すっぴんマスターおすすめ本① 文芸 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

コロナウイルス騒動で不安な日々が続いている。

ウイルスじたいもおそろしいが、いちばん不安になるのは、社会というものが幻想なのだということを改めてつきつけられるこの現実的な展開である。社会は、鉄骨を溶接したり、ボルトで固定したりすような、手ごたえのあるしかたで連結されてはいない。あるひととあるひとの意志が、同方向に、たまたま一致し、合意形成が果たされるという、偶然が重なり、慣習となり、それに逆らうことに意味を見出せないという状況になってはじめて安定するものであり、逆らう、あるいは慣習的な事物に意識的になるほど、もろいものともなるのである。そのことを、とりわけ海外の動きを見ていて強く感じるのである。おもえば、人間の知的営みとは、真理探究のように見せかけて、この幻想的な合意形成をどれだけ延長できるか、ということの挑戦でもあったのだ。

 

こういうなかで苦しいのが、ウイルスという原因の性質上、ひとが多く集合する催しがいとわれがちだということである。ひとが多く集まるということは、必然的に、そこでは、単独では達成できないなにかが行われていることになる。ひとりで考えを深めても、創作を続けても、届くことのない他者的なものごとに出会える場所である可能性が高いわけである。どんな時代もウイルスが文化的に人類を深く傷つけてきたのは、このためなのだろう。ひとは、他者と出会うときに成長するのだし、幻想の社会を形成する幻想の合意形成も、他者なしでは果たされない。それを阻むのがウイルスなのであるから、考えてみれば当然のはなしでもある。

 

また休校にかんしてもいろいろと心配だ。4月になればふだんどおりにやるのかなという気もするが、小学校や中学校のころの学校という現場は、大人になってしまうと忘れがちだが、当の知性をはぐくむ人生最高の時期でもある。

 

こうしたわけで、わたしたちは、他者との偶然の出会いによって知的たりえるが、ウイルスはそれを阻んでいる、したがってパニックとともに知性は少しずつ減退していき、よりパニックしやすい、冷静でない状況になる、という連鎖に陥っている。いまこそ舞台や映画、お笑い、音楽などの文化的営みによる、外部からの批評が必要なところ、まさしくそれこそが率先して自粛を要請され、未来を担う子どもたちの大事な大事な成長の機会も損なわれてしまっているのだ。

 

ところが、まあはなしの流れとしてすでにみなさんは予測されているとはおもうが、ひとつだけ、文化的営みであり、他者との出会いであり、それでいて引きこもっていてもできるものが、世界にはあるわけである。むろん読書だ。このばあいは紙の読書には限らないだろう。電子でもいいし、ネットの記事でもいいかもしれない。ともかくまとまった文字のかたまりとしての本を読むことだ。もともと、個人的には、本を超える深い他者へのコミットメントは存在しないともおもっていたが、ここにきてその価値が試されているようでもあるのである。大切なことは、じっさいになにを知っているか、どれほどの知性か、ということではなく、「知的なものに敬意を払うこと」である。その所作のようなものを、読書は授けてくれるのだ。

 

というわけで、学校や仕事が休みになったり、あるいは一時的に家にいることになったようなひとに向けて、おおざっぱなジャンルわけとともに、知性を賦活し、教養を深める、ぼくのおすすめの本を、思いつくままに紹介していきたいとおもう。今回は文芸、いわゆる純文学的なものに絞って、一息で示していく。

 

 

 

①『しろばんば』井上靖 新潮文庫

 

ぼくが読書にはまりだした当初、小学五年生くらいのころ、はじめてはまった純文学で、著者の自伝的小説。もうあんまり内容は覚えていないが、小学五年生が読んでふつうにおもしろかったわけだから、おすすめということでいいだろう。これは続編があって、『夏草冬濤』、『北の海』とつづく。ぜんぶ読むとかなり長いが、数日で読んでしまった記憶がある。

 

 

 

 

②『偽原始人』井上ひさし 新潮文庫

 

同時期に読んでいた本だが、これは内容をよく覚えている。中学受験をひかえた東大(とうしん)くんという小学生とその友人が主人公で、名前を見てわかるように母親は猛烈な教育ママであり、彼らが母親や鬼のような家庭教師をやりこめるはなし・・・というとなんだかカドカワ的なライトノベルみたいだが、そこは井上ひさしなので、そこかしこに毒が含まれている。でも、小学生のころのぼくは、自身の環境との響き合いもあり、様々な子どもらしい作戦の数々にわくわくしていた。

 

 

 

 

 

③『風の歌を聴け』村上春樹 講談社文庫

 

村上春樹はどれもおすすめではあるが、新しくなればなるほど長大になり、表現も冗長になっていく。はなしの構造も壮大で、それはそれですばらしい作品世界というものだが、はじめて読むとなるときついかもしれない。本書はデビュー作で、次作『1973年のピンボール』とあわせて、なにか春樹は失敗作、といわないまでも、未完成の作品ととらえているようなところがあるが、ぼくはどちらも大好きだ。当時ジャズ喫茶を営業しながら小説を書いていた村上春樹は、そのためにこそ、このアフォリズムとはいわないまでも、断片的な風景の寄せ集めみたいな独特の世界観を獲得したのである。要は、仕事しながら書いてたから、壮大なプロットというわけにはいかなかったのである。だがそれがとてもいい。この2作はさらに『羊をめぐる冒険』、『ダンス、ダンス、ダンス』と世界観を同じくして、「僕」と「鼠」をめぐる物語として初期村上春樹を代表するテキストとなっている。

 

 

 

 

 

 

④『さようなら、ギャングたち』高橋源一郎 講談社文芸文庫

 

村上春樹と同時期の作家で、当初は驚くほどスタイルの近かった高橋源一郎である。群像で新人賞を捕った春樹の『風の歌を聴け』を読んだとき、高橋源一郎は「俺と同じことをしようとしてるやつがいる」と驚愕したらしいが、それくらい、初期のふたりは雰囲気が似ている。といっても、高橋源一郎の破調というか、ほとんど悪ふざけにしかみえない方法はいま読んでも驚きの連続である。高橋源一郎はまず、現在『ジョン・レノン対火星人』というタイトルで知られる小説を投稿し、群像新人賞の最終選考まで残ったが、選考委員の理解は得られず、ただひとり、瀬戸内寂聴だけが、あのある意味狂った小説にリリシズムを見出していた。とはいえ、明らかに才能のある作家であるし、書き直して別枠でやらないかということで、この『さようなら、ギャングたち』が書かれたのである。文学にもある種のフレッシュさ、どぎついものを受け容れる土壌があったのだ。

 

 

 

 

⑤『オールド・テロリスト』村上龍 文春文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12129358722.html

 

 

さらに上記のふたりと同世代で忘れてはいけない天才作家が村上龍である。いくつも傑作はあるが、何年か前に読んだ本作が圧倒されるおもしろさだった。くわしくは書評を。本作は『希望の国のエクソダス』という作品と世界観を同じくする2作目だが、問題なく本書だけでも読める。

 

 

 

 

 

⑥『飛魂』多和田葉子 講談社文芸文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-11518716793.html

 

多和田葉子は現存する日本の作家では最高の天才だとおもうが、それだけにどれか一冊となると困ってしまう。ひとまずはこれを推すが、なにを読んでもたぶん「すごい」という感想しか出てこないとおもう。丸谷才一は多和田葉子を「言語派」と規定したが、言い得て妙である。

 

 

 

 

 

⑦『田舎教師』田山花袋 新潮文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12394464235.html

 

 

明治の作家も混ぜていこう。継続読者のかたには耳にタコだろうが、ぼくが一時期はまっていた作家である。研究は続けていきたいがなかなか・・・。「蒲団」が圧倒的に有名だが、おもしろさでいえばこちらではないかとおもう。といっても別に大きな筋があるようなものではないのだが・・・。

 

 

 

 

 

⑧『長嶋少年』ねじめ正一 文春文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-11962250619.html

 

 

ねじめ正一は『高円寺純情商店街』が有名かとおもうが、最近のものではこれがすばらしかった。くわしくは書評を。母親の認知症とのつきあいを描いた一連のシリーズもすばらしい。

 

 

 

長嶋少年 (文春文庫) 長嶋少年 (文春文庫)
3,153円
Amazon

 

 

 

⑨『質屋の女房』安岡章太郎 新潮文庫

 

 

村上春樹の『若い読者のための短編小説案内』という本では、文学史的に「第三の新人」と分類される作家の分析が行われていて、ぼくはそこに書いてあるものをほとんどぜんぶ読んだのだが、とりわけ安岡章太郎と小島信夫には強い影響を受けた。特に安岡章太郎は、処女作「ガラスの靴」の繊細さがすばらしい。ごく短い小説で、この『質屋の女房』に収録されている。

 

 

 

 

 

⑩『アメリカン・スクール』小島信夫 新潮文庫

 

同じく「第三の新人」あつかいとなる小島信夫である。さまざまな読み方があるとおもうが、このひとにかんしては文章がとにかくすごい。すごいというか、おかしい。変な文章なのである。そのあたりは、保坂和志による本書解説をよく読んでいただきたい。

 

 

 

 

⑪『地鳴き、小鳥みたいな』保坂和志 講談社

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12226384556.html

 

 

その小島信夫の強い影響下で小説を書いているのが保坂和志である。当初の作風はたんたんとした日常をそれなりに描いていく、リアリズムでもなく、私小説でもなく、なんというのか、あの時代らしい作品が多かったが、そのうちにどこかの段階から小島信夫の影響が強く出始めて、この大傑作に至った。くわしくは書評を。

 

 

 

 

 

⑫『友情』武者小路実篤 岩波文庫

 

 

この武者小路実篤と、次の田中小実昌は、ぼくが文体面で強い影響を受けたふたりだ。よく知らないひとからすると、「武者小路実篤」という名前がいかにも強くて、敬遠してしまうかもしれないが、じっさいはそういう作家ではない。このひともまた、文章がおかしい。高橋源一郎はどこかで、ふつうに新人賞の一次選考や二次選考が通らない、みたいなことをいっていたとおもう(いい意味で)。しかし、それがいいのである。なにがいいのかは、うまく説明できない。たとえば、文章をきれいに書こうとしたとき、標準的なテクニックというものは、別にそれを生業にしていなくても、あるわけである。たとえば、語尾を一定にしないとか、同じ接続しを連続させないとか、そういうことである。しかし武者小路実篤の小説にそんなものはない。「しかし」が連続で5回も出てきちゃったりするのである。ある種の直情というか、たぶん推敲はしてるんだろうけど、マグマのような情念と言語によって分節された思考のあわいに生きるものが、そこで生じた思念をそのまま放出したような感じなのだ。しかし、おそらく人柄のせいか、なんというのか、バタイユとか田山花袋的な生々しさはない。とにかくいちどは読んでいただきたい。『釈迦』もおすすめ。

 

 

 

友情 (岩波文庫) 友情 (岩波文庫)
572円
Amazon

 

 

⑬『ポロポロ』田中小実昌 河出文庫

 

田中小実昌からも強い影響を受けた。というより、一時期はほとんどそのままの文体でしゃべっていて、読まないようにしていたくらいである(現在はそこに内田樹がブレンドされてこのような不可思議なスタイルに落ち着いた)。ひらがなが多くて、このひともまた美文という感じではないんだけど、なんかずっとはなしを聞いていたくなっちゃう。翻訳とかが本業だったようなこともあるし、人生経験が豊富で、はなしじたいもたいへんおもしろいが、ぼくとしては「文章のひと」という印象なので、おすすめということであれば「手に入るならなんでもいい」ということになる。とりあえずは検索して最初に出てきたこれを。

 

 

 

 

 

 

 

⑭『高く手を振る日』黒井千次 新潮文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-11407003268.html

 

 

先日『老いのゆくえ』という随筆を紹介したが、本業は小説家である。本作も老いの景色における恋のおはなしとなっている。本記事のテーマは他者とどうやって接触するかというはなしで、ここまで思いつくまま影響を受けた作家を紹介してきたが、ある意味では「老いた私」、また「若い私」も他者である。ぜひ読んでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

疲れてきた・・・。でももう少し。

 

 

⑮『震える舌』三木卓 講談社文芸文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12404348784.html

 

 

三木卓は研究中、というか、たぶんぼく絶対好きなんだろうけどまだあんまり読めていないという作家である。というのは、高校のころ、なにかの過去問で三木卓を読んで、それがすごくよかったのだ。ぼくはてっきりそれがセンター試験の過去問だとおもっていて、のちに調べてみたいが、どうもちがうみたいだった(小さい少年と、その妹のはなしだった、としかもはや記憶していない)。ひとまずは最近読んだこれを紹介しておく。

 

 

 

 

 

⑯『グレート生活アドベンチャー』前田司郎 新潮文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-10710082182.html

 

 

最後に同世代かちょっと上くらいの作家を二名ほど。前田司郎は演劇畑のひとだが小説もめちゃくちゃにおもしろい。というか、忘れてたけど、この本の表紙福満しげゆきじゃないか!でも、こういう感じの世界観。はじめて本誌(群像だったかな)で「愛でもない青春でもない旅立たない」を見たときは、雑誌では珍しいことだが、ひといきにぜんぶ読んでしまった。『夏の水の半魚人』もいい。

 

 

 

・・・疲れた!ほんとにこれでもう最後。

 

⑰『透明な迷宮』平野啓一郎 新潮文庫

書評↓

https://ameblo.jp/tsucchini/entry-12089452761.html

 

 

『日蝕』で衝撃的デビューを果たし三島由紀夫の再来などといわれ、現在にいたるまで文壇にとどまらず、社会的メッセージこみで活動を続けている日本を代表する作家、ということなので紹介もなにもないだろうが、政治的発信を躊躇なくするタイプのひとなので、案外敬遠しているひとも多いかもしれない。ここまでふるまいに自覚的に、小説家たろうとし、小説家の任務を果たそうと努めている作家もあまりいない。どれも挑戦的な作品だけど、とりあえずは書評のあるこれを。

 

 

たぶんまだまだあるんだけど、いまは出てこない。まだミステリと批評・哲学、あるいは教養みたいなジャンルでも書こうとおもうからひとまずはここまで!特に学生のひとは、気になったものを、紙でもなんでもいいから、とにかく読んで、知性をたくわえ、感性を磨き、パニックに負けないようにがんばっていきましょう。