trycomp2のブログ -1066ページ目

「眠り薬を飲ませ拉致」 工作員が関係者に漏らす

 1973年に渡辺秀子さん=当時(32)=と子ども2人が失跡した事件で、北朝鮮の工作拠点だった貿易会社関係者が、警察当局の調べに「子どもに眠り薬を飲ませたことなど拉致の状況を工作員から聞いた」と供述していることが10日、分かった。

 調べでは、複数の工作員メンバーは貿易会社「ユニバース・トレイディング」(東京、既に解散)の関係者に「子どもに眠り薬を飲ませたのに途中で起きてびっくりした」「工作船で子どもを連れて行ったが、子どもの船酔いが大変だった」などと話したという。

 眠り薬の話をしたメンバーは、リーダー格だった女工作員(59)と結婚した男。警察当局は男が拉致に関与した疑いもあるとして実行犯の特定に向け捜査を進めている。

東京新聞:「眠り薬を飲ませ拉致」 工作員が関係者に漏らす:社会(TOKYO Web)

中国が「拉致」解決に協力、日中共同文書に初の明記へ

 11日に来日する中国の温家宝首相と安倍首相との首脳会談で、作成する予定の共同文書の骨格が明らかになった。

 昨年10月の日中首脳会談で合意した両国の「戦略的互恵関係」をさらに発展させることを明記。閣僚級の「ハイレベル経済対話」を開始することや、日本産米の中国への輸出解禁、中国からの「トキ」提供などを盛り込む。北朝鮮による拉致問題に関しては、中国が「必要な協力を提供する」との文言を盛り込む方向だ。日中の共同文書で拉致問題について触れるのは初めてとなる。

 ハイレベル経済対話については、日本の麻生外相と中国の曽培炎副首相が議長を務め、資源・エネルギーや環境、知的財産権保護など、幅広い協力を話し合う場とする。歴史問題に関しては、「過去の不幸な教訓に学ぶ」などとして、日中の有識者による歴史共同研究、旧日本軍の遺棄化学兵器の処理などを進めることを表明する。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 中国が「拉致」解決に協力、日中共同文書に初の明記へ

2児拉致を「指令の女」、北朝鮮で工作機関幹部に

 1973年12月に消息を絶った渡辺秀子さん(当時32歳)の子ども2人が拉致されたとされる事件で、この年の6月ごろ、北朝鮮工作員の拠点だった東京都内の貿易会社の役員の女(59)が、「朝鮮労働党の工作機関の幹部に取り立てられた」と周囲に話していたことが9日、分かった。
Click here to find out more!

 この直前には、工作員のリーダー格だった渡辺さんの夫が突如、失跡していた。

 この会社の設立者でもあった在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の第1副議長が失脚した時期とも一致し、警察当局は、総連内の権力闘争が渡辺さんの事件の背景にあるとみている。

 警察当局の調べによると、この女が役員に名を連ねていた東京都品川区の「ユニバーストレイディング」(78年ごろ活動停止)は71年6月、朝鮮総連の実力者だった当時の第1副議長が設立した。

 同社は、表向きは20人前後の社員が、中国相手に鉱石や羊毛、肥料などの輸出入を行っていたが、北朝鮮の工作員も社員として10人ほど在籍。渡辺さんの夫は、第1副議長の腹心で、工作員のリーダー的な役割を担っていた。

 ところが、翌72年ごろ、第1副議長が朝鮮総連の権力闘争に敗れて本国に帰国し、渡辺さんの周辺は一変した。

 渡辺さんと子どもは何者かに監視されるようになり、73年6月には、妻子に何も告げないまま夫が失跡。夫は第1副議長と同様、本国に召還されたとみられるが、その後の安否はわかっていない。

 この当時の状況について、警察当局が複数の同社の関係者に事情を聞いた結果、最近になって、うち1人から役員の女に関する供述が得られた。供述によると、女は仲間の工作員に対し、「渡辺さんの夫が失跡した直後、工作船で北朝鮮に渡った」「自分が朝鮮労働党の工作機関の幹部になった」などと話し、さらに「これからは私の言うことを聞いてもらいます」と宣言していたという。

 その後、この女が79年5月に出国するまでの動向について、「本国からの命令を仲間の工作員に伝える指示役だった」と証言する関係者もいる。

 こうした背景から、渡辺さんは、夫が権力闘争に巻き込まれて工作組織のリーダーの立場を失ったという事情を知らないまま、行方を捜し回ったために監禁されて殺害され、2児も拉致されたとみられる。

 警察当局は、本国の工作機関が、同社の存在だけでなく、こうした背景事情が発覚するのを恐れ、渡辺さんの夫に代わってリーダーになった女に、拉致などを指示した疑いが強いとみている。
(2007年4月10日3時2分 読売新聞)

2児拉致を「指令の女」、北朝鮮で工作機関幹部に : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)