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一九八〇年、大阪市内の中華料理店で働いていた原敕晁さん=失跡当時(43)=の拉致事件からすでに二十六年近く-。警視庁は二十三日、初の強制捜査に乗り出した。北朝鮮側が裏付け資料のないまま「死亡した」と説明するこの事件の闇に、光は当たるのか。家宅捜索を受けた中華料理店経営者(74)は疑惑を強く否定した。
家宅捜索を受けた大阪市内の中華料理店経営者は今月中旬、東京新聞のインタビューに答え、「原さんは自分から店を辞めた。私が拉致にかかわったというのは、作られたストーリーだ」などと、事件への関与を否定した。一問一答は次の通り。
――原さんはなぜ店からいなくなったのか。
「原さんはうちの店に数カ月しかいなかった。履歴書もない。私が店を買ってオーナーになったが、原さんは前のオーナー時代からの従業員だった。雇い主が代わったので辞めたのではないか。自分から『辞めたい』と言っていなくなった」
――韓国での辛光洙容疑者への判決で、辛容疑者らとともに拉致に関与したと名指しされたが、事実はどうなのか。
「作られたストーリーだ。私には関係がない。自分が原さんの店のオーナーだったから、都合よく使われたのだろう。辛容疑者との面識もない。(原さんを連れ出したとされる)宮崎県のホテルに行ったこともない。関与したとされた一人は、私と同時期に同じ(在日本朝鮮大阪府)商工会の役員を務めていたので面識はある」
――原さんの拉致事件についてどう思うか。
「北朝鮮政府が拉致を認めたのだから、政府間で話を詰めるべきだ。私のような一介の市民には何もできない」
辛容疑者逮捕状請求へ
北朝鮮による大阪市の中華料理店員原敕晁(ただあき)さん=失跡当時(43)=の拉致事件に絡み、警視庁公安部は二十三日、国外移送目的略取や監禁容疑で、原さんが勤務していた大阪市内の中華料理店や同店経営者(74)の自宅、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の在日本朝鮮大阪府商工会など六カ所を家宅捜索した。公安部は元工作員辛光洙(シン・グァンス)容疑者(76)が拉致実行の首謀者とみており、近く国外移送目的略取容疑などで逮捕状を請求する。
国内で発生した一連の拉致事件での強制捜査は初めて。
辛容疑者はすでに、原さん事件に絡んで、原さんに成り済ましパスポートを取得したなどとして、旅券法違反容疑などで国際手配。さらに今年二月、福井県小浜市の地村保志さん(50)夫妻拉致事件に絡み、国外移送目的略取容疑で国際手配されたばかり。公安部は辛容疑者が現在、北朝鮮に在住しているとみており、政府は北朝鮮に対し、所在確認や身柄の引き渡しを求めるなど、圧力を強めるとみられる。
拉致にかかわったとみられるのは辛容疑者、中華料理店経営者のほか、韓国在住の元工作員(78)、二〇〇一年に死亡した元商工会幹部=当時(85)=の四人。中華料理店経営者も商工会の幹部だった。
調べでは、辛容疑者らは一九八〇年六月十二日、貿易会社の社員採用を装うなどして原さんを宮崎県のホテルに誘い出し、近くの海岸から拉致した疑い。
北朝鮮側が〇二年九月に原さん拉致を公式に認めたことなどから、公安部は拉致事件での立件が可能と判断した。経営者については大阪府議らが〇四年一月、国外移送目的略取容疑で大阪府警に告発。公安部のこれまでの任意の事情聴取に、関与を否定している。
八五年十一月、国家保安法違反罪などで辛容疑者に言い渡した韓国での判決では、辛容疑者ら四人が原さんを拉致したと認定している。北朝鮮が日本政府に行った説明によると、原さんは拉致された後、同じく拉致被害者で東京都豊島区の田口八重子さん=失跡当時(22)=と八四年十月に結婚し、八六年七月に肝硬変で死亡したとされる。
「祖国(北朝鮮)で要求している条件に合っている」。警視庁の家宅捜索を23日受けた大阪市の中華料理店店主(74)は、そう言って自分の店で働く原敕晁(ただあき)さん(行方不明時43歳)を、北朝鮮元工作員、辛光洙(シングァンス)容疑者(76)らに紹介したとされる。孤独な人物に狙いをつけた巧妙な拉致工作。26年を経て、国内協力者に初めて拉致容疑での強制捜査が入った。【石原聖】
原さんは長崎市生まれで、幼いころ母が死亡。父も少年時代に亡くなったとされる。高校卒業後は親族との付き合いもほとんどなかった。大阪市天王寺区の中華料理店に勤めたのは80年初めごろ。当初は別の人が経営していたが、その後間もなく今の店主になった。店に原さんを訪ねて来る知人もいなかった。「工作員が身代わりとなってなりすますには、格好の境遇だった」。警視庁公安部幹部は指摘する。
辛容疑者は85年、原さんになりすまして韓国に潜入したところをスパイ容疑で逮捕され、死刑判決を受けた(その後恩赦で北朝鮮に出国)。韓国での公判記録には、拉致の様子が生々しく記されている。
それによると、辛容疑者は80年2月、北朝鮮側から「日本で身代わりを見つけ韓国の情報を収集するように」との指示を受け、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の在日本朝鮮大阪府商工会の当時の会長(既に死亡)に拉致対象者を探すよう依頼。会長が同商工会理事長だった店主に相談した。
店主は「自分が経営する中華料理店の店員が祖国で要求している条件に合っているので、この人物を送るのはどうだろうか」と会長や辛容疑者に紹介。辛容疑者は原さんの戸籍謄本を入手して身寄りのないことを確認し、「これ以上ない対象者だ」と思った。
辛容疑者は80年6月、架空の貿易会社への就職という口実で原さんをおびき出した。商工会会長が貿易会社社長、辛容疑者が専務に、元工作員(78)=韓国在住=が常務にふんし、JR大阪駅近くの飲食店で面接した。
「この金で旅行でもして数日後に会おう」と会長が100万円を渡して立ち去った後、店主と原さんは夜行列車で宮崎へ。宮崎市のホテルで辛容疑者が原さんを「散歩に行こう」と海岸に連れ出し、北朝鮮へ拉致した。
◇ ◇
北朝鮮側は02年9月の日朝首脳会談で「工作員が原さんの戸籍謄本を受け取る見返りとして100万円を支払い、北朝鮮へ入国させることを約束した」「原さんは、金もうけと歯科治療のため、海外行きを希望していた」と本人の意思による入国を主張している。
原さんの兄耕一さん(79)=長崎市=は「政府や警視庁がやってくれていることに感謝するだけ。捜査の結果が出るまでコメントすることはない。ただ(捜索で)なにか証拠がつかめれば、と期待している」と語った。
◇「公権力の乱用」強制捜索に朝鮮総連が反発
強制捜査には朝鮮総連関係者らから反発の声が上がった。
30代の在日朝鮮人男性は「大変深刻な事件だと思うが、20年以上前の出来事に対する捜索が真相解明につながるのか疑問で、政治的な意図を感じる。そういうことがまかり通る今の風潮は、在日の生活基盤を揺るがしかねず、脅威を感じる」と話した。別の40代の男性も「店主が朝鮮総連の傘下団体の幹部だといっても、団体が拉致にかかわったわけではなく、捜索は不当だ」と語った。
朝鮮総連中央本部は「(捜索は)拉致問題を在日朝鮮人や朝鮮総連傘下団体と意図的に結びつけようとする悪質な世論操作。ある中華料理店経営者が26年前に商工会の理事長をしていたというだけで、今日に至って同会を強制捜索したことは、まさに公権力の乱用であり暴挙である」とのコメントを出した。
◇全容解明に期待…被害者家族会メンバーら
拉致被害者の家族会のメンバーらは、強制捜査が入ったことを評価し、拉致事件の全容解明に期待を込めた。
原さんの兄耕一さん(79)は自宅のある長崎市で「政府や警視庁がやってくれていることに感謝するだけ。捜査の結果が出るまでコメントすることはない。ただ(捜索で)なにか証拠がつかめれば、と期待している」と語った。
家族会の横田滋代表(73)は「北朝鮮に対する圧力は間違いなく強まっていると感じる」とコメント。増元照明事務局長(50)も「ようやくここまで来た。拉致に協力した在日朝鮮人らには、今こそ勇気を出して真相を語ってほしい」と望んだ。
毎日新聞 2006年3月23日 13時20分
原さん拉致事件:「身寄りなし」狙い 中華料理店主が紹介-事件:MSN毎日インタラクティブ
