も漫画とそれ以外の読書はまとめる。まず漫画。



【漫画】


今年はジョジョランズ5巻からジョジョランズ7巻まで、ぜんぶで44冊の漫画を読んだ。ジョジョにはじまりジョジョに終わったわけである…。


漫画は、減らそうと努めてきたのでこれでいいといえばそうなのだが、ちょっと減りすぎかもしれない。ほんとう、継続購入してるものの新刊以外読まなくなってしまった。これじゃあどんどん感覚が錆びていく。審美的な意味でもそうだし、いまぼくは書店に所属したままよく似たちがう仕事をしているのだが、いざ書店に戻ったときに感覚が追いつかないかもしれない。


書くべきこともマジでまったくないな…。相変わらず福満しげゆきは追っているので、スクエニから出たのはうれしい驚きだった。先生、応援してます…!








【小説・評論など】


今年は20冊、本を読めた。相変わらずひどい数だが、去年が12冊、その前が9冊という、もはや履歴書の趣味の欄に「読書」と書けないレベルになっていたことをおもえば、持ち直してきているのだとおもう。

少ないのでぜんぶ書き出す。出版社は記入しません。


『会計と経営の七〇〇年史』田中靖浩

『ひっくり返す人類学』奥野克巳

『明治大正 翻訳ワンダーランド』鴻巣友季子

『白い人・黄色い人』遠藤周作

『世界は経営でできている』岩尾俊平

『団地のふたり』藤野千夜

『荒木飛呂彦の新・漫画術』荒木飛呂彦

『差別する人の研究』阿久澤麻理子

『苦手な読書が好きになる!ゼロからの読書教室』読書猿

『科学史・科学哲学入門』村上陽一郎

『論理的思考とは何か』渡邉雅子

『無限の果てに何があるか』足立恒雄

『詭弁論理術』野崎昭弘

『路地』三木卓

『「無限」に魅入られた天才数学者たち』アミール・D・アクゼル

『問題解決能力があがる 自治体職員のための法的思考の身につけ方』中村健人

『無限論の教室』野矢茂樹

『はじめてのガロア』金重明

『数学基礎論』前原昭二 竹内外史

『人間集団における人望の研究』山本七平



みてわかるように今年は数学の読みものにハマっていた。特にゲオルク・カントル(カントール)の無限論である。最初に興味を持ったのは去年読んだ、瀬山士郎の『現代数学はじめの一歩 集合と位相』だったとおもうが(とてもおすすめです)、その対角線論法の美しさである。




集合の要素の基数(個数)を濃度であらわし、無限に要素をもつ集合の濃度に大小があると考えたのだ。要素を一定の規則のもとに並べることができれば、それは自然数によって番号をふれるということだから、自然数の“無限”と同じ大きさになる。これをアレフゼロという。だから、たとえば「偶数」は、2,4,6,8,,,と並んでいて、順番に①,②,③,④と番号がふれるから、アレフゼロである。ふつうに考えると偶数と奇数は交互にくるのだから、自然数の半分くらいに思われるが、そうではないのだ。では有理数(分数で表せる数)はどうか?これも、きれいに並べることができるからアレフゼロである。では無理数(分数で表せない数)を含む実数はどうか。カントールはここで対角線論法という非常にあざやかなやりかたで実数の数はアレフゼロより大きいことを示したのだ。無限にも大小があることを証明したのである。

これに感動してから、ブルーバックスや角川ちくまあたりの読みやすそうな無限論系の本をあさるようになった。と言ってもほとんどKindleだが。毎日通勤時に数学のことを考えるのが楽しかった。ぼくは、実は数学科出身なのである。数学はほんとうに得意で、その方面で期待される人間だった。しかし、よくあるはなしだが、そうしてちやほやされて驕らずにいることはぼくの人間力では困難であり、例にもれずぼくは勉強というものをまるでしなかった。ピアノと読書がじぶんの使命だと確信していたからだ。それでも、じっさいたぶん才能はあったので、大学には数学一本でいけた。たぶん満点だったから返さなくてよい奨学金までもらえた。しかしそこまでである。ろくに学んでいないから経験値もなく、ちょっと向いているくらいで大学数学ができるはずがない。最初はまだよかった。なにもしなくても、数学が得意な連中が集まる中でトップにたつことができた。それが心地よかったことは否定できない。だがすぐについていけなくなった。驕りから、まったく学ばないからだ。さらに、ついていけない事実に直面したくなくて、ぼくは積極的に授業をサボるようになった。そうやって単位を落としていき、それ以外の理由もあったが、やがて中退となった。よくある話でしょ。いやになるよ。


思いがけず自虐ネタに走ってしまったが、無関係なはなしでもない。近頃のぼくに芽生えた数学熱は、現職が文系の専門職で、じぶんのオリジナリティがどこにあるかと考えたときたどりついたものだと思われる。だがそれをモチベーション面で支えているのはあの頃の後悔の感覚なのだ。もはやあの、学校という、いまおもえば考えられないくらい学びに適した環境は消え去った。いま片手間でやったってまともには身につかないだろう。でもほんとうはぼくにも数学が好きな瞬間があったのだ。それを思い出したいのではないかなとおもう。


そうしていろいろ読み進めていったが、カントールはデデキントとともに集合・無限論の父みたいなひとなので、たいがい最初のほうに出てくる。今年もっとも読むのを頑張った『数学基礎論』は、以後も参照することになるであろうすばらしい一冊だが、開始2ページで登場する。要するにごく初歩なのだ。そこからヒルベルト、またゲーデルに至ってようやくひと息つける、という感覚なのである。だが、ぼくはもう誰かにちやほやされるために数学をするのではないから、適当にやっていこうと思っている。と言いつつ、年末年始は無謀にも『ゲーデルに挑む』に挑もうとしているわけだが…。著者の田中一之氏は、その、現在のぼくのバイブル的一冊となっている『数学基礎論』の解説を書かれていたのだ。






『数学基礎論』はたいへんコンパクトにまとまりながらしっかり証明も載っており、すばらしい1冊なのだが、読みものとして数学の知識なしで読めるかというとそういう本ではない。いくつかおすすめできる本はあるが、今年読んだ中ではだんぜん『「無限」に魅入られた天才数学者たち』である。体裁的にはカントールとゲーデルを中心に据えた伝記みたいなものだが、必要に応じて非常にわかりやすく彼らの考えたことが説明されているのである。また、ユダヤ系と思われるカントールの原風景ともいえるカバラ(ユダヤ神秘主義。映画の『π』に出てくる。ヘブライ語アルファベットに数字を割り当て、単語にその数字の和を見出して、和の等しいものどうしに特殊な関係性を見る)などにもくわしく言及しているのも特色といえるだろう。めちゃくちゃおすすめです。




この状況で小説も3つ読めてるのはまあよかったとおもう。山本七平は、ときどき禁断症状的に読みたくなることがあって、買って置いてあったのを読んだ。また新しくなにか買っとかないとな…


それ以外の、年間の“この1冊”的なことでいうと、『差別する人の研究』になるかなとおもう。部落差別にかんする本だが、さまざまなありかたをするレイシズムを細かに分析しており、勉強になった。


それから『法的思考の身につけ方』も何回も読み返している。自治体職員の〜とあるけどそうでなくても法的思考の訓練によいし、地方公務員以外にも、図書館や郵便局、公共交通機関、電気ガス会社など、準公務員のかたにも非常に役にたつとおもう。









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今年も もうすぐ終わるよ 答えを 探してもないよ ということで2025年まとめ。まずは、あまり書くこともなさそうだが映画。


今年の映画館は4回だけ。去年が5回、その前が12回。ぼくと相方のあいだにあった一時期の映画館ブームは去ってしまったのかもしれない…。去年も書いた気がするが、原因はたぶんディズニーで、パークにいったりグッズを買ったりで消費の大部分がそちらにいってしまっているため、興味の問題というより物理的に消極的にならざるをえないぶぶんはある。まあ、ディズニーに比べたら映画のチケット代なんてたいしたことはないんだけど…


その映画4回にしたところで、うち3回がMCU、もうひとつがディズニーアニメのズートピア2なのだから、結局ぜんぶディズニーで、やれやれというところである。


マーベルに関しては、2月20日に『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』、5月28日『サンダーボルツ』、7月25日『ファンタスティック4』と、基本はおさえることができた。エンドゲームで主要キャラが退場してからみてないというひとは多いかとおもうが、正直ぼくのなかにもそうした萎靡沈滞の感覚はある。さらに、もともと計画されていたドラマ展開とコロナ禍が時期的に一致し、よくもわるくもそちらに注力するようになってから、ストーリーやキャラクターがあまりにも広がりすぎてしまったということもあった。さらにいえば、展開上の必然として、また今後もMCUを続けていく上での必然としてあらわれたマルチバースや変異体という概念は、こうした広がりをサポートするかのようなものだった。かくして、そうとう追ってるひとでも知らないヒーローがいる、みたいな状況が生まれていったのである。マーベルのおもしろさは、キャラクターやストーリーの、分厚い蓄積による深みにある。だから、ただヒーローが集まるだけ、ブラックパンサーがクリントの名を呼ぶだけで感動できる。ところがこうした無限遠にもおもえる世界観の広がりは、おもしろくも疎外感を生むものでもあったのだ。


エンドゲームにいたるまでのあのすばらしい作り込みの物語はまちがいなく歴史に残るもので、未来ではきっと指輪物語に匹敵するあつかいになっていると思われる。そんな脚本をつくる製作者側がこの状況に気づかないはずもないわけだが、マルチバース的広がりははなしの必然でもあり、ある意味観客の疎外感もまた必然だった可能性もある。売り上げ的にしんどくとも、ともかく、これをやりきろうと、そういう意識はあったのかもしれない。そこへ、サノスの次にあらわれた大型ヴィラン、征服者カーン役のジョナサン・メジャース有罪判決である。


事件ののち、あらたに脚本を組み直した製作は、ドクタードゥームを新ヴィランに設定、この配役をアイアンマンのロバート・ダウニー・Jr.に決め、さらに最近の予告ではクリス・エヴァンスのキャプテン・アメリカ再登場が発表された。会社的に、また脚本的に苦しい状況で、「たしかなもの」に逃げたようにも見えるかもしれない。じっさい、知人のマーベルファン何人かはみんな、彼らが復帰する喜びと、エンドゲームの感動が毀損されるような感覚のふたつに引き裂かれているようである。しかし、ぼくにはこの決定もまたあくまで脚本上の合理性にしたがったもののようにみえる。というのは、キャプテンはわからないが、ドゥームがアイアンマンの変異体である可能性も出てくるからである。また、そもそもなぜ予告のキャプテンは若いのかなどということもある。ひろがりきったマルチバースの宇宙という現実がいまの困難を強いるなら、その現実がもたらしうる喜ばしいことも積極的に導入してしまおうと、そういうパラダイム・シフトが感じられるのである。


そのいっぽうで、いまでもマーベルはミクロの人物造形や人間関係にじゅうぶんな注意を払っている。今年の3作はどれもそういう内容だった。あのキャプテンの後任という、信じがたいプレッシャーのもとに、ベストを尽くすばかりでなくきちんと仕事を果たそうとするサムの新キャプテンの姿には、感動しないではいられなかったし、ひとりの大人の人間としてとても奮い立たせられた。逆にいうとこういう感覚は、あまりにもヒーローでリーダーだった前のキャップにはなかったものだ。サムは超人血清を拒否したのもよかったよね。いまいちばん好きなヒーローかも。


サンダーボルツのぜんぜんダメな感じもほんとによかった。セントリーに文字通り歯が立たないさまをみて、このひとたちは、ありがちな「とはいえなんとかしてくれる」というキャラクターですらないのだなということがよくわかった。ただ、それぞれが抱えている地獄、それが観客のものの相似形であるぶん、感情移入しないわけにもいかず、この図式は新キャップと同じである。エレーナは姉を失った悲しみと尊敬の気持ちでアイデンティティを保つのが難しくなっており、またウィンターソルジャー、レッド・ガーディアン、USエージェントもまたそれぞれに“あの”キャプテン・アメリカとの差異にもがき、それぞれの劣等感に苦しんでいる。これはあなたの物語だと、この2作はくりかえし伝えてくるのだ。


こういうなかでファンタスティック4は仕切り直し第1作という感じがある。世界観としてもそうだし全体の洒落た雰囲気もそうだ。4人のすごさと素朴さを並行的に描き、遠さと親しさを同時に表現することに成功しているとおもう。





12月26日にはズートピア2。ペリリューなどみたい映画はたくさんあるなかで、どうしても時間がとれず、ズートピアだけはなんとかみることができた。まあ、思ったとおり超よかった。どこかで語りたいが、たぶん無理だろうな。1みてるひとは必ずみてね。



さて、今年は実は映画館だけでなく、家でサブスクを通じて視聴した映画もカウントしていた。と言っても、Xでタグをつけてタイトルをつぶやいてきただけだが。ただ、年間どれくらい見ているのかなということは気になっていたので、とりあえずやってみた。73作だった。秋に入ったくらいから、帰宅してご飯を食べて気絶してしまうみたいな日が続き、ぜんぜん見なくなってしまっていてが、だいたい5日に1本というペースである。毎日みるときは毎日みるのだが…。ネットフリックス、アマゾンプライム、ディズニープラスと、すべてウォッチリストにかなり溜まっていて、みたいものはたくさんあるのだが、なかなか、起きていられないのだった。


自宅映画については、今年も韓国ホラーよくみていたのかな。むかしからよく見てるが、今年は意識してみていた感じ。で、あるタイミングで下の胸くそ映画ガイドを買って、しらみつぶしに見ていくことにもなった。




胸くそ映画好きなので知っているものも多かったが、『凶悪』や『哀愁しんでれら』などふだんは見向きもしない邦画に触れられたのが大きかった。

あとは映画紹介動画などもよく参考にし、『マイ・マザーズ・アイズ』という傑作にも出会えた。邦画はあまりくわしくないのであてにはならないが、個人的には三本指に入る作品だった。また見たい。





ホラーではないものでは『コンサルタント』のシリーズも印象に残ってる。この手の映画で最近あたりがなかったので…。パニッシャーのひとがかっこいいんだよ。

同系列で韓国映画の『THE KILLER/暗殺者』もすごいよかったな。こういうのが見たかった!って、なんかすっきりした記憶がある。


こんなところで。







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