~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -24ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

お天道様と仲良く暮らす江戸庶民


江戸庶民、お天道様が顔を出すと

動き出します

現在の様に、暗い内から行動する様な人は

基本いません

例外的に、暗い内から仕事をしているのは

日本橋魚河岸の人達でした

漁で上がった魚を段取り良く配送したり

売ったりする為です 

そうです、新鮮でなければいけませんので


現在の様に、冷凍技術などありませんよ

氷 が高いのです 

凍てつくような山まで取りに行かねばなりません

帰ってくるまでに溶けてしまいますね トホホ


さて、朝 (とき)を知らせる鐘がなるのです

明六つ刻(とき)です

日本橋本石町 刻の鐘 でございます

この鐘を聞き、
 リレー方式で各所で鐘を鳴らすのです

15か所あったと言います

それで、江戸中に知らせるのです


そういえば、

江戸の時刻は現在と違います

現在 24時間  江戸 12刻(とき)


お天道様(太陽)が出ている間 を 6刻(とき)

お天道様が沈んで、日の入りまで を 6刻(とき)

昼間

明け六つ⇒朝五つ⇒昼四つ⇒真昼九つ

⇒昼八つ⇒夕七つ⇒暮れ六つ

夜間

⇒暮れ六つ⇒宵五つ⇒夜四つ⇒真夜九つ

⇒夜八つ⇒暁七つ⇒明け六つ


あれ 一、二、三 が無いですぞ

陰陽道からです
  が最大の陽数なのです

九に合わせた数字の取り方なのです

ちなみに、陽 奇数 陰 偶数 です


当然 夏至の昼間が一番長い日と

冬至の昼間が一番短い日とは違いますね


朝の明六つ刻(とき)

現在の夏至の日で、午前3時49分

現在の冬至の日で、午前6時11分

同じ 明六つ刻(とき)でも

現在の 2時間以上違うのです

現在では、お天道様に関係なく

時を過ごしていますね


江戸では、

お天道様に合わせた刻(とき)なのです

お天道様を最大限利用するのです


もう一つキーワードが有ります

無駄をしないということです


夜に明かりを付ける

行燈を点けるとすれば

菜種油(なたねあぶら)が必要です 高価なのです

それでは、魚油(ぎょゆ)では、

鰯の油が使われ臭いがあり、煤(すす)も出る

しかも、菜種油の半分の明るさです


それでは 蝋燭(ろうそく)

とんでもございません

蝋燭(ろうそく) 一本

江戸の大工の日当の半分の値段がしたそうです


当然 働くのは、日の出に出かけ

日の入りまでに帰る 当たり前だったのです


しかも楽しく働く、休憩時間も長くとりました

働く時間は、本当に短かったと言います


無駄をしない 
から出来うることだと考えます


現在のように、電気や、エアコンを着けて

だらだら 仕事をする 何処に意味が有るのでしょう


江戸時代の人なら言いそうですね


「無駄を省け

米は一度に炊け、保温とんでもない

夕飯は、冷や飯が当然 旨いぞ

家湯とんでもない 銭湯に行け 
皆で入れば水が節約だ

着物 古着で充分 仕立て直しして着よ、

後は雑巾 どうにもならなきゃ 燃料に

残った灰は肥やしだ  どうだ 」


とらんくすや。親父の耳元で喋っていますな

申し訳ない お江戸の皆様に平謝りでございます




















 使わない江戸庶民


日本に最古の鍵とされるものが

野々上遺跡で見つかっています

650年頃のものと推定されています(飛鳥時代)


この鍵や錠前 

日本の庶民は殆ど使わなかったのです

使うのは、金持ちですね

御坊さん、上級武士 などです


長く出かける時など、
用心しなければならない時

心張り棒 つまり、つっかい棒で、
戸を閉めていたのです


江戸時代 治安は大変良かったのです

鍵の必要が無かったと言います


鍵をしない国

世界では、考えられないようですね


信用できないという 
観念があるのが世界でしょうか


それは、城壁などに表れています

ヨーロッパでは、宮殿や、城壁など

そびえ立つほど高く作るのです

相当な人力、資源などが費やされたのです

ギリシャ等の様にヨーロッパは、
禿山(はげやま)と
なってしまったのです


エジプトのピラミッド、スフィンクス

中国の万里の長城 6259.6m 現存する長さ

実際には、21,196.18mと言われます

これらも、人力と資源を相当使っているのですぞ


このエネルギー、パワーは、

日本的に言うならば、

無駄だったのではないでしょうか


もう一つは、庶民を全て城壁の中に
住まわせていた事です

本当に自由が無いのです


美意識

ヨーロッパ 高さ 豪華

日本 平面 自然との調和

違いますね


日本江戸時代では、

城壁の中、つまり城の中は武士だけです

庶民は、城の周りで自由に暮したのです

無駄をしない日本 だからこそ

緑豊かな美しい日本なのです

自然と融合すべき、建物を建てる


外人から見ると、外から敵が来て

火を付けられでもしたら大変だと危惧しましたが

日本を見て廻り、安全で、
戦争の無い国であることを知り

羨ましく思ったのです


今でも 地方の農村へ行くと

鍵をかけない お家が多いですね


都心は、その様に言っておられません

西洋かぶれでしょうか

とにかく高い建物がお気に入りです

相当な費用と、資源の無駄使いなのですが・・・

この傾向止まりません

当然、治安も悪く、

鍵をかけない家等ありません


お江戸は、東京になり

どこへ行ってしまったのでしょうか

寂しいかぎりです

江戸に生まれ400年生き続けているかの如く

お喋りをしている 

とらんくすや。親父 でございます

















じゃんけんぽい


じゃんけん

石拳(じゃくけん・いしけん)の

じゃくけん が変化したとも

蛇拳(じゃけん)が変化したとも・・・


本日は面白いものを見ました

若者が、我がとらんくすや。 お店の前です

磯丸水産というお店がありますが

そこで、御昼ご飯に、御酒でも召上がったのでしょう


勢いよく、大きな声で、

どうも、じゃんけんをしているようです


「ショウー、ショウー、ショウー、ショウー・・」

「勝~」  負けた人がお支払いするようですね


とらんくすや。親父には、さっぱり理解できません

後で考えてみると、 少し判りました

古き親父の時代では、

「じゃんけんぽん あいこでしょ あいこでしょ」

でしたが、最近の若者言葉 

省略語 である事が理解できました

あいこでしょ ⇒ しょ であったのです

チョットとらんくすや。親父には、言えませんがね~


時代の流れを感じますね


その他にも、省略語のお話があります


虎んすペアレンシー わっきー

に、ご教授頂きました ぞ!

わっきー(脇役じゃござんせん リーダーですぞ)


友達 ⇒ だち ⇒ ダチッ

 というそうですな

 彼らの新曲の題名がそうだったのです

是非 聞いてやって下さい

浅草での路上ライブ等で、本当に一生懸命です

とらんくすや。親父からも 
お願い申し上げます


おっと お話し戻します ぞ!


じゃんけん とは?


三竦(さんすくみ)
からでございます

グー(石) チョキ(鋏)
パー(紙)グー(石)


最も古い三竦(さんすくみ)拳は

虫拳

親指 蛙 小指 蛞蝓(なめくじ)

人指し指 蛇親指 蛙


結局 御座敷芸だったようです

三味線と共に、
負ければ 一気に酒を飲むのです

どれほど酔いましたかな


じゃんけんぽい 語源は?

料簡法意(りゃけんほうい)

仏教からです

料簡 ⇒ 推量  法意 ⇒ 法の意思

迷った時には、宇宙の根底を流れる

天の意向を推し量りなさい


そうです 迷った時の

じゃんけんぽい  なのでした

勝負では無いのですぞ


とらんくすや。親父

省略言葉について行けない程

頭が石の様に、固くなっているようです

石拳(じゃんけん)ですな?

駄洒落ですみません トホホ・・・

















浅草の鰻は、うなぎのぼり


いよいよ 鰻の季節ですね

御客様が、とらんくすや。 御来店

「鰻 浅草では、何処が良いかな?」

この質問、大変困ってしまいます


浅草 鰻の名店 非常に多いのです

つるや
駒形 前川
うなぎ 色川
小柳

浅草 うなぎやっこ

うなぎ和田平浅草

宇奈とと浅草店

浅草うな鐵  ひつまぶしで有名

初小川


まだまだ 有りますよ


この(うなぎ)の料理

その中の蒲焼(かばやき)は

京都で始まった料理とされます


江戸の人口が増え続け、

1735年頃に、江戸にも、
蒲焼の店が現れたとされます

1850年頃(徳川家定の時代)には

屋台等を含め、

300軒ほど江戸府内に存在したと言います

多いですね


勿論 江戸へ蒲焼が現れて
料理方法が変わりました

京、大坂 は、腹開き

江戸は、背開き です 

腹開きは、
武士の切腹をイメージするもので
嫌がったからとされます


また、焼き方も違います

京、大坂 は、蒸さずに着け焼きにします

江戸は、白焼きにし、
更に蒸してから、焼くのです


これだけ沢山食べられる 
 は何処にいたのでしょう

多分 神田川、隅田川で取れた
鰻ではないでしょうか

要するに、
お江戸の鰻、天然ものでございますぞ


現在 輸入に頼っている 

考えられませんね

多分 その当時は、

お江戸は、綺麗な川だったのでしょうね


うなぎのぼり

鰻は海で卵を産みます

稚魚になり川に入り上流をめざすのです

登るという能力において
鰻は飛び抜けているのです

滝を登る事もできるのです

他の多くの魚は、その様に出来ません

そこから、

勢いよく上昇することから

うなぎのぼり


なのですぞ!


(うなぎ)様、を食せば

上昇のきっかけとなるやもしれませんね


とらんくすや。親父 

もう年です 上昇のきっかけ無いと思います

しかし、鰻は大好物です

太らぬよう 程程に、 食しますぞ













何故 江戸時代、馬車を使わなかったの?


江戸時代の交通手段は、殆ど徒歩だったようです

道路網は、このころ、世界でも一番と言われる

道路の整備がされていたと言います

宿場町と街道は、日本を見た外国人が絶賛するほど

良く整備されていたのですが・・・


幕府の決定で馬車は駄目となっていたのです


馬車を使う事の意見は出たのですが、

老中 松平定信は、許可しなかったのです


その頃 ヨーロッパでは、

馬車を持つことがステータスでしたし

戦争も騎馬隊で、馬車、馬が中心でした

馬車の利用、私有が認められていたのです


許可しなかった理由は

一つは、士農工商の階級制度が崩れるのでは?

馬に乗ること,

それは武士という考えが有りました

それ以外は、許せないとの考えからです


又、参勤交代制度がありましたし、

伊勢参りなどもありました


その中に、馬車というものが入ると

とんでもない、交通の問題が起きるのです

大名行列の最中に、

馬車で走る とんでもない事です


現在の様に自動車、電車、飛行機が無い時代

街道を全ての人が歩いているのです

馬には、荷物を乗せて歩いている時代です


そこのけ、そこのけ、 馬車が通る 


と言う訳にはいきません


人間様が歩いている通路に、

現在で言う自動車が
乗り込んでくるようなものです


もう一つは 禁止する事により

幕府への反乱を防いだのです

大量の武器の運搬が出来ないようにです


勿論 街道では、
大八車の使用も禁止されていました


しかし、良い事も有りますね


子供が自由に育った事です

子供が道路で自由奔放に遊べたことです


日本を訪れた外国人は言っています

「ヨーロッパでは、馬車が通る為、

道の真ん中で遊ぶ子供等いません

しかし、江戸では、

自由に子供が道の真ん中ではしゃいでいる

素晴らしい国だ」


確かに、江戸時代は、子供は宝だったのです

村全体で子供を育てたのです

子供天国だったのです


今の時代 

子供は自由に遊べる場所が少ないのです

そこから、ゲームに走るのでしょうか?

子供が伸びやかに育ってほしいと願う

とらんくすや。親父でございます


馬車から 子供へ

お話は反れて終わってしまいました

トホホ・・・




















(かさ)は、天蓋(てんがい)ですぞ!


雨が続きます

天候不順でございます

雨の日

風水では、掃除の日とされます

水拭きには、厄落としの意味が有ります


風水 もう一つ おまけ


太陽が明るく輝いている時に

にわか雨が降り、そして 虹が出ていると

取り組んでいることが、

全て成功することを意味する 

とも言います


しかし 雨が降れば


傘(かさ) ですね


古(いにしえ)には、
 かさ  と書いて

頭にかぶる帽子の様なものだったのです

お祭りや、江戸時代の大名行列に見られる

かぶりものだったのです




日本には、
欽明天皇の時代に、

中国からの伝来品として入って来ました

それで 唐傘(からかさ)と呼ばれたと言います


もう一つ 唐傘(からかさ)の語源のお話


日本人は、頭が良いのです

開いたり閉じたり出来なかったものを

開閉が出来る様に、改良したのです

ですので・・・・

絡繰(からくり)傘
⇒ 唐繰(からくり)傘

⇒唐傘

と呼ばれたと言います


この

実は、古代中国では、雨の為では無く

魔除の為に、皇帝や、貴人の為のものだったのです

要するに天蓋
(天を意味する覆いもの)でございます

勿論 開閉式ではございません


エジプト、ペルシャ、ギリシャでも

王の威光を示すものとして、
天蓋(てんがい)として

傘が使われたのです


ですので ヨーロッパの人から見ると

富と権力の象徴なのです


18世紀頃の イギリスでは

傘は、日傘として使うのが当然で

雨の日に傘を使うと笑われたそうでございます

それほど 大事なものだったのですね


不思議な話ですね 傘の歴史観ですね


現在では、そうではなく、

雨の日にも使っていますよ・・・あれ?


傘 日本人は意外と便利な道具としか

認識が無いですね

本来は、皇帝や、王様が

ご使用になるものだったのですぞ


傘 ビニール傘と、言えども

粗末にしてはなりません

ヨーロッパの方が嘆き悲しみますぞ

とらんくすや。親父 

傘の塵(ごみ)の後始末で

嘆き悲しんでいますぞ


















猫が喋る?


吾輩は猫である

夏目漱石 の作品でございます


吾輩は猫である。名前はまだ無い。

どこで生まれたか、とんと検討がつかぬ


で 始まります


以外や、猫様 人間の世界を冷ややかに

見ているやもしれません


江戸時代

江戸のお人は、

は、十年人に飼われると、人の言葉を喋る

と、信じられていたのです

この様なお話が 
耳嚢(みみぶくろ)にあるそうです


 耳嚢(みみぶくろ)

江戸時代中期、旗本南町奉行の根岸鎮衛が

同僚や古老から聞き取った

珍談、奇談などを書いたものです


牛込の和尚さんの飼い猫が、

鳩を取ろうと狙っていました

和尚は、鳩が可哀想に思い

「あぶない!」

声を出しました。鳩は飛んで逃げました

飼い猫は、猫睨みで不服そうに言いました

「残念なり」

と呟いたのです。人の言葉を喋る猫に吃驚です

和尚は、猫に小刀を突き付けて言いました

「お前は、畜類、喋るのは奇怪至極、

  化けて人を誑(たぶら)かすつもりか」

そうしますと、猫は、人の言葉で、

「我に限らず、猫と言う者は、十年生きれば

 全て ものを言うものぞ」

と答えたのです


驚きですね この様な事があるのでしょうか

ひょっとして、人間の言葉を全て知っていて

素知らぬ顔をしているのでしょうか ニャ~


その他にも この牛込(現在の東京都)での

猫が、人間の言葉を話すお話があるようです


その 牛込の名主小兵衛に子供が生まれたのです

名前は、金之助です

猫は、人の言葉で喋る 
小さい頃から教えられたのです

本名 夏目金之助 
そうです 夏目漱石なのです

猫  天才かもしれませんね


おっと もう少し お話が

猫は、三十年生きると、

猫又(ねこまた)という

妖獣(ようじゅう)に変化する

というお話も有ります

こちらは、ちょっと、怖いですね


人間様より、広い世界の猫様のお話でした

とらんくすや。親父 
猫様のお喋りが聴ければ、

大小説家になれるやも?・・・絶対無いですね 













お江戸の赤ちゃん


江戸時代の出産は大変だったようでございます

1000人生まれ、その内

200人が死亡すると言う状況だったと言います

(現在のアフガニスタン 165名より多いのです)

しかも、妊婦の方が無くなられるケースも

多かったと言います

江戸のお産大変な事でした

胎児を母体から分娩出来ずに
亡くなったと言います

胎児が出てこなければ、死しかないのです



この事に大変悲しみ、
ご活躍された方がおられます



賀川 玄悦(かがわ げんえつ)様です

 1700年~1777年(江戸時代 元禄)

八代将軍 徳川吉宗 様の時代です



母子を共に守る目的で

出産用の鉗子(かんし)の 発明するなど

産科医療の発展に尽くした方です

胎児が母体中で頭を下にしていることが、

正常胎位であることを

世界で初めて発見した方でもあります



生命の尊さを訴えられ

門下生にも、
できる限り堕胎を行わないようにという

指導を行った方です

江戸時代から日本の産科医療の

土台を築いた人なのです



江戸時代の赤ちゃん どれくらい?

江戸時代 一人の女性が

5~6人産んでいたようです

地域により少し格差があり、

九州は多く、東北は少し少ないと言う状況でした

しかし、現在とは比べ物になりません
多いのです



江戸時代は、妊娠すれば

届け出しなければいけなかったそうです

何故?

赤ちゃんが大事なのです

お金が無ければ、

手当てを出す藩まであったのです



その様にして生まれた 赤ちゃん

大事にするのが当然です

皆で可愛がり育てたのは
言うまでもありません

教育に熱心でした江戸時代の

文字認識率は世界一だったのです



その様な歴史を踏まえ

現在の乳幼児死亡率は 

2010年で 1000人 当り

スエーデン 2人 日本    3人

アメリカ  7人 ロシア   9人

中国   18人 アフガニスタン 165人



赤ちゃん 可哀想な国もあります 
涙でございます



日本は、世界でも素晴らしい 

赤ちゃん天国となったのです



是非、赤ちゃんに優しい国

女性の皆様 沢山赤ちゃんを産んで下さい

お願い申し上げる

とらんくすや。親父でございます























動物の諺 有益?無益?


諺には、無益と有益
二つの表現がございます

しかも、動物達を喩(たとえ)にした
諺が多く有ります


この様な事しても無駄だよ!

という 諺(ことわざ)が多いですね

それでは、動物達も、
可哀想ですね  涙涙


とらんくすや。 にも 

動物藩津(ぱんつ)が、沢山おられますよ

良い意味、御利益のある意味の諺を

思い浮かべご利用になる方が

開運に向かうと思いますので


とらんくすや。親父 
無理やりに開運方向へ

持って行きます

ごり押しですが、お許しを・・・


御利益 馬

万事馬九行く

馬が九頭行く の語呂を取って

福が駆け込む お金が駆け込む など


可哀想 馬

馬の耳に念仏

馬にありがたい念仏を聞かせても無駄である。

いくら意見をしても
全く効き目のないことのたとえ


御利益 猫 

猫に九生有り

猫には沢山の命があって、
9回も生まれ変わることができる

九は特別に縁起の良い数字です

三神一体 から来ています

一つの神が三つの役目で現れると言う事から

 3×3=9 なのです


招き猫

右手はお金を招き 左手は幸福を招く


可哀想な 猫

猫に小判

いくら値打ちのあるものでも、

価値のわからない者に与えるのは
無駄であることのたとえ


御利益 犬

は三日飼えば三年恩を忘れぬ

犬は三日飼っただけでも、
三年間その恩を忘れない

犬は、安産祈願

たくさんの子を産み、お産が軽い犬は、

昔から安産の守り神として人々に
愛されてきました

家族を守る犬


可哀想な 犬

犬に星

犬がもの欲しそうに星を見続けている姿から、

手に入らないものを求める人のことを指す

犬に論語

無知な人にりっぱな教えを言っても

わかってもらえないということ


御利益 豚

豚豚拍子(とんとんびょうし)

調子よく行けますぞ 

豚は財宝の象徴

子沢山である豚は、子孫繁栄、家内安全
中国では幸運の象徴とされ、

豚年生まれ(日本では亥年の人)は
幸運に恵まれると言われる

金色の豚は財宝の象徴
日本で豚の貯金箱が作られたのは江戸時代

縁起物として、貯金箱が作られたのです

豚貯金箱は、風水の金運パワー方位「西」に置くと、

相乗効果が出ると言われます 


可哀想な 豚

豚に真珠

値打ちの分からない者に高価なものを与えること

おっと 少し違いますが?・・・


そうそう 最後に良い組み合わせが

ございました 江戸時代の事です


東男に京女(あずまおとこにきょうおんな)

男は、逞しく、きっぷのいい江戸っ子が良く

女は、美しくて、淑やかな京都の女が良い

すみません 動物でなくて・・・




とらんくすや。 では、

動物達が人間様の開運の為に頑張っています

是非 応援お願い申し上げます

とらんくすや。親父からのお願いでした

















唐草藩津(ぱんつ)今暫く! 四苦八苦?


まだ 唐草文様の藩津(ぱんつ)が

出来上がりません

唐草 緑 唐草 紺 は、殆どのサイズが

在庫無しとなっています

皆様 申し訳ありません


三社祭に来られ、とらんくすや。

立ち寄って頂いたお客様が、

「唐草柄の緑の藩津(ぱんつ)が無いのか?」

と、ご指摘を頂きます

「申し訳ありません 只今制作中でございます

 今暫く お待ち下さいませ」

とらんくすや。親父 平謝りでございます

もう どの様にしてよいやら、
四苦八苦でございます


御客様には、平謝り

工場様には、お願い

とらんくすや。親父 
トホホ・・・でございます


全て、とらんくすや。親父

計画力の無さ

本当に、四苦八苦でございます


四苦八苦

仏教におけるとは、
「苦しみ」のことではなく

「思うようにならない」
ことを意味するそうです


根本的な苦 

四苦 

人間の生きものとして起こる苦しみであり


生  自分が生きるための苦しみ

老  老いていく苦しみ

病  病の苦しみ

死  死に対する苦


更に、
四苦 

人間として味わう精神的な苦しみ


愛別離苦(あいべつりく)
愛する者と別離すること

怨憎会苦(おんぞうえく)
怨み憎んでいる者に会うこと

求不得苦(ぐふとくく) 
求める物が得られないこと

五蘊盛苦(ごうんじょうく)

五蘊(人間の肉体と精神)が
思うがままにならないこと



合わせて、八苦と呼びます


人間のあらゆる悩みを四苦八苦と言いますが

十二の苦が、有るわけではなく、
の苦なのです


すみません

とらんくすや。親父 
四苦八苦という

言葉を使うのは、まだまだ早すぎますね


唐草柄の藩津(ぱんつ)出来上がりましたら

入荷報告申し上げます

ハーフトランクスの新作も
今暫くお待ち下さいませ


四苦八苦までいかないですが

とらんくすや。親父 の
苦しい胸の内お察し頂き、

出来上がりまで 今暫くのご猶予を

お願い申し上げます