今週の九条の大罪/第129審 | すっぴんマスター

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第129審/日常の犯罪⑫



百井らを詰め、農園を案内させようとする出雲。曽我部と百井は意味ありげに密かな視線を交わしている。出雲は井出というさっぱり顔の若者に車を出すように指示する。


九条の事務所。訪れているのはのらである。百井に5000万で農園をゆずったタイミングで出雲が出てきたので、のらはうまいこと逃げられた感じになるのかと思われたが、ちがうみたい。

のらのフルネームは野村乃蘭という。のらは本名だったのだ。なんか全体にかわいい名前だな。曽我部の紹介で来たという。のらと聞いて九条ははじめて理解したようなので、曽我部は「のらさん」としか言ってないのだろう。曽我部らしさとそれでかまわずにいる九条らしさが出たやりとりだ。


のらの用事は、現行のトラブルではなく、曽我部も言っていた立て続けの職質である。警察の内偵が入っているのではないかと。そのときは、内偵が入っているなら警察はなにかつかんでいる、という話だった。職質じたいは任意だが、現実にはなかなか断れるものでもなく、へんに暴れると公務執行妨害となる可能性もある。だから応えるしかない。これからこわいのは家宅捜索で踏み込まれ、栽培の現場をおさえられることだ。

九条はくしゃみをしながら説明し、鼻炎にきくのか、フリスクをかじってのらにもわける。

以上はまあ当たり前のはなしで、問題は、なぜ内偵が入っているのか、そしてどのタイミングで警察は踏み込んでくるのかである。内偵じたいは、内部からの情報提供か、客からたどっていく突き上げ捜査の結果と考えられる。まあ、ありうる話だということだ。家宅捜索についてはこれ以上議論はないが、とりあえず電話は通信アプリを使って履歴をすぐ消すなどするように九条はいう。九条はこんな指示しちゃって大丈夫なのかな…。すでにのらはやっているようだが、弁護士がそんなアドバイスをくれることに喜んでいる。


そこへ烏丸が法廷からもどる。顔をみて、のらは、二度見するような妙な反応をみせる。そして、お父様はご存命か、それは烏丸克信さんではないかと聞く。訝しむ烏丸に事件を知っているとだけ話して、今後のことを頼みながらのらは帰っていく。九条はのらが誰なのかわかっていたようだ。烏丸の父親が命をかけて守った女性なのだった。


タイにいる菅原と壬生。菅原はタイでビジネスを始めたと言っていたが、始めたところなのでいろいろ物入りなのかもしれない、壬生からお金を借りたらしい。壬生はなにしに菅原に会いにきたのかなと思っていたが、これなのかも。

菅原は手広く稼ぎまくる壬生の手腕を素直に認めている。壬生ならタイでも成功すると。それは、流れを読んでためらわず先手をうてる1パーセントの人間だ。公平を求めて、不公平をなげき、いつも親や政治家などのせいにしている人間にはそれは不可能である。




「世の中は支配と操作で動いてる。

1パーの人間は善人の顔して奴隷を作る。


善良な人間は使い捨てのコマにされる。


捨てられる前に自分から盤をひっくり返さなきゃ人生を変えられない」




こう言う壬生は、菅原のことをどう思っているのだろう。


井出のしけた車で出た出雲ら。出雲は百井と車で待つとし、井出は曽我部に部屋を案内させる。たしかにあの栽培部屋のようだ。すんなりここまで来たが…。

車内の出雲のところへ草生というものから電話。タイの描写に描かれていた人物だ。ついに壬生を見つけたという重大な報告なのだった。



つづく





菅原はもう見つけたというはなしだったから、辛抱強く菅原を見張って、今回ついに壬生が現れたということだろう。


のらはまだ退場ではなかったか…。それどころかメインストーリーにからむ人物だったわけである。

烏丸の父が誰を守ったのか、そしてその人物が助かったのかどうかは、いままで謎だったようにおもう。

この事件の犯人を弁護したのが流木で、検事が九条の父・鞍馬だった。そして傍聴席には若い九条や、被害者の息子である烏丸も当然いたのだ。なんか宇宙的意味が感じられる裁判だ。もちろん、その犯罪の理不尽さを考えたとき、弁護人を通じて守られる加害者の権利というものはどういう価値をもつのかという点で、作品を駆動する「法制度の存在理由」について問いかける立場と響き合うのだが、当事者である烏丸にとっては後日談もある。当時週刊誌に配属されていた記者の市田が不本意にも加担した暴露で、父の英雄的行為は毀損されてしまったのだ。ただでさえ、父の急死は烏丸ら遺族を宙に放り出したろう。ここへさらに人の世のままならなさのようなものも痛感され、彼らにはなにもたしかなものがない状況になっていたのである。

現在の烏丸の部屋には無数の昆虫標本が飾られている。烏丸じしん、父の死を、厳密には父の死の意味を受け止めることができていない。彼はこれに、昆虫を時間から解き放って対象化する標本と同じく、硬直した過去の事例に弁護士として直面することで自己を保っている。弁護士の仕事が、あのときのことをたしかな事実として受け入れさせ、烏丸をぎりぎり生かしているのである。


そこにあらわれた、父が守ったというのらはどういう存在だろうか。それは、事件に体温を加えるものなのだ。事件の「標本化」は、烏丸が弁護士であるから成り立つ自己治癒である。そうでない当事者、つまり母親のような遺族がこれをすると、過去は硬直し、身動きがとれなくなる。のらの登場は硬直した過去を融解し、いきいきとした事実にする可能性がある。それは、ふつうに考えたら「いいこと」なのだが、いまそのように硬直した事例を参照先とすることで弁護士業につく烏丸ではどうだろう。烏丸は、九条と比べるとロゴスの人間、言語を通じて受け取ることが可能な事物をもってして世界をあまねく認識するものであり、これは思えば標本思考が根本にあったわけである。のら登場はこれの解除を暗示するというはなしだ。それが烏丸にとってどうなのかは不明である。九条のような弁護士にはなれるかもしれないが、烏丸の持ち味が失われるのは惜しい気がする。が、それも目を背け続けている傷があればこそだとしたら、それでいいのかもしれない。



見つかってしまった壬生だが、引用のセリフもあり、なんとなくこの状況は菅原を売りそうな雰囲気である。菅原はいまお金がない。人望はどうなのだろう、わからないが、タイに子分を連れてきている様子もない。ひとを貨幣のようにとらえることができる冷酷な壬生にとって、もう菅原はあまり役に立たない、というか、いまがもっとも役に立つときということにならないだろうか。菅原の油断し切った感じも引っかかる。いちどは殺されかけた相手なのにな…。菅原はもっとできるやつだったよね。だからこそ壬生は引き入れたとおもうんだけど。なんかボーっとしてるなあ。



↓九条の大罪15巻 10月30日発売予定





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