本との気持ち64
「黒い自画像」阿刀田高
(角川文庫・定価580円)
「鳥」★
鳥のように飛べるようになるには、鳥の言葉がわからなければならない。空飛ぶ夢は人間が元々は鳥類であったことを記憶しているからだろうけれど、人の記憶はあまり正確なものではない。記憶と夢の狭間。どちらも音や声が聞こえたら、ずっと現実に近くなって良かったのに。で、鳥には耳があるのだろうか。お互いの鳴き声が聞こえているのだろうか。いや、もしかしたら空気中をふるわせて、その波長で知らせ合っているのかもしれない。離れていてちょっと近づいても逃げてしまうのはそのためだし、鳥は聞こえていないのかもしれない。最近、耳の病気をして、妙に気になる作品でした。
「香水」★★
「香水は男を惑わす」と言われる通りに、17年も前の記憶の香りはもう薄らいでしまい、再会の兆しもない。女の白い手紙の香りを昔の夢に見た男の未練がましさを描いた心憎い一編。
「彫像」★★
要領がいいのか、こちらに隙があるのか、とにかく何かにつけ無心をしてくる大学教授の夫。些細な口喧嘩で家を飛び出して来た美術館の庭で、見知らぬ男の子がロダンを見て「この人、何を考えているの」と訊いてきた。結局は、夫を思い出しお金の無心を考えているように見えてしまったという孤独な人妻の愚痴の話。夫に耐えかねている妻の心情が妙に納得させられてしまうラスト。子供と復縁するところの文章が良かった。
「青い靴」★★
一枚の絵がセピア色の記憶と重なる。思い出したくなかったけど、その絵から目が離せなくなる。青春時代の甘い感触が尾をひいて、亡くした子供の亡霊の苦い思い出までが不吉に迫ってくる。そんな震えが止まらないまま終わる話。
「水の底」★
不吉な思い出は不安を呼ぶ。本当のことだったのかどうかも定かでないこと自体が他のすべてまでを不安にする。忘れようにも忘れられない。いや忘れることができない。今度はそのできないこと自体が不吉をより確かなものに思わせ、恐怖が襲う。堂々巡りのまま記憶は、おぼろげに思い出でもなく心の中に棲みついてゆく。そして、はたと死に気づく。まぁ、こんな想念が頭の中をめぐった一編でした。
「夜の衣裳」★★
海外へ失踪した少し親しかった女の面影を、夜の公園で誰も乗っていないのに揺れているブランコに見いだすラスト。「死んで帰ってきた」と思う夜の散歩中のいたずらな想像。ストーリーよりも、情景をビジュアルな流れとして楽しんで読んだ方が読書としてはいいかもしれない。足のない幽霊のようなアラブの衣裳「アバヤ」と独り揺れるブランコ。そこに行方不明になった昔の女を思い出すという設定は上手いなぁと思った。
「赤道奇談」★★★
とにかくこのセレブな主人公の奥方の語りの文章が楽しい。赤道に帯を巻いた計算式が出てくるあたりは阿刀田さんらしく博学ぶりが伺われる。それにしても赤道の海底に赤い帯があるという発想は面白いし、彼女の夫が言っていた越えてはいけないのを若い男とくぐってしまっても別段いいじゃないという軽さは何だろう。許せるようで許せない危なさがいいのかな。まっいいか、ということにしておこう。
「石見銀山」★★
石見銀山と言えば毒薬。ネズミ取りによく使われた薬品だ。それをなぜ父が持っていたのか。今自分はそれを捨てないで持っている。父は何のために使おうとしたのか。父への疑念よりもずっと捨てないできた自分の中にある微熱のような殺意とはいったい何なのか。そちらの方が問題だ。遠いいまわしい記憶を積年の恨みで晴らそうとでもいうのか。まるで恨みを糧にしてきたように、毒薬を手元に置いてきたことになる。現実にはできるはずもないことだろうけど、夢で晴らす復讐劇は恨みの糧が十分リアルなものにしてくれるだろう。それは悪い予感がよく当たるように、現実に起こってしまうと、自分のせいでなくても、そう思えてならなくなる。思い込みでも夢でも、とにかく符合することがたくさんあるように思えてきてしまうのだ。誰かに軽い指摘をされただけで心の奥をのぞかれたように、とっくに知られてしまっていたのではないかと。そんな逃げ場のない想念が殺気立って、最後の目的である復讐が現実を裏返したリアルな想念として夢の中で果たされるのだ。いいじゃない、夢でも殺したい奴は一人や二人は誰でもいるだろう。とりあえず僕はといえば……、あいつとあいつだ。
「目撃者」★
ちょっと癪に障るモテる男への復讐のような小説。憎めないところもある奴が身の回りには一人や二人はいるものだが、いつか懲らしめてやりたいと思っても、チャンスはあってもできる勇気がない。モテないこちらの身の程を思い知らされても、何もできない。付き合う方が無駄で、見せつけられっぱなしでは割が合わない。懲らしめる代わりに付き合わない方がいい。この俺も、近頃そんな奴との付き合いから足を洗ったばかりさ。
「車輪」★★★★★
これはスゴイ。ゾッとするラスト。子供の頃の悪い遊びが思い出された。それが夢のような遠い思い出になったはずが、今もあの頃のことが思い出される時がある。それは夢ではなく、本当にあったこと。そう、夕暮れにかくれんぼをしていて鬼になった友達を見捨てて悪い仲間と帰ってしまったこと。あの鬼の友達はあの後どうしたろう。思い出と酷似したこの短編と同様、あれっきり彼の姿を見た者がいなかった。彼は知恵遅れでクラスが違ったし、悪い仲間とも僕は付き合うのをやめたし。一番いけなかったのはこの僕かもしれない……。
「缶」★
これも子供の話。少年時代に友達と二人で埋めた缶のタイムカプセルを大人になって掘り起こしたら何も入っていなかった。友達を疑うこともした。しかしそれも遠い過去のこと。この短編の良さは、少年時代の淡い思い出や母の交通事故死、そして父の再婚と自らの出家後の人生を振り返る筋立ての方にあるだろう。文学っぽい読み物として楽しんだ方が正解だ。
ほか4編。
黒い自画像 (角川文庫)/阿刀田 高

¥580
Amazon.co.jp
(角川文庫・定価580円)
「鳥」★
鳥のように飛べるようになるには、鳥の言葉がわからなければならない。空飛ぶ夢は人間が元々は鳥類であったことを記憶しているからだろうけれど、人の記憶はあまり正確なものではない。記憶と夢の狭間。どちらも音や声が聞こえたら、ずっと現実に近くなって良かったのに。で、鳥には耳があるのだろうか。お互いの鳴き声が聞こえているのだろうか。いや、もしかしたら空気中をふるわせて、その波長で知らせ合っているのかもしれない。離れていてちょっと近づいても逃げてしまうのはそのためだし、鳥は聞こえていないのかもしれない。最近、耳の病気をして、妙に気になる作品でした。
「香水」★★
「香水は男を惑わす」と言われる通りに、17年も前の記憶の香りはもう薄らいでしまい、再会の兆しもない。女の白い手紙の香りを昔の夢に見た男の未練がましさを描いた心憎い一編。
「彫像」★★
要領がいいのか、こちらに隙があるのか、とにかく何かにつけ無心をしてくる大学教授の夫。些細な口喧嘩で家を飛び出して来た美術館の庭で、見知らぬ男の子がロダンを見て「この人、何を考えているの」と訊いてきた。結局は、夫を思い出しお金の無心を考えているように見えてしまったという孤独な人妻の愚痴の話。夫に耐えかねている妻の心情が妙に納得させられてしまうラスト。子供と復縁するところの文章が良かった。
「青い靴」★★
一枚の絵がセピア色の記憶と重なる。思い出したくなかったけど、その絵から目が離せなくなる。青春時代の甘い感触が尾をひいて、亡くした子供の亡霊の苦い思い出までが不吉に迫ってくる。そんな震えが止まらないまま終わる話。
「水の底」★
不吉な思い出は不安を呼ぶ。本当のことだったのかどうかも定かでないこと自体が他のすべてまでを不安にする。忘れようにも忘れられない。いや忘れることができない。今度はそのできないこと自体が不吉をより確かなものに思わせ、恐怖が襲う。堂々巡りのまま記憶は、おぼろげに思い出でもなく心の中に棲みついてゆく。そして、はたと死に気づく。まぁ、こんな想念が頭の中をめぐった一編でした。
「夜の衣裳」★★
海外へ失踪した少し親しかった女の面影を、夜の公園で誰も乗っていないのに揺れているブランコに見いだすラスト。「死んで帰ってきた」と思う夜の散歩中のいたずらな想像。ストーリーよりも、情景をビジュアルな流れとして楽しんで読んだ方が読書としてはいいかもしれない。足のない幽霊のようなアラブの衣裳「アバヤ」と独り揺れるブランコ。そこに行方不明になった昔の女を思い出すという設定は上手いなぁと思った。
「赤道奇談」★★★
とにかくこのセレブな主人公の奥方の語りの文章が楽しい。赤道に帯を巻いた計算式が出てくるあたりは阿刀田さんらしく博学ぶりが伺われる。それにしても赤道の海底に赤い帯があるという発想は面白いし、彼女の夫が言っていた越えてはいけないのを若い男とくぐってしまっても別段いいじゃないという軽さは何だろう。許せるようで許せない危なさがいいのかな。まっいいか、ということにしておこう。
「石見銀山」★★
石見銀山と言えば毒薬。ネズミ取りによく使われた薬品だ。それをなぜ父が持っていたのか。今自分はそれを捨てないで持っている。父は何のために使おうとしたのか。父への疑念よりもずっと捨てないできた自分の中にある微熱のような殺意とはいったい何なのか。そちらの方が問題だ。遠いいまわしい記憶を積年の恨みで晴らそうとでもいうのか。まるで恨みを糧にしてきたように、毒薬を手元に置いてきたことになる。現実にはできるはずもないことだろうけど、夢で晴らす復讐劇は恨みの糧が十分リアルなものにしてくれるだろう。それは悪い予感がよく当たるように、現実に起こってしまうと、自分のせいでなくても、そう思えてならなくなる。思い込みでも夢でも、とにかく符合することがたくさんあるように思えてきてしまうのだ。誰かに軽い指摘をされただけで心の奥をのぞかれたように、とっくに知られてしまっていたのではないかと。そんな逃げ場のない想念が殺気立って、最後の目的である復讐が現実を裏返したリアルな想念として夢の中で果たされるのだ。いいじゃない、夢でも殺したい奴は一人や二人は誰でもいるだろう。とりあえず僕はといえば……、あいつとあいつだ。
「目撃者」★
ちょっと癪に障るモテる男への復讐のような小説。憎めないところもある奴が身の回りには一人や二人はいるものだが、いつか懲らしめてやりたいと思っても、チャンスはあってもできる勇気がない。モテないこちらの身の程を思い知らされても、何もできない。付き合う方が無駄で、見せつけられっぱなしでは割が合わない。懲らしめる代わりに付き合わない方がいい。この俺も、近頃そんな奴との付き合いから足を洗ったばかりさ。
「車輪」★★★★★
これはスゴイ。ゾッとするラスト。子供の頃の悪い遊びが思い出された。それが夢のような遠い思い出になったはずが、今もあの頃のことが思い出される時がある。それは夢ではなく、本当にあったこと。そう、夕暮れにかくれんぼをしていて鬼になった友達を見捨てて悪い仲間と帰ってしまったこと。あの鬼の友達はあの後どうしたろう。思い出と酷似したこの短編と同様、あれっきり彼の姿を見た者がいなかった。彼は知恵遅れでクラスが違ったし、悪い仲間とも僕は付き合うのをやめたし。一番いけなかったのはこの僕かもしれない……。
「缶」★
これも子供の話。少年時代に友達と二人で埋めた缶のタイムカプセルを大人になって掘り起こしたら何も入っていなかった。友達を疑うこともした。しかしそれも遠い過去のこと。この短編の良さは、少年時代の淡い思い出や母の交通事故死、そして父の再婚と自らの出家後の人生を振り返る筋立ての方にあるだろう。文学っぽい読み物として楽しんだ方が正解だ。
ほか4編。
黒い自画像 (角川文庫)/阿刀田 高

¥580
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本との気持ち63
「森崎書店の日々」八木沢里志
(小学館文庫・定価500円)
古本屋の叔父にあたる店主とそこに手伝いとして住み込んだ若い女性の交流を描いた中編連作小説。始めの一編が表題の作品で、もう一編が出て行って別れたのに帰って来た店主の妻「桃子さんの帰還」というタイトルの中編で、二編が収められている。若い女の子のおしゃべりのような、文体もストーリーも飛んだり跳ねたりしていて女性の作品と思いきや1977年生まれの30代の若い男性作家の小説である。読んでいて、まるでテレビドラマを見ているような気軽な心地で楽しめた。
ストーリはほほえましい姪の貴子とサトル叔父さんの関係と、その彼女の失恋事件が骨格になっている。それにしても彼女の流した涙は失恋のためなのか、それともその失恋話を聞いてくれた叔父の優しさに涙したのか。でき過ぎたストーリーではあるが、終始好感の持てる文脈は読書を飽きさせない力が感じられる。青春と人生についての大事な普遍的なテーマを、ノルウェーやセカチューとはまた違った軽さで綴る素直さはこの作家の純真なまでの創作姿勢であろう。
注文を言えば、古書店街の情景がもっと書き込まれていてもよかったのではないか。また本のことももっと触れていたら深みが増しただろうと思うが、作者の傷ついたヒロインへの愛情が優し過ぎたせいかもしれない。さらに彼女・貴子と桃子さんのその後が書かれるならば、また読んでみたいと思う。
森崎書店の日々 (小学館文庫)/八木沢 里志

¥500
Amazon.co.jp
(小学館文庫・定価500円)
古本屋の叔父にあたる店主とそこに手伝いとして住み込んだ若い女性の交流を描いた中編連作小説。始めの一編が表題の作品で、もう一編が出て行って別れたのに帰って来た店主の妻「桃子さんの帰還」というタイトルの中編で、二編が収められている。若い女の子のおしゃべりのような、文体もストーリーも飛んだり跳ねたりしていて女性の作品と思いきや1977年生まれの30代の若い男性作家の小説である。読んでいて、まるでテレビドラマを見ているような気軽な心地で楽しめた。
ストーリはほほえましい姪の貴子とサトル叔父さんの関係と、その彼女の失恋事件が骨格になっている。それにしても彼女の流した涙は失恋のためなのか、それともその失恋話を聞いてくれた叔父の優しさに涙したのか。でき過ぎたストーリーではあるが、終始好感の持てる文脈は読書を飽きさせない力が感じられる。青春と人生についての大事な普遍的なテーマを、ノルウェーやセカチューとはまた違った軽さで綴る素直さはこの作家の純真なまでの創作姿勢であろう。
注文を言えば、古書店街の情景がもっと書き込まれていてもよかったのではないか。また本のことももっと触れていたら深みが増しただろうと思うが、作者の傷ついたヒロインへの愛情が優し過ぎたせいかもしれない。さらに彼女・貴子と桃子さんのその後が書かれるならば、また読んでみたいと思う。
森崎書店の日々 (小学館文庫)/八木沢 里志

¥500
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本との気持ち62
「百寺巡礼 第一巻・奈良」五木寛之
(講談社文庫・本体590円)
古寺名刹を訪ねた本には和辻哲郎の「古寺巡礼」や亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」などの名著がある。伍するまでもなく本書もその博学ぶりは負けていない。「親鸞」「蓮如」なども著しているだけに宗教一般について論じるあたりはまさしく博覧強記と言える。10巻100寺というスケールも前代未聞であろう。平穏な文体に和ませられながら1寺ずつめぐってみることにする。
本書第1巻では奈良の10寺を探訪している。それらの目の付けどころが実に印象的である。
第1番の室生寺では、五尊像よりもその影にある聖観音菩薩らしい仏像に心を惹かれる。そういうように思わぬものに目をやるということは、そこに本来の自分を発見するということでもあろう。五木の目はいつも新しい。意外と小さく感じた五重塔を仰ぎ見て母を想うのも、室生寺が「女人高野」と呼ばれることとつなげて思い出す。第2番の長谷寺でも、目に見えないものへの信仰こそが宗教心であり分からぬままでもひたすら祈ること、そして生きているあるがままで良いとする心の発見は寺探訪の究極の域だ。3番の薬師寺の新旧の塔には、その遠い時代の隔たりを思い測ることができる、と夢のような発見もしている。4番唐招提寺では、北原白秋が「目の盲ひて幽かに坐(ま)しし仏像(みすがた)に日なか風ありて触りつつありき」と詠い、晩年視力が落ちた悩みを失明の鑑真和上座像に見て救済を得たと説き、また5番秋篠寺では、作家堀辰雄が戦時に背を向け大和路や秋篠寺の伎芸天を書いた生き様に「見えざる『反戦』という意志が伝わる」と言っている。
次の6番には法隆寺を訪ね、五木は親鸞が聖徳太子に心寄せたわけを探る。それは共に在家のままに妻帯し仏に救いを求めた姿勢にあると。7番の中宮寺では、寺は太子が母の死を弔うために建て、次いで妻を失うとその翌日に太子も亡くなったという言い伝えに感動している。
さて、7番の中宮寺には有名な半跏思惟像がある。五木はその組んだ右足の裏を見て、自分も同じ扁平足の「わらじ足」だから不思議と深遠な親しみを感じると言う。そんなユーモアな見方を仏像にできるところが五木の大衆小説家らしさが見えて面白い。かの和辻哲郎は「口元に寄せた美しい指先に震いつきたい」と言い、亀井勝一郎は「漆黒の全身が燃えるように輝いて見える」と書いた。また8番の飛鳥寺でも、五木は釈迦如来像の頭部が傾いで見えて「自分が訪れるのを待ってくれていたようだ」と言い、9番の當麻寺では中将姫像を「大和のモナリザ」と呼び、その半開きの唇の艶かしさに「煩悩の炎がめらめらと燃え上がりそうだ」と勝手な想像を愉しんでいる。
最後の東大寺では大仏は初めもっと高かったし、全身キンピカだった。大仏が野ざらしの時代もあったということのように、この五木の文章を読めば、多くの誰もがどこの寺や仏像などを見てもそれまでとはだいぶ違った感慨を抱き新しい発見をするにちがいない。もちろん本書にはどの寺についても歴史的な記述がたくさんあるが、肩の力を抜いて五木の感じ方の面白さを探して読み進むと10巻は結構楽しめそうである。次巻からの期待が膨らんだ。
百寺巡礼 第一巻 奈良 (講談社文庫)/五木 寛之

¥590
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(講談社文庫・本体590円)
古寺名刹を訪ねた本には和辻哲郎の「古寺巡礼」や亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」などの名著がある。伍するまでもなく本書もその博学ぶりは負けていない。「親鸞」「蓮如」なども著しているだけに宗教一般について論じるあたりはまさしく博覧強記と言える。10巻100寺というスケールも前代未聞であろう。平穏な文体に和ませられながら1寺ずつめぐってみることにする。
本書第1巻では奈良の10寺を探訪している。それらの目の付けどころが実に印象的である。
第1番の室生寺では、五尊像よりもその影にある聖観音菩薩らしい仏像に心を惹かれる。そういうように思わぬものに目をやるということは、そこに本来の自分を発見するということでもあろう。五木の目はいつも新しい。意外と小さく感じた五重塔を仰ぎ見て母を想うのも、室生寺が「女人高野」と呼ばれることとつなげて思い出す。第2番の長谷寺でも、目に見えないものへの信仰こそが宗教心であり分からぬままでもひたすら祈ること、そして生きているあるがままで良いとする心の発見は寺探訪の究極の域だ。3番の薬師寺の新旧の塔には、その遠い時代の隔たりを思い測ることができる、と夢のような発見もしている。4番唐招提寺では、北原白秋が「目の盲ひて幽かに坐(ま)しし仏像(みすがた)に日なか風ありて触りつつありき」と詠い、晩年視力が落ちた悩みを失明の鑑真和上座像に見て救済を得たと説き、また5番秋篠寺では、作家堀辰雄が戦時に背を向け大和路や秋篠寺の伎芸天を書いた生き様に「見えざる『反戦』という意志が伝わる」と言っている。
次の6番には法隆寺を訪ね、五木は親鸞が聖徳太子に心寄せたわけを探る。それは共に在家のままに妻帯し仏に救いを求めた姿勢にあると。7番の中宮寺では、寺は太子が母の死を弔うために建て、次いで妻を失うとその翌日に太子も亡くなったという言い伝えに感動している。
さて、7番の中宮寺には有名な半跏思惟像がある。五木はその組んだ右足の裏を見て、自分も同じ扁平足の「わらじ足」だから不思議と深遠な親しみを感じると言う。そんなユーモアな見方を仏像にできるところが五木の大衆小説家らしさが見えて面白い。かの和辻哲郎は「口元に寄せた美しい指先に震いつきたい」と言い、亀井勝一郎は「漆黒の全身が燃えるように輝いて見える」と書いた。また8番の飛鳥寺でも、五木は釈迦如来像の頭部が傾いで見えて「自分が訪れるのを待ってくれていたようだ」と言い、9番の當麻寺では中将姫像を「大和のモナリザ」と呼び、その半開きの唇の艶かしさに「煩悩の炎がめらめらと燃え上がりそうだ」と勝手な想像を愉しんでいる。
最後の東大寺では大仏は初めもっと高かったし、全身キンピカだった。大仏が野ざらしの時代もあったということのように、この五木の文章を読めば、多くの誰もがどこの寺や仏像などを見てもそれまでとはだいぶ違った感慨を抱き新しい発見をするにちがいない。もちろん本書にはどの寺についても歴史的な記述がたくさんあるが、肩の力を抜いて五木の感じ方の面白さを探して読み進むと10巻は結構楽しめそうである。次巻からの期待が膨らんだ。
百寺巡礼 第一巻 奈良 (講談社文庫)/五木 寛之

¥590
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