~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~ -25ページ目

~浅草『とらんくすや。』の浅草徒然日記~

『とらんくすや。』の親父の毎日を日記に更新していますので、皆様の浅草観光のお役に立てれば是幸いです
今回 ペタ いいね!が受け付けられない事態になりました
お客様の接客を最重要視していかねばなりません
何卒、ご了解の程お願い申し上げます

とらんくすや。 四天王?


とらんくすや。 の 今週の売れゆき 四天王

蛙・福返る若返る 黄(リップル) (商品コード0089)

幸運を呼ぶ金魚 ピンク(リップル) (商品コード0096)

可愛い招き猫 赤 (商品コード0160)

馬 万事上手くゆく 黒 (商品コード0164)

でございます

やはり、新作の柄が人気でございます

とらんくすや。 四天王 頑張ってくれています


四天王 とは

特に秀でたものの、例えとして使いますが

実は、仏教の世界の言葉なのです


仏教世界の中心 須弥山 
仏教における聖なる山でございます

頂上には 四天王天 が棲んでいます

その東方には 持国天  東勝神洲を守護 黄金山

その南方には、増長天  南瞻部洲を守護 瑠璃山

その西方には、広目天  西牛貨洲を守護 白銀山

その北方には、多聞天(毘沙門天)
-
北倶廬洲を守護 水精山


この事から、頂上を極めているもの 四人で

四天王 となったのです


日本人 四 と言う数字が好きですね


季節 四季 春 夏 秋 冬

芸事 四芸 琴 碁 書 画

方位 四方 東 西 南 北

菩薩 四菩薩 

普賢菩薩 文殊菩薩 観音菩薩 弥勒菩薩

花 四君子 梅 蘭 菊 竹


こわ~いものは・・・

   地震 雷 火事 親父

       すみません 失礼致しました

  ちょっと外れましたか・・・


秀でた者 数字四で表す日本人であります

これは、仏教からの流れでございます

日本の庶民は、

仏教で制せられていたのが良く判りますね

何せ、お寺様は、

現在のお役所の役目を果たしていたのですから

人別長の管理をし、出入を管理する役目を幕府から

命令されていたのです

江戸時代 全員基本仏教徒でございますね


とらんくすや。  に戻りますと

頑張る 藩津(ぱんつ)様 四人もいれば

大助かりでございます

とらんくすや。親父

有難うございますと、四天藩津 様

感謝を申し上げております










の柄との柄 どちらが売れるの?


鶴は千年 亀は万年

という諺がありますが、その様な長生きは

実際には出来ないようですが、

動物の中では長寿であることは、間違いない事です


とらんくすや。  

そんな鶴と亀に関した柄を

新作で作りました

鶴 吉祥の鳥 赤 (商品コード0165)

江戸柄亀甲文様 茶系 (商品コード0170)

この両者 すみません 藩津(ぱんつ)様を、

人間と同じように扱ってしまいました

とらんくすや。親父だけに お許しを


さて、藩津(ぱんつ)様としては、

どちらが人気なのでしょうか?

長寿では、亀が勝っていますが

しかし、華やかさから総じて鶴柄が人気が有り

売れ行きでは、鶴が勝ちそうですね


この鶴と亀 はたしてどの様な経緯から

日本では、吉祥文様と持て囃されるのでしょうか?

蓬莱山信仰からでしょうか


蓬莱山 仙人が棲むと言う仙境でございます

それは、中国から見ますと日本の国ではないかと

思われていたようです


なので、徐福(じょふく)は、秦の始皇帝に、

「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある」

と具申し、始皇帝の命を受け、

三千人の童男童女と百工を従え、五穀の種を持って、

東方に船出したのです

そして日本に辿り着いたとされるのです


この蓬莱山は、道教ですが

仏教にも須弥山(しゅみせん)と言う山があります

どちらも、崑崙山(こんろんさん)という

天地創造伝説で、仙界とも呼ばれ、八仙がいるとされる

ところですが、それをモデルにしていると言います


日本は仏教が中心となりましたので

蓬莱郷にわたる海を泳ぐ

天に登る鳳凰に変化したと言います


それで 鶴 と 亀 となったのです


松竹梅鶴亀に高砂文様
(
しょうちくばいつるかめにたかさごもんよう)

能楽 高砂 からです

夫婦の長命、和合の物語に由来する文様

松竹梅、阿吽の二羽の翔鶴と蓑龜(みのがめ)、

翁(おきな)と媼(おうな)が佇む庭園

夫婦和合長命 の目出度い柄となったのです


すみません 

鶴と亀を戦わせてはいけませんね


当然皆様 夫婦和合長命 を考えれば

どちらもお買い上げが、最高の運気アップです


ですので、

 鶴亀 勝負引き分けでございます

目出度し、目出度し 

た~かさごや~

ほっと 胸をなで下ろす

とらんくすや。親父でございます














浅草寺は観音様だけではございません?


浅草寺 ご存じのように

御本尊は、聖観世音菩薩 であられます

この浅草寺 何を隠そう
パワースポットであります

都内最古のお寺で有ります

また、年間3000万人も
参詣に訪れるお寺で有ります

人の集まる処 
必ずや 良い気が漂うと言います


また、もう一つ

古風水によりますと、

右關中(うかんちゅう)という、
古風水の決められた

道路、建物のL/O になっていると言う事です


良く考えてみますと

浅草寺への仲見世の道の構造

そして、お参りした後の散策する通路の配置

拡がっていきますね


だから 人が集まるのです

勿論 観音様のお蔭でございますが・・・


とっておきの 


もう一つは、

浅草寺の 弁才天様です


え~ どちらにおいでですか?

と、声が聞こえそうですね


おられるのですぞ


浅草寺 参道 仲見世が終わると右手に

60mほど行き、少し戻った処にあるのです

弁天山 と言われるところです


判りましたかな


老女弁才天様でございます

驚くなかれ、
関東三弁天の一つであられるのです


しかし、なかなか 御目にかかれません

縁日の日である 巳(み)の日に しか

お堂の扉が開きません

その日は、御利益のある法楽が営まれます


たとえば、巳(み)の日ですと

5月10日 5月22日 6月3日 6月15日

となるのです

お日にちを決めて参拝しなければなりませんね


弁才天様

御利益が沢山あります

弁舌の才を助け、智恵の福を与え

怨敵を除く神とされます


是非、三社祭の際には

浅草寺へもお参り入り下さいませ

大変申し訳ありません・・・

弁天様にはお会いできません

5月16日~18日は 巳の日 がございません


とらんくすや。親父 

大変失礼なご案内でした ご容赦願います
















幸運を呼ぶ金魚


大変長らくお待たせ致しました

やっと 出来上がりました

その他にも出来上がっています

蛙・金返る福返る(リップル) 
勝虫蜻蛉(リップル)

花火(リップル)金魚(リップル)などです

幸運を呼ぶ金魚 水色(リップル)
(
商品コード0095)

八重桜に麻の葉文様(リップル)
(
商品コード0085)

蛙・福返るに矢羽文様 紺(リップル)
(
商品コード0093)

勝虫蜻蛉 青(リップル)
(
商品コード0087)

花火 (リップル) (商品コード0086)


この中から、本日は、

金魚のお話をさせて頂きます


金魚


金魚は中国語で

金余 ⇒ お金が余る

金如 ⇒ お金の如く、お金が意のままになる

と同じ発音で、通じて生活や、金銭に

余裕があることを意味します

財運向上の象徴とされます


この、金魚

中国揚子江で発見された
黄赤に輝いた鮒(ふな)が

起源だとされます 

およそ2000年前の出来事です

中国では、皇帝や貴族の間で、
愛玩されたもので

一般の人達には伝わらなかったと言います


日本には、室町時代に、伝来致しました

しかし、日本でも
江戸時代中期(1750年頃)になって、初めて

贅沢品から庶民のものになっていったのです


金魚売り、金魚すくいが始まったのも

この頃でございます


金魚様 幸運金運を呼びますよ


こんな話もございます


昭和の戦時中のお話です


金魚を飼っている家には爆弾が落ちない


こんな、流言が東京中に流れたのです

皆さん、争って金魚を買い求めようとしました

しかし、戦争中です

生きた金魚の入手は、なかなか買えません


そこで、売れたものが・・・

陶器の金魚の玩具が、
飛ぶように売れたのです


金魚ご活躍です


おっと 言い忘れていました

とらんくすや。親父 
この頃 ボーとしています


我が とらんくすや。 においても

金魚様 大人気でございます

但し、藩津(ぱんつ)に
化けておいででございます

幸運を呼ぶ金魚藩津(ぱんつ)

常にヒットを続けていますぞ!

















質実剛健 江戸柄 の始まり?


本日は、お客様と江戸柄のお話となりました


その中でも、江戸小紋は、

武士から始まる文様でございます

蜻蛉(とんぼ)の柄について

謂れをお聞きになられましたので

とらんくすや。親父の講釈が始まりました


勝虫蜻蛉(かちむしとんぼ)の謂れについて

「雄略天皇が吉野に狩に出かけた時、

 腕を刺した虻を蜻蛉がくわえて
 飛び去った故事から、

 強い虫、縁起のよい虫で勝虫と呼ばれ

 兜の前立てや武具に用いられたのです


 更に、幼虫のときは甲冑のような姿をし、

 成虫になると獲物を捕らえたまま

 空を飛ぶ勇ましい虫であります 

 正に武士の戦場での姿です


 蜻蛉の習性は、前へ前へと飛んで、

 決して後ろに下がらない

 勇猛果敢で勝負強いことです

 よって、 勝虫蜻蛉となったのです」


すみません 延々とお話します


江戸柄 質実剛健 でございます

2色しか使わない地味目な柄です


貴族の古典的な雅で、
豪華な文様とは別物でございます

何故、この様に武士の世界になり
変化したのでしょうか


質素倹約を旨とすべし

食事は、一汁一菜

当然着飾るものも、豪華絢爛では、

世の中を統率できません


しかし、武士が先頭を切って

節約に努力をしたからこそ、

江戸時代の財務改革が出来たと思います


しかし、吉祥、戦勝などの思いは、

着物に盛り込まねばなりません

工夫を凝らしたのです

派手ではないが、吉祥文様という

江戸風情の文様が出来上がったのです

代表的なものが、
武士のユニフォーム的な定め小紋

町人文化の謂れ小紋なのです


ところが、どっこい

町人や庶民は納得できず

羽織の裏などに、
派手な図柄を入れていたのです

表は地味でも、裏は派手

これが江戸っ子の いき となったのです


とらんくすや。親父 裏表なしでございます

江戸っ子のように、

 いき には とてもとても いけませんね














拍子木(ひょうしぎ)?


先週は下谷神社のお祭りでした

今週は、三社祭でございます

お祭りのお囃子の拍子木が、

祭り気分を盛り上げます


調子に乗ると言えば、

3 3 7 拍子 
と言うのも有りますね


おっと、 
いや 日本人は三拍子ですかね

少し、脱線していますが、お許しを


飲む、打つ、買う の三拍子


と言いますね


飛鳥時代より江戸時代に至るまで

男の本性はこの三拍子だったようです


飲む 酒

打つ 博打

買う 遊女遊び


決して 現在ではいけませんよ

ご法度、ご法度 でございます




酒は百薬の長

酒は愁いを祓う玉箒(たまははき)

酒なくて何のおのれが桜かな


酒は誠に百薬の長と言われる程の御薬でしょうが

飲み過ぎますといけません

万病の元は酒に在りとも言われます

ほどほどに飲むのが一番でございます

このお酒というもの 古代の時代には、

女性が作るものだったようです


酒を醸造する事を、
かもす と言っていました

自家酒であったようです

お祭りなどで、お客様をおもてなしする時に

自家製のお酒を御もてなしとして、
主婦が出すのです


沢山飲みたい御酒、男が欲する御酒

自家製のお酒から

商売としてのお酒になってしまったのです

主婦から御酒造りを
奪ってしまったのですね


博打

古代からございますぞ

白川法王 様 が歌っておられます

朕の心のままにならぬものは

 ただ加茂川の水と 

   双六の賽と 山法師である


双六 現在の物とは少し違います 
賭け事でございます


買う

これは詳しくは述べられませぬ


いずれにしましても

拍子木 

三社祭の賑わいの象徴でございます

調子に乗らずに、

祭の本当の意とする処を

汲まねばなりません


 は、感謝や祈り、慰霊のために

神仏および祖先をまつる儀式であることを

肝に銘じなければなりません


とらんくすや。親父

三拍子 とんでもございません

店番に徹しなければなりません


















浅草三社祭 いよいよ 来週です


御来店されるお客様も、

心待ちにしておられるようです

「来週だね、三社さんは」

と明るい声で帰られます


三社祭のファン多いのです

日程 もう一度申し上げておきます

5月16日~18日となります


最大の盛り上がりは

何といっても 五月十八日の宮出しでしょうか

朝早くから、

浅草神社に大勢の神輿ファンが押し寄せます

俺に担がせろと、神輿の取り合いですね

一様、順番は決まっていますが・・・

 特有の喧嘩らしき事が始まります


これも又一つの江戸風情でございますかな

大きな問題にならぬようご用心ですぞ


そして、本社神輿の三基は、

午後八時頃に宮入となります


この三社祭に例年参加される方が

我が とらんくすや。 のお客様でもおられます

北海道の鹿追町(しかおいちょう)からです

毎年大変ですね

しかし、ものともせず浅草へお越しです


この様なお客様が沢山来られるのが、

三社祭でございます


江戸時代三社祭

少し違いましたよ


祭礼は、神輿かつぎが中心ではなく
山車(だし)が中心でした

十八ヶ町や、蔵前筋、
浅草橋の各町も山車を繰り出しました

行列の勢いと絢爛さを競いあったのです
祭礼行列が終わるとお堂下げです

神輿三体を本堂からおろし、

一之宮を先頭に浅草御門の
乗船場までかつぎ、

漁師の供奉する船に乗せて
浅草川(隅田川)を遡り、

駒形で上陸して再び本堂まで
かつぎ帰いだのです

船渡御(ふなとぎょ)
江戸末期まで続いたのです


明治に入り無くなっていましたが

2012年3月18日に

三社祭700年祭として、船渡御(ふなとぎょ)が

行われました


是非、皆様お見逃しなく

三社祭を見ないと夏がやってきませんよ


御神輿を担ぐパワーを持ち合せていない

とらんくすや。親父

残念ながら、店番でございます トホホ・・・













大名庭園 何でしょうか?


日本の庭園は世界一美しいと言われます


つい最近、浅草寺の中に在る

伝法院庭園  特別公開 されました

前回の特別公開に見学させて頂きました

真ん中に池のある庭園でございます

休憩所や、茶屋や、御堂などがある

立派な庭園でございます


本日は、庭園についてです

何故こんなに日本には庭園が多いのでしょうか


庭園


江戸時代以前に作られたものは

枯山水 様式 が多く用いられました

室町時代には、禅宗が盛んであり

中国の山水の世界を、


水を感じさせるために水を抜く


という方法で、枯山水となったのです


江戸時代、
財政も改善され豊かになって参ります

改善を終えた大名達は

こぞって庭園を造ったり、造営致しました


池泉回遊式庭園

ちせんかいゆうしきていえん)

と、言われるものです

大きな池を中心に、
回遊式の大きな庭園を造ったのです


回遊式ですから、とにかく
飽きさせない作りを考えたのです

順路を作り、飽きさせないように

休憩所、御堂、茶屋、
などを取り入れたのです

生い茂った木々を抜けると、
橋が架かって、池の上に出るなど

園芸なども凝ったものを行ったのです

木々、花、・・・

其の当時は、さぞ美しかったでしょうね

江戸の町の50%が
この庭園であったと言います

大名達、更に地元にも庭園を造ったのです


有名な 日本三名園 などでございます

偕楽園(かいらくえん)茨城県水戸市

 水戸藩 第九代藩主 徳川斉昭

兼六園(けんろくえん)金沢市

 五代藩主 前田綱紀

後楽園(こうらくえん)岡山市

 岡山藩主 池田綱政


という理由から

これを、大名庭園 とも言われます

一つの形ではなく、

大名の趣味で自由に作ったようです


ですので

枯山水 の様な
 侘(わび)寂(さび)ではなく

楽しく余暇を楽しめる庭、

本当の意味で心が和む様式になったようです


お江戸では、次のような処が残っています


浜離宮恩賜庭園

(はまのりきゅうおんしこうえん)
東京都中央区 

六代将軍 徳川家宣の別邸 
鷹狩の場だったようです


六義園(りくぎえん) 
東京都文京区本駒込

 五代将軍 徳川綱吉の側用人柳沢吉保が、

自らの下屋敷として造営した庭園です


小石川後楽園
(こいしかわこうらくえん)

東京都文京区

 水戸徳川家水戸藩初代藩主 徳川頼房


いずれにしても、庭園天国でございます

日本人の心は、この様な庭園で

心が澄み切っていったのでしょうか


庭園を造る心のゆとり 有り難く思う

とらんくすや。親父でございます






















江戸の迷い子さん どの様にして捜すの?


浅草には、外人観光客が多く来られます

家族連れも多くおられます

小さいなお子様も、何語か判りませんが

我がとらんくすや。 の前で騒いでいます

昨日は、外国人迷子さんでした

わ~わ~ 
と泣き叫んでいた子供さんがいましたが

暫くして、外国人の父親が、
走って近寄ってきました

「サンキュウ」

子供さんを抱かれていってしまいました


迷い子 見つからなければ大変ですね


浅草 浅草寺にも、
名残(なごり)がございます

本堂の前 左手 に
石標(せきひょう)が立っています


迷い子知らせ石標 なるものです


南無大慈悲観世音菩薩まよひこのしるべ


迷い子を知らせる標です

江戸時代、当時は新聞やテレビはございません

知らせる手立ては、
この標(しるべ)しかなかったのです

人が沢山集まる処に建てられたのです

石標は右左の使い方が違います

左側 ⇒ たずねる方

 迷子や、訪ね人のある人が
人相などを書き貼り付けます

右側 ⇒ しらす方

 迷子などを預かっている人が、
特徴を書き貼り付けます


伝言板だったのですね

人を探すのも一苦労です


落し物なら・・・ 
どうなるのでしょうか?


公事方御定書(くじかたおさだめがき)は、

八大将軍徳川吉宗の下で作成されました


1742年のことです 上巻、下巻の2巻です

特に下巻は、

御定書百箇条(おさだめがきひゃっかじょう)

と呼ばれました


落し物に関してこの様に書かれています


落とし物を拾って届けた場合には
三日間公開します

持ち主が現れれば、現金の場合は折半で、

反物などは持ち主に返します

拾った人に相応のお礼をすることとあります

落とし主が出てこない場合は、

半年をめどに拾い主が受け取ることになります

拾ったものを届けなかった場合には、過料となる

つまり罰金ですね


現在と変わらぬぐらいの法律ですね

  凄い!


やはり、日本人です

他国と違い、
江戸時代より、品のある人々ですね


恐れ入ります と、頭を下げる

とらんくすや。親父でございます


















藩津(ぱんつ)の役目


当然、男の人の大事な処を守る役目ですが

その他にも色々でございます


汗をかいた時ズボンを汚さない

見た目には、裸より良い・・・


おっとと 

もっと大事な事がございます


男の人の人生に関わるのが

藩津(ぱんつ)なのでございます


長寿長命、恋愛運、仕事運、勝負運

商売繁盛、厄除け、開運、健康・・・

全て良い方向になって欲しいものです


その時に、役に立ちますのが

藩津(ぱんつ)なのでございます


占い 人間の世界 古から占いなのです

良い方向に進むように

自分自身が舵を取らねばなりません

ただ何となく過ごしていても

決して良い方向に進まないのが人生なのです


そこで、伝統的な和柄の出番です

和柄には、日本の古(いにしえ)から

伝わる意味が有ります

それを、勉強し役立てるのです


人生のキーワードと文様


長寿長命⇒ 鶴、亀、亀甲文様、

唐草文様、蝶、菊

勝負運⇒ 勝虫蜻蛉

出世⇒ 龍 矢羽文様、牡丹(花の王者)

受験合格⇒ 鯉

金運⇒ 招き猫 金魚 蛙(金返る)

無病息災⇒ 黒猫

厄除け⇒ 唐草文様(男の厄年に)

成功⇒ 馬(が9頭)(万事旨くゆく)

武道上達⇒ 麻の葉文様

(2カ月で背の2倍真っすぐ伸びる)

清く正しく生きる⇒ 桜文様(武士道)

太陽の様に生きる⇒ 菊

身守り⇒ 唐獅子 狛犬

智恵を授かる⇒ 梅
(極寒を耐えて春一番に咲く知恵の花と言われる)


上げればきりが有りません

日本の文様 素晴らしい意味を持っています

藩津(ぱんつ)の図柄がこの様であれば

他の人には分からず、
秘めた思いで願う事が出来ます


和柄藩津(ぱんつ)是非お試しを

最後にもう一度申し上げます

自分自身の思いが、全てを成就させるのですぞ

今日は、とらんくすや。親父からのご案内でした