「証拠」と「時効」の壁、2判例が破る…原さん拉致 | trycomp2のブログ

「証拠」と「時効」の壁、2判例が破る…原さん拉致

 25年以上も前に起きた原敕晁さん拉致事件には、「証拠」と「時効」という大きな壁があった。それを突破できたのは、2002年以降に相次いで示された二つの判例だった。

 今回、自宅などの捜索を受けた中華料理店主の男(74)の存在は、1985年に韓国で逮捕された辛光洙容疑者の供述で判明した。警視庁もこの供述を重視し、85年と00年に捜査員を派遣したが、韓国の捜査当局への供述が日本の裁判で証拠採用される見込みが低いことから、強制捜査には踏み切れなかった。

 流れが変わったのは、鳥取県・境港で貨物船から覚せい剤が押収された事件の公判で、最高裁が03年11月、韓国の裁判で事実認定された公判調書を証拠採用したこと。韓国・大法院は86年、店主の男らが原さん拉致に関与したことを認定、この公判調書も証拠採用される可能性が高まった。

 一方、捜索容疑となった国外移送目的拐取の時効は7年で、店主の男は、日本を出国して時効が停止している辛容疑者と異なり、時効が成立するとの見通しが強かった。

 しかし東京高裁は02年12月、新潟県三条市の女性監禁事件で拉致と監禁を一つの犯罪とみなし、拉致行為の時効が始まる日を「監禁が終了した時点」とする判断を示した。

 日本人の拉致被害者も隔離された招待所で監視されていたことが判明しており、警視庁はこの判例をもとに、「原さんも監禁状態にあり、拐取容疑の時効は進行していない」として捜索に踏み切った。
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