第109審/生命の値段⑱
白栖委員長や相楽とは決着がついたところで、ずいぶん丸くなった白栖から、息子の正孝について相談されたところだ。正孝が手術の失敗で患者を死なせてしまい、遺族から訴えられそうになっていると。
正孝は、第1審に登場した片足を失った男の子の件で九条を憎悪しているが、きちんとはなしを聴いてくれている。記録によれば、医療ミスは見当たらなかったと九条はいう。安全配慮義務は徹底していると正孝は応える。だが、手術は身体を切り刻むもの、合併症のリスクをなくすことはできないと。でも手術する以上それに同意したサインをしているはずで、法的責任という意味においては、そこに因果関係を見出せなければ問題はないということらしい。明らかなミスで別の病気があらわれたのでなければ、つまり起こりうる合併症として解釈できるのなら、責任は問われない。
だが、問題は別にあると九条は考える。正孝の考えとしては、緊急手術だったぶん事前の説明が甘かったということだが、問題なのは手術後だ。正孝の機械的な説明が遺族感情を逆撫でしたのだと九条はいうのである。ひとは、専門的な言葉で事実を語ってほしいのではなく、人のために尽くしたと“感じる”言葉がほしいのだ。これから示談の交渉に入るので、それまでに、それらしくみ
える練習をしようという九条に、正孝はしたがっている。あとでその気持ちはわかるのだが、意外なほど素直なのだ。
それから1年がたったということである。態勢を一新した新病院で、看護師たちがうわさばなしをしている。ひとりは正孝と手術前セックスをしていた美咲という女だ。九条の入れ知恵で、正孝は看護師にもきちんといろいろ説明するようになっているという。けっきょく顧問になったということなのか、それとも正孝個人についている感じなのかな。記録も対応も丁寧だと。
帰路、美咲と友人が引き続き噂話に興じる。ドライな口調ではあるが、美咲はからだの関係があるぶんただの噂話にとどまらず、それなりにおもうところがあるらしい。
正孝の嫁、早苗はインスタでの雰囲気がだいぶ変わってきた。以前までは正孝の弟、幸孝の嫁である恵理子に対抗して見栄をはっていたが、堅実な主婦というイメージを押し出している。正孝がスーパードクターとしてとても注目されているから、へんなことをしないようにしているらしい。
幸孝と恵理子は逆にすごい。いまは美容外科を開業して、大もうけをしているそうだ。幸孝は美容外科をうらやましがっていたもんな。ふたりとも中国で整形しまくってアンドロイドみたいになっている。(妻の名前が早苗になっちゃってます) 街中にでかい広告も出していて、それをふたりは撮影したりしながら、はなしを続ける。美咲は昨日も正孝とセックスだったらしいが、正孝の
なにがいいかと問われて、しばらく考え、手術に失敗して泣くところだと応える。ふだん非人間ぽいぶん支えてあげなきゃってなるらしい。でもそれは、患者に感情移入して泣いているわけではないことを美咲は見抜いている。メダルとれなかった選手が泣くように、失敗した自分に泣いているのだ。寝たきりで動けない患者の前で、個人的には延命治療はしたくない、苦しくても死ねないから、みたいなことも、いまでもやはりいうらしい。そのあたりは変わらずへんなやつなのであった。
いつもの屋上で九条と烏丸、それに正孝がお食事だ。前理事長の白栖からもらったワインで乾杯だが、コルク抜きがないということで、いったん九条が席をはずす。そこで正孝と烏丸がいろいろ話す感じだ。
烏丸が読者の気になることを訊ねてくれる。九条のことを悪徳弁護士とおもっていたはずだが、なぜ依頼したのか、なぜ素直にいうことを聞くのかと。正孝のこたえとしては、ひとの噂より自分の見解を信じたと。今回の騒動はじぶんのコミュ力のなさが原因である。それなら噂に耳を傾けたほうがよいのでは・・・となるが、これは、コミュ力のない未熟な自分が起こしたトラブルを解
決するために、噂では悪徳弁護士であってもしっかり自分と向き合ってくれる九条を選んだのだと、こういうことだろう。未熟だから信頼できるひとを選んだのであり、その未熟さがどういうものかという説明が、コミュ力不足だと。
烏丸は近くにたたずむブラサンを示し、犬はなぜ飼い主をじっと見るかと言うはなしをする。正孝にはぜんぜんわからないが、人が大好きで関心があるからだという。だから、じっと見て、感情を読み取ることができる。正孝も自覚のあるところで、ひとに関心がないから好きにならない、そして感情がわからないというわけだ。犬と同等です、と冗談をいう烏丸は、九条と正孝は同じ悩みを抱えているから通じあったんじゃないかと卓見を述べる。
正孝はここで例の片足を失った子どもの件を出す。ひとの気持ちがわからない自分でも、九条は冷酷な悪魔に見えたと。だが、このはなしには続きがあると烏丸がいう。九条はその後、母親と子どもに薬師前を紹介したうえ、流木まで介入させて、保険会社に言いくるめられて1000万しかもらえなかったものを7000万まで引き上げたらしい。そのお金やなにかを薬師前が手配したみたいなことだろうか。
無知は罪かもしれないが、知る権利は、いつでも、誰にでもある。なぜ九条はそこまでしたのか?九条のいいところは、お節介なところで、悪いところも、お節介すぎるところだと烏丸はいうのだった。
つづく
そうは書いてないけど、これは「生命の値段」最終話なのかな。ほかにやることあったっけ、とおもったけど、壬生の目的が果たされてはいないか。新病院にはなったけど、けっきょくいまの経営者は壬生ということでよいのだろうか。いまの病院の評判は描かれていないが、悪くないのではないかとおもう。いわれていたように富裕層向けになってるのかどうかはわからないが、あくまで正孝はスーパードクターとして勤務しているようだし、とすればすごい給料のはずで、金持ちをターゲットにしていても不思議はない。方針の内容が正孝の倫理観にしたがっているかどうかとは別問題に、ナースセンターなどもぜんたいに健全な雰囲気になっている。壬生は、病院の評判を落とし、安く買って、次に病院を立てなおし、高く売るという計画だった。正孝やほかの勤務医からすると経営が誰かというのはほとんど関係のないことだから浮かび上がっていないだけとおもわれるが、壬生は新体制になる前に病院を買えたのだろうか。九条によって有馬は途中で退場したが、そのせいでタイミングを逸したという可能性もある。たぶん、もう1話くらいあるだろう。
烏丸の読み通りなら、九条の「お節介」は、生得的なものではなく、そうすべきだという悟りと信念があって、自覚的に行われているものだということになる。じっさいそうなのだろう。そして、ひとを好きになれない正孝は、原因がひとに関心をもてないところにあると気がつく。つまり、九条方式でいけば、積極的に「ひとに関心をもつようにする」ということをしていけば、感情が読み取れない欠点は克服できる。これは、やろうとしてできることではない。関心をもつ、また好きになる、という状態は、なろうとおもってなれるものではないからだ。それを実現しようとしたら、「ひとに関心をもつとどういう行動をとるようになるのか」というところから始めるほかない。ほかにできることがないのだ。それが、たとえば、きちんとした説明とか、そういうことになる。患者への説明が雑なのは、患者の理解力や感情に興味がないからだ。それを、逐語訳的にでもいいから、どういうものか推理し、そうした理解力や感情にあるものはどういう説明を必要とするのかということを、あとから理性で構築するのである。九条もそうなのだろう。彼は正孝のようにサイコパス気味ということはないし、高い知性が感情を凌駕してしまうというような人物でもない。本質的には優しい人間だ。それがむしろいまは障害になる。法律の世界で働くようになり、世界を言語でがんじがらめに理解しようとする蔵人的ありように直面したとき、そうした優しさをどう行使すれば適切なのかわからないのだ。そこで、九条もまた、ある種の実務に徹する。彼自身が定めた、九条のためのポリシーのようなものにしたがってすべての判断をくだす。そのポリシーは、それこそ法のようなものだ。法律を勉強して専門家になったからこその発想といえるかもしれない。たとえば、「手続きを守る」という、九条を象徴するセリフは、そのセリフ内容も重要だが、そのように宣言すること、それを徹底することじたいが、「手続きを守る」というポリシーにつながるものである
。「手続きを守る」という手続きは、守ったり守らなかったりという状況では意味をもたないのだ。そのようにして、九条の周辺にはいくつかの箴言が響いているが、それらはすべて九条にとっての法なのである。そうすることで彼は、法律家になる以前にあった優しさを保存したまま弁護士でいることを可能にしているのである。そのことがヤクザや半グレを呼び込み、悪徳弁護士と呼ばれているというのは皮肉だが、現実はだいたいそんなものだろう。高い能力が備わっていても、強い信念に支えられた一貫性があって、しかもそれが正統なものであっても、場所によっては評価されなかったり出世しなかったりというひとはいるだろう。だが九条にはそれもあまり重要ではない。今回も、けっきょく顧問になったのかどうかよくわからないが、とりあえず最初は断っていた。やっぱり、法律のなかを泳ぐというよりは、対人で問題解決することが九条にとっての弁護士活動の初期衝動なのだ。
九条にしたがい、正孝が、ひとの気持ちがわからないままでも、その「気持ち」がどういうものが推理し、どういう行動をとればよいかを気にするようになったことで病院経営、というか現場の雰囲気はかなりよくなった。そして、烏丸がいうように、同じように「どうふるまえばよいか」という悩みを抱えたことのあった九条だからこそのアドバイスだったのだろう。法律、というより法曹の世界で、九条のような生々しい人間は生きにくい。理想論を捨てることもできない。そこで彼は戦略を外側から立てたのである。弱いひとがいて、だから救う、という回路ではなく、弱いひとがいつ助けを求めてきても助けられるよう、いまのスタンスを確立したのだ。
「生命の値段」登場人物の解釈についてキーワードとしてきた「対応」「創出」だが、おもえばこの「対応」とは、そうした理想論にこだわる様態のことをいっていたものかもしれない。つねに「現れるかもしれない」依頼人や患者のためにプライベートをつぶす九条と正孝の生きかたは、ある意味では成立していないわけである。いかに優れた弁護士や医師でも、彼らに「それじゃだめだ」というひとは必ずいて、それに反論することはかなり難しいのである。だが、正孝はどうも奥さんの早苗との関係性も改善されたようだ。早苗は見栄っ張りだったが、あれが抑えられ、正孝のために適切な行動をとるよう努力するようになっているのは、正孝への気持ちが見栄を上回っているか、もしくは、こ
のようにふるまうことじたいが、モノやお金を顕示することよりよほど張りがいのある「見栄」だと気がついたか、どちらかである。どちらでもいい、そこにはたしかに正孝が彼女にとって大切なものとして存在している。そこに、正孝改造計画がプライベートにも及んでいることが見て取れるのである。たほう、九条は娘と離れたままだ。九条がもし正孝に遠くじぶんを見ているとしたら、そういう贖罪の気持ちもあったのかもしれない。
管理人ほしいものリスト↓
https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/1TR1AJMVHZPJY?ref_=wl_share
note(有料記事)↓
https://note.com/tsucchini2
お仕事の連絡はこちらまで↓
tsucchini5@gmail.com