第26話/純度勝負
噛み合うふたり、ジャックとピクルの対戦が決まった。いちどストリートファイトになりかけたが、花山の仲介で地下闘技場でのファイトに切り替わった感じである。
ジャックはピクルにいちど負けているわけで、このたたかいは、相手が言語での交渉ができないピクルであるぶん、ピクルがその気になってくれなければ成り立たない。そういう意味で、前回のやりとりは様子を確認するという意味があったのだろう。でも花山がきてくれてよかったな。
光成がバキにこのたたかいをどう見るか訊ねている。勇次郎と並ぶ強者で、どちらとも対戦経験のあるバキに聴くのは、適切なのだろうが、ちょっと強すぎて、参考にならないようにもおもう。
バキの見立てでは、咬筋力では五分だという。以前までは基礎体力やタフネスなど、要するにフィジカルではピクルが圧倒していたが、それは過去のはなしだとも。ジャックがうえだともいっていないが、以前ほどの差はないというくらいだろう。
バキはその根拠を、甘さが消えたことに求める。光成も同意だ。強さへの純度が増し、くもりなく勝ちたがっている。これは純度勝負、純度に古代も現代もないのだ。
地下闘技場にはすでにピクルがひざを抱えて待機していた。地下闘技場って、どのくらいの頻度でふつうの試合してるのかな。この様子だとジャックがくるまで動かなそう。
ピクルは言葉を理解できないが、これまでの経験、パターンから、あの大男、ジャックと再びたたかうのだということをわかっていた。あれとたたかい、噛み、咀嚼してひとつになるのだと、だいたいそんなふうに理解していたと。やっぱりいまでも倒したら食べるつもりにちがいはないんだね。
と、誰かがくるのをピクルがにおいで感じ取る。バキである。ピクルが露骨に喜ぶ。対戦中は魔術のような技をつかう彼に恐怖し、親子喧嘩のときはでしゃばって歯を折られていたが、苦手意識はもうないらしい。赤ちゃんみたいに声をあげ、手を広げて喜んでいる。いやかわいすぎるだろ。なにこのかわいい最強生物。
バキは暴力的なタイプではないし、いっかいたたかったら友達みたいなところはじっさいある。ピクルもそれを感じ取っているのかもしれない。また、死闘を演じながら互いに五体満足でいられた数少ない例でもある。ほんとうにうれしいのだろう。
ピクルはハグを求めていたっぽいが、自然手四つのようなポーズになり、それをバキが別の手で包み、語りかける。ヤルんだねと。すると、なんとピクルは、「ヤ・・・ル・・・」と言葉で応えたのである。
つづく
ピクルは非常に高い知能の持ち主でもあったので、いつかこうなるんではないかとはおもっていたが、マジでしゃべりはじめた。といっても、赤ん坊がお母さんの言葉を復唱するようなもので、まだ意味を理解しているとかそんな次元ではないだろう。しかしそれも時間の問題かもしれない。
もといた時代でピクルは、激闘を演じた相手を必ず食べなければならないという宿命にあった。すばらしいたたかいのできるライバルは、それだけで愛しい存在、親友だった。けれど、そういうものとは生存をかけてたたかわなければならない。そして、どちらかしか残らない。だから、彼はいつもバトルが極まると涙を流していたのだ。愛しければ愛しいほど、そのものとの別れが迫ってくるのである。そりゃ悲しいよね。
現代にきてからのファイトでは、幸い死者は出てこなかったが、烈や克巳は身体のいちぶを失うことにはなった。それまで彼の形状とは異なるものに生まれ変わらざるを得なかったのである。その意味で、そこにはたしかに別れがあったろう。ジャックのたたかいは異常すぎたので少し別として、そんななかでバキは、あそこまで徹底的に出しつくすながら、ピクルの戦意喪失という結果にいたり、愛し合いながらも別れが訪れなかった。これはピクルにはこれまでなかった経験なのである。愛したからといって失わなくていいということを初めて学習したといってもいいかもしれない。それが今回のあの反応を呼んでいるのだろう。
言語をもたないことは、世界の大洋的認識を意味した。ものごとを分節する手段をもたないので、事物と事物のあいだに落差がなく、連続しているのである。もちろん、ではことばをしゃべらない動物はどうしているのかというはなしになるが、彼らはにおいや音などを通じて、つまり独自の体系を経由させて世界を整理整頓しているはずである。ピクルもそうしていたはずだ。そうでなければ、克巳と範海王の区別がつかないことになる。
それが言語をもつようになるのはどういうことかというと、そうした人間の分類体系をもって世界を眺めることが可能になる、もっといえば、それでしか見れないようになる、ということにほかならない。その先には、ルソーのいう「憐れみの情」や法治国家もうっすら見えている。今回もピクルが想像していた勝利の先に訪れる食事はきわめて原始的で、非人類的な行動でもあった。勝利は相手の死を意味し、そもそも闘争は食事のために行われるのだから、食べなくてはならない。こういう原理でピクルは動いているのだが、この原理のどのぶぶんも、現代の人類には通らないものだ。勝ったからといって相手は死んでいるとは限らないし、闘争は食事を意味しない。こうしたことを、ピクルが理解していく可能性が高まるのである。
そのとき、ファイトの面でなにが起こるかというと、今回のテーマに寄せていえば、「嚙む」という行為のもつ意味の変容である。ピクルはたしかに嚙みつきを用いるが、それはジャックのものとは明らかに異なっている。「開いた手を握ると拳になる」くらいの意味しか彼にはない。なんというか、別に特殊ではないし、食べるときにつかう強力な顎が、闘争にも使えるという、それだけのことでしかない。だから、いきなりジャックに噛みついたときも、少し甘嚙みっぽい感じがあった。つまり、いうほどピクルは「嚙む」という攻撃方法にこだわりはないのである。
しかし、言語を通じた世界の分節が可能になれば、嚙みつきはにわかに特殊な技術になる。食事の動作にぼんやり含まれている顎の運動、というものを超えて、ジャックと同じく非常に強力な武器としてこれを用いることができるようになるかもしれないのだ。そう考えると、噛道的にいえば、ピクルは強くなるのかもしれない。「嚙む」ことを武器として意識的に使えるようになるのである。
だがそれは同時に、ピクルのファイトスタイルの変更も意味することになる。ピクルはいま、げんに強いわけである。嚙みつきを意識的に武器にしなくても、じゅうぶん強い。だから、そこに嚙みつきがあぶりだされて、ジャックと噛み合うようになることが、そのままピクルの強化を意味するとは限らないのだ。
このまま赤ん坊程度にでもコミュニケーションがとれるようになったらうれしいな。しばらくは相手の言うことを復唱するだけだろうけど。
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