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朝鮮総連の関連施設に対し固定資産税などを減免する措置をとっている自治体があることについて、自民党内には、北朝鮮による拉致事件の解決に向けた強い決意を示すためにも減免措置を撤廃すべきだという意見が強まっています。こうしたなか、自民党の拉致問題対策本部の本部長を務める逢沢幹事長代理らが、23日、総理大臣官邸を訪れ、安倍官房長官と会談しました。この中で逢沢氏らは「税の減免措置の問題について、自治体を動かすには政府からの働きかけが必要だ。減免措置と北朝鮮による拉致事件は直接は関係ないが、拉致事件に対する日本国民の思いを受けとめて欲しい」と述べ、政府が自治体に対して見直しを働きかけるよう要請しました。このあと安倍官房長官は記者会見で「朝鮮総連に対する固定資産税などについて減免措置を取り消すよう命じる裁判所の判断も出ており、しっかりと法律や税制の適正な運用が図られなければならない」と述べました。
NHKニュース総連組織的関与か 北工作員の活動を支援
在日本朝鮮大阪府商工会や、原敕晁さん=失跡当時(43)=が勤務していた大阪市内の中華料理店とその経営者(74)宅などに二十三日朝、警視庁の捜査員が次々と捜索に入った。昭和六十年には辛光洙容疑者の供述で経営者が拉致に関与していたことが指摘されていたが、政府や捜査当局の具体的な動きはこれまでなく、中華料理店は当時のまま営業を続けている。二十六年を経て動いた捜査に、関係者からは「一日千秋の思いで待っていた。早く全容解明を」と声があがっていた。
補助工作員とみられる中華料理店の経営者は、昭和五十五年四月ごろ、理事長を務めていた在日本朝鮮大阪府商工会の当時の会長を通じて、独身男性を探すよう依頼されたという。この際、経営者は「自分の店にいる原という人物が、条件に適合している」と提案したとみられる。平成十六年一月、「北朝鮮に拉致された日本人を救出する大阪地方議員の会」が経営者を大阪府警に刑事告発。今回の家宅捜索は、辛容疑者の捜査を先行させていた警視庁が担当となって行われた。
この経営者は、当時、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下団体の理事長を務めていた。総連や傘下団体をめぐってはこれまでも工作活動の関与が指摘されており、公安関係者によると、北朝鮮の工作員を総連関係者が支援したケースが多いという。ほとんどが総連の非公然組織「学習組」のメンバーとみられる。
昭和四十五年に逮捕された元韓国空軍少佐は、総連組織部長によって北朝鮮の工作員にさせられていた。五十年に摘発された事件では、総連大阪府本部委員長(後に中央本部副議長)が工作員にアジトを提供するなどしたとされている。
横田めぐみさん拉致事件が起きた五十二年には、京都府の海岸に上陸した工作員に他人名義の外国人登録証を渡した総連政治局副局長が逮捕されるなど、総連の組織的関与を強く疑わせる事件も起きている。
北工作員と総連の関係をめぐっては、一九七四(昭和四十九)年の朴正煕韓国大統領狙撃事件で、文世光・元死刑囚が「総連大阪府生野西支部政治部長に指示された」と供述し、韓国大法院が判決で認定。二〇〇二(平成十四)年五月に訪朝した朴元大統領の長女、朴煕恵議員に対し、金正日総書記が北朝鮮の関与を認めて謝罪した。
また、総連傘下の科学技術団体「在日本朝鮮人科学技術協会(科協)」が、陸上自衛隊の最新型地対空ミサイルシステムに関する研究開発段階のデータなどが記載された資料を入手していたことも昨年判明。
科協をめぐっては、警視庁が平成十四年に摘発した事件で、元幹部が北朝鮮やイランへの精密機器の不正輸出に関与していたことも分かっている。
拉致に関して朝鮮総連は、十四年十一月の記者会見で「組織として絡んだことはまったくない」とする見解を発表している。
今回の家宅捜索はそうした主張を覆しかねないもので、捜査の進展に関係者の期待がかかる。「大阪地方議員の会」メンバーの三宅博・八尾市議は「強制捜査を一日千秋の思いで待っていた。朝鮮総連が組織的に関与していたというのが我々の認識だ。日本国内における拉致事件の実行グループ、協力者の全容解明を実現してもらいたい。また政府認定の拉致被害者だけでなく、数百人といわれる特定失踪者の解明を進め、全員救出につなげてほしい」と話していた。
≪商工会、厳戒の中50人捜索≫
大阪市北区中崎の在日本朝鮮大阪府商工会が入る金融機関の建物には、午前八時四十分ごろ、段ボール箱などを持った警視庁の捜査員ら約五十人は機動隊が厳重に警戒する中、捜索に入った。JR大阪駅から北東約一キロの雑居ビルや町工場が立ち並ぶ一角。捜査員らは無言のまま、険しい表情で段ボールなどを手にビルに入っていった。
同商工会は朝鮮総連の傘下団体で、建物の五階に入居。正面玄関に報道陣数十人が集まる中、捜査員は玄関ロビーで関係者に令状を示し、五階へ。捜索直前から建物周辺はものものしい雰囲気で、金融機関の職員とみられる男性らが詰めかけた報道陣に対して「営業妨害だ。敷地内から出ろ」などと詰め寄る場面もあった。
近くで働く男性は「商工会の活動は知らない。拉致の問題が明らかになってから、いつかはこういうことがあるだろうとは思っていた」と淡々とした口調で話していた。
同市淀川区内の中華料理店経営者の自宅には同八時四十五分ごろ、約十人の捜査員が捜索に入った。窓にはカーテンが引かれ、ひっそりとした様子。近所の主婦は「ごみ出しの時にあいさつするけど、普通の人。(拉致問題の関係者とは)信じられない」と驚いていた。
一方、同市天王寺区下味原町の中華料理店には午前九時半ごろ、捜査員約十人が店のシャッターを開け、店内へ捜索に入った。報道陣約三十人が詰めかけたが、捜査員らが中に入ると、店のシャッターは閉められた。
Sankei Web 産経夕刊 「26年前の“闇”解明を」 原さん拉致(03/23 15:00) 25年以上も前に起きた原敕晁さん拉致事件には、「証拠」と「時効」という大きな壁があった。それを突破できたのは、2002年以降に相次いで示された二つの判例だった。
今回、自宅などの捜索を受けた中華料理店主の男(74)の存在は、1985年に韓国で逮捕された辛光洙容疑者の供述で判明した。警視庁もこの供述を重視し、85年と00年に捜査員を派遣したが、韓国の捜査当局への供述が日本の裁判で証拠採用される見込みが低いことから、強制捜査には踏み切れなかった。
流れが変わったのは、鳥取県・境港で貨物船から覚せい剤が押収された事件の公判で、最高裁が03年11月、韓国の裁判で事実認定された公判調書を証拠採用したこと。韓国・大法院は86年、店主の男らが原さん拉致に関与したことを認定、この公判調書も証拠採用される可能性が高まった。
一方、捜索容疑となった国外移送目的拐取の時効は7年で、店主の男は、日本を出国して時効が停止している辛容疑者と異なり、時効が成立するとの見通しが強かった。
しかし東京高裁は02年12月、新潟県三条市の女性監禁事件で拉致と監禁を一つの犯罪とみなし、拉致行為の時効が始まる日を「監禁が終了した時点」とする判断を示した。
日本人の拉致被害者も隔離された招待所で監視されていたことが判明しており、警視庁はこの判例をもとに、「原さんも監禁状態にあり、拐取容疑の時効は進行していない」として捜索に踏み切った。
「証拠」と「時効」の壁、2判例が破る…原さん拉致 (読売新聞) - goo ニュース
